あの事件から、数日後。
無事になのはは目を覚ました。
目を覚ました彼女に、良い知らせと悪い知らせが届けられた。
良い知らせは、これまでに蓄積された疲労が大きく、ゆっくりではあるが、傷の治りは回復に向かっていた。
悪い知らせは、リンカーコアの異常により、「魔導師としての復帰が望めない」と診断されたのだ。
「・・・あの、なんとか、ならないんですか?」
顔を青くし、言葉を失ったなのははようやく、言葉を絞り出した。
「そうしたいのは、山々なんだけど」
事実を告げたシャマルは肩を落した。しかし、「ただ・・・」と続けた。
「しっかり、リハビリを受けて、身体も自由に動かせるようになれば、以前のようにとは言わないけど、魔法が使えるようにとはなると思うわ」
「そうなんですか?」
それを聞いて、落ち込んだなのはも、少しは希望が持てた。
「リンカーコアと肉体は密接に関わっているの。魔法を駆使しすぎると、身体がだるくなるのと同じ効果よ」
ふむふむ。となのはは聞く。
「逆に言えば、身体を鍛えることで、身体が魔力に対応できるようになって、肉体的な負担が軽減するの」
ズイっと、シャマルはなのはに近づき、念を押した。
「だから、リハビリはしっかりやってもらいますからね」
「はい!」
なのはは元気よく返事をした。
それから、なのはは動けるようになると、少しでも、身体を動かす努力をした。
歩くことすらままならない、全く動かない体を、手を借りながら、ゆっくり、確実に歩けるようにリハビリに専念した。
もう一度、空を飛ぶことを夢見て―――
***
ユーノは、忙しかった無限書庫での仕事を終えて、なのはの所に来ていた。
リハビリに専念するなのはと直接会わずに、リハビリセンターのガラス越しから眺める形で。
「ユーノ」
後ろを振り向くと、そこにフェイトがいた。
「フェイト」
「なのはと会わないの?」
フェイトはユーノの隣に並んだ。
「うん。邪魔しちゃ、悪いし」
「そんなこと、ないと思うけどな」
二人はなのはを見守る。
ガラス越しから見えるなのはは、苦悶の表情を浮かべていた。
動かしたいのに、動かない体にジレンマを感じながら、それでも、夢のために、地を這いつくばってでも、懸命に歩こうとする。
そんな様子に、フェイトはハラハラしながら、今すぐにでも飛び出したい衝動をぐっと押さえて見守っていた。
「我慢してるんだ」
「うん。手伝いたいけど、あれもこれもってしちゃったら、なのはのためにならないから」
なのはのリハビリは心配性のフェイトにとって、試練にも近い状況だった。
「強いね」
「ううん」
フェイトは首を左右に振る。
「はやてに言われたの、『あんまり、手ぇ出しすぎるとなのはちゃんのために、ならへんよ』って」
「なるほど」
はやてなら、長期入院やリハビリの経験がある。
そのため、一番説得力があるのだろう。
フェイトは、それから心配性の世話好きを抑えているのだ。
***
「あ、フェイトちゃん。ユーノくん!」
なのはは、一旦、休憩を入れて、一息ついた時に、二人が来ていることに気が付き、喜んだ。
気を利かせた先生は、そのまま、お昼休憩を入れてくれた。
「フェイトちゃん! ユーノくん!」
「なのは!」
なのはは、車いすを押しながら近づく。
リハビリセンターから出てきたなのはに、フェイトは一目散に近づいた。
ユーノはその場にとどまった。
「なのは、大丈夫?」
「うん! これくらい、全然平気。 先生がお昼休みくれたんだ。一緒にご飯どう?」
「うん。うん! もちろん!」
コクコクとフェイトは首を縦に振る。
「ユーノくんも!」
「うん」
少し離れたところにいるユーノにも、なのはは声を掛けた。
なのはは自分の手で、車いすをこぎ、ユーノの方へ行く。
「なのは、車いす、押すよ」
「え、大丈夫だよ?」
車いすのハンドルを持つフェイトを、なのはは見上げた。
「でも・・・」
心配性の世話好きを押さえていると言っても、世話を焼きたいフェイトは、オロオロしていた。
「なのは、手を貸して」
「はい」
見かねたユーノはなのはに近づき、ユーノはなのはの手を取ると、腕の筋肉を確かめるように、もみもみと触る。
前回の事もあるので、なのはは素直にユーノに任せた。
どうしよう。とフェイトが悩んでいると、ユーノが助け舟を出した。
「さっきまで、リハビリして腕も
確認し終えたユーノは立ち上がり、そう答えた。
それを聞いて、フェイトはパァァと明るくなり、なのはもそういう事なら、とフェイトに押してもらうことにした。
三人で食堂でお昼を食べながら、他愛のない話をした。
執務官の受験を控えてるフェイトは、昼食を食べ終えた後、心配だ心配だと心配性を全面に出しながらも帰って行った。
***
午後からの検診まで時間があるなのはのために、ユーノは車いすを押しながら、外を歩いていた。
「ユーノくん。ごめんね」
「どうしたの? 急に」
木陰の下を、ゆっくりと景色を眺めながら歩く。
私はユーノくんに謝ろう、謝ろうと思ってた。
でも、お互いに会う機会がなくて、ようやく廻り廻ったチャンスに、なのはは謝った。
ユーノは気にする様子もなくなのはを見守る。
「ユーノくん、気づいてくれてたのに・・・自分の事なのに、何もわかってなくて・・・」
なのはは後悔と罪悪感で声が小さくなる。
陽射しが雲に隠れる。
「ケガまでして・・・」
ユーノは彼女の前に移動すると、そっと手をとった。
“大丈夫だよ”
「治療方法だって、ユーノくんが頑張って集めてくれてんだよね?」
なのはは目覚めてすぐ、「ユーノくんは?」と聞いた。
そのときは、彼はそこにおらず、私が目覚めたことで安堵した顔と“ユーノ”と聞いて渋った顔が良く見えた。
それからしばらくして、シャマル先生から治療方法とリハビリプラン、それらを「一から調べて直してくれたのはユーノくんなのよ」と聞いて、余計に謝りたいと思っていたのだ。
きっと、責任感の強いユーノくんの事だから、自分を責めてるんじゃないかって。
「ユーノくんのせいじゃないよ。悪いのは私なの!」って言いたくて。
この様子だと、聞いているのだろうと判断したユーノは、彼女の頭にそっと触れた。
「僕はそんな言葉より、もっと別な言葉が聞きたいな」
私はじわりと潤み、口をぎゅっと結んだ。
言いたいことを言わせない彼に、ズルいと思った。
同時に、優しすぎるよ、とも思った。
私は涙をゴシゴシと拭いて、震える声で答えた。
雲が通り過ぎ、陽射しが降り注ぐ。
「ありがとう。ユーノ、くん」
ユーノは優しく微笑んだ。
彼は真剣な表情に変えて、もう一度聞く。
「なのは・・・もう一度、空を目指すの?」
「うん・・・飛ぶの好きだもん」
しっかりと答える。
「また、怪我するよ?」
「うん」
「それでも?」
「うん」
彼女の瞳は諦めていない。
ユーノはなのはを眩しく感じながら、ギュッと抱きしめた。
なのはは顔を赤くする。
「大丈夫・・・なのはなら、絶対飛べるよ」
「ありがとう。ユーノくん」
ユーノくんの応援に私は、元気をもらった。
***
ユーノはなのはを病室に届けて、そこで別れた。
彼女は午後から検診があるから忙しいからだ。
ユーノはここ数日忙しかった無限書庫での仕事を終えて、まとまった休暇が取れた。
なのはには、ああは言ったものの、僕は後悔していた。
だからこそ、彼女が望むのなら、力を惜しまない。
ユーノはベンチに座り込み、青空の広がる空を見上げた。
本局の中での空は、人工的なものだ。
基本的に空模様は、ミッドチルダと同じにしているようだ。
雨雲が近づき、湿った空気のにおいがした。
もう少しで、雨が降る。
そう思っても、公園のベンチから動く気にはなれなかった。
僕は彼女とつないだ手を見つめた。
ぽつりと雨が頬にあたる。
ぎゅっと手を握りしめ、腕で目元を隠した。
雨が降る。
雨の冷たさで体温が奪われていく。
雨で服の色が少し変わっていく。
それでも動かない。
ユーノはなのはに触れた時、確認したのだ。
彼女のリンカーコアが今、どうなっているのかを。
――― ひびが入ってた ―――
ユーノは漏れる声を押し殺す。
――― それも、砕け散る一歩手前だった ―――
無限書庫でリンカーコアについて、直接調べたから分かる。
――― なのはは、もう・・・飛べないと ―――
罪悪感と後悔と悔しさと。
ユーノはそれらの感情で押し潰れる。
命の恩人。大切な人。守りたい人。――― 好きな人。
ユーノは走馬灯のようになのはの笑顔が頭を横切る。
その度に、胸が締め付けられた。
雨が止む。
雨上がりの冷たい風が頬を撫でた。
ユーノは立ち上がる。
顔を上げた彼の瞳に、光が灯る。
「――― 待ってて ―――」
なのはがいるであろう病棟を見上げる。
「――― もう一度、君に・・・・翼をあげるから ―――」
***
数日後。
松葉づえを頼りに、一人で外に出られるぐらいに、なのはは劇的に回復していった。
時折、ふら付いて倒れても、不屈の心で立ち上がる。
それでも、休憩をはさみながら、病院の外を歩いた。
ちょうど木陰があるベンチに、なのはは座った。
「ふぅ・・・」
「こんにちは」
一息ついた時に、上から声がした。
見上げると、見慣れない長身の男性がそこにいた。
「こんにちは」
「隣、いいかね?」
「はい、どうぞ」
私は松葉づえをどかすと、男性は「失礼」と言って、コートを翻し、一人分開けて座る。
眼鏡をかけた男性は、スッと飲み物を差し出した。
「少し、君と話がしたいのだが、いいかね?」
「私、ですか?」
開けていない缶と男性を見比べて、私はこくりと頷き、缶を受け取った。
キンキンに冷えた缶は、歩いてきて火照った体に気持ち良かった。
開けて口に含むと、スポーツ飲料の甘さが心地よい。
男性も缶コーヒーを開けて飲む。
「あの、私に聞きたいことってなんですか?」
「あぁ、そうだね・・・」
じっと、私を観察する男性。
「君は、魔導師かい?」
「はい、そうです」
病院の患者服を着ていれば、魔導師かそうでないかは見分けがつかないのだろう。
「そうか。見たところ、ひどい怪我をして、リハビリの真っ最中といったところかな?」
「そうです」
なんで、こんなこと聞くんだろう?となのはは内心、首を傾げた。
不思議そうな顔が表に出てしまったのか、男性は慌てて弁解する。
「これでも、私は医者の端くれでね。キミのような実験・・・失礼。あー ―― 患者を診ると、つい、手を出したくなるのだよ」
その様子に、私は少し、笑ってしまった。
「ごめんなさい。お医者さんというより、科学者の方が似合うなぁって思っちゃって」
「いや、いいんだ。 私も、自覚はしている」
男性は照れくさそうに頭をかいた。
「随分と回復しているようだが?」
「はい! ここ数日、ものすごいスピードで回復してるって、シャマル先生が言ってました」
「そうか」
男性はどこか寂しそうな薄笑いを浮かべたような気がした。
「お手を拝借」
「?」
男性は片手を差し出した。
私は「なんだろう?このデジャヴ」と思いながら、男性の手に自分の手を乗せる。
男性は軽く手を握り、私の手の上に手を乗せて、包み込んだ。
見上げると、男性は目をつぶっている。
私は自然と呼吸を整えて、終わるのを待つ。
「・・・あぁ ―――」
男性は悲痛な声を漏らし、目を開けた。
男性は手を離すと、落ち込んだように肩を落した。
「ありがとう。大体、わかったよ」
「あの・・・私、どこか悪いんでしょうか?」
男性の落ち込み具合から、何か悪いのかと不安になった。
男性は首を振り答えた。
「いいや、どこも悪くない。 むしろ、健常人とほぼ変わらんよ」
「そうですか」
それを聞いて、ホッとした。
なら、どうして、この人はこんなに落ち込んでいるんだろう?
「あの・・・」
「もう一つ、聞いていいかね」
男性は私の言葉を遮り、質問した。
「はい、何ですか?」
「“ユーノ・スクライア”という人物に心当たりは?」
え?
「私の・・・友達、ですけど?」
「そうか・・・“まだ”覚えているんだね」
「?」
それはいったい、どういうことだろう?
「――― なのはーー! ―――」
遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「さて、私はそろそろ、行こうとしよう」
男性は立ち上がった。
「あの・・・!」
「君の命。大事にしなさい」
引き留める私を差し置いて、男性はそう言い残して、去って行った。
「はぁ、はぁ・・・なのは、こんなところにいた」
「フェイトちゃん」
全力疾走で走って来て、フェイトは息を整えた。
「探したよ、なのは。 部屋に居ないから、心配しちゃった」
「ごめんね、フェイトちゃん。天気もいいから、ここまで歩いてきたの」
なのはは「飲みかけだけど、飲む?」とさっきまで自分が飲んでいた缶を、フェイトに差し出した。
「ありがとう。なのは」と言って、ゴクゴクと飲み干した。
「ねぇ、フェイトちゃん」
「なに? なのは?」
「・・・あれ?」となのはは首を傾げた。
フェイトちゃんに聞きたいことがあったのに、忘れてしまっている。
「?」
フェイトも首を傾げて、なのはの言葉を待っている。
「えっと、フェイトちゃんに、聞きたいことがあったんだけど・・・」
「けど?」
「・・・ごめん、忘れちゃった」
ぺろっと舌を出した。
フェイトはがくっと肩を落した。
「もう、なのはったら」
「ごめんね」
「あ、ところでなのは」
「ん?」
「このジュースどうしたの?」
「ああ、さっき貰ったの」
「貰った? 誰に?」
「さぁ? 知らない人」
「ええ!? なのは! 知らない人から、貰っちゃダメだよ!」
「そう? 親切な人だったよ」
「もう・・・」
フェイトはなのはに呆れて、肩を落した。
なのはがフェイトに聞こうと思っていた存在が、手紙とともに消滅した。
予定より長くなった_:(´ཀ`」 ∠):_ …
あと、おそらく残り1、2話ほどかと。