『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第十三話 二人の旧友

 寒さに震えている内に、いつの間にかごうごうと吹雪(ふぶ)く雪山に突入していた。

 一応肌着の上にもう一枚()けて、その上から普段通りの物を着用しているのだけど、こうも吹雪いているとどうにもならない。鼻水でそう。

 霊力を纏ってなんとか吹雪の直撃は免れてるけど、それでも寒い事に変わりはなし。

 あぐらを掻いて腕を組み、両方の袖に腕を突っ込んで、ちょっとでも動くと寒いので、身動(みじろ)ぎもせずに前を見ていた。

 ……あ、霊夢たちよりも若干高い位置を飛んでいるから、ドロワさんとこんにちははしてないよ。したって特に何も思わないけど。

 それにしても、霊夢は普段通りの格好で寒くは無いのだろうか。隣の魔理沙とぽつぽつ話す傍ら、「さむい」と呟いていたりはするけど、それだけだし。最近広がってきた肩と腕の隙間も、赤らんでいるのを見るにかなり寒そうなのに。

 魔理沙だって、厚着をして多少はもこもこしているが、寒そうなものなんだけどな。肩掛けを着けてるけど、あまり意味はなさそうだ。

 帽子のツバに雪が乗っているのを見ながら、便利な魔法でも使ってるのかな、と考える。

 時々魔理沙と会話を交わす咲夜さんは、マフラーをしていて暖かそうなものの、スカートは長くなく、靴下は膝下までにしか伸びていないので、とても寒そうだ。

 ちらりと太ももに覗く銀色の刃先が、一層冷たさを引き立てていた。

 う~、さぶい。玄爺は平気かなー。

 じーさんや、と小さく声をかけると、はい、なんでしょうとわりかし元気そうな声。平気なのかと聞けば、暖かいくらいですよ、と返された。あべこべクリームでも塗ってるのかしらこの亀は。

 

「うははー! みなぎる! 体に力がみなぎる!! あたいははうぅ!?」

 

 こっちを向く亀と見詰め合っていると、どこからか飛んできたハイテンションの氷精が眉間にナイフを生やしハリセンボンになってレーザーの中に溶けて消えた。

 あー、チルノ……今度やつめうなぎでも奢ってやろう。

 哀れな妖精に胸の内だけで合掌する。

 うう。それにしても寒い。髪の毛も風に流されて重いし。凍ってるんでなかろうな。髪は命だ。切る事になったりするのは、ちょっと、やだ。

 誰だってそうだろうけど。

 

「ああもう、こんな雑魚を相手にしてても、何の意味もないじゃない」

 

 増えてきた毛玉やら雑多な奴らをやっつけていた咲夜が、そんな事を言った。

 同じく相手にしていた霊夢が「いい加減にして欲しいわ」と言い、同じく以下略な魔理沙が「寒い奴にはご退場願いたいものだぜ」と言った。

 

「おや、迷い人が四人も」

 

 進行方向から声が聞こえてきたかと思えば、吹雪の中から現われたのは、マフラーをした薄紫色の髪の少女。

 彼女が登場すると同時、吹雪が強くなり、気温が更にさがった気がした。そのために、彼女がどういった格好をしているのかは、よくわからなかった。

 

 そろそろ眠っても良い頃でしょうに。そうしたいんだけどねえ、こうも力が張ってると眠れなくって。かわいそうに、寒さにやられたんだな。どちらかというと、やった方? なるほど、あなたが黒幕ってわけね。そうともいう。

 ぺらぺらと、よくも口が回るものだ。ちょっとわけてほしい。最後に口を開いた咲夜さんが、文字通り一瞬でナイフを手に取って、続けて「で、あなたは何か知ってるの?」と少女に聞くのを耳にしつつ、俺は小刻みに震える自分の体を掻き抱いていた。

 うぐぐぐ、寒い、寒すぎる! 俺は暑いのは大丈夫だけど、寒いのは駄目なんだ!

 身に纏う霊力を強くしながら、霊夢たちとやりとりをする少女を睨みつける。あれが来てから、耐え難い寒さが一層酷いものになった。できるならさっさと弾幕ごっこをしてご退場して欲しいのだけど。やる気になってるのは、あの少女がわりかし挑発的な事を言っているからわかってるから。

 だから、さっさと。

 頭のおかしなメイドだとか言ってないで、さっさと……。

 

「……まるか、ばつか」

 

 あーもう、耐え切れない。霊夢たちがやらないのなら、俺がやる。だから、霊夢。許可を出してくれ。許可。さっさとしろ。

 俺の声に反応して、三人が三人振り返る。忘れてたでしょう、俺の事。向こうでは、「あら、なぞかけ?」と少女が、なぜだか嬉しそうに聞き返してきていた。

 

「そうね、今は気分が良いから、ばつにするわ」

 

 少し考えた素振りを見せた後に、少女がそんな事を言う。

 驚いた。霊夢に許可を求めたら、(やっこ)さんの方から許可が下りた。

 すっくと立ち上がり、少女に手の平を向ける。射線上に霊夢たちは入っていないから大丈夫。

 

「デリート許可」

「げ、はずれくじ!?」

 

 どお、と光線を放つと、少女は避ける事もせずに光に飲まれ、煙を上げて吹雪の向こうに落ちていった。

 彼女の体から淡い光が放たれて俺の方に来て、すーっと霧散してしまったのだけど、なんだ今の。

 ……あーさぶさぶ!

 ぺたんと座り込んで、元の姿勢に戻る。寒さは戻ったけど、それでもまだきつい。

 ……三人とも、いつまで俺の事を見てるの? 先に進もうよ、早く抜けようよ、ここ。

 霊夢は肩を(すく)め、魔理沙は不思議そうな顔をして、咲夜さんはふふ、と笑いを零してから前を向き、先へと進み始めた。

 ずっと見られてると、落ち着かないから助かる。

 

 

 寒いとこ越えたよ、きゃっほい。それでも寒いけど。しかも吹雪いてるけど。

 しかし、やる事ないなー。雑魚はみんな霊夢たちがやっつけちゃうし。

 暇だな暇だなと手を合わせて親指どうしをくるくるやっていると、眼下に家が広がってきた。

 こんなところに家があったっけ、と霊夢。それより、ここには人間のような何かが棲みそうな気がするな、と魔理沙。そんなことより、ほんとにもう春なのかしら、と咲夜さん。あんたら話題を統一しろ。そんな事だから、誰と掛け合えばいいのか混乱しているような化け猫が一匹ふらふらと飛んできたじゃないか。

 あうあうと三人の顔を見回す、耳と二股の黒い尻尾を生やした少女。尻尾があっちにいったりこっちにいったり。猫かわいがりしたくなるな、なんか。

 ああもう、寒さでテンションが下がるような、上がるような。

 

「あーもう! 人間が私達の里に何の用よ!?」

 

 吹っ切れたように、猫娘。「四本足の生き物に用などないぜ」と言う魔理沙に少女が顔を向けて何やら言おうとすると、「こんな日はね、猫は炬燵で丸くなるものよ」と咲夜さんが言い、少女は慌てて咲夜さんに何かを言おうとして、今度は霊夢が「迷い家かしら。たしかここの物を持ち帰ると幸運になるって」と言い、少女はとうとう頭を抱えてしまった。もう許してやれよ。

 ぷしゅう、と音がして、少女から札のようなものがはがれ、ぽふんと煙に包まれたかと思えば、黒猫が地面へと落ちていった。

 ついでのようにまたまた光がこっちにきたんだけど、また消えた。

 

 なんだったんだ、一体。

 

 

 あっちだこっちだ、いいやそっちだと三人が話し合いながら進んだ結果、程なくして辺りが霧に包まれ、すぐ後には眼下に森が広がっていた。さすがだね、スピード解決だ。もう夜だけど。

 おお、魔法の森だ、と魔理沙。

 おお、ほんとに迷い家だった。略奪しといて正解ね、と霊夢。

 咲夜さんはちらりとこちらを見て、それから、なんだか無駄に時間を過ごしているような、と言った。

 奇遇ね、と霊夢。お前のところのご主人様は退屈が嫌いだからな、と、目を細めながら魔理沙。

 ああ、確かにレミリアは退屈なのは嫌いそうだね。でも、なんで今そんな事を気にするんだろう。

 

「闇の気配を感じます」

 

 そんな事を考えていると、玄爺が唐突に(ささや)いた。びっくりさせないでよ、もう。

 

(かしま)しいと思ったら」

 

 遠くの方から声がして、みれば、なんだか見覚えのある女の子が。

 こんな殺伐とした夜に、殺伐とした人間がいる。大きな本を脇に抱えた少女はそう言って俺たちの前に――正確には霊夢たちの前に――やってきた。

 月の光を受けて幻想的に輝く金色の髪。スターサファイアの如き瞳に、青白い肌。人形のような端正な顔立ちだ。カチューシャのように、赤いリボンが頭に巻かれている。

 服は、青色のノースリーブで、スカートは長い。魔理沙と似た肩掛けを着けていて、首には長い、赤いリボン。腰からも、膝程にまで届きそうな真っ赤なリボン。それから、上品そうなブーツ。

 ああ、アリスね。有名なキャラクターだし、覚えていたよ。こうして見ると、喋っているのが不思議なくらいお人形のような少女だ。

 上から下まで眺め回して、ようやっと正体がわかった俺は、乗り出していた身を戻して霊夢たちを眺める事にした。今度もどうせ、何もしない間に終わるでしょう。

 この感じがいいんじゃないかと魔理沙が言うのに、野蛮な野魔法使いね、と手を振って返すアリス。猫よりは会話が上手いんじゃないかな、と(ひそ)かに評価してみた。

 温室魔法使いよりはよくないか、と言い返す魔理沙に、都会派なだけよと余裕たっぷりに言う様は、さすが同類か。この子も難しい話をするんだろうな。うーむ。

 で、自称都会派さん、と咲夜さんが問いかけると、アリスは顔だけ咲夜さんに向けて、悪かったわね、他に人間がいなくって、と無表情で言った。

 

「この辺で春を奪って回ってる奴を知らない?」

「んー? 大体心当たりはあるけど」

「端的に言いなさい。あんたが、関係あるのか無いのか」

 

 今の今まで俺の方を見ていた霊夢が唐突に会話に参加した。アリスはさして驚いた風も無く、それは、ほら。と静かに言った。

 

「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった」

「どうでも良くない」

「倒して知れって事だな」

「あんたはやっぱり野良ね」

「自由で気が楽だぜ」

 

 魔理沙が胸を張って言うのに、アリスはやれやれとでも言いたげに肩を竦め、霊夢に目を向けた。

 

「しばらくぶりね」

「さっき遭ったばかりのような」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「なんだ、知り合いだったのか?」

「どうだったっけ」

「私のこと覚えてないの? ……まあ、いいけどね」

「で、関係あるのか、関係ないのか」

「んー、どっちかというと、無いかな」

「じゃ」

「さいなら」

「ごきげんよう」

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

 おお、お(いとま)三姉妹。関係ないとわかった途端に先を行こうとするとか。いや、別にいいけどね? 神社を出てから結構時間も経ってるし、実はお腹も空いてきてるから、早く帰れるのならそれで。

 でも俺を置いて行こうとするのはやめてね。……ん? いや、動けよ玄爺。

 

「折角旧友とであったというのに、手土産はあんたの命だけかい?」

「誰があんたみたいな七色魔法莫迦と旧友なのよ」

 

 霊夢のつれない答えに、アリスは腕を組み、所詮、巫女は二色と言い放った。

 

「その力は、私の二割八分の……は?」

 

 ん?

 演劇の台本を読み上げる途中で内容がわからなくなったみたいに、アリスが言葉を止めた。なぜか、俺を見て。

 アリスの挙動を見ていた俺と、しっかりと目が合っているから、間違いなく俺を見ているのはわかるけど。しかし、それで言葉を止める理由がわからない。

 

「……あ、ごめんなさい? 人違い……あれ、でも、あなたも……あれ??」

 

 霊夢と俺を交互に見て、それから目をつぶり、こめかみに指を置いて考え事をするように顔を落とした。

 五秒もせずに顔を上げ、こほんとわざとらしく咳払いをする。

 

「久しぶりね」

 

 ああ、やり直すんだ、それ。

 しかし、久しぶり? どこかで会った事あったっけ? いや、記憶に無いな、完全に。霊夢にもしばらくぶりとか言ってたし、なんだろう、巫女と顔見知りとか。……先代?

 こつんと玄爺の頭を爪先で小突き、霊夢たちの後ろまで移動してもらう。

 知り合い、なのか? と魔理沙が聞いてきたけど、うーん、俺にはこの子と会った記憶は無いな。一方的に知ってはいるけども。

 うん? 霊夢も魔理沙も、何をそんなに動揺してるんだ。俺に知り合いがいるっぽいから? 失礼だな、確かに少ないし、アリスとは知り合いではないけどさ。

 立ち上がり、フランがやっていたようにお辞儀をする。

 見も知らぬ貴女がこの私をご存知とは、光栄極まりないですわ。

 なんてね。

 

「お喋りはしなくなったのね。でも、その自信満々な顔は変わってないわ」

 

 おや、本当に知っているかのような口振り。それとも、その言葉も何かの例えか? それとも皮肉か何か?

 うむむ、と考えつつ自然体で立ち、ふと霊夢を見る。なんだかとても複雑そうな顔をしているが、そこから何かを読み取るなんて芸当は残念ながら俺にはできなかった。

 ……そう言えば、よく見なくとも金髪だけど、彼女はサイヤ人って感じじゃないな。それを言うなら他の子たちもそうなんだけど、そうじゃなくて。

 彼女には、なんというか、そう言うのは憚られるような気がして。

 

「下がってなさい。アリスとは私がやるわ」

「って、なによ。覚えてるんじゃな……い……え? あ、あなたも?」

「ちょっと待て、そいつは私がやるぜ」

「そうね、あなたは気持ちを静めるのが先よ。さ、下がりましょう」

「お、譲ってくれるのか」

「無駄な争いはしない主義よ」

 

 霊夢が腕を出して押し下げてきたので、落ちては堪らないと玄爺に下がってもらおうとしたら、話の流れから霊夢と咲夜さんも一緒に下がる事になった。

 

「関係があるにしても無いにしても、頭の中は春でいっぱいみたいだな」

「私も、あんたの頭の春を頂こうかしら」

 

 スペルカードを取り出す二人を眺めていると、不意に衝撃的な事実に気付いてしまった。

 魔法使い同士の弾幕ごっこ(決闘)……!!

 これは、伝えなければならん。絶対に、と意を決して、口を開く。

 

「お辞儀をするのだ」

 

 思ったより響いた声に、ぴたりと二人の動きが止まった。

 それからゆっくりとこちらを見るので、見返してやると、二人で顔を見合わせて、これまたゆっくりとお辞儀をした。

 うむ、それで良い……と、思う。

 魔法使い同士の決闘ではお辞儀しないと怖い人が来るんだって覚えておいて良かった。きっと、俺の手には負えないだろうし。

 今度魔理沙にしっかり言い聞かせておかないと。

 

 弾幕ごっこが、始まった。

 『七色魔法莫迦』と言われただけあって、アリスの放つ弾幕は色に富んでいて綺麗だった。

 見惚れていれば、ねえ、と霊夢が話し掛けてくる。なんですかと見返せば、アリスの事を知っているかときた。

 知ってるよ。知らない方がおかしい。だって、さっき会ったばかりなのだから。

 そんなすぐには忘れないさと頷いてやれば、霊夢と、ついでに咲夜さんまで深刻そうな顔。

 俺が知ってると何か不都合があったのかな。そこら辺は流石に想像する事もできない。

 ……あ、そういえば、『博麗靈夢』って、『アリス』と面識があるんじゃなかったっけか。俺にも靈夢にもそんな記憶は無いが、現実にアリスは知り合いかのような口振りだったし。

 その事について霊夢たちは聞いてきたのかな。でも、昔の事なんて知らないはずだし……いや、霊夢には昔の記憶があるんだっけ?

 わからん。昔、霊夢の過去についてそれとなく聞いた事はあったけど、旧作の出来事はなかったようだし。

 

 暫く考えていたが、やがて考えても混乱するだけだと割り切って、弾幕ごっこを観戦する事にした。

 難しい事を無理に考える必要はないよな。興味も薄いし、わからなくても問題ないし。

 

 

 

 横向きに上がる弾幕の花火を眺め、それにしても綺麗だ、と、呟いた。

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