アキバの中心部から少し離れたその建物、ギルドのホームとなったその建物のある一室に彼らの影があった。日はまだ高く、しかし少し前から広まってきた薄曇りの空はその光を遮り、いつもよりその影を薄く引き延ばしていた。そんな空に辟易するように彼は部屋の窓を占める。
「それで、調査隊の面々は」
三白眼で神経質そうな青年、シロエは向い座る彼へと向きながらそう切り出した。座っていたいつもと変わらない神祇官の彼、アインスはその糸目の間に皺を作りながら苦々しく口を開く。
「全員と連絡は取れています。転移先でモンスターの襲撃にあった様ですが何とか切り抜けたようで、念話に依る通話も行うことは出来ました。現地での協力者も一人得たようです」
彼の言葉は既に第一報として青年の元に入ってきていた者と相違はない。それから既に三時間、彼が携えてきた新しい資料には半ば予想していた通りの情報が記されていた。
「調査隊六人のうち一人はこっちに戻ってきました。あっちでの戦闘での死亡によるものでしたからそれ自体には不思議な点は無かったのですが」
しかし、と彼はその先の言葉を留める。
「やはりリキャストが戻っていない、ですか」
先を紡いだ青年の言葉に、彼は重く頷くしかなかった。
ゲーム、エルダーテイルにはリキャストタイムと呼ばれるものが存在する。再使用時間とも呼ばれるそれは使用後、一定時間再使用ができなくなるというクーリングタイムのようなものが存在した。プレイやそれぞれの特技や魔法、そして強い効果を持つ特定アイテムの使用等に設定されており、短い者であれば数秒、長い者であれば1日程度設定されている。
そして
「本来であれば四時間のリキャストタイムを持つ〈妖精の輪〉の使用が行えなかった」
アインスは苦悶表情を浮かべながらその言葉に深くうなだれる。
「以前の調査でゲーム時代のタイムテーブルに沿ってはいないという結論に達しました。よって今回は総当たり的に〈妖精の輪〉の連続使用による転移先データ収集を行うことになっていました」
「確認しています、確か調査隊はタージマンさんとアマリリスさんが主たちとなって編成されていましたよね」
青年は数週間前に受領した計画書を思い出していた。
「ならば皆さん、いづれも〈秘宝級〉のライドは持っていましたよね」
青年の言葉にアインスは首を振る。
「〈女王の牝馬〉のリキャストタイムが戻ってきていいないのです」
呼び笛系アイテムと呼ばれるそれは使用すれば一定期間対象となるモンスターを自由に使役することができるというものだった。公共交通機関などないエルダーテイルにおいて用いられる呼び笛によって呼ばれるモンスターはプレイヤーたちにとっての乗用車やバイクに当たるような移動手段となる。
プレイヤーとは隔絶した移動速度を実現する代わりにアイテムによって設定された時間制限後に設定されたリキャストタイム間はそのアイテムの再使用をすることはできず呼び出すことができない。本来であればリキャストタイムが終了すればアイテムは再使用可能となる。
しかし、こちらで復活した吉田三という武士のリキャストタイムが途切れることはなかった。残りゼロ秒になると同時に時間を巻き戻したように再びリキャストタイムが始まる。それはいうなればリキャストタイムが無限になったことに他ならず再使用することができない。アイテム使用を禁止されたことだった。
「リキャストタイムを持つ全てのアイテムの使用が出来ません。特技や魔法といった攻撃系の者に関しては影響はないようですが」
「リキャストを早める<シフティングタクト>はどうでしたか」
青年の言葉に彼は力なく首を振る。
「やはりアイテムには効果はありませんでした。課金アイテムだった時知らずの時計を用い見ましたが一次的にリキャストは早まりますが0になるとまたリキャストが始まるので元の黙阿弥です」
彼の言葉に青年は僅かに考え込んだ。それはつまり、エルダーテイルにおいて移動速度や積載量を増やすための騎乗アイテム、多くの物が持つ馬や青年たちが持つようなグリフィンを使うことができないということ。そして何より、長距離移動を可能とする〈妖精の輪〉も再使用ができないということを意味する。
「ということは調査隊はアキバの町に帰ってこれなくなったということですが」
青年の言葉に彼は僅かに実を硬くしたようだった。
「しかし、実際にシロエさんたちはエッゾへの移動を成したではありませんが」
「不可能ではありませんが成功の可能性はあまり高くないといったほうが正しいです」
彼の言葉を切り捨てるように青年は言った。
「あの強行軍は少数による人質救出という電撃作戦だったから成功しただけです。それに今回は事情が違う」
それだけ言えば全てが伝わる。然し彼の渋面が崩れることはない
「救援部隊を出せばいいのではないか。主君」
重苦しい彼の姿に青年の蕎麦に控えていた忍者装束の少女が青年へと問いかけた。
「アカツキ、これには問題が三つあるんだ」
青年は彼女に対して指を立てる。
「一つは移動手段、フェアリーリングで向かった目的地は今も同じ場所には通じているとは限らない。もし行くとしたら文字通り遠征になる。僕らが前やったようなね」
「救出作戦というのであれば前を変わらないような気がするのだが」
青年は二つ目の指を立てる。
「ここで二つ目の問題。今回の無限リキャストの影響が出てくる。救出だけならいいけど、仮に救出部隊もリキャストが使えない状態に陥ってしまったなら元の木阿弥。救出後の行程が長くなる可能性も出てくる。そうなると救出作戦はどれくらいになるかわからない。それに仮に救出に成功したとしても無限リキャストが解決的無ければ被害者が増えるだけになる」
「然し、それなら調査隊を編成して原因を調査して解決してくればいいのではないか。そうすればリキャストに困ることもないだろう」
そして青年は首を振る。
「確かにそうなればいいけど、そのためには調査隊として部隊を編成してもそこへ送らなければいけない」
そういいながら彼が開くのはここセルデシアに置けるヤマトの地図。日本列島と同じ地形の中心あたり、東京に当たる位置を彼は指さした。
「僕らのいるアキバはこの東京あたり。エッゾ、前の救出隊が通ったのはこのルート」
彼は東北地方を上るように北海道までなぞっていく。時折現れる赤い丸で表されたいくつかの中継点は大地人たちの集落、遠征時のキャンプを表していた。そしてそのどれもがグリフォンによるショートカットはしたもののある程度街道沿いの経路をとる。
「そして今回の目的地となるゲルダイナ周辺はここ」
九州南部に当たるそこへの経路、それは必ずある一点を通る事になる。
「ミナミか」
青年は深く頷いた。
「それだけの勢力を持って救出に行ったとしても、ミナミからすればアキバの冒険者の襲撃ととらえられてしまう可能性は大きい。最悪戦争になってもおかしくない」
「オキュペテーは、太平洋側のルートを使えば」
アキバが所有する大型蒸気船、オキュペテー、確かに海を廻ルートであれば過剰にミナミを刺激することも少ない。しかし、アインスの言葉にも青年は首を振った。
「残念ながら僕たちにはまだそこまでの外洋を航海する技術は持ち合わせていません。海図はおろか船の操舵だってまだ完ぺきとは言えないんですから」
「鳴れば大地人の助力を願えば」
「それをしてしまえば本当に大地人を巻き込んだ戦争に発展しかねません。解決するなら僕たち冒険者だけの手でなければ侵略とみなされる」
3つ目の要因。それはアキバと勢力を二分するミナミの存在。プラントフロウデンと呼ばれる単一ギルドによる完全統治が成されたヤマト第二の規模を誇るプレイヤータウンは大地人勢力、神聖皇国ウエストランデと半ば合一し、その勢力にも大きく発言権を持つ。アキバと友好関係にある自由都市同盟イースタルはウエストランデからの併合勧告を無視しており、両国の間には緊張感が漂っている。その状況下での大舞台派遣は、火薬庫に煙草を捨てる事に近い。青年の言葉に少女は少し驚き眉をひそめた
「そんなことで」
「そんなことで戦争は起きてしまうんだ」
青年はそういいながら資料へと目を落とす。
「それに現状はそう悪いとも言えません」
青年の言葉に彼は顔を上げる。
「確かにリキャストタイムの永続化までは予想外でしたが今回の調査隊はその予想外にある程度対応できるメンバーで構成されています。フェアリーリングの探索経験も豊富な特に今回は精鋭たちだ。原因調査、フィールドワークに関していえばむしろこれ以上ない選任でしょう」
青年自身も見知った顔たちのパーティー、一人の脱落は発生したがむしろ彼らであったためにその最小限度まで留められたともいえる。現地にいた土地勘のある冒険者も加わったという話ならば調査にはうってつけであると言える。
「調査隊との連絡は密に、こちらでも遠征の準備と警戒の必要はあるでしょう」
しかし、と青年は続けた。
「僕たちに今できることは少ない。けれどまだできることはあります」
彼は顔を上げ青年を見た。
「仲間を信じて、待つことです」
青年は眼鏡を押し上げながら青年は言う。
その瞳の奥はまだ見えなかった。
書き溜めがなくなりました