「それじゃあ乃々ちゃん…………また明日…………な……フヒ」
「は、はい、また明日…………」
輝子ちゃんとの挨拶を済ませ、私も帰り支度を始める。今日は仕事が長引いてしまい、外が暗くなってしまっていた。プロデューサーさんが、車で送ってくれると言ってくれたが、お仕事が残っているだろうから断った。
さて、忘れ物はなし…………。それじゃ──────!?
ふと気配を感じ、誰もいないはずの場所を振り返る。当然、そこには誰もいない。そもそも今この部屋に、私以外の人はいないのだから別段おかしな事はない。しかし、今日はどこか、誰かに見られている気がしてならない。疲れているのだろう。さっさと帰って今日は休むことにしよう。
「って思ってたんですけど………………なんですかアレー!?」
もりくぼは今、絶賛大逃亡中だ。近道をしようと思い、人通りの少ないところに入った途端、後ろから真っ黒の煙が人の形をして襲ってきたのだ。
「ひぃ……! ひぃ…………! 今日ずっと感じてた違和感ってもしかしなくてアレな気が───! あうっ!」
焦るあまり、足を引っ掛けて転んでしまう。再び立ち上がろうとしても、足が竦んで立つことが出来ない。後ろを振り向くと、すぐそこにもりくぼ目掛けて走ってくる黒い影があった。助けを呼ぼうにも、周りには誰もいない、パニックになった頭で浮かぶ解決策もなし。そうこうしているうちに、影はもりくぼに飛び掛って────────。
「り、凛さぁぁぁぁん!!!!!!」
ふと頭に浮かんだ、誰かの名前を叫んだそのときだった。黒い髪をした女の人が私の前に立ち塞がり、固く握った拳で影を殴りつけた。その力は凄まじく、影は勢いのまま飛んでいき電柱に激突した。
「間に合った…………!」
そう呟くその人は、何も無いところから蒼い剣を創り出すと、間髪入れずに剣を振り、不思議な力で影をガチガチに凍り固めた。突然の出来事に呆然としていると、女の人はひょい、と私を抱きかかえて走り出した。
「ひ、ひぃぃぃぃ!? 一体何が…………!?!?!?」
「あんまり喋ると舌噛むよ」
その忠告を守り、黙って運ばれる森久保乃々十四歳。いや、なんでこんな目に会わなきゃいけないんですかぁぁぁぁ!
~~~~~~
アレから大分時間を経て、ようやく解放された。
「屋根を飛んだり電車より早く走ったり…………一体どういう…………?」
「急いでたから…………ごめんね? それより足、怪我してるでしょ、出して」
「あ、はい…………ありがとうございます…………」
流れについて行けず、とりあえず言われるがままに膝を出して治療を受ける。それよりこの人は一体………………? そんな疑問の目を向けているとそれに気付かれたらしく、治療を続けながらポツリと教えてくれた。
「そっか……存在が無くなってるから誰だか分からないよね、私は……………………凛、渋谷凛」
その一言で全てを思い出した。
シャイニーナンバーズで私を支えてくれた人のことを、さよならアンドロメダで共に少年役を演じた人のことを、インディヴィジュアルズのライブの時、楽屋に来てくれた人のことを、そして────────あの世界で、私と共に戦ってくれた人のことを。
「り、凛さん…………! 凛さぁぁぁぁぁん!!!!」
「わっ! 急に抱きついちゃ危ないって……! でも思い出してくれて嬉しい…………かな」
「ごめんなさい……! もりくぼ、ずっと忘れてて…………! 大切な人なのに…………! ごめんなさいぃぃぃ!」
「しょうがないよ、誰も思い出せない状態だったんだから…………それより─────来るよ」
そう言うと、凛さんは立ち上がり何も無いところを睨み付けた。
すると…………なんと言えばいいだろう、透明な扉が開き、そこからなんとちひろ先生が出てきた。
「バレちゃいましたか、残念です…………」
「説明を受けた時点で気付いてたよ、乃々がそんなことする訳ないって。だから怪しく思って逆にアンタを利用してみたってワケ、案の定乃々が危ない目に会ってて焦ったよ」
「慧眼すぎるのも困りものですね、参考までにどこでバレたのか教えてくれませんか?」
「乃々が私を踏み台にしたってところからかな。誰かを捨ててアイドルになるのを嫌った乃々がそんなことするわけない。それよりあのバケモノは何? なんで乃々を狙うの?」
「なるほど…………良い勉強になりました、ではお返しに質問にお答えしましょう、アレはシンデレラになれなかった者の末路です、人になることはおろか、元いた場所に還ることもなかった哀れなモブキャラですよ、それをちょっと唆しただけです」
「最っ低…………!」
苦虫を噛み潰したような声色をした凛さんは、先程と同じやり方で蒼い剣を生み出すと、容赦なく斬りかかった。しかし、ちひろ先生は澄ました顔で避けながら言葉を続ける。
「あとは乃々ちゃんを狙う理由でしたか、特に深い理由はないですけれど、強いて言うならたまたまそこに居たからですかね。それに、計画の再興の為には最低でも一人の犠牲が必要でしたから」
「計画って!? 再興って何!?」
目にも止まらぬ剣捌きで斬りつける凛さんだったが、相変わらずちひろ先生は涼しげに躱し続ける。
「シンデレラパーティですよ、あの世界は美穂さんのせいで無くなってしまいました。ですが、なんと一人のシンデレラの生贄で作り直せる計算なんです! 素晴らしいとは思いませんか?」
「誰かを犠牲にするだなんて…………そんなことが許されるわけない!」
「そうですか…………ご理解頂けたら嬉しかったのですが…………」
そう言うと、ちひろ先生は一歩大きく下がってから透明な扉に手をかけた。
「っ! どこに行くつもり!」
「本来の力が発揮出来ない私からすると今の貴方は中々手強い、というか下手を打てば敗北すら有り得ます。なので貴方に掛けた魔法が解けるのを待ってからゆっくりと乃々ちゃんを処理しようかと────」
不穏極まりないその一言を告げると、神隠しか何かのようにちひろ先生はフッと消えてしまった。
「………………逃がした」
悔しそうにそう漏らす凛さん。その心情がどうなっているのかは、皆目見当もつかない。