お誕生日おめでとう!!!
「~~~♪」
隣から鼻歌が聞こえる。随分機嫌がよさそうなのがすぐにわかる。音の端々から伝わってくる。
「彼方さん、ご機嫌だね」
「だって今日は彼方ちゃんの誕生日なんだよ~。そりゃご機嫌になるよ~」
彼女の言葉通り、今日12月16日は近江彼方さんの誕生日。彼女が主役の日だ。
さっきまでニジガクのみんなに盛大に祝ってもらっていたおかげか、俺が彼方さんを迎えに行った時には既に上機嫌だった。
なんで迎えにいったのか、それはこれから彼方さんちで彼方さんと遥ちゃん、そして俺の三人で彼女のお誕生日会をやるためだ。ちなみに彼方さんには知らせていない。家には既に遥ちゃんがいて、彼女はお誕生日会の準備をしている。
俺は所謂足止め役。遥ちゃんの準備が終わるまで彼方さんを家に入らせないようにする役目。彼女に悟られないように時間を稼ぐ。
とはいえ、遥ちゃんだけに準備の全部を押し付けているわけではない。彼方さんを迎えに行くまでは遥ちゃんと一緒にお誕生日会の準備をしていた。とちょっと言い訳しておく。
パーティーの準備が終われば遥ちゃんから連絡が来る手筈になっている。それまでは時間稼ぎと……もう一つの目的を果たそう。こっちも重要だ。
「ニジガクのみんなとのお誕生日会、楽しかった?」
「もっちろーん。すっごく楽しかった~」
俺の何気ない問いかけに彼方さんが食い気味に答える。俺は驚いてちょっぴり仰け反った。
「彼方ちゃんいっぱい祝ってもらっちゃった~。あのねあのね~、エマちゃんがね――」
彼方さんの話は止まらない。話したいことがたくさんあるみたいで、興奮しながら克明にニジガクのみんなにどう祝ってもらったのか教えてくれた。彼方さんのそんな様子が微笑ましくて、頬が綻んでしまいそうになる。
「あー、なに笑ってるの~。ちゃんと聞いてる~?」
話すことに夢中になっていた彼方さんに気付かれてしまった。ちゃんと聞いているさ。
「彼方さんが楽しそうに話すから、俺も嬉しくなっちゃって」
見てるこっちが笑顔になってしまうぐらい彼方さんは楽しそうで嬉しそうだったから。自然とそうなってしまうのは仕方がないことだ。少し照れながら答えた。
「というか、そんな笑顔だった?」
「うん、物凄くニコニコしてたよ~」
「そこまでか」
「ほんとほんと。自覚ないみたいだねぇ」
「いや、うん」
自覚はないけど納得してしまう。それぐらい微笑ましかったんだ。
「そんなことよりお誕生会の話の続き、聞かせてくれよ」
「あなたが邪魔したんだぞぉー」
「はい、ごめんなさい。俺が悪かったです」
「ふふふ~、彼方ちゃんが許してしんぜよう~」
誰がどんなプレゼントをしてくれたのか。どんなケーキを食べたのか。話の続きを彼方さんは語ってくれる。語り終えてもまだまだ足りなさそうな表情なのが本当に楽しかったことを物語っていた。
「ねぇねぇ」
「なに?」
「ところで……なんで迎えに来てくれたの~?」
おっと、痛いところを。
彼方さんはなんの疑いもなく、ただただ純粋な疑問を俺にぶつけているだけなんだろうけど。
「あとあと~……今彼方ちゃんたちはどこに向かってるの~?」
困惑の中にほんのちょっぴりの警戒が混じった声音でさらなる問いかけが彼方さんから投げつけられた。
彼方さんの家に向かっていないことに気付かれた。そりゃいずれは気付かれるだろうなとは思った。
「それは……」
「それは?」
間違っても、彼方さんのお誕生日会の準備ができるまで足止めしてます、なんて言えない。
それならもう、もう一つの俺個人の目的を言うしかない。……非常に恥ずかしいけど。
目的地を彼方さんに告げる。それはこの近辺にある大型ショッピング施設だ。俺も彼方さんもお世話になっている場所だ。
ただ告げられた彼方さんはわからないといった表情だった。場所だけじゃわからないよね。
「実はさ、彼方さんの誕生日プレゼントを選びたくてさ」
……実をいうと俺はまだ彼女の誕生日プレゼントを用意していなかった。というか、なにを選べばいいかわからなかった。アクセサリーみたいな身に着けるものだと個人の好みもあるし。似合わないとかそういう事態は避けたかった。
だからいっそのこと、彼方さんと一緒に選べばいいと思ったんだ。その方が確実だった。浪漫の欠片もないが。
「あなたが選んだものだったら、彼方ちゃんなんでも嬉しいよ?」
俺の話を聞いてくれて思った通りの言葉が返ってきた。そう言うだろうなとは思った。嬉しいことだ。でも。
「一緒に選ぶのも楽しいと思うんだ」
もう一つ、そういう楽しみも俺はあると思った。一緒に見て回って、選んで、買う。ただ贈り物をするよりも一緒に選んだ思い出という付加価値が付いてくる。するともっとプレゼントに愛着が湧く。
「一緒に選ぶかぁ……確かに楽しそう~」
「でしょ」
「でも遥ちゃんが……」
ちょっぴり心配そうに遥ちゃんのことを気にする彼方さん。この反応は予想済み。
「大丈夫。事前に話しておいた」
ちなみに遥ちゃんに話したところ、『ゆっくり選んできても大丈夫ですよ』と言われた。きっと準備時間をなるべく確保したいからだろう。
「そっかぁ~……それじゃあ、一緒に選ぼー!」
片手を高く突き上げて、今にも駆け出しそうなぐらいなテンションを見せる彼方さん。だけども所々の仕草でいつものゆったりとした動きを垣間見せて、そのギャップが面白かった。
その言葉が聞けてホッと思わず息を吐いてしまった。肯定的に受け止めてくれてよかった。彼方さんの楽しそうにわくわくした顔が俺を安心させた。
なんとなく彼方さんに触れたくなって、彼女の手を掴んで握った。
「んー? 突然どうしたどうした~? 彼方ちゃんと手を繋ぎたくなっちゃったかぁ?」
突然のことに少し驚きつつも、嫌そうな表情を見せず彼方さんははにかんだ。
「うん」
素直に頷くと彼女はさらに破顔した。
「えへへへ~、いいよ~。彼方ちゃんも同じ気持ちだから~」
彼方さんは握られた手を指を絡めるようにして、握り返してきた。隙間をなくすかのようにしっかりと結ばれた。
寒空の下、肌と肌が触れて重なり合ってお互いの手のひらの熱が交じり合う。焼け石に水状態ではあるがそれでも温かく感じた。
「あったかいねぇ」
「だな、温かい」
微かな温かさを共有しながら足取りは朗らかに進む。
街は騒がしい。もうすぐクリスマスということもあって街はクリスマス一色に染まっていた。
大型ショッピングモールは平日だというのに人で溢れていた。辿り着いたその場所もクリスマスの装飾が飾られ、クリスマスに向けて購買意欲を煽っていた。ただ、単純にとても綺麗で、見ているだけで心奪われる光景だった。
「彼方さんは今欲しいものある?」
「ん~……そうだねぇ……」
そういえばと思い、着いて早々にそんな質問をぶつけてみた。彼方さんは回答に困り悩んでしまう。
そりゃそうだよなぁ。いきなり言われてもぱっとは出てこないだろう。
「……新しいフライパン?」
沈黙ののち、彼方さんはそんな誕生日プレゼントっぽくないものを提示してきた。
「いやそういうのじゃなくて」
気持ちはわかるけど。考え込んで浮かんでこなかった結果、今必要なものを言っただけなんだろうけど。
「それともプレゼントはフライパンでいい?」
「むぅ、いじわる」
唇を尖らせた拗ね彼方さんに冗談だとすぐに伝える。この拗ね拗ね彼方さん、可愛くてずっと見ていたいぐらいなんだけど、さすがに彼女のご機嫌を優先した。なんたって今日は彼女の誕生日なのだから。
さすが大型ショッピングモール。お店が多すぎてどこから見て回るかを決めるだけで大変だ。とりあえず、最初に目に入った衣料品店に入ることにした。
その後、別の衣料品店、靴屋、本屋などいくつかのお店を軽く見回ってみたものの、これだというような決め手になるようなものは見つからなかった。候補はいくつか見つかったんだけど。
少し焦りが出てくる。果たしてプレゼントは決まるのか、タイムリミットまでに決まるのか、という二つの焦りだ。後者に関して、まだ遥ちゃんから連絡はないが、もうそろそろ来てもおかしくなかった。
「ねえねえ、ここ! 次はここ入ってみようよ~!」
テンションMAXの彼方さんが次のお店を指し示す。彼女のハイテンションな姿は俺の焦りを緩和させてくれる。
彼方さんがしゃっきりさんな腕で指し示したのは雑貨店。アクセサリーも取り扱うみたいだがお値段は学生向けな、リーズナブルな価格帯のものが多い。店外からちらっと見えたPOPや値札からそう思った。
繋いだ手を彼方さんに引っ張られる。その動きに逆らわずにお店の中へと入った。当然店内もクリスマス一色で、客層もなんとなく男女ペアが多目な気がした。
「じゃーん! どぉ? このネックレス、似合ってる?」
「なんかいつもより大人っぽく見えていいね。似合ってる」
「えへへ~」
陳列されている商品をああだこうだ言いながら店内を回る。モノよりもそれを手に取るたびに様々な表情を見せる彼方さんにどうしても視線が向かってしまう。揺れる髪の毛の一本も見逃したくなかった。
彼方さんの方を向いていた視線を剥がして、店内へと視線を向ける。やはり気になってしまうもので、何度も視線は宙をさまよって結局のところ彼女の元へ戻っていってしまう。
その繰り返しの中で、不意に彼方さんの表情が変わった。
「お」
彼女の声が漏れた。決してその響きは悪いものではない。楽しそうに聞こえた。
彼方さんの顔をしっかりと見る。彼女の視線は止まっていた。その先を追う。
「……ブレスレット」
青緑の石をさりげなく装飾させた、普段使いしやすいシンプルなデザイン。その淡い色が光った。
「ふむふむ、ほぉー、なるほどなるほど~」
彼方さんはまず覗き込んで観察して、それからブレスレットを手にとって目の近くまで持っていきじっくりと吟味した。時折POPなんかにも目を移しながら。
一通り吟味し終えたのか、ブレスレットを顔から離す。そして彼方さんはそのブレスレットを腕に装着した。
「ねえねえ、このブレスレットはどぉかなぁ? 似合ってる?」
ブレスレットを着けた腕を差し出して彼方さんは俺に見せてきた。捲られた長袖の先、白い肌にその色は映えて見えた。
「似合ってるよ」
こういう時、自分の語彙力のなさが悔しい。もっとユーモアに富んだ褒め方ができたらなと思う。
彼方さんはそんな俺の顔をじっと見つめて、
「そっかぁ、えへへへ~、彼方ちゃんニヤけちゃうな~」
それから顔を綻ばせた。頬は緩んで、彼女の言う通り口元はニヤけていた。
それから少しの間黙り込んで、それから彼方さんは口を開いた。
「彼方ちゃん、これがいいな」
「このブレスレット?」
「そ~」
彼方さんが選んだのはその青緑のブレスレットだった。俺の財布事情からしても支払えるレベルの商品だ。なんならもうちょっと高くても大丈夫なんだが。
そのことを口にしたのだが。
「ううん、これにする~」
「気つかってない? もうちょっと高いのでも大丈夫だよ?」
「いいの」
「だって、あなたが似合うって言ってくれたから」
「そっか」
彼女がそう言うなら俺に文句なんてない。それに……俺も本当に似合ってるって思ったから反対なんてするはずもなかった。
二人でレジに持っていく。彼方さんは着けて帰るからと言って、ラッピングはしてもらわなかった。商品を受け取って、お店を出るとちょうどいいタイミングで携帯が一度だけ震えた。遥ちゃんからの合図だ。本当にいいタイミングだった。
ショッピング施設から出るとやっぱり寒かった。吹き付ける北風が妙に冷たくてなお一層そう感じられた。
時刻的にはまだ夕方なのだが、陽は落ちて空は暗くなり星が出ていた。季節のせいかな、本当に夜が早くなった。
「うぅ~う、寒い~……」
冷たい風が吹いて、繋ぎっぱなしの彼方さんの手が震える。振動が伝わってきた。
「寒いし、早く帰ろう」
「だね~、温かい布団が恋しい……」
「まだ寝るには早いだろ」
「えー、でもあなたは彼方ちゃんと一緒に寝たくない~? きっとすごく気持ちいいよ?」
それを言われると寝たくなってくる。いやいやこの後はお誕生日会があるんだ。遥ちゃん(と俺)が頑張って準備したのだからちゃんと彼方さんを祝いたい。
「うふふ~、気が変わったらいつでも言ってね~? 彼方ちゃん大歓迎だから」
まだ眠っていない眠り姫が囁いて誘ってくる。喉が鳴りそうになって我慢した。いつも思うのだが、どうして彼女の誘いは抗いがたいのだろう。思わず流されたくなってしまう。
「……気が向いたら」
俺の精一杯の返答に彼方さんはしてやったりと言わんばかりのドヤ顔を見せた。
内心じゃ今すぐその誘いに乗っかりたい。だけど今日はまだまだこれからなのだから。せめてお誕生日会が終わるまでは堪えよう。その後は……。
「すけべな顔してるぞー」
「どんな顔だよ……」
「頬が緩んでニターってなってる~」
別に変なこと考えていないのにな。だからその嬉しそうなドヤ顔は止めなさい。
「……それよりも。さぁさぁ早く帰ろう」
「ふふふ~、そうだねぇ」
くっそう。今に見てろ。近江家の玄関の扉を開けた時の表情が楽しみだ。隣で小悪魔のように笑う彼方さんを見て、その光景を想像する。
彼女の誕生日は終わらない。まだまだ始まったばかりだった。
お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。