夢うつつ   作:pathfinder

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お久しぶりです。


温度差

 

「はぁー……」

 

吐き出されるのは白い息。その息を両手にかけて、少しでも寒さを凌ごうとした。

もちろん、焼け石に水なのは言わずもがな。それでもと、何度も生ぬるい息を吹きかける。暖かくなるのは一瞬だけ。かじかんだ手にはそれだけでも救いになった。

 

「はぁー……」

 

もう一度、息を吐く。薄暗い世界の中で白い息はすぐさま霧散していく。

手袋をしてこればよかった。今更ながら思う。もう後の祭りだが。

ポケットに手を突っ込む。やっぱり寒さは厳しい。息を吐いて手にかけるのとどっこいどっこいだ。要するに寒い。

彼方さんはまだ来ない。メッセージだともうそろそろだと思うんだけど。

 

「おまたせ~」

 

さほど長い時間待っていたわけじゃないが、ようやくかと思ってしまった。寒いからね、仕方ないね。

ともかく待ち人が来てくれた。

 

「待った?」

 

「そんなに待ってないよ」

 

凍え死ぬかと思ったけど。そんなこと彼方さんには口が裂けても言わない。

ところが彼方さんは俺の言葉に不満があったのか口を尖らせた。なんでだ。

 

「むー……ここは『今来たところ』って答えるところでしょ~」

 

「おっと」

 

そんな罠があるとは。デートの定番のやつだそれ。今日はデートじゃないけど。

 

「じゃあ、もう一回~」

 

リテイクきたこれ。俺は苦笑いで彼女の要望に応えることにした。

 

「……今来たとこだぞ」

 

「うむ、よろしいー」

 

やり直しにご満悦な彼方さん。ご機嫌そうでなにより。

彼女の頬が赤く染まっているのはやはり寒さのせいか。頬だけじゃない鼻もだ。可愛らしくて胸が熱くなった。身体はまだ寒いままだが。

今日はバイト上がりの彼方さんを迎えに来ていた。こういうことは毎度ではないが初めてのことでもなかった。タイミングが合えば、だ。

こういう機会は俺としても大歓迎で、できる限りいつも迎えに行きたいぐらいだった。なんせあまり多くない彼方さんと会える貴重な時間だ。スクールアイドルやバイト、家事諸々で彼方さんは忙しい。彼女がしたいことの邪魔をしないで会える時間はなるべく大事にしたい。

 

「それじゃあ~、エスコートよろしくね~」

 

「よろこんで」

 

軽口を交わし合って、近江家へと足を進める。

歩き出しと同時に彼方さんはとてとてと俺に近づいてきた。そして彼女の指が俺の服の裾を掴んでくる。腕の部分に触れそうで触れない、服だけを掴む絶妙な加減だ。

 

「えへへ~」

 

顔を覗き込むとくすぐったそうにはにかんだ。その瞳を見て、身体が内側からむず痒くなる。だけど不快じゃない。

なんでそんなに嬉しそうなんだって、聞かなくてもなんとなくわかった。

 

「なんだよ」

 

「なんでもな~い」

 

「ほんと?」

 

「ほんとだぞー」

 

「もしかしてだけどさ、彼方さん、手を繋ぎたいとか?」

 

なんとなく裾を掴んだ意図を俺なりに解釈したらそういう結論に至った。思い違いかもしれない。割と自信あるけど。

 

「えー、そんなことないよ~。そんなこと言ってむしろ手を繋ぎたいのはあなたなんじゃない?」

 

ちょっと拗ねたような視線が突き刺さる。いやいやいや。

 

「彼方さんでしょ。裾を掴んでるのってそういうことなんじゃないの」

 

「違うもーん。あなたのほうだよー」

 

小さな子供みたいに頬を膨らませて否定する彼方さん。違うの?

 

「む~ぅ……」

 

あー……わかった。俺が折れよう。掴んだ裾を揺らしたり動かしたりして悪戯している彼方さんを見て決めた。

 

「わかったわかった。俺のほうだから。俺は彼方さんと手を繋ぎたいよ」

 

「うふふ~、ようやく素直になったねぇ」

 

俺のヤケクソ気味の言葉で脹れっ面だったのがすぐさまニコニコになった。早い。

いいさ。俺が手を繋ぎたいのは本当のことなんだから。

 

「素直になったから、手ぇ、繋いでいい?」

 

「もちろん! いいよいいよ~」

 

バイト上がりとは思えないほどのハイテンションな返答だ。すごい食いつきっぷりだ。素直になったのは彼方さんのほうだ。

彼方さんは服の裾から手を放して、つーと腕のラインをなぞるように手を動かす。やがて彼女の手と俺の手が触れた。その瞬間、反射的に弾かれるみたいにお互いの手が離れて、再びすぐお互いに手を近づけて握りしめ合う。

 

「あなたの手、冷たいねぇ」

 

「彼方さんのだって冷たいけど」

 

「お揃いだねぇ」

 

「お揃いだなぁ」

 

しょーもないことだけど、彼方さんと同じ気持ちを共有できるのは嬉しい。彼女も嬉しそうだから余計に。

 

「っ」

 

思わず驚いてしまう。彼方さんが手の繋ぎ方を変えてきたからだ。お互いの指が絡み合うように指を動かしてきた。

俺の驚きようを見て彼方さんは小悪魔みたいな笑みを浮かべた。彼女の意図通りの反応を俺がしてしまったからだろうか。

 

「えへへ~」

 

してやったりと言いたげな表情に俺は口を開閉させることしかできなかった。言葉が出てこなかったんだ。

困った俺は空を仰いだ。冬の空気をしんとしていて澄んでいる。だからか見上げた夜空も綺麗に見えた。

……そういえば。

 

「彼方さん、手袋してきてないんだ」

 

手を繋いだ時はもちろん、彼女の手はずっと俺と同じで素手のままだった。

 

「うん、してないねぇ。鞄の中には入ってるけど」

 

「?」

 

「ニブチンさんだなぁ」

 

呆れたような彼方さんの言葉。俺は彼方さんが手袋をしていない理由を考える。

……そうか。すぐにわかった。つまり彼方さんが俺と手を繋ぐための口実のひとつなんだ。合点がいった。

 

「ああ、いやうん、わかったわかった」

 

「ほんとに~?」

 

「ちゃんとわかったよ」

 

「うんうん、よくできました~」

 

嬉しそうにはにかむ彼方さん。その言い方はまるで小さい子供相手だ。

おちょくってるように聞こえるが、まあいいか。あくまで手を握りたいのは俺なんだから。

ご機嫌そうに手を大きく振り回して歩く彼方さん。俺はそれに引っ張られるように歩く。繋がった手を解くつもりはなかった。

あ。彼方さんがなにか見つけたのか、声を上げた。

 

「ねえねえねえ」

 

彼方さんが前からこっちへ顔を向けた。にんまりと頬を歪ませていた。なにを企んでる?

 

「なに?」

 

「月が綺麗だねぇ」

 

……ああ、そういうことか。

 

「知ってる。なんなら星も綺麗だ」

 

見える星は少ないけどな。

 

「そういう意味じゃないだぞー」

 

「それも知ってる」

 

「素直じゃないねぇ」

 

どこかつまらなそうに彼方さんは言う。彼方さんがそれ言う? どの口がって言いたくなる。いや言ったんだけど。

 

「言う言う。だって恋人だも~ん」

 

俺は面を食らってしまった。あまりにもあっけらかんと言うから。

 

「じゃあ~、わかりやすく言ってあげる」

 

握りしめる手の力が強くなる。

 

「好きだよ~、うふふ~」

 

そして、ちょっぴり照れ混じりの彼方さんの言葉が耳の中に飛び込んできた。飛び込んできた言葉は熱になって身体の中を駆け巡り、隅々まで伝導される。身体に熱が籠ってしまうからどうにも落ち着かない。体内の熱さと体外の寒さがそれを加速させる。

……いまだになれないのは果たして俺だけだろうか。意地の悪いことを思いついた。

 

「俺も、彼方さんのこと、好きですよ」

 

思いついたそのままに言葉を発する。彼女のご機嫌がこの後どうなるかなんて考えていないままに話した。短慮とはまさにこのこと。

 

「えへへ~……嬉しいなぁ」

 

気になる彼方さんの反応は……これでもかっていうぐらいニヤけていた。危惧していたことは回避されたみたいだった。

 

「もっともーっと『好き』って言って?」

 

「……えぇ」

 

どころか、さらに『好き』を要求されちゃったよ。

 

「あなたの好きって気持ち、もっと聞きたいなぁ? ダメ?」

 

「や、恥ずかしいんだけど」

 

可愛らしく求められるが、本当に恥ずかしい。

 

「今更だと思うけどなぁ」

 

今更ではない。さっきのだって俺はすごく恥ずかしかったし、いまだに慣れていないのだ。

あとお外で言うのは特に。せめて彼方さんの部屋じゃ駄目だろうか。遥ちゃんはいるけど外よりは100倍マシだ。

 

「やだ。今すぐ聞きたい」

 

良い笑顔で即拒否された。

 

「ほら、何度も言われるとさ、慣れちゃうだろう? だからこういうのは偶にがいいんじゃないかなって」

 

「そんなことない! あなたの『好き』は何回聞いても飽きないもん」

 

なんとかんとかか理由をつけて回避しようとしたが、彼方さんは許してくれない。

 

「ほらほら~、ね、彼方ちゃんだけ大好きって、ちゃんと言葉にして言って?」

 

さらなる追撃という名のおねだりが迫りくる。俺はどんどん追い詰められていく。これはもう羞恥心を投げ捨てて言わなきゃならないか……?

 

「……わかった」

 

またも俺の方から降参した。なんだか、いっつも彼女のおねだりに負けている気がする。

でもこれはしょうがないんだ。惚れた弱みってよく言うだろう? そういうことだ。

 

「やったぁ! 早く早く」

 

無邪気に笑う彼方さん見て、俺の体温は上限を知らず上がっていく。このまま溶けて気体になってもおかしくない。

温度差は広がる。内と外と、俺と彼女と。

 

「……彼方さん大好きです」

 

もうやけぱっち精神で言葉を放った。もちろん気持ちは込めている。それでできれば彼方さんもこの身体の芯から燻ってくるような熱さを堪能してほしい。

 

「もっと~」

 

「彼方さんだけ、好きです」

 

「まだまだ」

 

「世界一可愛い。大好き」

 

「えへへ~、もっともっと言って」

 

何度も何度も催促されてそれに応える。その繰り返しの中で気づいた。彼女の顔は真っ赤っかになっている。嬉しそうな表情にどこか恥じらいが混じっている。多分、俺の妄想ではないはずだ。

俺はそれを彼方さんに指摘することなくスルーした。思い違いかもしれないというのもあるが、わざわざ指摘する必要なんてないと思ったんだ。

 

「やっぱり手袋、必要なかったねぇ」

 

ああ、うん。ある意味、その言葉が彼女が言わない気持ちを表しているような、そんな気がした。俺の妄想ではなかった。

 

「こうやってずっと歩いていたいなぁ」

 

「『好き』はなくていい?」

 

「それはダメ」

 

お外での『好き』の連呼はまだ続行するんだ。

 

「寒いでしょ」

 

「寒くないよー」

 

「でもずっとこのままだとお腹も空くし疲れるしちゃんと寝れないぞ」

 

「むむむ……それなら仕方ないか~」

 

「……またいつだって機会はあるから」

 

「言質とったっど~」

 

言質て。ちょいと物騒なワードだ。そんな大層なことじゃないのに。あととったっど~て。

温度差はそのまま歩く。彼方さんちに着けばこの温度差はなくなってしまうのだろうか。それが惜しかった。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。
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