艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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10.トラック防衛隊:【吹雪】

1942年12月21日

 鎮守府 ドッグ 【吹雪】

 

 多くの艦娘がソロモンの戦いで傷ついていた。軽微な損傷の艦娘は、【明石】の手当でトラックに留まることができたが、中破や大破した艦娘は、応急処置の(のち)に各鎮守府に回航させられた。

 大破の判定をされた【吹雪】も、【大和】や【敷波}【(いかずち)】【(いなずま)】と共に今月初旬に呉に到着した。入渠(にゅうきょ)施設は混雑していた。今回の撤収作戦だけではなく、第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦で損傷した艦娘たちの傷も()えていないのだ。

 

 今、【吹雪】のいる部屋は待機所と言われているが、実質病室だった。入渠設備数が限られているので空くまではここで待機するのだ。中央には石炭ストーブが置かれ、上に置かれたヤカンから出る水蒸気が適度な湿度を与えている。ベッド数は4床で【吹雪】のほかに【雷】【電】【敷波】がここで療養していた。

 

 大破とはいえ比較的軽傷だった【吹雪】は、ほぼ完治し、本日が退出日だった。病衣から私服に着替えて、退出準備はできていたのだが、部屋から出ることを躊躇(ためら)っていた。

 その理由は、隣で療養していた【電】の回復が(かんば)しくなかったからだ。【暁】を失ったという心の傷が、彼女の回復を遅らせていた。

 

 【吹雪】は看護用の椅子に座り、熟睡している【電】を見守る。

 

 塞ぎこんでいた【電】に、【吹雪】は辛抱強く話しかけた。励ましたり、元気づけたりするのは逆効果だと思い、普通に、自然に【電】と話すように心がけた。少しずつではあるが【電】は話すようになり、時折笑ったりもした。彼女が笑うと【吹雪】は本当に嬉しかった。

 もう少しで、彼女は悲しみを乗り越えられそうな気がする。そんな彼女を置いて出て行くことなどできそうにもなかった。

 

「吹雪おばあちゃん」

 

 と、いささか失礼な敬称で呼んだのは、第六駆駆逐隊で今回の作戦に参加していなかった【(ひびき)】だ。

 

「どうしたの響ちゃん」

「お客さんがきてるよ……秘書艦」

 

 秘書艦と聞いて、頭に浮かんだのは【長門】であった。だが、今はもう違う。

 

「……大淀さん」

「そう、待合室にいるよ」

「ありがとう」

 

 部屋を出ようとする【吹雪】を、【響】が呼び止める。

 

「戻ってくるよね」

「うん。だから、電ちゃんを起こさないでね」

「わかった。待ってる」

 

 おばあちゃんと呼ばれているのは、彼女たち暁級が特三型駆逐艦だからだ。綾波級が特二型、吹雪級は最初の特型駆逐艦だ。だから”おばあちゃん”だと言うのだ。それは、【雷】や【電】にも伝染し、【敷波】まで吹雪”お母さん”と呼ぶ始末だ。嬉しくはないが、暁級も綾波級も、それぞれネームシップを失っている。だから”おばあちゃん”でも良いと思った。

 

 新しい秘書艦の【大淀】は、待合室の木製ベンチに座っていた。隣には【吹雪】の知らぬ艦娘もいる。長髪の髪を後ろで束ね、少し怖そうに見える。

 

「大淀さん」

 

 なれなれしく【大淀】を呼んだことに抵抗があるのか、長髪の艦娘が眉を上げた。

 

「今日退院だと聞いたわ」

 

 【大淀】はそれを無視してベンチから腰を上げて【吹雪】に近づく。

 

「退院ですか? ここは病院じゃありませんよ」

「そうでした。でも、元気で良かった」

 

 【吹雪】は【夕立】に撃たれた腹を触る。

 

「訓練用の弾でした……夕立ちゃんは、私を助けるために撃ったのです」

「彼女は横須賀にいるわ。容態も順調だけど、全治には半年かかるって」

「はい。だから、会いに行こうと思います」

「そうね、これ、提督から」

 

 今日の【大淀】はスーツ姿だ。その胸のポケットから切符を2枚取り出す。

 

「「吹雪ちゃんに渡すように」ってメモも置いてあったわ」

「そういえば、提督は今いないんですよね――」

「――どうして汽車なのだ?」

 

 長髪の艦娘がたまらず口を挟んだ。なぜ艦娘が陸を移動するのだという質問だろう。

 

「だって、汽車は速いですよ。ここから横須賀まで一日でつくんですから。それにぼーっとしてても、寝ていても到着するんですよ。凄いと思いませんか?」

「……」

 

 【大淀】が口に手を当てて笑っている。そして、長髪の艦娘を少し前に押し出す。

 

「吹雪ちゃんとは初めてでしたね。補佐艦、ご挨拶(あいさつ)を」

「阿賀野型軽巡洋艦の矢矧です。大淀秘書艦の補佐をしています」

「初めまして、特型駆逐艦の吹雪です」

 

 【矢矧】が肘をたたんだ艦娘らしい立派な敬礼をした。【吹雪】もそれを返す。無論【矢矧】が上官なので彼女が敬礼を解くのを待っていたが、なかなかそれを下ろさない。互いに肘が震えだし、我慢比べのようになってしまった。

 

「矢矧さん……」

 

 見るに見かねて【大淀】が手を下ろすように指示をした。

 

「私が……上官でしたでしょうか?」

「なにを言っているの……もう」

 

 その二人のやり取りをみて【吹雪】は笑ってしまった。

 

「矢矧さんっておもしろいですね」

「さっきの子が”おばあちゃん”と言っていたから」

「だって、私は本当におばあちゃんですから。響ちゃんたちは特三型、敷波ちゃんは特二型です」

「ああ……そういう意味か」

 

 【吹雪】は受け取った切符をしまおうとして思い直す。早く【夕立】に会って『ありがとう』と言いたいが、自分はまだここでやり残したことがある。

 

「やっぱり、これはお返しします」

「吹雪ちゃん……」

「もう少しここに残りたいなと思って」

「気持ちは分かるけど……彼女の意見も聞いて上げて」

 

 【大淀】が後ろを指差した。【吹雪】が振り返ると、そこには【響】に付き添われた【電】がいた。

 

「おばあちゃん……もう電は大丈夫なのです」

「……電ちゃん」

「だから今度は、おばあちゃんが自分のために時間を使ってほしいのです」

「そうだよ、だから私はここに残りたいんだよ。電ちゃん、雷ちゃん、敷波ちゃん、全員揃ってここから出たいんだ」

 

 【電】が手を伸ばす。【吹雪】がその手を取ると、彼女は【吹雪】にもたれかかった。

 

「一人前のレディーは……自立していなければならないのです」

 

 【吹雪】は、【電】を抱きしめ、彼女の小さな頭に頬を乗せた。

 

「暁ちゃんが……そう言っていたんだね」

「そんなに優しくされると、私たち暁型は、おばあちゃんから離れられなくなるのです。だから、おばあちゃんにも……自律してほしい……」

 

 【電】が泣いている。本当は寂しいのに、彼女なりに気をつかい【吹雪】に行ってくれと言っている。それがなによりも嬉しかった。【電】は悲しみを乗り越えようとしているのだ。

 

「雷と敷波さんには私から伝えておきます。あとは私が電の世話をします」

「……そう」

 

 【吹雪】は、【電】の頭を撫でながら思った。

 

(自律していなかったのは私なんだね……)

 

 ここに(とど)まりたいという欲求は、なにも【電】だけのためではなかった。自分は居場所を見つけてしまったのだ。”おばあちゃん”と(した)われ、傷ついた準姉妹艦が回復していく様子を見るのが、心地よすぎた。それは、運命への現実逃避だ。自分は、あのアイアンボトムサウンドで変わった。沈む運命に逆らって戻ってきた艦娘だ。

 

(逃げちゃだめだよね……そうでしょう、睦月ちゃん)

 

1942年12月21日

 鎮守府 艦隊司令部専用車両内【大淀】

 

「サンタクロースですか……」

「サンタクルーズのこと?」

 

【大淀】は【矢矧】がサンタクルーズ沖夜戦のことを言っているのだと思い訂正を促した。

 

「違いますよ。ファーザークリスマスのことですよ」

「ああ、サンタさんね」

「本当に秘書艦はなんでも知っているのですね」

「サンタさんがどうかしたの?」

「吹雪ちゃんの切符は明後日のものでした。途中で寝台列車に乗り換えるようなので、横須賀に到着するのは24日だと思いまして」

 

 なんという感性の持ち主だろうと思った。おそらく【矢矧】は、【吹雪】の明るさ優しさの影に潜む悲愴感(ひそうかん)を感じ取ったに違いなかった。

 

「夕立ちゃんのサンタになれるかしら?」

「私は……お互いがそうなることを願います」

「あの子が気になる?」

「なぜでしょうか……妙に気になります。提督もそうなのでしょうか?」

 

 提督だけではない。【長門】も、自分も、【吹雪】を特別な存在だと思っている。はっきり言えば、これといった長所のない駆逐艦であるが、彼女には、人を惹きつける魅力があった。

 

「いつもなにかに悩み苦しんでいたわ……でもね、彼女は並外れた前向きさと努力でそれを打ち破っていったの」

「……」

「でもね、ソロモンでの戦いが、そんな彼女を変えてしまった。あなたが見たのはその部分ね」

「とても明るくていい子だとは思います。でも、ひどく寂しげでもあり、かといってひ弱さも感じない。なにか強い意志を持っているように見えました」

如月(きさらぎ)事件のことは?」

「知っています」

「アイアンボトムサウンドの浄化は?」

「話だけなら……」

 

 そうだ。すべてはあの事件から情勢が変わった。艦娘は自分たちの力の限界を知り、深海棲艦との相関性も知ってしまった。なぜ戦うのか? なんのために戦うのか? だれもがそう考えるようになってしまった。

 

「吹雪ちゃんはね、アイアンボトムサウンドの海底で、システムを見てしまった」

「提督が言っていました。私たちは、同じ時間を永遠に繰り返していると」

 

 【大淀】は大きく頷いた。もしも、真実であるならば、それは絶望でしかない。しかし、自分は、そこに一筋の希望の光を見たのだ。

 

「あの子は運命を拒否して戻ってきた。そこから、深海棲艦の動きにちぐはぐさが見えてきたの」

「そうでしょうか……」

「……」

「一時的にそのようなことはあるかもしれません。でも、それはバランスをとる揺れだと思います」

「結局は元に戻ると?」

「はい。でも提督が言っていました。『それならば揺れを止めなければ良い』と」

「……」

 

 似たようなことを【長門】と話したことがあった。【吹雪】は大河に支流を作った。しかし、なにもしなければその川はいずれ枯れてしまう。

 

(そうよ、矢矧ちゃん。だから私たちは、あの子を、吹雪ちゃんを沈めてはならない)

 

 闘いつつも沈むことが許されない艦娘。それが【吹雪】だ。ソロモンでの戦いは、彼女の運命を、そのように決定づけた。それは提督も、【長門】も、自分も知っている。

 

「次は潜水艦だったわね」

 

 今は、提督の戦略を見極めることが肝要(かんよう)だ。的外れなものならば、徹底的に意見しなければならない。

 【矢矧】がブリーフケースから資料を取り出して見ている。こういう切り替えも実に素早い。

 

「秘書艦には潜高型を見て頂きます」

「……イ201のことかしら?」

「はい」

 

 潜高型は問題点が多数あった。最もたるは水中速力を優先するために大量搭載された電池だ。【イ202】では火災も発生したと聞いている。ただ、これまでの流れから、潜高型が大淀の知識と一致しているとは限らない。

 

「電池の問題は?」

「シュノーケルを使います。水中速力も15ノットと常識的な数値に下方修正されています」

「U-511の技術ね……」

「そうです。提督は海大型の建造を中止して、潜高型の大量配備を計画しています」

「ウルフパックでもするつもり?」

「それが群狼作戦ことならばYESです」

 

 なかなか洒落(しゃれ)た答え方だなと思った。【大淀】は【矢矧】との会話が楽しくなっていた。

 

「改秋月型は?」

「北風型ですね。こちらは凄いですよ。基準排水量は3500トン、六連装魚雷、各砲塔個別に電探射撃が可能です」

「搭載砲は?」

「連装10cm高角砲四基です」

 

 意外だった。改秋月型に搭載される砲は、てっきり12.7cm両用砲だと思っていた。ということは――

 

「10cm砲でVT?」

「開発はそちらが難航しています。小型化が難しいらしく……」

「完成予定は?」

「1943年末ですね」

 

 【長門】ではないが、これでパズルのすべてのピースが埋まった。すべては1944年の反抗作戦のために準備されている。

 

(長門さん……トラックをお願いします)

 

 それまでの間は、深海棲艦をトラックに惹きつけておく必要がある。落せそうで落とせない。その状態を作り上げ、航空消耗戦に引きずりこむ。

 

「矢矧さん、トラック防衛隊を創設します。メンバーの選定をお願いします」

「はい。執務室に戻り次第リストの作成にはいります」

 

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