大地が震えている。
細かな石や土が浮き上がり、鎮守の森の木々がざわめいていた。
黒い雲が空を覆い、雷が轟いて、場を演出している。
ぽた、と、汗が頬を伝って地に落ちた。喜びが胸を満たす。緊張が身を圧迫する。
それでも、目を離すまいと、俺はその人を見ていた。
シュウシュウと音をたてる黄金の気を纏った戦士、超サイヤ人孫悟空を……。
翡翠色の瞳が、俺を射抜いていた。それだけで、体が震える。敵わないと知らされる。
「おめぇからダメージを受けて、魔人ブウのエネルギーにはしたくねえ」
ドォン、と、どこか遠くに落雷の音。白い光が視界を満たし、一瞬後には引いていく。
震える手を握り締めて、腰を落とし、構える。こうして対峙しているだけで恐ろしい速さで霊力が消耗していくが、耳朶を打つ声が、皮肉にも勇気をくれていた。
同じように、孫悟空が構える。夢か、いや違う、とうとう叶ったのだ、俺の夢が。
「最高の力で早く終わらせるぞ」
殺してやる、と言ってみて、すぐに後悔する。これを言っていいのはべジータだけだ。俺に言う資格は無かった。
が、言ってしまったものはしょうがない。殺してやる、殺してやるぞ! と気合を入れて、突進……しようとしたら、視界の隅に霊夢と魔理沙がぽけっとして立っているのを見た。
ちょ、おま、見られた!? あ、あ、あ……集中が切れて、ああ~!
今の今までそこにいた孫悟空が、光の粒子になって消えてしまった。あーん、もっと見てたかったのに!
あ、でも、霊力の使いすぎで意識が……。
駆け寄ってくる霊夢と魔理沙を前に、俺はばったりと倒れて気絶した。
◆
「フランドールも言われたみたいだし……」
「やはり共通点は金髪か……」
目を覚ますと、近くで霊夢と魔理沙の声がした。
何? 金髪がどうしたって?
額に濡れた布を置いておいてくれたフランに礼を言いつつ起き上がる。……雑巾じゃねーかこれ。
霊力不足に大あくびをすると、ああ、起きたの、と霊夢の声。ここは……居間か。卓袱台の横に寝かされていたらしい。
霊夢がこちらを見ているのを確認してから、こくりと頷く。うーむ、こうして顔を合わせるのには慣れているが、未だに挨拶ができない時がある。コミュニケーションって難しい。
ねー、と声に出しはしないが、フランの肩に手を乗せると、大丈夫? と心配そうに覗き込んできた。良い子だね。
よっこらせと立ち上がり、居間と縁側を仕切る障子をそっと開けて、夕焼け空を見上げる。
おんや、さっきまで明るかったのに。秋の日は釣瓶落としとはよく言うが、これは早すぎるんじゃないだろうか。
知らない異変か何かかなーと思っていると、腕に縋り付いてきたフランが、ずっと目を覚まさないから、心配したわ、と言った。
へえ、そう。思ったより霊力の消費は激しかったようね。博麗幻影で出した自分の幻影の容姿を、別の人物のものに変えるのは。
わりかし姿の近い霊夢は楽に出せるのだけど、憧れの孫悟空ともなると、形作るだけで半分以上霊力を使ってしまう。
作り出すのだって、ここ数ヶ月ずーっと、それこそ恋焦がれるように悟空さんの事を思い描き続けてきて、やっと出せたものだし。
それに、自分以上の力をーって、演出のために余計に霊力を注ぎ込んだのだから、倒れるのも無理は無いね。
だけど俺は諦めない。絶対に。拳を交えるまでは。
あとそれから、連れ立って里の茶屋に行ってみたい。あんなに格好良いんだもの、見せびらかしたくもなる。ああっ、でも独占もしたい! なんというジレンマ。
俺が倒れていて心細かったのか、泣いてしまいそうなフランの頭を撫でる。うむ、今日のフランはほんとに良い子。まあ、すぐに変わってしまうだろうけど。
性格を作っているのかは知らないが、喋り方や態度がころころ変わるんだもの。見ていて面白いのはいいけど、時々怖い事言うから心臓に悪い。
あと、急に怒り出したりする。邪悪な気は周囲に悪影響をもたらしやすいから、早急に
それから、甘味を食べている時に俺の皿からひょいひょいと色々摘まんでいってしまうのが最も恐ろしい。
フランはすぐに自分のものを食べ終えて、俺のものに手を出してしまうのだ。ゆっくり食べたいのに~。
さてそういえば、今日はチルノと遊ぶ約束をしていたな。あの妖精は、フランドールのお友達作り大作戦のために引っ掛けたらあっさりついてきた。
勝気な彼女は、フランを物怖じせずに一緒に遊んでくれる。そうすると、彼女の友人……友妖精? がわらわらと集まってきて、俺が幸せ……いやいや、一層フランの友達が増える。
フランも、妖精なんかと、と口では言うものの、遊ぶ時は楽しそうにしている。そうやって遊んだ事があまりないからだろう。
約束の時間は多分過ぎているだろうし、急いで行こうかな、とフランの手を握って玄爺を呼ぶために指を鳴らしていると、霊夢が話しかけてきた。今朝の、あの男もサイヤ人? と。
頷いてみせれば、やっぱりと言って腕を組む。なに、霊夢も悟空さんが気になるか。なら後で見せてやろう。
のっそのっそとやってきた玄爺の背にフランを乗せて、その後ろに俺も乗る。フランは自分で飛んだほうが早いのだけど、どうせスピードを合わせてもらうから、乗ってもらう事にしている。
考え込む霊夢と魔理沙をおいて、俺たちは霧の湖に向けて出発した。
◆
「……どうしたの、それ」
フランがいぶかしむような声を出した。
無理ないね、目の前には頬を腫らしたチルノとニコニコしている大妖精がいるのだもの。
他の妖精は怯えているのか、木の陰からこっちの様子を見ていた。何があったし。
「ああ、いや。ちょっとね」
と、ぶすっとしたチルノ。
フランは、チルノからは話を聞けないと判断したのか、大妖精に矛先を変えて何があったかを聞いた。
大妖精曰く、チルノが俺の真似をして殴りかかってきたから殴り返した、と。
……え、大妖精こわい。
フランは、そりゃああんたが悪いでしょ、とチルノを責めて、チルノも悪かったと思っているのか、腕を組んでそっぽを向きながらも罰の悪そうな顔をしていた。雰囲気悪いなあ。
しょうがない、とっておきを見せてやろう。
みんなの気分を晴らすべく、リボンからカードを抜き出して掲げる。それぞれの視線が、カードに集まった。
使う技はもちろん、博麗幻影! 別名イリュージョンとも言う。あたっくらいど~。
カードが光って消えると同時、俺の横がぱっと光って、一人の男が姿を現した。超サイヤ人の悟空さんだ。格好良いね。
うっとりして横顔を見上げていると、フランに手を引かれて、いつもみんなが遊んでいる時に俺がいる位置まで連れて行かれた。
どういうつもり? と冷たい声音で言われる。あー、怖いフランだ。
どうも何も、遊んであげようと思って出したのだけど。
そう伝えると、フランは黒い棒を出現させて、俺の前から姿を消した。
あー、それ出したら邪気が……お、なんだ、視界がぶれる。
頭がくらくらするので、すぐ後ろにある木に体を預け、座り込む。
チルノと大妖精が悟空さんに弾幕ごっこを挑んでいた。うむ、それでいい。そうやって遊ぶのが一番。だけどフラン、なんでお前は肉弾戦を挑んでるんだ。
まあ、いいか。みんな真剣にやってるみたいだし、幻影の維持は霊力を込めた御札に任せて、と。
俺は一眠りといくか……。
◆
冷たい風を顔に受けて、目を覚ます。
暗い。もう夜になったか、と顔を上げれば、そこは玄爺の上で。
横には、不機嫌そうなフランが座っていた。
「靈夢、あの男出すの、もうやめてね」
俺が起きたのを確認してすぐ、そんな事を言う。
えー、なんで!? せっかく出せるようになったのに。
あんなに苦労したんだよ、それにこれからいっぱいやりたい事があったのに。
一緒に依頼を受けて解決したりとか、合体技やってみたりだとか、戦ったり、お買い物に行ったり……。
なのになんで~、とぐるぐる思考をめぐらせていると、そんなに睨んだって駄目よ、と言われた。睨んでないよ。
「とにかく、駄目。危険よ」
なにが、と聞くと、あなたが、と短く返される。俺が? なんで?
考えてもわからないので、どうしてだろうと玄爺にきいてみれば、「ご主人さまの考えている事がわかりません」と言われてしまった。
いいじゃん、ちょっとくらい夢を見たって。
しかし、フランは怒らせると怖いので、非常に惜しいけどひかえる事にした。
霊夢には見せてあげようと思っていたので、それだけはやるけど。
でも、なんで悟空さんの幻影を出すと俺が危なくなるのだろうか。この子たちの言う事は難しくってよくわからん。
ふわあと大きなあくびをしつつ、神社へと戻った。
霊夢に悟空さんを見せてやると、思いっきり後ずさった上に「あんたが出したのか」ときつい口調で聞いてきて、それに頷くと出すの禁止と言われてしまった。
だからなんでー?
理由を聞いてもどうせ俺には理解できないだろうから、「おれにはよくわからない」と木場さんごっこをしつつ寝室に向かおうとするとお尻を蹴り上げられた。
『俺』って言うな、だって。そうでしたね、ごめんなさい。
お尻の痛みと理不尽な禁止令に、布団でさめざめと泣きましたとさ。