夢うつつ   作:pathfinder

19 / 22
また、明日。

 

 

部屋に置かれた間接照明が室内を柔らかく照らしていた。明るすぎず暗すぎず、おかげさまでリラックスできる空間ができていた。

もう夜だから窓のカーテンは締められていた。カーテンの隙間から暗闇が見える。

部屋に一人、ぼんやりと部屋の壁を見ていた。特に意味はない。ただ彼女を待っていた。やることがなくて手持ち無沙汰だった。

……今日はいい日だった。彼方さんがプロポーズを受け入れてくれたから。今まで生きていた中で一番幸せな日になった。これを超える日は今後そう多くないだろう。もしかしたら訪れないかもしれない。そのぐらい幸せだと思えた。

あんまりにも幸せすぎて、一瞬これは夢なんじゃないかと疑ってしまったりもした。そんなわけは当然ないのだが、なんというかふわふわとしていて夢見心地だった。

がちゃりという音がして扉が開く。ぼんやりとしていたが音のほうへ意識が向かう。顔も向けた。

部屋には入ってきたのは彼方さん。レースをあしらった紫色のネグリジェだが、なんというか生地が薄くて彼方さんの肌が透けて見える。

 

「……っ」

 

いつ見ても心拍数が上がってしまうが、今日は一層激しくなった気がする。理由なんてわかりきっていた。

 

「んふふ~、どぉ? お嫁さんの寝間着は?」

 

「……別に。昨日と同じじゃないか」

 

冷静を装ってそう答えた。すると彼方さんはわかりやすく拗ねた。頬を膨らませて、ジト目で俺を見つめてきた。

 

「むぅぅ~」

 

不満ですと言わんばかりに彼方さんは唸り声上げた。頬もわかりやすく膨らませている。

彼方さんはさらに俺に近づいてくる。俺の目の前、すぐに抱きしめられる距離まで来た。そのネグリジェを存分に見せつけてくる。

 

「あ・な・たのお嫁さんの寝間着の感想は~? 可愛い? 綺麗? 愛らしい?」

 

「あなた」の部分の強調がすごい。感想求めてくる圧も強い。言ってほしい言葉の催促までしてきてるし。その通りだから否定はしない。

 

「似合ってるよ。可愛いし、綺麗だし、愛らしい」

 

オウム返しに思えるかもしれないが、嘘はまったくついていない。

 

「うふふ~、ありがと~。ちなみに……あなたはどこが好き?」

 

「んー……透け感?」

 

彼方さんが今着ているネグリジェ、いい具合に透けていて身体のラインがわかってしまうのがなんかいい。透けすぎてではなく、下品過ぎないところが特にいい。エロさと綺麗さがバランスよく同居している。

 

「えっちだねぇ」

 

「言わせたのは彼方さんでは?」

 

ちょいと理不尽ではないかい。まあ彼方さんもまんざらでもなさそうだしいいか。にこにこしてるし。

彼方さんはベッドの上の俺のすぐ横に腰をかけた。ぴったりと身体をくっつけて、首を傾けて俺の肩にもたれかかった。

 

「えへへ、幸せだなぁ」

 

そう彼方さんは呟いた。うんとその言葉に俺は頷く。浸っていたい幸せがここにはあった。

 

「あなたの奥さん……いい響きだねえ」

 

「そんなに?」

 

「とーぜん。ずっとずっと待ち望んでいたんだから~」

 

「……ごめんなさい」

 

遥ちゃんにも言われたが待たせすぎたのか。なんとも申し訳ない気分になる。

 

「おおっと、あなたを責めるつもりじゃなくてね。ただ、ずっと夢見てたから」

 

あなたのお嫁さんになるのをね、と彼方さんは言う。

 

「……まだ、だけどね」

 

「もー、それは言っちゃダメだぞ」

 

まだ婚姻の届け出も出してないし、式も挙げていない。だから正確にいうとまだ彼方さんはお嫁さんではないのだ。言うなれば、婚約者?

もうお嫁さん気分だからいいんだもん、と彼方さんは子供みたいに頬を膨らませた。

 

「ごめんなさい」

 

余計なことを言いました。反省。それはそうと、毎度思うんだけど頬を膨らませた彼方さんは可愛い。

 

「近いうちに、婚姻届もらいに行こうか」

 

役所で貰えるだっけか。

 

「だねぇ。あと必要な書類ってなにかあったけ」

 

戸籍謄本とかいるっけ、なんとなくうろ覚えで話す。流石に詳しいところはわからない。これも確認する必要があるなあ。

他にも結婚式をするのであれば式場はどうするかとか、結婚に向けて色々なことを話し合う。とはいえもう寝る直前だから改めてしっかりと話す機会を、時間を作る必要がある。

 

「……色々な準備が必要そうだぁ~」

 

「まあ、確かに。大変そうだ」

 

それもしょうがないことだっていうのは彼方さんも俺もわかっているし、覚悟している。一つずつやっていくしかない。

 

「まあ、慌てずにのんびりやろっか~」

 

彼方さんの言葉に俺も同意した。すぐに全部が全部できるわけではないのだ。慌てる必要はない。……あんまりのんびりし過ぎるのもよくないけど。結婚するのが10年先とかになったら笑えない。いやむしろ笑える?

……とりあえず明日から。今日のところはもうあとは眠るだけだ。もう夜だからね。

 

「それじゃ、寝よっか~」

 

彼方さんもおんなじことを考えていたみたいだ。

部屋の明かりを消し、真っ暗な部屋になる。二人揃って、ベッドに寝転がる。マットレスが俺たちの身体を受け止めて、包み込む。掛け布団を二人の身体がなんとかすっぽり埋まるようにかける。狭いのは言いっこなしだ。

まだ目は暗闇になれていなくて、部屋の壁や家具はうまく見えない。だけどすぐ近くにいる彼方さんはよく見える。こちらを見つめてまた微笑んでいた。

彼方さんの手が布団の中で当たる。こつんこつんと当たって離れてを繰り返して、それから彼方さんは俺の手の感触を楽しむかのように弄ってくる。彼方さんはそんなお遊びを堪能してから、指を絡ませて隙間なく密着させて手を繋いできた。

 

「……ひょっとして今、指輪してるの?」

 

繋いだ手に金属の特有の硬さと冷たさを感じる。多分そうなのかなと思って彼方さんに聞いてみた。

 

「してるよ~。あなたがプロポーズの時に送ってくれたやつ」

 

彼方さんが指をにぎにぎと動かすと指輪の感触がこちらの手にもよりはっきりと伝わってくる。

 

「邪魔じゃない?」

 

俺がこんなことを言うのもなんだけど邪魔になってないのか。普段と違う装飾品を付けていると違和感で邪魔になっていないのか、ただふと純粋に心配になった。

 

「邪魔じゃないよ。嬉しくてずっと付けてたいんだ~」

 

それならいいんだけど。と少しばかり安心してしまった。ほんの少しだけ。

 

「それよりも……いつの間にこんなもの用意してたの~。彼方ちゃんビックリだよ」

 

「まあ、こっそり。半年ぐらい前からちょっとずつ用意してたよ」

 

本当はもっと、景色のいい雰囲気のあるレストランとかでプロポーズしようと考えていたけど。衝動的にやってしまった。反省。……予約とかまだしてなかったからまだよかったけど。

 

「指輪も? どうやって彼方ちゃんの指のサイズ測ったの~?」

 

指輪は真っ先に用意することを考えた。ものによっては時間がかかるものだし、デザインを色々見て決めたかったし。

 

「ごめん。指のサイズは彼方さんが眠っている間に測った」

 

「え~! 気づかなかったぁ……。ほんとにびっくりだよ」

 

驚かすことが出来たのなら準備した甲斐があったものだ。あと喜んでくれたらいいな。

 

「も~、すっごく嬉しいに決まってるよ~」

 

「…………ならよかった」

 

「ん~? なに、心配だったの?」

 

「そりゃ当然。緊張したよ」

 

プロポーズする時に緊張しないやつなんているの? いないでしょ。

それを聞いて彼方さんはくすくすと笑った。

 

「彼方ちゃんがあなたのプロポーズを断るなんて絶対にないよ」

 

彼方さんは強い口調でそう言葉にした。笑っている顔がどこか笑っているように見えなくて、真剣なものに見えた。冗談ではないなとすぐにわかった。

 

「俺は心配だったけどね。準備している間から断られるじゃないかって気が気じゃなかったよ」

 

だったら衝動的にプロポーズするなという話だが。……本当に反省しています。

今度プロポーズ用に予約していたレストランに彼方さんを改めて連れて行こう。彼方さんは満足してくれているから自己満足になってしまうんだけど。

 

「心配性だねぇ」

 

彼方さんの呆れた表情がどこか優しく見えた。握り手の力が緩く、彼女の指が俺の手を撫でるようになぞる。

 

「……彼方さん、くすぐったい」

 

「心配性なあなたに大丈夫だよ~って伝えたくて」

 

「……伝わってるから、ちゃんと」

 

「そぉ~? ならいいんだけど」

 

そう言った彼方さんだが、指の動きをそのまま続ける。そのくすぐったさに、彼方さんとのじゃれ合いに、声を殺しながら笑ってしまった。

 

「んふふ~、声上げて笑ってもいいんだぞ~」

 

「上げない上げない」

 

「ほれほれ~」

 

「…………っ」

 

「頑張るねぇ。そりゃ、これはどうだ~」

 

「……ぃーやっ、大丈夫」

 

「それならこうだ~。ほれ~」

 

「……き、効かないなぁ」

 

なんかバカップルみたいなやり取りをしていると自分でも思う。出会ってから何年経っても変わっていない。

これから先も同じなんだろうか。同じだといい。5年、10年……ずっと先もバカップルみたいなやり取りができたらいい。この先の未来がどうなるかはわからないけど、そんなささやかな願いはずっと持ち続けていたい。

 

「大丈夫だよ」

 

俺の考えを読み取ったかのように彼方さんは口を開いた。そんなにわかりやすかっただろうか、俺の顔は。

 

「私だからわかるんだよ」

 

はっきりとした口調。自信満々な眼差し。彼方さんがこれから言おうとする言葉がなにか、俺はわかった。

 

「あなたの奥さんだからね、それぐらいわかるよ」

 

……予想通りだから元気づけられた。勇気づけられた。

 

「……わかっちゃうのか」

 

「わかっちゃうんだぜ~」

 

にこにこと微笑む彼方さんを見て、自然と笑顔になれる。彼女にとって自分もそうであればいいと思う。

彼方さんとする中身のない会話が楽しすぎて、「おやすみ」なんていつまでも口に出せなかった。出したくなかった。出す必要がなかった。意識が朦朧として、半分夢の世界に旅立ちながらも、眠りに落ちる最後まで俺と彼方さんはとりとめのない話を続けた。

それじゃあ、また、明日。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。




次回「ジャスミン」は3月下旬から4月上旬を予定しております。よろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。