夢うつつ   作:pathfinder

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前回から少し間が空いてしまいました。ごめんなさい。
今回もよろしくお願いします。


夢の続き

 

夢の続きを探していた。

まだ夢を見ていたかった。目覚めたくなかった。目覚めは唐突で、その夢も突然打ち切られるように幕を閉じてしまった。

少しの未練を抱えながら、意識がはっきりとしてくる。

 

「……何時だ今」

 

世界は暗闇。きっとまだ夜なのだろうと思う。

闇に目が慣れていないせいで時計を見ることができない。だから正確な時間まではわからない。

スマホはどこに置いたっけ。近くにはなさそうで、スマホで確認することはできなかった。

 

「すー……すぅ……すやぁー……」

 

近くから呼吸の音が聞こえ、温もりと柔らかさを感じる。きっと多分彼方さんだ。昨晩二人でベッドに入ったことは覚えている。

次第に目が暗闇に馴染んでくる。隣にはやっぱり彼方さんがいた。安らかに眠る彼女の姿はどこか祈るようで、修道女のような神聖さを帯びていた。

時計を見つけ時刻がわかる。午前3時過ぎ。闇はまだ深く、部屋の外の世界は静寂。朝はまだ遠い。

 

「…………。……眠れない」

 

何度か目を閉じて睡魔が再び訪れてくれないかと試みるも、なかなかお迎えには来てくれなかった。

溜息を一つ。フラストレーションを吐き出して切り替える。一度起きようと思った。身体を起こそうとした。

 

「……むにゃむにゃ……ダメ……すぅすぅ……」

 

起こそうとすると引っ張られて身体の動きを止められる。見れば服の裾を彼方さんが掴んでいた。可愛らしくて思わず声を出さず笑ってしまった。

……どうしようかな。掴んでいる手を無理に剥がしてでも起きるべきか。それともこのままにしておくか。

そのままにしておいてあげよう。迷った末にそちらを選んだ。夢の中眠り続ける彼方さんの邪魔をするのは嫌だった。

 

「すーすー……むにゃ……えへへ~」

 

闇の中で部屋に飾られた時計の音が妙に響く。そして微かに彼方さんの寝息も聞こえてくる。俺はそれに安らぎを感じた。

彼方さんは寝ながら嬉しそうにはにかむ。なにかいい夢でも見ているのだろうか。

 

「すぅ……むにゃむにゃ、あなたといっしょにいられて……うれしいなぁ……すやぁー」

 

本当に寝ているか怪しくなるぐらいはっきりとした寝言だ。聞いているこっちが恥ずかしくなる寝言でもある。彼方さんの寝顔を見ていられず、天を仰ぐ。

 

「実は起きてたりしないかこれ」

 

一人そう小さく呟くが、反応はない。起きてはいない、のか。

ちらりと彼方さんの顔を覗く。変わらない彼女の寝顔。幸せそうな表情。

彼方さんの眠りを見守っていよう。そう思っていたが。

 

「すやー……ぎゅー……えへへ……」

 

眠っている彼方さんに強く抱きしめられてしまう。どんな寝相だ。唐突だったので内心焦った。幸運なことに声を上げずに済んだが。

柔らかくて温かい、安心してしまうような彼方さんの身体に包まれる。安心してしまうと同時に邪な感情も抱いてしまいそうになる。

さすがにこれはまずい、と思った。

 

「……彼方さん、離れてください、彼方さん」

 

小さな声で彼方さんに呼びかける。反応はない。俺の声は眠っている彼方さんには届いていないようだった。

もっと大きな声で呼びかけるべきだろう。だが気持ちよさそうな彼女の顔を見たら大きな声で呼びかけることなんてできなかった。

 

「困ったな……」

 

もう手段は無理矢理抜け出すぐらいしか思いつかなかった。

 

「ごめん、彼方さん」

 

きっと届かないであろう謝罪をして、彼方さんを少しずつ引き剥がす。抜け出して離れようとする。なるべく起こさないように慎重にゆっくりと。

 

「……ん、んん……んん」

 

俺のその動きに彼方さんは抵抗してくる。離れようともがくと彼女はより距離を詰めて密着してくる。

 

「んんん……なんでぇ……はなれちゃうのー……」

 

きっと夢の中でも似たようなことが起きているのだろう。彼方さんの寝言はそう思わせた。

心苦しくなる。離れたくなくなる。離れなければいけない理由を疑いたくなる。このままでいいのではと思ってしまう。

だけどこのままだと俺の理性が持たない。煩悩を追い払いつつ、抜け出そうともがく。

 

「……はぁ」

 

葛藤の末、辛くも彼方さんから抜け出した。まだ彼女は夢見状態のまま。だけども俺はもうそんな状態にはなれそうもなかった。

身体を起こす。といっても上半身だけ。少しだけ距離をとって彼方さんの眠る姿をぼんやりと見ていた。夢の中に居る彼女が羨ましく思えた。

 

「…………」

 

……なんだろうな。眠り続ける彼方さんが妙に寂しげに感じだのは。俺の錯覚なのか、あるいは。

 

「すぅ、すやぁ……んんー…………ぁ……えへへ~」

 

ああ。思わず彼方さんの手を握ってしまった。その瞬間すぐさま彼女の顔が綻んだ。本当によくわかるもんだ。

自分よりも小さい手。細く綺麗な指。大切にしたいと思った。手先に、指先に、力がこもってしまう。

 

「……ん……んんー……んんんっ…………ぅ」

 

あ、しまった。

 

「……ぅんん……おはよー……もーあさぁ……?」

 

もう遅かった。

目の前でゆっくりと、気だるげに瞼が開く。いつも以上にのんびりとした、寝起きの口調。……彼方さんを起こしてしまった。

 

「まだ」

 

「……えー……ほんとぉ……」

 

「本当だって。まだ暗いじゃん」

 

「あー……ほんとだ……」

 

そこでようやく彼方さんはまだ夜中だと気付いてくれたようだ。

 

「ごめん、起こしちゃった」

 

「んふふふー……いいよー……ふぁ~」

 

彼方さんも上半身だけ身体を起こした。まだまだ眠そうな彼方さんを見て、罪悪感が湧いてきた。そんなこと彼女はまったく気にしていなさそうだが。

 

「ん~……」

 

彼方さんは両手を上に伸ばして、身体を伸ばす。おかげ様で胸が張って強調される。薄暗闇の中でもわかる。

 

「ふぁ~……まだまだ夜中だねぇ」

 

またも欠伸を零しながら彼方さんは時計を見た。寝惚け眼を手で擦った。

 

「あなたも起きちゃったの?」

 

彼方さんの言葉に俺は頷く。すると彼女は頬を緩ませ嬉しそうに顔を綻ばせた。俺は怒っていない彼女の様子に安堵した。

 

「一緒だねぇ」

 

「なんで嬉しそうなの」

 

「あなたと一緒だから」

 

恥ずかしい言葉だと少し思った。もちろん嬉しいのだけれど。言葉が出てこなくなる。

 

「照れてる~?」

 

なんと確信犯だったか。ニヤリと笑ってこちらを覗き込む彼方さんを見て思った。俺の表情を確認した彼女はふふーと囁くようなくらい小さな声で笑った。なんとなく悔しさを覚えるが、その無邪気な笑みに毒気が抜けていった。

 

「照れてるよ……」

 

投げやり気味に言葉と身体を投げた。ベッドに身体が沈み込む。衝撃はマットレスが吸収してくれる。痛くない、気持ちいい。だけども眠気は感じない。

 

「もう1度寝るの?」

 

「寝れるかなぁ」

 

とても眠れるとは今は思えない。そんな感情が言葉に篭ってしまった。

 

「じゃあじゃあ~、彼方ちゃんとお喋りしよう~」

 

「あれま」

 

想像外の言葉が彼方さんから出てきた。ちょっぴり眠そうな彼方さんの顔を思わず二度見してしまう。目が合うとくすぐったそうに彼女は笑った。

 

「だってあなたと一緒に寝たいんだも~ん」

 

思いがけない可愛らしい台詞にぽかんとしてしまう。その反応を見て彼方さんはにまりとする。なにか悪巧みを考えているような表情。

 

「えーいっ」

 

そんな、掛け声とともに彼方さんがこちらに飛び込んできた。躊躇いのない動作。俺は身構えなんて出来ていなかった。女性一人分の重みが衝撃とともにぶつかってきた。

 

「……重い」

 

そんな単純な言葉がまず出てきた。あと痛い。

 

「むー……そんな言葉、女の子に言っちゃだめだぞー」

 

胸元からちょっと不機嫌そうな彼方さんの声が響いた。顔を覗くと頬を膨らませていた。可愛いかよ。

 

「ごめんごめん。でも実際重い」

 

「彼方ちゃん重くない。枕みたいにふわふわ~」

 

「いやいやいや」

 

人間なのだから重みはそれなりにある。そりゃ彼方さんは軽い方だと俺も思うけど。

 

「退いた方がいい?」

 

「……退かないでいいです」

 

彼方さんの俺の心を見透かしたような言葉に逆らえない。

重みはあるけど、それ以上に彼方さんの身体に密着するというのは物理的、心理的に心地よい。幸せな気持ちになる。離れがたい。

 

「じゃあ~、彼方ちゃん重くないってこと~?」

 

「そういうことです……」

 

「よろしいー」

 

彼方さんの満足そうな言葉が届いた。言わされた感あったけど彼方さん的には満足してくれた、っぽい。

ぎゅっと抱き着いてくる彼方さんを思い通りにさせながら部屋を見回した。暗さはまだ変わらない。まだ夜は続く。

 

「朝までこのまま眠れなかったらどうしような」

 

特に意図のない言葉。頭に思い浮かんだことを口に出した。ただ今のままだと眠れる気がしないのは嘘じゃなくて本当のことだった。

 

「だったら明日は一日中お昼寝だぁ」

 

「なんて不健康な」

 

「でもちょっとだけいいかもって思ったでしょ~」

 

「……まあ」

 

「ふふふ~」

 

俺の考えは見透かされていた。彼方さんが漏らした笑い声に反論なんてできるわけがなかった。

でも憧れだと思う。一日中夢の中で過ごすなんて。実際できるわけないけど。

 

「どお~? 明日は彼方ちゃんと、一日中夢の世界にいよ?」

 

なんとも彼女らしい言い回しで誘ってきた。魅力的で魅惑的な誘いだ。

 

「眠れたらなー」

 

「だいじょうーぶ。眠れるまでずーっとこのまま~」

 

逆に眠れなくなりそうだ。そう言うと彼方さんは不満そうにブーイングしてきた。興奮すると眠れないって言うじゃん?

でも、今夜ぐらいはそれもいい。俺は彼方さんの誘惑に乗っかろうと思った。明日の、面倒くさい日常のことなんて考えないようにした。

 

「……あのね~」

 

「ん?」

 

「さっきね、彼方ちゃん、夢の中であなたと一緒だったよ~」

 

「どんな内容だったの?」

 

「忘れちゃったぁ。……でもとっても幸せだったよ~」

 

「そっか」

 

「今度もあなたと一緒の夢、見たいなぁ……」

 

夜はまだまだ長い。眠れない、曖昧な時間も続く。

また明日が待ち遠しくて、時間を埋めるように彼女と俺は他愛のない話を交わし合う。次起きたら忘れているような、内容のないことばかりだ。日が昇って、意識が溶けて消えるまで、ずっと。

今のうちに言っておこう。おやすみ。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。

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