『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第六話 執着

 霊夢が異変解決に乗り出したのは、神社から紅い霧が目視できるくらいになってからだった。

 俺が霊夢に異変の兆しを伝えてから、なんと三日も経っている。

 ちょっとのんびりやさんすぎやしないか、霊夢よ。

 まあ、その代わりにこの三日間で俺と魔理沙は装備を整えたわけだが。

 ……魔理沙は家に戻ってないし、実質ちゃんと装備を整えたのって俺だけじゃね?

 真面目に御札作ったし、針の使い方を思い出そうと訓練してたし、うん、俺頑張ってる。

 

 居間の、開いた障子に手を当てて遠くの空を見上げていると、すっと隣に来た霊夢が「異変ね」と呟いた。

 そう何度も言ってるよね、と思いつつもこくりと頷いておく。

 その隣に魔理沙が来て、「行くか」と言い、ようやく俺達は重い腰を上げた。

 

 

 前に霊夢、その右隣に箒に跨る魔理沙。後ろに俺。

 霊夢に従うように浮遊する陰陽玉を眺めながら、俺は玄爺の甲羅の上で立っている。

 腹這いだと格好悪いからね。あれの方が楽だけど。

 異変で調子に乗っている妖精達が、現れては撃ち落されていく。

 やはり俺の出る幕はないな。主人公が二人揃って出てるんだ、それも当然か。

 なんとはなしに自分の手を見る。

 風を防ぐために薄く纏っている霊力が淡い光を放っていた。

 お暇そうですな、と玄爺が言う。

 うん、ひまー。霊夢の前だから、悪霊を封印したって持ち帰れないしねえ。

 すっと遠くに見えた妖精に二本指を差し向け、光線を放ちながら空を仰ぎ見る。

 見事に真っ赤な霧が雲にとって代わって広がっている。

 あれはあれで綺麗だな、という感想を抱いていると、魔理沙が「お?」と声をあげたので前を見た。

 ちょうど、ルーミアが撃墜された所だった。

 あー、サイヤ人だって言い逃した!!

 なんと残念、と思っていると、やられたはずのルーミアがすいーっと昇ってきた。おなじみの腕を広げた十字のポーズである。

 お出ましだぜ、と魔理沙。

 霊夢が停滞しつつお払棒をぐっと構えるのを見ながら、爪先で玄爺の頭を小突く。

 何ですか? とこちらを見るのに、前を指差して、前に出るように指示をする。

 

「あーもう、たまんないわ」

「たまんないわね、邪魔者が多すぎて」

「ああ、邪魔だな」

 

 そうルーミアが愚痴り、それに対して霊夢が言い返す。魔理沙も加わり、幾つか言葉の応酬をする。

 ……おーい玄爺、早く前に出とくれ。弾幕決闘が始まっちゃいそうじゃないか。

 けりけりと催促すると、ようやっと玄爺が動き始めた。

 霊夢と魔理沙の間を割って、ルーミアの前に出る。

 どうした? と魔理沙が聞いてくるので、右腕を上げてちょっと待ってねのポーズをとり、私が始末します、と伝えた。

 あ、一人称は外見に合わせたものにしてます。この容姿で『俺』は無い。

 

「なあに、あんたが私の相手?」

 

 くるんと一回転したルーミアは、笑顔のままそう問いかけてきた。

 こくりと頷くと、そーなのかーと懐に手をやり、なにやらごそごそしだす。

 早いとこ言いたい事言っちゃって下がるとするか。

 しかし、近くで見ると、本当に綺麗な顔してるな、ルーミア。ぞくぞくするね。

 ルーミアに限らず、人型の妖怪は大抵美形だ。だからといってしばく時に手心など………………加えたりは、しない。うん。

 

「……サイヤ人だな?」

 

 口の中で数回反復してから言ったおかげで、しっかり最後まで言えた。

 口の端を吊り上げて、ドヤ顔のおまけつきだ。

 

「さいやじん? なにそれ、ヘンな奴ー」

 

 懐から一枚のカードを取り出したルーミアは、怪訝な顔つきでそう言った。

 ですよねー。いきなり言われてもわからないよね。

 さて、下がるかと足で玄爺を小突こうとすると、サイヤ人……? と魔理沙が呟くのが聞こえて、振り返った。

 

「そいつも、なのか?」

 

 そいつも? なんだ魔理沙、って事はお前もサイヤ人なのか。

 ……なんてな。前に魔理沙にも言ったから、そいつにも言うのかーって意味で言ったんだろう。

 こくりと頷くと、魔理沙は考え事をするように顎に手を当てて顔を落とした。

 霊夢の方を見てみると、こちらも考え事の最中のようだ。

 ……満足したから、俺もう下がりたいんだけど……駄目かね?

 

「ねえ、さっさとやろうよ」

 

 はやくやりたくってうずうずしてるんだけど、とルーミア。

 なんだ、この世界の奴らはどいつもこいつも戦闘狂なのか?

 まあ、そんなにやりたいっていうのなら相手をするけど。ていうか、相手をするって言ったのは俺か。

 すっと手の平を向けて、光弾を放つ。

 予測できていなかったのか、わ、と声をあげたルーミアは回転しながら地上へと落ちていった。

 それを追うために霊力をしっかりと纏い、玄爺の背を蹴って跳躍した。

 戦うとなれば、もっと言いたい事がたくさんある。

 クウラ様の台詞とかかな。悪役でも何でも、そういう言葉を言うと気分が乗るんだよね。

 滅茶苦茶テンションが上がる。相対的に痛みにも強くなるから、強い妖精や妖怪と戦う時はそうしてた。

 相手が金髪だと、超サイヤ人と戦ってるような気分になれてなおいいな。

 金髪を相手するのはルーミアが初めてだけど。

 でも実際、サイヤ人かと声に出して問うてみて、異様な気分の高まりを感じた。

 やっぱり、俺にはこういうおちゃらけた戦闘が合ってるのかな。

 ……マジなものよりは肌に合ってると思う。

 ずんと音を立てて森の中に着地し、すぐにルーミアの姿を探す。

 地上にはいない? 空か? ……いや、木に引っかかってるな。

 木に光弾を放つと、衝撃でルーミアが地に落ちた。

 

「いたたた……なによ、もう。いきなりなんて酷いじゃない」

 

 打ったらしい腰を擦りながら、責めるように言うルーミア。

 さっさとやろうって言ったじゃないか。だからすぐやったのに。

 あー、駄目だ。あんまり休んでると興が冷める。

 ぐっと踏み込み、突進する。

 慌てて立ち上がったルーミアに向かって拳を振るうと、必死の形相で体を反らせて避けられた。

 空いている手をルーミアの腹に当て、霊力弾を放つ。

 放物線を描いて飛んでいき、着弾して爆発した。

 地面を削って止まり、仁王立ちして、煙が晴れるのを待つ。

 いやに弱いが……力を抜いてでもいるのかな?

 

 地面に仰向けに倒れていたルーミアが手をついて起き上がり、衣服が焼け焦げた腹の部分を擦りながら、なんなの……と呟いた。

 はて、なんなのと言われてもな。

 

「どうした。お前の力はそんなものか」

 

 ぱん、と手を叩いて、挑発の言葉。

 力を抜いているのなら、全力を出して戦って欲しい。そうすれば、俺もそれに(こた)える。

 俺の声が届いたのか、ルーミアはよろよろと立ち上がり、カードを弱々しく突き出してきた。

 ……なんだ? そのカード。

 札か何かの類と警戒していると、

 

「……スペルカードルールじゃ、ないの?」

 

 ……え?

 スペルカード……え?

 そ、そういえばそうだな。そういうルールがあるんだったな、今は。

 毎回妖怪とかと戦う時は肉弾戦が主体だったから……そのルールを忘れていた。

 一応頭の隅にはあったんだけど……そうか、俺、ルール違反しちゃってたわけか。

 構えを解き、頭の後ろを掻く。

 困った。

 俺、スペルカード一枚も持ってない。

 つまり、この度の異変で役に立たないというわけだ。

 あー、いや、それは最初からわかってたけど……戦いたくなったら参加しようと思っていただけに、ショックは大きい。

 そして、そのルールに則って戦おうとしてくれたルーミアに申し訳なかった。

 なにがサイヤ人だ、調子に乗った結果がルール破りか。

 空を振り仰ぐと、玄爺と、霊夢と魔理沙が降りてきていた。

 なんて説明しよう。正直にルールを破ったというか。

 ……罰則とかあるんだろうか。

 

「何してんのよ!」

 

 降り立った霊夢が、一番に怒鳴った。

 うう、申し訳ない。ルールを守らなければならない巫女がルールを破っちまった。

 ……って、霊夢に謝る前に、ルーミアに謝らないと!

 ルーミアに体を向け、まだ座り込んでいたままだったので、手を貸そうと左手を伸ばした。

 「ちょっと!」と、霊夢に腕を掴まれて、強引に下げさせられる。

 え、なに、手を貸しちゃいけないのか? それは妖怪に厳しすぎだろう。

 しょうがない、異変時の霊夢は厳しいって事は知ってるし、手を貸せないなら、謝るまでだ。

 呆けて俺を見上げるルーミアに、申し訳ないと頭を下げようとすると、「も」と発音する前に魔理沙に右腕を掴まれた。

 

「ルールを……破ったのか?」

 

 え、うん。だから今こうして謝ろうと……謝るだけで済むかなあ、ルーミア怒ってるだろうし。見た感じは呆けてるだけだけど。

 ……どうであろうと、間違った事をしたのだ。ちゃんと謝らないと。もちろん、心を込めて、だ。そこにおふざけはいらない。

 優しく魔理沙の腕を振り解くと、魔理沙は小さな声で「そこまで、サイヤ人を……?」と聞いてきた。

 すまん。ルールを忘れる程、サイヤ人が好きだったんだ。あ、正しくはサイヤ人かって問うのが、だけど。

 頷いてみせると、魔理沙はそうかとだけ言って一歩下がった。

 

「だからといって……ルールを破られるのは迷惑よ。気持ちはわからないでもないけど、抑えてちょうだい」

 

 厳しい顔で、霊夢が言う。

 最もだ。ちょっと、おふざけがすぎた。

 そういう台詞を言うのなら、ちゃんとルールに則ってからにしなければならない。

 俺から離れた霊夢が、立てる? とルーミアに手を差し伸ばした。

 その手を取って立ち上がったルーミアが、もー、興がそがれちゃった、と怒って言う。

 

「あ……」

「う、な、何?」

 

 謝ろうとして、しかし、声が出ない。こんな時だってのに、ごめんなさいの一言もいえない。

 言う前に、白々しくはないか、それを言ってどうするんだと、考えばかりが先に出てきて、余計に声に出しにくくなる。

 悪い癖だ。考えすぎて結局何もいえない。大事な事を、一言も。

 袴を握って、どうしよう、言わないと、と自分を奮い立たせる。

 ルーミアが一歩下がった。

 ……なぜ? なぜそんな、恐ろしいものを見るような表情を……?

 くい、と、袖を引かれて、後ろを見る。

 魔理沙は、俺を見上げて、我慢してくれ、とささやいた。

 我慢? 何に対して?

 そう考える間に、俺の前に立った魔理沙が、「よし、じゃあ本番といこうか。私が相手をするぜ」と元気良く言った。

 魔理沙の笑顔に当てられてか、ルーミアも不敵な笑いを浮かべて、「いきなりはやめてよね」と言って笑った。

 二人して、空へと上がっていく。

 横で俺と一緒に魔理沙達を見上げていた霊夢が、さて、と俺に顔を向けた。

 

「あんたがどうしてそこまでサイヤ人とかいうのに執着するのか知らないけど」

 

 息を吐いて、やれやれと肩を竦める霊夢。

 次からは、飛び出そうとしたら撃ち落すからね。

 そう言って、霊夢も空へと飛んでいった。

 ……心に刻み付けておきます。

 

 ふう、と俺も息を吐き、ずっと何も言わなかった玄爺に寄りかかった。

 甲羅を撫で、それから、心配そうに俺を見上げる玄爺の頭を撫でる。

 

「……ご主人さま。サイヤ人という者との間に、何があったのですか」

 

 気遣うような声音。

 いや、玄爺は真実俺を気遣ってくれているのだろう。

 なんて優しい奴だ。

 ……しかし、サイヤ人との間に、ね。何か勘違いをしているみたいだな。

 「別に、なにも」と答えると、そうですか、と俯いた。

 

「言いたくないのならよいのです」

 

 ……そういう訳じゃ、ないんだけどさ。

 言いたいから言っただけなのになあ。

 もしかして、霊夢や魔理沙も俺がサイヤ人との間に何かあっただとか考えてるのだろうか。

 ……そんなわけ、ないか。あれは漫画の中の種族だし。

 ふと玄爺の甲羅を照らす黄色い光に、空を見上げた。

 

「……きれいだ」

 

 思わず、声が零れて落ちた。

 魔理沙が放つ星の形の魔力弾や、ルーミアが放つ色とりどりの妖力弾。

 それが、四方八方にばら撒かれていて、その実、規則性を持っている。

 綺麗だ。

 あれなら、幻想郷の少女達が魅了されるのもわかる気がする。

 綺麗さを競う勝負、だったか。

 実力ではなく、美しさ。

 なるほど、悪くない。

 がむしゃらに肉体をぶつけ合うのもいいが、弾幕決闘も負けず劣らずいいじゃないか。

 じんわりと胸に暖かいものが広がるのを感じながら、二人の戦いに、暫し見惚れていた。

 

 

 勝ったのは、言うまでもなく魔理沙だった。

 だが、勝敗に関わらず、どちらも綺麗で、優雅だった。

 感動、してるのかな。

 自分の気持ちがよくわからない。

 ……こうして今の、満たされたような気持ちを反芻していると、自分が何をしたいのかもよくわからなくなってきた。

 この世界で目覚めて、靈夢になって、それから?

 それから俺は、どうするんだ?

 よくわからない。ただ生きているだけじゃ、駄目な気がする。

 何かをしないといけない気がする。

 不自然な程に、「何かをしなければ」という気持ちが強く湧いてきた。

 何か。何をするんだ? 俺は……戦いたいな。

 

 ふ、と息を吐く。

 結局考えつくものがそれか。

 どれだけ戦う事が好きなんだ、俺は。

 それこそ、サイヤ人でもあるまいし。

 

 行きましょう、と玄爺が言った。

 頷いて返し、甲羅の上によじ登る。

 浮かび上がり始めると、ふわりとした風が頬を撫ぜていった。

 

 ……そんなすぐに答えを見つけなくたっていいか。

 せめて、この異変が終わるまでは。

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