艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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11.トラック防衛隊:サンタクロース

 1942年12月23日 20時30分

 神戸駅 【吹雪】

 

 初めて乗る寝台列車に【吹雪】は興奮していた。ホームにいる車掌に切符を見せて場所を訊ねる。車掌は豪華な外装の一号車に案内してくれた。内装も整っており、進行方向に向かって2段に配列されたベッド。その側面には寝るまでの間をくつろぐ座席も設置されている。

 【吹雪】は、切符を見ながら自分の指定座席を探す。

 

(1-A……)

 

 指定された座席に一人の少女が座っていた。おそらく、上段ベッドの客であろう。

 

時雨(しぐれ)ちゃん?」

 

 長い黒髪を三つ編みで前に垂らした黒色のセーラー服の少女。間違いなかった。彼女はトラックで何度か会った【時雨】だ。

 

「あれ? 吹雪さんですか?」

 

 窓に寄りかかり、外を眺めていた【時雨】が、【吹雪】の呼びかけに答えてこちらをむいた。

 

「もしかしてこの席?」

「はい。1-Bです」

 

 【吹雪】は無言で自分の切符を見せる。

 

「これは偶然じゃないですね」

「提督かな? 大淀さんかな?」

「提督でしょうね」

 

 【吹雪】は持っていた荷物を下段ベッドに置いて【時雨】の隣に座った。 

 

「もしかして横須賀ですか?」

「え? 時雨ちゃんも?」

「はい。白露が外に出ていますので、2番艦の僕が夕立を見舞いに行きます」

「そうか、時雨ちゃんは僕っ子だったね。最上さんと同じだ」

「言いやすいですからね。そうだ、みかん食べます?」

 

 そう言って、【時雨】持っていた小袋からみかんを取り出した。チラリと見えたが、袋の中はみかんで一杯だ。

 

「ありがとう。ずいぶんいっぱい持ってきたんだね」

「冬しか食べられませんから。それに大好きなんです」

 

 【吹雪】はみかんを受け取って、皮をむいて一房口に入れる。そういえば、今年みかんを食べるのは初めてだった。自然な甘さと酸味、【吹雪】もみかんは大好きだった。

 

「もうお正月だね」

「その前にくりすますというのがあるらしいですよ」

「クリスマス?」

「はい。さんたくろすとかいう老人が子供にお土産(みやげ)を配って歩くみたいですね」

「……」

 

 実は【吹雪】はクリスマスもサンタクロースも知っていた。帰国子女である【金剛】と何度も同じチームになっており、彼女から絵や写真で見せてもらったことがある。

 でも、ここは知らないふりをして、【時雨】を少しからかってみようと思った。

 

「それってどういう人?」

「僕も話でしか聞いていませんが……そうだ」

 

 【時雨】が上段ベッドからノートと鉛筆を取り出して、謎のサンタクロースを描き始める。

 

「たしかものすごく太っていて頭には帽子を被っている」

「帽子ってどんな?」

「雪国の人らしいので毛糸の帽子じゃないですか?」

 

 この時点でだいぶ違っている。【吹雪】は笑いをこらえながら続けて質問をする。

 

「服はどんな感じ?」

「真っ赤な洋服だと聞いています。それで大きな風呂敷(ふろしき)を背負っています」

「……顔は?」

「目が小さく、鼻が大きい。口の周りは髭だらけらしいです」

 

 【時雨】が描き上げたサンタクロースは、知らない人が見たら、妙な服を着た泥棒にしか見えない。【吹雪】は息をするのも苦しくなるほど笑うのを我慢していた。

 

「その人は……どうやってお土産を配るの?」

「思い出した! さんたはそりに乗って丸房露(まるぼうろ)を配るんだった」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 【時雨】は消しゴムを出して足の部分を消そうとしている。冗談じゃない。こんな傑作に手を加えられてはならない。

 

「まるぼうろって?」

「佐世保でお土産といえば丸房露なので……」

 

 【時雨】が顔を上げて【吹雪】を見る。目に涙をためて真っ赤な顔をしている自分を見て怪訝(けげん)そうにしている。

 

「もしかして【吹雪】さん。知っています?」

 

 【吹雪】は吹き出してしまい、笑い転げた。足をバタバタさせて、まわりに迷惑になるぐらい大声で笑った。こんなに笑ったのは、自分が鎮守府に赴任して【睦月】や【夕立】と走り回っていた時以来だ。

 

「意地悪ですね吹雪さん」

「ゴメン……ゴメンね時雨ちゃん。それでね、お願いがあるの」

「……なんですか?」

「その絵を私にくれないかな?」

「嫌ですよ」

「お願い!」

 

 まだ笑いは静まらないが、【吹雪】は【時雨】に手を合わせて必死に懇願(こんがん)した。

 

「……なにをしようというのですか?」

「明日……夕立ちゃんに見せたいんだ。時雨ちゃんが描いたってのは内緒にするから」

 

 バカにされたわけではないと思ったのか【時雨】は表情を緩める。しかし、反撃の手は緩めなかった。

 

「いいですよ。でも、交換条件です」

「交換条件?」

 

 【時雨】はノートのページをめくり、鉛筆と一緒にそれを【吹雪】に渡した。

 

「本当のさんたくろーすを描いてください」

「ええ……?」

 

 【吹雪】は絵が苦手だった。とはいえ、あのサンタクロースは絶対に手に入れなければならない。【吹雪】は油汗を流しながら記憶を振り絞りサンタクロースを描き上げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(これは酷い……絶対に笑われる)

 

 【時雨】がノートを覗き込んだので、【吹雪】はそれを隠した。

 

「描けました?」

「いや……その……なんというか」

「見せてもらっていいですか?」

「……」

 

もうあきらめるしかないだろう。【吹雪】は、子供レベルの絵が描かれたノートを【

時雨】に渡した。

 

「これが……さんたくろーす」

「いや……なんというか」

 

 【時雨】が楽しそうに笑っている。そういえば、こんな風に笑う【時雨】を見るのは初めてであった。仲間といる時も、いつも控えめに立ち振る舞っていた彼女が、こんなにも笑えるのだなと思うと、自分の絵の恥などどうでもよくなった。

 

 列車が動き出した。これから10時間以上の旅が始まる。一人なら心細いが、【時雨】と一緒なら大丈夫だ。きっと、提督は、そこまで考えてくれたのだろう。

 

「動き出しましたね」

「横須賀までよろしくね。時雨ちゃん」

 

「吹雪さん……」

「なに」

「この列車には食堂車というものがあるらしいですよ」

「じゃあ、行ってみよう」

 

 そこから寝るまでの数時間、【吹雪】と【時雨】は、昔からの友達のように一緒に食事をし、語らいをして過ごした。京都を過ぎたあたりで、互いに『また明日』と言って、ベッドに潜り込む。

 船の揺れとは違う周期の短い揺れで、【吹雪】は、なかなか寝付けなかった。しかし、その一定のリズムをつかむと、逆にそれが心地よくなり、睡魔が襲ってきた。

 

(上に友達がいると安心だな)

 

 【吹雪】は鎮守府の駆逐艦寮を思い出していた。三段ベッドの一番下に【吹雪】、真ん中に【睦月】、一番上に【夕立】だった。もう一度あんな風に寝てみたい。だがそれはもう不可能なのだ。そう考えると、無意識に涙が流れていた。そして、それに気がつかぬまま、【吹雪】は眠りに落ちていた。

 

 

 1942年12月24日 9時50分 

 横須賀鎮守府 【吹雪】

 

 【吹雪】と【時雨】は大船駅で横須賀線に乗り換えて、【夕立】のいる横須賀鎮守府に到着していた。

 呉の鎮守府に引けを取らない大きさだった。ありとあらゆる設備が揃っており、【睦月】ではないが、外に出る必要がないように思える。

 

「どうします? 一緒に夕立に会いに行きますか?」

「……もしよければ、時雨ちゃんが先に会ってくれないかな」

「……」

「きっと……泣いちゃうかもしれないし」

 

 【時雨】が頷いてくれた。彼女には自分がなぜここに来たかを伝えてある。

 

「それでは先に会ってきます。吹雪さんはどちらに?」

「食堂でなにか食べてるかな」

「それならカレーですよ。ここのは美味しいですよ」

「呉や佐世保のと違うの?」

「カレーの発祥地ですからね。僕も久しぶりに食べたくなりました」

 

 相手の気持ちを察してくれるとてもいい子だなと【吹雪】は思った。【時雨】と友達になれたことが本当に嬉しい。

 

 【時雨】と別れて、【吹雪】は、大きな食堂を見つけて入ろうとしていた。

 

「吹雪ちゃん」

 

 と、背後から声をかけられた。【吹雪】が振り返ると、そこには【赤城】が【加賀】と共に立っていた。

 

「赤城先輩……どうしてここに?」

一航艦(いっこうかん)はここを本拠地にしているのよ」

「姉様、吹雪は私たちがなぜ今ここにいるのかを聞いているのでしょう」

 

 なるほどというように【赤城】が頷く。

 

「五航戦が一航艦に復帰したので、一か月交代で補給と休養をとれるようになりました。今回は私たちね」

「そういえば一航戦も二航戦も出ずっぱりでしたね」

「ここに入るの?」

「時雨ちゃんにカレーが美味しいと聞きました」

「そう、じゃあ食べてみましょう」

 

 三人で食堂に入り、四人掛けのテーブルについた。【吹雪】は名物とされる”よこすか海軍カレー”を頼み、直ぐに届けられる。見た目は呉のものとは変らないが、野菜と牛乳がついてきた。

 

「美味しいかどうかは味覚によるね、時雨は思い出補正があると思うよ」

 

 【加賀】が先に食べるように(うなが)した。正規空母の二人は食べる量が違うので(特に赤城)、届くのが遅くなっている。

 【吹雪】はスプーンで一口食べてみた。正直、普通のカレーだなと感じた。美味しいといえば美味しいが、呉のカレーのほうが好みだった。その反応の鈍さを【赤城】に笑われた。

 

「結局ね、一番最初に食べたカレーが一番美味しいのよ。私はたくさんあるカレーが好きだけど」

「……姉様は食べ過ぎです」

 

 二人のカレーが届けられた。【加賀】のものは【吹雪】の三倍ほどある大盛りであるが、【赤城】のものは山のようになっている特盛り状態だ。毎度のことながら、この人の胃袋には驚かされる。

 結構な速度で【赤城】のスプーンが動いている。巨大な山も半分以上が崩されてしまった。相変わらずの喰いっぷりの良さに、【吹雪】は笑ってしまう。 

 

「ソロモンでは多くの子が沈んだわね」

 

 急に【赤城】が深刻な表情で話し始める。

 

「時どきね……加賀さんと話すことがあるの。私たちはあそこで……MIで沈むべきだったのかもと」

「どうしてですか?」

 

 その質問に答えたのは【赤城】ではなかった。

 

「姉様は、MIで自分たちが轟沈する予知をしていた。そして、それを変えたら戦いの輪廻(りんね)を断ち切れると思った」

「違うんですか? 私たちは精一杯戦ってMIを攻略したんですよ」

「その結果として、一航戦、二航戦はあの海域に縛り付けられて、ソロモンの戦いには関与できなかった」

「……」

(ゆが)んだ軸は引き戻される……私たちが生き残った代償として――」

「――違いますよ」

 

 断言した【吹雪】に、一航戦の二人が驚いている。【吹雪】にもその確信があるわけではなかった。ただ、ソロモンで沈んだ艦娘たちは、決して【赤城】や【加賀】の代わりに沈んだのではない。

 

「吹雪ちゃん……どうしてそれが分るの?」

「赤城先輩は、たしかに輪廻を断ち切りました。そうじゃなければ、私は鉄底海峡から戻れませんでした」

「……でも」

「彼女たちも……終わりにしたいんですよ」

「彼女たちって……深海棲艦のことか?」

 

 深海棲艦の記憶を持つ艦娘である【加賀】が、戸惑いながら質問をした。

 

「少なくとも、過去の”私”はそうでした。恨み辛みが永遠に続く地獄から解放してほしいと願っていました」

「……条件はなんなの? 時間が巻き戻される条件は?」

 

 【赤城】がスプーンを置いてまで話にのめり込んでいる。そうなのだ。それこそがすべての艦娘の知りたいことだ。一定の時間がきたら無条件で時間が巻き戻されるのか? あるいは、艦娘が全滅したら巻き戻されるか? その条件が分らぬかぎり、あらゆる抵抗が無意味なものとなる。

 

「分りません。でも、あきらめてはなりません。提督もそう言っていました」

「提督が……」

「まだ時間はあります。その条件を私たちは見つけなきゃいけないんです」

「希望……」

「そうです。希望を信じてください」

「吹雪ちゃん、私が言った希望とはそういう意味ではないわ。それは――」

 

 ――店の扉がガラガラと開いた。【吹雪】たちは会話を中断してそちらの方向に顔を傾ける。

 

「時雨ちゃん!」

「吹雪さん。お待たせしました」

 

 良い笑顔で【時雨】が戻ってきた。【夕立】の具合が良かったのであろう。

 

「どうだった夕立ちゃんは?」

「思ったよりも元気でした」

「時雨ちゃんそこに座って」

「ああ、赤城さん。それに加賀さんも」

「瑞鶴がソロモンで世話になったと言っていたよ」

「そうですか、嬉しいな」

 

 【時雨】は、【赤城】に指示された席に座った。空になった【吹雪】のカレー皿を見ている。

 

「美味しかったですか? 僕も食べたくなったな」

「時雨ちゃんはここが最初なんだね」

「はい、初めて赴任したのが横須賀でした。だから。ここのカレーが大好きなんです」

 

 そう言って、【時雨】は、店員に【吹雪】と同じカレーを注文した。

 

「吹雪さん……行ってあげてください。夕立が待っています」

「……そう」

「怖いのは夕立も同じですよ。謝りたいけど、なかなか言い出せない。仲の良い友達なら普通のことです」

「時雨ちゃん……」

「時雨さんの言うとおりよ。吹雪ちゃん、夕立ちゃんの所に行きなさい。あなたはね、希望なの……私たちの希望」

「希望……ですか? 私が?」

 

 【赤城】はただ頷くだけだった。隣にいる【加賀】も、目を閉じて、小さく首を縦に振った。

 

「分りました。私も夕立ちゃんに言いたいことがあるんです」

「……」

「前に赤城先輩に教わった言葉です。『ありがとう、大好きだよ』って言いたいんです」

「伝わるわよ……絶対にね」

 

 【吹雪】はドックに向かって歩き出した。【時雨】や【赤城】は【吹雪】の心情を見抜いていた。嫌われていたらどうしようと思う気持ちが【吹雪】を躊躇(ちゅうちょ)させていた。そして、二人の助言が心に響いた。素直に自分の気持ちを伝えたら良いだけだ。

 【時雨】の話だと、【夕立】は入渠施設ではなく療養所のほうにいる。部屋番号も聞いていた。

 

(203……)

 

 病室と同様に、その部屋のドアは解放されていた。三人部屋の一番窓側に【夕立】はいた。冬なので窓は閉められているが、港がよく見えている。【夕立】は早く外に出たそうにそれを眺めていた。

 

「夕立ちゃん」

 

 【吹雪】が呼ぶと、【夕立】は、そばにあった松葉杖をつかみ立ち上がろうとする。

 

「待って、夕立ちゃん! 私がそこに行くから」

 

 慌てて【吹雪】は駆け寄った。【夕立】は右足に大きな損傷を受けており、ギブスがつけられていた。

 

「ちょっとだけ歩けるようになった」

「そう、よかった」

 

 【吹雪】は、【夕立】の上半身だけを起こして背中に枕をあてがう。これで少しは楽に座れるはずだ。

 

「……」

 

 やはり以前のようにはいかない。こんな僅かな沈黙さえも、【吹雪】の心を痛める。

 

「あのね……」

「あの……」

 

 こんな時はなにをやっても上手くいかないものだ。互いに意を決めて話始めたが、同時になってしまい、タイミングをさらに取りにくくした。しかし、それは【吹雪】だけであった。【夕立】は、自分の思いを【吹雪】に伝えた。

 

「北上さんがね、生きて帰れって言ってくれてね」

「……」

「必ず吹雪ちゃんが待ってくれているからって」

「……」

「でもね……私は、大破しちゃってね。だから、海風ちゃんに伝言を頼んだの」

「……」

「吹雪ちゃんに『ごめんなさい』って伝えてって」

 

 【吹雪】は声が出せなかった。あまりの嬉しさに、感が極まってしまい、ただ、涙を流すことしかできなかった。

 

「五十鈴さんに怒られたなあ……『そんなことは自分で言え』って」

「……」

「だからね……自分で言うことにしたんだ」

「……」

「ごめんなさい……吹雪ちゃん」

 

 【吹雪】は【夕立】が痛くないように自分もベッドに座り、【夕立】を抱えるように抱きしめた。

 

「ありがとう……大好きだよ……夕立ちゃん」

「私も……大好きだよ」

 

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