艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク 作:Mt.モロー
1943年2月10日 16:30
呉鎮守府 【矢矧】
第三艦隊の呉鎮守府出航を三日後に控えていた。第四航空戦隊(【隼鷹】【飛鷹】)や、第八戦隊(【利根】【筑摩】)以外は、すべてここからの移動になる。しかも、第一航空艦隊から第十戦隊もレンタルしているので、補給等の手配で【矢矧】も大忙しだった。幸い、管理能力に長けた【大淀】秘書艦が戻ったことにより、いくらか余裕ができていた。
「新月と霜月は吹雪さんに?」
鎮守府の演習場に続く道を、【矢矧】は第六十一駆逐隊(【秋月】【涼月】【初月】【若月】)と歩いていた。今質問したのは秋月型一番艦である【秋月】だった。彼女たちは他の駆逐艦に比べ、かなり大柄なのが特徴だ。
「そうだ。初期教育が終わったあとは、吹雪が実戦型式の訓練を続けている」
秘書艦【大淀】の言葉づかいが
――レシプロのエンジン音が聞こえてきた。【矢矧】たちの上空を
「秋月姉さん、あれでは?」
と、三番艦である【涼月】が海上を指差す。
「凄いな……本当に実戦型式なんだ」
「僕たちと……変らないな」
【瑞鳳】が
「初月、妹たちはどうだ?」
【矢矧】は、四艦の中で最も年下の【初月】に聞いた。
「妹というか、これは吹雪さんの指導のおかげだよね」
「まあな、吹雪は実戦経験がおまえらとは桁違いだからな」
多方向からの航空攻撃に【吹雪】たちは、移動射撃で編隊を崩し、停止して集中射撃を浴びせて、敵の射線を外す急速機動をする。15機あまりの模擬機が10分もかからず全機撃墜されていた。
「吹雪、秋月たちがきている。今日はその辺で終わりにしろ」
【矢矧】は、無線で【吹雪】に伝えた。【新月】と【霜月】は外洋(MI海域)に出ていた姉妹艦とは会ったことがない。だから、本日、顔合わせをすると【吹雪】には連絡済みだ。
『りょう……い』
改良されたとはいえ、無線機の音声は相変わらず安定しない。まあ、以前よりはだいぶましにはなっているが。
【吹雪】たちがゆっくりと戻ってくる。姉たちが近づく妹をみて驚いている。
二人とも傷だらけなのだ。顔、腕、足などどこかしこに
「なんとも
長女の【秋月】が、あまりにも率直な感想を漏らした。彼女の妹たちが艤装を外して波止場を歩いてくる。【初月】が手を振ると、【新月】と【霜月】が駆け寄ってきた。
「もしかして……お姉さまですか?」
「そうだよ。私が秋月、となりが涼月。それに……」
「若月です」
「僕は初月、照月姉さんは今日はこられない」
初めて見る姉たちを前に、【新月】と【霜月】は感情が込みあげているようだ。
「わ、私たちは、お姉さま方に負けないように、吹雪先輩と訓練を積んでいます」
「どうだったでしょうか? 見て頂けたでしょうか?」
堅苦しい挨拶をする二人に【若月】が近付いた。
「霜月、血が出てるよ。少しじっとしててね」
「え? はい!」
【若月】は持っていた鞄から脱脂綿を取り出し、【霜月】の左腕の傷口を圧迫する。
「涼月、巻いて」
「ええ」
艦娘は応急処置ができるように常に救急医療品を持ち歩いてる。【涼月】は三角巾で【霜月】の止血をした。
「お姉さま……新月も血が出ているのです」
と言って、【新月】が右ひじの擦り傷を見せる。
「どれ」
【初月】が、そこに乱暴に絆創膏を貼った。これで十分だと言わんばかりだ。それでも【新月】は嬉しそうに笑っている。
――【吹雪】が腕をさすりながら【矢矧】の隣にくる。一番傷だらけなのは、この【吹雪】なのだが、正直、見なれてしまってあまり痛そうには見えない。
「おまえの傷はつばでもつけておけば治るだろう?」
「治りませんよ。でも、心配してくれてありがとうございます」
【吹雪】の笑顔は、見ていると、なぜか心が落ち着く。過酷な試練を乗り越えてきた彼女の笑顔は、ある意味、だれよりも包容力があった。
「吹雪……少し休んだらどうだ? 瑞鳳も三日後には出航だ」
「そうですね」
【吹雪】が一歩前にでる。
「新月ちゃん、霜月ちゃん。練習はここまでにしよう。今日はお姉さんたちと一緒に帰ってね」
「吹雪先輩! 私たちはまだ大丈夫です」
「そうですよ。もうすぐ冬月も竣工します。妹に教えるために、もっと上手くなりたいです」
「お姉さんたちは、私より、ずっといい先生だよ」
「……」
【吹雪】は改装により長10cm高角砲を搭載しているが、射撃管制装置などは秋月型とは別物だ。だから【吹雪】は、効果的に敵を落とす戦法ではなく、生き残りを優先した機動を二人に叩き込んでいた。
「吹雪先輩、妹たちをありがとうございます」
第六十一駆逐隊の四人が直立して【吹雪】に敬礼をする。やや遅れて【新月】と【霜月】もそれに倣った。
「私が教えることはもうありません。あとは、お姉さんたちにお任せします」
「はい」
【吹雪】が敬礼を解くと、【新月】と【霜月】は少し寂しそうにしながら、姉たちと一緒に寮舎に移動していった。【吹雪】はとなりで手を振っている。
「吹雪……もう一度横須賀にいかないか?」
「夕立ちゃんですか? 大丈夫ですよ。4月にこっちに来るって手紙がありました。今は慌てないでゆっくりと療養してほしいですね」
「……そうか」
【吹雪】の息抜きを考えての提案だったのだが、いつもどおりだれかの気持ちを優先している。性格といえばそれまでだが、そのことが彼女を傷つける要因でもあった。
「時雨ちゃんたち第三艦隊の出航を見届けないとですね」
「……ああ、そうしてやってくれ」
二月初旬は季節的にはまだ冬だ。日が落ちるのも早い。午後五時近くなり、辺りは薄暗くなっている。
「車で送ろうか?」
「ありがとうございます。でも、少し歩きます」
「……わかった」
【吹雪】が軽くお辞儀をして寮舎に向かって歩き出した。その後ろ姿に哀愁を感じてしまうのは、【矢矧】たち”知る者”のフィルターなのだ。しかし、だからこそ”知る者”たちは、ある願いをしてしまう。
(吹雪、無茶はしないでほしい。おまえは……絶対に沈んではならない)
1943年2月13日 7:00
呉鎮守府 寮舎【吹雪】
【吹雪】の部屋は【睦月】や【夕立】とすごしたあの三人部屋だった。とはいえ、今は【吹雪】一人しかいない。別に
「おはよう睦月ちゃん」
それはもう【吹雪】の日課になっていた。だれもおらず、カーテンも開けられたままの二段目のベッドに挨拶をする。もう【睦月】はいない。挨拶しても決して返ってくることはない。そんなことは分かっている。だが、ここには【睦月】との記憶がある。吹雪はその記憶に対して対応しているのだ。
顔を洗い、
(今日もいい天気でよかった)
この時期の呉は晴れることが多い。昇ったばかりの太陽が、内海をキラキラと輝かせている。風もなく絶好の出航日和だろう。予定時間の十一時までは、まだ間がある。【吹雪】は【間宮】に入って食事をすることにした。おそらく第三艦隊の何人かはいるはずだ。長距離の移動になるので腹ごしらえは重要だ。
「大鳳さん」
「吹雪、ずいぶん早起きね」
「そうですか?」
「そこに座って」
第三艦隊旗艦【大鳳】が山盛りカツカレーを食べていた。【吹雪】は、彼女の
「すごい量ですね」
「大和さんほどじゃあないけど……空母は
「赤城さんでよく知っています」
「ああ……あの人は凄いわよね」
【大鳳】は駆逐艦並みに小柄だった。そんな彼女でも長距離航海では大量の食事を必要とするのだ。ただ、【赤城】や【大和】のように美味しそうに食べるのではなく、なにか機械的にスプーンを口に運んでいるように見えた。
【間宮】が【吹雪】の前にお茶を置いた。
「吹雪ちゃんはなににする? 大鳳ちゃんと同じものでいい?」
「そんな! 無理です。私は……おうどんでお願いします」
「特盛り?」
「普通盛りにしてください」
「もっといっぱい食べなきゃだめよ」
気を使ってくれるのはありがたいが、【間宮】の特盛りは駆逐艦が食べきれる量ではない。
「私、少し緊張しているのよ。分かる?」
【大鳳】が目を合わせずに言った。彼女はミッドウェーで若干の実戦経験はあるが、今回は第三艦隊旗艦を任されている。いうなれば初実戦のようなものだ。
「出陣前はだれでもそうですよ」
「あなたも?」
「もちろんです。もう、怖くて泣きそうになります」
【大鳳】食べるのを中断して【吹雪】と目を合わせる。
「無事に帰ってきてください」
「ありがとう。少し楽になったわ」
「よかった」
【大鳳】が笑っている。カレーを食べる表情も変った。【吹雪】は美味しそうにものを食べる艦娘が大好きだった。
ガラガラと【間宮】の扉が開けられ、高尾型の四人が入ってきた。
「あら、吹雪ちゃんは夏じゃあなかったかしら」
「ああ、愛宕さん。今日は、皆さんの見送りで早起きしました」
「それじゃあ、私たちも見送ってくれるの?」
「もちろんですよ高尾さん」
席を探している【高尾】に【大鳳】が声をかける。
「よかったら一緒に食べましょう」
【大鳳】の呼び掛けに四人が応じる。それにしても全艦スタイルがいい。小柄な【吹雪】や【大鳳】にとってはうらやましいかぎりだ。
【高尾】と【愛宕】は青色のきちっとした制服だが、【摩耶】と【鳥海】は露出度の高い制服を着ている。
「摩耶は対空お化けになったと聞いてるよ」
【大鳳】が
「あんた……小さいのによくそんなに食えるな」
「うるさいわね」
「対空お化けとは失礼だぜ。まあ、私たちは第二艦隊だからな。護衛はトラックまでだよ」
「最上たちに守ってもらうから結構よ」
【大鳳】は、【大淀】や【島風】のように姉妹艦がいない艦娘だ。そのため、口調がちょっときつくなる。とはいえ、艦娘ならだれでも知っていることなので、腹を立てたりするものはいない。
「対空お化けってのは間違いないよ。姉さんたちは三式40mm連装砲を追加されただけだけど、僕はずっとドックに入っていたからね」
「それで? どうなったの?」
好奇心旺盛な【大鳳】が目を輝かせている。【摩耶】は面倒くさそうにそれに答えた。
「あんたも装備している長10cm高角砲は秋月に回すから予備が無いって言うんだよ」
「それでそれで」
「だから阿賀野型で余った長8cm高角砲を山積みされた」
【大鳳】が大笑いしている。そこに盗み聞ぎしていたと思われる【矢矧】が現れた。
「長8cm砲は最高の対空砲だ。射程は10cm砲より短いが、発射速度は2倍以上、その弾幕は凄まじいものだ」
「あんたは実戦経験がないだろう?」
「阿賀野姉さんから聞いた話だ」
「阿賀野さんねえ……」
「摩耶、姉さんを
これは【摩耶】の失言だなと思った。実戦経験がないのは【矢矧】のコンプレックスであり、姉妹艦への
「でも本当に摩耶姉さんの弾幕は凄かった。矢矧さん、どうして私たちには装備されないの?」
高尾型にも機転が利くものがいる。【鳥海】が完璧に近いフォローをする。
「すまない。長8cm高角砲は改松型と改択捉型が最優先だ。鳥海たちには。いずれ長10cm高角砲を装備予定だ」
頭の切れる【矢矧】なので、いなされているのは分かっているはずだ。しかし、それを拒否しないのはさすが秘書艦というところだ。ここは、自分がもう一押ししよう。
「矢矧さんも一緒に食べませんか?」
「そうだな」
と言って。【矢矧】が【摩耶】に目を向ける。
「もう頼んだのか?」
「そういえば……まだ、なにも頼んでないな」
「好きなものを頼め。ここの支払いは私が持つ」
「……高いものでもいいのか?」
「いいよ」
絶妙のタイミングで【間宮】が【吹雪】の頼んだうどんを持ってきた。そこからは大騒ぎで、はめを外した高尾型四人が、フルコースに近い注文をしている。
「私と大鳳さんもですか?」
「大鳳は認めるが、吹雪、おまえはだめだ」
「……どうしてですか」
「これは出航祝いだからな。おまえはちがうだろう」
これは面白くなってきた。【矢矧】をからかえるチャンスは滅多にない。【吹雪】はわざと怒ったようにして立ち上がる。
「どこにいく」
「外に出て第三艦隊の人を全員呼んできます。矢矧さんが
「待て!」
慌てる【矢矧】の顔を見るのは久しぶりだ。本当は笑いたいのだが、【吹雪】は演技を続けた。
「さっきのは……冗談だよ」
一番最初に笑ったのは【大鳳】だった。そして高尾型に伝染し、最期に【吹雪】だ。【矢矧】が真っ赤な顔をして怒っている。それが全員の更なる笑いを誘い、【間宮】は笑い声に包まれた。
1943年2月13日 9:30
呉鎮守府 波止場【吹雪】
出航時間も近くなり、艤装をつけた艦娘たちもちらほら見える。知らない艦娘は一人もいない。【吹雪】は全員に声を掛け、無事に帰ってくるように念をおした。
「吹雪さん」
ようやく【時雨】を見つけることができた。彼女は【吹雪】が最も会いたかった艦娘だ。
なぜならば、昨年、12月の横須賀旅行で【時雨】の心の
多数の犠牲が伴う部隊で【時雨】はほぼ無傷で帰還した。それが何度か続き、彼女は幸運艦と呼ばれた。逆に言えば、彼女以外の艦娘は不幸に見舞われるということだ。
それが【時雨】の心のしこりになっていた。自分がいることで仲間に迷惑をかけてしまうのではないか? そう考えてしまい、
「時雨ちゃん……まだ艤装をつけていないんだ」
「ユキを待っています。お腹が痛いとかで、いまトイレに」
「ゆき? ……雪風ちゃんのこと?」
「はい、比叡さんを二人で
「しぐれ――」
――【吹雪】はあえて幸運艦について話をしようとした。しかし、それを
「僕もユキも……多くの仲間が傷つき、沈むのを見てきました」
「……」
「だから、見届けることが……僕たちに与えられた使命なのかなって」
「時雨ちゃん……」
「僕じゃないですよ。ユキがそう言うんです。だから……僕は、もう幸運艦と呼ばれることを嫌がりません」
「うん。佐世保の時雨、呉の雪風……みんなをよろしくね。見届けて……決して忘れないこと。私からもお願いするよ」
「吹雪さん……」
大好きな友人であった【睦月】の最期を見届けられなかった無念さが、【吹雪】の感情を揺さぶった。【時雨】の言ったとおりだ。だれかが覚えてさえいれば、たとえ沈んだとしても、その艦娘の魂は永遠だ。
(睦月ちゃん……ごめんね。でも、あなたのことは決して忘れない)
同じ考えをもつ艦娘が二人もいる。その嬉しさが、【吹雪】に涙を流させた。
「時雨ちゃん……必ず戻ってきてよ」
「約束します。だって、僕は幸運艦ですから」
陰が取れた屈託のない【時雨】の笑顔。【吹雪】も思った。自分も、この【時雨】の笑顔を絶対に忘れないと。
「あれ……吹雪さんを見たらお腹が治った」
【雪風】が腹をさすりながら近付いてくる。
「ユキ、もう大丈夫?」
「本当に治った……なんでだろう?」
「吹雪さんに運をもらったんだよ」
「そ、そんなことないよ。だって、私、扶桑さんにお茶会に誘われたことあるし……」
【雪風】がゲラゲラ笑っている。その純粋無垢な笑顔にはだれも勝てないだろう。
「そういえば、さっき阿賀野さんに『もう
「うん、それじゃあ吹雪さん」
「またねー」
――定刻(11時00分)になり、第三艦隊と、第二艦隊の一部がゆっくりと動き始めた。
【吹雪】は【矢矧】【新月】【霜月】とともに、それを見送っている。
「全員無事だといいな……」
【矢矧】が姉である【阿賀野】に手を振りながら言った。
「信じましょう」
「信じるか……そうだな」
第三艦隊の最後として第六十一駆逐隊が目の前を通過していった。【新月】と【霜月】が「お姉ちゃーん」と声をかけると、四人が揃って手を振っている。
「矢矧さん」
「なんだ」
「どうして二十七駆(時雨の所属)を四水戦から外したんですか?」
「提督が決めたことだ」
「そうですか」
その【時雨】が所属する第二艦隊移動組が【吹雪】たちに敬礼して通過する。こちらも返礼し、彼女たちが通過しきるまでそれを解かない。
「第三艦隊の運用は
「……」
「だから提督も、雪風と時雨の幸運に頼りたかったのかもな」
「幸運ですか……」
最後尾の【時雨】が小さく手を振る。【吹雪】も敬礼を解いて大きく手を振り返す。艦隊は徐々に速度を上げていき、【時雨】たちは水面の輝きのシルエットとなった。
(時雨ちゃん……幸運は幻想にすぎない。強い意志で闘いわないと、深海棲艦を倒すことはできないんだよ)
それは【時雨】に遮られて伝えられなかったメッセージだった。【吹雪】は、【時雨】と【雪風】の笑顔を思い浮かべる。
(どうか……もう一度、あの二人の笑顔が見られますように)
次話:始動、MO2作戦