艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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1.ガダルカナル撤収作戦

 二週間前、提督よりガダルカナル島撤収作戦が発令された。この方面で稼働可能な艦娘のほぼすべてを動員した大規模な作戦であった。

 ショートランド泊地より戦艦【霧島】【比叡】を主力とした挺身(ていしん)攻撃隊と第二水雷戦隊が出撃し、敵ルンガ泊地に殴り込む。その隙に第三水雷戦隊の護衛する輸送艦が、島に残されている航空基地奪還部隊を完全撤収させる。単純極まりない作戦だが、敵味方とも、それぞれワイルドカードが準備されていた。敵方は、ソロモン諸島南方に遊弋(ゆうよく)中の新鋭戦艦を含む水上打撃部隊と、軽空母二隻を含む航空部隊。味方は【大和】たち砲撃挺身艦隊であった。

 【大和】たちは夜間砲撃でのリコリス航空基地を壊滅させようとしている。これまでも航空基地への艦砲射撃の計画はあったが、奪回後はすぐにこちらが使うという理由で見送られてきた。しかし、もうその理由は考慮する必要がなくなり、提督は捻出しうる最強の艦娘を配置した。

 

 ――敵がガダルカナル島に侵攻開始した8月以来、リコリス航空基地の帰趨(きすう)を巡り、地上戦は熾烈(しれつ)を極めた。海上も同様で、僅か三か月の間に四度の大規模な海戦が発生し、【龍驤】【加古】【古鷹】【初雪】【睦月】【夏雲】【叢雲】が沈み、【翔鶴】【瑞鳳】【衣笠】【青葉】が大破していた。攻勢限界点に達している連合艦隊は、これ以上の損失には耐えられなかった。ガダルカナル島は、深海棲艦をソロモン諸島以南に封じ込める重要な拠点ではあるが、敵の意図する消耗戦に(はま)り込むわけにはいかない。そのような顛末(てんまつ)で、この撤収作戦は決定されている。無論、無傷では終わらないが、ほかの選択肢はないに等しい。戦線を縮小し、持久戦に持ち込んで戦力を回復する。劣勢に傾きつつあるパワーバランスを元に戻すには、それしか手段がなかった。 

 多くの艦娘たちが眠る鉄底海峡。島の放棄は、彼女たちの犠牲を無意味なものにしてしまうという意見もあった。だが、提督は決断した。終わりの見えない深海棲艦との戦い。彼女たちはその勝利を願って沈んだ。なればこそ、この撤収作戦は完遂(かんつい)しなければならないのだ。

 

 

 11月12日 21時30分 トラック泊地 艦隊司令部

 

トラック泊地は大小二百以上の島からなる巨大な環礁であった。艦隊司令部は、その中の大きな島の一つである夏島にある。海から少し離れた小高い丘の上にある別荘のような建物で、知らなければ艦隊司令部だとは思わないだろう。

 本来ならば、地下にある作戦指揮所で采配を振るうべきだが、【長門】は、機密もへったくれもないリビング中央のテーブルに海図を広げていた。

 

 

 

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 現在この部屋には【長門】と【大淀】しかいなかった。いつもなら参謀役として【陸奥】も同席しているのだが、彼女は砲撃挺身艦隊として出撃中だ。

 ――開放された窓から突風が侵入し、海図をパタパタと揺らした。

「窓を閉めてくれないか」

 【長門】は両腕をさすった。赤道付近とはいえ、この時期は肌寒さを感じる風が吹く。その要望に応え、通信機の前にいた【大淀】が立ち上がり、室内に二つある窓を閉めた。

 【長門】は落ち着かなかった。作戦結果の報告を待っている時はいつもそうだ。ちょっとした出来事にも過敏に反応してしまう。今も南国特有の瞬間的な強い風が吹いただけだが、それを(わずら)わしく感じてしまっていた。

「半年でずいぶん変わりますね」

 【大淀】が言った。二人は半年前にも、ここで指揮をとっていた。中止されたMO攻略作戦であった。

「そうだな……ここにも季節はあるのだな」

「まあ、四季ではないでしょうが」

「夏のような春から夏のような秋には変わった」

 【大淀】が笑った。自分が秘書艦になってから、常に【陸奥】と【大淀】は側にいた。二人がいるからこそ自分は存分に指揮ができるのだ。

「陸奥さんが気になりますか?」

 それも良し悪しだなと、【長門】は思った。【大淀】とは言葉を超えたコミュニケーションがとれてしまう。

「すまない……姉妹艦とはそういうものだ」

「謝ることはありませんよ」

 【大淀】には姉妹艦がいない【夕張】や【島風】のように実験的な要素が強い艦娘なのだ。彼女たちが極端に個性的なのは、それが影響しているのかもしれない。

「消耗戦を回避する為とはいえ……この作戦はいささか乱暴です」

 【大淀】の個性は頭が回りすぎることだ。【長門】が提督から指令された本質的な部分は、【陸奥】にも【大淀】にも話していない。だから、彼女はそれを探ろうとしている。

「ああ……この戦も無傷ではすまない」

「MI攻略は失敗だったということですか?」

「現状を考えるのならば失敗だ。私たちは鎮守府爆撃に過剰反応しすぎたのだ」

「爆撃のリスク回避の代償で、第一航空艦隊を張り付けることになった?」

「MIは要塞化ができなく補給も困難だ。敵がハワイに二個機動部隊を置いているからには、一航戦と二航戦は動かせない」

 通信機の受信を示すランプが点灯した。【大淀】が慌てて持ち場に戻る。この時刻で無線を使用できる艦娘は限られている。敵軽空母部隊を誘致すべく、あえて目立つ行動をしている第三航空戦隊と第四航空戦隊しかない。

 【長門】はそれらの艦隊の駒が置かれているサンタクルーズ諸島北方沖に目を向ける。そこには味方の駒が五つと、敵の駒が二つ置いてある。ただし、敵の駒の一つには未確認を示すピンが刺さっている。

 大きく前進した【イ9】【イ26】【イ19】と書かれているものは、哨戒中の味方潜水艦だ。その内、最も南にいる【イ19】が一週間前に軽空母【ヌ級】二隻と、防空力に特化した【ツ級】軽巡洋艦二隻を含む敵航空部隊を発見した。半日後、今度は哨戒線中央にいる【イ26】が、ほぼ同じ編成の敵航空部隊を発見する。【イ19】が見つけた敵部隊を、【イ26】が重複して探知したとも考えられる。しかし、【長門】はそう考えなかった。敵は、この海域に航空部隊を二つ投入している。そう考えるほかなかった。

「第三航空戦隊からです。摩耶の夜偵が方位一二〇に敵航空部隊発見。距離一五〇(かいり)(約270km)、針路二三〇、速度十ノット」

「近いな、隼鷹たちの位置はここで間違いないか?」

 第三航空戦隊の位置は、ガダルカナルの北東三五〇浬(約650km)にあった。【大淀】が駒の位置を僅かに南方にずらす。

「現在位置はここです」

「だとすると、明日、輸送艦は敵艦載機の攻撃範囲に入るな」

 【長門】も敵航空部隊を発見された位置に移動する。敵軽空母は艦載機搭載量も多く、速度も速い。低速の【隼鷹】一隻では荷が重いのは重々承知の上だ。だが、対等に渡り合う必要はない。兵員を満載した輸送艦が、味方制空圏に逃げ込むまでの時間稼ぎをしてくれたら良い。

「ラバウルに輸送艦の上空援護を要請していますが、滞空時間は僅かです。侵入されたら大損害を被ります」

「やはりこの海域が問題か……」

「この航空部隊が存在するなら……もっと酷いことになります」

 【大淀】がピンの刺さった駒をいじっている。もう一つの敵航空部隊が現れると、戦力差は三倍を超える。

「いるさ……だから第四航空戦隊を配置してある」

「長門さん……吹雪ちゃんを出す必要があったのですか?」

「提督の指示だ……私も、吹雪は後方に下げるべきだと思っている」

「……」

「信じるしかない。提督と吹雪をね」

 この作戦で最も過酷な任務を与えられているのは、その【吹雪】が所属する第四航空戦隊であった。航空戦隊とは言うものの、直前に【飛鷹】が機関不良で出撃できなくなり、代わりに【大井】【北上】の重雷装艦を急遽(きゅうきょ)編入した。旗艦は索敵を重視し【利根】が務め、同型艦の【筑摩】に、攻撃力の要である【大井】と【北上】、そして対空兵装を強化された【吹雪】と【夕立】の陣容だ。彼女たちは【飛鷹】が存在するものとして行動し、敵を北方誘致しなければならない。その偽装で、【筑摩】は水上機ではなく、カタパルト射出が可能な九六式艦上戦闘機を積んでいた(発艦後は【隼鷹】に着艦する)。使用可能な空母が枯渇(こかつ)した第二艦隊の姑息(こそく)な戦法だが、その役割はとても重要だった。鉄底海峡に敵航空機を侵入させることは、作戦全体の失敗を意味するからだ。

「雷撃距離までは接近できないと思います……捕捉されたら全滅です」

 【大淀】の顔が、怒りの感情を含んだものに変わった。

「そうなったら……突撃して敵を疲弊(ひへい)させるしかない」

「そんなことができるとでも?」

「やるしかない」

 すでに賽は投げられている。【大淀】もそれを承知しているので、それ以上話を蒸し返さない。

 【大淀】が【大和】たち砲撃挺身艦隊を艦砲射撃位置に置き直す。

「0時丁度です」

「了解した」

 【長門】は海図の全体を見渡す。敵味方合わせて十以上の艦隊が絡み合う予測不可能な海戦が始まろうとしている。両軍の艦艇は以下のようになる。

 

 連合艦隊

  挺身攻撃隊

   作戦目的:ルンガ泊地に突入し、敵残存艦隊の撃滅

    戦艦【比叡】【霧島】

    軽巡【長良】

    駆逐艦【雪風】【天津風】【時雨】

  

  第二水雷戦隊

   作戦目的:同上

    軽巡【神通】

    駆逐艦【村雨】【五月雨】【暁】【雷】【電】

 

  第三水雷戦隊

   作戦目的:輸送船によるガダルカナル攻略部隊撤収作戦の護衛

    軽巡【那珂】

    駆逐艦【朝雲】【春雨】【夕暮】【白露】【照月】

    輸送艦 九隻

 

  砲撃挺身艦隊

   作戦目的:リコリス飛行場を夜間砲撃で壊滅後、敵主力艦隊を撃破する

    戦艦【大和】【陸奥】

    重巡【鳥海】

    軽巡【川内】

    駆逐艦【綾波】【敷波】

 

  第三航空戦隊

   作戦目的:敵航空部隊を北方誘致する

    軽空母【隼鷹】

    重巡【摩耶】

    軽巡【五十鈴】

    駆逐艦【海風】【江風】【涼風】

 

  第四航空戦隊

   作戦目的:同上

    重巡【利根】【筑摩】

    重雷装艦【大井】【北上】

    駆逐艦【吹雪】【夕立】

 

 

 深海棲艦

  ※ルンガ泊地残存艦隊(偵察機にて確認)

   現在位置:ルンガ泊地

    重巡ハ級二~六隻

    軽巡へ級二~四隻

    駆逐艦十隻

 

  ※戦艦を含む主力部隊

   現在位置:ソロモン諸島南方近海(推測)

    戦艦タ級二隻

    艦種不明(未知の戦艦もしくは重巡ネ級)二隻

    重巡リ級二隻

 

  ※軽空母を核とした航空部隊

   現在位置:サンタクルーズ諸島北方

    軽空母ヌ級二隻

    軽巡ツ級二隻

    駆逐艦二隻

 

  ※上記航空部隊と同じ編制の未確認部隊

   現在位置:サンタクルーズ諸島北方(推測)

    軽空母ヌ級二隻

    軽巡ツ級二隻

    駆逐艦二隻

 

  ※リコリス航空基地

    リコリス飛行場姫

 

 嫌になるほど戦力が均衡(きんこう)していた。【大和】の投入など一部海域では優位に立てているが、ほかの海域が危うすぎる。ただでさえ低速の輸送船を守らねばならないのだ。すべての艦隊が、所定の任務をこなさなければ、だるま崩し的に敗北するだろう。

(まずはリコリスだ……ここを潰さなければ、なにも始まらない)

 リコリス航空基地の夜間砲撃開始まで残り2時間。時計のカチカチという音が、実に耳障(みみざわ)りだ。【長門】は、この待つ時間が大嫌いだった。逃げ出せるのならば、ぜひそうしたいとさえ思っていた。

 

 

 南方海域 11月12日 22時00分 ソロモン諸島 フロリダ島沖

 

 空は厚い雲で覆われていて月も星も見えておらず、洋上は漆黒(しっこく)の闇という表現がふさわしいものであった。ほぼ(なぎ)状態の穏やかな海面に、単縦陣の艦隊が巨大な波を作っていた。音を出すことに罪悪感でもあるのか、彼女たちはまったくの無言で進んでいる。

 先頭を行くのは軽巡洋艦の【川内】。夜戦のスペシャリストの彼女が、艦隊の目として後続を先導している。続いて駆逐艦の【綾波】と【敷波】、少し距離を置いて重巡洋艦【鳥海】、戦艦【陸奥】。そして最後尾には“艦隊”の象徴たる艦娘の戦艦【大和】が続いていた。

 彼女たちはトラック泊地をひっそりと出撃し、敵の哨戒網をかいくぐりながらガダルカナル島を目指していた。

 

 

 

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(夜襲日和か……)

 そのような言葉があるかどうかは別にして、【大和】はこの気象条件が偶然の産物ではないことに、少々驚いていた。

(天気予報って当たるのね)

 艦娘であるからには、天気の変化は常に意識している。ただ、二週間後の天気の予測など不可能だと思っていた。

(「その日は100%夜襲日和ですよ」)

 作戦発令と共に第一艦隊より編入してきた【大淀】のセリフだ。なんでも鎮守府では天気予報を専門に扱う研究部門があるとかで、トラック泊地に要員を何名か引き連れてきていた。

 月明り、星明りもない漆黒の闇が自分たちを包んでいる。確かに夜襲にはもってこいの状態だ。リコリスの電探はまだ機能しておらず、灯火制限によりサーチライトも使えないだろう。頼りになるのは夜目が利く監視員だけなのだから。

 先頭の【川内】が速度を落とす。通信機は緊急時以外使用禁止だ。報告や連絡は直接会話するしかない。

「サボ島が見えてきました」

「え?」

 【大和】は、【川内】のシルエットが見ている海域に目を向ける。まったくの暗闇で島影など見えなかった。

「もしかして見えないのですか?」

 【綾波】が不思議そうに質問する。そのとおりなので答えようがない。

「大和ちゃん安心して。私にも見えないから」

「水雷の子たちは特別ですから」

 【陸奥】や【鳥海】も同じらしい。表情はわからないが、その声から諦め顔が想像された。

 ――六隻は集結し、半速にて前進を続ける。まもなく第三水雷戦隊との確認地点だ。彼女たちは撤収支援艦隊として輸送艦を護衛している。

「敵の哨戒圏ですが……艦艇は見当たりませんね」

「無線量も活発ではありません。沿岸監視員(コーストウオッチャー)には見つかっていないはずです」

 【川内】と【鳥海】が報告する。現状は理想的なものであったが、これからが問題なのだ。敵哨戒基地のあるツラギ島の前を通過し、リコリス航空基地に接近する。見つからない確率は低い。

「ここからは運が必要ですね……」

「大丈夫です。私、運がいいですから」

 【大和】の声が不安そうに聞こえたのか、【綾波】が元気な声で励ました。

「綾波ちゃんは運がいいの?」

「ええ、だって私は改吹雪型ですから」

 【綾波】は改良吹雪型駆逐艦で、正式には特二型駆逐艦だ。彼女と同型艦の【敷波】は、特型駆逐艦のネームシップである【吹雪】を尊敬していた。

「あの吹雪さんの姉妹艦なんですよ! 運が悪いはずはありません」

 【敷波】も負けずに【吹雪】をリスペクトする。ここまでくるとほとんど信仰に近い。

「吹雪ちゃんは努力家だから……」

「まあ……苦労人ですよね」

 【陸奥】と【鳥海】がオブラートに包んだ否定をするが、特二型の二隻は気が付かなかったようだ。上機嫌で「はい」と答えて、前方に躍りだした。

(吹雪ちゃん……)

 【大和】も【陸奥】たちと同意見であった。【吹雪】は決して運の良い艦娘ではなかった。天真爛漫(てんしんらんまん)ではあるが、いつもなにかに悩み、苦しんでいた。そして彼女は、それを尋常ではない努力で乗り越えてきた。

(でも今回は……)

 【吹雪】が苦楽を共にしてきた【睦月】が、前回の海戦で鉄底海峡に消えていた。その悲しみにもがき苦しみながらも、彼女はあえて明るく振る舞い、ほかの艦娘たちを(おもんぱか)っていた。その痛々しい姿が、【大和】の目に焼き付いている。

「吹雪が心配かもしれませんけど……今は任務に集中しましょう」

【川内】が速度を落として声をかける。表情は闇に隠されているが、声の質には憂いがあった。それはそうだろう。【川内】は【大和】以上に【吹雪】と親しいのだから。

「はい……すみません」

 【川内】の言うとおりだ。この作戦の開始は【大和】たち砲撃挺身艦隊が火ぶたを切る。奇襲であろうが強襲になろうが、必ず実行して成し遂げなければならない。さもなければ、また多くの悲しみを量産してしまう。

「陣形を変えます。三水戦との合流地点まではそのままで」

 【大和】は陣形を複縦陣に変更した。警戒を強化し、慎重に次のチェックポイントまで進む。無線も発光信号も使えないのだ。作戦が順調であるかはポイント通過の時間で判断するしかない。

「鳥海さん。時間は?」

「まもなくです。方位二八〇に艦影が確認できるはずです」

 【大和】は【鳥海】に指示された方位を確認する。先ほどまでは見えなかったサボ島がはっきりと見えるまで近づいていた。目を凝らすと、特徴のある三本煙突の艦影が見える。

「三水戦です」

 【川内】の声が心なしか弾んでいる。それはそうであろう。第三水雷戦隊の旗艦は、【川内】の姉妹艦である【那珂】なのだから。

 【那珂】のサーチライトが短く点滅した。【川内】がそれに返答している。

「時間は?」

 【大和】は再度時間の確認をした。

「誤差の範囲内です。三水戦も、私たちも」

「そうですか。ならば戦闘開始です。単縦陣、第一戦速」

 旗艦【大和】の指示と共に、【川内】が速度を上げ、先頭に出る。ここからリコリス航空基地の沖合16000m(【鳥海】が目視砲撃できる最大距離)まで接近し、戦艦二隻と重巡一隻で、滑走路に三式弾を叩き込む。徹甲弾では大きな穴を穿つだけで、すぐに修復されてしまう。工作車が通れないほどボコボコにするには、三式弾が適役だ。そして、その為には【大和】と【陸奥】の巨砲から吐き出される鉄量が必要だった。

(思う存分砲撃ができる……)

 大和ホテルと揶揄され、そのコストパフォーマンスの悪さから、行動が制限されてきた【大和】にとって、フリーハンドを与えられた砲撃は、夢にまで見た晴れ舞台であった。世界最大の巨砲を持ちながら、これまでその実力を発揮する機会が少なかった。艦砲射撃、敵戦艦との交戦。興奮するなというほうが無理だ。

「大和ちゃん……落ち着いて」

 知らぬ間に艦速が上がっていた。前方を進む【陸奥】との距離が縮まり、隊列が乱れていた。

「ごめんなさい……」

 【陸奥】からの忠言に【大和】は顔を赤くする。最も、暗闇なのでそれを知られることはないであろうが。

(そうね……私は旗艦なのだから、冷静さはなによりも大事)

 艦首波の音が、やけにうるさく感じられた。

 艦砲射撃は奇襲で実施されるのが望ましい。強襲になれば、敵は無理をしてでも航空機を上げてくる。自分たち軍艦には夜間の航空攻撃はさほど脅威ではない。ただ、撤収作戦の輸送艦は別であった。たかが機銃掃射でも大きな被害を受ける。

(お願い……このままで)

 一瞬、【吹雪】の顔が頭に浮かんだ。彼女に“希望”を見出す艦娘は多い。【赤城】や【長門】、もちろん【大和】もその一人だ。ただ、願をかけるのは少々度を越している。

(これじゃあ、綾波ちゃんたちと同じね……)

 暗闇とは便利なものだなと【大和】は思った。今、自分の顔には情けない苦笑いが浮かんでいる。それをだれにも気付かれることがない。

(夜襲日和……そうね、今日は本当に夜襲日和だわ)

 

 

 22時50分 サンタクルーズ諸島沖 第四航空戦隊

 

 ほとんど風のない穏やかな洋上であった。【吹雪】と【夕立】は、互いに距離をとりながら艦隊の前哨として二〇浬(約37km)ほど突出していた。二人は電波探知機(逆探)を作動しており、電波の状態が良ければ、約三〇浬(約55km)の距離で敵を探知できる。ただし、それには敵が電波探信儀(たんしんぎ)(以下電探)を作動している必要があり、結局は目視(探知距離は五浬(約9km)程度)で発見するしかなかった。

 

 

 

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 第四航空戦隊は、存在をアピールしながらも、発見されてはならないという、複雑な立場に置かれていた。空母がいないことを知られては完全に無視されてしまうので、なんとかうまく立ち回り、敵航空部隊を足止めする。それには、より早い敵捕捉が必須条件だ。

 【吹雪】は空を眺める。雲が多く、明け方は視界が悪くなりそうだ。第三航空戦隊より敵航空部隊の発見の情報が届いた。旗艦の【利根】は、もう一つの敵航空部隊が、その北方にいると推測し、【吹雪】と【夕立】を哨戒に出していた。もちろん、利根に二機のみ装備されている夜偵(九八式水上偵察機)も、その方面に飛ばしている。

 三〇ノット以上の高速で【吹雪】は進んでいた。気を抜くと艦体が破損する可能性だってある。しかし、【吹雪】は気もそぞろであった。“なんの為に自分は戦うのか?”。艦娘ならばだれでも考えることだが、【睦月】の喪失後、【吹雪】はそれを考えることが多くなった。

(希望か……)

 【如月】の事件以来、戦いを義務的に考える艦娘が増えていた。あの事件は艦娘の深海棲艦化プロセスをまざまざと見せつけていた。艦娘が沈むと深海棲艦になり、深海棲艦を沈めると艦娘になる。それは非情な現実であり、艦娘の逃れられない“仕組み”なのだ。

 もしも、自分の親しい艦娘が沈んだらどう考えるか? 再び会いたければ深海棲艦を片端から沈めるしかない。“仕組み”を認識したからには、そう考えるのは当然ともいえた。悲しみが生み出す荒んだ希望は、憎しみをも超越し、戦いそのものを義務化してしまった。

(それは……希望ではない。それこそが、この不毛な戦いを生み出す力)

 【吹雪】は、鉄底海峡の最深部で、過去に沈んだ自分と出会っていた。

(「お前はここで沈む運命なのだ。だから私たちの仲間になれ」)

 もう一人の【吹雪】はそう言った。心地よい言葉であった。特型駆逐艦ネームシップとしての周囲の目や、提督の期待に応える為に、【吹雪】は必要以上に無理をしてきた。そこから解放される。楽になれる。そう思ってしまった。

 だが、【吹雪】はそれを拒否した。そこに一筋(ひとすじ)の希望を見出したからだ。一定の時間軸が永遠に繰り返しているのならば、それを断ち切ればいい。【吹雪】はそう考え、自分が沈まない道を選択し、帰還した。異常な海域であった鉄底海峡が正常化し、新たなスタートラインに立ったかに思えた。

 しかし、【吹雪】は絶望を味わうことになった。【睦月】が沈んだのだ。

 鎮守府赴任以来、辛い時も悲しい時も、いつも(そば)にいてくれた【睦月】が、鉄底海峡に消えた。その深い悲しみに、【吹雪】は、自分が見つけた希望が正しいものかわからなくなっていた。

(あそこで沈まなくても……ほかのどこかで沈むと、輪廻は続くのかな?)

 希望と絶望。【吹雪】の心には、その二つが同居して天秤(てんびん)のように揺れ動いている。おそらく、絶望側に傾いた時に自分は沈むのだろうなと【吹雪】は思っていた。

 ――【夕立】が白波を蹴立ててこちらに向かってくる。比較的速度が遅い白露型の【夕立】は、改装によって特型と同等の速度が出せるようになっていた。

 【吹雪】は時間を確認した。なるほど、まもなく【利根】より通信が入る時間だ。

「機関の調子が悪い……速度が上がらない」

 【夕立】が並走しながら言った。

主缶(しゅかん)を換装したばかりだからね。まだ馴染(なじ)まないのかも」

「うん、そうかも」

 【夕立】の口癖の「~ぽい」というのを、【睦月】の喪失後ほとんど聞かなくなった。彼女は自分以上に【睦月】との付き合いが長かった。その悲しみが【夕立】を変えてしまった。彼女も深海棲艦を沈めることが戦いの目的になっていた。そこには、艦娘の不文律(ふぶんりつ)である敵への敬意はなかった。無機質に作業的に攻撃し、深海棲艦を(ほうむ)る。それが艦娘の正しい姿。そう考えるようになっていた。

(夕立ちゃん……)

 もともと笑うことの少ない【夕立】だが、最近はまったく笑わなくなった。

『…………吹雪…………立』

「こちら吹雪。聞こえます」

 定時となり、【利根】よりの連絡を受信した。電波状態は良くないが聞き取れるレベルではあった。

『航空……隊②を発見しました。航空部隊①から北北東一二〇の………………軽空母二、軽巡二、駆逐艦二』

「近いですね……ここからだと一〇〇浬(約185km)を切っています」

『今から追撃し……夜が明けてしまう』

「はい……」

『二人は、針路一七〇に変更してください』

「了解しました」

 無線は傍受される危険性があるので短時間で終わる。その為、詳細な説明は省略される。【利根】の言った航空部隊①とは第三航空戦隊の発見した敵部隊だ。航空部隊②は【利根】の夜偵が発見したもう一つの航空部隊。やはり敵は、この海域に二つの航空部隊を投入していた。

「探信儀は?」

 【夕立】は対潜哨戒をするのかと聞いていた。針路一七〇の微速前進で、およそ一時間後に本隊と合流する。その時間を無駄にできない。

「動かそう。いないとは思うけど」

「そうだね」

 そう言って【夕立】は離れて行った。

(夕立ちゃん……私たちが、どんなに深海棲艦を倒しても、もう、睦月ちゃんには会えないんだよ……)

 【夕立】の後ろ姿を眺めながら【吹雪】はそう思った。実にドライな考え方だが、時間が戻らなければ、【睦月】という艦娘は二度と存在できない。【吹雪】は鉄底海峡でそのルールを知った。

(悪魔か……)

 【長門】から聞いた言葉だ。心を惑わし、破滅させるもの、それを海外では悪魔というらしい。【如月】を一時的復活させ艦娘に絶望を与える。それは、まさに悪魔の所業(しょぎょう)であった。

 ――心の天秤が希望側に傾いた。

(私の戦う理由……それは悪魔に打ち勝つこと。輪廻を断ち切り、時間を進めること)

 ただ、【吹雪】の希望は、その為の手段が欠落していた。理由は簡単だ。わからないのだ

(私は、沈むべき運命に(あらが)い戻ってきた……。だから、私が浮かんでいる限り、時間は戻らない)

 なにも根拠のない話だが、それが、悪魔に打ち勝つ唯一の手段だと【吹雪】は考えていた。生きて生き抜くこと。そう、自分が沈まないかぎり、既定の輪廻(りんね)は発生しないのだから。

 

 

 23時40分 リコリス航空基地沖合

 

「罠かしら……」

 あまりもうまく行き過ぎていた。【大和】【陸奥】【鳥海】の三隻は、なんの妨害もなく予定された射点に立てている。つまりは奇襲の成功が約束されたのだ。しかし、戦場心理とは厄介なもので、うまく行き過ぎると不要な心配をしてしまう。【大和】も同じであった。この好条件が信じられなかった。

「前に出ます」

 【川内】が【綾波】と【敷波】を連れて前方に進出する。リコリス航空基地付近にいるPT小鬼群を警戒する為だ。

「十分前です」

「鳥海ちゃん。お願いね」

「了解」

 艦砲射撃に必要な諸元(しょげん)の、方向と目標ははっきりしていた。リコリス飛行場は小高い山の(ふもと)にあった。そしてそのピーク(艦娘はリコリス岳と呼んだ)の真下に滑走路がある。不明な情報は距離だけだ。

「発光信号確認……距離15200」

「了解!」

 【大和】からも島の発光信号が確認できた。撤退する攻略部隊の最後の仕事だ。三角測量のもう一点を教えてくれていた。これで距離も判明した。

「初弾斉射(せいしゃ)。いけますか?」

「あら、だれに向かって言っているのかしら?」

 【大和】の問いかけに【陸奥】が答える。口調の柔らかい冗談だが、先輩としてのプライドの意味合いもあった。この距離の砲撃では、砲に蓄積されたデータがものをいう。【陸奥】の41cm連装砲は、【大和】の46cm三連装砲と比較すると(けた)違いのデータを持っていた。

「失礼しました」

 【陸奥】のシルエットが頷く。彼女はすでに諸元入力を始め、四つの主砲塔は旋回角や仰角(ぎょうかく)を選定している。さすがにすばやい。あっという間に停止し、砲撃準備は完了していた。【大和】三つの主砲も忙しく動いているが、今しばらく時間が掛かる。

「零観(零式水上観測機)はいつ?」

「砲撃三分前でお願いします」

 三式弾を使うのだ、目視でも効果は確認できるが。滑走路は確実に破壊しなければならない。ここは観測機を飛ばし、万全を期す。

 【大和】の砲塔も停止した。あとは時間を待つだけだ。

(これは武者震いなのかしら……それとも……)

 【大和】は自分が震えていることに気が付いた。緊張によるものか、期待によるものなのかは、【大和】にもわからなかった。

「三分前!」

「各艦観測機飛ばせ!」

 火薬式カタパルトの射出音が響き、零式水上観測機が飛び出す。大きな音であったが、構いはしない。音というのは意外に遅く、リコリス飛行場姫に聞こえるには30秒ほどかかる。最も、聞こえてから行動しても、すでに手遅れではあるが。

 観測機がプロペラ音と共に観測地点に向かって行く。飛行機とは速いものだ。2分足らずでもう見えなくなった。

「定刻!」

 【鳥海】が作戦開始時間到達を告げる。【大和】は大きく息を吸い、砲撃開始命令を下す。

「一斉射! 旗艦に続け!」

 雷鳴のごとき轟音が響き、太陽のような閃光が発生した。【大和】の九門の砲口から、凶暴な破壊力を持つ46cm三式砲弾が吐き出された。それに見合った強烈な反動、膨大な量の高温な砲煙、駆逐艦なら小破してしまいそうな衝撃波が発生する。【大和】は、そのすべてに耐えられる。戦艦とはそういうものだ。巨砲を自在に操り破壊をまき散らす。その為に存在しているのだ。

 【陸奥】と【鳥海】も砲撃を開始した。これまでシルエットでしかなかった二隻が、砲口炎(ほうこうえん)によりはっきりと見えた。その姿は、優美でもあり、凶悪でもあった。

 ――うそのような静寂(せいじゃく)が訪れる。各艦とも次弾を装填しながら着弾を待っていた。この距離だとおよそ15秒、まもなくのはずだ。――リコリス岳の頂上付近で、しだれ柳の花火が傘を開いた。一個だけではない何個も何十個も連続して開き、事情を知らなければ美しいと感じる光景であった。しかし、【大和】はそれを知っていた。あれはただの花火ではない。地獄を作り出す花火なのだ。46cm砲は一発あたり九九六個、41cm砲ならば七三五個、20cm砲は一九八個の焼夷弾子(しょういだんし)が、花火によってまき散らされる。あの傘の下は、合計一六八二四個の焼夷弾が炸裂する地獄になる。

 ――その地獄が現れた。とてつもない閃光と共に島全体が燃え上がり、【大和】たちの周囲は、もはや暗闇ではなくなった。

効力射(こうりょくしゃ)確認!」

「鳥海も同じ!」

 二隻が報告する。初弾で効力射とは、さすがとしか言いようがない。

 【大和】にも観測機から報告が入る。やや近弾で滑走路には落下しなかったとのことだ。

(経験値不足か……こればかりは仕方がないわね)

 二隻に引け目を感じる必要はない。次はど真ん中に落とせばいいだけの話だ。

 【陸奥】と【鳥海】がこちらを見ている。【大和】の指示を待っているのだ。あまり得意ではないが、旗艦としての任を果たさなければならない。

「持続砲撃開始! 別命あるまで三式弾! 滑走路を、完膚(かんぷ)なきまで破壊せよ!」

 【陸奥】と【鳥海】の口が動き返答する。ただ、それは主砲発射の轟音でかき消されて聞こえなかった。

 【大和】はまだ発射できない。46cm砲は装填に40秒ほどかかり、仰角の調整もしなければならないからだ。

 発射諸元の修正が完了し、【大和】は二度目の斉射を行う。

(大和ホテル最高の“おもてなし”を……ご堪能(たんのう)下さい)

 自虐的な冗談に、【大和】はにやけてしまった。戦艦の自分ができる究極の“おもてなし”。それは40秒ごとに提供する絶望だ。

 再び島上空で花火の傘が開く。あれは先行砲撃した【陸奥】と【鳥海】のものだ。やや遅れて、ひとまわり大きな花火が開く、【大和】の46cm砲だ。それらはほぼ同時に着弾し、大火災を発生させていた。リコリス飛行場は大混乱に陥っているのか、サーチライトは的外れな場所を照らし、通信は入り乱れていた。【大和】は、それが“おもてなし”への歓喜の声に感じられた。

(ご満足頂けて……なによりです)

 

 

 11月13日

 00時40分 トラック泊地 艦隊司令部

 

 【長門】には、良い知らせと悪い知らせが届いていた。良い知らせは、砲撃挺身艦隊が奇襲に成功し、リコリス飛行場の滑走路は壊滅状態とのことだ。撤収部隊の最大脅威であった基地航空兵力を無力化できたのだから、まさに吉報といえた。

 悪い知らせは、たった今聞かされた。ルンガ泊地突入直前に、挺身攻撃隊と第二水雷戦隊が待ち伏せ攻撃を受けた。

「霧島より続報です。敵は重巡4を主力とする艦隊で総数は12隻。【比叡】が集中砲火を受け、中破しました」

 報告したのは【明石】だ。通信量が増大した為、【大淀】の補助として【長門】が呼んだ。

「中破か……戦線離脱するしかないな」

「それが……」

 【明石】の表情が曇った。どうやら事態は深刻らしい。

「中破ではないのか?」

 戦闘力は減少しているが自力で航行できる。それが中破だ。高速戦艦の【比叡】ならば離脱可能なはずだ。

(かじ)をやられました……比叡は同じ場所を旋回中です」

「……そうか」

「曳航するしかありません!」

 【大淀】が進言する。彼女はヘッドセットをつけたまま【長門】の隣に参謀代行として立っている。

「雪風と時雨が曳航を試みていますが、攻撃が激しく難航しています」

「二水戦は?」

「同じです。神通、暁が被弾炎上中。砲雷撃により敵にも損害を与えていますが、戦果は不明です。鉄底海峡は大混戦になっています」

 【長門】は海図に目を落とす。今はすべての情報を把握しなければならない。リコリス飛行場とルンガ泊地の現状はわかった。次は、この作戦のメインとなる。ガダルカナル攻略部隊の撤収作業だ。

「輸送艦は接岸(せつがん)したか?」

「こちらは順調です。残り30分ほどで完了です」

 【長門】は海図の右上、実際の地形でいうのならガダルカナル島の北東三五〇浬(約650km)の位置に目を移す。そこには第三航空戦隊と第四航空戦隊。そして、敵の二個航空部隊の駒が置いてある。

「この敵軽空母は動かないな」

「夜明けが勝負ですね……こちらが圧倒的に不利ですが」

 答えたのは【大淀】だ。敵はこちらの北方誘致に乗ってくれている。鉄底海峡への参戦は、目障りな第三航空戦隊と第四航空戦隊を潰してからでも遅くないと考えているようだ。あるいは、その必要がないかだ。

 【長門】はもう一つの駒を見る。それはガダルカナル島南方にあり、所在不明のピンが刺さっている。ただ、おおよその編成は判明している。戦艦2~4隻(恐らくは4隻)を含む強力な敵水上打撃部隊だ。

(そうか……そういうことか)

 様々な不確定情報が入り乱れるパズル。【長門】の頭の中で、すべてのピースが嵌った。

「よくできている……実によくできた罠だ」

「ええ……そうですね」

 【大淀】が即答する。多分【長門】と“ほぼ”同じ結論を導き出したはずだ。

「大淀……見解を聞かせてくれ」

「はい……」

 【大淀】はヘッドセットを外して首にぶら下げた。質問も受けるという意思表示だ。

「作戦を読まれました。輸送艦だと思います」

「コーストウオッチャーか?」

「そうですね、喫水線(きっすいせん)から空荷(からに)であることが報告されました。そしてガダルカナルに向かっていることも」

「積み込むものは決まっている……か?」

「悩みの種の攻略部隊がいなくなる。妨害する理由はありません。低速の輸送艦です。沈める機会はいくらでもあります」

「我々は輸送艦をなにがなんでも守らなければならない。行動を制限する為の足枷(あしかせ)か……」

 【大淀】が頷いた。【長門】は砲撃挺身艦隊を指さす。

「リコリスはエサか?」

「攻略するつもりはない。なにしろ、陸上部隊を撤収させるのですから。砲撃挺身艦隊の目的は艦砲射撃と推察できます。一時的に使用できなくなっても、滑走路は復旧可能と考えた」

「戦艦の砲撃だぞ。リコリスの被害も甚大になる。敵はなにを欲している?」

「戦艦対決のイニシアティブ」

「ほう……」

 【大淀】がピンの刺さっている敵戦艦部隊をつまむ。

「この四隻で、我々の戦艦を壊滅させるつもりです」

「弾か?」

「ええ、三式弾はどのぐらい積みましたか?」

「大和、陸奥、鳥海の半数だ」

「だとすると、艦砲射撃終了後、大和級なら残弾数は一門当たり五〇発強ですね」

「弾数を気にしながら戦わなければならないな……敵は電探射撃でいいわけだ」

 こちらが苦しい時は、敵も苦しい。互いに空母は潰し合い、この海域での稼働戦力はゼロになった。次は戦艦だ。敵は、我々の戦艦をまとめて潰すつもりだ。

「軽空母が動かないわけは?」

「私たちが北方誘致されました」

「……」

 たいしたものだ。この限られた情報で、ここまで推察できる。司令部機能に特化した大淀級の本領発揮だ。

「航空機によりパワーバランスが崩される。それを恐れるのは敵も同じです」

「この軽空母4隻の目的は?」

「リコリス復旧までの航空戦力補助。あるいは、リコリスへの航空機運搬。多分、それが本来の目的だと思います」

「これで、すべての謎が解けたかな?」

「長門さん……」

「……なんだ?」

「もしかして提督は……それを承知の上で……」

 【長門】は笑った。あまりにも深刻な顔をしている【大淀】が、なぜか可笑(おか)しく感じられた。

「まさか」

「そうですか……」

 ()に落ちない顔つきだ。ならば、納得できるように説明するのが上官の役目だ。ただし、それを聞いたら、もう後戻りできない。【大淀】は自分と同罪になるのだ。

「吹雪は……アイアンボトムサウンドで過去に沈んだ自分と会った」

「噂では……聞きました」

「如月の件は?」

「知っています。艦娘と深海棲艦の関係も」

 “人の口に戸は立てられぬ”それは艦娘も同じのようだ。【吹雪】と【如月】の件は機密事項なのだが、知っている艦娘は多い。

「過去の記憶を持っている艦娘がいる。赤城や加賀……それに私だ」

「長門さんも?」

「私は加賀と同じだ。深海棲艦の記憶がある。おぼろげだがね……」

「……同じ時間を繰り返していると?」

 【大淀】の顔が(ゆが)む。頭の切れる彼女だ。それは理解していたのだろう。ただ、心では、それを認められない。当然の反応だ。それを認めてしまうことは、絶望を意味するからだ。

「提督はそう考えている。そして、深海棲艦はその記憶を保持している」

「……」

「私の持つ深海棲艦の記憶……それは、恨み辛みの塊だ。実に純粋な感情で戦っていた。言い方を変えるのなら、それでよかったのだ。深海棲艦は既定の路線に沿()って戦っているにすぎない」

「私たちは……勝てないのですか?」

 その質問は、自分も提督にした。そして、提督はこう答えた。

「勝てるさ、私たちが絶望しないかぎりね」

「……」

 通信機からモールス信号が聞こえてきた。暗号文なので【明石】が紙に書き写し、【大淀】が解読する。

「秋津洲の二式大艇が水上打撃部隊を発見しました。ガダルカナルの西南西七〇浬(約130km)」

「予測していた場所だな。編成は?」

「電探観測なので、不明確ではありますが……」

 【大淀】らしからぬ歯切れの悪さだ。それほど不利な情報が含まれているらしい。

「編成は戦艦六」

「……なに」

 【長門】は拳を握りしめた。敵戦艦は四隻ではなく六隻。その圧倒的な火力は海域のパワーバランスを崩壊させていた。

(なるほど、絶望する気持ちがわかりましたよ……提督)

「戦艦が六隻だけで航行しているはずがありません」

 【大淀】にも絶望感が漂っていた。彼女のいうとおりだ、未知の艦隊はもう一ついる。戦艦6隻を護衛する前衛艦隊がどこかにいるはずだ。

(吹雪、お前には貧乏くじばかり引かせるな……)

 【長門】は大きく息を吐いて、【明石】に非情な指示を出す。

「第四航空戦隊に打電、平文で構わない」

「平文……」

「敵航空部隊②を夜襲雷撃せよ」

「不可能です!」

 【大淀】が慌てて抗議する。それはそうだ、敵軽空母は速度も速く電探だって積んでいる。第四航空戦隊が雷撃位置に着く前に、航空兵力ですり潰されてしまう。

「飛鷹がいないことを敵に確認させるだけでいい。駄目なら逃げろと言え」

「……」

「飛鷹が故障していることを敵は知らない。幻の航空戦隊を敵に想像してもらう」

 【長門】はラバウル航空基地に目を移した。

「ラバウルからの護衛機は?」

「戦闘機のみですが15機の予定です。ただし、輸送艦の上空援護は20分程度です」

「そのうち6機を敵主力部隊に向けろ。電探距離まで接近したら引き返せ」

「……6機ならば、大編隊と誤認するかもしれませんね」

 電探で区別できるのは、航空機のいる方位、距離、高度ぐらいなものだ。そこに何機いるかはまだ判別できない。

「大和でも、五分に持ちむのがやっとだろう。追撃を諦めさせるには、飛鷹の航空部隊の影が必要だ」

「吹雪ちゃん……」

 そのせいで第四航空戦隊は滅茶苦茶にされてしまう。それは火を見るよりも明らかなことだ。【大淀】は、それを憂いて、【吹雪】の名前をつぶやいた。

(すまない……すべては私の責任だ)

 【長門】は、手の力を緩め、汗ばんだ(てのひら)を海図に置いた。その人差し指の先には、砲撃挺身艦隊の駒があった。

「大和たちは」

「……まもなく艦砲射撃が完了します」

「明石! 大和に打電!」

「はい」

「霧島と合流し、敵戦艦を壊滅せよ!」

 【明石】が暗号に組み直し、電鍵(でんけん)を操作している。器用なものだ。とても工作艦とは思えない。

(ルンガがまだ混沌としているのに……なんという無責任な指令だ)

「敵は電探射撃で先制攻撃をしてくると思います。兵力差が二倍以上ありますし、待ち伏せを指示してはいかがですか?」

「大丈夫だよ。大和ならね」

 【大淀】が不安そうに頷く。まあ、無理もない。状況はひいき目に見ても最悪だ。しかし、【長門】は絶望していなかった。いや、たった二つの希望に、すがっているだけというべきか。

「大淀……敵は大和の恐ろしさを知ることになるよ」

 一つ目の希望は【大和】だ。究極の艦隊決戦艦娘。その恐るべき能力を、敵はまだ知らない。

 【長門】は、視線をもう一つの希望がいる海域に移した。そこには絶望的な夜襲雷撃を指示された第四航空戦隊がいた。

(吹雪……沈んではならん。お前は私だけの希望ではない。提督の、艦娘全員の……希望なのだ)

 

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