夢うつつ   作:pathfinder

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おまけのおまけ。


電燈

 

 

もう日はほとんど沈んでいた。灯る街灯の光が薄暗い地面を照らす。

コツコツと、アスファルトを叩く音が4つ。俺と彼方さん。歩幅を合わせて歩く。

俺と彼方さんの間で袋が揺れる。中はスーパーで買った特売品。持ち手の片方は俺が、もう片方彼方さんが持っている。

公園でのんびりして、時刻は夕方になった頃。俺たちはそろそろ帰ろうということになった。ただ帰る途中にスーパーに寄りたいと彼方さんが言った。夕食の材料の買出しをしたいとのことだった。

そこで、遥ちゃんは自分は先に家に戻っていると言い出した。洗濯物を取り込んでおくよ、と。

しかし、遥ちゃんは俺に近づいて、耳元で、

 

『そ、その……2、3時間ぐらい、寄り道してきても大丈夫ですからっ』

 

と顔を真っ赤にして小声で囁いていた。遥ちゃんの真の目的はこっちらしい。気を利かせてくれているみたいだ。その寄り道はしないけど。

 

「~~♪」

 

楽しそうな表情の彼方さんから聞こえる鼻歌。足取りは軽やかで、今にも踊り出しそう。見てるだけで俺も楽しくなる。

 

「……ありがとね~」

 

突然、ぽつりと彼方さんは小さく呟いた。その声で彼方さんの方へと振り向いた。彼女もこちらを見ていた。

 

「買い物、手伝ってくれて」

 

これこれと主張するように、二人で持った袋の持ち手を彼方さんはほんの少しだけ上げる。

 

「あなたのおかげで彼方ちゃん、助かっちゃった」

 

「いやうん。彼方さんともうちょっと一緒にいたかったから」

 

「おおう……嬉しいこと言ってくれるねえ~」

 

彼方さんは照れ臭そうに、だけど嬉しそうにする。俺も恥ずかしくなってきた。

 

「ひょっとして照れてる?」

 

「彼方さんだって」

 

むず痒い。夏じゃないのになんだか身体が暑い。だけど嬉しい。

 

「……ちょっと暑いねえ~」

 

「……ですねぇ」

 

彼方さんも同じみたいだ。顔を見合わせて、二人してくすっと笑った。二人して照れてるのが堪らなくおかしかった。

 

「袋、重くない~? 大丈夫?」

 

彼方さんは二人で持っている手とは反対の、俺の右手を見た。右手にはもう一つの袋があった。これも中身はスーパーでの戦利品だ。なので、俺は今両手に袋を持っている状態である。

 

「重くない。だって彼方さんが手伝ってくれてるし」

 

片方だけだが、負担が軽減されるのはかなり助かっている。それに、こんな時のための男手だ。今日は彼方さんの弁当を頂いたし、そのお礼がしたいところだ。

 

「そっかぁ。ならよかった~」

 

ホッとした笑みを彼方さんは見せた。

 

「さすが男の子だねぇ」

 

「荷物持ちでよければいつでもやりますよ」

 

彼方さんに褒められて、もっと格好つけたくなってついそう言った。後悔はない。荷物持ちとはいえ、彼方さんに頼られるのは俺にとっての喜びだ。

 

「え、それホント~?」

 

「本当ですよ」

 

「……それはあなたに悪い気がするなぁ」

 

「俺がやりたいんです」

 

「えー、でも」

 

俺の言葉になお彼方さんは申し訳なさそうにしていた。

どうすれば彼方さんが気にせず頼ってくれるかな。……思いついて口を開く。

 

「なら、その時は今みたいな感じにしませんか」

 

俺はこういう風にと伝えるために左手で二人で持った袋の持ち手を少しだけ上げた。

彼方さんはきょとんとして、それからすぐに合点がいったのか、瞳を大きく開かせる。

 

「ナイスアイディア~」

 

「でしょ」

 

「彼方ちゃん、今から次の機会が待ち遠しいぜ」

 

弾むような声。彼方さんの表情は夜闇の中で光る電灯のようで眩しい。

俺も彼方さんと同じく、次の機会が待ち遠しく思えた。荷物持ちが楽しみになんて、そんな風に思えるとは今まで想像できなかった。

「俺も、ですよ」

 

「そんなこと言って大丈夫? 彼方ちゃん、ばんばん頼っちゃうよ~?」

 

「ばんばん頼ってください」

 

頼られれば頼られるほど一緒にいれる時間が増えるのだから。しかも彼方さんに良いところを見せられるのだ。こんなに嬉しいことはない。両手とも塞がってるからできないけど反らした自分の胸を叩きたくなった。

 

「じゃあ、遠慮しないぞー。覚悟しろ~」

 

彼方さんは悪戯っぽく微笑んでそう宣言した。一体、どんな荷物を持たされるっていうんだ。できれば人が持てる範疇でお願いしたいところだが。

 

「……まあ、頑張るよ」

 

「期待してるからね~。あなたのカッコいいところ、見れるの」

 

期待されるのは嬉しいけど、万が一持ってなかった時が怖い。冷蔵庫とか持てとか言われもキツいよ? 頑張るけど。

 

「ねえねえ」

 

「なに」

 

「次っていつでもいいの~?」

 

彼方さんが言った『次』というのは次にこういうことする機会のことだろう。要は俺が荷物持ちする時ことだ。

 

「もちろん」

 

「じゃあじゃあ~、明日でも?」

 

「大丈夫。俺、暇だから」

 

彼方さんの問いかけにすぐに答えた。暇だから、なんて言ったが例え用事があっても暇にするつもりだった。彼方さんに会えることより勝る用事なんてないって本気で思った。

 

「やった~」

 

彼方さんは喜びを表すかのように何も持っていない片方の腕を無邪気に挙げた。

 

「じゃあ、明日ね。約束だよ~?」

 

わかったよ、と。いつも通りの口調で言った、つもり。気付かないうちに食い気味になっていたかもしれない。

もしかしなくてもそうなっていたのだろう。くすりと、彼方さんの声がその証。

二人で持った袋が楽しそうに踊る。中身がどうなろうとお構いなしの激しさ。無意識のことだった。止めようと思っても止められなかった。止める気なんてさらさらなかった。

 

「うりゃ~」

 

楽しくて楽しくて、そのうちわざと袋を揺らし始めるようになる。俺と彼方さん、最初にどっちかがやったのかわからない。

じゃれるような彼方さんのかけ声が薄暗い世界で響いた。

 

「おりゃ」

 

俺もそれに対抗して声を出して袋を揺らす。

 

「やったな~……うりゃ」

 

「そっちこそ。おりゃ」

 

俺も彼方さんも、何度もわざと袋を揺らす。子供じみたふざけ合い。

 

「てりゃ~」

 

「とりゃ」

 

地面に映る街灯の光の影がそれに合わせて揺れる。こんな悪ふざけでも彼方さんとなら楽しい。二人して笑い合った。

だけどその時間も長くは続かない。というよりすぐ終わってしまう。

スーパーから近江家はそれほど離れていない。ゆっくり歩いているのに、もう見えてきた。見上げれば、近江家の電灯が光っているのも見えた。

薄暗闇の逢瀬も終わってしまいそうだ。そろそろ本当にお別れの時間。

 

「…………」

 

「…………」

 

その事実に気付いて、俺たちの口数は減り、やがて二人して黙り込んでしまった。

名残惜しい。明日も明後日も、その先もあるのに。今日が続いてほしいと思ってしまう。

 

「……もう着いちゃった」

 

彼方さんの声には寂しさが滲んでいた。痛いほど気持ちがわかる。せめて。

 

「もうちょっと一緒にいたいのになぁ」

 

そんな言葉が聞こえてきて、俺は驚く。

 

「どうしたの~?」

 

「……いや。同じこと考えてたから」

 

彼方さんの言葉は俺がそのとき考えていたとの同じだった。そして公園から帰ろうかというときも同じことを考えていた。彼方さんとスーパーにいるときだって。つまるところ、俺はいつだって彼方さんと一緒にいたのだ。もうどうしようもないくらい。

じゃあ、と彼方さんが言葉を発した。

 

「うち、寄ってく~?」

 

「……やめとく」

 

「どうして?」

 

「いつまでも彼方さんから離れられなくなりそうだから」

 

小恥ずかしい台詞が出てきた。本心だ。だけど冗談めかした口調じゃないと羞恥心でどうにかなりそうだった。

 

「おおぅ」

 

彼方さんが呻いた。二人で持っている袋のほうだけ若干重くなる。

 

「っと」

 

それに引っ張られそうになる。いきなりのことで反応が鈍る。だけどもすぐに体勢を立て直した。

 

「ごめんねぇ」

 

「いや大丈夫大丈夫」

 

「彼方ちゃん、驚いちゃった」

 

でもね、と声がした。彼方さんは頬を膨らませて、拗ねた表情を見せていた。

 

「あなたが悪いんだよ? 彼方ちゃんをときめかせるようなこと言うから」

 

と言われましても。あれは紛れもない本心だし。

 

「ねぇ、思ったんだけどさ」

 

少し考え込んで、彼方さんはそんな言葉を切り出してきた。

 

「あなた、さっきから恥ずかしい言葉ばっかり言ってない?」

 

「本心ですけど」

 

すかさず俺はそう返す。

 

「おおぅ」

 

またも彼方さんが呻く。今度はわざとらしかった。

 

「彼方ちゃんをキュン死させたいのかー」

 

「キュン死するんだ……」

 

「する。キュンキュンしすぎて彼方ちゃんの心臓止まっちゃう~」

 

そこまでときめくのか。それは困るなぁ。まあ、きっと彼女なりの比喩というか大げさな表現というか、そういうものだと思う。

そこで少し意地悪なことを思いつく。

 

「じゃあ、言うのやめとく」

 

「……いじわる~」

 

再び拗ねる彼方さん。言いだしっぺはあなたですよ?

しかし物欲しそうな視線を彼方さんに向けられる。じぃっと見られ、なんとも耐え難い。

 

「うそうそ。冗談だから」

 

ちょっとだけ意地悪したくなっただけなので引っ張ることなく発言を撤回した。

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

「じゃあじゃあ~、これからも彼方ちゃんをじゃんじゃんときめかせてね~?」

 

「キュン死しない程度に?」

 

「キュン死するぐらいに」

 

「……わかったよ」

 

望むところだ。

さて問題は彼方さんがときめいてくれる言葉を思いつくかどうか。それとその言葉を言うときに羞恥心にやられないかだ。

 

「明日も期待してるからね~?」

 

おっといきなり来たよこれ。

 

「頑張ります……」

 

とはいえ楽しみにしている彼方さんを見て、できないなんて言えるわけがない。今できる精一杯の回答がこれだ。

少し困った顔をしているであろう俺を見て彼方さんは笑った。やっぱり眩しかった。

 

 




お目汚し失礼致しました。
ありがとうございました。




配信だけど3rd Live両日ともよかった(小並感)

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