『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第十四話 役割

 魔理沙に倒されたアリスが「桜の花びらはどこから落ちてきているか」と言った事から、俺たちは風上を目指して雲の上まで行く事になった。

 雲の上は、下と違い、雪の代わりに桜が吹雪いていた。しかも、春のように暖かい。

 ……暖かいのは歓迎だし、桜も見ていて綺麗だから良いけど、その中に混ざっている春の力の塊が近くを通る度に俺に向かって飛んで来て、ぶつかると思った瞬間に溶けて消える。心臓に悪いからやめて欲しい。

 膝に乗った桜の花びらを摘まんではぽい、としていると、それにしても、と霊夢が言った。

 あの結界の先には何が隠してあるんだろうな、と魔理沙。上空の方が暖かいなんて、と咲夜さん。

 霊夢の台詞に繋げて言ったつもりらしいが、そのどちらも霊夢の言いたい事ではなかったらしく、二人が黙った後に「雲の上まで桜が散っているのは何故かしらね」と呟いた。

 うーむ、それはわからないな。桜の花びらの落ちるスピードなら知ってるんだけど。秒速五センチメートルだって。

 この先に桜の木があるんだろうな。そう魔理沙が言うと、それもとびっきり大きなのがね、と咲夜さんが言った。

 いつも思うのだけど、どうしてそう瞬間瞬間に上手い事を、というか言葉を返せるのだろうか。俺も心の中で練習しようかな。しても言う機会がなさそうだけど。

 桜の花びらを見つめて考え込んでいると、どやどやと騒がしく三人の少女が進行方向に現われた。

 文字通り、空間の中からすぅっと、まるで幽霊のように。

 事実、感じる力は幽霊のもの。だが、とても強い。ただの幽霊ではないとわかった。

 ま、わかったからって俺の出る幕はなさそうだ。あちらさんは三人、こっちも三人。仲良く会話しちゃってまあ。俺は除け者ってわけね、寂しい。あの金髪の女の子に八つ当たりしてあげようかしら。

 いけ玄爺! あの騒がしいのに大人しそうな女の子をさらうぞ! そして、サイヤ人として覚醒させてやるのだ!

 ……はー、(むな)しい。

 やる事がないので、霊夢たちの会話に心の中だけで参加する事にした。中々楽しい。

 で、話の流れから彼女らは騒霊の三姉妹だと言うことがわかり、更にその末の少女は魔理沙の友人である事が判明した。道理で、仲が良いわけだ。

 咲夜さんは自分が宴会のおつまみにされると聞いて私につとまるかしらと張り切っていた。そういうところで張り切っちゃいけないと思うんだけど。止めるべきかな、それ食べられるんだよって。

 霊夢は霊夢でお花見がしたいと暢気な事を言っている。え、俺もしたいんだけど。頑張れ霊夢、お花見をする権利を勝ち取るのだ。

 心の中でわいわいと応援していると、緑の髪の女性と目が合った。にっこりと笑って会釈してきたので、軽く頭を下げて返す。

 頭を上げた時には、女性の姿は消えていた。亡霊だったのかな? 珍しくもない。

 そうこうしている内に、三対三の弾幕ごっこが始まった。退散退散~。

 

 

 弾幕を避けまくっていると(玄爺が)、進行方向にあった大きな扉の上の結界が薄い事に気がついた。

 玄爺を誘導してそこを突っ切れば、進入する事ができてしまった。

 俺はまた、結界に弾かれるかもと思っていたのだが、杞憂だったようだ。

 上へ続く長い階段を飛行させる事三時間。あなた人間ね、という声にびっくりして、大慌てで顔を上げ、袖でよだれを拭った。

 前方やや上に、大きな門。その前には、なんとまあちまっこい少女がいるじゃないか。

 銀髪のショートボブに、黒いリボン。青い瞳に幼い顔立ち。全体的に緑色の洋服と、長短二本の刀。これだけ特徴を捉えればそれが誰であるかいやでも思い出した。そして、この異変の黒幕の正体も。

 あなたの春をすべて頂くとかなんとか物騒な事を言ってすらりと長剣を抜く少女に、肩をすくめて見せる。お前の相手をしている場合ではない。たしか、この異変は放っておけば人死にが……亡霊死に? が出たはずだ。それにお前、俺と肉弾戦で戦うのなら間違いなく死ぬ。その傍らの大きな人魂を見るに半人半霊だろうし、半殺しにするだけで事足りるのだから。

 死んでる人間がもう一度死ぬと、あの世からもこの世からも消えてしまう。だから、俺に勝負を挑むのはやめよう。ね、だから、その物騒な物しまおうね? 気迫が怖いんだけど。

 弱みを見せたら切り掛かって来そうだったので、キリッ! とした顔を保ちつつリボンからカードを抜き出す。

 向こうさんが接近戦をするつもりでも、こちらからスペルカード戦を挑んでしまえば応じなくてはならないだろう。

 取り出したるは、博麗幻影のカード。カードが光となって消えれば、俺の前の階段上に、一人の少女が現われる。

 金髪。サイドテール。赤い服に綺麗な宝石の付いた羽。そう、フランドール・スカーレットだ。前に一週間の(あいだ)フランをずっと見続けて完成する事ができた分身体だ。特殊な技能も持ってるぞーうおー。

 フランの幻影が懐からカードを取り出し、それが輝いて消えるとフランの身が四つに割れた。

 フォーオブアカインド。フランのスペルカードだ。頑張って練習したんだ、えっへん。

 まあ、数が増えた分霊力も分かれて、分身一人の力は分割する前の四分の一程に落ちてしまうのだが、そこは数で押せ押せだよ。

 

「行きなさい、あなたたち」

 

 各々(おのおの)黒い棒やら爪やらを構えるフランを、驚いている妖夢にけしかける。襲え襲え。……弾幕ごっこでだよ? 分身たちは一応わかってると思うけど。

 などと思っていると、分身たちと妖夢は弾幕を使わない接近戦をやり始めてしまった。なんでそうなるの。

 でも足止めにはなるから良いか、と戦う妖夢をおいて門を飛び越えてもらう。さて、先には亡霊のお姫さまだかがいたような気が~。

 一刻も早く異変解決をするべく黒幕の姿を探すが、ここからではやはり見えない。お屋敷の入り口眺めてたってねえ。あの広大そうな庭を巡った方が早く見つけられそうだ。あっちの方からいや~な気配もするし。

 異変解決は霊夢にさせたいのが本音だけど、何かが死んじゃうくらい危険ならさっさと解決せねばいかん。霊夢が来るまでにはまだ時間がかかるだろうし、さて、庭を回るか。

 

「邪悪な力を感じます」

 

 庭に向かってー、と指示を出すと、そんな言葉が返ってきた。お、ボスかー。玄爺がこう言うって事は、大抵力の強いものが俺に近付いてきている時だ。今がその時。

 と、俺の体が光に包まれた。普段纏っている自分の霊力の光ではない、これは……春の力か!

 魂が抜け出すようにもやもやした桜色の光が胸あたりから抜けていって、空中に集まっていく。あや、綺麗だなー。

 その塊は、筋斗雲もかくやというスピードでこの世の方へと飛んで行ってしまった。

 ……わけわからん。

 もやもやを見送って、顔を前に向けると、たくさんの目玉と目が合った。百は軽く越えていそうな瞳が、一斉にぎょろぎょろとしだすのに、思わず声にならない悲鳴を上げて後ずさってしまった。

 結果、玄爺から落っこちるのだが、俺の体は地面に付くより早く『隙間』に飲み込まれていた。

 

 

 気が付けば先程までと同じ場所に立っていた。

 目の前には大きなお屋敷。左前方にお庭。盆栽や木々などが規則正しく並んでいる。奥の方に、建物の影に隠れるくらいのところに玉砂利のようなものが見える。右側は、蔵に続く道があった。後ろは大きな門。

 玄爺はどこにいったんだろう。用もなしに俺の所へ来る事はあれ、勝手にどこかへ行くなんて、今までなかったのに。

 

「はじめまして」

 

 不意に、声が響いた。前を見れば、まず紫色のドレスが目に入る。続いて、腰程までの金髪に、先の方に結ばれた赤いリボン。

 ピンクの日傘を差して、幼い容姿に妖艶な――いや、妖怪っぽい?――笑みを貼り付けて、八雲紫がそこに立っていた。

 ……小泉八雲だったっけ? 名前がよく思いだせん。有名な妖怪っぽいのに。

 しばしその顔に釘付けになって、そういや、はじめましてと言われたなと思い出し、軽く頭を下げて挨拶をする。

 声をかけてきたという事は、俺に用があるという事。なんだろう。大事な用かな。

 彼女は、俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

 

「あなたが、この世界に迷い込んだ人間ね?」

「…………」

 

 不意打ち気味のストレートな質問に、一瞬心臓を鷲掴みにされたような気分になった。ひやりと、汗が背を伝う。

 知っているのか、俺の正体を。

 八雲(この名前はあっていると思う)さんの顔から目を離さず、思考する。思い出す。

 この人は……たしか、そういった役割を持つ妖怪。……そういった能力を持つ妖怪。知っていても、おかしくはないか。

 表面上の全てを思い出した俺は、難しい事を言われなくて良かったと、まず最初に考えた。

 会話が成立するくらいの難易度で喋って欲しい。頭が追いつかないから。追いついても言葉を返せない事の方が多いのだけれども。

 なぜ? と、それだけ問うと、ほら、月が、と言われた。

 見上げれば、夜空には満月。

 

「あんなに輝いているのですもの」

 

 首を傾げる。お前さん、何を言ってるんだ。

 あ~あ、始まったよ、俺にわからない言葉で話し出すの。みんなの悪い癖だ。……ついていけない俺が悪いんだろうけどさ。せめて答えは出そうよ。満月が輝いていてどうして俺が外の世界から来た人間だってわかるのさ。

 ただからかってるだけなのかなー。

 なら、いいもん。こっちもわけわかんない事言ってやる。

 ふぅと息を吐き出し、心の準備を整える。ん、なんか知らんが今ならすらすら喋れそうな気がする。

 

「月の光は太陽光が跳ね返ったもの。その光にはブルーツ波というものが含まれる」

 

 両腕を軽く上げ、やれやれのポーズをしながら自慢げに語る。八雲さんは、理解できないと首を傾げるどころか、嬉しそうに口の端を歪めた。むむ、手強い奴め。

 

「それは満月の時のみ千七百万ゼノという数値を超える。その光を目から吸収すると尻尾に反応して、変身が始まる……」

 

 満月を指差すと、つい、と八雲さんが顔を上げて月を見上げた。つられて、月を見上げる。

だが尻尾のないお前は変身ができない。そうだろう、サイヤ人。そう言い放つと、八雲さんは顔を戻し、ぱちぱちと手を叩いた。肘まで伸びる、絹製のような長い手袋をしているというのに、ぱちぱちと、はっきりとした拍手。

 お見事ですわ、と八雲さんは笑った。

 

「尻尾が無いというのに、よく見破れますね? 博麗靈夢」

 

 ……衝撃の新事実。八雲さんは、サイヤ人だったらしい。

 がーんがーんと衝撃に身を固まらせていれば、八雲さんは今度は面白くなさそうな顔をして、私の名は八雲紫、と自己紹介をしてきた。あ、これはどうもご丁寧に。

 「私は博麗靈夢といいます」と自己紹介を返せば、溜息を吐いて、どうも、と呟くように言った。うんざりしてるみたいだけど……なんか礼儀作法に反する事でもしちゃったかな?

 これでも、一通りできているつもりなのだけど。霊夢がお作法に厳しいし。

 しかし、本物のサイヤ人ときたか……むむむ、妖力以外の力を感じないところを見ると、気の扱いは抜群に上手いようだな。生粋のサイヤ人のようにただ気を扱うだけでなく、それを増減する技術も身につけていると見える。

 こりゃあ、戦ったら勝ち目がなさそうだ。……当たり前か。

 だが、手合わせ願いたい。どうしても、本物のサイヤ人の味を知っておきたい。それは、例え死ぬにしても今後に役立つはずだ。

 むむむ、仕掛けるべきかと考えていると、急にいつもの調子に戻った感じがした。口の事だ。なんだか、もうたくさん喋れないような気がする。

 おかしいな、さっきまであんなにいけそうな感じだったのに、と腕を組んで考えていると、すっと無表情になった八雲紫が、どこから取り出したのか、閉じた扇子の先端を真っ直ぐこちらに向けてきた。

 その表情に、すわ、戦闘かと構えると、ぴくりと眉を動かしたものの、仕掛けてきたりはしなかった。代わりに、言葉。

 

「貴女は、貴女の役割(ロール)を果たしなさい。それを伝えに来ました」

 

 感情のこもっているような、しかし、台本を演じる声優のような調子で、八雲紫は言う。

 脇道にそれず直感に従う事。道を迷わず目を向ける事。かならず果たす事。

 その語り口に、そして声に圧倒されていたが、はっと気付く。

 ……だから主語ぼやかして話すのやめようよ、全く理解できないって。あんたは俺にどこを目指して欲しいんだ。あの世か?

 

「歩いてゆけば(おの)ずとわかるでしょう。道はもう(ひら)いているのだから。そして、手を触れなさい。それが貴女に課せられた役割(ロール)

 

 こくりと、頷いた。

 いや、これっぽちも理解はしてないけど。してますよ~ってアピールをしておこうと思って。

 俺にだって自尊心はある。馬鹿だと思われたくないのだ。見栄を張っているとも言うけど。

 八雲紫の背後にぴしりと亀裂が走り、隙間が開いた。お別れか。唐突に始まり唐突に終わるんだな。

 ここはわかれの挨拶でもしてさらにアピールを、と頭を下げようとした瞬間、世界がばらばらと剥がれ落ちた。大きな屋敷も広大そうな庭も、地面さえもが濃い紫と黒の混ぜ合わさった模様に塗り潰されてしまっている。

 

「全ての異変を『貴女』が解決しなさい。そして、終わらせなさい」

 

 流石に呆然としていると、そんな事を色の無い声で言われた。言い終わった次の瞬間には、嘘のように景色が戻っている。

 辺りを見回していると、それでは、ごきげんようと笑顔で手を振って、八雲紫は隙間の中へ消えていった。

 と同時、ふっと重心がずれて、思わず座り込む。あれ、玄爺?

 俺の下には、甲羅があった。という事はその下には本体があるわけであって。

 庭の方へ飛んでいく玄爺に、ねえ、今……と問いかけようとして、やめる。

 なんか、聞いても呆けられそうだ。きっと不思議空間にでも連れて行かれていたのだろう。

 ひょう、と、耳元を風が切り裂いていった。

 右前方に、地を削りながら進み、止まったのは……九尾の妖怪?

 目が合うと、「終わったか」と呟いて、隙間を開いてその中に飛び込んでいった。

 流行ってるのかな、隙間。と呆けていると、俺を呼ぶ声が三つ。振り返ればあの三人だ。

 かっ飛んできた霊夢に勝手に進むなと怒られ、魔理沙にはおいて行くなんて酷いぜと言われ、咲夜さんには顔色が悪いけど大丈夫なの? と心配された。咲夜さん……!

 

「で、あんにゃろーはどこ行きやがった?」

「まったく見当たらないわね。獣臭さは残ってるんだけど……」

「ねえ、あなたは狐が来るのを見なかった?」

 

 何やら霊夢たちが怒りのまま言い、咲夜さんが問いかけてきた。狐の妖怪なら、さっき見たね。

 見たよ、と頷くと、そう、ならいいわ、と切り上げられる。あれ、意思の疎通ができてない。

 追いかけるぞいや戻るわよと言い合う霊夢と魔理沙を尻目に、咲夜さんは先へと飛んでいってしまう。

 むむむ、どうしよう。霊夢の後ろにくっついておかなきゃまた怒られるだろうけど、八雲さんには異変解決しろーって言われちゃったし。

 うーむと唸ると、天に影。落ちてきたそいつは、ずだんと音をたてて咲夜さんの前に降り立った。

 妖夢か。すでに刀を抜いている臨戦態勢だ。……ああいや、俺の分身体をやっつけてきたから刀を抜いたままなだけなのかな?

 服の端が切れていたり、左足に血が流れていたりするけど、大丈夫なのだろうか。やったのはたぶん俺だが。

 またお邪魔虫、と咲夜さん。またあいつか、と魔理沙。なんだ、一応戦ってはいたんだ。

 妖夢は、目の前にいる咲夜さんには目もくれず、一直線に俺を睨みつけていた。さっきはよくもだとかなんとか言ってる。記憶に無いなー、ははは。

 

「もう一押しで西行妖も満開だ! お前たちのなけなしの春、頂くぞ!!」

 

 クラウチングスタートのような格好で刀を構え、今にも突進してきそうな妖夢を迎え撃つために玄爺から飛び降りる。

 ……あ、やっぱり迎え撃つのはなしで。ここは三人に任せ、俺はさっさとお姫様をぶっ飛ばしに向かおう。その方が早い。

 リボンからカードを引き抜き、使うと同時に駆け出す。妖夢も突進してきた。そのスピードは俺とは段違いだ。初速で俺の最高速を越えている。しかも、五歩もせず距離を詰めるか。

 天から降ってきた黒棒――フランが言うには時を刻む棒と書いて『(こく)棒』らしい――を掴み取り、振られた刀に打ち付ける。霊力の限り強引に打ち付けたが、棒を削ぐように刀を滑らせて抜けられた。おお危ない、斬られるところだったな。

 だが抜けてくれて助かった、位置が入れ替わったぞ。……それじゃあ、さいなら!!

 ばっと妖夢に背を向け、全速力で走り出す。待て! と引き止める声が妖夢を含め三つ程聞こえてきたけど、今は無視するしかない。

 後ろで金属音がした事を考えると、恐らく咲夜さんが足止めをしてくれているんだろう。助かるよ。でもあなたたちは弾幕ごっこをしなさい、俺じゃあないんだから。

 

 

 すたこらさっさと走る事数分。この庭広い。もうばてそうなんだけど、と弱音を吐きそうになっている頃に、その桜の木と、その前に立つ女性の後姿を見つけた。

 なんちゅー桜だ、幹は完全に死んでいるのに、桜は殆どの蕾を開いて輝いていやがる。しかも、木全体に色濃い死の気配が纏わり付いていた。

 ……死の気配なんて大層なものかはほんとはわかんないけど、とにかく死の気配なの!

 邪悪な気……玄爺が言うところの『闇の気配』って奴も、目に見えて木に巻き付いている。

 近付くと、正気を削り取られていくような感覚に陥った。ほっぺ抓ってたら意外と耐えられたけど。

 青い衣がふわりと膨らんで、ふとして、彼女が振り返ったのだとわかった。

 淡い光に照らされて、かげができた顔でも、死人のような青白さは目を引いた。だが、それを差し引いてもありあまる美しさは、まさにこの世のものではないのだろう。あんな感じの美人にゃあお近づきにはなりたくないなぁ。

 暢気な事を考えつつ、彼女の十歩程前まで歩いていく。その間、彼女はこちらを見続けていた。首がすこし傾いていて、それがまた、幻想的だと思えた。

 

「来ることは、わかっていたわ」

 

 見た目とは裏腹に、軽快な声音。さらには、ふふっと笑う始末。一枚の絵に描かれたかのような彼女は、その無邪気そうな笑顔で一目見た印象を壊して見せた。

 くるりと体ごとこちらに向けると、衣と振袖がふわりと舞う。桜の花びらの舞う中に見る彼女の桜色の髪は、俺が桜に対する気持ちと同じ気持ちを彼女に(いだ)かせた。

 血色の瞳が、俺を見透かす。……楽しげに細まる目からは、遊びに来た友人をもてなそうとするような軽やかな気持ちしか読み取れなかった。

 桜が吹雪く。なびく髪を手で押さえていると、彼女は妖怪桜を見上げた。

 一転して憂いを帯びた表情に、見惚れる。

 

「この桜の下には何かが封印されているの」

 

 私は、それが見たい。何かを知りたい。

 ざあ、と桜が散る。春が足りないわ、と彼女が囁いた。

 こちらを見て、それから、手を差し出してくる。

 

「貴女の春を頂けないかしら」

 

 目をつぶって、首を振った。

 それはできない。そんな事をしてはならない。

 ……? うん、俺は異変を解決するためにここに来たんだから、春を渡すわけにはいかないよね。

 そーだそーだ、そいで、異変を起こしたお前を懲らしめる。そして、宴会へと(いざな)ってやる。

 そうね、まずは自己紹介ね、と、彼女は見当外れの事を言い、しかし実際に自己紹介をしてきた。

 

「私は西行寺幽々子。もう何年もこの白玉楼の主をやっているわ。どうして亡霊になってしまったのかも忘れてしまうくらいに永く……」

 

 微笑みが、どうしようもなく儚いものに見えて、だけど、こちらも挨拶を返す。

 博麗靈夢です。まだ数年ですが博麗の巫女をやっています。どうしてここ(幻想郷)にいるのかも忘れるぐらいには短く。

 そう言ってぺこりと頭を下げれば、あはは、まねっこ! あなたって、面白い人ね、靈夢。と、お腹を抱えて笑った。

 わからない人だ。真意がわからない。ただ一つ言った、「封印を解きたい」という言葉は、嘘ではないにしろ本当ではない気がするし、彼女の考えている事がわからない。

 まあ、それが当たり前のことなんだけども。(さと)り妖怪じゃあるまいし。

 

「あー、おかしい。ふふ、今日は良い友人を持てて、良き日になりそうだわ!」

 

 それだけに、殺すのは惜しいわ。

 ひとしきり笑った彼女は、そう言って、俺に手を向けた。

その手を自分の胸の方へとゆっくりと引き寄せると……引き寄せると? 引き、あれ、何にも見えなく……。

 ぷっつりと、思考が途切れた。

 

 彼女が、笑っていた、ような気がした。

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