『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第九話 異変の終わりと戦いの始まり

 (ほお)を、フランドールの舌が這う。火傷の跡などものともせず、つつつー、と這って、肩へと移動する。

 (なまめ)かしい……。

 ふと、フランドールと目が合った。にこりと微笑(ほほえ)んだので、俺もにこりと微笑みを返す。

 それから、なんとなしにフランドールの頭を撫でた。布製の帽子が、手の平にざらざらとした感触を…………ん?

 すすっと手を動かすと、なにやら余った皮に手が当たる。

 あれ、何これ。

 疑問に思って目を開くと、目の前に玄爺の頭があった。

 ひゃ、と声を上げて、すぐに体中が痛むのに呻く。

 動いてはいけませんぞ、と言いながら、玄爺は俺の腕をなめていた。

 何をしとるんだ、お前は。

 

「こうした方が、火傷の治りは早くなります。お腹は……どうにもなりませんが」

 

 申し訳なさそうに玄爺が言うので、そういうのならいいやと手を振って、それから、微妙に残っている焼け焦げた上服を破いて脱ぎ去り、肌着をたくし上げた。

 うわ、凄い(あざ)。こりゃ、しばらくは取れそうに無いね。

 指先で触れると、びりりと激痛が走って、ういっ! と情けない悲鳴を上げてしまった。連動して体中の火傷と打撲なんかも痛んだから、しょうがないのだろうけど。

 浮かんできた涙を指先ですくって、指どうしを擦り合わせて馴染ませる。

 あー、痛い。めちゃくちゃ痛い。フランドールめ、可愛い顔してやりおるな。ふえー。

 はひはひと息を吐きつつ、太ももの火傷に舌を這わせる玄爺に、俺が気絶してから何時間経ったか聞いてみた。

 

「いえ、数分も経っておりません。ご主人さまは、すぐに目を覚まされました」

 

 そうか。どうりで体の痛みが全然引いてないわけだ。

 はあ、しかし、数分ね。

 …………よし。

 

「行くよ、玄爺」

 

 壁に体を預けつつ立ち上がり、足首をなめていた玄爺のほほを小突いて、促す。

 ああっ、動いては、なんて言うけども、俺はさっさと先に進まなきゃならないわけで。

 ……フランドールよ、このままで済むと思うな。俺は負けたまま引き下がる男じゃ……あ、もう女だった。…………ま、負けたまま引き下がる巫女じゃあない!

 この博麗靈夢の恐ろしい真のパワーを見せ付けなければ……いてててて。

 よたよたと歩いて、近くの床に散らばっていたカードを回収する。良かった、消し飛んでいたりはしていなかった。

 袴に開いた穴に指を引っ掛けつつ、さて、このカード、どこに仕舞おうかと考える。

 袖が無いから仕舞うところが……あ、そういやリボンがあったな。

 いそいそとリボンを(さわ)れば、なぜか損傷がないのがわかった。中に仕込んである御札も無事だ。そこにカードを押し込んで、よし、と意気込み、背骨に走った痛みにふおー! と声を上げた。

 うむむ、胸焼けのような感覚が、中々にきつい。喉の奥にねばっこいものが張り付いてるようなのもやだし……水でも飲みたいな。

 ふー、と大きく息を吐いて、体内の熱を放出する。体が熱い。こんな気持ちはじめて。

 遥か上にある天井をみつつ壁際まで歩き――途中で瓦礫に(つまづ)いて転んだ――壁に寄りかかる。ちょっと強がってみたが、体は正直だ。動くたびに体中が悲鳴をあげる。

 歩み寄ってきた玄爺の甲羅にもたれかかると、ひんやりとして気持ちが良かった。

 ほっぺたを押し付けて、目をつぶる。玄爺が何も言わないのは、優しさだろうか。暫くそうしていた。

 

 フランドールとの戦いに思いを()せる。

 吸血鬼ゆえの身体能力に、尋常ではない妖力で上乗せされたパワー、耐久能力。魔法まで使ってくる始末だ。今思えば、部屋に張り巡らされていた結界は、フランドールによる物だったと思う。

 さらに厄介なのは、容赦の無さだ。俺を玩具としてしか見ていなかった。殺すのも(いと)わないのは、さすが妖怪か。

 戦ってみて、フランドールはさほど体捌(たいさば)きが上手くないのがわかったが、それだけじゃあどうにもならない。

 あの力を制す事ができる柔の動きなど俺にはできないし、正直、お手上げだ。

 引くつもりなど微塵も無いが。

 壊すのは勿体無いと、フランドールは俺を見逃した。傷を治したら再び来いと言った。

 なら、この傷を癒し、力をつけて挑み、目に物を見せてやろうじゃないか。

 

 ……なんて、そんな事ができたら良いのになあ。

 はふー、と息を吐いて、ずるずると移動して玄爺の首に抱きつく。弱音の一つでも吐きたくなったが、髭がくすぐったいのでどうでもよくなった。

 行こうか。

 ぽつりと言うと、そう(おっしゃ)るのなら、と玄爺は答えてくれた。

 ありがとーと礼を言い、甲羅によじ登る。それだけで疲れてしまい、腹這いになって脱力した。

 あれ、と玄爺が声を上げた。なんぞと顔を上げれば、甲羅の中に何か、とよくわからない事を言う。

 面倒くさいが、甲羅の中に手を突っ込んで取ってやる事にした。

 出てきたのは……ガラス製のビン? 中には半透明のゼラチンのようなものが入っている。

 ビンに貼られた紙には、綺麗な字で『軟膏』と書かれていた。

 なあに、これ、と玄爺に聞くと、薬のようですな、と返ってくる。

 いや、それはわかるけどさ、なんでそんな物が甲羅の中に入ってるのさ。

 何はともあれ、それを使ったほうが良さそうですぞ、と玄爺が言うので、用意が良かったのねと納得する事にして、ほっぺや太ももなんかにべたべたと塗ることにした。

うーむ、適量がわからん。ありったけに塗っておけばすぐ良くなるかな?

 というわけで、ビンが空っぽになるまで体のあちこちに塗りたくってみた。うげ、気持ち悪い。

 これで良しと蓋を閉め、空のビンを甲羅の中に放り込む。あひ、と玄爺が声を上げた。やめい。

 腹這いになってしまうと塗った薬が肌着にべったり、なんて事になってしまうので、仕方なく女座りをする事にした。結構落ち着くなー。

 さてそれではと、部屋の外に出る事になった。

 

 

 廊下には、もう妖精メイドは横たわっていなかった。来た道を戻っていっても、一匹も見かけない。みんな消えてしまったらしい。

 どこまでも続く紅にうんざりしつつ、とりあえず上の階へ上の階へとのぼって行く。

 時折地鳴りがするのは、まだ霊夢と魔理沙の弾幕ごっこが続いている証だろうか。

 むむ~、と眉間に皺を寄せて、なんとか二人の力を感じようとするも、館中に満ちた魔力と妖力に邪魔をされてしまう。

 フランドールの邪悪な気がどこかにあるのはなんとなくわかるが、それは今はどうでもいい。早く霊夢達に合流しなければ。

 あっちだこっちだとやっていれば、その内に床や壁に銀製のナイフが刺さっているのを見かけるようになった。

 ここを進めば『レミリア』の所に行けるに違いない。たぶん。

 行けるかなあと呟くと、行けますよと返してくれたので安心して任せる事にした。俺が導いたらまた変な所に行ってしまいそうだ。

 途中、なんとなくナイフを一本回収する。武器で戦う事ってあんまりないけど、使って悪い事は無いだろう。それに、吸血鬼には銀製品が効くというし、もしまたフランドールに会ったらぶっすりと突き刺してやる。

 ふんふんと歌いながらナイフで甲羅を叩いてリズムを取っていると、やめなさいと怒られたので、仕方なくナイフを振り回して暇を潰すことにした。

 なんたって広い館だ。移動の時間が長い。退屈だ。

 そう感じられるのは薬が効いてきているからかな、と考えつつ、ナイフを振り回す。

 うん、手によく馴染む。重みが心地良いな。

 まあ、だからといって上手く扱えるかどうかは別だと思うけど。

 そんな事をしているうちに、一際立派な扉……が無残に壊されている部屋の前まで辿り着いた。

 中を覗き見ると、広大な部屋の中を鮮やかな弾幕が埋め尽くしていた。

 戦っているのは霊夢と『レミリア』、か。フランドールが言っていた事は本当だったらしい。だが魔理沙の姿が見えない。落とされてしまったのかと床を見回すも、見当たらない。

 くそ、この弾幕の量の中で人探しは難しい。

 なら、行って直接霊夢に聞くのが良いな。

 ぺしぺしと玄爺の頭を叩き、GOのサインを出す。玄爺は俺を振り仰いで嫌そうな顔をしたが、何も言わないでいると仕方ないといった風に弾幕の中に飛び込んだ。

 紅の大玉小玉に御札に針。飛んでくる弾幕の殆どを玄爺が避け、自分に当たりそうになった物はナイフで切って弾く。

 だが、近付こうとする(たび)に霊夢たちは移動し、弾幕が行く手を阻む。

 ………うぜぇ。

 うざったぁああああい!! と前方を気合砲で薙ぎ払うと、勢い余って霊夢とレミリアまで吹き飛ばしてしまった。

 あ、やっちゃった。

 弾幕が止み、空中で体勢を整えた二人が同時にこちらを向く。

 と、凄まじいスピードで霊夢がこちらにやってきた。

 怒られるかと思って縮こまっていると、どうしたのよその体は!? と怒鳴られた。ひー、霊夢怖い。

 

「あの門番!? く、すぐにこいつを片付けるから大人しくしぐえっ!?」

 

 ばっとレミリアの元に戻ろうとする霊夢の襟首を掴んで止め、鬼の形相で振り返った霊夢におずおずと魔理沙の事を聞いた。

 魔理沙は、館に入ってすぐに行動を別にしたらしい。今頃どこかで他の奴と戦っているのではないかと霊夢は言う。

 ああ、なるほどね。だからいないわけだ。魔理沙はぱっちぇさんか咲夜さんと戦っているのだろう。

 さっさと戻ろうとする霊夢をもう一度引っ張って止め、自分がこうなったのは門番のせいではないと伝えると、じゃあメイドかと言われたので、首を振った。

 じゃあ、何!? と怒鳴る霊夢に、思わず口を(つぐ)む。

 吸血鬼と戦いました、なんて言ったら余計に怒られてしまいそうだ。……うん、黙ってよう。

 なんて考えていると、「ご主人さまは邪悪な者と戦い、敗れたのです。あそこの者と同じ妖気を放つ者に」と玄爺が全てぶちまけてしまった。

 ちらりとレミリアを見て、それからぎろりと聞こえてきそうな程鋭く俺を睨む霊夢。

 

「何にやられたのか、正直に言ってみなさい」

「……吸血鬼」

 

 あははー、と頭の後ろを掻きつつ軽い調子で言ってみると、ぐぐぐと怒気を高めた霊夢は、次には一周回ってしまったのか酷く気の抜けた顔になった。

 言っても聞かないんだから……と呆れ果てる霊夢に、まあまあ……なんて言えるわけも無く、とりあえず肩越しにレミリアの様子を(うかが)ってみた。

 ピンクを主体とした服に、蝙蝠のような羽。胸元の紅い宝石のブローチから垂れる赤色のリボン。腰の後ろにも、大きなリボン。それから、ナイトキャップにも。

 水色がかった青色の綺麗な髪が小刻みに揺れている。記憶の中にある姿と変わらない彼女は、どうやら動揺しているようだった。

 聞いてない、と、小さな口が紡ぐ。

 

「博麗の巫女が、二人……!?」

 

 あー! 今のクウラ様の台詞っぽい!

 ずるいずるい、それは俺の言いたい事なのに。超サイヤ人が二人!? って。

 レミリアは、まあいいと首を振って、「続きをやりましょう、博麗の巫女」と言った。

 え、俺をご指名か。……うんやるー!

 と飛び出そうとしたら霊夢に頭を叩かれた。ちょっとした冗談なのに。

 渋々玄爺に下がってもらい、二人の弾幕ごっこを眺める事にした。

 霊夢がくれた御札に霊力を込めると、球状の結界が現れたので、安全に観戦ができるのだが……やはり、見ているだけでは退屈だった。

 

「ふ、動きが鈍っているわよ博麗の巫女! もう一人が気になるの!?」

「ごちゃごちゃうるさい、さっさと落ちなさい!」

 

 ナイフを弄びながら眺めていると、そんな会話が聞こえてきた。

 と思ったら、霊夢がそれぞれ色の違う六つの大玉を放ち、レミリアを撃ち落とした。

 あー、終わったっぽい。

 

 玄爺に床にまで下りてもらうと、六つ全てを受けて服がぼろぼろになって倒れているレミリアに、霊夢が手を貸していた。

 その手を払い、レミリアはどこぞからカードを取り出して不敵な笑みを浮かべた。

 

「まだ終わってないわ。博麗の巫女、最後の勝負と行きましょう!」

 

 その言葉が言い終わるか否かに、レミリアの前にメイドが現れた。レミリアを守るように腕を上げ、さっきのメイド、と声を上げる霊夢に「もう一度相手をしてもらうわよ」と返す。

 特徴的な銀髪。そして、レミリアがメイドに向けて「咲夜」と呼んだ事から、あれは十六夜咲夜で間違いないだろう。……人間の癖に、整った顔立ちだ。

 

「二人同時に相手をしてあげるわ」

 

 舌打ちをして霊夢がそんな事を言うので、玄爺の上からぴょんと飛び降りて霊夢の横に小走りで行き、二対二なら問題ないだろうと提案してみた。

 

「は、良いわ! 咲夜、そっちの紫髪の方の相手をなさい。私はこの巫女と決着をつけるわ」

「かしこまりました」

 

 霊夢が俺に何かを言う前にレミリアがそう言って、咲夜が返答した瞬間、俺は咲夜と対峙していた。

 ……はい?

 慌てて周りを見ると、後ろの方に俺と同じように周りを見回す霊夢の姿があった。

 時間停止か。困った、玄爺が遠い。

 しょうがない、空を飛ばせないように弾幕を放つかと咲夜に顔を向けると、咲夜は冷たい表情で手にナイフを握った。

 

「そのナイフ、返していただけないかしら」

 

 咲夜がそういうのに、自分の手を見る。俺の手にはまだ銀のナイフがあった。

 なんで時間停止した時に取らなかったんだろう。停止できる時間に限りがあるのか、それとも……取れなかったか。

 そういや、時間停止中は相手に直接攻撃ができないみたいだしな。……できないよね?

 非想天則とかのあれはゲーム的な演出で……あー、でも停止中にも攻撃できそうだなぁ。

 そんな事をつらつら考えていると、「そう、なら力ずくで奪い返すまで」と咲夜が変な決意をしていた。まあ、返す気はないし、それでいいだろう。

 ちらりと後ろを見るとよたよたと玄爺が走ってきていた。おい亀、飛べよ。来るまでに時間がかかりそうだ。あいつしょうがないな。

 腰を落とし、体の中心を隠すように構える。急所を刺されては堪らない。たちどころに死んでしまう。

 足を開くと、ぴりりと火傷が痛んだ。痛みは収まっていたと思ったが……薬は一時的なものだったのかな。

 

「あなた、ボロボロね。それで戦えるのかしら」

 

 うん。だって体動くし。動く限りは戦える。足が無くならない限りはな。

 咲夜の瞳が紅くなると同時、俺の回りにナイフの大群が現れた。

 そう来ると思った。お前はてっとりばやく俺を倒してレミリアの援護に向かいたいんだもんな。

 霊力を爆発させ、身に纏う。発生した突風が全てのナイフを弾き、舞わせた。

 咲夜は……そこか!

 咲夜の姿を確認し、手に持っていたナイフを投げる。真っ直ぐの形では飛ばず回転していたが、咲夜はそれをナイフで弾いた。

 それだけでは終わらない。

 空中にあるナイフを掴んでは投げ、掴んでは投げ。くるりくるりと回転しながらそんな作業をしていると、ぱしっと一本のナイフを掴んだ瞬間に残りのナイフが全て消え、代わりに目の前に一列に並んだナイフが出現していた。

 ノーモーションの気合砲で弾き飛ばすと、驚愕の声。後ろか。

 振り向きざまに光線を放つ。跳んで避けられた。厄介な、お前たちは空を自由に移動できるんだもんな。

 頭のリボンから素早くカードを引き抜き、掲げる。ブラストのカードだ。

 カードが輝き、封じた技が開放される。四つの霊力弾が咲夜に向けて放たれた。

 カードの消滅を感じ取った俺は、弾幕を避ける咲夜に手を向けて追撃の光弾を放った。

 ふっと咲夜の姿が消える。と同時、周囲に気合砲を放つ。

 案の定周りに出現したナイフが全て弾かれた。

 

「……なんて反応速度よ」

 

 カランカランとナイフの落ちる中で、咲夜がそんな事を言った。

 んー? 大して難しい事でもないのに、なにをそんなに驚いてるんだ?

 咲夜が時間停止をするタイミングなんて、なんとなーくわかるし、そうしたら周囲にナイフが来るだろうから、いつでも気合砲を放てる準備をするだけ。

 それだけなんだけどなー。

 ナイフをくるくると回しつつ、()()に向けて光弾を放つ。短い悲鳴と共に人が倒れる音がした。

 ほら、また時間停止だ。お見通しだよ。なんでわかるかは自分にもわからないが。

 振り返ると、後ろでに手をついて起き上がろうとする咲夜の横を玄爺が通って俺の元までやってきた。

 甲羅に登り、部屋の中を見回す。霊夢とレミリアの姿が無い。天井付近のステンドグラスが割れているという事は、外に出たか。

 そこへ向かうよう玄爺に指示を出すと、待ちなさい、と弱々しい声。見れば、なんとかといった風に咲夜が立ち上がっていた。かなり体力を消耗しているようだ。

 ……あー、もしかして俺があっさり勝てたのって、咲夜が霊夢との戦いで消耗していたからじゃ……。

 俺の実力じゃないのかとがっかりしつつ、咲夜がそれ以上何も言わず荒く息を吐いているだけなのを見て、玄爺に先を行かせた。

 

 

 外に出ると、紅い霧の合間に夜空が広がっていた。大きな紅い月が煌々と輝いている。

 その中で、二人は戦っていた。最後の勝負とは言ったもので、かなり綺麗だ。

 観戦するべきか、割り込むべきか。……って、考えるまでも無いか。手を出したら怒られるだろうし。

 あぐらを掻いてうむむと唸っていると、唐突に腹に衝撃が来た。

 フランドールの拳よりもずっと重い一撃。一瞬意識がとびかけて、血を吐きながら玄爺の上から転がり落ちた。

 (あざ)が酷く痛む。回転する視界の中、玄爺の傍で足を伸ばしきっている咲夜の姿が見えた。

 蹴った、のか。時間停止中に? だとしても、なんて力。

 ずきずきと内にこもる痛み。衝撃は、背まで突き抜けてはいなかった。力があり、勢いのある蹴りなら、こんな風には……まさか、停止中に何度も何度も蹴ったのか?

 そりゃあ、執拗(しつよう)なこって。なんて思っていると、飛んで来た玄爺に受け止められた。甲羅いてえ。

 激しく咳き込みながら身を起こすと、目の前に飛び込んでくるメイド。慌てて手に握っていたナイフを突き出すと、あっさり捌かれて腹を刺された。

 おま、そこ、怪我してるのにっ……!

 痛みに押されるままに咲夜を蹴り飛ばす。

 腹に刺さったままのナイフを引き抜くと、どっと血が溢れてきた。ついでのように、汗も。

 なのに痛みは殆ど無い。それって、やばいかも。

 咲夜の息は俺以上にあがっていた。紅に染まった瞳で俺を睨んでいる。

 なに? 刺し違えてでもあなたを殺す? さいですか。お前、スペルカードルールって知ってるか?

 

「やめなさい咲夜! 負けたのなら素直に下がりなさい!!」

 

 自分を棚に上げて叫ぶレミリアは、命令よと叫ぶ最中に霊夢の弾幕に飲まれ、煙を上げて落ちていった。

 お嬢様! と悲鳴のように叫ぶ咲夜の姿が掻き消え、レミリアが落ちていた位置に、レミリアを抱いた形で現れた。

 

「しかし、お嬢様!」

「く……わかったわ、私も負けを認める。だから咲夜も……」

「……はい」

 

 戦いは終わったらしい。

 ……おい、俺刺され損じゃねーか。

 ……痛いよう。

 

 

 玉座のように大きな紅い椅子に腰掛けて、正式に負けを認め、霧を晴らすとレミリアは約束した。

 どうして異変を起こしたのかと霊夢が聞くと、レミリアは数秒の間目をつぶって、それから「ストレス発散と、新しいルールのためよ」と言った。

 俺は咲夜の視線に耐えながら霊夢の横に立っていた。お腹には、霊夢がくれた袖を巻いている。ちょっときつい。

 うむむ、何で咲夜は睨んでくるんだろ。どっちかというと俺が睨むほうだと思うんだけど。……睨んではないけどね。ただ見てるだけ。お前の青い瞳が……ああいや、綺麗だなーって。

 しかし、腹の傷が痛いな。刺し傷ってあまり負った事ないしなあ。新鮮な、なんて言うと変だけど、そんな気分だ。

 

「それじゃあ、これで異変は終りね」

「ええ。博麗霊夢、だったかしら? あなたとの戦い、楽しかったわ」

「あ、そう」

 

 素直にそう言うレミリアに、素っ気無い霊夢。咲夜はレミリアの物言いが珍しいのか、驚いた顔でレミリアを見ていた。

 そうか、終わりか。なんか俺ずっとやられっぱなしだったような気がする。

 右手で持ったナイフで左手の甲をぴしぴしと叩いていると、瞬きをする間に部屋の中が邪悪な気配に包まれた。

 霊夢はリボンから御札を引き抜いて素早く辺りを見回し、咲夜はまた俺を見てきて、レミリアは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 当の俺は、ナイフの柄をきつく握り締めて、邪悪な気が集中するレミリアの隣、その少し上を睨みつける。

 黄金(こがね)色の魔方陣が空中に(えが)かれ、光の中からフランドールが姿を現した。最初に会った時とは打って変わった、大人びた表情。

 ゆっくりと地に足をつけたフランドールは、軽い足取りでレミリアの前に立ち、スカートの端をちょいと(つま)んで優雅に一礼した。

 

「ご機嫌麗しゅう、博麗の巫女に敗れたお姉様」

「……ふん、フランドール。部屋から出るなと言わなかったか?」

 

 顔を背けて言うレミリアに、だって、とフランドールは手を合わせ、くるんと半回転してこちらを向いた。

 同時に霊夢が俺の前に立って御札を構える。

 

「楽しそうな事をしているのだもの。私もまぜていただこうかと思って」

 

 口に手を当て、目を細めてくすくすと笑う。それから、俺と霊夢を順番に見て、どちらが博麗の巫女かしら、と言った。

 どっちもよ、とすぐに霊夢が返す。お、当代の巫女から同じ巫女と認められた。

 ふーん、あなたがお姉様を倒した巫女ね。そっちが、私に倒された巫女。

 霊夢が体を硬くするのが感じられた。それからすぐにフランドールに向かって飛び出そうとするので、肩を掴んで引き止める。

霊夢が何かを言う前にフランドールに向けてナイフを投げつけた。ばし、と二本指で止められる。

 

「ふふ……挫けてはいないのね。そうこなくっちゃ」

「下がりなさい、フランドール。もう異変は終わったのよ」

「個人的な用よ、負け犬」

 

 なんだと、と牙を剥き出しにして怒りを露にするレミリアには目もくれず、頼まれ事でもあるし、とフランドールは軽く手を上げた。

 

「まあ、頼まれ事なんか無くとも、私はそっちの巫女に用があるのよ」

「猿が。今度こそ粉微塵にしてやる」

 

 霊力を爆発させて、声に怒りを含めて叩き付けるように言い放つ。苛つく喋り方をする奴だ。

 ぷくーとほほを膨らませて、猿じゃないってば! とフランドールは地団太を踏んだ。

 

「猿でもサイヤジンでもない。私はフランドール。フランドール・スカーレット。そこにいるお姉様の妹よ。……で、あなたの名前を教えてはいただけないかしら?」

 

 霊夢を後ろに押しやって、フランドールの前に出る。またサイヤ人なの、と霊夢が呟いた気がした。

 フランドールを睨みつけて、ノーモーションの気合砲を放つと、ぱん、と片手で払われた。

……ち、もう見切ってやがる。

 

「礼儀がなっていないのね? 名乗られたら名乗り返す物よ?」

「……霧雨魔理沙。魔法使いよ」

 

 すぱん、と霊夢に叩かれた。ごめんなさい~、どう返せばいいのかわからなかったんです。

 ふー、と息を吐いて、博麗靈夢よ、と名乗ると、「同名……?」と咲夜が呟いた。微妙な顔をしていたレミリアが、あれも嘘なんじゃないの、と咲夜に言う。嘘じゃないよ。

それじゃあ、靈夢と呼ばせてもらう事にするわ。そう言って、フランドールは微笑んだ。さあ、やりましょう? と。

 

「なんていっても、結果は見えてるけどね。お姉様風に言うのなら、もう運命は決まっているの」

 

 ふん、と鼻を鳴らして返す。

 自信満々だな、すぐに吠え面かかせてやる。あとほっぺむにむにしてやる。それから羽引っ張ってやる。手を繋いでぐるぐる回る刑にも処す。帽子も借りてみたいな。あと宝石も触ってみたい。

 おっと、と頭の中の邪念を振り払い、腰を落として構える。ずきりと腹の傷が痛んだが、この際それは無視しよう。

 

「勝手に決めてくれるな。だが、お前の運命は俺が決める」

「なあに、それ。お姉様みたいにわがままね」

 

 フランドールの嘲笑を前に、俺は突進した。

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