『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第八話 限界

「まだまだぁ!!」

 

 帽子はどこかへ飛び、服も、何度も被弾したためにボロボロになっているというのに、溢れんばかりのガッツを見せて、弾幕を放ちながら美鈴が上昇してきた。

 もう足で小突かずとも玄爺は動いてくれる。

 飛んでくる弾を体を揺らすようにして()け、手の平で狙いをつけて連続で霊力弾を放ち、弾幕を形成する。

 くるんくるんと避けつつ昇ってくる美鈴の進む先に手を移動させ、きっかり二秒霊力を溜めた後に光線として放つ。

 これで何度目だろうか。

 煙を上げて落ちた美鈴が、その最中(さなか)に体勢を整え、再び弾幕を放ちながら昇ってくる。

 それを迎え撃ち、落として、また昇ってきた美鈴を迎え撃つ。その繰り返し。

 

 最初の内は向こうのスペルを避け、てきとうに光弾を放つだけだった。

 こちらはスペルカード(と呼んでいいのかはわからないが)を一枚しか持っていないために通常弾のみで片をつけようとやっていたのだが、それがいつしか当たるようになると、美鈴はスペルカードを『一枚だけ』残してこうやって突っ込んでくるようになった。

 なぜ最後のカードを使わない? どうして決着をつけようとしない?

 ぐるぐるぐるぐると思考を続けていたが、薄い弾幕を放ちながら昇ってくる美鈴を見て、今気付いた。

 そうか……

 

「時間稼ぎだな?」

 

 ぴたりと、弾幕が()んだ。

 肩で息をする美鈴がゆっくりと俺の前まで浮かび上がってきて、気付かれたかー、と言った。

 なぜ? なぜ時間稼ぎなんかを?

 そう問う前に、「今にあの巫女と金髪を担いで咲夜さんが来る。そうしたら、お前も仲良く追い返してやる」と説明してくれた。

 はーん、そうか。あのメイドさんを期待しての時間稼ぎか。

 でもなあ、『咲夜さん』が霊夢や魔理沙に勝てるとは思わないし、負けてもまた挑むだろうから問題ないだろうし、俺としてはさっさと決着をつけて中に入り、他の面々も拝んでみたいのだけど。

 こう延々と同じ事をするのは嫌いだ。特に、こうやって決着を先延ばしにされるのは。

 ……美鈴は、幻想郷のルールを知っているのだろうか。異変時のルールを。

 巫女が勝つまで何度も繰り返される勝負。首謀者が巫女に倒されること前提の異変。そこで時間稼ぎをしても何の意味も無いというのに。

 その意図が読めず、どうしてかを読み取ろうと美鈴の顔を見詰める。

 何を考えているのか、俺にはわからない。その作戦の意図がわからない。

 わからない事は聞いてみよう、ということで、玄爺になんであいつ時間稼ぎしてるのと聞いてみた。

 

「主の為でしょう。忠に厚い妖怪のようです」

 

 主の願いを叶えさせるために降りかかる火の粉を身を挺して振り払う。確かに格好良いが……些か時代遅れだ。

 この異変は終わるべきもの。終わって(しか)るべきもの。ずっと昔にどこかで読んだ、紅霧異変の考察。この異変は博麗霊夢のために仕組まれた異変だと。

 そう聞いた事があるし、俺もそう思っている。

 しかし、そうであれば、この美鈴のやっていることはおかしい。

 ぽんぽんと美鈴が弾幕を放ってくるので、せっせと避けている玄爺にそこら辺を含めて聞いてみると、「そりゃあ、あの妖怪が真実を聞かされてないか、上手く伝えられなかったかじゃないですか」と返された。

 ちょっと言ってる意味がわからなかったが、なんとか理解する。

 つまりあれだな。美鈴ははぶられたわけだな?

 だってそうだろう。一人だけ異変の事を教えてもらっていないとか、そうとしか考えられない。いや、そうに決まってる!

……と決め付けた所で美鈴が時間稼ぎをやめるわけもないし、真実がわかるわけでもない。

 結局なぜ美鈴が時間稼ぎをしているのか、その真実を知ることができていない。

 美鈴に聞けば教えてくれるかな。無理かなー。

 まあ、無理なら無理で良いや。押し通るまでだ。

 左手に霊力を込め、大振りに振るう。

 不可視の圧力が色取り取りの弾幕ごと美鈴を吹き飛ばした。

 体勢を立て直す前に、目の前まで玄爺に移動してもらう。

 警戒して構える美鈴に「そろそろ」、と前置きをして、地上を指差し。

 

「けっちゃこっ! ……決着を」

 

 やべえ噛んだ。舌の奥噛んだ。がりって。いてえ。

 それまでの張り詰めた表情が嘘のように消え去り、微妙な表情をした美鈴が素直に地上へと降りていくのを玄爺に追わせ、自分は噛んだ舌を気にしてひーひー言っていた。

 頬に手を当ててすりすりしても痛みは引かない。うーむ、気分の高揚は消えてないのに、この痛みはダイレクトにくるな。

 ぴょんと甲羅の上から飛び降りて地に足をつけ、腰を落とし拳をこちらに突き出して構える美鈴と向き合う。

 応じた……か。いよいよもって玄爺の言った事の真実味が増してきたな。

 しょうがない、美鈴には悪いが眠ってもらおう。俺も先に進みたい。

 他の人妖を見てみたいというのもあるが、霊夢達が心配だというのもある。まさか負けたりはしないだろうけど、怪我とかはありそうだ。

 『咲夜さん』は確かナイフを投げるはずだし、そうでなくとも弾幕に当たったら時としては死に至る事もあるっていうし。

 ずっと右手に持っていて生暖かくなったカードを袖に仕舞い、代わりに白紙のカードを取り出す。

 顔の前まで持ち上げて霊力を込めれば、ぱっと光って絵柄付きのカードに変わった。

 別に今やる必要は無いが……なんとなく。

 体の内で霊力を爆発させ、再度体に纏う。それから、ぐっと足に力を込め、勢い良く駆け出した。

 美鈴が驚いているのが遠目に見える。それもそうだろう。ずっと練習してきた走り方だ。

 回転させるように大きく足を動かし、地を揺らして走るかのように大胆な下半身とは別に、上半身はこれっぽちも動かさずに静かなまま。

 なんの意味があるかって? 特に無い。でもやってみたかったんだ。その辺の弱い妖精とか妖獣とかには効果抜群だぞ。蜘蛛の子を散らすように逃げていくからな。

 あと、博麗神社に行く時に偶然その俺の姿を見てしまったらしい魔理沙は、後で顔を合わせた時に引きつった笑顔で対応してくれたからな。

 ドッドッドッと、地に足を押し付けるたびに衝撃が腰から上に突き上げてくる。その痛みが、心地良い。

 間合いに入った途端、美鈴が重心をずらしたのが見えたが、関係なしに()()に跳んだ。

 

「ふ、ふえッ!?」

 

 手に霊力を集め、驚愕に固まる美鈴の腹に手を当て、爆発させた。

 重々しい音と共に吹き飛んだ美鈴は、二度三度と地面を跳ねて、仰向けで倒れ付したきり動かなくなった。

 どおだ、二倍の霊力の味は。

 髪に腕を入れてばさりとやってから、じんじんとする太ももを撫で、ほふー、と息を吐く。

 この技は霊力の消耗が激しいな。あまり長い時間は持続できそうに無い。

 あれ、そういやカードどこにやった……お、袖の中に戻ってる。どういう原理だ? なんて考えつつ美鈴の元まで歩いていって、息があるかを確認する。妖怪はそんなやわじゃないだろうし、ばらばらにしたって死ぬかわからないくらいだが、一応ね。人型だし。

 ばっと跳び起きないかと冷や冷やしたが、そんな事はなかった。安心。

 さて、この美鈴をどうするか。ここに放っておくのは少々かわいそうだ。

 腕を組んでうーむとうなっていると、のそのそと玄爺がやってきたので、埋めちゃう? と聞くと、これこれと呆れられた。

 おい玄爺、お前、顔引きつってるぞ。

 ぐるぐると目を回す美鈴は壁にもたれかからせて、と。

 よっと玄爺に飛び乗り、それから館の中を目指して飛んだ。

 

 ……うわー、立派そうな玄関がお亡くなりになってらっしゃる。

 

 

 外から見るよりも中の方が広大な館、紅魔館。

 時間を操る力で空間を弄られているから、こうまでして広いらしいな。

 紅い壁を濡らす赤に、砕け散った調度品、辺りに刺さる針に、砕けた床。そして、紅いカーペットに横たわる、給仕服姿の羽の生えた少女たち。

 死にぞこないの(ぴちゅれなかった)妖精メイドたちか。

 玄爺の上であぐらを掻いて、持ってきておいた札を弄りつつ死屍累々の廊下を行く。

 それにしても、目に悪い。どこを見ても紅、紅、紅。目の奥がちかちかする。白い花瓶や絵画の白い部分、それから砕けた壁なんかが目の保養になる。

 んー……意味が違うか? まあいいか。

 長い長い廊下を進んでいく。同じ景色ばかりが続くのを見ていると、段々と眠くなってくる。

 どこまで進んでもそこかしこに妖精メイドが倒れているし、針はあちこちに刺さっているし。時々、それにまざって銀製ぽいナイフが刺さっていたりする。

 その光景を見ていて退屈だと思える俺も、すっかり幻想郷の常識に染まってしまっているな。

 ぐーっと伸びをして、それから服のよれを直し、太ももの辺りの布を指先でつまんで引っ張りつつ暇を潰す。

 玄爺の甲羅を撫でてみたり、お札の角で玄爺の後ろ頭をつんつくやっていると、ええいうっとおしい! と怒られてしまった。怒鳴らなくたっていいのに。

 退屈は人間を殺すのだよと小さい声で呟いて、気晴らしにふんふんふふんと鼻歌で暇を潰すことにした。

 それだけではすぐに飽きてしまうので、玄爺の行く先を指示してみた。

 つきあたりを左に。途中にあった廊下を右に。階段を上って左に。行き止まったので階段を下り、見えない壁で進めないので階段を下り。

 あっちだこっちだとやっていると、段々と壁や廊下の損傷が減ってきた。妖精メイドはぽつぽつと倒れているのに。

 

「ご主人さまがてきとうに指示を出すから迷ったんですよ……」

 

 どしたの? と玄爺に問いかけると、玄爺は呆れたようにそう答えた。なんだ、ならそう言えばいいのに。

 でも、妖精メイドが倒れてるって事は、霊夢と魔理沙はここを通ったという事。ここを辿れば、先に進めるのは間違いないだろう。

 ……ん? あ、おい、ストップ! 玄爺ストップ! って、口に出さなきゃ伝わらないか。

 とまれー、と玄爺の頭を叩くと、何ですかとすぐに止まってくれた。

 待機を言い渡し、廊下に降りたって、壁にもたれかかっている妖精メイドに歩み寄る。

 (かす)かな呼吸の音。顔は俺の方を向いていて、細まった目は俺の目としっかり合っている。弱々しく上げた腕をこちらに伸ばしていた。差し出された手の平の上には、淡い光を纏った紅色のガラス片のような物。

 ちょい、と、それを(つま)み上げると、妖精メイドは小さく息を吐いて――笑った?――輪郭がぼやけたかと思うと、さらさらと頭から崩れて光の粒子になり、流れて消えていってしまった。

 ほえー、初めて見る消え方だ。きれいだなー。

 なんて暢気な事を考えつつ、手に入れた欠片を顔の高さまで持ち上げてしげしげと眺める。

 一センチもないというのに、何かとんでもない力を内包しているように感じる。

 なんのための物かは知らないが、なぜ妖精メイドがこれを持っていたのだろうか。

 唐突に視界がぶれた。地震だ。え、いや、地震? なんか目指していた廊下の奥の方から声か何かが聞こえてくるんだけど。あと、僅かに結界か何かの力。

 肝が据わっているのかぼけているだけか、表情を変えない玄爺の背に飛び乗って、目指していた場所に急いで飛んでもらうことにした。

 ふっふっふ、今日の俺は冴えてるな。この欠片の正体がわかってしまったぜ。

 向かう先からは結界の力、手に持つ欠片からは得体の知れない力……恐らく魔力だろうものが感じられる。

 つまり、今俺たちが目指している先にあるのは大図書館で、俺が持っているこのビー玉の欠片みたいなのは賢者の石の欠片なのだろう。

 たぶんそう。いや、そうだね、絶対。今の俺に間違いはない。

 って事で急げ玄爺、きっと図書館では魔理沙と霊夢がぱっちぇさんと交戦しているはずだ! それを見逃す手はないぞ! あわよくばまぜてもらおう。

 

 

「ご主人さま、気を付けてください。邪悪な力を感じます」

 

 言われなくてもわかるよ、玄爺。

 目指す場所に近付くにつれ、聞こえていた声が『悲鳴』なのだとわかった。重い物が砕ける音、爆発の音、無数の少女たちの悲鳴。それから、妖精が死ぬ時にたてる不思議な音が、引っ切り無しに聞こえてくる。

 それらは、別に良いのだ。それで特に恐れるわけでも(すく)みあがったりするわけでもない。

 問題は、この先にある結界の力。さらにその先にある邪気。結界を隔てているというのに、漏れ出る力は今までに感じた事のない身震いのするような凄い妖気だった。

 今俺が冷静を保っていられるのも、まだ自分が安全だとわかっている事と、玄爺が平然としてくれているからだ。

 額に、背に(にじ)む汗を感じながら、果ての見えない廊下の先を睨む。

 俺の予想は大きく外れていたらしい。どうやらこの先は図書館ではなく……悪魔の妹が封印されている場所、らしい。

 何度も階段を下っていたのだから、気付いたって良かったんだけどなあ……。

 手に持つ欠片が、何かに共鳴するかのように明滅を繰り返す。妖気に近付くにつれて、比例するように魔力も高まっていた。

 くっ、気を抜くと力に飲まれてしまいそうだ。結界術でも使えればもう少し気も楽になるのだろうが、そこら辺はさっぱり思い出せないし……霊力纏うか、札に霊力を込めるかしかできない。

 しかし、この先に待つものを考えると、そういった無駄な消費はしたくない。

 その先に危険が待っているというのに、そうまでして、何故進むのか。

 決まってる。戦うためだ。それから、確認のため。このおっそろしい妖気の持ち主と霊夢と魔理沙が戦っているのならば、俺も力を貸すために。

 ……戦いたいって気持ちの方が大きいかも。

 戦う前から、この高揚感。戦い始めたら、どれほどの快楽がこの身に湧き上がるのだろうか。

 知りたい。感じてみたい。だから行く。それだけなのだ。

 近くで爆発の音がした。少女たちの悲鳴も、耳元にまで(せま)っている。だというのに、廊下の先は一向に見えてこない。

 ……いや、待て。()()で?

 慌てて、異常な程魔力が高まっている欠片を見る。明滅の速度が尋常じゃないことになっていた。

 と、前方の空間が脈を打った、ような気がした。

 

 薄いガラスの砕ける音と共に、ぐんと体を引っ張られる感覚。

 果ての無い廊下に一瞬にして突き当りが現れ、そこに引き込まれる。

 玄爺の上から投げ出され、咄嗟に霊力を強く纏って着地すると、同時に横合いから何かがぶつかってきて押し飛ばされた。

 壁に肩をぶつけてへたり込む。見れば、血塗れた妖精メイドが三匹倒れているじゃないか。

 妖精メイドたちが吹き飛んできた方向には石でできた大きな扉があり、その前には数十の妖精メイドが集まって手に手に持った色取り取りの欠片で結界を押さえ付けていた。

 扉の奥から感じる妖気が膨れ上がり、波動となって妖精たちを襲う。吹き飛ばされた数匹の妖精が俺の横を通り過ぎ、壁に叩き付けられて四散した。

 軽い音を立てて落ちた賢者の石の欠片が砕け散り、結界の力が緩んだ。

 不味い。直感が警報を鳴らす。だが、回避行動を取る暇も無く、石作りの大扉が爆散した。

 ばらばらと襲い掛かってくる石の欠片を霊力を纏う事によって生まれた突風で弾き返し、なんとか立ち上がる。

 扉の向こうは、暗い。だが、強大な何かがいるのははっきりとわかった。

 近付いてきた玄爺を手を上げて制し、いつでもそこから飛び退けるように腰を落とした。

 夜明けが来るように、急速に部屋の中を明かりが満たす。姿を現したのは、間違いない、フランドール・スカーレットだった。

 ニタニタと怖気(おぞけ)の走る笑みを浮かべ、俺が見えていないかのように、すー、と息を吸った。

 

「お姉様も人が悪い」

 

 息を吐くと同時、(ささや)くようにフランドールが言う。

 私を除け者にするなんて、と。

 どっと、風が押し寄せてきた。纏めてある髪が後ろに伸び、壁にぶつかる。

 目に見える程の、濃い妖気。近くに立つだけで脂汗が浮かんできやがる。尻餅をつかなかった事だけが僥倖か。

 この化け物の前で、そんな隙を晒してみろ。次の瞬間には跡形も無く吹っ飛ぶわ。

 足元から紅い光が放たれていて、フランドールを照らしている。短いスカートも、紅い衣服も、黄色いネクタイも、布製の帽子も、金糸と見紛う金髪も、その全てが湧き上がる妖気で揺れていた。

 枯れ枝のような羽から垂れる緑黄(りょくおう)赤色(せきしょく)の宝石がぶつかりあって、かちんかちんと音をたてる。

 知らず、笑みを浮かべていた。

 嬉しいからではない。ただ、引き攣るように笑みを浮かべただけ。

 フランドールは、たった今俺に気付いたように、緩慢な動作でこちらに顔を向け、あなたはだあれ? と猫撫で声で聞いてきた。

 

「格好を見るに、あなたはハクレイノミコね。お姉様から聞いていたわ。今日あなたが来ることを」

 

 でも、不思議ね。

 そう言ってフランドールは後ろへステップして、くるりと回転した。ふわりと持ち上がったスカートから、ドロワーズが覗き見える。

 

「ハクレイノミコは今、お姉様と遊んでいるはず」

 

 ……そうか、霊夢は、もう。

 魔理沙は? 魔理沙は、どうした。

 疑問に答える声は無い。代わりに、歌うように、フランドール。

 

「嬉しいわ、あなたは私と遊びに来てくれたのね。いいわ、入って。特別に入れてあげる」

 

 くるんと回転して、後退するフランドール。

 吸い寄せられるわけではないが、自然と部屋の中に足を進めていた。ここも、異様なまでに広い。

 両方の足が部屋に入った途端、フランドールが指を鳴らした。

 ごしゃ、と背後でした音に振り返ると、破壊されたはずの大扉が、何事も無かったかのようにそこにあった。

 うふふ、とフランドールは笑う。

 

「逃がさないわ。ええ、もう逃がさない。あなたは、もう、ここから出られない」

 

 フランドールに顔を向け、それから、こいつに話は通じなさそうだ、と判断を下す。

 ゲームとはえらい印象の違いだ。なんという狂気。俺まで狂ってしまいそうだ。

 

「あら、美味しそう」

 

 目の前に、フランドールの顔があった。

 驚愕に身を固まらせていると、右手を取られて、きつく握り締めていた手を、割れ物でも扱うような手つきで(ほど)かれる。

 手からは血が(したた)っていた。賢者の石の欠片が皮膚を傷つけてしまったらしい。

 紅い舌を突き出して、血の筋を舐め上げ、フランドールは傷口に吸い付いた。

 手の平に、牙の感触。刺さったわけではない。ただ、吸われている。

 力そのものが抜けていくような奇妙な感覚。振り解こうにも、体が動かない。

 傷口を舌でなぞられ、ぴりりとした痛みを感じるのを最後に、フランドールは口付けをやめ、地に足を付けた。

 俺を見上げるその口には、紅い欠片。それを、パキンと噛み砕いた。

 舌なめずりをするフランドールに、思わず後ずさりをすると、扉に背がぶつかった。

 逃げ場なし、か。いいだろう、そっちの方が……燃える。

 

「どうしたの? 怖い? 体が震えているわ」

 

 言われて、気付く。かたかたと小刻みに震えている事に。

 ……なに、武者震いだ。たかだか吸血鬼一匹に、恐れをなしてたまるか。

 それ以上の相手など、今までいくらでも相手をしてきた。神でさえ封じられるのだ、何を恐れることがある。

 ……そう、恐れるな。俺は博麗靈夢だ。靈夢にできない事なんて無い。そうじゃないのか?

 己を奮い立たせ、拳を握り締める。今まで以上の霊力を体の内で爆発させると、風を物ともしないフランドールが意外そうな顔をした。

 さあ、相手は金髪だ。なら、言う事は一つしかないだろう。

 

「サイヤ人めが……」

 

 喉の奥から搾り出した声は、聞きようによっては怨嗟の声とも取れるだろう。

 噛み締めるように、猿めがと呟く。

 最初、眉根を寄せて疑問の表情を浮かべたフランドールは、おとぼされた事に気がついて、怒りの表情を浮かべた。

 誰が猿よ! と頬を膨らませて憤慨するフランドールに、両手を挙げて見せ、笑みを浮かべて「大サービスだ。両腕は使わないでおいてやるよ」と挑発した。

 いいぞ、いつものペースを取り戻してきた。この調子で行けば、最高の力で弾幕決闘に挑めそうだ。

 さて、スペルカードの用意を……。

 袖に手を入れた途端、すぐ近くの床が爆発した。

 もうもうと舞う砂塵に、カーペットの切れ端。

 これは……『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。

 

「次はこれをあなたにお見舞いしてあげるわ」

 

 冷や汗が頬を伝った。そんなの反則だろ。

 こいつ、スペルカードルールで戦う気などさらさらなさそうだ。

 なら、いいぜ。俺も格闘戦で応じてやる。

 

 思い至れば即行動。軸足で床を踏み抜く勢いで、渾身の蹴りを腕に向けて放つ。

 まずはその厄介な腕を潰させてもらおう! そう考えての行動。

 だがフランドールは、真正面から反撃してきた。俺の足に拳を突き立てることによって。

 肉を打ち、骨まで貫く衝撃。霊力を纏っていなければ、俺の足は粉微塵に吹き飛んでいただろう。

 なんとか吹き飛ばされないように踏ん張り、続けて腹に向けて蹴りを放つ。腕で防がれる。下腹を狙う。腕で払われる。顎、腹、また顎、腕。

 膝を曲げては蹴っての繰り返し。捌かれてもすぐに足を戻し、弾丸の如き蹴りを繰り出していく。

 その内に防御が追いつかなくなったらしく、蹴りがまともに当たるようになってきた。

 吸血鬼を凌ぐスピードの蹴りを繰り出せるのも、ひとえに霊力を纏っているからこそ。これが途切れれば俺の死は目に見えている。

 顎をかち上げ、ずどんと腹に足をめり込ませる。弾け飛んだフランドールが体勢を立て直す前に突進し、再び蹴り、かち上げ、吹き飛ばす。

 反撃を許さない連続攻撃。重点的に、腕を狙っていく。

 フランドールの能力は、対象を破壊するために手の内に目を出現させる必要がある。腕を潰せば、問答無用で破壊されるなんて事は(まぬが)れるはず。

 再度吹き飛ばそうと蹴りを放つと、両腕でがっしりと掴まれる。そんなものじゃあ止まらん。

 足裏に霊力を溜め、爆発させれば、堪らずフランドールは手を離し、よろめいて数歩下がった。

 焼け焦げた衣服の臭いが鼻をつく。

 後ろに腕を組んで、煙を上げるフランドールを見やると、俯いていた顔を上げ、にやりと笑った。ダメージがあるようには見受けられない。

 さすが、サイヤ人。じゃなかった、さすがは吸血鬼。

 

「ほんとに、両腕、使わないんだ。いいの? 死んじゃうよ?」

 

 お気遣い結構。言ったからにはやります。確かに死にそうだけど。

 ……やっぱやめようかなぁ。

 そんな風に悩んだのがいけなかったのか、一息で距離を詰められ、腹に拳を突き立てられた。

 背骨が軋み、肺の中の空気が漏れていく。腹を抱え、三歩程下がる。見開いたまま、目を閉じることができない。

 が、こほ、げほ、と無理矢理咳をする事で肺に酸素を取り入れ、痛みは戦闘時の高揚感で打ち消して、立て直す。

 追撃も仕掛けてこないフランドールに、く、ふ、は、と途切れ途切れに笑って見せた。

 こ、こんなの……よゆーだし。うえぇ……。

 顔を上げ、フランドールを見る。俺を殴った腕を開閉しているのを見てぎくりとしたが、破壊の目を出す様子は無い。

 肉を撃つ感触の余韻にでも浸っているのだろうか。

 中々やるな。と、口の中で呟く。当然、声はフランドールには届かない。

 

「だが……」

 

 ん? とフランドールがこちらを見た。が、もう遅い!

 勢い良く腕を突き出し、気合砲を放つ。間髪入れず足裏で霊力を爆発させ、高い高い天井付近まで跳び上がった。

 短い滞空時間を無駄にしないために、上へと腕を上げ、一瞬の内に大量の霊力を注ぎ込んで巨大な光弾を作り出す。

 

「腕……使わないって言ったのに」

「消えてなくなれぇええええええっ!!」

 

 フランドールの呟きをかき消すようにして、特大の霊力弾を放つ。反動でさらに体が浮き上がる。

 その大きさゆえにゆっくりとしたスピードだが、圧力は半端ではないだろう。

 終わった。渾身の力を込めたのだ、倒せないはずが無い。……でも、念のためにもう一発……っ!?

 

 光弾を飲み込んで、紅い光線が眼前に迫った。

 反応する事もできずに飲み込まれ、反射的に両腕で顔を庇う。

 袖が消滅していくのがわかる。服が溶けていくのがわかる。体だけは、霊力を纏っているためになんとか無事でいられた。

 しかし、腕と足には火傷を負ってしまった。

 両腕と両足で床に着地すると、火傷が痛んで、呻く。

 それでも立ち上がると、無表情のフランドールと目が合った。

 

「うそつき」

 

 凍えるような声音。

 冷や汗は流れなかった。代わりに、腕が焼けるように痛む。

 

「……サービス……は、終わった……」

 

 取り返しのつかない事になる前に、なんとかそれだけ搾り出す。

 かくんと、フランドールは首を傾げて、そっか、と言った。

 あ、もう取り返しがつかない事になってる気がする。

 

 ふー、と息を吐き、胸元をただして、袴を結ぶ紐をぎゅっと結びなおす。

 腕は……うん、赤くなってるくらいで、今後に差し支えはなさそうだ。あれ程の妖力の光線を受けてこれなのだから、俺も中々丈夫だな。この部屋も丈夫みたいだが。……いや、結界の力があるのを見るに、それが光線を押し止めたか。そんな結界を張れるのは、やはり『パチュリー』か?

 

「そっかー。もう終わりなの。でも、いいわ。あなた、とっても強いみたいだし、力の全部を出して戦ってくれれば、さらに面白い遊びになるわ」

 

 関係の無い事を考えて気を紛らわせていると、フランドールがそんな事を言った。

 にたにたと、一見無邪気な笑み。だが、フランドールの周囲には、目に見えぬ邪悪な気が渦を巻いていた。フランドール自身にも、さらに濃い気。

 禍々しい。だが、相性は良いな。その気を全部払ってしまえば、封印する事も容易(たやす)くなるだろう。

 

 くっと腰を落として構えた瞬間、膝蹴りが飛び込んできた。両腕を叩きつけて押し止めると、首を掴まれて強引に床に叩きつけられる。

 息が詰まり、喉の骨が折れそうになる痛みに片目をつぶる。打ち付けた背の骨も、悲鳴を上げていた。

 びし、びしと音をたててカーペット越しに床に亀裂が走るのがわかるが、それでもなおフランドールは力を緩めない。

 ついには床が砕け始め、俺の体が埋まっていく。盛り上がった石造りの床が左右から俺を挟み込んで砕け、ぬかるんだ土に押し込まれているかのように簡単に沈んでいく。

 なんとか首を掴んでいる腕を掴み、霊力を集中させて爆発させる。が、傷一つ付かず怯む様子さえない。

 このままじゃ石で溺れ死ぬ! そうでなくても潰れて死ぬ!!

 俺の目を真っ直ぐに見るフランドールを睨み返し、弾き飛ばそうと腹に蹴りを入れる。一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度!

 

「弾幕ごっこも面白そうだけど。こうやって、強い奴と遊ぶのも良いものだわ」

 

 勝手に言ってろ! くそ、びくともしやしねえ。何でできてるんだ、こいつ!?

 ……あ、もしかして、こいつも俺みたいに力を纏って身体強化を……吸血鬼なんて元々体は頑丈だっていうのに…………あー、だめ。息ができなくって意識がもうろうとしてきた。

 ごり、と喉の骨が音を鳴らすのに、閉じかけていた瞳をカッと開いて、袖に手を突っ込み素早く御札を取り出して、霊力を込めて首にかかる手に叩き付けた。

 ぎっ!? と叫んで、腕を押さえて俺から飛び退くフランドール。御札が触れた箇所が焼け(ただ)れていた。

 げほごほと咳き込み、喉を撫でつつよろよろと上体を起こすと、俺に乗っかっていた石片やらが零れ落ちた。

 ぼ、と音をたてて霊力を纏い直し、痛みを忘れるために身体能力を上げる。

 手に持った御札は、ただ一度の接触で穢れきって、ぼろぼろと崩れてしまった。

 新しい御札を取り出しつつ立ち上がる。と、御札が爆発した。熱さに痛む手を庇おうとする間に、トラックに撥ねられるような衝撃を受けて壁に叩きつけられた。一瞬減り込んで、すぐに落ちる。

 二本足で着地する事はできたが、膝をつきそうになった。意識が飛びそうになるのを気合で抑え、ぶれる視界にフランドールの姿を捉える。

 案外、人間って頑丈なのね、とフランドールが言った。

 くそ、気楽そうな声をしやがって。……やっぱり、最初からEXボスっていうのは無理があるな。

 けほ、と咳き込むと、喉の奥から粘っこい物がせりあがってきて、口の外に出て行った。

 ……血、か。体に傷を負うのはよくあれど、吐血なんて、初めてだな。

 袖で血を拭い、それから、目を(こす)る。やがて、物がはっきり見えるようになってきた。

 またもや、目の前に、フランドールの顔があった。

 ひやりとした汗が背を伝う。思わず仰け反ると、両の頬を手で挟まれた。そのままぐしゃりと……する事も無く、目を細めて顔を近付けてくる。

 唇を、なめられた。口の端に残った血の(あと)を、(ぬぐ)い損ねて血が付いていた上唇を、フランドールの舌が這っていった。

 ぞっとする。幼女の口付けはいつでも受け入れられるが、それではない。俺の血をうまそうに飲み下したフランドールに、次の瞬間には霊力が宿っていた。

 それは、ほんの僅かな力ではあるが、驚くべき事だった。

 こいつら、血を吸う事で力を増しでもするのか!?

 牙を突きたてられては堪らないと、慌ててフランドールの腹に膝を叩き込み、浮かび上がった華奢な体に霊力弾を放って、距離を取る。

 爆発によって煙が生まれている間に、もう一度口を拭った。いくら相手が美しい少女であっても、気分的には嫌だった。

 フランドールは、恍惚とした表情を浮かべていた。自身の頬に手を添え、舌なめずりをする。

 

「美味しい……。濃くて、甘くて、綺麗で……」

 

 俺の血の味を評価するフランドールは、俺の放つ白い光に照らされて、一種妖艶であった。

 だから、なんだというわけではない。受けたダメージは蓄積してはいるが、動けないほどじゃない。まだ、戦える。奴を、倒せる。

 駆け出す。一直線に。愚直に。そして、跳ぶ。俺を見上げたフランドールが、一瞬遅れて飛び上がってきた。

 視界一杯に紅色の妖気が広がり、フランドールに集まっていく。対する俺は右手に霊力を込めて振りかぶり、思い切り殴りかかった。

 拳が妖気の壁にぶつかり、一秒も拮抗する事無く体ごと弾き飛ばされる。床に背を打ち、ざりざりと擦ってようやく止まった。

 息をつくまもなく真上にフランドールの影。その手には、恐ろしいほどの妖力が集まっていた。

 光線が放たれた。紅色が視界を満たす。次には、俺の体はばらばらになっていた。

 

「うふふ、凄い! 今のを耐えるのね」

 

 げほ、と口から血が蒸発した煙を吐き出す。ばらばらにはなっていなかった。が、そう錯覚できるくらいには痛みがあった。

 立ち上がったはいいが、火傷が酷い。服の損傷も、そうだ。残っていた左の袖も無くなってしまった。カードは知らないが、御札は燃えてしまっただろう。袴は、半ばで破けていたりしていて、肌が(あらわ)になっている。頬も、腕も、足も、焼けるように痛い。

 フランドールのように焼け爛れていないのは、霊力のおかげだ。ついでに意識を保っているのも、か。

は、と息を吐く。(まこと)、命の危機だというのに、その実感がわいてこないのが可笑しかった。

 ふるふると頭を振って、髪を揺らす。髪を束ねるために結んでおいた布も消えてしまったか、ばさりと広がった。

 ぱち、ぱち、ぱち。

 フランドールが手を鳴らすのが遠くに聞こえた。

 あー、もう。うるさいな。

 ノーモーションで気合砲を飛ばすと、きゃあと悲鳴を上げてフランドールが吹き飛んだ。

 くるんと回転して着地し、不思議な物を見る目で俺を眺めてくる。

 腰を落とし、両手の平を上下対称の形で突き出して、腰溜めに持っていく。そこに霊力を注ぎ込めば、あの技の完成だ。

 気合の声と共に白い極光を放つ。フランドールは、ただ笑って、()()()()()()()

 光の中を突き進み、そうして、俺のすぐ目の前までフランドールはやってきた。

 平手で、一発。

 ただそれだけで俺の技は破られ、弾き飛ばされた。

 (うずくま)って痛みに耐えていると、歩み寄ってきたフランドールに胸倉を掴まれて持ち上げられる。

 なんだ、そりゃ。なんだ、その力は。反則じゃないか。ずるい。ひどい。

 乾いた笑いしかでなかった。

 腹に衝撃。血を吐く。衝撃。また吐く。また。また。

 あ、子供生めなくなっちゃいそう、なんて暢気な事をどこかで考えた。

 次第に、痛みを感じなくなる。腕を振りかぶるフランドールの動きが、ゆっくりに見えた。

 だから、拳を突き出してみた。胸元から手を離し、吹き飛んでいくフランドール。

 腰を抜かし、鼻を押さえてこちらを見る姿に、手の平を向けて光弾を放つ。

 お返しだ。殴られた分だけの、お返し。

 小さな体が跳ねて、爆発の中に消えていく。衣服の切れ端が舞い、千切れ飛んだ腕が床に落ちて、灰になって崩れ落ち、砕けた宝石が床に散らばる。

 気が済むまで、そうした。立ち上がれなくなるまで、そうした。

 

 腕も足も無くなって、太ももや肩を露にしたフランドールは、それでもなお楽しそうに笑っていた。

 凄い、凄いと子供のようにはしゃいで、俺を褒める。

 紅い霧がフランドールに纏わり付いたかと思えば、腕も足も衣服も、火傷も打撲痕も羽に付いた宝石さえも、全てが綺麗さっぱり元通りになっていた。てめえは魔人ブウか。

 ぱちぱちと手を叩いて、フランドールは笑う。

 

「惜しいわ。ここで壊してしまうには惜しい。ねえあなた。また遊びましょう? その傷が治ったら、またわたしと遊びましょう?」

 

 ひとしきり遊びましょう、絶対よ? と言ったフランドールは、足元に魔方陣を展開し、光に飲み込まれるように姿を消した。

 

「まほう……しょうじょ……」

 

 そんな事を呟いて、意識が途切れた。

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