『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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  小話 彼女

 彼女について。

 

 謎が多いと言えるほど謎めいている訳でも無く、とんでもない隠し事をしているわけでもない。

 ただ、分からない事は数多く存在する。

 どこから来たのか。何をして来たのか。これから、何をしたいのか。

 彼女は答えない。何度その類の質問をしても、彼女はふっと余所を見て、歩いて行ってしまうのだ。

 口が利けない訳ではない。話し掛ければ、答える時は答える。それが、大事な時もそうでない時も、答える確率は変わらないというのが、彼女の性格を表しているのかもしれない。

 食に関する事を問えば、打てば響くで高確率に言葉を発するので、食べ物には関心が高いのかもしれない。特に、甘いもの関連は。

 時として大人びていて、時として子供のよう。

 それは、彼女の行動の事でもあり、彼女の口調の事でもある。

 だらしない顔でぐでーっとしているかと思えば、キリリと顔を引き締めて鋭く動き回っている。

 知的に物を考えているかと思えば、軽い挨拶代わりの言葉遊びにさえ動揺して白旗を上げる。

 男のような口調で話したと思えば、霊夢にお尻を蹴り上げられてなよなよとした女言葉で話したり。

 かと思えばすぐに雄々しい言葉を臆する事無く言い、しかしやっぱり叩かれて泣き顔になる。

 

 こうして彼女に関し、見た事聞いた事触れた事を書き綴ってもう半年も経つが、未だに彼女が良くわからない。

 わかっている事は、博麗神社の巫女である事、近接格闘を好む事、空を飛べない事、人が良い事、無類の甘いもの好きである事。

 あとは……そうそう、これは外せない。自分の髪にえらく自信を持っている事。

 たまに会話が長く続く事があるのだが、その時に髪の話になった。長くなってきているから切ろうかなあと声をかけ、靈夢はどうするんだと話題を投じた時。

 彼女は、切るものですかと声を大にして言い、自分の髪に手を通して、「もったいないでしょ」、と言った。

 その自信の程は、どうやら自分が幻想郷で一番綺麗な髪の持ち主だと思っているらしい事から、相当なものだと窺える。

 ……私の髪も彼女に劣らず、綺麗だと思うんだけどな。やっぱり手入れは欠かしちゃ駄目かな。徹夜が多いから、ちょっと難儀する。

 今度、彼女に手入れの方法を聞いてみよう。

 

 

 ――――――魔理沙の手記より

 

 

 早朝の事だった。

 起きて、布団をかたし、服を着替えていると、庭の方で声がして、行って見れば彼女が修行をしていた。

 たまに見る光景だが、こんなに早く起きて動いているなんて、彼女にしては珍しいと思い、近くに寄って声をかけた。

 動きを止めてこちらを向いた彼女は、機嫌の悪そうな顔をしていた。怒ってると言ってもいい。

 でも、驚くことは無い。彼女が修行をしている時は、大抵あんな顔をしているからだ。

 小首を傾げて、それから、すっと腰を落として構える。私がじっと見ているのを、修行の相手をしてくれるものと判断したのだろう。

 修行なんて、しても意味が無いとは思う。思うけど、どこか楽しそうな彼女を見ていると、してもいいかな、と思わせられる。

 腕捲りをして、彼女を真似て構える。最近、彼女が教えてくれた戦い方の、基本の構え、らしい。

 突進してきた彼女に手を伸ばすと、手を添えられて力の方向をずらされ、そのまま腕を掴まれて引き倒される。

 地面にぶつかって、がつんと脳を揺らされるが、倒れたままでいると容赦なく追撃をされるのですぐに手をついて立ち上がる。

 飛び退けば、今倒れていた場所を彼女が踏みつけていた。あまり威力の無いものだけど、捕らえられるとそのまま組み伏せられて動けなくなる。

 その技術は、一体どこで覚えてきたんだろうと疑問に思う。この間まで、力任せに動く事しかしていなかったのに。おかげで御し難くなってしまった。

 ……それも、悪くはないか。

 そんな事をふっと思い、今度はこちらから仕掛けて、すぐに地面に叩きつけられた。

 

 

 彼女が「先にお風呂に入りなさい」と言うので、先に入って汗を流し、彼女がいるであろう居間へ向かった。

 しかし、そこに彼女の姿は無く、代わりに台所から、音。

 覗いてみれば、朝食を作っている彼女の背が見えた。窓から差し込む光に照らされ、背中に陰を作って、せわしなく腕を動かしている。

 その姿が……似ていて。だらんと垂れたままの左腕に目をやった。

 幼い頃の記憶だ、曖昧とまではいかないまでも、ぼやけてはいる。でも、力なく揺れる腕に、どうしても重ねて見えてしまった。

 胸の中に浮かんだ感情に、足を進めて、彼女の手をそっと握った。

 ふっと見下ろす彼女の顔を見上げて、ああ、と声を漏らす。そうか、陰になっていて、髪の色が黒く見えたから、似ているなんて思ってしまったのか。

 どうしたの、とでも言いたげな彼女の背を叩いて、危ないわよ、片手じゃ、と注意すると、ばつが悪そうに、彼女は両手を使い始めた。

 ……やっぱり、あんまり似てない……かも。

 料理ができ、彼女がお風呂に入った後に、朝食を食べる運びになる。

 ……料理の腕は、あんまり良くない。でも、そこは心を込めてカバーしていると言っていたから、まあ、いいのだろう。それは、なんとなく伝わってくる気がする。

 お味噌汁を飲み下し、熱いものが喉を通っていくのに、ほう、と息を吐く。それから、彼女の手をぴしりと叩いた。

 

 自分で作ったくせに嫌いな野菜を避けたりするのは、どうかと思う。

 

 

 フランを起こしに行くと、神社の裏で亀に跨って遊んでいた。

 無駄足を踏んだと自室に戻れば、部屋の中には、入り口に向かって正座して目をつぶっている彼女の姿があった。

 なんとなく、音をたてないように戸を閉め、目の前まで歩いて行くと、彼女はゆっくりと顔を上げて私を見上げた。

 何も言わず、暫くの間、見つめ合う。

 ……いつも、思う。その瞳の向こうで、何を思っているのか、と。

 彼女を通して、私はどんな風に見えているのだろう、と。

 普段気にしないような事を考えてしまうのは……やっぱり、彼女が似ているから、だろうか。

 髪の色を除いた容姿だとか、静かにしている時の表情とか、ふとした時の細かな動作とか、笑った時に深いえくぼが出る事とか、重心を前にずらして立つ癖があるだとか。

 それから…………大事な話をする時や、隠し事を話す時に、こうやって寝室で正座をして、私が来るのを待っていたり、だとか。

 重ねる事は、馬鹿げているのかもしれない。意味の無いことなのかもしれない、私の弱さなのかもしれない。

 でも、突然現われたあの日から、私はずっと彼女に母の面影を重ねてきた。

 それは、どうしてだろうか。

 彼女の前に正座をして、目を合わせる。彼女はいつもの通り、何も言わず、ただ口を結んでいた。

 幼い頃に、亡くなった母。きっと、あの世で楽しくやっているだろう母。もしかして、彼女は。彼女は……生まれ、変わり……。

 年が変だとか、似すぎているとか、そういうのは、どうでもいい。彼女からは、何か特別なものを感じていた。

 自分にとって、とても大切なものだと、感じていた。

 

 彼女が、僅かに顔を落とした。

 目を細めて、悲しみを押し込めるかのように小さく肩を震わせて、もう一度目を合わせてくれた時には、目に涙が浮かんでいた。

 瞬きをすると、それが頬を伝い落ちて、膝に染みを作る。

 どきりとした。

 ずっと昔に、同じ表情を見た。

 同じ表情で、こう言われたのだ。

 「あなたを育てられそうに無い」と。

 「もう、片腕が動かないの」、と。

 理由は単純だった。妖怪にやられた、それだけ。

 見た目にはなんともなかったのに、食事の時も、稽古をつけてくれた時も、一緒に布団に入った時も、腕を庇って、私に見えないようにしていたのはそのせいなのかと、幼いながらに考えた。

 行儀に厳しい母が、利き腕とは反対の腕で箸を握り、何度も煮物を掴み損ねていたのを見て、どうして気付けなかったのか不思議だった。

 片腕が動かないから、どうして自分を育てられなくなるのかも、不思議だった。

 そのまま聞けば、母は申し訳なさそうに、どうしても倒したいからと呟いた。

 それから間もなく、母は死んだ。誰にやられたのかは知らない。

 『倒したい』相手に、逆にやられてしまったのだと思った。

 最初の内は、母が死んだというのに、ただ、生活が不便になったと思うだけだった。

 現実が受け入れられなかったからだとかじゃない。化粧をされた死体を見ても、それが焼かれたのを見ても、ただ、何も感じなかった、それだけだった。

 だけど、少しして、布団にもぐりこんだ時、隣に母がいない事に、無性に悲しくなった。

 それから、か。

 訪れる者が少ない静かな神社に、母の影を見るようになったのは。

 時が経つにつれて、母を思うやるせない気持ちは薄れていったが、母の影を見るのだけは変わらなかった。

 

 魔界へ飛び込んだ、私にとって初めての大きな異変から少し経った後、神社に遊びに来た魔理沙が言った。

 そう言えば、里には妖怪が封じられてるんだってな、と。

 それがどうしてか気になって、その封じられた妖怪について調べてみた。

 里で人妖に話を聞こうとすれば、誰もが私から目をそらした。話したくないという態度だった。

 寺子屋の先生だけは、後ろめたそうにしていながらも、しっかり目を合わせて話してくれた。

 お前の母親を殺したのは私だ、と。

 里に封じられた妖怪は、母の生前によく神社に顔をのぞかせていた妖怪であり、里でも人望のあった妖怪だと聞いた。

 なんとなく、思い出した。

 稗田の生誕祝賀会の時、母と握手をしていた妖怪がいた。どちらも笑顔だったのを覚えているが、あの時には母の右腕はもう動いていなかった。

 左手で握手する事を不思議に思ったから、良く覚えている。

 その日の夜に、母に告げられたのだ。腕が動かない事、倒したい者がいるという事。

 肩に置かれた手の平の感触に、いくつか傷があるのを知った。

 爪の痕。

 悔しかったのだろうかと、何かを話す先生を前にして考えていた。

 

 豹変し、巫女を殺した妖怪は、殺したと同時にその巫女の手によって封印された。

 要約すれば、それだけ。

 「ああ、そうだったんだ」と思って、神社に帰った。

 妖怪を憎く思う気持ちもわかなかった。だって、顔すら知らないし、既に封じられて、いないのだ。

 どんな気持ちも時間が解決してくれるだろうと判断して、私は日々をすごす事にした。

 

 

 ぽんと、肩に手を置かれた。

 はっとして顔を上げれば、紫がかった瞳の向こうの私と目が合った。

 鼓動が耳の奥に響き、目を逸らしたくなる衝動に駆られる。

 何を……何を、伝えようとしているの?

 今度は、何を言おうとしているの、おかあさ――――

 

 ふわあと、彼女があくびをした。

 (こぼ)れそうになった涙を袖で拭い、あふあふと口の前で手を煽いで、それから、力の抜け切った、ぼやっとした顔で私の顔を覗き込んでくる。

 …………あくびかい!!

 紛らわしいのよ!!! と怒鳴りたかったところだったけど、私の肩をぽんぽんと叩いて、なぜかにっこりと笑う彼女に毒気を抜かれて、結局何も言えないまま、立ち上がり部屋を出て行く彼女の背を見送るしかなかった。

 

「……はあ、なんか、凄く、疲れた」

 

 ぐだーっと前のめりになって畳に突っ伏すと、生暖かさに眉を顰めた。

 ……このままじゃ終われないわね。

 

 

 彼女の姿を探して彷徨っていると、縁側で日向ぼっこをしているのを発見した。

 彼女の隣にとんがり帽子があるのを見つけて、なんだ魔理沙が来てたのかと見れば、あー……誰?

 金髪だし、顔立ちは魔理沙だけど、服の色が違うし……エプロンとか付いてないし。

 それに、なんというか、まあ、違う。…………って、あれ霊力の塊じゃないの。

 また一人遊びをしているみたいね。寂しい人。

 近付いていくと、彼女よりも先に彼女の幻影が私に気付いて、庭の方へぽんと飛び出した。

 彼女は驚いた様子でそれを見て、幻影の方は、悪戯に成功した子供のようににかっと笑って――魔理沙によく似た笑い方だ――、くるんと回って光の粉になった。

 呆けているのか、後ろに立っても私に気付かないので、そのまま横に座って縁側の外に足を投げ出す。

 そこまで来て、ようやく彼女は私の存在に気付いたようで、ぎょっとしていた。

 ……武人のような人なのに、こういう気配には疎いって、駄目な気がするんだけど。

 こてんと体を預けると、戸惑いながらも、肩に手を回して受け入れてくれた。

 庭に広がる緑を視界に納めながら、彼女の体温を感じる。

 ……ああ、暑苦しいかも。もう梅雨も終わりだしねえ。

 さて、やたらどきどきいわせて、口を開いては閉じ、私に何かを言おうとしている彼女だけど、まあ、何が言いたいのかは大体分かる。

 そっと腕を回して逃げられないようにがっちりホールドし、彼女の耳元に口を持っていく。びくんと、彼女の身が跳ねた。

 気にせずに、ゆっくりと囁く。

 

「棚にあったお煎餅……勝手に食べたでしょう?」

 

 声にならない悲鳴が、初夏の空に響いた。

 

 

 最初から気に食わなかったのだ、博麗靈夢は。

 武人然とした気配を纏っているのに、その癖のらりくらりと戦いを避け、あまつさえ、それは私との戦いだけだという。

 最初に相対した時は、急いでいたためらしいが、そんな事は関係ない。我々が見合う時、やる事は一つなのだ。

 武人なら武人らしくその技で私を打ち破り、押し通れば良かったのだ。今でも思い出すと怒りで身が震える。情けなさから来るのかもしれない。

 だが、腐っても武人。私は、きっと彼女が再戦を申し込んでくるだろうと思い、黙って待っていた。

 だのに、奴は、お嬢様と談笑するばかりで、まるで私を気にかけなかった。

 お前など眼中にないのだと言われている気分だった。私は屈辱に燃えた。

 手袋を叩きつけられたというのに、お嬢様の手前、切り掛かれないもどかしさ。寝首を掻くなどしたくはなかったが、それも考える程だった。

 一晩置いて頭が冷え、やはり私は彼女から再戦の申し出があるのを待つ事にした。

 決着がつくその時まで、奴と私は敵同士。例えお嬢様のご友人であらせられようと、口をきくのも控えようというもの。

 ……給仕は、するが。

 まったく、使えぬ幽霊どもだ。紅い館のメイド達は随分と役にたつと聞く。代わってくれないかなー。ほんとに……。

 

 ばっさばっさと庭の木の剪定をしていると、ついにその時がやってきた。

 白玉楼に来たあいつが、私と決着をつけると言ったと、お嬢様から伝えられた。

 やはり、武人だ。私はこの時を待っていた。真正面から正々堂々ぶつかりあい、そして勝つ。

 お嬢様の見る前で奴と対峙し、刀を抜いた。奴は、前に戦った時とは違い、空を飛ぶ亀には乗っていない。あれはきっと、空を飛ぶための媒介であるだろうから、今の奴は空を飛べないはず。

 思う存分、私達の土俵で戦う事ができるという事だ。

 お嬢様の合図と共に、ぐっと足に力を込め、瞬発力を高める。奴は袖からお嬢様の扇子を抜き出し、逆手に持って構えた。それがなんだというんだ!

 地を蹴って走り出す。三歩で四間もの距離を詰め、後一歩で剣の間合いに入るので、手に力を込めた。

 奴の目は私を捉えてはいない。いける。このまま真っ二つだ!

 もう一歩を踏み出した時、同時に奴も一歩を踏み出してきた。

 私だけの間合いが、奴の間合いにまでなってしまった。しかも、距離がずれた事で剣を振るタイミングまでもがずれる。くそ、正直に突っ込みすぎた!

 強引に剣を振り抜こうとすると、腕が伸びてきて胸元のリボンを掴まれた。振り解くかそのまま斬るかと迷う間もなく引っ張られて、視界が回転する。訳もわからぬまま地面に叩きつけられた。

 土を味わう前に跳ね上がり、奴の姿を捉えて刀の柄を握り直し……握り……あれ? 楼観剣は?

 慌てて奴をもう一度見ると、私の楼観剣を片手に持ってにやにやと下卑た笑みを浮かべて弄んでいた。

 返せ! と声を荒げて手を伸ばせば、扇子が腕に絡み付いて、気が付けばまた地面だ。

 衝撃で一瞬浮かんだ時に前に飛んで前転し、立ち上がって奴と向かい合う。おのれ、奇妙な術を……身に纏っている霊力が何かの基点になっているのか?

 白楼剣を抜き放って構え、出方を窺う。なんにしても、突っ込むのは危険だ。弾幕で牽制するか? いやしかし、意地でもこの剣で……!

 にやにやと、奴が笑っている。私を見下ろして、高い位置から。

 ……その、人を見下すような顔を、やめろ……!

 激情が胸の中で荒れ狂う。これを刀に乗せれば、奴を!

 

「甘いぞ、妖夢」

 

 ぶちんと、何かが切れた音がした。

 雄たけびを上げて突進し、心の臓へと刀の切っ先を突き立てようとすれば、楼観剣で捌かれた。

 このッ、貴様は人の(誇り)をッ……!

 首を狙って突き、腕を狙って振り下ろし、腹を狙って突く。その全てを捌かれてはいるが、奴は後退していた。

 確実にペースはこちらに来ている。このまま押し切れば、確実に―――ずるっと、奴が足を滑らせた―――ッ!!! ()った!!

 後ろへと倒れ行く奴の首に刀を突き立てようとして、腹を蹴り飛ばされた。吹き飛ばされそうになる体をなんとか踏ん張って戻そうとすると、倒れそうだったはずの奴が目前に迫り、私の後ろ首に手を当てて、押した。

 同時に足を払われ、いっそ不思議なくらいにすんなりと顔が地面に吸い込まれていく。

 顔だけでなく体全体に広がる衝撃に刀だけは取り落とすまいと歯を食いしばると、背に重み。乗られた……!?

 跳ね飛ばそうと力を込めると、首にまで膝を乗せられ、腕を絡め取られて刀を奪われた。

 関節をとられたか、動こうとすると激痛が走る。無理に動かせば外れてしまうだろうが、それでも……!

 ぎりぎりと痛む肘を無視して振り払おうとしていると、幽々子様が止めに入ってきた。

 そんな、私は、まだ、やれる……のに……。

 あんなに力を入れてもどかなかった奴が、幽々子様が押すだけであっさりとどいた。

 

「どうしたの、妖夢? 貴女らしい。そんなに靈夢が嫌い?」

 

 立ち上がった私に、幽々子様は良くわからない事を言った。

 いや、一つはっきりとわかる。私は奴が嫌いだ。

 こくりと頷くと、幽々子様は「しょうがないわねえ」と笑って、奴から楼観剣を取り上げた。

 そのまま私の方へ歩いてくるので、返してくれるのかと思えばそうでなく、幽々子様は刀の切っ先を奴へと向けた。

 驚いて構える奴を余所に、幽々子様はのんびりとした声音で言う。

 

「貴女には柔らかさが足りないわ。それは、いつも以上に。もっとこうやって」

 

 奴の腕に()()()()()()

 

「するするーっとやっちゃって」

 

 驚いて引こうとする奴に、幽々子様は剣先をくいっと持ち上げて。

 

「くるーんっと投げ飛ばさなきゃ」

 

 ぐるんと奴の体が前転し、地面に背を打ち付けて呻き声を上げた。

 ぽかーんとして見ていると、楼観剣を返されたので、鞘に収め、奴が取り落とした白楼剣を拾って鞘に収める。

 今のは……傍から見てやっとわかった。おじいちゃ……先代が使っていた技術……。それを、幽々子様が……?

 いや、奴も使っていたというのか!?

 疑問に頭をめぐらせていると、お嬢様に額を小突かれた。

 

「だから、もっと柔らかく考えなさい。どうも、貴女は靈夢が苦手のようね」

 

 苦手というか、嫌いなんです。……とは口に出せず、にこにことする幽々子様を見ていられなくて、打ち所が悪かったのか目を回す奴を抱き起こして担ぎ上げた。

 ……重い。ふっ、身軽さでは私が勝ってるな。

 一人笑う私を見て、幽々子様もただ笑うだけだった。

 

 

 

 この後、なんやかんやで幽々子様に弄られ、奴も……靈夢も弄られ、なんとなく仲間意識を感じるようになったのは、夏も半ばの、宴会が多発した頃の話。


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