牛飼さんとこの孫娘 作:ああああ
宮内れんげはマイペースな性格と独特な感性の持ち主で、ふとした瞬間に微笑ましい言動を取ることがある癒し系の少女だ。
そんな彼女が早朝に牛飼家を訪問して、差し出してきたモノは一冊のノートだった。
「これ、回覧板なん」
「……ど、どうも、届けてくれてあんがとの」
ひよりは小さくお辞儀をしてから、震える手でノートを受け取った。
その最初のページを確認のために開いて、表紙の裏側には沢山の家の名前が書かれており、牛飼家のすぐ上に宮内家の名前がある。
宮内家は、ご近所さんだった。
「お隣さんなの!?」
ひよりは驚愕に目を見開いた。
「そうなん。ウチ、そこの家に住んでますん。れんげって言うのん」
「……ワシはひよりじゃ。牛飼ひより」
宮内れんげが指差した方向には一軒の家が建っている。古めかしい瓦屋根が風情を感じさせる和風建築物で、ひよりの家から田んぼを挟んで数十メートル先の立地だ。
原作ブレイクとか優しい世界に異物が云々で関わるとか関わらないとか、最早そんな次元の話じゃない。
徒歩1分圏内。自分の家から相手の家が見える距離感だった。
「よろしくなのーん」
「……あ、えっと。これからどうぞよしなに」
ひよりは言葉に詰まった。
のんのんびよりの世界に住む人に会えたのは嬉しいが、ここで自分が関わってしまうのは気が引ける。
かと言って物語云々を抜きにすれば、宮内れんげはただの幼い少女でしかない。
わざわざ回覧板を届けに来てくれた少女を、原作云々などという常人からすれば理解不能な理由で追い返すのはあまりに忍びない。
そんな事を考えて冷や汗を流しながら葛藤していると、宮内れんげが不思議そうな目をしながら一歩近付いてくる。
「ひよちんはここに住んでたのん?」
「……き、昨日からこっちに来たのじゃ。いまは夏休みで時間があるから、お爺ちゃんの家にやってきての」
初手からいきなりあだ名で呼ぶというコミュ強ぶりに内心で戦慄して、ひよりは思わず半歩後ろに下がりながら答えた。
「おおー、もしかして都会っ子なのん?」
「……田舎っ子じゃよ」
ひよりは半歩下がったが、それ以上に宮内れんげが一歩前に踏み出した。グイグイ距離を詰めて来る。
お互いの睫毛の数まで数えられそうな近さだった。五十センチメートルも離れていない。
パーソナルスペースの違いなのか距離感を掴めずに、ひよりは身を縮こませながら再び半歩下がらつつ自分について語る。
「……じ、実家には牛が沢山いて、あとはミカンの畑が広がっているのじゃ。休日は牛とミカンの世話を手伝ったりとかしておったの。あとは、えーと……」
「そうなんなー。ウチのお家はお野菜育ててるのん」
そう言いながら宮内れんげがまた一歩前に詰めて来る。
ひよりも同じだけ後ろに下がろうと体を引いたとき、今度は背中に何かが当たって小さな衝撃が走った。
「ぁ……」
後ろにあるのは玄関の扉だった。これ以上は下がれないので、早くも壁際まで追い込まれた。
逃げ場はどこにもない。
背中に冷たい壁が当たって、ひよりは背筋を震わせる。
「ウチ、お時間あるのん。一緒に遊ぶのーん?」
「あ……ぅ……」
顔を前に向ければ、目と鼻が触れそうな距離で宮内れんげが見つめていた。
ひよりは咄嗟に視線を逸らす。
そのただならぬ様子を悟ったのか、宮内れんげが少しだけ慌てた様子で気遣いの言葉を掛けてくる。
「今日はお忙しいのですか……?」
「……あ、いや。そういうわけでは」
そう答えた途端、宮内れんげは何故か一歩だけ後ろに下がった。
先程まであれだけ距離を詰めていたというのに。そう思ったひよりが不思議そうに視線を上げると、そこにはショックを受けた面持ちをする宮内れんげの姿があった。
「……忙しくないのに遊びたくないということは、ウチと遊びたくない……? もしかして、ウチ、嫌われ――」
ひよりの顔からサッと血の気が引いていく。これ以上言わせるのが不味いことは誰でもわかる。
「暇! ワシ超ひまなのじゃ! だかられんげちゃんが誘ってくれて嬉しいのじゃ! やったー!」
ひよりは慌てて"嫌っていないよ"アピールを始めた。回覧板を玄関の前の物置台の上へ叩きつけるように置いて、近くに置いてあった段ボール箱を漁っていく。
そこから取り出したのは小さなミカンだ。
「ほ、ほら。お手玉するのじゃ!」
「えっ」
小ぶりなミカンを何個か手に取って、宮内れんげの返事も待たずに真上に向かって放り投げた。
「この妙技、とくと見るのじゃ!」
ひよりは落ちてきたミカンをキャッチして、今度はまた新しいミカンと連続して放り投げた。そうやって同じことを繰り返していき、少しずつ数を増やしていく。
やがて9個のミカンが空を飛び交う頃には、宮内れんげの視線が釘付けになっていた。
「おおー、すごいんな!」
「ふふん、そうじゃろう。なんせ前の学校では一番上手だったからの!」
ひよりは得意げに笑った。それから今までで一番高くミカンを真上に放り投げて、素早く段ボール箱を手元に寄せる。
真下に置いた箱の中に次々と落ちてきたミカンが綺麗に収まったところで、仕上げとばかりに適当なポーズを決めた。
「ワシはお手玉マスターひより! れんげちゃんよ、かかってくるのじゃ!」
「んなっ!? その勝負、受けて立つのん!」
ひよりはテーブルの上に沢山のミカンを並べると、クッション替わりに廃棄用の新聞紙を地面に敷いてから一歩後ろに下がった。
「ふっふっふ、降参するなら今の内じゃぞ?」
「負けないのん! ウチの底力、見せつけてあげますのん!」
腕まくりしながら意気込んだ宮内れんげが両腕を伸ばして、小ぶりなミカンを両手いっぱいになるまで乗せていく。
山盛りになって掌の上からはみ出しているので、明らかに一度に乗せる数が多すぎる。
それを見たひよりが苦笑しながら声を掛けた。
「頑張るんじゃぞー。ワシに勝てたら、その時は師匠と呼ぶのじゃ!」
「ししょっ!?」
宮内れんげの眉がキリっとした形に変わった。
勢いよく腕を振って、しっかりと握っても形が崩れない硬めのミカンたちを一斉に上へと放り投げる。
「のん!」
太陽を背に、全部で10個のミカンが宙を舞う。このままだと全部のミカンが一度に落ちてきて、お手玉は失敗する。
そんな光景を前にして、ひよりは別の事を考えて安堵の笑みを浮かべていた。
誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
「なんとか哀しませず有耶無耶にできたの……」
ひよりは穏やかに息をついた。
それから視線をずらして宮内れんげの横顔を覗き見て、今度は逆に動揺して息を飲むことになる。
宮内れんげの目は死んでいない。
「ウチの雄姿、目に焼き付けてくださいん!」
「な、なんじゃと!」
小さな二本の腕が縦横無尽に空を走った。
動きが速すぎて残像のようにブレているというのに、落ちてくるミカンを正確に手で弾いて上に飛ばしている。
ミカンは一向に地面に落ちてこない。
宮内れんげが気合の咆哮を上げた。
「なぁぁぁん!」
凄まじい速度と精度を兼ね備えた突き技に恐れをなして、顔を強張らせたひよりがごくりと唾を飲み込んだ。
自然と言葉に出たのは、謎の武術らしきものの技名だ。それこそ原作で宮内れんげが使っていた"技"だった。
「これが"そすんす"……」
「そすんす、知ってるのん!?」
宮内れんげが目を見開いて振り向いた。
「あっ」
次々に落ちていくミカン。
途中までは良くても、キャッチせずに地面に落としてしまえばお手玉は失敗だ。
この勝負はひよりの勝ちだった。
「……」
「……」
締まらない終わり方になって、二人とも地面を転がるミカンを見つめて黙り込んだ。
無言のまま、静かな時間が過ぎていく。鳩の鳴き声がやけに虚しく響いた。
「……そういえばの」
いたたまれない空気の中で、今度こそひよりが率先して動いた。
彼女は地面に落ちたミカンを拾ってダンボールに片付けると、違う箱の前にしゃがみ込んで、そこから普通よりもかなり大きな高級ミカンを取り出した。
「折角じゃから、一緒にミカン食べんかの?」
宮内れんげは差し出されたミカンとひよりの顔を交互に見て、躊躇いがちに訊ねる。
「いいのん?」
「いいのじゃ。本当は後で用事があるから、これ食べたらばいばいじゃけどの」
ひよりが少しだけ複雑そうな顔で微笑み掛けると、宮内れんげはおずおずと手を伸ばしてミカンを手に取った。
「ありがとなのん。……ひよちん」
◇ ◇ ◇
それから二人は水道で手を洗うと、縁側に移動して真横に並んで座った。扇風機が新鮮な風を運んできて、風鈴がチリンと涼しげな音を奏でる。
「それじゃ、食べるのじゃ」
「おー」
二人はそれぞれ水分が滴る手を添えて、ゆっくりと外側の皮に指を這わせた。ひよりがぷにぷにの手で触って、絶妙な力加減で上手な剥き方を実演していく。
皮の窪みに人差し指を少しだけ突っ込んで、そこからほじくるように皮を広げていけばあっと言う間だ。
「ほら、こうすれば外側がふにゃふにゃでも剥きやすいのじゃ」
「ウチも、皮むくんじゃーい」
今度はれんげが繊細な指先で皮をめくり、同じように少しずつ伸ばしていく。
作業は十数秒もあれば十分で、すぐに二人の手元のそれは皮が剥がれて黄土色の中身があらわになった。
「おおー、ぱんぱんに膨らんでるのん」
「んっ、これだけおっきぃのは珍しいのじゃ」
ぎっちりと肉が詰まったそれは、香り立つような芳醇なにおいを漂わせている。
れんげは銀色のツインテールを揺らしながら顔にそれを近付けて、形のいい眉を僅かに顰めた。
「くんくん。……なんだかクラッときましたん?」
「すごく濃いにおいじゃろ? まあ、これだけのモノはうちでも中々ないからの」
ひよりも白い髪が掛からないように耳の上にかき上げながら、同じように顔を近付けてにおいを嗅いだ。
鼻孔を擽る甘い香りに肩を震わせて、輝くような笑顔を宮内れんげに向けた。
「この絶妙な甘酸っぱさは、きっと大当たりじゃ!」
「……」
ひよりの感動をよそに、宮内れんげは眉を寄せて首を傾げていた。それから納得した時のようにポンと手を叩いた。
「……あっ、分かったん。これ、ひよちんの匂いに似てるのん」
そう言いながら宮内れんげはひよりの体に顔を近付けて、鎖骨の辺りですんすんと鼻を鳴らし始める。
突然の奇行に驚いたひよりは固まった。
「な、何してるのじゃ? ……その、やめて欲しいのじゃが」
「ひよちんいい匂いしてたから、ずっと気になってたのん。でも、このミカンのにおいだったのんな。ウチ、すっきりしましたん」
やけに距離感が近かった理由が判明したので、今度こそひよりは肩の力を抜いた。
「ん、とにかくもう少し離れるのじゃ」
「どうしてなのん?」
ひよりはミカンを持ち上げて、表面に付いている白い筋を指で摘むとひとつずつ丁寧に取っていく。
「これじゃよ。近くに居たら作業しにくいからの」
宮内れんげはその行為を興味深そうな目で見た。
「ひよちんはその白いの取るのんな」
「子供舌じゃからの。どうも口に残る違和感と苦味が好きになれんくてのぅ……」
ひよりは作業に戻った。
苦虫を噛み潰したような顔で悪戦苦闘していると、れんげが横から手を伸ばしてミカンに触れる。
「ウチも手伝うのーん」
「おおぅ、それは助かるのじゃ!」
少しの時間を掛けて、ひよりの分の処理を終えてから宮内れんげの分のミカンにも同様の手を加えた。
白い筋の部分を丁寧に取り除けば、見た目だけだが美味しさが一段増したようなオレンジ色の果肉となる。お互いに達成感に満ちた目で視線を交わした。何も言わずに二人でコクリと頷く。
それから一緒に音頭を取って、「せーの」の声で同時に口の中に放り込んだ。
「おいひいのん!」
宮内れんげが頬を少しだけ膨らませて、もごもごしながら喋っている。
その姿を見たひよりは自分の胸を片手で押さえた。
「あぁ……どうしよう、心がのんのんするのじゃ……」
「ひよちん、どうひたのん? のんのんしゅるのん?」
れんげが口をもぐもぐさせながら首を斜めに傾げて、不思議そうにしている。
「なんでもないのじゃ。自分が育てたもので喜んで貰えて、とっても嬉しかったのじゃ……」
「おおー、ひよちんが育てたんなー」
先程の発言が宮内れんげの琴線に触れたようで、瞳を輝かせている。
「ウチもいま、手塩にかけてトマト育ててるん。大きくなったら、ひよちんにあげるのん!」
「それは楽しみじゃ。もらえる日を待ってるからの!」
ひよりがグッと親指を立てると、宮内れんげも同じようにサムズアップを返す。
「約束なのん!」
それから少しの時間、二人はミカンを食べながら他愛もない話をした。
◇ ◇ ◇
その日の昼食後。牛飼家の玄関前。
「ひより。そんじゃ、爺ちゃん行ってくるからの。コープで買い物とハガキ出すの頼むのじゃ」
「任せるのじゃ。今日は気温35度超えるらしいので気を付けての」
祖父を見送ったひよりは家の中に入り、引っ越し用の段ボール箱が隅っこに積まれた自室にやってきた。
机の前に座って、頭を抱えながらひとりで反省会を始める。家には誰もいないので、思う存分溜め込んだ想いを吐き出していく。
「やってしまったのじゃ……」
ひよりは机の上の鉛筆立てに目を向けた。そこには宮内れんげから別れ際の記念に貰った、一本のねこじゃらしが飾ってある。
友好の証だった。普通に仲良くなってしまった。
「とはいえ、あそこで無下に扱うのは絶対に違うしの……」
自分を擁護するように呟きながら、細くて小さな指でねこじゃらしの表面を撫でる姿に反省の色は見えない。
指先で優しくつつく度に、柔らかい反発力が返ってくる。ひよりは「えへへ」と笑いながらだらしなく頬を緩ませていた。
「ま、まあ、過ぎた事は気にしても仕方あるまい」
数分後。さすがにずっとそうしているわけにはいかないと理解しているようで、ひよりは自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。
顔つきも真面目なものに改めて、ノートに向かってシャーペンを構える。
「それでは今後についてじゃ」
ひよりが忌避していた原作ブレイク云々を突き詰めれば、結局のところ問題は大きく二つに分けられる。
シャーペンが走って達筆な文字で、真っ白なノートに二つの言葉が書き加えられる。
一つ目は、人間関係の悪化。
二つ目は、交友関係の消失。
「この二つじゃな……」
ひよりはお手玉に使った処分品のミカンをひとつ懐から取り出すと、皮を剥いてから小さな口に放り込んだ。
酷使した脳に糖分を補給しながら思索に耽っていく。
「まずは一つ目じゃ」
ひよりは人間関係の悪化の文字のすぐ左に丸印を付ける。
これは優しい世界にひよりという異物が混入することで、本来の人間関係が悪化しないかというもの。
例えば仲が良いAさんとBさんが居て、後からやってきたCさんが二人の内のどちらかと仲良くなり過ぎたら、残されたひとりはどうなるか。
この場合はCがひよりだ。
「まあ、流石にワシがそこまで好かれるとは思っておらんが……こればっかりは相性じゃからなんとも言えんし」
ひよりは深い溜息を吐いた。人間関係は複雑なので、どう転ぶか分からない。
だからこそ本当は距離を置くのが正しいのだが、自身を取り巻く状況がそれを許さない。
「この狭い田舎村で、近所で暮らす子供同士が関わらないなんてことはあり得んからの」
これが全てだ。
田舎は近所同士の交流が盛んだ。どうせ関わるならば、それなりに良好な関係を築きつつ仲良くなり過ぎないように注意するくらいしか選択肢がない。
無駄に避けたりするのは不安を煽って、それこそ人間関係に悪影響が出てくるかもしれない。つい先ほど宮内れんげを悲しませかけたのは記憶に新しい。
そもそも、周囲を遠ざけるような真似をしていたら下手すれは村八分される可能性もあるので論外だ。
「つまり、一つ目はこれでいいじゃろ」
ひよりはノートに"みんなの輪を乱さない範囲で仲良くする"と、"仲良くなり過ぎたら駄目"と書き込んだ。
「うむ、これでオッケーじゃ」
結論が出た所で、二つ目のミカンを口に含んだ。
そこでひよりは壁に掛けられたカレンダーに目を向ける。今日の日付は8月の上旬で、お盆休みはまだまだ先だった。
日程を確認したひよりは椅子の背凭れに背中を預けて、天井を見上げた。
「後は例の子について、か……」
――石川ほのか。
それは夏休みに父の実家があるこの田舎村に帰省してくる少女の名前だ。
原作の宮内れんげにとって彼女は初めて会う同学年の子供で、ひと夏の思い出を共有することで親友となる筈の少女だった。
本来の二人の出会いは、偶然川の写真を撮っていた石川ほのかの近くを、偶然宮内れんげが通りがかるというもの。
ひよりは困った顔で笑うしかなかった。
「偶然の要素強くないかの?」
それなりの規模の村で二人が同時に移動を開始して、ランダムに動き回って遭遇する確率はどの程度のものなのか。
下手すれば二人はお互いの存在を認知することなく、滞在期間を過ぎた石川ほのかが村から去ってしまう可能性だって有り得た。
ひよりはノートにDと書き込んで、その上からバツ印を付けた。
これが二つ目の問題。ひよりという存在がいることで宮内れんげの行動パターンが原作から変化して、その交友関係を消失させてしまうことだった。
「いや、本当にどうすれば……」
実のところ、二人を合わせるだけならば何も難しくない。ひよりが強引に引き合わせればいい。
その方法を安易に選ぼうとしないのは、やはり人間関係が上手くいく保障がないからだ。
「うーむ、悩ましいのう」
シャーペンの尻で顰めた眉を叩きながら唸る。
本来の歴史で仲良くなるはずの二人が赤の他人になってしまえば、ひよりとしては罪悪感を抱かずにはいられない。
この問題だけは経緯はともかく最終的に二人の仲が原作の通り良好になるように、前もって対策を考えておく必要がある。
「……とはいえ、そんな簡単に妙案が思い浮かべば苦労せんな」
ひよりは苦笑いした。理想的なのは、余人が預り知らぬ所で二人が出会って仲良くなってくれること。
それを即座に否定する。
「さすがに希望的観測が過ぎるのじゃ」
何か手を打つべきだろうが、肝心の手段が何もなかった。
ひよりが手を回して、二人だけを自然に出会わせる方法なんてすぐには思いつかない。
「……むう。ワシの頭が悲鳴をあげておるわ」
それから数分間ものあいだ唸り声を上げるだけの置物になっていたが、ふと顔を上げて壁に掛かった時計を見た。
正午を少し過ぎたぐらいの時間帯だ。ひよりは再び自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「もう考えるのはやめじゃ!」
ノートを閉じて、シャーペンを机の上に転がした。
作業は中断。ひよりの選択は、またもや問題の先送りだった。
「お盆休みはまだ先じゃ。というか時間があるなら石川家に近付いて、それとなく来訪時期の情報収集を試みた方が有意義ではないのか?」
石川ほのかがこの村に訪れる時期は原作でも明らかになっていないが、夏休み中に実家に帰省したという事情は確定している。
それならば普通に考えて時期はお盆以外ありえない。そして、お盆の時期まではまだ一週間近い日が残っているのだ。
「まだ焦る段階ではなかろう。むしろ今日はもう十分すぎるくらい頑張ったのではないじゃろか? これはもう、明日のワシに頑張ってもらうしかないのでは……?」
ひよりは現実逃避の自己弁護をすることでみるみる内に顔色が良くなっていく。
「まあ今日ぐらいは何も考えずゆっくりしてもバチは当たらんじゃろ!」
とうとうスッキリした顔でワハハと笑ったひよりは、祖父に用事を頼まれていたことを思い出して、ハガキと財布とペットボトルが入ったお出かけ用の鞄を肩に下げた。
仕上げに日光対策の麦わら帽子を被れば準備は万端だ。
玄関に向かうと、サンダルを履いて外に出る。晴れた空を見上げて天真爛漫な顔で笑った。
「はー、いい天気じゃ!」
◇ ◇ ◇
牛飼邸から徒歩で約10分。
アブラゼミが元気に鳴く真夏の日差しの下。河原の近くにある道路の上で、ひよりは小さな子供に遭遇した。
「ここ、どこなんだろ?」
「……」
焦げ茶色の髪を左右の赤いリボンで纏めたツーサイドアップの少女――石川ほのかが、ふらふらと覚束ない足取りで道に迷っていた。
ひよりは遠い目で青空を眺めた。