牛飼さんとこの孫娘 作:ああああ
――牛飼ひより。
今年で七歳になる白髪赤目のテンプレ転生者のような外見の少女が、のんのんびよりの世界に転生したと気が付いたのはまさに今日この日だった。
「ここが新しく通うことになる学校じゃ。初登校は夏休み明けになるからの」
子供は親を真似て言葉を倣う。
逆説的に言えば、親が使わないような言葉を子供が喋ったら、それは不自然ということになってしまう。
例えば親や周囲が普段の生活で徹底して"のじゃ口調"しか使わないなら、子供はその口調以外を知らないという体裁を守らなければならないのだ。
「お爺ちゃん。ここ、なんて名前なんじゃ?」
だからひよりは、両親と地元譲りの老人口調で祖父に訊ねた。
彼女の目の前には古びた校舎がある。諸事情あって祖父の家に住むことになったひよりが、引っ越し先の村に向かう途中で、一番最初に祖父に連れて来られた場所がここだった。
「旭丘の分校じゃよ」
「なんと!」
その言葉を聞いた瞬間、ひよりの脳に電撃が走った。
牛飼の爺が発したその単語は前世の記憶持ちの少女にとって、何度も聞き覚えがあるものだったのだ。
喉の中で「まさか」という言葉を飲み込みながら素早く周囲を見渡したひよりは、縦長の木の板に四文字が彫られた大きめの表札のようなモノを校舎の入口で発見してしまう。
そこに書いてあったのは"旭丘分校"の文字。それを見たひよりは、この世界がどういうものなのか悟った。
「……あぁ〜、心がのんのんするんじゃ〜」
「おお、さよか。ようわからんが、ひよりが気に入ったならええことじゃ!」
祖父が嬉しそうに笑う横で、ひよりは白目を剥いていた。
◇ ◇ ◇
その夜。祖父である牛飼の爺の家に住むことになったひよりは、これから自宅となる古い日本家屋の縁側に腰掛けて腕を組み、険しい表情をしていた。
「いや、ワシみたいな異物が原作ブレイクとか最悪じゃろ」
朝が早い祖父の牛飼い爺がぐっすり寝ているので、ひよりはここぞとばかりに心の内に溜まった想いを吐き出している。
ひよりには前世の記憶があった。
その中で彼女は"のんのんびより"という作品を愛していた。
ひより曰く、のんびりのどかな田舎村で魅力的な登場人物たちがおりなす優しい生活を描いた日常系作品の最高傑作こそ"のんのんびより"だったのだ。
そんな完成した世界に、ひよりなどという異物が混入すればどうなるか。
「そんなの高級ワインに泥水を混ぜるようなものじゃ……」
大好きな優しい世界を自らの手でぶち壊すことになる運命を呪って、ひよりは小さな身体で項垂れる。
「とはいえ、小学生の身ではどうすることもできんからのぅ……」
牛飼ひよりは小学1年生の女児だ。身長110センチメートル。体重20キログラム。社会的にも物理的にも、ひとりで出来ることなど限られている。
「あーあ、なーんも思い浮かばんのじゃ……」
床板に人差し指で"にゃんぱす"と書きながら現実逃避をしていたひよりは、とうとう込み上げてくる眠気に負けて大きな欠伸をした。
「ふあぁ……もういいか。眠いのじゃ。寝るかの……」
考えた末にひよりが出した答えは、何も考えないことだった。
思考の放棄。問題の先送りと言うやつだ。
「まあ、まだ夏休みの途中じゃからの。登校日まで時間はたんまりじゃ。また明日考えればいいじゃろ!」
ワハハと能天気に笑ったひよりは、障子を閉めて畳の上に敷かれた布団の上に飛び乗ると、すぐに寝息を立てて夢の世界に落ちていった。
◇ ◇ ◇
翌朝。良く晴れた青空の下。
牛飼ひよりは自宅の玄関前でラスボスと遭遇した。
「にゃんぱすー」
「……」
銀色の髪を黄色のリボンでツインテールにしたジト目の少女――宮内れんげが家の前に立っていた。
ひよりは再び白目を剥いた。