『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第十五話 八分咲きのその先へ

 倒れてはいけません。さあ、立って。動き続けなさい。進むのです。役割(ロール)を果たすその瞬間(とき)まで。

 

 

 雑音の中に混じるように、少女の慟哭が聞こえた。

 

 哀しい声だ。

 散りゆく桜の花弁のように。

 枯れゆく桜の木枝のように。

 終わりに直面して、同じ終わりを望む声。

 

 桜の木の下で赤い花が咲き、桜の花は全て落ちた。

 

 その桜は時を越え、今また満開になろうとしていた。

 

 

 立ち上がって、ふわあと大きくあくびをする。

 手の甲で目を擦りながら周囲を見回すと、そこは妖怪桜の真ん前だった。横にいた玄爺が俺を見て、それから、何も言わずに妖怪桜を見上げる。

 ……この桜なんかぴかぴか光ってるんだけど。あれ、というか眠る前に見た時よりもさらに蕾が開いているような……? って、異変の首謀者を前に眠るなんて、いくらなんでもありえないぞ。霊夢じゃあるまいし。

 

 風を切る音と爆発音に後ろの空を振り仰げば、そこにはとっても綺麗な弾幕があった。桜色の光と赤青黄色の光弾が入り乱れ、芸術的な光景を作り上げていた。

 俺から見て右に大きな扇を背負った幽々子が浮かんでいて、左に霊夢が飛んでいる。あの物量で被弾しないってのは、普通に凄いな。でもなんだかその顔には余裕が無いように見えた。

 で、弾幕の下には敗者が二人。魔理沙と咲夜さんがどちらも仰向けで倒れているのだけど、死んでいやしないだろうね。近付いていって口元に手をやれば、息はしているようだ。眠っているのか気絶しているのかはわからない。戦場で眠るほど彼女たちは馬鹿ではないが、戦場で眠れる程彼女たちは図太いし。

 でも服がぼろぼろになってるし、きっと被弾して落ちたんだろうね。頭を打ったりはしなかったのかな。

 一応こぶがあるかを確認しておいたが、二人とも弾幕が当たったところ以外に身を打ったような痕は無かった。

 妖怪桜からできるだけ二人を引き離して寝かせ、玄爺に弾幕が飛んできたら身を挺して庇うようにと告げて、空を見る。もう少しで終わるかなあ。早く帰りたい。お腹空いてるし。……ん、あれ。空いてないな。

 お腹を擦って首を傾げていると、目の前にぼとっと霊夢が落ちてきた。

 ………………ん? んんん!?

 あまりの事態に一瞬脳が理解する事を拒んでしまった。あれ、霊夢が落ちてきたって事は……終了のお知らせ?

 う、と呻いて、そのまま気絶してしまった霊夢に、弾幕の雨が降り注いだ。急いで目の前に立ち、横一面を霊力を込めた手を振るって薙ぎ払う。

 吹き荒れた風に桜の木々が揺れ、花が舞った。だがあの妖怪桜はびくともしていない。霊夢の体からもやが抜け出ていったかと思うと、妖怪桜に纏わり付いた光の中へと消えていった。一層光を増し、花を咲かせる西行妖。

 俺には何分咲きか、というのはわからないが、あれはもう満開直前なんじゃないか? いや、そうだろうな。もう満開まで然程時間はかからないと見える。

 なんで負けちゃうんだばかばかと心にも無い事を口にしつつ、しつこい弾幕を気合砲で払い、霊夢を魔理沙たちのもとへと運ぶ。玄爺に二度目の言いつけをして、幽々子を見上げた。

 目をつぶって腕を広げ、光を広げる幽々子。自我を失っているのかと思えば、俺が地上から動かないと見ると扇ごとゆっくりとおりてきた。頭上くらいの高さで浮遊し、再び弾幕を放ってくる。

 その位置だとみんなに当たるって言うのに、そんな事もわからんのか!

 ぶんと腕を振り、気合砲で弾幕を消し飛ばす。ボムというわけでもないしルール違反なのだが、向こうも弾幕ごっこに破れた者に、しかも気を失っている人間に追撃を仕掛けるルール破りさんだ。問題ないだろう。

 

「……幽々子!」

 

 自我があるならばと名を呼んでみたが、返ってきたのは弾幕の嵐だった。

 光る蝶が視界一杯に広がり、必死に避け、払い、反撃と霊力弾を放つが、通用しないどころか避けた先からレーザーが飛んでくる。

 地面を転がって避け、蝶を避け、レーザーを避ける。さっきよりも弾幕の移行の間隔が短くなってる。そう思って足を速めてみれば、今度は間隔があき、レーザーが来ると思った時にも来なかった。レーザーが来る場所は一秒程前に空間が開くから、そこから離れるために飛び退くのだが、それがなかったために蝶を模した弾幕にぶつかりそうになって体をひねった。

 地を転がって下がり、目前の弾幕を腕を振って消し去って、舌打ちをする。弾幕が濃すぎる。

 俺が放てる霊力弾の種類は少ない。溜めて大きな物を撃つか、瞬時に小さなものを撃つか、細かくばら撒くか。

 溜める程の時間は無く、小さなものでは届く前に弾幕の中に(つい)え、細かいものならなおさらだ。

 ならばお得意の接近戦だ、ひっぱたいて目を覚まさせてやる! と意気込むも、光の壁に後退するばかりで近付く事なんてとてもじゃないができやしない。

 どうしよう、もう満開は目前だ。満開になるとどうなる!? たしか、たしか幽々子が消滅してしまうんじゃなかったか!?

 焦りだけが、胸に(つの)る。

 それは、だめだ。それはいやだ。後味が悪いじゃないか。俺を『良き友人』だなんて言った人が、そのそばから消えてしまうなんて。

 何かの例えだったりしたのかもしれないけど、友人と呼ばれた以上、もはや俺にとって幽々子は友人だ。なら、『良き友人』らしく、消滅を防いでやりたい。

 だがその(すべ)が無い。俺じゃあ、声も弾幕も、この拳さえも幽々子には届かない。

 思考に、動きが鈍った。周りからざっと弾幕が消え、一瞬遅れて目前にレーザーが迫った。

 思わず腕で顔を庇う。しかし、思ったような衝撃は来なかった。……なに? 霊夢、なの、この霊力は……?

 腕をのけ、前に浮かぶものに目を向ける。二色で分かれた、特徴的な配色。

 陰陽玉だ。

 とりあえず蹴っ飛ばしておいた。

 すると、陰陽玉は霊力を纏い、物凄い勢いで弾幕の中に突っ込んでいった。勢いを殺されながらも光弾を掻き消しつつ、活き活きとして進む。

 足に懐かしい感触を感じていれば、陰陽玉は重力に引っ張られたかのように失速して。ユーターンして戻ってきた。

 戻ってくる軌道を予測し、弾を避けながら移動して、幽々子へと蹴り飛ばす。今度は推進力を失わないように霊力弾を放ち、陰陽玉に当てて進ませた。

 俺の放つ弾幕の内、半分が外れ、そのまた半分が桜色の光の中に消え、その半分がまたはずれ。極僅かが陰陽玉に当たり、ちょびっとだけ軌道を変えさせ、ほんの僅かだけ先に進ませる。

 戻ってきた陰陽玉に走りこむ。間に合いそうに無いならば、足を伸ばして滑り込めばいい。直前で地面を打ち、跳び上がって陰陽弾を蹴る。

 今度こそ進んだ陰陽玉が、幽々子の背後の巨大な扇にぶち当たった。

 扇が虚像のようにぐらぐらと揺れるとあれだけ激しかった弾幕がぴたりと止む。

 あの扇子、力の塊みたいなもんだな。あれを攻撃し続ければ……止められるか?

 とにかく、止まっている今がチャンスと陰陽玉に足を叩きつけようとして、止まる。幽々子がゆっくりとだが目を開いていた。

 

「貴女は……眠らないのね」

 

 ぼーっと色の無い目で、だけどしっかりと俺を見て、幽々子は囁いた。

 眠らない? …………いや、眠るけど。

 頭をひねって出した回答が、それだった。何かの例えとはちょっと思えないので、ストレートな質問だと捉えたのだ。恐ろしく今この場に不似合いな質問だが。

 ……ああ、そういえば。さっき、殺すには惜しいとかなんとかいいながら不思議な術で俺を眠らせたな。霊夢たちが来て戦っていた時、俺は確実に眠ってたと思うんだけど。

 何を指して、眠らないのねと言ったのだろうか。

 考える間も殆ど無く、幽々子は続けた。

 

「私も、眠らない。永遠に。……貴女と同じね」

 

 最初に向かい合った時と変わらず魅力的でふくよかなはずなのに、どこかやつれていて、か細く見えた。

 なるほど、不眠症か、とあたりをつける。そりゃあ辛いだろう。やつれて見えもするだろう。永遠に眠れないなんて、辛いにも程がある。徹夜明けの辛さは、俺も知っているからね。でも俺は不眠症じゃないんだ。もしかして、幽々子はそれを相談できると思って俺を『良き友人』と呼んだのか? だとしたら……その、困る。

 

「終わりの無い死……終われない、死。それは、いいの。それは、いいのよ」

 

 ぽつりぽつりと、幽々子は語る。長い長い、ただ死んでいるだけの日々を、苦痛だと感じた事は無い、と。楽しむ事は溢れる程にあり、またそれは日毎に増えていく。永遠に退屈が続く事は無いのだ、と。

 ただ、と、幽々子の瞳が揺れ動いた。

 

「ただ、時々不安になるのよ。このままの私はどこへいくのか。……いえ、ここから動けないのはわかっているわ。でも、だからこそ……」

 

 わからない、と彼女は言った。緩く首を振って、瞳を潤ませて。

 なんて言えば良いのかわからなかった。彼女は、遙か昔から生きてきた……いや、死んできた亡霊だ。たった二十数年生きただけの自分には、彼女に答える言葉を持ち合わせていなかった。

 そんな、急に……不眠症の話題から、何だか重そうな話に移行されても。それこそ、俺、困っちゃうんだけど。

 みんなみたいに上手い事は言えないし、考えるのには時間がかかるし。無責任な事も言っちゃうかもしれないし、言ったら言ったで声は(かす)れたりするし。

 ……それでも?

 

「……貴女は。……貴女は、わかってくれるの? わかちあってくれるの?」

 

 それでも、あなたはそう言うか。この俺に、救いを求めるか。

 首を振る。残念だけど、わかりあえない。わかちあうことはできない。

 そう、と、彼女は残念そうに呟いた。

 

「なら、終わりにしましょう、(ふる)き永き巫女よ。どちらかが、本当の終わりを迎える……。いえ、迎えるのは……貴女ではない」

 

 感極まったのか、その頬には涙が伝っていた。彼女はそれを指ですくうと、なんでかしら、と呟いた。

 

「とても懐かしい。貴女を見ていると、忘れたはずの昔を思い出しているような気がするの。思い出に、触れているみたいに……」

 

 でも、古い思い出って痛いのね、と両方の手で首筋を押さえる彼女に、もう一度首を振ってみせる。

 しずくを指先に乗せたまま、彼女は不思議そうに俺を見た。

 

「ただ何も無く、わかりあうことはできません。ですが、『良き友人』として……わかちあうことはできます」

 

 それまでの表情が嘘のようにきょとんと間の抜けた顔をして、次には笑っていた。あはは、会話がずれてるわ、と、涙を流しながら、笑う。

 仕方ないでしょ、言うタイミング逃しちゃったんだから。喋れないのにもったいぶったやり方するんじゃなかった。俺の馬鹿。

 幽々子は、笑う中で袖の中から扇子を取り出し、ぱっと開いて見せた。すると、背後の扇がしっかりとしたものになり、力を放ち始めた。

 口元を押さえて、おかしそうに言う。

 

「ここまできたんだもの。せっかくだから封印を解こうとは思うけど……貴女との勝負も、楽しませてもらうとするわ」

 

 もう一方の手にも、袖から取り出した扇子を持ち両方をぱっと開く。凄まじい妖気だ。

 ぶわ、と風が襲い掛かってきた。ばたばたと袖がはためき、髪がなびく。桜の花弁が邪魔で、霊力を纏い触れないようにする。

 

「さあ、終わりましょう!」

 

 青い蝶が、視界を埋め尽くした。

 

 

 玉砂利の上を転がって避けると、追って赤い大玉が放たれ、砂利を撒き散らしていった。跳び退ってレーザーを避け、ボム代わりに気合砲を放って道を開き、屋敷の屋根の上に飛び乗って走り出す。

 幽々子の後ろの扇にぶつかって戻ってきた陰陽玉を蹴り上げ、飛び上がって幽々子目掛けて蹴り出す。

 上手い具合に弾幕の隙間を抜けていった陰陽玉は、所々が割れて崩れたボロボロの扇の一部分を破壊し、弾幕に阻まれながらも、移動する俺の下に戻ってくる。

 蹴り返そうと立ち止まろうとして、避けきれない弾幕に屋根の上から飛び降り、着地と同時に前転して再び走り出した。

 背後の地面が爆ぜて土が飛び散り背中に当たるが、気にして入られない。進行方向の弾幕が薄い事に気が付いて、勢いを殺す事無くバック転を数回して下がると、進もうとしていた場所をレーザーが通っていった。う、無茶な動きをしたせいで腕と足を痛めたかも。

 早いとこ勝負を決めようと飛んできた陰陽玉を蹴り飛ばすと、足が痛んだために勢いが無く、そのせいで弾幕の半ばまで進むだけで止まり、あまつさえレーザーに弾かれて上空へ飛ばされてしまった。

 この身を飲み込もうと迫る光線を、咄嗟に飛び上がって避ける。勢いが足りない、これじゃあすぐに落ちる!

 ばっと地面に手を向け、瞬間で出せる最大の力で光線を放ち、その勢いで上空へ上がる。

 こ、これ、ちょっとバランス乱したら変な方向に吹っ飛んじゃいそう!

 なんとか陰陽玉のある高さまで達して光線の放出を止め、今度こそ幽々子の後ろ目掛けて思い切り蹴り飛ばす。

 彼女はすぐさま上空の俺に向けて弾幕を放ち始めたのだが、それがすぐに薄くなった。どすんと着地し、薄いながらも飛んでくる蝶を避け、彼女に顔を向ける。

 何かに苦しんでいる? 顔を歪め、首筋を押さえて。

 

 わかっていて、進むの?

 顔を落としたまま、彼女はそう問いかけてきた。進む? それは、もちろん。前に進まねば届かないものがある。そう呟いて返せば、消え入るような声で、そう、と呟いた。

 一拍おいて、彼女に向かって走り出し、俺目掛けて放たれた細いレーザーを腕で弾き飛ばして彼女に迫れば、びくんと肩を跳ね上げて、勢い良く手に持った扇子を突き出してきた。

 突き出された腕を片腕で外側に押しのけ、懐に入り込むと同時に突き出されていた腕を掴み、胸倉に手を伸ばすと、よろめくように下がって避けられた。

 距離が開いたところで、掴んでいる方とは反対の扇子を突き出してくるのに伸ばしていた手を戻し、手首をひねり上げて扇子を落とさせる。

 両腕を掴んだまま強引に前に進めば、合わせて彼女も後退し、西行妖に背をぶつけて止まった。

 見開いた目と見つめ合う。彼女は、何かに怯えているようだった。

 手を払われ、絡みつくように腕をとられる。強引に抜こうとすれば世界が回転し、地面に激突していた。

 打ち付けた頬に手を当てながらすぐさま立ち上がり、彼女の動きを注意深く見る。今のは……今のは、なに?

 近くにいる彼女に呼応するように、西行妖の妖気が膨れ上がり、桜の花はより一層妖しく光る。

 もう一方の扇子を奪おうと手を伸ばすと、たん、と手の平を打ち付けられて下に払われた。咄嗟に拳を握りこみ、霊力で強化して勢いを増した突きを繰り出すと、腕を掴まれ、ぐいと引かれた。

 自分の力に引っ張られるように前に傾けば、吸い込まれるように彼女の膝が俺の鳩尾を叩き、次にはぐるんと視界が回転して幹に叩きつけられ、地面に落ちた。

 ぐわんぐわんと頭の中に痛みが反響する。

 幹を頼りになんとか立ち上がれば、彼女は俺を投げた体勢のまま肩を上下させていた。

 ……口の中、切った。鼻の奥が鉄臭い。

 口元を拭うと、口の端が痛んだ。ちらりと見れば、袖には血と土がこびりついている。どうりで、口の中がじゃりじゃりいうわけだ。

 背を打ちつけたために乱れた呼吸を、彼女の呼吸に合わせることによって一定までに静ませる。

 動き回ったために噴き出した汗とは違う、痛みと緊張からくる嫌な汗が、服の中にむわりとした空気を作った。

 俺の胸が呼吸に合わせて動くたび、首もとから熱気が上がって顔にかかった。

 

 弾幕ばかりが脳だと思っていたけど、彼女は武術の腕も相当なものだ。力を受け流し利用する技術……剣術指南役だかなんだかの魂魄妖夢には、とてもじゃないが教えられるとは思えない。

 誰から教わった。誰だ。聞きたい。それは、もしかして。

 取り留めの無い言葉が浮かんでは消え、彼女の動きだけが、俺の目に見えていた。

 汗で張り付いた前髪をどうすることも無く、苦しげに息を吐く彼女。内出血か、両方の首筋に青い線が二本浮かんでいた。

 手を出さずに様子を見ていれば、扇子を取り落とし、二歩三歩と後方によろめいて下がり、ついには膝をついた。

 つう、と、彼女の口の端から血が流れる。

 驚いて構えを解けば、彼女は俺を見上げて微笑み、震える唇を僅かに動かして……姿を、消した。

 同時に背後から妖気が溢れ、背中を押されて体を折る。吹き飛ばされないように踏ん張っていると、前へ伸びた髪が顔にかかった。

 彼女の消えた場所を、数秒の間見つめる。彼女は、最後になんて言った?

 『ありがとう』と言ったようにも思えた。『たのんだわ』と託されたような気もした。『うれしい』とだけ笑ったようにも見えた。

 

 妖怪桜を、振り仰ぐ。まだ終わっちゃいない。『終わりましょう』と彼女は言ったが、終わってなんかいない。終わりになんかさせない。

 だって、だって……いやなんだもん。

 そうやって笑って、俺を見てさ。

 そんな悲しそうな顔で、終わりだなんて、やだよ。

 異変が終われば、宴会が待っているんだ。笑顔に満ちる(うたげ)になるはずなんだ。

 俺は、彼女を誘いたい。友達として。戦った者として。そうでなくちゃ、やだ。

 

 胸の痛みを息と共に吐き出して、妖怪桜を振り仰ぐ。八雲紫は言った。異変を終わらせろと。

 だったら、それは終わらせてやる。時間はかからない。今すぐに。

 押し寄せる妖気に向かい合い、一歩一歩、地面をしっかりと踏みしめて進む。

 

 問いかけられた意味がわからなかった。

 教えられた言葉を理解できなかった。

 気持ちを汲めなかった。

 気持ちを出せなかった。

 

 いつものことだけど、今日程それを悔やんでいる事はなかっただろう。

 相変わらずどうして悔しいのかとか、自分の正確な気持ちなんてわからなかったけど。

 それでも、友達と言ってくれた人を、助けようとは思えた。

 

 ……あー、駄目だ。わからない。

 何を考えてたのかがわからない。自分が何に対して、こんなに気持ちを揺らしているのか。

 

 そっと西行妖の幹に手を添えると、春の力が胸に流れ込んできた。

 哀しい気持ちが溢れて、喉の奥に息が詰まるような気持ちで満たされて、すぐにそれらの感情が背中から抜けて現世目指して飛んでいく。

 たっぷり十秒もの間に、俺は彼女の笑顔を見ていた。

 

 

 西行妖は散った。

 妖気は収まり、春の力は幻想郷へと返された。まだ、冥界には余分な春の力が溢れて桜が咲き乱れているけど、「全部返すから問題ないわ、妖夢が」と言って、彼女は笑った。

 西行寺幽々子。妖怪桜が大人しくなり、三人が目を覚ました頃に、木の陰からふわふわと出てきた。

異変時の事は、最後に俺と組み合ってから消えるまで以外は覚えているらしく、俺の問いかけにはしっかり答えてくれた。

 その問いとは、ただのお誘い。一緒にお酒を飲みませんか、という。

 彼女は快諾してくれた。俺を睨みつける魂魄妖夢を嗜めて、それから、妖夢が持ってきたお酒を二人で酌み交わし、改めて自己紹介をして、お友達になった。

 異変の時と違い、ふんわりまったりとした彼女の雰囲気は、近くにいて本当に居心地が良い。

 異変を通し、なんか凄い事に気が付いてしまった俺には、殊更にそう感じられた。

 霊夢たち? 釈然としていなかったみたいだけど、終わったよーと告げたら帰って行ったよ。俺は、今日はお泊り。

 聞きたい事はたくさんある。したい事もたくさんある。

 ……何がしたいか、って?

 それは、ほら、まあ。

 お友達同士がするような、こう、あれな感じの。

 わかんないなら、知らなくていいよ。

 

 彼女の言う事は、時々突拍子が無く、時々とても難しい。

 とりあえずこくこく頷いてみたりはしたけど、きっと理解できていない事はばれてる。

 それでも、彼女は笑って話を合わせてくれた。それが、心地良かった。

 勇気を出して質問をすると、よくわからない言葉ではぐらかされたりするけど、なんか、悪くない。

 知らなくても、友達ではいられるし。

 

 

 自分の行き着く先。自分のなすべき事。

 博麗靈夢としての自分。異変を解決してきた自分。

 いつも戦ってきた相手。倒してきた敵。

 

 それら全てに、答えは出ていた……ような、気がした。

 ……まあ、気がしてたんだけどね。

 

 全てを悟ったぞうおー! と博麗神社に戻れば、待っていたのは霊夢からのお説教だった。

 自分を気遣う気持ちがあるのはわかっていたから、黙って聞いていたけど。

 いや、わかってなくても黙って聞いてるけども。

 

 なんだかなー、気付いた気になってた自分が恥ずかしくなってしまった。

 結局、ただの思い込みだったらしい。

 世の中そんな簡単に真理に辿り着けるわけ無いもんね。

 

 いつもの日常が帰ってくると、なんでもわかっていたような自信は消えていき、いつもの自分が戻ってきた。

 別になんの不都合も無いけれど、そんな自分もいいかなーなんて思っていたから、ちょっと残念。

 

 今は、三日後に迫る宴会の日を楽しみにして縁側から空を眺めている。

 神社にも春が訪れ、桜の花が咲いていた。

 幽々子から貰った扇子でぱたぱたと自分に風を送り、風に流れる花弁を見る。

 

 こんな時、みんなならきっと詠えたりするのだろうけど、生憎と即興でも考えても、そういうものは俺の頭には浮かんでこなかった。

 代わりに、おまんじゅうをつまむ。

 

 うんうん、やっぱり女の子は、花より団子だよね。

 

 

 満開の 桜の友は おまんじゅう  博麗 靈夢


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