『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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愛しいあの子を追いかけて、燃える瞳のあの子に出会った。



第二十六話 戦いへの道筋

 

 迷った。

 端的に言うなら、そうだろう。先程から同じ場所を通っているというか、どこを見回せども竹しかないから、現在位置の把握ができない。

 焼き鳥屋さんがその辺からひょっこり顔を出さないものかと見回していると、竹の後ろからこちらを窺う白兎の姿を見つけた。

 永遠亭で働く兎のようだ。彼女たちはみんな同じ格好で殆ど同じ顔をしているが、性格や喋り方、髪形なんかで識別できる……はずなんだけど、そこで私を見上げている兎は、最もよく見る兎の姿で、識別なんかできっこなかった。そもそも、一匹一匹の名前なんて覚えちゃいないんだけども。

 しかし、こんな所で何をやってるんだろう。彼女たちが持ち場を離れる事は滅多にないはずだが……俺が知らないだけで、そんな事はしょっちゅうあったりするのかな。

 もしかしたら、俺と同じで迷ってるのかも。……この竹林で育った兎が、迷うかはちょっと疑問だけど。

 

 白兎の元に静かに下りていくと、竹の後ろから出てきて俺の前に立ち、顔を見上げてきた。癖のある黒髪が揺れるのが愛らしい。喋ると愚痴ばっかりだけど。

 彼女の胸に垂れるにんじんの形をしたペンダントに目をやる。アクセサリーを付けてる兎なんて初めて見たな。珍しい。

 迷ってるの? と問いかけると、ゆっくりと首を振って、そういう巫女様は迷っているので? と逆に聞き返してきた。

 困った事に、そうなんだよ。もう一時間以上は飛び続けてる気がする。いい加減先に進みたいね。

 そんな事を言うと、「永遠亭に行くなら案内しますよ」と言って、竹林の奥を指差した。おお、助かる。

 道案内を頼むと、彼女は指差した方向に歩き出した。

 歩き出した、とは言っても、その足取りは軽やかで、ただ歩いているだけでは置いていかれそうだったので、自然と早歩きになる。

 ……目の前で、右に左に小さく揺れる丸型の尻尾が目を引く。なんだあれ。もふもふ。触りたい。もふもふといえば、頭の両脇から垂れる耳もかなりもふもふしてそうだ。

 触らせてくれないかなー。駄目だろうな。彼女たちは、人間との過度な触れ合いを嫌う。聞けば、お肌が荒れるとかなんとか。仕方ないね。

 暫く黙々と歩いていると、急に兎が足を止めた。立ち止まり、兎の背を見る。なんで止まった? まだついてないようだけど……誰か来たのか?

 竹林に満ちる不思議な気配のせいで、近くに誰か来てもわからないのだけど、目で見ようにもこんなに竹が多いんじゃどうにもならない。

 なら兎に聞くのが早いと声を掛けようとすると、急に振り返った兎が、いつまで羽を出してるんです? と聞いてきた。

 ……あ、仕舞うの忘れてた。出しててもなにかが減るわけじゃないし、感覚もないから。

 ぱっと黒い光を散らして消して見せると、ほっとした気配が兎から伝わってきた。

 それも、そうか。邪気の浄化なんてしてないし、妖力の小さい妖怪からしてみれば、これは害以外の何者でもないだろうね。……俺にとってもそうなんだけども。

 さ、こっちだ、と手を振って、再び跳ねるようにして走り出す兎。気のせいか、若干気安くなったような。まあ、気にする事でもないか。

 追って走り出すと、一分もしないうちに建物が見えてきた。案内があると、やっぱり早いね。

 永遠亭を見上げていると、周りからわらわらと集まってきた兎が、俺を案内してくれた兎に寄ってきて話をし始めたので、少し大きめの声で礼を言い、中に入る事にした。……非常に、名残惜しいけど。

 ああ、もふもふしたい。

 

 

 薄暗い屋敷の中を、人を求めて歩き回っていると、ブレザー兎が走り寄ってきた。

 ああ、また巫女! とか言ってるし、霊夢はたしかにこちらに来たようだな。……もういないと思うけど。

 何しに来たのと問う兎に、霊夢を探しに、と素直に答えると、とっくの昔に出てったわと吐き捨てるように言われた。ちょっと苛ついているみたいだ。大方永琳になにか言われたんだろう。もしくは、霊夢になにかされたか。

 じゃあ、どこへ行ったか知らないかと聞けば、さあ? とやれやれのポーズを取られる。

 

「師匠を呼べというから呼んでやったら、もういなくなってたんだもの。おかげで怒られちゃったわ」

 

 ほう、そりゃ気の毒に。と同調してやる間もなく、厄介事を起こす前に帰った帰った、と手を振られてしまった。

 霊夢がここにいないとわかった以上は、俺がここにいる必要もないし、言われるままに出て行くとするか。わざわざ案内させてしまった兎には悪いんだけど。

 

 というわけで外に出て、すっかり兎もいなくなって静まった竹林を見回し、羽を出して飛び出す。

 どっちへ行けば外へ出られるんだろうか。適当に飛んでちゃ迷うのが落ちだし、うーむ、どうしよう。あの子なら、適当に飛んでても外へ出られるんだろうなあ。

 ああ、こうしてる間にあの子との差は開く一方だ。こうしちゃいられないのに……あ、竹の花だ。珍しい。

 まっすぐ飛んでれば必ず外に出れると信じて飛ぶ事三十分くらい。見飽きた竹林の中に、見覚えのある白黒を見つけた。

 こんなところに魔理沙がいるなんて。永遠亭に用事かな。

 近付いていくと、俺に気付いた魔理沙も近付いてきた。こんにちは、と挨拶。

 

「何してるんだ? こんなとこで」

 

 ツバを押さえて、ん? と小首を傾げて見せる魔理沙に、あの子を見なかったか聞くと、おお、それなら原因を突き止めるだとかなんとか言ってあっちに飛んでいったぜ、と竹林の向こうを指差した。

 

「私の誘いを断ってな。つれない奴だ」

「そういうあなたは、ここで何を?」

 

 何も言わずに去るのはさすがにあれなので、とりあえず質問を投げかけると、竹の花を摘みに、と答えが返ってくる。

 え、摘んじゃうの。もったいない。

 材料かなにかにするんだろうなと思いつつ、ちょっと進んだ所に咲いてたよと教えてやると、礼を言って飛んで行った。

 さて、俺も先を急ぐとしよう。日が暮れてしまう。

 

 

 さらに飛ぶ事三十分。ようやっと竹林を抜けられた俺は、とりあえずあの子の気持ちを考えて行動してみる事にした。

 もうそろそろ異変の首謀者とぶつかってそうだけど、その首謀者が誰と考えるか。花が咲き乱れてるし、そういう能力を持った奴だと考えるのが普通だよね。

 ……そういう妖怪を知ってるような。

 日傘持っててー、緑の髪でー、もんぺなあいつ?

 たしか名前は幽香だったか。あいつは……どこだろう。思い起こしてみても、太陽の畑にいそうってくらいしか出てこない。

 あそこはたしかに年中向日葵が咲いてるけど、だからといって幽香がいるとは限らない。だって、前に行った時はいなかったし。別に幽香を見に行ったわけじゃないから、たまたま会わなかっただけなのかもしれないけど。

 まあ、なんでもいい。幽香のところに行けば、きっと霊夢もいる。……その幽香がどこにいるのかわからないんだけども。気を探るとか、そういう便利な技能が欲しいな。努力しなくちゃ駄目か。

 

「おや、巫女を発見」

 

 動いてれば見つける確率は上がるだろうと飛び回っていると、物凄い勢いで横を通り過ぎて行った影が戻ってきて、俺の前で止まって、そう言った。

 ……誰? 見覚えがない……黒髪に、黒い翼に……手には手帳とペン?

 誰だっけと腕を組むと、さあさ、私の事は気にせずに、と言われた。いや、気になるんだけど。

 誰か、と問えば、記者だ、と返ってくる。ふーん、記者ねえ。妖怪事情に詳しい? へえ、詳しいのか、そうか。じゃあ……。

 

「花の妖怪?」

 

 うんそう、そいつ探してるの。

 射命丸文と名乗った天狗の妖怪は、その人だったら、さっき会ったばかりです、と言って、あさっての方向を指差した。みんな指差すの好きだね。

 

「向こうに見える山、そう、あの山です。あそこで会いました。……いえ、あなたとは違う巫女の方は、まだ見てませんね。……そうです、探してるのですよ。なにせ、巫女はネタの宝庫ですからね」

 

 いくつか言葉を交わした後、記者の指差した方向へ向かう事にした。礼を言うと、いえいえ、ネタを提供してくれれば構いませんよ、なんて言う。しかも、飛び出すと後ろについてくる。

 『振り切るぜ!』なんて、耳元で神綺の声が響いたのだけれど、無理だと思うなあ。この速度で飛んで、この記者凄く余裕そうなんだもん。

 特に話し掛けたりしてこず、見てくるだけなのだったので意識を外し、ただ前を見て飛ぶことに集中した。

 もうすぐあの子に会える。……って、ちょっと気持ちが昂ぶりすぎだ。たった数時間顔を見てないだけなのに。ああ、でも、心配だ。怪我とかしてないといいけど、ほんとに。

 

 

 木々の中の、丸く開いた地形。一面に色彩豊かな花たちが咲き乱れる中に、こちらに背を向ける形で彼女は立っていた。

 降り立ち、羽を消して歩み寄っていく。一つの花を踏む事無く、慎重に、ゆっくりと。

 チェックの入った上着、同じ柄のロングスカート。揺れる癖っ毛は緑……。

 記憶違いか、どう見てももんぺじゃない。それと、あの子はどこだ? まだ来てないのか、それとも、もう帰ってしまったか……聞いた方が早いか。

 もう一歩踏み込み、声を掛けようとすると、サンッ! と土を突く音。スカートの淵にあるフリルの下、僅かに見える彼女の両足の間の、その先。地に突き立つ傘の先が見えた。

 

「待っていたわ」

 

 (りん)と響く声。風が吹いて、草木や花がざわめいても、耳の奥に残る声。

 舞うように、しかしその場で彼女が振り返った。開いたベストから覗く、真っ白なシャツ。胸の上に乗る、黄色いリボン。片手に、傘。髪を押さえた彼女の真紅の双眸は、俺の目と合うと、微笑むように細まった。

 背筋を虫が這うような悪寒。なんだろう、これは。凄く気持ちが悪い。雰囲気が? ……違う。こいつが、凄く、気持ち悪い。

 彼女が声を発する前とは別の意味で慎重に、ゆっくりと足を開く。額に浮かぶ汗を拭う事もせず、ただ揺れる右の袖をちらりと見て、彼女に目を戻した。

 後ろからカシャリと音がする。久しく聞かなかった音……シャッター音? 彼女は、写真を取られた事を気にせず、記者に目をくれる事もなく、「この時を」と、静かに付け足した。

 待っていた、か。どうして? 再会の時を待っていたのか? そんなに親しくした覚えは……あるけど、この雰囲気は、歓迎しているとは受け取れない。

 

「この私に与えられた、チャンス。私だけに与えられた、機会。感謝しなくちゃ……一分一秒が惜しい。靈夢……そう、靈夢。来なさい。戦いましょう」

 

 どうして? と素直に疑問の声を上げると、返ってきたのはそんな言葉だった。要約すると、戦いましょっていうお誘い。なんで? ……いや、別にいいんだけどね。

 興奮した雰囲気を発するかざ……風間幽香? が、再度地面に傘を突き立てた。

 

 「おおお!?」と、記者の発する驚愕の声。声には出さず、だけど俺も驚いた。

 周りの景色が変わった。一面真っ白な花に囲まれたここは……神社の麓。なぜ、ここに。

 

「オオアマナの花……」

 

 周りを見回した彼女が、花の名前を呟いた。オオアマナ? この白い花の事か。

 一通り見回した彼女は、俺に目を戻し、てっきり神社へ行くと思ったのだけど、と言った。

 ……ワープ能力? たしかにお前は、なんだか色々できたみたいだったが……別の人間も巻き込めるとは。

 おー、凄い事が始まりそうですよ! と騒ぎながらシャッターを切りまくる記者を置いて、彼女の目を覗き返す。好戦的な瞳。覚えのある目。それは、どこかで似ていて、でも、似ているなんて言うのは彼女に失礼で……。

 

「花のない場所へ行こうとしたというのに、貴女の想う場所に花があるとは」

 

 溜め息を吐いて、次には、安心しなさい、と幽香。

 

「ここには誰もいない。……余計なものはついてきてるけど、何を気にする事無く、思い切り戦える」

 

 ふーん、わざわざ戦いの舞台を用意したか。そうまでして?

 

「そうまでして、私と戦いたい?」

「当たり前よ。……知りたかった。記憶の向こうにある貴女が、どれだけ強いのか。この身を打った拳の硬さ。血の抜け出ていく感覚。貴女の放つ光線に貫かれる痛み。全部本当にあった事?

 ……知りたい。本当の強さ。知るためには、貴女と戦わなければ」

 

 だから、待っていた。貴女の事を、恋焦がれる少女のように、と、彼女は言う。戦闘ですか、離れて見てますね、と言って、記者は空へと上がっていった。

 ……戦闘狂か。懐かしい。いや、懐かしがるもんでもないけど。この楽園には、戦闘狂いの多い事。……俺もその中の一人かもしれない。

 腰を落とし、構える。彼女も地面から傘を引き抜いて――オオアマナの花弁がふわりと舞った――先の方を俺に向けた。

 ゆっくりとした動作に貫禄を感じ、だけどどこかにたどたどしさも感じた。

 戦いへの興奮が胸を突き上げる。期待が満ちる。先程までの気持ち悪さなんて全部消えて、あるのは、溢れる程の高揚感だけ。

 カシャリと鳴ったカメラの音を合図に、俺たちはぶつかった。






無視された人たち

・咲夜さん 登場ならず。竹林で登場するかと思ったけど魔理沙と間違えてただけだぜ

・小町 どうせ寝てたんでしょ。知ってるよ。だから出番ないんだよ。

・映姫 でばん あります。 ぶたないで

・スターちゃん 二十六話。それがお前の絶望へのなんでもないです。
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