『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第二話 同一人物

「えーと……あんた誰?」

 

どこかのピンク髪の貴族様のような質問の声に答える事も無く、俺はただぽけっと霊夢を見上げる事しか出来なかった。

え、なんで霊夢? あれ? 俺って霊夢じゃなかったっけ? ああいや、靈夢だったか。いやそうじゃなくて。

 

混乱する。困惑する。

何が起きてる。俺は夢でも見てるのか。

あ、夢の可能性は高いけど。でもそう言う意味じゃなくてさ。

なんで……靈夢(おれ)がいるのに霊夢がいるんだよ!?

どーなってるのさ。誰か、俺に説明してくれる奴はいないのか。

魔理沙、魔理沙でいい。俺が一体全体どういう状況に置かれているのか教えて欲しい。

 

思考の奔流(ほんりゅう)に飲み込まれ、無意識の内にわなわなと震える手で霊夢を指差していた。

訳がわからない。思考の整理がまったく出来ない。動悸が激しくなる。目の前が霞む。

命の危機に(おちい)ってるというわけでもないのに、同一人物がこの場にいると理解した時、まるで今から自分が殺されるんじゃないかという感覚に陥った。

自分が何を考えているのかもよくわからない。

次々に思考は流れるけど、その全てをただ眺めているだけのような。

 

ぐい、と身体を引っ張られ、無理矢理立たされた。

二歩三歩とつんのめるように前に進んで、それからゆっくりと、俺の手を引っ張って立たせてくれたのであろう霊夢に体を向けた。

眉根を寄せて、俺の顔を見上げる霊夢。

あ、俺の方が頭一つ分背が高い。

……この霊夢よりも昔の人間なのに?

 

「あなた、名前は?」

 

新たな疑問に頭を悩ませる前に、霊夢がそう聞いてきた。

相変わらず眉を寄せた、不機嫌そうな表情だけど、声音は丁寧だった。

これはただ、純粋に疑問を持ってるだけの顔だな、なんて分析をしていれば、名前は? と一歩詰め寄られる。

ちょっとした迫力にじりじりと後じさりながら、大分落ち着いてきた頭の中で、さて、なんて答えようかと考える。

まさか、この容姿で本当の俺の名前を言うわけにもいかないし。

……あ? でも、「博麗靈夢です」なんて答えたら、余計にややこしい事になりそうじゃないか。

下手すれば異変だ何だと退治されてしまうかもしれない。

それは困る。痛いのは困る。

ならば正直に、本名を名乗ればいいわけだ。

 

「……ぇと」

「?」

 

いざ口を開くと、掠れた声しか出てこなかった。

この霊夢と凄く似た声。その声が、出せない。

いや、似てるから出せないんじゃなくて、迫力に負けて出せないんであって。

要するに、俺は今緊張している。

生霊夢。生霊夢だ。なま。

実は俺、霊夢のファンだったのだ。

グッズなんかも集めていたりしたし、曲だって何度も聴いた。

その本物が、今目の前に立っている。

これが緊張せずにいられるか。

意外と細いな、とか、思ったほど美人さんじゃないんだな、とか思いつつ、なんとか気持ちを落ち着けようとする。

が、今度は緊張を押しのけて興奮がこみあげてきた。

無駄にテンションがあがってくる。

俺がへたれじゃなければ、気分に任せて霊夢に抱きついていただろう。

 

言葉ですらない声を出したきり固まる俺を見かねてか、霊夢は「お茶でもご馳走するわ」と言って、俺に背を向けて歩き出した。

ぼーっとしていると振り向いて、ついてきて、と言われ、慌てて後を追う。

居間に通された。

卓袱台の前に座らされて、霊夢がお茶を汲んでくるまで正座で待機する。

むっ、と背筋を伸ばして、すぐに脱力する。

子供の時は祖母の家でよくよく正座なんかをしていたが、最近はそういうこともなくなっていたので、なんだか慣れない気分だった。

昔はちゃんと出来ていただけに、ちょっと悔しい。

 

それでも失礼にならないように正座は崩さずに踏ん張り、髪の毛を弄ったり、リボンを弄ってみたり、部屋の中を見回して、あれ見た事あるなー、なんて考える事で足の痺れを耐えた。

数分程して、霊夢がお盆にお茶を乗せてやってくる。

自分の前に置かれたお茶を覗き見て、それから、霊夢に目をやった。

どうぞ、と(すす)められる。

熱い湯のみに手を添えて、おずおずと口を付け、ゆっくりと啜る。

正直、味はわからないが、お茶を飲んでいる、それだけで心が落ち着いていく感じがした。

ほふ、と息を吐いて、それから、にっこりと笑ってみる。

お口に合ったかしら? と聞かれてこくりこくりと頷いた。

少なくとも不味くは感じない。苦いけど、それが口の中に残らない。

こんなお茶なら何杯でもいけるな。

 

「それで」

 

ずず~、とわざと音を立ててお茶を飲んでいると、本題に入るような気配がしたので、湯飲みを置いた。

しっかりと背筋を伸ばし、面接に挑むような態度を作る。

……あー、あの時ちゃんと志望動機を言えてれば……そもそもあの面接官、威圧的過ぎるんだよ。

じゃなかった。今は目の前の事に集中しなければ。

すっと湯飲みを傾けて、静かにお茶を飲んだ霊夢は、湯のみに口を付けたまま、あなたの名前は? と聞いてきた。

あっと、えっと……。

質問の内容はわかっていたはずなのに、どうしてもすぐには答えられない。

 

「え、と……その、きゅ、うさく……」

「キューサク? それがあなたの名前?」

 

あ、いえ、違います、と慌てて腕を振り、否定する。

何を変なことを口走ってるんだ、俺は。

○×大学院出身、□△です。これでいいだろう。

あ、いや、駄目か。なんで出身校まで言う必要があるんだ。ほんとの面接でもあるまいし。

出身校を抜かし、名前だけを伝える。

霊夢は首を傾げて、二秒程してから、ほんと? と聞いてきた。

ずきゅーん、とどこか遠くで鳴り響く音。

思わず卓袱台に身を乗り出し、お前、俺のものになれなんて言ってしまいそうになった。

いや、絶対言わないけどね。

しかし、ほんと? ときたか。それって、疑問を持たれてるって事。

確かに、今のこの姿で、しかも靈夢の身体を乗っ取ってしまった上で、図々しくも元の名前を名乗るだなんて、少し常識が無いんじゃないかなんて思ったりしたけど。

それが声に出てたのかもしれない。

顔を落とし、細めた目で膝の上に置いた手を見る。

白く、細い腕。小さな手。

若い命を奪っておきながら――それが、こっちの方が楽そうだなんて考えで――あまつさえ、名前すら奪ってしまう。

それは、なんて傲慢なのだろうか。

轟々と唸る感情が胸中で渦を巻き、身体の内側を削り取っていく。

眩暈がした。

こんな事、考えたくない。

考えていたくない。

俺は、もっともっと気楽に生きたいんだ。

自由気ままに、誰にも(はばか)られずに、もっと、もっと、もっともっともっともっともっと……。

 

 

ずずず、と、お茶を啜る音で正気になった。

俺は今、何を考えていたんだろう。

考えても、仕方の無いことなのに。

なってしまったからには、なるようにしかならないというのに。

まあ、だったらせめて。

せめて名前だけは、残しておいて。

俺は俺のやりたいように。好きなように、自由に生きさせて貰おう。

……罪悪感が無いわけじゃない。

でも、仕方が無いじゃないか。どうしてかこうなってしまったんだから。

目をつぶって湯飲みを取り、それから、口に運んだ。

熱いものが喉を通って胃に流れ込むのに合わせて、難しい悩みも考えも全部流し込む。

もう何も考えたくない。悪い事を考えたくない。

楽に生きたいと思ってこうなった。だったら、楽に生きるだけ。

湯飲みを置き、両膝に手を添えて、霊夢を見る。

俺の真剣な表情に、頬杖を付いてお茶を啜っていた霊夢は、姿勢を正して俺の目を見つめ返してきた。

 

「博麗靈夢。それが……(わたくし)の名前です」

 

俺というのは、なんとなく憚られた。

だから、私と言った。面接の時のように、重々しく。

霊夢はきょとんとして、それから、ん? と声を漏らして小首を傾げた。

 

「はくれいれいむ?」

「間違いなく。あなたと同じ名です」

 

不思議そうに名を口にする霊夢に、そう返す。

霊夢は、クエスチョンマークを一杯に浮かべながら、なにそれ。どういうこと? と呟いた。

それから、はたと気付いたように俺を見て、

 

「そういえば、なんか私に似てる気がする」

 

……今の今まで疑問に思わなかったのだろうか。

じろじろと俺を眺め回した霊夢は、ぽんと一つ手を打って、化かされてるのね、と言った。

どうしてそうなる。

疑問の声を上げようとする前に、霊夢はすっくと立ち上がり、素早い動きで頭に結んだ大きなリボンから御札を抜き出した。

驚いた。

何にって、その素早さに、目の前に突きつけられた御札に、ってのもあるが、何より俺が殆ど同じタイミングでおんなじ動作をした事に、だ。

正座をしたままではあるが、霊夢と同じように、霊夢に御札を突き付けている俺。

体が、勝手に動いた。まるで経験にでも従ったかのように。

霊夢は眉を寄せて、うーん? とうなった。

心底訳がわからなさそうだが、俺だってわからない。何でこんな行動が俺に取れるのか。

……あれか。お約束の「身体の持ち主の経験値引継ぎ」か。

そう気が付けば、後は早かった。

まるで幼い頃から寄り添ってきたかのように、俺の記憶と共にある靈夢の記憶。

あまりにも自然で、だからこそ、まったく気にもならなかったが、よく考えてみれば、俺がこの身体になったその瞬間からこの記憶は持っていたような気がする。

 

「うーん……。あなた、誰?」

 

すい、と御札を戻し、再び聞いてくる霊夢に、こちらも御札を戻しつつ……あれ、リボンに仕舞うの難しいぞ、これ。

……戻しつつ、博麗靈夢です、と同じ自己紹介をした。

違和感無し。まるで本名を名乗っているかのような自然さ。

こりゃ、本格的に俺が靈夢だ! 状態に陥ってるな。

だからどうってわけでもないけど。

 

「そういう事を聞いてるんじゃないんだけど。うーん……」

 

へたんと座り込んで、何度も首を傾げる霊夢。

幼い姿とあいまって、理性が崩壊しそうな程に可愛かった。

太ももを抓って、飛び跳ねたくなる衝動に耐える。

そんな奇行をしてしまえば、今度こそ御札の餌食になるだろう。

痛いのは、嫌なのだ。

いくら自由に行動しようなんて考えていても、そこらへんはしっかり考えなければ。

思いを新たにしていると、何故ここにいたのか説明を求められたので、素直に「気が付けばここにいた」と言った。

へえ、そうなの、と軽く流される。

……いいのか、それで。

お茶を飲みつつ内心で突っ込むと、聞こえているわけではないのだろうが、二、三質問が飛んできた。

 

帰る場所はあるのか。

ない、と答えたら、なら見つかるまでここにいなさいよ、と言われた。

 

どこの巫女か。

これは、もうわかっているみたいだった。

この神社、と答えると、ふぅん、と難しい顔をする。

 

なぜその名を持っているのか。

ついでのように発せられたこの質問には、博麗の巫女だったから、と答えた。

 

難しい顔をして暫く考え込んでいた霊夢は、ぱっと顔を上げると、わかんない、と呟いた。

それから、まあいっか、とあっけらかんとして言う。

 

憑依者故の面倒くさい話は無さそうだ。

そういう二次創作を読んでいていつも思っていた。

周りの人間との話の擦り合わせが大変そうだと。

俺にはそれは無いみたいだし、霊夢はこれだから、突っ込んだ話なんかもし無さそうだ。

何にも話したくない俺としてはありがたい。

 

お茶を飲み終える頃に、ちょっと外に行ってて、と霊夢が言った。

その後すぐに湯飲みを持って部屋を出て行ってしまう。

外のどこに行けばいいのだろうか、なんて考えながら、とりあえず言う通りに外へ出ることにした。

神社の中は自分の家のようにしっかり歩ける。

どこにどの部屋があるのか、把握できている。

記憶って便利だ、と思った。

 

ただ、幾つかの部屋は記憶とは違う様相になっていた。

きっと靈夢がいた時の設定が一掃されているからだろう。

境内に出て見ても、掃除をする『る~こと』の姿なんて当然無い。

もう葉を散らかすあの姿が見れないのだと思うと、少し寂しくなった。

……っと、ここにきて一気に靈夢の記憶が強く出てきたな。

対する俺の記憶は……別に薄まったりなんかしちゃいないな。

自分の名前もはっきり覚えている。

ただ、もう一生……名乗る事は無いのだろうけど。

 

そういや、霊夢は随分幼い容姿をしていたけれど、今は一体どのくらいの時期なのだろうか。

後で霊夢に聞いてみよう。

神社の周りを散歩しつつ、時折ぐーっと伸びをする。

穏やかな昼下がり。何を考える必要もないって、幸せだ。

自然と笑みを浮かべる俺の耳に、老成した声が届いたのは、池の横を通り過ぎた頃だろうか。

どこからともなく「おぉ……おぉ……」と呻くような声が聞こえてくる。

俺としては警戒して御札の一つでも出したい所だったが、体が特に危険を感知していなかったので、大人しく周りを見回すだけに留めた。

すると。

 

「おお……お懐かしい。お懐かしゅうございます……」

 

と。

 

声は、池の方から聞こえてきた。

さてなんだ、と見てみれば、ざばりと水の中から出てきたのは、一匹の老亀。

 

「亀だ」

「亀でございます」

 

拍子抜けして、間の抜けた声を出せば、しっかりとした声で答えられる。

髭を蓄えた亀……って、こいつは玄爺じゃないの。

お懐かしいだとか何とか言って俺の足元までやってきては、俺を見上げる亀を、首を傾げつつ見下ろす。

いたんだ。玄爺。

なら他の奴だっていてもいいはず。後で見回ってみよう。

そう決めていると、突如亀が涙ぐみ、まさかまた会えるとは、と情けない声を上げた。

見かねて、しゃがんで頭を撫でてやると、さらに感極まったのかおいおいと泣き出す。

うーん、こりゃいよいよ持って時系列が良くわからない。

霊夢はちっちゃい。俺はスカートじゃなくて(はかま)だし、霊夢がいるのに玄爺がいる。

あ、別に玄爺はいていいのか。

何やら、あの頃のご主人さまのままでございますな。そうそう、あの頃はなどと昔語りをしだした亀を無視して、その背中によいしょとよじ登る。

むむ、意外と登り辛い。しかし、乗ってしまえば結構安定するな。

さっと立ち上がり、片足でバランスをとっていると、目の前から俺がいなくなった事に気が付いた亀が辺りを見回し、少しして背を見上げ、俺を見付けた。

 

「……相変わらずですな」

 

そりゃどーも、と軽く頭を下げると、駄目だこの巫女と呟くのが聞こえてきた。

食べるぞこの野郎。

爪先で甲羅をけりけりしていると、やおら浮かび上がったので、慌てて腹這いになって甲羅にしがみついた。

あっという間に神社を見下ろせるまでの高さにまで達する。

おー、なんて壮観。

それに、強く吹く風で落ちそうになって、とっても素敵だ。

ははは、もうずり落ちて片腕で玄爺の足を掴んでる状態になったぞ、どうしてくれる。

うわ、また風! ひー、落ちる落ちる!!

 

「ご主人さま……」

 

呆れた風に亀が言うのに、必死に声にならない叫びを上げて地面に下ろしてもらう。

……死ぬかと思った。

地に膝を付き手をついていると、霊夢がやってきた。

玄爺を見つけ、あ、と声を出す。

その様子から見るに、玄爺の事は知らなかったらしい。

 

「亀だ」

「亀でございます」

 

俺と同じ会話を交わす二人(?)。

霊夢は俺の元に来ると、亀を見上げ、ぺたぺたと甲羅を触り、食べれるかな……と呟いた。

どうだろう。老いてるし、美味しくは無いかも。

なんて恐ろしい会話を、と(おのの)く亀を放っておいて、霊夢の方を向く。

何故外に出たのか聞けば、何やら袖をごそごそやって、バレーボール大の陰陽玉を取り出し、俺に渡してきた。

……良く仕舞えてたな、それ。

然程重量の無い玉を両手でぽんぽんと跳ねさせていると、それを使ってみて、と。

なるほど、博麗の者でないと陰陽玉は使えないから、俺が嘘を言っているかどうかを確かめるのには最適だな。

取り合えず頷いて、陰陽玉を眺め回す。

使うったってどう使えば良いのだろうか。

そう言えばこれ、猫になったり芳香剤になったり甘いものを食べても太らなくなったりな効果があるんだったっけ。

そんな事を霊夢に言いつつ、しゃかしゃかと陰陽玉を振ってみる。中になんかいるんじゃなかったっけか。ちょっと覚えてないけど。

ちょいと陰陽玉を押し出してみたら、ふよふよと浮き出した。突き出した俺の両手の前で滞空する。

え、何その効果、と霊夢が、主に太らない効果に食いついてくるのに、特に言葉を返さず集中する。

ちから~、でろ~。ふむむむむ……。

ぐぬぬと唸っていると、ご主人さまご主人さま、と亀が声を掛けてきた。

 

「そんなに(りき)んでどうしたんですか。まさか力の使い方を忘れちゃったんじゃないでしょうね」

 

そのまさか。いや、ちょっち違うか。

力の使い方は体が覚えてるみたいだけど、自分の感覚と合わせるのに少し手間取っている。

うおー、体の奥底から力を湧き上がらせろー。

ぐん、と何かがこみ上げてくるような感覚と共に、視認できるほどの霊力が俺の体から滲み出てきた。

体が軽い。こんな気持ち初めて。

体に従い、力を押し出すと、陰陽玉を通して増幅した霊力弾が飛び出した。

ばさばさと木々の間を通って森の奥へと消えていく。

 

なんという新感覚。これは、すかっとするなあ。

使えるのね……と神妙な顔で呟く霊夢を傍らに、もう一発撃ってみる。

ボシュ、と射出された霊力弾が森へと消える前に、そおいっ! と勢い良く腕を上げて軌道修正、空を目指させる。

そして腕を手前に引いて、頭上を通過したのを確認した後、両手を使って複雑な動きをさせてから、玄爺に落とした。

 

「ちょっ」

 

焼き亀になった。

ふいー、一仕事終了、と額を拭い、ついでに後ろ髪に腕を通してばさっとやっていると、あなたは間違いなく博麗の者ね、と霊夢に太鼓判を押された。

うん、そうっぽいね。

 

「しっかし、一体なんで……? あ、えっと、あなたって何代目?」

 

首を傾げて質問する霊夢に、十四代目、とぱっと頭に浮かんだ言葉を言うと、え? 私と同じ? と聞き返された。

うん。おんなじ。

だって俺と霊夢は同一人物っぽいし。

何かの間違いじゃ、でも……とひたすら疑問符を浮かべる霊夢を暫く眺める。

飽きたら、霊力弾でお手玉なんかして、それから一つずつ亀に放ってみる。

当たるたびに小さな悲鳴が上がった。

……思ったよりも罪悪感がやばい。

とりあえずよしよししてやると、機嫌を良くしたのか、それにしても懐かしゅう……と細めた目で俺を見た。

どうしてだろうか。俺も、玄爺の傍にいてこうして触れていると、懐かしい気持ちが胸を満たす。

幼い頃を思い出すように、自然と玄爺と共に戦ってきた頃を思い出す。

色々な妖怪にあって、人間にあって……変な奴らばっかりだったけど、楽しかった。

修行して、おかしなことがあったら出向いて、しばいて。時にはやられて修行不足を嘆いてみたり。

そういえば、魔理沙は……あの魔理沙にはもう会えないのだろうか。

 

一人でしんみりとした空気を纏っていると、今度は逆に玄爺が慰めてくれた。

こいつ、生意気な、なんて態度は取ってみても、嬉しいのに変わりは無かった。

 

……こういう気持ちになれるなら、別に俺が俺じゃなくなってもいいか。

今はこうして俺を保ってられているけど……あれ? 保ってるよな?

……うん、大丈夫。俺は俺だ。靈夢でもあるし、俺でもある。

 

「……哲学」

 

ぽつりと呟くと、霊夢と玄爺が同時に反応した。

あ、いや、なんでも、と返すと、霊夢は考え事に戻り、玄爺は、

 

「それでは、ご用があったらお呼び下さい」

 

そう言って、池の中に潜っていった。

中々深いのか、すぐに影も見えなくなる。

暫く水面を眺めて、それから、霊夢に向き直った。

顎に手を当て、首を捻り、考え事のポーズ。

俺が見ている事に気が付いて、やーめた、と両手を挙げた。

ぱたぱたと右手を振りながら、お夕飯にでもしましょう、と言った。

 

 

 

 

食事を終えて、食後のお茶を啜る。

和食、美味(おい)しゅうございました。霊夢ってばお料理上手だね。

湯飲みの中に髪の毛が入らないように指で退けつつお茶を飲み、それから、今思い出したように今ってどのくらいだっけ、と聞いた。

少しの間俺の言葉の意味を理解できていなかったようで、五秒程してから、「百十八季。七の十二」と答えてくれた。

百十八季と聞いても今一ぴんとこない。七の十二ってのは、七月の十二日って事だろうか。

百十八、百十八……と記憶を巡らす。

ふと、こないだ幽香を張っ倒した事を思い出した。

あれは確か去年の夏頃で…………あれ? 神綺と戦ったような記憶が無い?

旧作の最後を飾った怪綺談(かいきだん)っていうのがあるはずだけど、それに関しての記憶はなく、よくよく思い出してみれば、東方幻想郷と呼ばれるゲームの騒動が終わったすぐ後で記憶が途切れている。

なんじゃそりゃ、と首を捻りつつ、とりあえず霊夢にお礼を言う。

引っかかることは数あるけど、今が紅魔郷の前なんだってのはわかった。

……まあ、わかったからといって何があるわけでもない。

それより、いつまでもここに世話になるのは心苦しいし、人里にでも下りて住む場所を探そうかな。

あ、食っていくためには働かなきゃならないのか。

妖怪退治屋でもやろうかな。それくらいならできそうだし。

よし、そうしよう。

……でも、出て行くのは自分で完璧に力を使いこなせるようになったらにしよう。

 

 

風呂を浴び、寝巻きに着替える。

きつい。主に胸が。……あとお腹まわり。

それに、身長に合ってない。こりゃあ、服も調達しないとな。

香霖堂に行けばなんとかなるだろうか。

あ、そうそう。意外にも自分の裸を見ても何の感慨も湧きませんでした。

うーん。ちょっとは何か感じると予想してたんだけど。

まあ、自分の体を見て恥ずかしがるのも面倒だし、これはこれで良いか。

 

暗くなれば、就寝する。

神社には布団が一つしかなかった。

つまり、あれだ。

あれ。

 

 

……こっちは非常にどきどきしました、まる。


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