『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第五話 紅霧異変の始まり

 数ヶ月の時が経った。

 季節は変わり、刺すような日差しが鬱陶しくなってきた今日この頃。

 俺は未だに博麗神社にお世話になっていた。

 

 ……だってだって、霊夢のご飯美味しいんだもん。

 時々魔理沙が作るご飯も美味しくってさあ。

 俺もうここから離れたくなーい。

 

 ごろんごろんと転がって、縁側でだらんとする。

 床が冷たくて気持ちいい。すぐあったまるけど。

 

 この神社で目覚めてから今日まで、俺は自分なりにこの体に馴染むよう、そして経験を活かし、さらに研磨できるようにやってきた。

 ま、大して凄いことはしてないけども。

 人里で依頼を受けたりするなと言われたけど、ちょちょいと行ってお金を稼いだり、妖怪やらを相手にして実戦の空気を思い出し、または経験したり。

 ただ飯食らいは申し訳ないからね。少しでも恩を返さないと。

 それがお金って、なんか短絡的な気もするけど。

 しかも本当の目的が戦う事だからなあ。

 それから、霊夢の御札を作るのを手伝ったり。

 あれは良くわからない文を延々と書いてたから、とりあえず俺もてきとうに文を書いておいた。

 昨日あった事とか。それじゃ日記みたいだけど。

 御札の作り方とか、どうでもいい事から始まって少し肝心な事まで、記憶に頼っても思い出せない時がある。

 謎の空白。しかし思い出せないものはしょうがない。

 それから、暇な時に目一杯体動かしたり。

 修行だなんて大層なものではない。体操にすらなってない、型のない動き。

 ()んで()ねて玄爺蹴っ飛ばして。

 無限1UPごっこに付き合ってくれるから、玄爺好きだな。

 そうそう、気合砲やら攻撃の瞬間に霊力を纏うのも、今じゃ連続で出せるほどになった。

 便利な技だよ、ほんと。奇襲にべんり。

 それを教えてくれたあの妖精だけど、あれ以来時々会ってる。

 個人的なものじゃなくて、依頼で戦う事になるんだけど。

 

 なんだか知らないけど、懲らしめても懲らしめても一週間も経つとまた同じ場所でドーンバーンと大きな音を出す。

 そのおかげで、里の端っこに住んでるあの男性は今じゃ俺のお得意様だ。

 あんまりお金を貰うのも悪いので、あんみつ一個分の金額に抑えてもらったけど。

 それでも、他の人からの依頼で小銭は稼げるから問題ないし。

 あの妖精のお仲間なのかは知らないけど、薄い赤色の髪の妖精と、白髪の妖精とも戦った。

 あいつら妖精とは思えない程に強い。しかも肉弾戦を好むもんで、おかげでいい運動をさせてもらってる。

 しかし、あいつらの口ぶりからするに、あいつら以上のがもう一匹いるらしいけど、まだ見た事はない。

 強い妖精と言えば、チルノかな、と思ったけど、名前からして違うし。

 うーん、いつかは戦ってみたいもんだ。

 あー? 痛いのが嫌って言ってなかったかって?

 確かに嫌だけど、戦ってる時はそれさえ心地良いんだよね。戦いが終わると痛くて泣きそうになるけど。

 で、もう絶対戦わんって誓って、五分で忘れる。

 疲れなんかはお風呂入れば吹っ飛ぶし、霊夢の手料理食べれば回復するし。

 あーでも、太らないはずなのに最近お腹出てきたような気がするんだよなー。もっと動かないとやばいかなぁ。

 

 ごろごろー、と転がると、縁側から落ちそうになったので百八十度方向転換する。

 目の前に居間が広がった。障子が開け放たれてるから、然程首を動かさずに中を見渡せる。

 まあ、見渡さなくてもそこに座ってる魔理沙は見えるんだけどね。

 数日前から神社に泊り込んで、霊夢といちゃこらしている魔理沙。

 いやー、親しい女の子どうしが話してるのを見るのは目にいいね。ほんと。

 文化の極みって奴だな、百合は。……違うか?

 まあ、そんな百合百合しくもないしな。微笑ましいってのがあってるか。

 目を細め、眩しいものを見るように魔理沙を見ていると、こっちに気付いたのか、暫く居心地が悪そうにもじもじした後、胡坐をといて正座をした。

 なんで姿勢を正したし。

 まあ、気持ちはわからないでもない。人に見られてると、なんかそんな感じになるよね。親しい相手だ とそうでもないけど。

 ……あれ? って事は俺は親しい相手に見られてない?

 がーんだな。結構話とかしてるのに。

 これから交友を深めていけばいいか。魔理沙とお友達大作戦。仲良くなったら一緒にマスパを撃ちましょうってね。

 あ、もちろん俺が声援送る側ね。まだ力の全部出し切ってねーぞ! って叫びたい。爆発させろー。

 キリッ! と顔を引き締めていると、魔理沙が正座したままずりずりとこちらにやってきた。

 何してるんだ? と問いかけられる。

 何してるかときたか。見てわかる事をわざわざ聞いてくるって事は……やっぱりあれかね。

 なんか言葉遊びの類かね。

 霊夢もそうだけど、この子達は幼いくせに賢い事をよく言う。俺は頭が良い方じゃないんで、その真意を理解するのに一日二日は普通にかかる。

 額縁通りに言葉を受け取って恥ずかしい思いをしたくないし、うーん、なんて答えよう。

 うつぶせのまま頬杖をついて考える。

 うーん、うーん。思いつかん。

 

 結局俺は何かを言うこともできず、ただ無様に転がって魔理沙の視界から退場することしかできなかった。

 

 

 玄爺と一緒に空の旅~。

 いつものように甲羅に腹這いになって、ちょっと乗り出して玄爺の首に腕を回している。

 そんな格好で、ぽつりぽつりと玄爺と会話をしつつ、人里を目指していた。

 お小遣い稼ぎのためですよ。うえっへへ、一週間ぶりに甘味が味わえるぜ。

 道中見かけた奴は、亡霊だろうが幽霊だろうが悪霊だろうが、妖精だろうが妖怪だろうが見境無しに攻撃する。

 霊夢もそうしてるみたいだし、これでいいんだろうね。

 人間に良く似たものを攻撃するのは気が引けるが、ここら辺で悪さをされちゃあたまらないだろうから。

 参拝客の通る道だし。

 あ、悪霊は封印してお持ち帰りコースね。

 見てるだけで面白いんだよね、悪霊って。形も様々だし、動きが可愛いし。人型は勘弁だけども。

 悪霊を封印した御札やらを棚の奥にこっそり溜めてるんだけど、霊夢は気付いてないみたいなんだよね。

 まあ、ばれたら怒られるだろうから助かるんだけど。

 なー、玄爺、とぽんぽん頭を叩くと、何がですか? と暢気な声が返ってきた。

 俺もお前も大概暢気だよなー。

 ふと下を見ると、人間大の黒い塊がふよふよと移動していたので、とりあえず御札を投げつけておいた。

 ありゃあルーミアだな。時々見かける。その度にしばいてる。

 そのせいで霊夢はルーミアを見た事ないみたいだけど。

 俺が来る前はルーミアはどこにいたんだろうな。

 というか、俺もまともにルーミア見た事ないなー。黒い塊を見かけて御札投げてそれでおしまいだからな。

 直接姿を見た事は一度もない。

 ……あ、そういえばルーミアって金髪じゃないか。今度会った時に「サイヤ人だな?」って言おっと。

 そういや紅魔郷っていつ始まるのかな。早く異変に身を投じてみたい。

 そんな事を考えつつ人里につき、すぐに違和感を感じた。

 静か過ぎる。活気がない。

 というか、向こうの方から紅い霧が広がってきていて、里の半分以上を包んでるじゃないか。

 

「これは一体……」

「異変?」

 

 玄爺と顔を見合わせ、それからすぐに里へと降りる。

 誰もが家にこもっているのか、通りには誰もいないかった。

 歩いていると、すぐに紅い壁とぶちあたる。

 なるほど、禍々しいなこりゃ。いかにも体に悪そうだ。

 その霧を吸ってはいけませんぞ、と玄爺。

 こくりと頷いて返し、それから、頭に結んだリボンから御札を一枚抜き出す。

 えーと、魔を払うにはっと。

 ぐっと札を握り締め、一瞬の内に霊力を注ぎ込み、それを(かざ)しながら歩く。

 面白いように霧の方が避けていく。うむ、成功。

 近くの家の壁に札を貼っ付け、もう二、三枚に同じように霊力を込め、あちこちに貼って霧を晴らしていく。

 のんびりやって三時間。

 里に広がっていた霧は晴らしたが、やっぱり人は出てこない。茶屋も開いてなかったし、と呟くと、当たり前です、と言われた。

 これじゃあ依頼どころじゃないし、帰って霊夢に報告だな。

 

 玄爺に乗って空へと上がると、霧が里を避け、ゆっくり神社の方へ広がっていくのがよくわかった。

 あれじゃあ里から人が出る事はできないだろう。

 そういうお仕事の人はご愁傷様だな。

 

 

「異変?」

 

 居間で魔理沙とお茶を飲んでいた霊夢に、紅霧異変の始まりを告げると、ふぅんと流された。

 ……いや、流すなよ。

 魔理沙の方は「異変か! 私は行くぜ!」みたいな感じでノリノリなのに。

 俺が不思議そうな顔をしてるのを見てか、霊夢はまだ慌てるような時間じゃないと言った。

 

「せめてこのお茶を飲み終わるくらいまでは、ね。それに、なんかまだそんな気がしないし」

 

 どんな気だよ。

 それを聞いて、準備をしていた魔理沙も座り込んで、なら私もまだ行かない、と言い出した。

 お前はどっちなんだ。

 ……あ、じゃあ俺も俺も。

 俺も一緒になってお茶を飲む。霊夢が動かないのなら、俺もまだいいだろう。

 里の人たちのことは心配だけど。俺が出るべきじゃない。

 霊夢と魔理沙が先頭だ。俺は後ろにいるだけでいい。

 博麗靈夢の時代は終わってるのだからな。

 ……ちょっかい出したいと思ったら全力で出すけどね。

 

 そうやって、出発までの間、俺達はマイペースに過ごした。


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