『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第十話 限・界・突・破

 全力の拳を、フランドールは半歩下がって避けた。反対の腕を振るえば、同じように半歩下がる。

 ぶんぶんと腕を振り回しても、フランドールは軽やかに動いて避けてしまった。

 動きが違う。体捌きがなってないなんて、そんな事は無い。

 こんにゃろ、と霊力で強化した拳を突き出すと、鈍い音をたててフランドールの額に命中した。

 だが、やっと当たったというのに、喜びなんて一瞬も浮かんでこなかった。

 俺の拳を受けて、フランドールは(わら)っていた。怯むどころか、押し返してくる。

 懐に飛び込んできて、顎に頭突きをされる。意識が飛びかけたのは今日で何度目だ。

 いつの間にか床を転がっていた。慌てて手と足を床に擦り付けて止まる。と、目の前にフランドールの足があった。

 ぶんと腕を振って足を払おうとするが、びくともしやしない。くそ、どうなってんだ。

 後ろに飛ぶと同時、フランドールの背に何かが当たって爆発した。俺とフランドールの視線がそちらを向く。

 霊夢が御札を投げたらしい。凄い威力だったようだが、フランドールには通用していないらしい。面倒くさそうな顔で手の平に『目』を出現させた。

 まさか!

 

「邪魔な奴。一生眠ってなさい」

 

 光弾を放つが、フランドールが手を握るほうが早かった。なぜか爆発はしなかったが、霊夢は糸が切れたように倒れて、動かなくなった。

 

「……殺したの」

「眠ってもらっただけよ?」

 

 どくどくと脈打つ腹を押さえながら問うと、歌うようにフランドールは言った。

 一生、か。そりゃあ殺したのと変わらないんじゃない?

 なんて事を、と走り寄ってくるレミリアに、お姉さまも眠ってれば? とフランドールは目を出し、次の瞬間には腕を()くしていた。

 鮮血がほとばしり、紅い床を赤く染めていく。眉を顰めて血の噴き出す腕を見るフランドールに、レミリアが抱きついた。

 

「なんて事をするの! 博麗の巫女を、お前、お前は!!」

「うるっさいなあ。殺してやいないよ。ちょっと黙ってもらっただけだってば。死んでもらっても困るし」

 

 錯乱する姉を突き飛ばし、血に染まったナイフを持つ咲夜に視線を移すフランドール。

 あんたも、邪魔。そう言って、ぱちんと指を鳴らすと、咲夜が魔方陣に捕らわれた。

 次いで、ぐしゃりと破壊の目を潰されて、霊夢同様、咲夜もだらんと脱力し、ナイフを落とした。

 切られた腕に紅い霧が纏うのを見て、駆け出す。フランドールが姉を手にかける前に、その背に霊力を込めた御札を叩き付けた。

 獣のような叫び声が響く。札の消滅を見る事無くもう一枚の御札を取り出し、霊力を込めつつフランドールの背の衣服の焦げた部分に叩きつける。

 ジュウジュウと肉の焼ける音。鼻につく臭い。耳をつんざく悲鳴。もう一枚、と御札を取り出そうとして、振るわれた腕に弾き飛ばされた。

 背をしたたかに打ち付けて呻く。怪力はちっとも落ちてない。ダメージが通ってないのか。

 立ち上がると同時、目前に迫ったフランドールの両肩を押し止める。突進を止める事ができずざりざりと床を擦って後退すると、すぐに壁に叩きつけられた。

 かふ、と息を吐く間もなく腹の傷にナイフを突き立てられる。ぐりぐりと掻き回されて、ぎう、と変な声が漏れた。

 フランドールの顔に手の平を押し付けて霊力を爆発させると、堪らずフランドールはナイフから手を離し、顔を押さえて後退した。

 うえ、気持ち悪い。

 ごぽ、と口から血液が溢れ出てくる。早く片をつけないと出血多量で死んでしまいそうだ。

 ちら、と霊夢たちを見る。床に倒れ付して動かない。本当に眠っているだけなのか確かめに行きたかったが、そうもいかない。目の前にお怒りのフランドールがいるのだから。

 ……でも引っくり返ってる玄爺は助けに行ってあげたかったかも。

 ザッと突き出された右手の爪を、腕を外側に払ってかわし、懐に潜り込んで腹に肘を突き刺す。

 くの字に折れて下がってきた頭に肘を基点とした裏拳を叩き込むと、効いているのかいないのか、小さな悲鳴と共にその体が浮き上がった。腕を引き、掲げて両手を組み、がら空きの頭目掛けて振り下ろす。

 と、視界一杯にぶわっと蝙蝠が広がった。思わず目をつぶったのも一瞬、すぐにフランドールの姿を探そうと薄く目を開くと、腹の傷に手の平を押し付けられる感覚。

 蝙蝠から人の形に姿を戻したフランドールが、密着した俺を見上げ、にんまりと微笑んで、光線を放った。

 妖力の波に飲まれる。また壁に叩きつけられたのはなんとなくわかったが、それどころではなかった。なんとか霊力を纏ってやりすごす。

 まーた火傷した。全身が痛い。だが、まだ動ける。

 腕を突き出し、光弾を放つと、フランドールは余裕たっぷりにかわした。追撃にノーモーションの気合砲を放つと、その顔が驚愕に歪む。

 足に力を込め、宙を舞うフランドール目掛けて走り出す。体勢を整えようとしたその真上から気合砲を叩きつけ、下からも叩き上げる。よし、追いついた!

 渾身の左ストレートを叩きつけると、確かな手応えを感じられた。弾け飛んで床に激突し、瓦礫を舞わすフランドールから視線をはずさないまま、深く息を吐いた。

 腹に刺さったままのナイフを引き抜き、床に落として踏み砕く。あいつには大して効かないけど、俺には良く効くんだな、これ。

 がらがらと音をたてて立ち上がったフランドールは、ぱっぱと服を払って、やるね、と笑った。

 それからすぅっと宙に浮かび上がり、レミリアにしたように優雅に一礼をし……魔方陣の光に包まれて姿を消した。

 

「そして誰も……いなくなるか?」

 

 囁くようなフランドールの声が、四方八方から聞こえ、次には全方向から恐ろしい密度の妖力弾が襲い掛かってきた。

 活路を開こうと前方に光線を放つも、飲み込まれて消えてしまう。

 どうする!? どうやって逃げる!?

 汗を垂らして考えていると、背後から紅い閃光が天井目指して上り、上空の妖力弾を掻き消した。

 

「いきなさい! ここは私が」

 

 言葉の途中で足裏で霊力を爆発させて跳躍する。下方に、大玉に飲み込まれるレミリアの姿が見えた。

 すまない。心の中で謝罪をした、その瞬間に、フランドールの膝が腹に突き刺さっていた。

 流れる視界の中、まだくっついて俺を足で押しているフランドールを睨みあげる。執拗に腹を狙ってきやがって。悪魔か。

 ぶほ、と口から血液が噴出した。壁にぶつかったらしい。苦痛に顔を歪め、体を折ると、首筋に肘を落とされ一瞬で床に叩きつけられる。

 減り込んで動けない体に、追撃の拳を受けて血を吐いた。

 

「まだ壊れないのね……すてき」

 

 血塗れたフランドールが、恋焦がれる少女のように頬を染めてそう言って、腹の傷に二本指を突き刺してきた。

 堪らず悲鳴を上げる。思考が掻き乱される。やばい、やばいって、それは。

 ぐい、と持ち上げられた。腹の傷が広がるのがわかる。傷口の端からぶちぶちと……。

 壁に叩きつけられた。相変わらずの怪力で壁に減り込ませられ、その細腕で串刺しにされる。あ、今背骨折られたっぽい。

 ずぽりと音をたてて腕を引き抜かれると、支えが無くなって床に倒れた。

 腹から血が流れていくのはわかるが、なんだか寒くなるだけで痛みはわいてこない。あれ? これまだいけるんじゃね?

 そう思って手をついて、腕ががくがくと揺れるのに舌打ちしつつ立ち上がろうとすると、足が動かない事に気がついた。というか、下半身が動かん。なんだこれ。

 

「……なんだ、もう壊れちゃったの」

 

 落胆の声に、フランドールを見上げた。もう顔も良く見えないが、たぶんこれはフランドール。

 手がぱっと光ったかと思うと、時計の長針のような、ぐねぐねと折れ曲がった黒い棒が現れていた。さきっぽのとんがりは、スペードに見えなくも無い。

 それの先で、つんつんと額を突っつかれた。でもまだ死んではいないのね、と嬉しそうな声。

 フランドールの腰に、誰かが後ろから抱きついた。色合いからして、レミリアかな。よくわかんない。

 フランドールが腕を振ると、レミリアっぽいのがこっちに飛んできて、押し潰された。むぎゅう。

 すぐにどいてくれたみたいだけど、また頭を上げるのも億劫なので、伏したまま会話を窺うことにした。フランドールをやっつけるのは、それからでもー、おそくはなーい。

 いい事を思いついた、と、フランドールが言うのが遠くに聞こえた。

 

「この剣で死ななかったら、あなたはきっと合格なのね」

 

 そりゃあ、死ぬんじゃない? なんて。

 ぽつぽつと、他人事のようにそれだけ考えて、不意に耳を澄ます。

 今、何か聞こえたような……?

 なんだろう。向こうの方から、いや、空から? いやいや、下の方から。

 どこでも、同じ事。誰かの声が聞こえた。

 いけません、と。

 倒れては、いけません、と。

 

「貴女は、ここで倒れてはいけませんわ」

 

 視界の端に、長い長い金髪が映った、ような気がした。

 

 

 部屋に充満する邪気を押し返すように、白い光が広がっていく。

 へたりこんでいるレミリアが、黒い棒を振りかぶっているフランドールが、驚愕した表情で俺を見上げていた。

 ……なんだよ、顔に何かついてる?

 ぺたぺたと顔を触ってみても、特に何もついてない。なんでお前らそんなに見るし。

 両腕を広げ、目一杯伸びをしてから、あくびをする。あふあふっと。あー、なんかすっごいすっきりする。

 ぐるんぐるんと腕を回し、そういえばフランドールと戦っている最中だったと思い出した。

 なぜか服が元通りになっているので、ちゃちゃっと服装を正し、帯をぎゅっと結んで、それから、腰を落として構えた。

 ……っと、レミリアが邪魔だな。

 ひょいと抱えあげると、ひゃあと声を上げたので、顔を胸に押し付けてさっさと部屋の隅に移動させ、小走りでフランドールの前まで戻る。えーっと、さっきは壁の前にいたから……うわ、なんだこの血。気持ち悪いなー。

 元の位置に戻って、再び腰を落として構え、待たせたな、と言うと、何よそれ……、と理解し難いものを見る目で見られた。そんな顔しなくてもいいのに。

 

「ちっ、これで消し炭にしてやる!!」

 

 ごう、と風が唸り、黒い棒から炎の柱が伸びた。それはまるで、炎の大剣のようだった。

 世界全てを焼いてしまいそうな気迫。そして、圧迫感。だけどさ、そんなに大きく振りかぶってたら隙だらけなんだけどな。

 前に飛んで、すぐに床を滑ってスライディングキックでフランドールの足を払い、伸ばしていた方とは反対側の足で床を蹴ってバク転気味のサマーソルトキックを放ち、振り下ろされていた黒い棒を遥か天井近くまでかち上げる。

 とっ、と床に足をつけ、膝を曲げて力を溜めてから、足の裏で霊力を爆発させて推進力を()、高く飛んだ。

 そして、腕を伸ばして棒を掴み、床に着地してすぐ衝撃を殺すために回転しつつフランドールから離れる。

 はっは、驚いているようだな。この無駄な動きに。

 って、熱い熱い熱い! 当たり前か、さっきまで炎が出てたんだ。そうでなくとも、こんな闇の力の塊のような禍々しいものを素手で触れば、火傷くらいするよね。

 

「博麗の力、とくと見よ」

 

 シュビッと頭のリボンから御札を抜き出して、ありったけの霊力を注ぎ込み、棒に押し付ける。

 肉を焼くような音と共に邪気が(はら)われ、代わりに霊力が宿っていく。先っぽまで拭い去れば、あら不思議。悪魔の武器が博麗の武器に早変わりだ。

 

「くっ、だからなに!? 武器を手に入れたからって、それもろともカーペットの染みにしてあげるわ!」

 

 後方に大きく跳躍したフランドールがこちらに合わせた両手を突き出し、妖力を溜め始めたので、こちらも棒を天に向け、体の横に持っていって構える。ついでにリボンから白紙のカードを取り出し、技と技名を念じて絵柄を浮かび上がらせておく。

 天に伸びた霊力の剣を振るうのと、フランドールが光線を放つのは同時だった。

 剣の先と妖力がせめぎあう。うん、こういうのも好きだけど、さっさと決めてしまいましょう。

 フランドールの横合いから気合砲を叩きつけて吹き飛ばし、光線が消えたので剣を振ってフランドールを真っ二つにすると、しゅうしゅうと紅い煙になって消滅した。

 ……んー? 死んだっぽい、けど……なんだ、違和感。

 何か引っ掛かる、と棒を肩に担いで首を傾げていると、魔方陣が三つ現われ、光の中から三体のフランドールが現われた。

 後ろに二人が下がり、真ん中の一人が前に出て、「最初から、あなたは分身を相手にしていたのよ」とよくわからない事を言った。どう意味だ。よくわからん。

 

「さあ、これで三対一……!?」

 

 後ろに下がっていた一人が、弾丸のように飛んできたレミリアに掻っ攫われて壁に叩きつけられた。

 こいつは私が相手をするわ、だって。格好良いね。

 紅色の妖力の槍と、いつの間にか出現させた黒い棒で打ち合うのを横目で見つつ、「それでも二対一よ」と笑うフランドールに、リボンから一枚のカードを出して、絵柄が良く見えるように突き出して見せた。

 

「とも限らないよ?」

「なに?」

 

 二人並んだ俺が描かれたカード。それが光を放って消えると、俺の横に光が現われ、もう一人俺を形作った。

 博麗幻影って、ね。ずーっと練習してたんだ。世界の破壊者ごっこがしたくて。

 小癪(こしゃく)な! と叫んだ後ろの一人が、俺の分身のラリアットを受けて吹き飛んだ。床を蹴って跳躍し、吹っ飛んでいるフランドールの腹に膝を叩き込んで床に叩きつける。

 ……あの俺の分身めちゃくちゃ怖いんだけど。にやーって笑ってて。なんか間違えたかな。

 まあいいや、これで一対一。正々堂々戦おうよ、フランドール。

 突っ込んできたフランドールと拳を打ち合う。棒で薙ぎ払うと飛んで避けられたので、回し蹴りをお見舞いした。

 床を蹴り、壁にぶつかって跳ね返ってきたフランドールの腹に膝蹴りを叩き込んで、後ろ頭に肘を落とす。

 ぎ、ぃ、と声が漏れているのを聞きながら膝を上げて浮かび上がらせ、連続で気合砲を放ち壁に貼り付けにする。

 びしびしと亀裂が走り、ついには壁が壊れ、フランドールは外に投げ出された。追って外に出ると、土の上に体を横たえたフランドールがぴくぴくと痙攣していた。

 んー、ありゃあ怒ってるみたいだ。弱るどころか、妖力が膨れ上がってる。そこら辺に生えた草が枯れていってるのを見るに、邪悪な気も強くなっているようだ。霊力で清められた棒を持つ俺には、その影響はないらしいが。

 

「ゆるさない…………」

 

 よろけながらも立ち上がったフランドールが、顔を落としたまま、震えた声でそう言った。

 ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない!!

 

「フランを、フランをいじめるなんて、ゆるさなぁあああああい!!!」

 

 どお、と風が吹き荒れ、一拍おいて大玉が四方八方に放たれた。狙いなど無い滅茶苦茶な弾幕。

 地面が抉れ、城壁が壊れ、遠い湖から水柱が上がる。

 こちらに飛んでくる妖力弾を棒で弾き飛ばしながらフランドールに向かって走り寄っていく。

 近付くにつれ、密度が上がっていくので、途中から気合砲も(まじ)えて弾幕を弾き飛ばしていく。

 前に跳び、目前に迫った紅色の大玉を薙ぎ払えば、泣き喚いて衝撃波と妖力弾を撒き散らすフランドールの姿が見えた。すごい風圧だ。

 

「やだやだやだぁああああああ!!!」

 

 なーにがやだやだ、だ! お前は何をそんなに、嫌がってるんだ!

 心の中で怒号を飛ばしつつ、渾身の右ストレートを放つ。

 あ、外れた。

 うおおおお、吹き飛ばされる、ささえ、支えをっ!

 大慌てでフランドールに腕を絡ませて踏ん張る。吹き飛ばされてたまるか、また戻ってくるなんて面倒くさい!

 ぎゅーっとやっていると、その内に嵐の如き弾幕が収まってきて、喚いていたフランドールも大人しくなってきた。

 くすんくすんと鼻を鳴らすので、なんとなく頭を撫でてやると、ぎゅうと抱きついてきた。……その、なんだ。可愛いな。

 よしよしと声に出して頭を撫で、それから、ざあざあと雨が降り始めたので、濡れないように抱き上げて紅魔館内部まで歩いて戻った。

 その間フランドールは何も言わず、ただ抱きついてくるだけだった。

 そうしてれば年相応で可愛いのにな。

 

 

「あなたは、合格ね」

 

 頭から壁に減り込んで気絶していたレミリアを引き抜いていると、後ろに立っているフランドールがそんな事を言った。

 なにがー? と聞き返すと、ただの人間の身でここまでやるなんて、ね。あいつも喜ぶでしょうよ、とわけのわからない事を言ってくださった。日本語でおーけー。

 レミリアについていた砂埃を手で払いつつ、にこにこしながら俺を見るフランドールに体を向けて意味を窺おうとしたのだが、口が微妙にしか開かなかったのでやめておいた。

 擦れて出た声を、けほーとわざとらしく咳き込むことで誤魔化し、カーペットの上にレミリアを横たえる。

 はー、疲れちゃった。とフランドールが腰に抱きついてきた。

 

「これから館の修復でそいつも忙しくなるでしょうし……あなたの神社に遊びにでも行ってようかしら?」

 

 頭の左っかわで結ばれて揺れる金髪を弄りつつ、家には一つしか布団が無い、と言うと、あなたと一緒に寝るわ、と返してきた。

 見上げるフランドールの体勢は子供っぽいのに、声音と表情、雰囲気は妖艶だ。むむむ、むむ~……。

 フランドールの頭に手を置いて、帽子ごとわしゃわしゃと乱暴に撫でながら、そういうのは好きな人とやりなさい、と言い聞かせれば、強い人は好きよ、と背を撫で上げてくる。

 ああ言えばこう言うんだから。

 どっせいと巴投げをすると、きゃあと声を上げて飛んでいき、レミリアにぶつかってむぎゅうとうなった。

 そうかそうか、好きか。だが残念、俺も好きだ。強い奴はな。

 ふと見れば、霊夢が面を上げて恨めしそうな顔をしていたので、慌てて駆けていって助け起こし、肩を貸してやると、後ろについてきていたらしいフランドールが俺の手からひょいと黒棒を取り上げ振り回しつつ「わたし、外の世界をあまり知らないの。あなたが教えてくれないかしら?」と言ってきた。

 うーむ、そんな事言ったって、俺も人里ぐらいにしか行った事ないし……。幻想郷の外の事ならよく知ってるんだけどな。

 まあ、いいや。それなら一緒になって幻想郷の事を知っていけばいいか。

 そんな事を言ってやれば、ぱっと笑顔になって、決まりね! と元気よく言った。子供っぽい奴。

 まだ見ぬ世界の事を思えば、はしゃぐ気持ちもわからないでもないけどな。俺は幻想郷の少女みんなと友達になる巫女さんだー、なんて。

 声に出ていたらしく、へえ、そうなの、とフランドールに言われて恥ずかしくなったが、うん、まあ、いい心掛けじゃない? ……悪くは無いよね。

 なあ、と霊夢のほっぺをつっつく……あ、いや、つっつこうとしたら睨まれたのでやめて、問いかけるだけに(とど)めると、知らないわよ、と素っ気無く返された。

 フランドールが「こわーい」と囃し立てて笑うのを見て、俺はお前の豹変振りの方が怖いと思いつつ出口に向かっていると、箒に乗った魔理沙と紫色の何かが部屋の中に飛び込んできた。フランドールが、あー、パチュリーだ、と罰の悪そうに呟く。

 そのパチュリーさんはフランドールの姿を見つけた途端、顔を青ざめさせて背後に魔方陣を展開しだした。

 フランドールが俺の後ろに隠れても構わず撃ってきそうだったので、気合砲で迎撃でもしようかと考えていると、パチュリーの前に魔理沙が踊り出て止めていた。何がしたいんだあいつら。

 

 降りてきた二人に異変の終了を告げると、えー、もう終わったのかと魔理沙は残念そうにし、パチュリーはフランドールを見て「随分落ち着いているのね」と言った。

 

「大分暴れて、溜まっていた鬱憤も晴らせたし、新しい玩具も見つけられたんだもの」

 

 おい、その玩具というのはまさか俺の事じゃ……ないよね、うん。そんな目で見ないでね。え? 血? 駄目だよ。

 

 

 こうして、紅霧異変は終わった。なんだか明確に終わった気がしないのは、フランドールが引っ付いてくるからだろうか。

 フランって呼んで、なんて親しくなろうとしてくるし、この子怖い。

 ともあれ、異変は終わったのだ。里は平和を取り戻し、かろうじて地球は救われた。

 あん? そんな規模の大きい異変じゃないって? いいんだよ、気分の問題なんだから。

 異変は終わっても、暑い日は続く。姉妹揃って神社に入り浸るレミリアとフランは、入道雲の浮かぶ空を恨めしそうに見上げては、霧でも出そうかしらと呟いている。

 霊夢は迷惑そうにしているが、追い出すわけでもなくお茶なんかを振舞っているので、いても構わないのだろう。

 俺はと言えば、異変の前と変わらずに里に行っては依頼を受けてお小遣いを稼ぎ、茶屋で甘味をほおばって、暇になったら技の研磨に励んでいた。

 変わった事といえば、そこにフランドールが加わった事だけだろうか。

 見るもの触れるもの新鮮なものばかりだからか、きゃあきゃあと楽しそうにしているのを見るのは、悪くはない。

 そこに自分も加わっているのだから、なおさらだった。

 

 

 

「あはは、あんみつって美味しいね、靈夢!」

「…………」

「あ、さくらんぼ残してる。もーらいっと」

「…………」

「このお餅ももらっちゃおっと」

「それは駄目!!」

「わー、靈夢が怒ったー」

 

 

 う~ん、甘味事情は平和じゃなくなったかも。


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