艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク 作:Mt.モロー
1942年12月21日
鎮守府 ドッグ 【吹雪】
多くの艦娘がソロモンの戦いで傷ついていた。軽微な損傷の艦娘は、【明石】の手当でトラックに留まることができたが、中破や大破した艦娘は、応急処置の
大破の判定をされた【吹雪】も、【大和】や【敷波}【
今、【吹雪】のいる部屋は待機所と言われているが、実質病室だった。入渠設備数が限られているので空くまではここで待機するのだ。中央には石炭ストーブが置かれ、上に置かれたヤカンから出る水蒸気が適度な湿度を与えている。ベッド数は4床で【吹雪】のほかに【雷】【電】【敷波】がここで療養していた。
大破とはいえ比較的軽傷だった【吹雪】は、ほぼ完治し、本日が退出日だった。病衣から私服に着替えて、退出準備はできていたのだが、部屋から出ることを
その理由は、隣で療養していた【電】の回復が
【吹雪】は看護用の椅子に座り、熟睡している【電】を見守る。
塞ぎこんでいた【電】に、【吹雪】は辛抱強く話しかけた。励ましたり、元気づけたりするのは逆効果だと思い、普通に、自然に【電】と話すように心がけた。少しずつではあるが【電】は話すようになり、時折笑ったりもした。彼女が笑うと【吹雪】は本当に嬉しかった。
もう少しで、彼女は悲しみを乗り越えられそうな気がする。そんな彼女を置いて出て行くことなどできそうにもなかった。
「吹雪おばあちゃん」
と、いささか失礼な敬称で呼んだのは、第六駆駆逐隊で今回の作戦に参加していなかった【
「どうしたの響ちゃん」
「お客さんがきてるよ……秘書艦」
秘書艦と聞いて、頭に浮かんだのは【長門】であった。だが、今はもう違う。
「……大淀さん」
「そう、待合室にいるよ」
「ありがとう」
部屋を出ようとする【吹雪】を、【響】が呼び止める。
「戻ってくるよね」
「うん。だから、電ちゃんを起こさないでね」
「わかった。待ってる」
おばあちゃんと呼ばれているのは、彼女たち暁級が特三型駆逐艦だからだ。綾波級が特二型、吹雪級は最初の特型駆逐艦だ。だから”おばあちゃん”だと言うのだ。それは、【雷】や【電】にも伝染し、【敷波】まで吹雪”お母さん”と呼ぶ始末だ。嬉しくはないが、暁級も綾波級も、それぞれネームシップを失っている。だから”おばあちゃん”でも良いと思った。
新しい秘書艦の【大淀】は、待合室の木製ベンチに座っていた。隣には【吹雪】の知らぬ艦娘もいる。長髪の髪を後ろで束ね、少し怖そうに見える。
「大淀さん」
なれなれしく【大淀】を呼んだことに抵抗があるのか、長髪の艦娘が眉を上げた。
「今日退院だと聞いたわ」
【大淀】はそれを無視してベンチから腰を上げて【吹雪】に近づく。
「退院ですか? ここは病院じゃありませんよ」
「そうでした。でも、元気で良かった」
【吹雪】は【夕立】に撃たれた腹を触る。
「訓練用の弾でした……夕立ちゃんは、私を助けるために撃ったのです」
「彼女は横須賀にいるわ。容態も順調だけど、全治には半年かかるって」
「はい。だから、会いに行こうと思います」
「そうね、これ、提督から」
今日の【大淀】はスーツ姿だ。その胸のポケットから切符を2枚取り出す。
「「吹雪ちゃんに渡すように」ってメモも置いてあったわ」
「そういえば、提督は今いないんですよね――」
「――どうして汽車なのだ?」
長髪の艦娘がたまらず口を挟んだ。なぜ艦娘が陸を移動するのだという質問だろう。
「だって、汽車は速いですよ。ここから横須賀まで一日でつくんですから。それにぼーっとしてても、寝ていても到着するんですよ。凄いと思いませんか?」
「……」
【大淀】が口に手を当てて笑っている。そして、長髪の艦娘を少し前に押し出す。
「吹雪ちゃんとは初めてでしたね。補佐艦、ご
「阿賀野型軽巡洋艦の矢矧です。大淀秘書艦の補佐をしています」
「初めまして、特型駆逐艦の吹雪です」
【矢矧】が肘をたたんだ艦娘らしい立派な敬礼をした。【吹雪】もそれを返す。無論【矢矧】が上官なので彼女が敬礼を解くのを待っていたが、なかなかそれを下ろさない。互いに肘が震えだし、我慢比べのようになってしまった。
「矢矧さん……」
見るに見かねて【大淀】が手を下ろすように指示をした。
「私が……上官でしたでしょうか?」
「なにを言っているの……もう」
その二人のやり取りをみて【吹雪】は笑ってしまった。
「矢矧さんっておもしろいですね」
「さっきの子が”おばあちゃん”と言っていたから」
「だって、私は本当におばあちゃんですから。響ちゃんたちは特三型、敷波ちゃんは特二型です」
「ああ……そういう意味か」
【吹雪】は受け取った切符をしまおうとして思い直す。早く【夕立】に会って『ありがとう』と言いたいが、自分はまだここでやり残したことがある。
「やっぱり、これはお返しします」
「吹雪ちゃん……」
「もう少しここに残りたいなと思って」
「気持ちは分かるけど……彼女の意見も聞いて上げて」
【大淀】が後ろを指差した。【吹雪】が振り返ると、そこには【響】に付き添われた【電】がいた。
「おばあちゃん……もう電は大丈夫なのです」
「……電ちゃん」
「だから今度は、おばあちゃんが自分のために時間を使ってほしいのです」
「そうだよ、だから私はここに残りたいんだよ。電ちゃん、雷ちゃん、敷波ちゃん、全員揃ってここから出たいんだ」
【電】が手を伸ばす。【吹雪】がその手を取ると、彼女は【吹雪】にもたれかかった。
「一人前のレディーは……自立していなければならないのです」
【吹雪】は、【電】を抱きしめ、彼女の小さな頭に頬を乗せた。
「暁ちゃんが……そう言っていたんだね」
「そんなに優しくされると、私たち暁型は、おばあちゃんから離れられなくなるのです。だから、おばあちゃんにも……自律してほしい……」
【電】が泣いている。本当は寂しいのに、彼女なりに気をつかい【吹雪】に行ってくれと言っている。それがなによりも嬉しかった。【電】は悲しみを乗り越えようとしているのだ。
「雷と敷波さんには私から伝えておきます。あとは私が電の世話をします」
「……そう」
【吹雪】は、【電】の頭を撫でながら思った。
(自律していなかったのは私なんだね……)
ここに
(逃げちゃだめだよね……そうでしょう、睦月ちゃん)
1942年12月21日
鎮守府 艦隊司令部専用車両内【大淀】
「サンタクロースですか……」
「サンタクルーズのこと?」
【大淀】は【矢矧】がサンタクルーズ沖夜戦のことを言っているのだと思い訂正を促した。
「違いますよ。ファーザークリスマスのことですよ」
「ああ、サンタさんね」
「本当に秘書艦はなんでも知っているのですね」
「サンタさんがどうかしたの?」
「吹雪ちゃんの切符は明後日のものでした。途中で寝台列車に乗り換えるようなので、横須賀に到着するのは24日だと思いまして」
なんという感性の持ち主だろうと思った。おそらく【矢矧】は、【吹雪】の明るさ優しさの影に潜む
「夕立ちゃんのサンタになれるかしら?」
「私は……お互いがそうなることを願います」
「あの子が気になる?」
「なぜでしょうか……妙に気になります。提督もそうなのでしょうか?」
提督だけではない。【長門】も、自分も、【吹雪】を特別な存在だと思っている。はっきり言えば、これといった長所のない駆逐艦であるが、彼女には、人を惹きつける魅力があった。
「いつもなにかに悩み苦しんでいたわ……でもね、彼女は並外れた前向きさと努力でそれを打ち破っていったの」
「……」
「でもね、ソロモンでの戦いが、そんな彼女を変えてしまった。あなたが見たのはその部分ね」
「とても明るくていい子だとは思います。でも、ひどく寂しげでもあり、かといってひ弱さも感じない。なにか強い意志を持っているように見えました」
「
「知っています」
「アイアンボトムサウンドの浄化は?」
「話だけなら……」
そうだ。すべてはあの事件から情勢が変わった。艦娘は自分たちの力の限界を知り、深海棲艦との相関性も知ってしまった。なぜ戦うのか? なんのために戦うのか? だれもがそう考えるようになってしまった。
「吹雪ちゃんはね、アイアンボトムサウンドの海底で、システムを見てしまった」
「提督が言っていました。私たちは、同じ時間を永遠に繰り返していると」
【大淀】は大きく頷いた。もしも、真実であるならば、それは絶望でしかない。しかし、自分は、そこに一筋の希望の光を見たのだ。
「あの子は運命を拒否して戻ってきた。そこから、深海棲艦の動きにちぐはぐさが見えてきたの」
「そうでしょうか……」
「……」
「一時的にそのようなことはあるかもしれません。でも、それはバランスをとる揺れだと思います」
「結局は元に戻ると?」
「はい。でも提督が言っていました。『それならば揺れを止めなければ良い』と」
「……」
似たようなことを【長門】と話したことがあった。【吹雪】は大河に支流を作った。しかし、なにもしなければその川はいずれ枯れてしまう。
(そうよ、矢矧ちゃん。だから私たちは、あの子を、吹雪ちゃんを沈めてはならない)
闘いつつも沈むことが許されない艦娘。それが【吹雪】だ。ソロモンでの戦いは、彼女の運命を、そのように決定づけた。それは提督も、【長門】も、自分も知っている。
「次は潜水艦だったわね」
今は、提督の戦略を見極めることが
【矢矧】がブリーフケースから資料を取り出して見ている。こういう切り替えも実に素早い。
「秘書艦には潜高型を見て頂きます」
「……イ201のことかしら?」
「はい」
潜高型は問題点が多数あった。最もたるは水中速力を優先するために大量搭載された電池だ。【イ202】では火災も発生したと聞いている。ただ、これまでの流れから、潜高型が大淀の知識と一致しているとは限らない。
「電池の問題は?」
「シュノーケルを使います。水中速力も15ノットと常識的な数値に下方修正されています」
「U-511の技術ね……」
「そうです。提督は海大型の建造を中止して、潜高型の大量配備を計画しています」
「ウルフパックでもするつもり?」
「それが群狼作戦ことならばYESです」
なかなか
「改秋月型は?」
「北風型ですね。こちらは凄いですよ。基準排水量は3500トン、六連装魚雷、各砲塔個別に電探射撃が可能です」
「搭載砲は?」
「連装10cm高角砲四基です」
意外だった。改秋月型に搭載される砲は、てっきり12.7cm両用砲だと思っていた。ということは――
「10cm砲でVT?」
「開発はそちらが難航しています。小型化が難しいらしく……」
「完成予定は?」
「1943年末ですね」
【長門】ではないが、これでパズルのすべてのピースが埋まった。すべては1944年の反抗作戦のために準備されている。
(長門さん……トラックをお願いします)
それまでの間は、深海棲艦をトラックに惹きつけておく必要がある。落せそうで落とせない。その状態を作り上げ、航空消耗戦に引きずりこむ。
「矢矧さん、トラック防衛隊を創設します。メンバーの選定をお願いします」
「はい。執務室に戻り次第リストの作成にはいります」