夢うつつ   作:pathfinder

10 / 22
2021年最後の投稿となります。よろしくお願いいたします。
(内容は年末とは一切関係ないです。)


微睡んでいたい

 

 

うちのリビングは日当たりがいい。お昼になると太陽が窓から差し込んできて、暖かな日溜まりができる。

 

「うーん……あったかぁい~」

 

その場所に彼方さんは気持ちよさそうに寝転ぶ。猫みたいだと思った。

休日の昼間、うちの家に彼方さんが遊びに来ていた。といっても二人でのんびりとしているだけだが。

特別なことはなにもしていない。俺も彼女に倣い、陽の当たるその場所で座り込んでいた。

 

「ぽかぽかで気持ちよく眠れそうだあ」

 

「寝てもいいよ?」

 

「えー……せっかく二人っきりだもん。ここで寝ちゃうのはちょっと惜しい……」

 

彼方さんの言う通り、今のこの家には俺と彼女の二人だけだった。うちの両親は休日をいいことに小旅行に行っていた。息子を一人残して。別にいいけど。彼方さんと二人っきりになれたし。

彼方さんの言葉は嬉しい。わかりやすい言葉は胸にぶっ刺さって、思いがけずニヤけてしまう。

 

「……すやぁ」

 

「あれ」

 

目を瞑り、寝息を漏らす。安らかな表情。

ひょっとして寝てる? ついさっき、寝れるのが惜しいと、珍しいこと言ったのに。早くない? それも彼方さんらしいと思うけど。

 

「…………はっ」

 

と思ったらすぐにお目目をぱちりと開けた。

 

「危ない危ない。寝ちゃうところだったぜ~」

 

笑いが零れてしまうのは不可抗力だと思う。彼女を馬鹿にするとかそういう意味じゃない。

彼方さんは唇を尖らせていじけた表情を見せた。機嫌を損ねてしまったようだった。

 

「むう、そんなに笑って馬鹿にしてる~?」

 

「してないしてない」

 

ただちょっと面白かっただけだ。あと和んだ。うんそれぐらい。決して馬鹿にしていない。

 

「それを馬鹿にしてるって言うんだぞー」

 

どうやら彼方さんにはそう読み取られたらしい。そんなつもりまったくないのにな。

今も唇を尖らせたまま、拗ねている彼方さん。ただ寝そべっているので迫力はないし、むしろ微笑ましく感じられた。

 

「許してよ」

 

「えー、やだ~」

 

「ごめんて」

 

「どうしよっかなぁ」

 

「どうしたら許してくれる? なんでも言うこと聞くからさ」

 

「う~ん……そうだねぇ……」

 

俺の言葉に彼方さんは真剣に悩みだす。おいおい。せめて痛いのとか苦しいのは止めてほしい。

 

「あ、彼方ちゃん閃いた! 彼方ちゃんをいっぱい甘やかしてくれるなら許したげる~」

 

甘やかす、ときた。なかなかに抽象的というか曖昧というか、どうすればいいのか困ってしまう。

困ったので俺は彼方さんに直接聞いてしまうことにした。それが一番手っ取り早かった。

 

「ちなみに具体的には?」

 

「えっとね、そうだな~……例えば、あなたが彼方ちゃんを腕枕してくれるとか」

 

「腕枕か。やってみる?」

 

「え、いいの?」

 

「それぐらいなら、うん」

 

……ぶっちゃけ。内心は無茶難題がこなくてホッとしてる。腕枕ぐらいならお安い御用だ。

さっそく。彼方さんのすぐ横で寝転がる。腕を伸ばして広げるとその上に彼女は頭をのせた。

重さが二の腕の辺りに伝わる。思ったより痛い。

あまり長いことやらないほうがよさそうだ。少しの間ならいいが、腕へと負担がかかってしまう。

 

「ん~~、よく眠れそう~」

 

「それはよかった。でも少しだけな」

 

「えぇー」

 

「だって腕痛くなるし」

 

「むぅー……それなら仕方ないねぇ」

 

「お」

 

意外と素直に聞いてくれた。もっと嫌がるかと思ったのに。

と顔には出さずに少しだけ驚いていると彼方さんは続けて口を開く。

 

「でもくっつくのはやめてあ~げない」

 

彼方さんはすすっと身体をより密着させてくる。彼女の身体の柔らかさがよりはっきりとわかった。身体を丸めてくっついてくるその様子はやっぱり猫みたいだと思った。

 

「えへへ……しゃーわせ~」

 

蕩けた顔を見せる彼方さんに俺も幸せだと感じた。

自分がとても単純なことに呆れてしまう。好きな女の子とただ触れているだけなのに。ほんと男って単純だわ。俺は自分が単純なのを男のせいにした。

 

「ねえねえ、あなたも嬉しい~? 幸せ~?」

 

「そりゃまあ、うん、嬉しいし幸せだけど」

 

至近距離から俺の反応をその綺麗な瞳でじっくりと見つめてきて、それから彼方さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ふっふっふっ、照れてるねぇ」

 

「……照れてるよ。照れてる。照れてるさ」

 

さっさと白旗を上げる。認める。照れてるよ。照れるしかないでしょ、こんなん。照れる以外の反応がわからないよ俺は。

なにが面白いのか、彼方さんはくすくすと零した。余計に恥ずかしくなったのは言うまでもない。

 

「かわいい~」

 

「やめてくれよ……」

 

からかっているのか、それとも本心なのか。判断が付かない。彼方さんは本心だよと言っていたが、どちらにせよ嬉しくはないのに変わりない。こそばゆくて仕方がない。

 

「ずっとこうしてたーい」

 

さっきも言った通り、ずっとはしないぞ? これはフリではない。繰り返す、フリではない。ハネムーン症候群になってしまう。シャレにならない。

 

「そろそろやめたほうがいい?」

 

「まあ、うん、そろそろ、なあ」

 

腕はまだ大丈夫そうだけど。そろそろやめてくれたほうが無難か。

言われた彼方さんは少し残念そうだった。シュンという擬音が聞こえてきそうなその顔はやめてほしい。罪悪感をかき立てられてしまう。

 

「じゃあじゃあ~……今度はこうするねー?」

 

腕枕の状態から彼方さんは身体を回転させながら俺の身体の上へと登り覆いかぶさった。

 

「彼方ちゃん専用ベッド~」

 

俺は彼方さんの身体にのしかかられて、彼女の言う通りベッドにされていた。いや見方を変えれば彼方さんは俺の掛け布団になるんじゃないかこれ。

……大丈夫か俺。寝惚けてないかこれ。この暖かな日溜まりのせいか。

当然ながら重い。彼方さんが重いとかじゃなくて人間にのしかかられたらそうなる。ただ彼女の身体の柔らかさを一番近くで感じられて、脳内は幸福感で満たされていた。

 

「くんくんくん……はふぅ、いい匂~い」

 

なにをしだしたかと思えば、彼方さんは俺の胸に顔を埋めて匂いを嗅いで堪能していた。なぜ堪能できるのかが俺にはさっぱりわからない。

 

「男臭いだけでしょ……」

 

「彼方ちゃんは好きだけどなぁ」

 

「それに同意する人間は世界で彼方さんだけだよ」

 

「えーでも~、あなたも彼方ちゃんの匂い、大好きでしょ~?」

 

「好きだけどさあ」

 

好きだけど、俺のと彼方さんのでは匂いは匂いでも異なるものだろう。一方はいい匂い、もう一方は臭い匂いなのだから。それともこう考えるのは俺が男だからだろうか。

 

「あなたも~……彼方ちゃんの匂い、嗅いでみる?」

 

彼方さんはなんでもないような顔でそんなびっくり発言を繰り出した。思わず心臓が跳ねた。

果たしても本当に嗅いでもいいのだろうか。罠だったりしない? そんな疑心が浮かぶ。

 

「どうぞどうぞ~」

 

俺が躊躇っていると彼方さんはずいずいと迫ってくる。

ああ、もう、嗅いでしまえ。ネガティブな感情を投げ捨てて、俺は彼女の誘いに流されることにした。

位置的に俺がそのままで匂いを嗅げるのは彼方さんの髪、顔ぐらいだろう。それより下は彼方さんが動いてくれないと匂いを嗅げない。

 

「すぅ……」

 

顎を引いて、俺の胸に乗った彼方さんの髪の匂いを嗅いだ。吸って、吐いて、彼女の匂いを堪能する。肺一杯に満ちる。

当然だがいい匂いだ。シャンプーかトリートメントか、その特有の華やかな匂い。それとは別に香る、ミルクのような彼女自身の匂い。混じり合って鼻孔をくすぐる。

 

「どお?」

 

ちょっぴり恥じらい気味に尋ねる彼方さんに、俺は抱いていることをそのままぶちまけていいものか躊躇う。オブラートに包まなければ変態というかもはや犯罪者になりそうだった。

 

「ずっと嗅いでいたい……」

 

胸元から伸びる視線に抗うことはできなかった。できなかったよ……。

それでもなんとかヤバいところまで零さなくても済んだのは奇跡だった。まあだいぶキモい発言なんだけどさ。

 

「そうでしょそうでしょ~」

 

赤みを帯びた頬を気にせずに彼方さんはうんうんとしたり顔を俺に見せてくれた。その表情に救われたような、小恥ずかしいような、なんとも言えない気分になった。

 

「むふぅ~」

 

その間にも彼方さんは胸元に顔を埋めて、匂いを堪能していた。

なんとなく身もだえしてしまう。彼方さんの気の抜けたリラックスした様子を見て、まあいいかと思えた。

ちょうどいい暖かさの日溜まりは俺の力を抜けさせてくれた。ずっとここにいたい、ずっとこうしていたいと俺に思わせた。

 

「ずっとこうしてたーい」

 

俺が考えていたことが彼方さんの口から発せられた。本日二度目の言葉だ。

驚きはない。この温もりならそう考えるのは自然のことだと思えた。彼方さんなら尚更。

 

「俺もー」

 

俺の言葉も間延びした、緩みきったものになった。今度は俺も同意できた。

 

「ふぁ~……」

 

可愛らしい欠伸が間近から聞こえてきた。それに俺もつられて口を開けて欠伸をしてしまう。二人で顔を見合わせて笑った。

 

「眠るのは勿体ないって言ってたじゃん」

 

「こんなに暖かくて気持ちいいんだから仕方ないよねぇ」

 

「確かに」

 

「でしょ~」

 

彼方さんの気持ちがよくわかる。さっきから意識が溶けて消えそうだった。せっかく彼女と二人っきりなのに、それでも眠りたいと思ってしまう。

 

「…………」

 

「…………」

 

彼方さんも同じみたいだ。二人して会話が減って黙り込む時間が増えてきたのがその証拠。

日溜まりの暖かさが夢と現の境界線を曖昧にしていた。彼方さんの身体の熱と重さがなんとか意識を現実へと留めさせていた。それにも限度があるけど。

 

「……寝てもいいよ」

 

「うん……そーする~……」

 

二人とも意識は半分夢の中に旅立っている。

 

「あなたも~……眠そうだねぇ……」

 

「まあ……眠い……」

 

「……ふふふ……夢の中でも一緒だぜ~……」

 

うつらとうつらと、揺蕩っていた。彼方さんのように微睡んでいれるのがとても幸せだと思えた。

現実が溶けていく。夢と世界が混ざり合って消えていく。宇宙が終わっていく。

 

「……どんな夢……見たい……?」

 

「むにゃ……そーだなぁ……」

 

「たくさん……あるのかよ……」

 

「……いっぱいあるよ……」

 

「それは……たいへんだ……」

 

「でもぉ……楽しそうだよ……えへへ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………すー」

 

「…………すやぁ」

 

 

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。


2021年も大変お世話になりました。
感想を書いてくださった方、高評価をくださった方、お気に入り登録をしてくださった方……全て執筆の励みになっております。重ねてお礼申し上げます。
2022年もどうぞよろしくお願いいたします。
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