ある<守護戦士>の冒険   作:廓然大公

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第8話

 瓦礫の山の中を虹色の泡沫が浮き上がっていく。

 

物理法則など無視したように、そこに今まであったはずの巨体は溶け落ち、消え去っていく。文字通り発つ鳥が後を濁さぬように一滴の血潮さえ残すことなく全ては消えていく。

 彼はその光景を誰よりも近くで、誰よりもまっすぐに見据えていた。最後まで彼を睨みつけていた怪鳥は息絶え、消えていく。最後の一撃を見舞われるその一瞬でさえ、それの視界に映るのは彼だった。モンスターへ言葉など通じることなどなく、ましてその意図など伝わることなんてない。怒りだったのか、恐怖だったのか、憎悪だったのか、果ては落胆だったのか。それが最後に何を想い彼を見つめていたのか、そんなことは彼に分かることなどなく、果たしてそこに何かがあったのかすら読み取ることはできない。唯一彼に言えるのは、その目が澄んだように青かった、それだけだった。

 

「みんな生きてるかぁ」

 

 誰かの声が聞こえた。彼にとって聞き馴染みのないその声はどうやら〈吟遊詩人〉の少女の声らしい。ボスの息の根を止めた彼らの最後の一撃が生み出した砂埃が収まり始め、ようやく視界が開けてきた。彼の目の前に置かれていたのは場違いな赤い宝箱。ボスがそれまでいたはず場所に置かれていたそれ、彼は蹴るようにしてその宝箱を開ける。ばねでも仕組まれていたように跳ね上がった蓋の中身、四角いその中にはいくつかの鳥の羽と一つの飾り卵が入っているのみ。俗にいうドロップ品、巣を倒した際に獲得できる特別な報酬品が入っていた。そしてその中身はゲーム時代にさんざん見てきたありきたりな素材アイテムだった。

 

 

 

「動くな」

 

 

 

 内容品に彼が眉を顰めた時、鋭くあたりに響くのは一人の青年の声だった。体をびくりと震わせ、振り向けば底には〈妖術師〉の青年の姿があった。眉を眉を潜ませた青いローブの青年は明確にこちらへとその言葉を投げかけていた。視線と、そして青年へと向いたのは彼の持つ小さな杖。その狙いは既に彼へと絞られ、拳銃を突きつけたことと変わらない。

 

「助けてもらったことには感謝したい。しかし、誰かわからない貴方を警戒することは分かってもらえないだろうか」

「この状態でそういわれていい気はしませんわな」

 

 皮肉を返しながらも彼は持つ剣と盾を地面に置いた。近接職と遠隔魔法職ではそのリーチのサハ大きく、仮に彼が青年へと振り被ったとしても彼らの間の距離からすれば彼がたどり着く前に結着はつくことは明白だった。

 

「失礼」

 

言葉ではそういいながらも警戒を解くことはなくそのまま彼はゆっくりと近づいてきた。

 

「ここはどこだ」

「どこも何もダンジョン。<ゲルダイナの杜>。実装からは随分古いダンジョンだけど」

 

その名を知っているものが半分ほど。然しそれで彼らは大方の疑問は解決したようだった。

 

「貴方は」

「あら、あんたレイじゃない。あたしよアマリリス」

 

彼が答えるより先に声を発したのはアマリリスだった。

 

「ほんとだ、お前なんでこんなところにいるんだよ。地獄の門番かと思ったぜ」

 

<神祇官>のケンケンは驚いたように笑いながら声をかけてきた。彼は鎧のフルフェイスヘルメットを脱ぎ去ると、目を丸くし彼らを見つめた。

 

「あれま、なんでこんなところにいるんですか」

「質問を質問で返すなよ」

 

気の抜けたように彼らは笑うと、青年は僅かに警戒を緩めた。

 

「アマリリスさんたちのお知り合いで」

「一時期、素材集めのため固定組んでたの、三か月くらいだったかな」

「そうそう、随分前だったけど、もう四年くらい前になるっけ」

 

ケンケンの前に現れたフレンド欄には確かに目の前の彼に紐付けられたアイコンが表示されていた。

 

「お前も大災害の時はこっちにいたんだ」

「運悪く」

「それはあたしたちも同じさ」

 

彼は降参とでもいうように両手を大きくあげた。

 

「待ってください、もう一つ聞かねばならない事がある」

 

青年は彼へと向かうとまっすぐ見据えて問いかけた。

 

「貴方は<Prant hwyaden>ですか」

 

ヤマトの西<神聖皇国ウェストランデ>をも取り込んだギルドの名、彼らアキバとは水面下にて敵対関係にある組織の名。つまり青年たちと敵対者であるかの問だった。

 

 

 

 

「どこのギルドにも入ってないし、入るつもりもない」

 

 

 

 

ケンケンのフレンド欄、そこに表示された彼のステータスには確かにどこのギルドにも所属していないことを表す無所属、の文字が刻まれていた。

 

「相変わらずね、何のためにMMOやってるんだか」

 

アマリリスとケンケンは笑い、青年は一つ大きくため息をつくと緩やかに笑った。

 

「疑ってしまって申し訳ない、助力に感謝する」

「それはいい、ただ」

 

言い淀む彼に青年は問いかける。

 

「どうかしたのか」

 

彼は眉間に深いしわを寄せた。

 

「報酬が五つしかない、六人じゃ分けられない、どうしよう」

 

どこからか聞こえた鳥の鳴き声はまるで彼を罵倒しているように聞こえた。

 

 

 

 

 

「で、もう一度新しい調査隊として編成されたってのがあたしたちってわけ。あ、そこ滑るから」

「大丈夫、大丈夫、冒険者の肉体にうわっと」

「気をつけなさいよ、フラグ立てんじゃないの」

 

 彼らが歩くのはゲルダイナの杜の遺跡周りの鬱蒼とした山林、彼が入ってきた遺跡の入り口とは反対側の入り口付近だった。<ゲルダイナの杜>というダンジョンは遺跡と付近の樹林にて構成されている。鬱蒼とした未開の杜と中心部の遺跡、彼らが向かうのは遺跡入り口から少しだけ離れた広場だった。それまでの瓦礫はある者のれっきとした通路がある遺跡から少し離れ、鬱蒼とした獣道を彼とともに歩くのはアマリリスとケンケンという神祇官の青年だった。

 

「姐さん、こっちであってんの」

 

先頭を行くアマリリスにケンケンはうんざりしたように声をかける。

 

「アンタが書いた地図通りに来てんだからアンタの責任だ」

 

アマリリスは山道をかき分けるように歩きながら返答した。

 

「やっぱり冒険者の足でももう嫌になってきたんだけど、この未知なる道」

「しょうもないギャグ言ってぶうたれないの、ほらちゃきちゃき歩く歩く」

「うへぇ」

 

そういいながらもケンケンの足が衰えることはなく、それは彼特有の軽口らしかった。

 

「えっと、どこまで話したっけ」

「タイムテーブルが効かないのでぶち当たりで調査隊が組まれたとこ」

「そうそう、んで私たちはフェアリーリングの調査隊として飛び込んだらここまで飛ばされちゃったってわけ」

 

彼女はそういってバッグから取り出したのは紙の束、膨大な調査項目をまとめた調査指示書らしい。その多さに彼女は草臥れたようにため息をついた。

 

「そしてここがどこかなって調べてたら遺跡があるでしょ、そこにはいっていったらいきなりの戦闘って感じ」

 

アマリリスは大きくため息をつく。

 

「ゲーム時代のエリアなら分かるけど、実物だと分からないもんだ」

「吉田三はアキバに戻っちゃったし、リキャスト考えてもこれからは五人体制かも、慣れちゃいるけど戦闘はちょっと厳しいかねぇ」

 

 元居たタンク役は死亡によってホームタウンであるアキバの大神殿に戻ってしまっていた。フェアリーリングは一定期間は行き先が固定されているとしてもフェアリーリングのリキャストタイムがそれを待ってはくれない。タイムテーブルや法則がわからない以上、単独でのフェアリーリングの使用は危険性が高い。

 

「丁度いいや、レイ君手伝ってくれない」

「お断りです」

「給料弾むぜ」

「遠慮します」

「円卓印のアキバ饅頭もつける」

「一昨日きやがれ」

「だと思った」

 

二人はその答えを予想していたように笑った。

 

 そういいながら見えてきたのは薄暗い森の中、少しだけ開けた遺跡だった。アキバから繋がったというフェアリーリングはゲルダイナ内の鬱蒼とした森の中に放置されたように鎮座していた。苔むした外装や割れた装飾品はアキバのものとはまったく違う荒廃した様相を呈する。それがゲーム時代からの元から荒廃した装飾なのか、長年の風雪にさらされた結果なのかは分からない。しかしアキバと変わらないような薄く、虹色にも白にも見えるその光の渦があたりを僅かに照らしていた。

 彼女らは荷物を降ろし何やら聴診器のような機器を取り出してはあたりを調べていく。アイテムボックスから取り出された無数の箱を組み合わせては何やら大掛かりな調査をしているらしい。時折呈した帳面その計測結果を記録していく。彼はその様子を遠巻きに眺めるだけ。手持ち無沙汰に咥えられた煙草の煙が一筋長く伸びていく。

 

 

 

「あら、良い匂いがするわね」

 

到着から二時間ほど経過したころ、あたりを柔らかな香りが包む。

 

「茶を入れた、飲むといい」

「おおう、仕方ないとはいえ、その恰好はなかなかにインパクトだな」

 

ケンケンの押し殺したような笑いは、彼の着るピンクフリルの<新妻のエプロン>にむいている。

 

「嫌なら飲まなきゃいい」

「貰うよ貰う、悪い悪い」

 

アマリリスも彼の格好に少し驚いたような表情をしていた。

 

「アキバだと色とかフリルのないやつとか売ってるわよ」

「田舎にゃ回ってこない」

 

アマリリスは頷くとカップを啜る。

 

「薄い」

「ティーバッグがそうそう手に入ると思うな。それでもまだ味がするほうだ」

「これなら白湯のほうがマシのような」

「黒薔薇茶とは思ってないけどうっすいなぁ」

「田舎のせいだ」

「なんでも田舎のせいにすればいいって訳じゃねぇぞ」

 

結果として二人の追及に彼は隠し持っていた角砂糖と檸檬を進呈することで事なきを得た。

 

 

 

「というかゲルダイナの近くにフェアリーリングあったっけ」

「どうだったかしら、少なくともナカスにはあったし、〈火雷天神宮〉にはあったと思うけどこのあたりには覚えはないわね。レイがここに来たときはもうあった」

 

彼女の質問に彼は少し考え込んでやはり眉を顰めたまま返した。

 

「少なくとも起動はしてなかったと思う。朽ちて遺跡として残ってたなら分からない」

「というかこんなダンジョン内の森の中には無かったような気しますけど、誰が使うんすか」

 

 往々にしてフェアリーリングによる長距離移動はプレイヤーの長距離エリア移動を補助するものとして設計されている。そしてそれは主にギルドなどが存在するプレイヤータウンや匹敵するようなエリアに設置されていた。それはつまりクエストで訪れるようなダンジョン内にその出口があることは今まで見られなかった。

 

「実装当時には無かったような気がするけど。後のアップデートで追加だったら確認してないかも。古い施設で利便性のために追加とかありそう。このあたりには大きな街もないし。あとで確認取らなきゃね」

「了解です」

 

 ケンケンはそういいながら帳面に何やら書き込んでいく。ちらりと見えるその羊皮紙には今まで自分たちが通ってきた道や底からの方位や位置などが克明に記載されている。どうやら彼のサブ職業は筆者師であり、今もマッピングの最中だったらしい。

 

「貴方がこんなところにいるとは思わなかったわ」

 

アマリリスからそう声をかけられる。そのことに少し驚いたように然しどこか怪訝そうに彼は生返事を返す。

 

「そういわれても」

「そうそう、ナインテイルくんだりまでよく来たよな」

 

かぶせるようにケンケンは鼻歌を謡いながら道を進んでいく。

 

「そのルートを辿ればアキバに帰れるんじゃないか」

 

名案と手を叩いたけんけんの視線から逃れるように彼は手にしていたレモンティーをすすった。

 

「ライドでもひと月はかかるかもしれない」

「ハーフガイアじゃなかったのかよ、日本って広いなぁ」

 

彼の言葉にケンケンは分かりやすくうなだれる。

 

「秋葉原から九州汲んだりまで来たっていうけどそこまで植生が変わるわけじゃないのかね。ロデリック商会の学者先生ならもっとを分かるのかもしれないけど」

「俺に言われても」

「まぁとりあえず知り合いに会えただけでも僥倖って事ね」

 

そして彼女はふと思い出したように立ち止まり、彼へと向き直る。

 

「そういえばお礼がまだだったわね、御免なさいね」

 

彼女は彼へと手を差し出した。

 

「私たちを助けてくれてありがとう」

 

彼は一瞥だけすると小さく、ああ、とだけ返した。

 

「アマリリスさん、タージマンたちも来たみたい」

 

遺跡を抜け別ルートから回ってきていた他の三人も装備を僅かに草木で汚しながらたどり着いた。

 

「お待たせしました」

「いいのよ、お茶会もできたし」

 

においに気が付いたのか<吟遊詩人>の少女は彼のほうへと視線を向けた。

 

「お茶のにおいする、いーなー」

「お茶なら俺が後で立ててあげますよ」

「にゃんマルのお茶、抹茶じゃない。いーなーレモンティー」

「あれはレモンティーというか檸檬白湯だったけどね」

「なにそれ」

「はいはい、先に情報整理しますよ。ダイブ時間押してるんですからねぇ」

 

引率のように手を叩きながら注意を引くタージマンたち。戦闘から既に四時間、フェアリーリングのリキャストタイムは既に過ぎていた。

 

「それじゃ、私たちはまた放浪の旅に出るから」

「お力に慣れず」

「いいのよ冒険者は自由なんだから」

「皆さん、そろそろ」

 

彼の声掛けにアマリリスはまたね、と小さく手を振った。

<妖精の輪>の前に五人が並び立ち、その亜空の扉へと足を一歩進める。

空間を飛び越える妖精の魔法は彼らの接触に光を放つ。

 

 

 

そして聞こえたのは雷鳴にも似た拒絶の咆哮だった。

 

 

視界を埋め尽くすような白い発光が目を焼き、その情景を奪う。

電のような劈きと不快に響く重低音が肌から聞こえてくる。

瞬間の衝撃は然して彼を飛ばすには力不足で。

瞬きのように消えていった光、そして戻ってきたその視界。

そこにあったのは五つの影、踏み出したはずの五人の調査隊。

頭を振り、目を閉じ、そして意識を呼び戻すようにしていた彼らの姿。

拒絶された彼らの前に代わりに現れたのは見慣れたシステムメッセージ。

『リキャストタイム3:59:57』

それはつまり道が途絶えたということ。

一行はその表示を呆然と眺めていた。

そして

 

「とりあえず、お茶でも飲む」

 

彼らは頷いた。




気が向いたら続きます
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