夢うつつ   作:pathfinder

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だいぶお久しぶりです。ごめんさい。そしてよろしくお願いします。


remember

 

 

…………。

一生の不覚というか。あんまりにも疲れていたというか。

最後の記憶は公園に辿り着いて、ベンチに腰をかけたところ。その後はもうすぐにまどろみという名の暗黒へ。そして現在に繋がる。

つまりは、まあ……公園で眠ってしまったんだ。睡魔にあっけなく負けて、そのまま。

いや今日はほんと気持ちのいい快晴で、気温も暖かで。言わば絶好のお昼寝日和だったんだ。疲れているところにこの天気。眠ってしまうのも仕方がないと思う。

なんて無用心なんだ。目が覚めて、真っ先に思った。そして安心した。意識を失う前と同じ光景が広がっていることに。

自分の身体が五体満足であることを確認しほっと安心すると、なにやら違和感。身体の左側が妙に重い。

 

「……すやぁ」

 

なんならなにか聞こえてくる始末。さすがに肝が冷えるというか冷や汗が出てくるというか。とにかく焦る。

その違和感に目を向ける。音の発生源もおそらく同じだ。首を動かすのが億劫だった。

 

「すー……むにゃむにゃ……」

 

――そこには女の子がいた。俺の左肩に頭を乗せて、もたれかかって眠っている。羨ましいぐらいに気持ち良さそうな寝顔だ。

睫毛が緩やかな曲線を描いて伸びている。頬はマシュマロのように柔らかそうだ。呼吸のたび、彼女の胸が上下する。

 

「…………」

 

思考が止まる。呼吸が詰まる。身体が固まる。数秒間そのままだった。

なんで隣に女の子が? いったいいつの間に? そもそもこの女の子は誰?

思考が回り出すと同時にそんないくつかの疑問が浮かんでくる。浮かんでくると同時にこれは本当に現実なのかという猜疑心も湧き上がってくる。夢か現か。現実離れのシチュエーションに疑わざるを得なくなる。

 

「んんぅ……すやぴー……」

 

俺の心情とは正反対に、呑気な寝声が耳元で響く。気持ちよさそうで羨ましい。あんまりにも無警戒すぎない、とも思うけど。

ここでもう一度眠ればこの状況どうにかならないだろうか。そんな現実逃避が頭を過ぎった。

ま、どう足掻いても現状は変わらないんですけどねー。

 

「あー……いい天気だなぁ……」

 

とりあえず、空を仰いだ。

隣の女の子が起きてくれないと俺はなにをすることもできない。というかどうすればいい? もたれかかっているこの少女を無理矢理どかそうとしてあらぬ誤解を受けるのも困る。警察のお世話とかマジ勘弁。昨今のご時勢だとありえなくもない。

女の子が自分で自然に起きてくれるのが一番無難だ。俺はその展開を願った。

空は澄んでいて、どこまでも青い。気が遠くなるほどに果てしない。ぼんやりと空の流れを追っていた。

 

「……ん」

 

寝息と違う。寄りかかる少女から聞こえる音が今まで聞いたことがないものに変わる。

ぼんやりとしていた意識が引き戻される。視線は音のする方へと移る。ぴくぴくと震える瞼が映る。

 

「……んんっ」

 

ゆっくりと、その瞼が開かれる。そして、ぱちり、ぱちりと。瞬きが2、3回繰り返される。

 

「ふぁあ~~」

 

寄りかかっていた少女は上半身を起こしてぐぐっと身体を伸ばしながら大きな欠伸をした。

ようやく、起きてくれた。身体の片側にかかっていた重さがなくなった。気持ち的にも楽になった。

ただ、まだまだ眠たそうにしていた。果たして俺の横で眠っていたワケを聞くことはできるだろうか。

 

「んん~~……あ、おはよ~」

 

俺に気付いた彼女は呑気にも俺にお目覚めの挨拶をしてきた。

 

「おはよう……」

 

あんまりにも呑気だから身体から力が抜けてしまった。そのまま挨拶を返す。

……いや、そうじゃなくて。

 

「……どなた?」

 

顔も知らぬ、いつの間にか俺の隣にいた少女にそう問いかける。まったく初対面の相手なのだから当然のことだと思う。俺の記憶が正しければ一度も会ったことないはず。

 

「そんなに警戒しないでよ~」

 

「警戒するでしょ普通」

 

警戒しないほうがおかしい。というか俺の横で眠っていたこの少女も凄いわ。今もとても普通で、取り乱したりなんかしていない様子だ。

 

「酷いな~……今にも死にそうな君を介抱してあげたのに」

 

唇を尖らして、不満を零す少女。彼女の言葉から気になる単語を見つけた。

 

「介抱……?」

 

つまりあれか。彼女は俺を世話してくれてたってこと? どういうこと?

 

「そうだよ~。こんなところで死にそうなぐらい顔真っ青にした男の子が眠ってたから心配で様子を見ててあげたのに」

 

いざとなったら救急車呼ばなきゃって覚悟してたよ、なんて付け足して彼女は語る。

えぇ、信じられない。確かに死ぬほど疲れてたし、だからこそ公園のベンチで眠ってしまったんだけど、他人から見て心配されるレベルだとは思わなかった。

 

「うっそだ」

 

「ほんとほんと~。呼吸も荒くて苦しそうだったよ」

 

彼女の語る言葉がいまいち信じられないが、嘘を言っているようには見えなかった。口調こそ間の抜けたものだが、その顔は真剣そのものだ。

彼女の言うことは本当のことなんだろう、信じられないが。助けられたということなのか。

 

「ありがとう、ございます……?」

 

「どうして疑問符がついてるのかな~? 素直に感謝してくれてもいいと思うんだけどなぁ」

 

「いやだってさ……」

 

俺が目を覚ました時、眠ってたし。本当に介抱なんてしてたの、とは思ってしまった。まだ信じ切れてなかった。

 

「そりゃー彼方ちゃんも眠っちゃったけど……ちゃんとあなたの様子が落ち着いてきてから眠ったよ~?」

 

子供っぽく頬を膨らませて彼女はそう言った。

まあ、その時のことを知るのは彼女のみなので、どのみち彼女の発言を信じるしかないんだけど。

あと彼女の名前がわかった。彼方、というらしい。おそらく下の名前で、苗字ではないと思う。多分。

 

「……いや、本当にありがとう。ご迷惑おかけしました」

 

頭を下げる。本心からの行動だ。死にそうなほど疲れて寝てしまった俺が一番悪いのだ。おそらく彼女の行動は厚意からのもので、そこに感謝しないのはなんだか釈然としなかったんだ。

 

「うむ、苦しゅうない」

 

「それはおかしくないか……」

 

王様みたいな発言に、俺は首を傾げた。

 

「だって助けてあげたんだぜー」

 

そう言われたら反論できない。俺の様子を見て彼女は微かに笑った。

……きっと彼女なりに俺が気を使わないように、わざとそうしてくれてる。そう解釈しておこう。うん。

 

「それで今はどう? 相変わらず死にそうな顔してる?」

 

「う~ん……ちょっとはマシになったかな~」

 

「ちょっとなんだ」

 

「そー、ちょっとだけ。まだまだ不健康そうだぞー」

 

ちょっとだけらしい。自分でも自覚がある。眠ったことで多少はマシになったが、まだまだ眠い。疲れが残っていた。

 

「ひょっとして、眠れていないのかな~?」

 

彼女は俺の顔をじっくりと観察して暗い表情を浮かべる。

 

「や、眠れていないわけじゃなくて。夜更かししていたというか、睡眠時間を削らざるを得なかったというか……」

 

試験勉強とかで最近夜更かしする機会が多かっただけで、不眠症とかではない。そのことを彼女に伝えた。

 

「そっかー。ちゃんと寝なきゃダメだよ~」

 

心配そうな彼女の顔が一瞬で打って変わって綻んだ顔になった。力が抜けた、安心したような表情だ。

赤の他人なのに心配してくれて表情を変えてくれるなんて。隣で眠っていたことも含めて色々と不思議な人だなと思った。

……心配かけてなんて言い草だ。自分で自分に呆れた。

 

「だからといって、こんなところで寝てたら危ないぞ~」

 

彼女が俺を咎めるように言う。俺のことを心配して言ってくれているだと思う。だがちょっと待ってほしい。

 

「……きみがそれを言う?」

 

彼女だって俺の隣ですやすやすやぁと気持ちよさそうな寝息を立てて眠っていたじゃないか。介抱? してくれてたことには感謝していてるが。不用心の度合は似たり寄ったりだろう。むむむー、と彼女は不満そうな声を上げた。言葉で返してこないのは図星だったからか。

 

「……こんないい天気だし、絶好のお昼寝日和なんだから仕方ないよねぇ」

 

言い訳するように彼女は言う。俺も同じだからこれにはなにも言えない。

というか、と彼女は言葉を続ける。

 

「あなただって寝てたよね。危ないのはあなたもだよ」

 

一緒いっしょと彼女は繰り返す。ころころと無邪気に笑う声が公園に響いた。

 

「あ~! そう言えば自己紹介がまだだったねぇ」

 

思い出したかのように彼女は声を上げた。言われてみれば確かにまだだった。俺も失念していた。まあきっとこの出会いは一期一会の出会いだから必要性がないと言えばないのだが。恐らくはこれ以降会うことはあるまい。

だけども、そのまま彼女は自分の名前を名乗ってくれた。

近江彼方。それが彼女の名前。自分のことを「彼方ちゃん」と呼んでいたから名前のほうはわかっていたが。

 

「じゃあ~、あなたの名前も教えて~?」

 

「俺は――」

 

俺も自分の名前を彼女――近江さんに告げる。

 

――こうして俺と彼女は知り合ったんだ。そして俺はようやく自分が夢を見ていることに気付いた。

 

 

 

---

 

 

 

「……ん」

 

目覚めたらそこには大きな膨らみが二つ。頭には柔らかいクッションのような感触。どうやら俺は彼方さんに膝枕されているようだ。

 

「あ、起きた~?」

 

俺が目を覚ましたことに気付いたのか、膨らみの上から声が聞こえた。彼方さんの声だ。そのまま彼方さんは俺の顔を覗き込んでくる。宝物を見つめているかのような表情に一瞬胸が高鳴った。

 

「……俺、寝てた?」

 

「うん、それはもうぐっすり」

 

彼方さんは子供あやすかのように俺の髪を優しく撫でる。ゆっくりと動く撫でる手に安心感を抱く。ずっと浸っていた心地よさだ。

 

「気持ちよさそうだったよ~。いい夢、見れた?」

 

「うん、まあ」

 

覗き込まれた彼女の視線とぶつかる。純粋な瞳に吸い込まれそうになる。

夢の内容を言おうか、迷う。引かれないか、少し心配。感傷的すぎるような気がするから。

 

「……彼方さんと出会ったときのことを夢で見たよ」

 

言おうか迷いつつも口に出した。誤魔化すのは違うなと思った。その瞳の反応を窺う。

 

「懐かしいねぇ。そんなに昔のことじゃないけど」

 

彼方さんもあの日のことを思い出しているのか、遠い目をしていた。

彼女の言う通り、そんなに昔のことじゃない。けど、あの日から関係性は随分変わった。彼方さんも俺もあの日からなにか大きく変わったわけじゃないのに。

 

「不思議だねぇ」

 

俺の考えていることを彼方さんが言葉にして発した。おいおいエスパーか。驚きつつ、俺も同じことを考えていたと口にした。

 

「だよねだよね。こんな風になるなんてあの頃は想像できなかったぜぇ」

 

こんな風、つまり恋人の関係のことだ。変な意味ではない。

本当に、不思議だ。あの時、隣で一緒に眠っていた見知らぬ少女が。今は眠っていた俺に膝枕をしてくれる恋人になっているなんて。人生なにがあるかわからないものだ。

特別なことなんてなかったと思うのに。それこそ出会った日ぐらいだ。

 

「……ふぁあー」

 

意図せず俺の口から欠伸が漏れた。

 

「なあに、まだ眠いの~」

 

彼方さんはまた優しく、あやすように頭を撫でる。

 

「まだちょっと」

 

彼方さんが撫でるから余計に、とは言わなかった。止めてほしくなかった。本当に心地いいんだから仕方がない。

 

「じゃあ、今度は彼方ちゃんも一緒に寝る~」

 

「膝枕は?」

 

「やめる~」

 

そんな惨い。俺は慄いた。膝枕されながらなので恰好はつかないが。

 

「このままがいいんだけど」

 

「これだと彼方ちゃん眠れないよ~」

 

「そうだけど、そうだけどさぁ」

 

この極上の枕を手放すなんて俺にはできない。

 

「それに、彼方ちゃんも眠たくなってきちゃったから~」

 

懇願虚しく、彼方さんは言葉通り俺の頭をどかして一度立ち上がる。至極の柔らかさから彼方さんの家の硬い床へと変わった。まさ青天の霹靂だ。

そして彼方さんは俺の横に寝そべり出した。

 

「床、硬いんだけど」

 

「床だからねぇ。そんなことよりも腕枕してー」

 

そんなことって。とか思いつつ、俺は片腕差し出した。さっき膝枕してもらったし、うん。

彼女が目を閉じる。睫毛が細い線を描いていて、綺麗だと思った。

 

「おやすみ~……」

 

そう言ってからすぐにすぅすぅという寝息が近くから聞こえ出す。相変わらずの早さだ。

俺も目を瞑る。彼女の眠る音が夢へと誘う。次はどんな夢を見るのか、そんなことを考えつつ、俺の意識は眠りの海へと潜っていった。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。



虹ヶ咲第二期、振り返り生放送も含めて全部終わってしまいましたね。
面白かった、楽しかった、終わってしまうのが名残惜しい、色々な感想が思い浮かびますが、さいこーにトキメいた三か月間でした。
関係者の皆様にお疲れさまとありがとうを伝えたいです。
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