艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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13.トラック防衛隊:第二次MO作戦

 1943年1月22日 トラック泊地 

  第二艦隊司令部 【大淀】

 

 トラック泊地は北半球にあり、鎮守府(ちんじゅふ)との時差もそれほどではない。ただ、赤道に程近く、熱帯気候のため季節感がまるで違う。鎮守府で二式飛行艇に乗り込んだ際には防寒着を着ていた【大淀】だが、泊地に着いてからは、夏用の仕官服に着替えていた。

 奇妙な懐かしさを覚えていた。ここは決してよい思い出のある場所ではない。鉄底海峡で沈んだ多くの艦娘たちを除籍処分した無念の記憶がこもった場所だ。しかし、【大淀】は、このトラック泊地こそが、自分のいるべき場所ではないかと考えてしまう。

 

 わずか一か月前、【長門】や【明石】とともに、ガダルカナル撤収作戦の事後処理をした司令部。時が止まっていたかのように変わりがなかった。あいかわらず開けっ放しにされた窓から一月とは思えない生温い風が吹き込んでいる。

 

 【長門】が外出しているらしく。臨時副官の【能代】に、しばらく待つように言われた。

 

「大淀秘書艦、席が違いますよ。上座にお座りください」

 

 その【能代】がやってきて、よく冷えてそうなサイダーを上座に置く。

 

「私はここでいいわ」

「それは困ります。私が司令官に怒られます」

「それもそうですね」

 

 渋々ながらも【大淀】は上座に移動した。ここは第二艦隊司令部だが、自分は提督および軍令部より作戦の最終確認としてここに派遣されているのだ。上座にいなければ話が進まない。

 

「あの、妹はしっかりやっていますか?」

「ええ、矢矧さんに頼りっぱなしです」

「よかった。私の自慢の妹ですから。阿賀野姉がちょっと頼りなくて」

「阿賀野さんも三月にはここにくるわ」

「第三艦隊ですよね」

「そうね。次の作戦では第三も第二の指揮下になります」

 

 阿賀野型の三隻は性格がバラバラだ。のんびり屋の【阿賀野】。陽キャで活動的な【能代】。冷静な切れ者の【矢矧】。【能代】は、よく対比として【矢矧】をほめるが、姉妹艦としての愛情には区別がないように感じた。妹になるはずであった【仁淀】が建造中止になった【大淀】にしてみれば、羨ましいかぎりだ。

 

「酒匂はどうですか?」

「今回の作戦には間に合いません」

「あの子は改阿賀野型として分類されるのでしょうか?」

「ええ、酒匂型としての四姉妹になりますね。残念ですか?」

滅相(めっそう)もありません。吹雪たちみたいなものです。それだけ優秀だと解釈します」

 

 【能代】は特型駆逐艦のことを言っていた。特二型(綾波型)、特三型(暁型)と、運用後の教訓から様々な改良が加えられた。

 ――建付けの悪い司令部のドアがギシッと開けられた。

 

「お待たせしました。大淀秘書艦」

 

 少し疲労の色が見える【長門】が、革製の図嚢(ずのう)を抱えて一礼する。

 

「長門さん! やめてください」

「秘書艦。規律とはそのようなものです。過去は忘れるべきです」

「……承知しました」

 

 ほんの数か月前までは、【大淀】は【長門】の参謀だった。それを忘れろなどとは無理な話だが、彼女の言うように艦娘にとっても規律は大切なのだ。

 

「とはいえ、ここはざっくばらんに話しましょう。長門さん。今回の作戦の概要(がいよう)を改めて説明してください」

「概要と言いますか……端的に言えば時間稼ぎの時間稼ぎですね」

「トラックの防御を固めるための陽動作戦。それが第二次MO作戦と理解していますが?」

「そうです。トラック防衛隊が揃うまで深海棲艦にはニューギニアに貼りついてもらいます」

 

 と言って、【長門】は図嚢から海図を取り出し、テーブルに広げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「7日にラエとサラモアを爆撃したのはヲ級二隻を基幹とした機動部隊です。拠点ブナ、ゴナも奪われました」

「ブナですか……陸軍は陸路からのモレスビー攻略は不可能と言っていましたが?」

「まあ、富士山登山の後に戦闘はできないでしょうね。昨年のブナ攻略は陽動の意味がありました」

 

 ポートモレスビーを陸路で攻略するにはオーエンスタンレー山脈を越えなければならない。最高峰のヴィクトリア山は4072m。攻略路であるココダ峠でも2000m以上の高さだ。

 

「輸送船団を編成し、その情報を漏らせば、ブナ再攻略を考えるでしょう。必ずヲ級は出てきますよ。そこを第三艦隊で叩きます」

「作戦名はMO2に決定しました。暗号は旧式のものを使っています」

 

 【能代】が笑いながら「提督もひねくれていますね」と言った。

 

「作戦名を決めたのは私です」

「し、失礼しました」

 

 かしこまる【能代】に、【大淀】は笑顔を返した。

 

「第一次MO作戦は長門さんと私で立案したものです。残念ながら中止になりましたが」

「珊瑚海……それにMIですか」

「そうですね。でも、それでよかったのかもしれません。たとえモレスビーを拠点化できたとしても、その維持にはミッドウェーと同じぐらいの困難が伴います」

「護衛艦に余力がありませんか?」

「量産は進めていますが、改松型、改択捉(かいえとろふ)型の数が揃うのは秋以降になりますから」

 

 【長門】が咳払いをした。少々脱線している話を元に戻すようにとのサインだ。

 

「秘書艦。再編成された第二艦隊と第三艦隊の詳細をお願いします」

「失礼しました」

 

 【大淀】は書類入れ(かばん)から第二艦隊と第三艦隊の編成表を取り出し、【長門】と【能代】に渡した。

 

〈第二艦隊〉

 

・第二戦隊:【長門】※【陸奥】の戦隊復帰は夏以降の予定

・第四戦隊:【高尾】【愛宕】【摩耶】【鳥海】※四艦とも対空兵装強化中トラック到着は三月

・第五戦隊:【妙高】【羽黒】

・第二水雷戦隊:【能代】

 ・第十五駆逐隊:【陽炎】【黒潮】【親潮】【早潮】

 ・第二十四駆逐隊:【海風】【江風】【涼風】

 ・第三十一駆逐隊:【長波】【巻波】【大波】【清波】

・第四水雷戦隊:【長良】※【明石】による修理完了。若干の対空強化

 ・第二駆逐隊:【春雨】【五月雨】

 ・第十七駆逐隊:【浦風】【磯風】【谷風】【浜風】

・トラック防衛隊:【吹雪】【夕立】【新月】【霜月】【冬月】※【冬月】の竣工が三月初旬。【夕立】の修理完了が四月下旬。それぞれ修練期間を考慮し、トラック到着は七月とする。

・付属:【明石】【秋津洲】

 

〈第三艦隊〉

 

・第三航空戦隊:【大鳳】【瑞鳳】

・第四航空戦隊:【隼鷹】【飛鷹】

・第七戦隊:【最上】【熊野】【鈴谷】※三艦とも航空巡洋艦に改造済み

・第八戦隊:【利根】【筑摩】

・第十一戦隊:【阿賀野】

 ・第四駆逐隊:【嵐】【萩風】【野分】【舞風】

 ・第十駆逐隊:【秋雲】【夕雲】【風雲】

 ・第十六駆逐隊:【初風】【雪風】【天津風】【時津風】

 ・第二十七駆逐隊:【有明】【夕暮】【白露】【時雨】

・第十二戦隊:【五十鈴】※MO2作戦時の臨時編成。作戦終了後は解散し、第十戦隊に復帰。

 ・第七駆逐隊:【曙】【潮】【漣】

 ・第六十一駆逐隊:【秋月】【涼月】【初月】【若月】

 

「第三戦隊は無理でしたか」

 

 【能代】が残念そうにつぶやいた。遭遇戦では高速戦艦は実に頼りになる存在だ。だが、【金剛】【榛名】は第一航空艦隊から離せない。【霧島】と【比叡】はガダルカナル撤退戦での損傷が大きく、復帰のめどが立っていない。ない袖は振れないのも確かだ。

 

「能代、MO2作戦の目的を思い出すことだ」

「申し訳ございません。そうでした。本作戦は、敵に航空消耗戦を強制することでした」

「秘書官、三航戦の艦載機は予定通りですか?」

「なんとかなりました。すべて零戦五四型を搭載しています」

「砲撃型晴空は?」

「6機だけですが、今月中にラバウルに配属します」

「十分です」

 

 【長門】が満足そうに編成表を持っていた図嚢にしまった。そして、【能代】に目で合図を送る。

 

「反抗戦力が整うまでの一年半、我々は被害を最小限にして耐えるしかありません」

 

 席を立っていた【能代】が海図上に敵味方の駒を置いていく。第三艦隊は二つに分けられ第三航空隊、第七戦隊、第十二戦隊が突出している。その遥か後方に第四航空隊、第八戦隊、第十一戦隊がヲ級殲滅用として待機している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「第四航空隊だけでは航空兵力が不足しませんか?」

「もちろんです。そのための晴空(せいくう)です」

「長門さん、正直驚きました。駆逐艦キラー……そんなこと思いつきもしませんでした」

「私もです。これは提督のアイディアですから」

「外堀から埋める……ですか」

「はい」

 

 ガダルカナルでの攻防戦。わが艦隊の航空兵力は消耗しきってしまった。原因は敵対空兵力の精度が著しく向上したことだ。輪形陣の突破で半数以上が撃墜撃破され、主力艦攻撃でもその半数が脱落した。損傷率は七割近くなる。

 提督と【長門】の案は、輪形陣に穴を開けるというものだ。砲撃型晴空の8cm高角砲やボ式(40mm機関砲)は、装甲の薄い駆逐艦には致命的な損害を与えられる。大型艦にしても、対空砲等の艦上構造物はめちゃくちゃにできる。航空攻撃隊はその穴から侵入する。

 

「晴空隊も初戦ですから相当に被害を受けると思います」

「そうですね。航続距離を犠牲にして防御特化していますが、何機かは落とされるかもしれません。しかし、初陣だからこそ、敵も想定していないでしょう」

 

 【能代】がヲ級二隻を予想される位置に置いた。そこはソロモン海南方、ショートランドの哨戒圏外であり、ポートモレスビー航空隊の援護を受けやすい位置だ。

 

秋津洲(あきつしま)の大艇に航空電探を装備しています。正常に動いてくれるといいのですが」

 

 【能代】の言う航空電探とは、いまだ試験段階にある空六号電探のことだ。空母などの大型艦ならば100Km先でも探知可能だ。ただし、【能代】が懸念するように、正常に動作したらの話だ。

 

「大鳳さんを移動基地化するのですね」

「隼鷹、飛鷹はヲ級への攻撃範囲外に位置しています。深海棲艦は第四航空戦隊の目標はモレスビー爆撃と判断するはずです」

「攻撃隊を大鳳さんに着艦させるのは分かりましたが、大混乱になると思いますよ」

「私もそう思います。ただ、第四航空戦隊は攻撃隊を発艦後に第三航空戦隊と合流させます。あとは、彼女たちの裁量に任せるしかありません」

「敵が第三航空戦隊の罠(大鳳と瑞鳳は戦闘機しか搭載していない)に(はま)ってくれるといいのですが」

 

 【長門】は第二艦隊も二つに分けて配置する。ラバウル近海に第四戦隊と第二水雷戦隊を、第三航空戦隊の北東方向に第五戦隊と第四水雷戦隊を置いた。

 

「ラバウルと共同で陸軍のラエ上陸部隊を護衛後、高尾型四隻と二水戦はブナを艦砲射撃します。情報が筒抜けであるならば、ヲ級は必ず出てきます」

 

 【能代】が【長門】の後を補足する。

 

「ヲ級は偵察で大鳳をすぐに発見するでしょう。そうなると空母が考えることは我々と同じです」

「先手必勝……ですか?」

「大鳳は装甲空母。しかも搭載機はすべて戦闘機。最上型、秋月型と護衛艦も現状最強です」

 

 【長門】は第五戦隊を指差す。

 

「もちろん最悪の場合も考えなければなりません。その場合は、第五戦隊、第四水雷戦隊に殿(しんがり)を務めてもらいます」

「なるほど、最悪でなければ残党狩りですか?」

「秘書艦も長門司令も……言いかたが古臭いですよ」

 

 それもそうだなと【大淀】は思った。殿だの残党狩りだのと戦国時代の合戦のようだ。【能代】には【矢矧】とはちがった柔軟性があった。それが、彼女の長所だなと感じた。

 

 完璧な作戦などありえない。このMO2作戦にしても、わずかな齟齬(そご)により作戦は一気に崩壊する可能性がある。秘書艦となって初めての大規模作戦に【大淀】の心は不安が支配していた。

 

 ――だが、自分は、秘書艦として決断しなければならない。

 

「三月十四日の作戦開始。長門司令、それでよろしいか?」

「はい」

 

 と言って、【長門】と【能代】は起立し、【大淀】に敬礼をする。

 【大淀】も起立し、返礼する。

 

「ところでですが……「時間稼ぎ」はどのような進展ですか?」

 

 MO2作戦の確認は終了した。ここからは、かつての仲間として話をしたい。そう思うと、【大淀】の口調も穏やかになった。「時間稼ぎ」とはトラック空襲への対応のことだ。マーシャルもサンタクルーズも撤退準備に入っていた。【長門】は、このトラック泊地を舞台とした航空決戦を深海棲艦に要求し、それは現実になるだろう。現状の不確定要素は、それがいつなのかということだ。

 

「対空陣地の整備は夏ぐらいになりそうです。雷電の生産も遅れているとか聞いています」

「初期生産型で不良が出ています。いまは改修にてんやわんやで」

「トラック配備は遅れますか?」

「そうですね……でも、四月に四個中隊は約束できます」

 

 【能代】が「お茶を入れてきます」と言って席を立った。しばらく沈黙が続き、【大淀】がなにか話そうとした時に、【長門】が口を開いた。

 

「吹雪は?」

 

 今ここには自分と【長門】しかいない。ぎこちなさを感じたのか。【長門】はかつての秘書艦、補佐艦として話してくれた。

 

「相変わらずですよ。いつも誰かを思い……傷つき。そして立ち直る」

「……そうか」

 

 再び短い沈黙。【長門】は焦点の合ってない目線でテーブルを見つめている。

 

「なあ大淀……」

「はい」

「私はね、吹雪に提督の夢の話をしたんだ」

「……そ、それはいつの話ですか?」

「あの子が……アイアンボトムサウンドから帰還してすぐだよ」

「……」

 

 【大淀】は驚きを隠せなかった。だとすると、【吹雪】はXDayを知りながらサンタクルーズ沖夜戦を戦ったことになる。

 

「お前は生きなければならない。だから後方に下がってくれ。私は、吹雪にそう頼んだんだ」

「……吹雪ちゃんはなんと?」

「見届けるのが自分の役割だと言うんだよ」

 

 【長門】が悲壮感漂う顔で続ける。

 

「トラック防衛隊の件も……吹雪からの提案だ。『自分と秋月型で移動対空砲台となりここを死守する』。強い意志を感じたよ……ああなると吹雪は止められない」

「そうですね……」

「だから……トラック防衛隊が揃うまで「時間稼ぎ」が必要だ」

 

 MO2作戦はいわば既定路線(きていろせん)のはずだった。しかし、【長門】にとって、失敗が許されない重要な作戦に変化していた。

 

(私も同じ気持ちです。この戦いを必ず勝利して、トラック防衛隊を間に合わせましょう)

 

 少し落ち着いたのか、【長門】の表情が緩んだ。 

 

「夕立は?」

「回復は順調です。トラック防衛隊への参加は彼女の意思です」

「うん、吹雪とのわだかまりはなくなったのだな?」

「ええ……吹雪ちゃんですから」

「まあな……吹雪だからな」

 

 【長門】が笑う。その、久しぶりに見た【長門】の笑顔が、【大淀】の心の不安を消し去った。




次話:第三艦隊
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