ある<守護戦士>の冒険   作:廓然大公

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第5話

「おねぇちゃん」

 

良く晴れた空の下、里山の裾野からの帰り道のこと。年かさの少女に手を引かれた小さな少年は暇をもてあそぶように石を蹴りながら訊ねる。

 

「どうしてレイは村にすまないの」

 

少年のもう片方の手を握る双子の姉もどこかを向いていた視線をそれに同意したように彼女の顔を覗き込む。

 

「そしたらもっとちかくてすむからまいにちあそびにいける」

 

 彼の小屋は村から歩いて四十分ほど、村はずれ、いいや僅かに村から出たようなあたりの山の裾、そこに建てられ打ち捨てられていた簡素な山小屋だった。利便性は悪く、まともな道はほとんどない。元々は狩猟のために作られたようだったがその利便性の悪さから打ち捨てられた小屋。村人は誰も寄り付かない小屋だった。

 

「毎日遊んでちゃだめよ。今日も帰ったらチャンとお手伝いとお勉強しなきゃちゃんとした大人になれないわよ」

「でも、まいかいくるとサンドイッチもさめちゃう」

 

双子は嫌気の刺したような苦い顔を浮かべる。そっくりなその顔にすこしだけ笑いながら彼女は少しだけ考える。

 

「確かに近くに住めばもっと便利ではあるわね」

「「そうでしょ、そうでしょ」」

 

双子は嬉しそうに走りだそうとするも手を引かれる。

 

「このまえ、ケンばあのいえがあきやになったって、そこにすめばいい」

「でもけんばあのいえちいさいからレイはいらないかも」

「じゃあうちにすめばいいじゃん、おれとリマのベッドくっつけてはしっこによればりょうもねられるよ」

「ものおきもいっこかあったからかたづければいい」

 

 双子は笑いながら計画を立てていく。どうすれば彼が村に住めるか。物理的に、幼いながらにどうすればいいかを考えそして実行しようとしている。不可能ではない。村長の孫娘である彼らから言えばいいや誰であろうとも村にはいくつかの空き家があることも知っている。底を維持する住人が増えるのは村にとっても益となるだろう。人が増える、労働力が増えることに否やはない。

しかし、彼女は首を振る。

 

「なんで、ちからつよいよ、レイ。ラキとリマ、ブーンってりょうてでしてくれる」

 

少年はつかんでいた手を離して両手を上に掲げた。それは先日彼がこの双子にしていた鳥遊びをまねたもの、片手で一人ずつ持ち上げて走り回っていた時のことに違いなかった。

 

「ごはんならリマのぶん、はんぶんあげる。たりないならラキのぶんもはんぶんつける」

 

少女の言葉に少年は少し驚いたように振り返るがぐっと堪えたように何をいうこともなく彼女を見上げていた。

 

「でもあの人も村には住みたいとは言わないのよ」

「「なんで」」

 

無垢な質問は時に何よりも鋭い刃と化す。

世界は美しいと語るように。

解決できないことはないと幻想するように。

ありもしない平穏を望むように。

全ての傷が癒えると思い込むように。

 

 

 

「だってあの人は<冒険者>なんですもの」

 

 

 

 村に戻れば既に日は高く昇っていた。

 道沿いの畑には既に顔見知りの住民たちが野良仕事に出ている。夏の生育を待つばかりの野菜野菜たちへと水を与える。緑の畝の周り、日よけのためだろう大きな麦藁帽の黄色が見え隠れしている。

 

「おはようございます」

 

 彼女たちの姿を見れば彼らは目を反らすように小さく会釈のように挨拶をするとそそくさと戻っていく。彼女は曖昧に笑い、あたりを飛び始めている蝶を負い始めた双子の手を引いた。向かうのは村の中央、集会場から少し離れた彼女の自宅だった。

 

 

 

「「ただいまー」」

「只今戻りました」

 

村で一番大きな屋敷の玄関、扉を開け大きな土間に入ると奥からが矍鑠とした祖母が出迎えてくれる。

 

「お帰り、なにもなかったかい。」

「なにもありません、何かあるわけありません、御婆」

 

居間への扉を開ければどうやら村長である父と数人の見知った村民の顔が飛び込んできた。

 

「無事だったか、ノルン」

「見てのとおりです」

 

彼女は辟易したようにそう返すと彼は今度は双子へと視線を向けた。

 

「どうだったかい」

「べつにー」

「ふつー」

 

双子は祖母にお茶を貰うとその言葉に興味を失ったようにそのまま外へと遊びに出ていった。

 

「それで、依頼のほうはどうだった」

「どうとは」

「受けてもらうことはできたのか」

「ええ、まぁ」

 

 依頼とは本来依頼する項目とそれに対応する対価を用意し、それを受領することで成されるもの。ならば受け取ってもらえず、今尚彼女の懐に残ったこの対価なしで旅立ってしまった彼は依頼を受けてもらえたのか、彼女に判断が付くことはなく、なんとなく出言葉を濁す。

 

「ならばよし」

 

村長である彼がそういうと周りの面々も僅かに頬を緩ませた。

 

「これで当面の問題は片付いたか」

「今のところ長雨もない。良く晴れ、良く降りだ」

「しかし、今年はどうなるかわからん。領主が税率を上げるかもしれないといううわさもある」

「三年前に上げたばかりだろう、また上げたら暴動が起きるぞ」

「なんでもミナミの振興商会に随分金を出しているらしい、その分の補填だとか」

「マルタはなんと」

「いつも通り何も聞いていないしか言わん」

「ろくでなしめ」

「まぁまぁ。実りも悪くはない。今はそれで手を打とう」

 

一人の声に彼らは次の言葉を飲み込んだらしい。

 

「にしても西山から禿巾鳥が出てくるとは」

「杜の方も別段実りが悪いということもあるまいに、降りてくるとは」

「かまわん、丁度両得で一週間は厄介払いもできる」

「調査というのならば多分西の山三つこえた向こうの<ゲルダイナの杜>だろう、大人の足でも片道三日はかかる」

「レイさんは四日ほどかかるだろうと」

 

数人で離し始めた父親たちの話に対し、彼女は父親たちの会合を遮るように彼から伝え聞いたことを伝えた。父やは僅かに眉を顰める。しかし、何かをいうことはない。

 

「ご苦労だった。もう行っていい。ありがとう」

 

暗に退室を求められたと気が付かないほど子供ではなく、それを不愉快に思わないほど大人でもない。

 

 

「失礼します」

だからといって何かをするわけではない。今何かをしたところで変わらないことも知っている。彼女はそのまま底から出来るだけ離れるように部屋を出る。自室に戻ることもなく、彼女はまだ高い陽光を受けながら道を行く。飲み込んだ言葉たちが体の中に反響する。吐息のような体温を持ったもやのような言葉たちが肺の中へと溜まる。漏れ出るように、吐き出す彼女は深く息を吐く。

せめて風を浴びたかった。

 

 

 

 

 屋敷を出て、裏道を行く。子供たちが好むような木々と木陰に隠れた抜け道を行く。あたりから見える畑に人はなく、既に昼の休憩へと入ったらしい。南中の小さな影を引き連れて、影から蔭へと渡り歩く。初夏の陽光はあたりを焼き、視界の端、山の稜線のさらに向こう側、天まで届かせるような大きな入道雲の影が見える。その根元へと向かうように小道を抜けた先、それは小さな沢、村の近くを流れる川へと流れ込む。無数にある源流の一つ、彼女は履いてきた靴を脱ぎ去るとその小さな流れへと入る。

 

「つめたい」

 

夏だというのに氷にも似たその冷たさは彼女の中に籠る熱を抜いていく。小さな流れは彼女の足へとぶつかり、そして分かたれていく。水面には彼女の足から延びるその長い波紋が広がっていく。小さく白い足から延びるように大きく広がり、そして消えていく。その姿は大空を行き交う翼にも見える。

体をめぐる何かを流してくれるようなその冷たさが体へと登っていく。血の流れよりも速く体をめぐっていく。

 

 

戻す。

戻す。

戻す。

 

 

自分だけに聞く呪文を唱える。

魔法のように

魔法使いのように

何かをなぞるように

唱えた。

 

 

「またこんなとこでさぼってるのか」

 

彼女は唐突にかけられたその声に葉っと振り返る。

 

彼女から見て少しだけ下流、階段状の滝になったその沢の下、そこに立っていたのは麦藁帽に色あせたオーバーオールを来た少年だった。都市のほどは彼女とさほど変わらない灰色の瞳と栗毛色の神をした彼はどこか眠そうな印象を与える彼は彼女へとあきれたように声をかけてきた。

 

「狩り小屋まで行った靴連れを冷やしに来たのよ。別にアンタみたいにさぼってる訳じゃないわよ」

「残念、こいつをとりに来たのさ」

 

沢の冷たい流水から引き上げるのはいくつかのミルク缶だった。

 

「また何かするので」

「親父がバターを使って何かうまいこと出来ないか試行錯誤してるんだよ」

「今度は上手くいくといいわね」

「俺の代まで安泰な新商品を開発してほしいもんだ」

 

少年は被っていた帽子を振り、冷やしておいた缶たちを持ってきた馬車に載せていく。

 

「ねぇ、ニール」

「なんだよ」

「アンタは親父さんの牧場、次ぐの」

「なんだよ唐突に」

 

少年は面倒くさそうに彼女を見た。

 

「どうなの」

「長男だしな」

「そう」

 

彼女は戯れのように水をけり上げる。飛び散った水滴を僅かに被った彼は少しだけ不満げに彼女を見る。

 

「お前はどうすんだよ」

「どうすんだろう」

「適当だな」

「お父さんが見つけたどこかの家へ嫁にでも行くのでしょうね」

「身もふたもないな」

「相手は案外アンタだったりしてね」

「ぞっとすることを言うやつだな」

「酷いこと言うわね、アンタも」

 

彼女は少女のように笑う。薄く、淡く、笑った。

 

「この大地とともに生まれ、この大地とともに生き、そして私はこの大地とともに死ぬのでしょうね」

 

木漏れ日が真っ青な空から彼女を照らしてる。山から下りてくる僅かな風が木々を揺らしていた。

 

 

「だって私は<大地人>ですもの」

 

 

なにも浮かぶことのないその表情は美しい彫刻のようだった。

 

 

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