『霊異伝』   作:月日星夜(木端妖精)

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第七話 魅惑の弾幕決闘

「オワタ」

 

 ピチューン、と音をたて、光弾に貫かれた氷精・チルノが四散した。

 ぱんぱんと手を払い、俺と魔理沙を振り返って、「さ、行きましょう」と霊夢が言い、「おう」と魔理沙が返し。

 当の俺は震えていた。寒さで。

 冬にチルノに弾幕勝負挑まれたら死ぬんじゃないか? と思ってしまう程の寒さ。よく霊夢と魔理沙は平気な顔をしていられるもんだ。

 くそ、お腹についた脂肪はこんな時にも役に立たないな。

 

 霧の湖の上空。

 勝負を挑んできた妖精を(くだ)し、俺達は近くにあるという島を目指して飛んでいた。

 かじかむ手を擦り合わせ、熱を作ってなんとか身体の震えを止めようとする。が、一向に止まってくれない。

 玄爺の甲羅もすっかり冷えてしまっていて、靴の裏から足まで突き通るような冷たさで凍ってしまいそうだった。

 こりゃ、チルノとの勝負にでしゃばらなくて正解だったな。

 できるだけ冷たい風に晒されないようにしようと座り込みつつ、ひぇっ、ひゃっこい! ……そんな事を思う。

 まあ、スペルカードを持っていないのだから、でしゃばりたくてもどうにもならないが。

 ルーミアと戦った時は、それで失敗して怒られたのだから。

 ほう、と息を吐くと、白い息が風に流されていった。

 まったく、夏だというのにこの寒さだ。

 大体は異変で力を増したチルノのせいだが、お天道様を隠す紅霧のせいでもあるのだろう。

 薄暗くって敵いやしない。が、その分弾幕が映えるのがなんとも言えない。

 

「なあ、何か考えたか?」

 

 玄爺の横に並んだのは、箒に跨った魔理沙だ。

 少々興奮しているのか、普段より大きい声で問いかけてきた。

 考えたかって、何を?

 首を傾げると、スペルカードだよ、と追加の言葉。

 ああ、スペルカードね。略してスペカ。

 んー、そうだな。俺にできる事でスペカにできそうな事って……思いつくのは、必死で練習しまくった『あれ』くらいか。

 それから、ありったけの力を込めて放つ特大の霊力弾とか、追尾する霊力弾とか、拡散する霊力弾とか……結構あるな。

 いっぱいある、と風に負けないように大きな声で言うと、魔理沙はぱっと笑顔を浮かべて、そうか! と言った。

 眩しいねえ、その笑顔。守ってやりたくなる。

 守られる程やわじゃないだろうけどな。

 魔理沙に「スペルカードを作る時は何を考えればいいか」と聞くと、自分はこんな事を考えながら作った、これをイメージしたと楽しそうに教えてくれたので、ふむふむと熱心に聞いていると、霧の先に紅い館が見えてきた。紅霧が館の上空に集っている。あそこで間違いなさそうね、と霊夢が言った。

 紅い館……紅魔館、か。

 異様な雰囲気を纏い、霧の中にひっそりとそびえたつ姿は、まさに悪魔の住処といったところか。

 悪魔。レミリア・スカーレット。(よわい)五百歳の吸血鬼。

 一つ一つ、噛み締めるように大事な記憶を思いだしていく。

 会いたい。紅美鈴。気を操る少女よ。そして、教えてほしい。その技を、見せてほしい。

 ……あー、見たい。きっと拳法とかできるんだろうになー。できるなら間近で見て、そして拳を交えたい。今となっては叶わぬ願いだけど。

 ……ん? んー……なんか忘れてるような。

 なんだっけ、と首を傾げていると、霊夢と魔理沙が高度を下げ、それに続いて玄爺も高度を下げ始めたので、目の前の事に集中することにした。

 

 大きな鉄製の門の前に、紅の髪の女性が仁王立ちしている。

 五メートル程離れて霊夢と箒を担いだ魔理沙が立ち、その後ろに玄爺に乗った俺がいる。

 そこ、通してくれない? という霊夢の声を聞きつつよいしょと甲羅から降り、玄爺にここで休んどいてね、と言い聞かせ、それから、霊夢と魔理沙の間から、対峙する門番、紅美鈴の顔を覗き見る。

 思った通りの美人さんだ。

 

 通せないのよ、怒られちゃうから。だったら押し通るまでだぜ。むむ、やる気か。話が早くて助かるわ。

 ぽんぽんぽんとテンポよく進んでいく会話。そこに割って入るのは気が引けたが、俺も参加するのだと気を奮い立たせて……でもやっぱり気が引けるから、霊夢と魔理沙の後ろに立って俺もいるぞと存在をアピールするだけに留めた。

 ちょっと前に割って入って怒られたばっかりなんだもの。それが直接の原因じゃないけど。

 霊夢を睨んでいた美鈴が、ふっと視線を外し、俺を見てきた。

 ……姉妹? と疑問の声。

 いや、違うよ、と俺が否定するまでもなく、違うわよ、と霊夢が否定した。

 そんなすぐ否定されるとなんか寂しいな……。

 しかし、これで俺の存在は認知されたわけだ。特に意味はないけど、自己満足、自己満足。

 と、美鈴が腰を落として構えた。うほっ、いい構え。思わず飛び込みたくなっちゃう。

 ……まあ、構えなんかに詳しくはないから、良いも悪いもわからないのだけど。

 それでも隙があるのか隙がないのか、わざと隙を作ってるのかって事くらいは、たぶんわかる。勘が六割経験二割。

 後の二割は……あー……あれだな。あれ。

 ……あれだ。

 しかし、あちらさんはスペルカードの用意もせずに構えたな。どうも格闘戦をするつもり満々らしい。

 なるほど、ここで俺の出番というわけか。

 そう思い、にやりと笑って霊夢と魔理沙の間を通り抜けようとしたら、二人同時に腕を上げて俺を後ろへ押し戻した。

 予想外の事にとんとんと二歩ほど下がってしまう。

 

「……?」

 

 あれ、駄目だったか? と二人を見ても、こちらを見ずに美鈴の方を向いているだけなので、何かの間違いかと思ってもう一度行こうとしたら、また押し戻された上に、顔だけで振り向いた霊夢に大人しくしてなさいと怒られてしまった。けち。

 じゃあ霊夢か魔理沙も格闘戦がしたいのねー、と見ていれば、霊夢が袖の中からカードを一枚取り出してひらひらと揺らし、美鈴に見せ付けた。

 

「あー、やっぱりそれじゃないと駄目?」

「って事はやっぱり持ってたのね」

 

 ……スペルカードの話か?

 主語が抜けていたので霊夢が何を指して「持ってた」と言ったのかわからなかったが、手に持っているカードを見てようやくスペルカードの事だとわかった。

 なんか思考能力が落ちてる気がする。気のせいかな。

 

「……しかたないなあ、わかったわかった。やってやるわ。私はそれよりも格闘戦の方が得意なんだけどね」

「そりゃ、いいことを聞いたな。おい霊夢、ここは楽に通れそうだな」

「む、そこの金髪。あんまりなめない方が良いわよ? 格闘戦の方が得意ではあるけど、そのルールに則った戦い方でも、この館では五本の指に入るのだから」

「なめないよ、汚い」

「あんたは黙ってなさい」

 

 戦闘前の掛け合いっぽかったのでそこにも割って入ってみたらまた怒られた。俺にはセンスが無いらしい。

 しかたがないので、玄爺の隣に移動して、ゆらゆらと体を揺らしながら霊夢達を眺める事にした。

 ……じっとしてなさいと玄爺にまで怒られてしまった。俺、この異変が終わったら亀鍋食べるんだ。

 で、どっちが私の相手? と問う美鈴に、きびきびした動作で挙手をして見せれば、お、あんたかと反応してくれた。

 が、すぐに霊夢と魔理沙両方から「違う」と訂正の声。つまらん。これじゃあ本当に俺の出る幕が無いまま終わってしまうじゃないか。

 不貞(ふて)(くさ)れつつ、のべーっと玄爺にもたれかかって、どうやら魔理沙がやる事になったらしい弾幕ごっこの観戦と洒落込む事にした。

 箒に跨り、浮かび上がる前にこちらを向いて手を振ってきた魔理沙にふりふりと手を振り返し、ついでに審判のためか観戦のためか、一緒に空に浮かび上がっていく霊夢にも手を振った。

 あ、振り返してくれた。えらく控えめだけど。

 弾幕ごっこを始める前にまだ会話をしているのか、中々勝負が始まらないので、なんとなーく玄爺の甲羅の中に手を突っ込んでみた。

 あ、ちょっ、とか声を上げてるけど無視してあげよう。なんて俺は優しいんだ。

 玄爺は、どうやってか甲羅の中に色々物を詰めてるから、その中の探索は暇つぶしには持って来いなんだよね。

 こないだは電池の入ってないゲームボーイアドバンスを見つけたし。その前はお団子が入ってた。

 さて、今回は何が見つかるかなーっとごそごそやっていると、指先に何かが当たった。

 これは……紙かな? ってことはお札かな。でもそれにしては硬いな。プラスチックみたい。

 中指と薬指で挟んで引っ張り出すと、縦に長方形のカードのようなものが出てきた。

 なーにも描かれていない。なんだこれ。

 なにこれ、と玄爺に聞いてみても、はれ、そんな物いれましたっけ? と聞き返される始末。ぼけたのかね。

 しかしなんだ、このプラスティックっぽい感触のこれ、スペルカードに似ているような。

 ……随分前にどこかで聞いたような気がする。スペルカードの作り方。こういった特別なものに自分の技を封じ込めるとかなんとか。

 ……靈夢になる前かな、聞いたの。読んで知ったのかもしれないけど。

 どれ、と、技と技名を思い浮かべてカードに霊力を込めると、ぱぁっと発光して、光が引いたときには絵柄が浮かび上がっていた。

 白い光球が四つ、菱形に並んでいるだけのシンプルな絵。名前はブラスト。

 ……おお、できた。あっさりできたな。だったらもっとちゃんとしたのを考えるんだった。

 これが初のスペルカードか、呟くと、ほお、それが、と玄爺。

 ……。

 

「これが俺とお前の力だ」

「何言ってるんですか」

 

 言ってから恥ずかしくなって、これどうやって使うんだろうね、と大きな声で聞いた。

 玄爺にわかるはずもなく、首を振られるだけに終わったけど。

 ほんとにどうやって使うんだろ、これ。

 バックルどころかベルトもないし、いくら考えてもわからなかったので、他にない? と聞いてみると、ちょっと待ってくださいな、と玄爺が体を揺らした。

 そうすると、ぽろぽろと甲羅の隙間から何枚かのカードが落ちてくる。どれも白紙。

 五枚、か。きりはいいけど……もっとないか。

 甲羅に手を突っ込んでごそごそとやってみると、再び指先に感触。

 さっと引き抜いてみれば、ハズレと書かれた紙切れだった。

 ……なんぞこれ。

 玄爺と首を傾げあって、しかしすぐに興味をカードに移す。

 うーむ、使ってみたい。新しい技ってすぐに試したくなるもんだし。

 空を見上げれば、まだ弾幕ごっこは始まっていないらしい。美鈴の様子を見るに、あれはスペルカードをどこにしまったか覚えてないみたいだな。

 これを好機と、カードを袖に放り込んで玄爺に跳び乗り、素早く上昇してもらった。

 魔理沙たちと同じ高さまでくると、すいーっと霊夢が近づいてきて、下で待ってなさいと注意される。

 絵柄のあるカードを取り出して霊夢に見せ、「私がやります」と言った。

 

「あんた、それどこで……」

 

 霊夢が不思議そうに(たず)ねてくるが、甲羅の中から手に入れた、なんて言っても信じてもらえなさそうなので、魔理沙の隣にまで玄爺に移動してもらう。

 それから、どうした? とこちらを見やる魔理沙と霊夢にカードを見せつつ、「お二人は先に進んでください。ここで時間を潰すのは惜しい」と言ってみせる。

 ……今の台詞格好良くない? すらすらと言えたし、完璧だね。

 しかし、二人は「でも」と譲れない様子。どうすればここを任せてもらえるのだろうか。

 そう考えていると、あった! と美鈴の声。

 見れば、手にスペルカードを持っているじゃないか。もう見つけてしまったらしい。

 くそ、早く説得しないと俺が戦えない!

 ん? いや、待てよ? ……これはチャンスだな!

 けりっ、と玄爺の頭の後ろを小突いて魔理沙よりも前に出てもらい、美鈴にカードを突きつける。

 足を開き半身で構えて見せれば、「やっぱりあなたが私の相手をするか」と、美鈴の標的が変わる。

 美鈴から目を離さないまま、空いている方の手で紅魔館の方へ手をあおぎ、先に行くように伝える。

 しかし、二人は動こうとせず、私が、私がと自分ばかり楽しもうとする。俺も戦いたいのに。

 ああもう、と息を吐き、それから、後ろにいる魔理沙に体ごと振り向いて「先へ」と言うと、わかった、と渋々言って、紅魔館の方へ飛んで行った。

 

「黙って見てるわけない……くっ!?」

 

 追おうとする美鈴に牽制の霊力弾を放ち、霊夢に顎で先に行けと促す。

 霊夢も、何度かこちらを見ながらも紅魔館へと飛んで行った。

 よし、よし。これでいい。これで、俺が戦える。

 

「……よくもやってくれたな。咲夜さんに怒られちゃうじゃない」

 

 改めて美鈴に体を向けると、そんな事を言われた。

 んな事言われてもねえ。

 構え、カードを前に突き出し、体勢を整える。それから、いつでも飛べるようにと玄爺の背を足で小突くと、良かったのですか? と聞かれた。

 言うな。俺もちょっと悪いと思ってるんだから。

 霊夢と魔理沙は、あまり俺に戦って欲しくない様子だった。何故だかは知らないけど、そう思っていたのだろう事は俺にだってわかる。

 だからこそ、自分の欲を優先したのは後ろめたい事なのだ。

 まあでも、戦うけど。

 せっかく譲ってもらったのだし、真面目にやろう。

 

「せめてお前だけは、ここで止めよう」

 

 意気込む美鈴に、ふっと笑って返す。何か気の利いた言葉でも返してやりたかったが、今頃になって口下手さが帰ってきた。俺は戦えれば満足らしいな。

 しかし、それじゃあ悪いな。何か、一言でも、短くても何かを言わないと。

 三秒程考え、それから一度口の中で言ってみる。

 うむ、これでいい。

 

「見せてもらおう」

 

 何を、とは聞かないで欲しい。主語を省かないと噛んでしまいそうだった。

美鈴は笑って、見せてやるさ、と言い返してきた。

おお、良い感じに気分が高揚してきた。

気分に任せて、ぐっと力を込め、体の芯から霊力を爆発させて纏う。

放たれた突風が美鈴の長い髪をなびかせた。

いい演出だろう? さあ、戦おうか。

格闘戦じゃないのが残念だけど、弾幕ごっこというのも面白そうだ。

美鈴が腕を振り、いくつかカラフルな光弾を飛ばしてきたのを玄爺が避け、俺の初めての弾幕決闘が始まりを告げた。


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