『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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最終話前編


第二十九話 力が欲しい

 暗闇の中をぐるぐると落ちていく。

 それでも平衡感覚はしっかりとしていて、横と縦の回転が入り混じる体を動かし、膝を抱えて丸まって、地面に着地する際に衝撃を逃した。

 

 立ち上がって周りを見回す。

 暗い。暗闇だ。なのに、視界は明るい。不思議な気分だ。

 上を見上げても、私が引き込まれた亀裂はなかった。どういう事よ。せっかく、せっかく……私……。

 あの子と、と心の中で呟いて、顔を落とした。

 あの子と、なんだ。私は何を言うつもりだった。何をするつもりだった。

 あまり調子に乗るな。私は、そういうのじゃない。あの子に迷惑を掛けたくない。自分の都合でなんて、格好悪い事をしたくない。

 目頭を押さえて、それから、思い切り頬を叩いて気を入れなおした。

 

 落ち着け。自分を責めたって意味がない。それに、もう終わりなのだ。異変は全て終わったと声――八雲紫――は言った。ならば、後は八雲のお遊びにかたをつけて、ちゃんと気持ちの整理をしてから、堂々とあの子の前に出ればいい。

 みっともないのは、駄目だ。言い訳もよくない。全部謝って、一緒にいていいかと聞こう。

 他にはもう何もいらないから、あの子と一緒にすごしたい。あの子が生きていくのを見たい。

 そのためには、進まねば。

 

 暗闇の向こうに顔を向けると、揺らめく闇がさっと左右に割れて道を作った。先は見えないが、気配は感じる。ずっと遠くに八雲紫がいる。

 ずれた襟元を正し、右肩から垂れる袖を一瞥(いちべつ)して、爪先で地面――があるようには見えないけど――を叩いて靴の具合を直す。

 準備はできた。後は、飛ぶだけだ。

 目だけを動かして、何も気配が無いのを確認してから、静かに霊力を纏って飛んだ。

 

 闇の中を飛ぶ。

 視界が明るいといえど、ここには何も無い。自分がどこにいるかを知る術が無い。

 でも、もう何時間も飛んでいる気がする。全速力で。

 ばたばたとはためく袖や服の重みを感じながら、ちらりと後ろを見た。最初にいた場所となんら変わらない景色。私は、本当に進んでいるのだろうか。

 光の粉が体に纏った霊力から零れていくのを後ろに、目を戻す。そもそも、このスピードで飛んでいて気配のある場所につかないのはおかしい。なんらかの術に落ちていると考えるのが普通か。

 きっ、と空中で止まり、緩やかに地面へと降り立つ。

 気配との距離は変わらない。八雲紫は……何を考えているのだろう。私に用があるのではないのか。

 二度瞬きをする間に考えて、すっと左腕を上げ、手の平を気配へと向けた。

 出てこないというのなら、出てこさせるまで。

 一息に溜めた霊力をまっすぐに解き放つ。

 

「!!」

 

 ()()()()()で爆発が起こり、伸ばした腕の先から熱に包まれていく感覚。黒煙が半球状の透明な壁に沿ってぶり返してきて、顔を庇うのもままならないまま激しく咳き込んだ。

 喉に手をやって何度も息を吐き出し、吸ってしまった煙を吐き出す。その間に霊力を噴出(ふんしゅつ)して煙を押しやる。

 白い光に追われた煙は、見えない壁に(はば)まれて流れ、しかし、少しずつだけど外に抜けていった。

 その全てが消えた後に、口元を拭って、そっと手を差し出した。そのまま一歩。

 手の平に、硬い感触。冷たくも熱くもない壁が、そこにあった。先程の煙の動きを考えるに、私を囲むようにドーム状に、それはある。

 

「……なんのつもり?」

 

 思ったよりも冷えた声が出た。

 見えない壁を撫で下ろしながら腕を下ろすと、闇の中に亀裂が走り、ビキビキと音を立てて広がっていった。

 両端にある場違いなリボンに目をやっていると、亀裂の中から八雲紫が現れた。音もなく、かといって、存在感がないわけではない。

 亀裂の大きさのためか、頭を下げて抜け出てきた八雲が上げたその顔に浮かぶ表情に目を(またた)かせる。

 ……なに、あれ。

 笑いを必死に堪えているような、膨れ上がる激情を無理に押し込めているような、そんな表情。

 それが、隠される事もなく私に向かってきていた。

 気味の悪さに、しかし特に思う事もなく、なんのつもり、と同じ問い。

 

「『なんのつもり』……ふふ、なんのつもり、でしょうね?」

 

 口元を隠す扇子ごしにでもわかる、歪んだ半月状の唇。……あー、なにを感じる事もない、なんて思ったけど、不愉快この上ない。私を笑うために呼んだの? そのために邪魔を? ……なにか、理由があるんでしょう。そうに違いない。

 わざわざ私の嫌がるような事はしないだろう、というか、する理由が見つからない。そう思って、もう一度口を開こうとした時に、すっと、八雲が扇子を差し向けてきた。

 

「本当、勘の悪さは変わらないのね」

 

 馬鹿にするような口調にむっとした。なに? あなたがちゃんとわかるように言わないのが悪いのでしょう?

 ぷんすこと唇を尖らせながら文句を言って歩み寄ろうとして、壁にぶつかってとんとんと後ろに下がった。

 ……格好悪い。

 ぽりぽりと頭を掻いていると、八雲がもう堪えられないといった風に大笑いをした。腹の底から響かせるように、しかし、汚くはなく。

 妖怪というのは、どこまでも不思議な奴らだ。そう思いながら見ていると、「ちぐはぐよ!」と、八雲。なにが、ちぐはぐだって?

 

「あなた、ふふ、あなた、なんなの? あんまり、あんまりにも混ざりすぎだわ!」

 

 混ざりすぎ? だから、なにが。

 とうとうお腹を抱えだした八雲を前に、首を傾げて考える。だけど、わからない。一体何を指して混ざりすぎと?

 いくら考えても私の中では答えがでなさそうだったので、八雲に期待してみたが、生憎と答えが返ってくる事はなかった。

 ふっと笑みを消した八雲が、「だけど、それでは不都合」と言う。

 あ、もういいわ。あなたたちの言う事の意味を考えるのは不毛。てきとうに話を合わせ、必要なら力を使う。今までずっとそうしてきたのだから、今からも、そうしよう。

 今は力を使う時か、などと考えていると、八雲が軽く腕を上げ、ぱちんと指を鳴らした。

 

 

「……?」

 

 特に何かが起きた様子もなく、何も変わらず。闇の中に立つ八雲が腕を下ろすのを見届けても、何かが起きた気配はなかった。

 なんだったのだろう、と考える。わからない。やっぱり、わからない。

 考えてもしょうがないのだったと思い出して、すっぱりと行動の意味を知る事をやめた。

 考えなくても、その内答えは出るから。

 

「さて、時間がないから率直に言うわ」

 

 ぱしん、と片手に扇子を叩きつけた八雲がそう言って、一呼吸おいた。

 次に飛び出した言葉に、私は壁をぶち破っていた。

 

「貴女の力を頂くわ」

 

 一足飛びの元に詰め寄って、八雲の胸倉を掴んで持ち上げる。

 後ろから追いついてきた風が私たちを叩いていく中で、目を見開いた八雲の顔を睨み付ける。

 

「力が欲しい? 力が欲しい? なぜ? なんで? どうして?」

 

 矢のように口から飛び出す言葉に、わきあがる怒りを乗せれば、口の端を引きつらせた八雲は、するりと私の手から逃れて地に足をつけ、すべるように後退して距離を取った。

 

「……流石に、はやい」

 

 呟く声を耳にしながら、ゆっくりと腕を下ろす。静かに、だけど激しく噴き出す怒りが霊力になって私に纏わり、揺らめいていた。

 お前も。

 

「……お前も、そうなのか」

 

 私の問いに、八雲は答えない。ただ、後ろに一歩下がり、隙間の中に消えていった。

 ……やはり、妖怪は妖怪か。信じられたものじゃない。どうせ最初からそれが目的だったのだろう。それが目的で、私を導いたのだろう。馬鹿にして。私の力は、あの子を守るためにある。お前のためにあるんじゃない。ましてや奪われるためにあるんじゃない。……奪われてたまるか。今度こそ、殺してやる。

 

「ふふ……。そう、このためだけに貴女を呼び戻した。私が力を得るために。私が絶対になるために」

 

 そこら中に響く声に、軽く顔を上げて中空を見る。力の流れは曖昧で、八雲紫がどこにいるのかはわからない。

 でも、わかる。必ずわかる。

 前と後ろに力が集まるのを感じて、即座に不可視の霊力を叩きつけると、溢れた力が行き場をなくして爆発した。

 もうもうと広がる煙を気合砲で払い、視界を開く。

 姿を現さずに戦おうという魂胆なのだろうけど、私にそれは通じない。攻撃の時、必ず気配がするから。私はそこを叩けばいいだけ。真っ向から来ても無駄だ。私は、もう負けない。二度は死なない。死ねるものか。

 上空に現れた亀裂に霊力を叩きつけ、次は斜め後ろ、その次は――――。

 

 無駄だというのに、八雲は繰り返す。何度も繰り返す。姿を現そうとしないのは、そうすれば終わりだとわかっているからか。

 でも、なぜ攻撃をやめないのだろう。ただ傷つくだけを繰り返して、なんの意味があるのだろう。

 目の前に広がった亀裂に気合砲を叩きつけ、その後ろに重なっていたもうひとつの亀裂にも、同じように。

 数を増やしても同じ事。そこに妖力弾を混ぜても同じ事。私に負けはない。お前に勝ちはない。力を求める馬鹿な妖怪など死んでしまえ。

 

 飛び回る蝶型の弾幕を握り潰すと、その隙を狙ったのか、目の前に開いた亀裂から八雲が飛び出してきた。ぐんと伸ばした腕に軽く手を当ててやれば、豆腐でも切るかのように腕を両断し、そのまま体を引き裂いた。

 途端に、爆発。

 大した威力でもないそれを受けて、ただ背後に霊力を叩きつける。後ろに開いていた亀裂から息を呑む気配が伝わってきた。

 振り返れば、そこからも八雲が飛び出してきて、向かい撃てば、爆発する。囮、らしい。

 降り注ぐ弾幕を浴びながら、気合砲で煙を晴らし、亀裂に向かって霊力を叩きつける。と、そのすぐ脇に開いた隙間から、馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んできた。

 背後に隙間が開く気配を感じて、振り向きながら、迫ってくる囮に霊力弾を放つ。瞬間、視界が飛んだ。肩から地面に落ちて転がり、ようやく攻撃されたのだと気づいた。

 黒く焼け焦げて煙を上げる脇腹の服を見て、しかし、信じられない。だって、なんで、私が傷を……?

 そんな力、八雲紫には無いはずなのに。私がやられるなんて、そんなの、ありえないはずなのに……!

 震える足に鞭打って立ち上がり、即座に横にずれて、右脇を腕を伸ばして通り抜けていく八雲の背に蹴りを叩き込んだ。

 爆発。囮……?

 怒りと焦りに任せて煙を晴らし、半ばから焼け焦げて落ちた右の袖を踏みつけ、霊力を流し込んで消し飛ばす。忌々しい。どうして、私が傷を負う。私はやわじゃない。あんな奴に傷をつけられる程弱くない。なんで?

 

 振り向きざまに拳を振るうと、突進してきていた八雲が粉々に砕けて消し飛んだ。前に迫っていた者には気合砲を、隙間に飛び込んでいこうとした者にも気合砲を。

 じりじりと痛む腹に頭が沸騰しそうになって、ふと、冷めた。

 火傷した右の脇腹に、確かめるように左手を置く。痛みは、気にならない。弾幕を浴びせられても、光線に飲み込まれても、ダメージなんて無い。

 なんだ、そうだったの。

 

 ぶんと腕を振るうと、迫っていた三体の八雲が掻き消えた。

 やっぱり、こいつじゃ私に傷はつけられない。今みたいに、私の力を使わない限り。

 単純な話。八雲は、私が放った光弾を隙間を使って私に返しただけ。

 ……良かった。私は衰えてない。まだ戦える。

 

 口元に浮かぶ笑みをそのままに、必死の形相で迫りくる八雲を気合砲で吹き飛ばすと、それは粉々になって消える事も無く、爆発する事も無く、床を転がってすぐに立ち上がった。

 

「そ、その力を、はやくっ……もう時間が無いの! はやく寄越しなさい!」

『その力……。そう、巫女の力が欲しいのよ』

 

 上品な手袋が焼け焦げているのも気にせずに、傷を庇うことも無く私に手を伸ばす八雲。

 ……妖怪は、タフだ。今ので死なないなんて、本当に、妖怪は丈夫。まったく忌々しい。

 

「時間が、力、お願い……その力を」

『その力を寄越しなさい』

 

 八雲の声に重なる、あの妖怪の声。忌々しい。妖怪め。もう負けない。私は負けない。絶対に。

 

「…………」

「その力……ちから……」

 

 勝手にヒートアップして、今やもういない敵に力を向けようとする自分に肘を叩き込んで、気を取り戻す。さすがに自分の力だけあってかなり痛いが、おかげで正気に戻れた。今私が相手をしているのはあの妖怪なんかじゃない。八雲紫だ。

 それも、少々様子のおかしな。

 そもそもなぜ、八雲は私の力が欲しいと言った? それは、あの妖怪と同じ理由なの? それなら許せない。絶対に殺す。……でも、違ったら?

 八雲紫が言う『その力』が、特別なものでないとしたら……だったら、わざわざこんな所に呼ぶわけは、ないか。

 

 よたよたと近づいて来る八雲を遠くに見ながら、気を落ち着けて、それから、考える。

 考えて、結論を出した。やっぱりこいつ、私の力を欲しがってる。殺すべきだ。

 呼び戻したという言葉の意味も、導いてきた意味も、大体わかる。だから、もうこれでいい。

 立ち止まった八雲に手を差し向ける。

 ぶつぶつと呟いていた八雲は、とうとう一言も喋らなくなって、顔を落としたまま動かなくなった。

 何を思うでもない。何も思わない。ただ、手の平に霊力を溜めて――溜めずとも殺す事はできるけど――、後は放つだけ。

 

「夜摩天より力があればどうとでもなる」

 

 そんな時に、声が響いた。

 

 

 声の出所は、言うまでも無く八雲紫。ただ、その声に違和感を覚えて腕を下ろした。いつだったか聞いた、何かを演じるかのような、ただ読み上げているかのような声。それに、言っている事が変。夜摩天が、どうしてこの場面で出てくるというのか。

 まあ、妖怪の言う事は良くわからない。耳を貸さないで、さっさとかたをつけてしまおう。

 そう思ったところで、顔を上げた八雲と目が合う。いや、私がただ目を見ただけか。

 どこを見るでもなく、ただまぶたを開けているだけ。機械的な表情というのは、ああいうのを言うのだろうか。

 

「結界は、そんなに少ないと思って?」

 

 腕を広げた彼女が、大仰そうに言う。だけど、言っている事は相変わらずおかしい。

 何が起きているんだろう。

 不可思議な事に、流石にすぐに攻撃しようという気が無くなって、様子を見る事にした。だって、明らかにおかしい。私を見ていないのに、私に敵意が向かってる。それも、途切れ途切れに。

 

不死「火の鳥 ‐鳳翼天翔‐」

 

「んっ!?」

 

 突然のスペル宣言。

 私がそれを宣言だと理解できたのは、八雲紫の声が高々と響いたから。

 ――響いた? 彼女は口を動かしていないというのに? そもそも、そのスペルは……誰の?

 迫りくる火の鳥に一瞬気圧(けお)され、しかしすぐに気を取り戻して、ただ立つ。炎に飲み込まれたとしても、自らの霊力を纏った私には傷はつかない。余程のものでない限りは。

 ばっと地を蹴って飛び上がった八雲が弾幕をばら撒いてくるのをそのままに、気合砲を叩きつけてみるも、結界のようなものに阻まれて掻き消された。

 得意のもののようだ。だったらなぜそれを最初からやらなかったのだろう。

 きゅ、と音を鳴らして地面を蹴り砕き、一瞬の内に八雲の目の前に辿りつく。途中にあった結界は、霊力に触れたそばから砕けて消えていった。

 

秘弾「そして誰もいなくなるか?」

 

 無力化するために手加減した手刀を振り下ろそうとした矢先に、またスペル宣言。一瞬の間もなく八雲が消え、私の腕が空気を薙いだ。

 それは、フランドールのスペル。なぜあなたが使うの?

 光る玉が弾幕を張りながら飛んでいくのに向けて光弾を放つも、すり抜けてしまった。完全再現? ほんとに、何が起こっているというの。

 これじゃあ攻撃が通らないと思っていると、十秒経たないうちに八雲が姿を現し、向かってきた。

 

「なんのつもり、ですか!?」

「ああ、なんてこと! よく見ると彼岸花も咲いてるし」

 

 どう声をかけたものかと思案した結果に、昔の口調で呼びかけてみたが――昔の方が丁寧だったとは自覚している――わけのわからない言葉を返された。なんで花がでてくるのか。

 伸ばされた腕を取ろうとして、目の前に亀裂。慌てて飛びのけば、亀裂の中に八雲は消え、同時に別の場所から飛び出してきた。距離はおおよそ二十メートル程。私に距離は関係ないけど、なんのつもりなんだろう。

 

 壊れてしまったのか。

 頭の中に、そんな考えが浮かぶ。

 馬鹿な考えのようにも思えるが、「やっと巫女を発見したわ! こんな山奥で」などと、顔の筋肉を一つも使わずに言う八雲紫を見ていると、あながち間違ってもいないような気がしてきた。

 

 メイド秘技「殺人ドール」

 

 視界いっぱいに広がった妖力の刃をノーモーションで払って消滅させ、ただ私に目を向けて不規則に飛び回る八雲を目で追った。

 壊れた……それは、どうして。

 どうしてか、なんてわからないか。ただ、壊れたというのは事実だろう。

 何度か呼びかけてみるも、返事など無かった。いや、確かに言葉は返されたが、そのどれもが彼女の言葉じゃない。

 

「なんでそのお嬢様と闘うことで話が進んでいるのよ」

 

 どうするべきか。

 彼女がばら撒く弾幕の中を歩みながら、それだけは考える。

 もし八雲紫が私の力を欲しいと言ったのが、こうしておかしくなってしまっているからなのだとしたら、殺すわけにもいかないし……。

 手加減というのは、どうも苦手だ。

 昔からそうだった気がする。それは、修行でどうこうできるものでなく、敗れて死ぬまで、苦手のままだった。

 全力を出して向かうべき敵なんて、最後にしか現れなかったから。

 そいつさえ現れなければ、こんなにたくさん繰り返すことも無かったのか。

 ……繰り返すのが嫌なんじゃない。私は、もうこれ以上あの子を見捨てたくないだけだ。

 

湊符「幽霊船永久停泊」

 

 『見捨てたくない』。その言葉に、身勝手さや憤りがあふれてきて、でも、無理矢理に抑え込んだ。

 だから、考えても意味が無いの。いくら自分を責めたって、昔のものは取り戻せない。だからこうしてやり直し続けてきたんでしょうが。

 それももう終わりに近づいてきている。

 終わりさえすれば、私は素直になれるはず。

 もう何に囚われる事も無くあの子とすごしていける。

 誰にも邪魔させない。邪魔する奴は……倒す。

 

大結界「博麗弾幕結界」

 

 そうだ、壊れていようが、邪魔な奴は邪魔。だから、倒す。そこに手加減は必要ない。

 腕を一振りすれば、ほら、視界に広がる()()()は消えて、八雲は地に落ちた。

 あとは腕を刺すだけで終わる。

 

「――――……て、行動番号212891・東風谷早苗『晩御飯の準備ができましたよ』行動完了。移行番号2128――」

 

 妖怪はタフだ。しっかりやらないと。

 

 暗闇の中を歩む。

 最初と同じように、最初と同じ気持ちで。

 考えるのは、あの子の事だけでいい。そのためだけに生き長らえているのだ。

 それ以外はいらない。そうでしょう。それでいいはず。間違いなんてひとつも無い。

 

 へたりこみ、顔を落としてぶつぶつと呟き続ける八雲の前に立つ。

 一瞬だけ、哀れに思う気持ちがわいたけど、それはいらないと、すぐに捨てた。

 手を差し向ける。時間がもったいない。すぐに終わらせないと。

 ふと、八雲が顔を上げた。

 悲しそうな顔。眉を八の字にして、目尻に涙を浮かべて、唇を噛んで。

 さっきまでみたいな、機械的な表情なんかじゃなかった事に、どきりとした。

 だから、問いかけた。

 なにがしたいのですか、と。

 

「お願いだから……力を」

 

 ……答えは、同じだった。

 なら、私のとる行動も同じ。手の平を向けて、霊力を溜めて、撃つ。

 そうしたら、帰れる。全部終わったよって言える。また一緒に過ごせる。

 

 ……そうだったらいいな。

 そうだったら、どんなに良かったかな。

 ああ、気付きたくない事に気付いてしまった。いや、この場所に来てからずっと感じていたはずだ。

 私は意図的にそれを考えまいとしようとしていただけ。

 八雲の表情の意味はわからない。でも、きっと、今の私と同じ気持ちに違いない。

 ――力が欲しい。

 心の底から、そう渇望する。

 だって、力がないと終わっちゃう。

 またあの子を殺してしまう。

 それは嫌だ。それだけは駄目だ。

 私が死ぬのも駄目。あの子が死ぬのも駄目。

 だったらどうすればいいの?

 どうすれば、あいつを……殺せる?

 

 八雲の目を見つめながら、ぐるぐると考える。

 ああ、もう駄目だ。時間が無い。すぐ近くに感じるあの忌々しい力は、一秒経つごとに増大していっている。

 ……もっと早く気付いていれば。

 ううん、無理だった。記憶を取り戻していない、ただ博麗靈夢という存在に浸っていた私には、封印されているあいつを殺す力なんて無かっただろう。

 いや、たとえ今の力があったとしても、殺せるとは思えない。

 そんなに簡単に終わる事なら、これ程苦労はしなかっただろうから。

 

 八雲から目線をずらし、闇の向こう、力の強い場所を見る。

 不思議な事に、闇の途中から人里の風景が広がっていて、中心に龍神様の像があった。

 そこに、あいつが封じられている。

 この世界の私が命と引き換えに封じたあいつが、今まさに出てこようとしている。

 

 ごしごしと、目元を拭った。幸い涙は出ていなかったけれど、すっかり私の心は弱ってしまっていた。

 あれほど倒す殺すと思っておきながら、事実を前にしてこのざま。

 本当に、自分の弱さが嫌になる。

 ああ、やだ、ほんとにやだ。

 やだ。いやだから、出てこないで。お願いだから、私の夢を壊さないで。

 もっともっと見ていたい。漬かっていたいよ。死にたくないよ。

 

 ガラスがひび割れるような乾いた音が広がり、空間に(いく)筋もの亀裂が走る。

 龍神様の像の下から光が溢れ、その光に乗って青い蝶々が飛び出してくる。

 何匹も、何十匹も、泉のようにわきだしてはひらひらと舞って消えていく。

 幻想的な光景だった。

 ずっと昔に、初めて見たあの時に感じた気持ち。

 それを、心のどこかで感じていた。

 

 光が人型を作りだし、横たわっていたそれがぐんと起き上がる。

 輪郭ができて、肉がついて、目の()めるような赤色が広がると、風も無いのに緩やかにはためく着物ができた。

 翡翠色の瞳と目が合う。

 藍色の長髪も、その赤い着物も、穏やかな表情と微笑みを絶やさない顔も、何もかも記憶の中のまま。

 あの時とは違って、隠そうともしない力は、感じていたくない程に強大で。

 

「……みち、ゆめ」

 

 たゆたうようにそこに浮かぶ妖怪は、里の風景が闇に飲み込まれて消えるのと同時に、にっこりと笑みを見せた。

 仇敵満夢(みちゆめ)が、復活した。

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