『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第十一話 逃がしはしない

 年を越えて、冬。

 霊夢と二人で、徹夜でなんやらかんやら祈祷をしたのも、もう二十日も前の事だ。

 あの時は何を祈ればいいのかよくわからなかったので、霊夢が応援すると言ったお星様とは反対のお星様を応援してみたのだけど、結局霊夢が応援した方が勝ってしまったらしい。さすが稀代の巫女と褒めてやりたい。

 

 さて、今日は紅魔館に戻っていたフランが神社へやってくる日だ。あの子もすっかり家の一員になってしまっているな。

 そういうわけで嬉しい日でもあるのだが、生憎と『つきのもの』がきていたので、朝から憂鬱だった。自分はこれでも軽い方らしいが、身近に比べられる人妖がいないのでよくわからない。

 何はともあれ、フランを迎えに行こうと居間の霊夢に声を掛けたところで、そういえば迎えに来なくて良いと言われていたのだっけかと思い出した。

 ごろんと転がって座布団の上まで移動し、反対側に座ってお茶を啜っている霊夢の様子を見た。

 ちらちらとこっちを見ていたらしく、目が合う。そのまま数秒。

 きりきりと下腹が痛むのに顔を下げると、具合が悪いの? と聞かれたので、首を振る。大したものじゃないし。

 しかし、気分はどんよりだ。こういう時は誰かと戦うに限るが、自分自身を出しての戦闘は飽きたし、悟空さんは出すと怒られるし、ゴジータを出しても怒られたし。

 まあ、演出のために霊力全部幻影に注ぎ込んだから、出して三秒でぶっ倒れるものになったし、怒られるのもしょうがないとは思うけど。

 でも、リアルに大地が揺れた時は興奮したね。

 ベジータを出して悟空さんとフュージョン、なんて演出もやってみたいけど、生憎と俺が出せる幻影は一人っきり。世界の破壊者ごっこをやろうにも、怪人やライダーを出してお終いだし、つまらない。なにより、イメージに酷く時間がかかるし。

 

 そそそっと起き上がって、正座をする。霊夢は湯飲みを置いて立ち上がり、台所に行ってしまった。お茶を汲みに行ってくれたんだろうな、きっと。

 なんとなしに横に魔理沙を出現させて、せっせっせーのよいよいよいとやっていると……え? 何してるかわからないって? 百合百合しいことしてんだ言わせんな恥ずかしい。

 

「……なにやってるの」

 

 湯飲みをお盆に載せた霊夢が戻ってきて、一番にそう言った。むむ、「あら魔理沙、来てたの」とか言わないか、やっぱり。

 なぜかすぐ幻影だってばれるんだよね、実体のある幻影なのに。でも悟空さんとかはばれない不思議。執念の違いかな。

 えーいと魔理沙の額を小突こうとしたら、ひょいと避けられて逆に小突かれて転がされてしまった。

 額をさすりつつ上体を起こすと、にししと笑って、光の粒になって消える。

 思考の共有ができている訳じゃあないから、分身が何を考えているのかわからん。

 うむむと唸りつつ湯飲みを手に取り、口をつける。いつ飲んでもお茶は落ち着くな。

 目を細めてお茶を飲んでいると、その内に「そうそう」と霊夢が切り出した。湯飲みを置いて、

 

「この間の、外の世界から迷い込んできた人を覚えてる?」

 

 んー、この間の? 年を越す前、かな。確か神社に知らない人がいてびっくりしたから覚えてる。その人が、どうかしたのだろうか。里に残るって言ったのかな?

 先を促すように湯飲みを振ると、霊夢は、「外の世界に帰りたいと言うから、今日この後送り返すわ」と言った。

 ついでに、「あなたも一応ついてくる?」と加えられる。

 外の世界に送り返す、ね。

 ……そういや、俺も外の世界、元の体に戻る道を模索しようと思ってたんだっけ。この体に馴染みすぎて、すっかり忘れてた。話す上では女口調でも問題ないし、人間の適応能力って案外馬鹿にできないな。

 でも、一応……外の世界に出る方法を知っておいた方が、いいのかな。いつか来るかもしれない、その日のために。

 戻ってどうするんだ、と、不意に思った。戻って、父さんと母さんに会いに……この体で?

 どういう顔で会えばいいんだ。わからない。考えようとすると、気持ち悪くなる。

 どうしようもないと考える自分と、どうにかしないとと考える自分。今更、こんな、気持ち……。

 ふっと、息を吐いた。考えても仕方が無い。行くのなら行き、会うのなら会い。話したいなら話す。そうでなければ、そもそも行かなければ良い。

 少しの間悩んで、結局自分の気持ちを整理できず、じゃあ外の世界に行ったら漫画でも読もうと決めて誤魔化した。

 そんな俺を、霊夢はただじっと見つめていた。

 

 

 神社の裏で待ってて、と言われたので、鳥居に背を預けてぼーっとしていると、霊夢が男性を連れてきた。太っているように見えるのは、幻想郷の人間の細さを見慣れてしまっているからだろうか。

 二人が鳥居をくぐり、石畳を歩いていくのでついていくと、下り階段の前で立ち止まって話をしだした。

 ここを進んでいけば元の世界に帰れるが、もう戻っては来れない。本当に良いのか? という形式上の問いに、男性は力強く返した。

 そこで、霊夢が俺に顔を向ける。

 んー、なあに? と見つめ返すと、男性もこちらを見てきた。

 ……なんだよ、そんなに見ないでよ。俺なんか悪い事したっけ?

 うーんうーんと考えて、すぐに思い当たる。悪い事ではなく、博麗の巫女の役割を。

 外の世界に送り届ける役割を、俺がやればいいんだな? ついでに外の世界に行ってみるか。

 霊夢に頷いてみせると、それじゃあ、と言って、なにやら手を動かして印を切り、目をつぶって霊力を込めた。

 すると、目の前の空間が波立ち、結界というものが目に見えて揺らいだ。

 おー、綺麗。っと、それじゃあ、一名様ごあんな~い。

 手を上げて男性の前に出て、先導しようと結界の揺らぎを潜り抜けようとした瞬間、凄まじい衝撃に弾き飛ばされた。完全な不意打ちに頭から石畳に突っ込んでしまう。

 ごって鈍い音がしたよ。人間が出す音じゃないよこれ。ぐわんぐわんと痛む頭を押さえて立ち上がり、驚いている二人を無視して、涙目で揺らぐ結界を睨みつける。

 お前か、今のは。

 ずんずんと歩いていき、勢いをつけてタックルする。バリバリと雷が轟くような音がして、二秒程で弾かれた。

 空中で回転して体勢を整え、すたっと着地する。なんだおめえ、俺が嫌いなのか。

 リボンからカードを抜き出し、すぐに使って、空に手を伸ばす。札に封じられていた武器、レーヴァテインの基礎となる黒棒が回転しつつ空から降ってきたのをしっかりと掴み取る。

 それから、思い切り霊力を纏い、どすどすと音をたてて突進、えいやー! と結界に棒を突き立てる。

 再び凄い音。だが負けん、負けんぞ!!

 揺らぎに揺らいだ結界は、ついにその向こうに先へと続く道を浮かび上がらせたが、その瞬間に今まで以上の衝撃に襲われて石畳を転がる羽目になった。

 

 通れないよーと霊夢に泣きつくと、霊夢も予想だにしていなかったのか、あ、そう、と呆けて言った。これじゃあ男性を外に送り届けられない。不穏な空気を感じ取ったのか、というか俺が弾き飛ばされたのを見て心配したのか、男性が大丈夫なんですかと声をかけてきたので、どちらの意味でも大丈夫と答える。

 俺が駄目でも、霊夢が行けば済む事だし。

 恐る恐る結界に手を伸ばした霊夢だが、その手は実にあっさりと結界をすり抜けた。男性も、びびりつつも、難なく結界を通り抜ける事ができた。

 ……えー、なんで俺だけ……。

 ひょっとして博麗大結界には意思があって、俺を嫌っているとかなのかなーと馬鹿な事を考えつつ、黒棒をゆらゆら揺らしていると、霊夢が戻ってくる。

 何故通れなかったかを二、三話し合ったが、答えが出るはずも無く、すぐに会話は終わり、居間に戻る事になった。

 

 

「きもちわるいぃ……」

 

 激しく動いたせいか、どんより気分が酷いものになっていた。うぐぐ、おんなのこのちからにのみこまれる……つきのものとはいったい……うごごご…………。

 頭がぽわぽわしてきたので、ごっつんごっつんと机の端に頭をぶつけて痛みを緩和していると、つきのもの? と霊夢が聞いてきた。あい、そーよ、と頷いてやると、ふーん? そんなに辛いの、と素っ気無い。

 でも、湯たんぽ用意してくれたり熱燗(あつかん)持ってきてくれたりする優しい霊夢さんは好きだよ。

 俺は、つきのものが来ている時は寝つきが悪くなるから、お酒とかで眠りやすくした方が楽なのだ。あんまり飲むと次の日に酷い事になるが。

 しかし、う~む、どうにも体がだるい。これが九日も続くとなると、お小遣い稼ぎもできないし、帰ってくるフランの相手もしてやれないと考えると、不甲斐なくなった。

 渇を入れて欲しい。甘ったれてんじゃねーぞ! って。

 布団を敷いてもらったので、横になって、お腹の上に温い湯の入った湯たんぽをのっけて、目を腕で覆う。イメージトレーニングとかしていると気分が楽になる。

 

 そうこうしている内におゆはん時になり、外も暗くなってきた頃。

 食欲がわかないので、こっちこいと手招きする霊夢にのーせんきゅーを返すと、霊夢は無理矢理お粥を口の中に流し込んでくるマシーンと化して襲い掛かってきた。

 抵抗するのも面倒くさい! と駄目駄目な主張をする間に抱き起こされ、甲斐甲斐しく世話をされる。むむむ……霊夢さん、あなた良い妻になれますよ。

 息をするのもめんどくさい! はむ! と息を止めて迫るスプーンをガードすると、霊夢がつまらなさそうな顔をしたので素直に食べる事にした。

 怒るかと思ったらそんな顔するんだもの。怖い。いつもの鼻歌能天気巫女さんに戻っておくれ。

 異変時はぴりぴりしていて怖かったけど、普段は良い巫女さんだもの。見ていてほんわかするような。

 そんな子に育てたつもりはないぞーと考えつつ塩味の粥をぱくついていると、どたどたと走る音。

 そして勢い良く障子を開け放って部屋に入ってきたのは、笑顔全開のフランだった。

 靈夢! と声を上げたはいいものの、伏した俺を見た途端に笑顔が消え、心配そうにして「どうしたの!?」と傍に座り込む。

 後ろからレミリアと咲夜が入ってきて霊夢に事情を聞くのを見届けながら、口の中の物を飲み下して、ゆっくりと枕に頭を預けてから、フランに目を向ける。

 それから、寒さで震える手でフランの頬を撫でた。

 

「わ、私の好きだった……自然や動物たちを……ま、守ってやってくれ……」

 

 え? え? と俺の腕に両手を添えて目を白黒させていたフランは、俺が「頼んだぞ……フラン」と言ってわざとらしく腕を落とすと、れいむぅー!! と声をあげた。

 

 霊夢に頭を蹴っ飛ばされた。心配している人に対してふざけるな、だって。

 でも手が震えてるのは本当だよ、霊夢。頼むから障子閉めてね、ね?

 目に涙を溜めるフランを見るとぎゅうと胸が締め付けられたので、ひしと胸に掻き抱いて頭を撫でた。

 あーもう、本当に死んだかと思ったじゃない、と霊夢。ごめんね、どうしても言いたかったんだ。今言わなきゃ本当に死ぬ真際にしか言えないと思って。

 俺が死ぬ時は、「いつも自分の意思で戦ってきた!!」って力強く言うんだ。そう決めてあるの。

 なんてぼんやりした頭で考えていると、「そいつはその程度で死ぬ程やわじゃないわよ」とレミリアがなぜか自慢げに言っていた。そっすか。

 それにしてもフラン、良い匂い。なんだろ、香水とは違う、いや、香水なんて滅多にかがないけど、そうでなくて……シャンプー的な何か、かな。フランが湯浴みをするのは、一緒にしているから知っているけど、そういった類のものは使っていないはず。

 清めの炎だなんだと言って、魔法で体を綺麗にする。だってシャワーとか使えないし。

 その内にフランが首筋を甘噛みするようになったのでやんわりと離し……あー、よだれ。霊夢たちの方を見た。

 

「つきのものってそんなに苦しいのかしら?」

「さあ? 私はまだ至ってないし……お嬢様方はあれだから。美鈴なら知ってるかもしれないわね。妖怪が至るかどうかは知らないけど」

「それを言うならパチュリーの方じゃないの?」

「あの方は目年増なだけですから」

 

 霊夢と咲夜さんが女の子談義に花を咲かせていた。目年増とはなんぞや。

 それとレミリアさん、何をそんなに見つめて……え? 随分と美味しそうね、だって?

 やめてよ、怖いな。これ、フランも俺の血がいかに美味いかを語るんじゃない。……え、甘いの? ……こ、今度なめてみようかな。

 

 

 体調の悪い日は、得てして悪い夢を見るものだ。

 それは、俺も例に漏れず、非常に気分の悪い夢を見た。

 思い起こすのも胸糞悪いが、残念な事にその夢は現在進行形なのだ。

 びちゃびちゃと、生暖かいものが顔に、体に降りかかる。霊夢の血か。どうにも彼女が死ぬのは想像できないが……足元には彼女が肢体を投げ出して横たわっている。近くには、里のお得意様や見知った妖精、人妖が黒い爪にずたずたに引き裂かれて死んで行く様があった。

 お前ら、その程度どうって事ないだろう。なんでそんなに苦しそうにする。

 場面が変わり、笑いかけてくれたフランが砕け、場面が変わり、縁側に立つ俺を恥ずかしそうに見上げる魔理沙が血を噴き出して倒れる。

 一通りの人妖が死に尽くせば、また最初からやりなおしだ。

 この悪夢は俺に何を訴えたいのだろうか。門の王(レクス)にでもなれと? まあ、いいや。こんな夢、すぐに飛び起きて、終わるに決まってる。

 耳を塞いでも聞こえてくる悲鳴に耐えつつ、ぴしぴしと亀裂の入る空を見上げながら、夢の終わりを待つ。

 だが、予想に反して悪夢は長く続いた。

 

 

 体が熱い。汗を掻いているのか、全身がびしょ濡れだ。胸が、苦しい。

 ぎゅうと胸を押さえて、苦痛に喘ぐ。まるで水の中にいるかのように、自分の声がどこか遠くに感じられた。

 薄く開いた目に、ぼやけた紅と白。

 霊夢だ。

 必死になって、俺に何かを伝えようと口をぱくぱくしている。

 何? ひとざとに……ちか……づくな?

 なんだい、そりゃあ。あ、そういや依頼を受けるなと言われていたのだっけ。

 ……お、金。……金髪。フラン……? でも、なんでそんなに長い……。

 

 

 目を覚ませば、朝だった。

 俺の服をはだけさせて、霊夢がせっせと俺の汗をふき取っている。いや、すまないね。

 

「大丈夫? 酷くうなされてたみたいだけど」

 

 されるがままになりながら、心配いりません、とだけ言っておく。口が上手く回らないのは、元々か。

 あっ、あっ、腋の下は駄目、駄目だってば、弱いんだからぐはぁ!?

 くすぐったさに悶絶していると、居間からフランが顔を覗かせる。エプロン装備とは、俺を殺す気らしいな。

 お粥を作ったらしいので、口移しで食べさせてもらう事に……ん? ああ、自分で食べられるからそれはやめてね。

 ……あれ、そのお粥、なんか赤みが混じって……梅干ね、そう。……その濃厚な魔力はなに? なんでお粥からそんな力が、まさかフラン……!!

 体は霊夢に任せているために動けず、ふーふーした後のフランの「あーんして」攻撃に耐え切れず、スプーンを口に含んだ。鉄の味が良いアクセントですね!

 結局完食しました。何が結局なのかはわからないけど。ねえ、これ血を入れたでしょ。入れた? そんな笑顔で言われるとどうにもならん。でも誰の入れ知恵かは聞いておこう。……咲夜さん? 俺に食べさせる事を知っていて……?

 ほう、あのメイド余程秘密を暴かれたいらしいな。知っているぞ、その胸に秘めた隠し事。あの男への恋慕の情を!

 ……嘘だけど。

 咲夜さんが誰かに惚れるとかあるのかな。少なくとも主人には惚れ込んではいるようだけど。

 俺の上体を拭き終えた霊夢が、下の衣まで脱がそうとしてきたのでそれだけは断って、布団にくるまって自分で汗を拭く。

 股に巻いておいた布にはべったりと血が付いており、それをはずした時にフランが舌なめずりをしたのを俺は見逃さなかった。これはしっかり処理しないと。

 ちゃちゃっと用意されていた巫女服に着替え、ふらつきながらも立ち上がる。まだまだ気分は悪いが、一晩中付いてくれていたらしい霊夢を寝かせてやらなければ。

 いつのまにか森近さんが作ったらしい、俺にぴったりなサイズの霊夢とお揃いの巫女服を珍しく思いながらも、霊夢に寝るように促すが、そんな汗でぐっしょりの布団じゃ寝れないわとの事で、布団を洗濯する事となった。

 せめてそれは俺がやりたかったが、霊夢には動かず神社から出ないこと、と釘を刺され、監視役なのかフランが腕に引っ付いて離れないので、仕方なく居間と縁側を仕切る障子を開けて柱に背を預け、フランと一緒に冬の空を見上げた。

 

 もうすぐ、春……か。早いものだなぁ。

 もう少ししたら、桜の咲く季節か。満開の中で宴会でもするんだろうなあ、あの雰囲気は好きだ。

 今から楽しみで、フランの頭に手を置くと、フランは不思議そうに俺を見上げた。

 その時は、一緒に杯を傾けよう。

 

 みんな、一緒に。


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