艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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原作鎮守府の舞台は横須賀だったと思いますが、呉に変更することにしました。違和感を感じるかもしれませんが、よろしくお願いします


14.トラック防衛隊:第三艦隊

1943年2月10日 16:30

 呉鎮守府 【矢矧】

 

 第三艦隊の呉鎮守府出航を三日後に控えていた。第四航空戦隊(【隼鷹】【飛鷹】)や、第八戦隊(【利根】【筑摩】)以外は、すべてここからの移動になる。しかも、第一航空艦隊から第十戦隊もレンタルしているので、補給等の手配で【矢矧】も大忙しだった。幸い、管理能力に長けた【大淀】秘書艦が戻ったことにより、いくらか余裕ができていた。

 

「新月と霜月は吹雪さんに?」

 

 鎮守府の演習場に続く道を、【矢矧】は第六十一駆逐隊(【秋月】【涼月】【初月】【若月】)と歩いていた。今質問したのは秋月型一番艦である【秋月】だった。彼女たちは他の駆逐艦に比べ、かなり大柄なのが特徴だ。 

 

「そうだ。初期教育が終わったあとは、吹雪が実戦型式の訓練を続けている」

 

 秘書艦【大淀】の言葉づかいが丁寧(ていねい)すぎるので、【矢矧】は、あえて高圧的な口調を選らんで話すことにしている。風紀や規律を守るにはメリハリが大切なのだ。

 

 ――レシプロのエンジン音が聞こえてきた。【矢矧】たちの上空を模擬艦爆(もぎかんばく)が通過する。目標は洋上を単縦陣で進む駆逐艦らしき三艦だ。

 

「秋月姉さん、あれでは?」

 

 と、三番艦である【涼月】が海上を指差す。

 

「凄いな……本当に実戦型式なんだ」

「僕たちと……変らないな」

 

 【瑞鳳】が(あやつ)る模擬機を相手に、【吹雪】【新月】【霜月】の三艦は、見事な機動対空戦闘を行っていた。いわば専門職である秋月型四艦がほめるのだから、本物と言っても良いだろう。

 

「初月、妹たちはどうだ?」

 

 【矢矧】は、四艦の中で最も年下の【初月】に聞いた。

 

「妹というか、これは吹雪さんの指導のおかげだよね」

「まあな、吹雪は実戦経験がおまえらとは桁違いだからな」

 

 多方向からの航空攻撃に【吹雪】たちは、移動射撃で編隊を崩し、停止して集中射撃を浴びせて、敵の射線を外す急速機動をする。15機あまりの模擬機が10分もかからず全機撃墜されていた。

 

「吹雪、秋月たちがきている。今日はその辺で終わりにしろ」

 

 【矢矧】は、無線で【吹雪】に伝えた。【新月】と【霜月】は外洋(MI海域)に出ていた姉妹艦とは会ったことがない。だから、本日、顔合わせをすると【吹雪】には連絡済みだ。

 

『りょう……い』

 

 改良されたとはいえ、無線機の音声は相変わらず安定しない。まあ、以前よりはだいぶましにはなっているが。

 

 【吹雪】たちがゆっくりと戻ってくる。姉たちが近づく妹をみて驚いている。

二人とも傷だらけなのだ。顔、腕、足などどこかしこに絆創膏(ばんそうこう)や包帯が巻き付けてある。

 

「なんとも(たくま)しい……」

 

 長女の【秋月】が、あまりにも率直な感想を漏らした。彼女の妹たちが艤装を外して波止場を歩いてくる。【初月】が手を振ると、【新月】と【霜月】が駆け寄ってきた。

 

「もしかして……お姉さまですか?」

「そうだよ。私が秋月、となりが涼月。それに……」

「若月です」

「僕は初月、照月姉さんは今日はこられない」

 

 初めて見る姉たちを前に、【新月】と【霜月】は感情が込みあげているようだ。

 

「わ、私たちは、お姉さま方に負けないように、吹雪先輩と訓練を積んでいます」

「どうだったでしょうか? 見て頂けたでしょうか?」

 

 堅苦しい挨拶をする二人に【若月】が近付いた。

 

「霜月、血が出てるよ。少しじっとしててね」

「え? はい!」

 

 【若月】は持っていた鞄から脱脂綿を取り出し、【霜月】の左腕の傷口を圧迫する。

 

「涼月、巻いて」

「ええ」

 

 艦娘は応急処置ができるように常に救急医療品を持ち歩いてる。【涼月】は三角巾で【霜月】の止血をした。

 

「お姉さま……新月も血が出ているのです」

 

 と言って、【新月】が右ひじの擦り傷を見せる。

 

「どれ」

 

 【初月】が、そこに乱暴に絆創膏を貼った。これで十分だと言わんばかりだ。それでも【新月】は嬉しそうに笑っている。

 

 ――【吹雪】が腕をさすりながら【矢矧】の隣にくる。一番傷だらけなのは、この【吹雪】なのだが、正直、見なれてしまってあまり痛そうには見えない。 

 

「おまえの傷はつばでもつけておけば治るだろう?」

「治りませんよ。でも、心配してくれてありがとうございます」

 

【吹雪】の笑顔は、見ていると、なぜか心が落ち着く。過酷な試練を乗り越えてきた彼女の笑顔は、ある意味、だれよりも包容力があった。

 

「吹雪……少し休んだらどうだ? 瑞鳳も三日後には出航だ」

「そうですね」

 

 【吹雪】が一歩前にでる。

 

「新月ちゃん、霜月ちゃん。練習はここまでにしよう。今日はお姉さんたちと一緒に帰ってね」

「吹雪先輩! 私たちはまだ大丈夫です」

「そうですよ。もうすぐ冬月も竣工します。妹に教えるために、もっと上手くなりたいです」

「お姉さんたちは、私より、ずっといい先生だよ」

「……」

 

 【吹雪】は改装により長10cm高角砲を搭載しているが、射撃管制装置などは秋月型とは別物だ。だから【吹雪】は、効果的に敵を落とす戦法ではなく、生き残りを優先した機動を二人に叩き込んでいた。

 

「吹雪先輩、妹たちをありがとうございます」

 

 第六十一駆逐隊の四人が直立して【吹雪】に敬礼をする。やや遅れて【新月】と【霜月】もそれに倣った。

 

「私が教えることはもうありません。あとは、お姉さんたちにお任せします」

「はい」

 

 【吹雪】が敬礼を解くと、【新月】と【霜月】は少し寂しそうにしながら、姉たちと一緒に寮舎に移動していった。【吹雪】はとなりで手を振っている。

 

「吹雪……もう一度横須賀にいかないか?」

「夕立ちゃんですか? 大丈夫ですよ。4月にこっちに来るって手紙がありました。今は慌てないでゆっくりと療養してほしいですね」

「……そうか」

 

 【吹雪】の息抜きを考えての提案だったのだが、いつもどおりだれかの気持ちを優先している。性格といえばそれまでだが、そのことが彼女を傷つける要因でもあった。

 

「時雨ちゃんたち第三艦隊の出航を見届けないとですね」

「……ああ、そうしてやってくれ」

 

 二月初旬は季節的にはまだ冬だ。日が落ちるのも早い。午後五時近くなり、辺りは薄暗くなっている。灯火管制(とうかかんせい)こそされてはいないものの、呉鎮守府の夜は外灯も少なく、真っ暗になる。

 

「車で送ろうか?」

「ありがとうございます。でも、少し歩きます」

「……わかった」

 

 【吹雪】が軽くお辞儀をして寮舎に向かって歩き出した。その後ろ姿に哀愁を感じてしまうのは、【矢矧】たち”知る者”のフィルターなのだ。しかし、だからこそ”知る者”たちは、ある願いをしてしまう。

 

(吹雪、無茶はしないでほしい。おまえは……絶対に沈んではならない)

 

 

 1943年2月13日 7:00

 呉鎮守府 寮舎【吹雪】

 

 【吹雪】の部屋は【睦月】や【夕立】とすごしたあの三人部屋だった。とはいえ、今は【吹雪】一人しかいない。別に贔屓(ひいき)されているわけではなかった。四月にやってくる【夕立】も同室になる予定だ。

 

「おはよう睦月ちゃん」

 

 それはもう【吹雪】の日課になっていた。だれもおらず、カーテンも開けられたままの二段目のベッドに挨拶をする。もう【睦月】はいない。挨拶しても決して返ってくることはない。そんなことは分かっている。だが、ここには【睦月】との記憶がある。吹雪はその記憶に対して対応しているのだ。

 顔を洗い、身支度(みじたく)を整える。今日は第三艦隊がトラック泊地に向けて出航する日だ。世話になった人たちを見送りたい。

 

(今日もいい天気でよかった)

 

 この時期の呉は晴れることが多い。昇ったばかりの太陽が、内海をキラキラと輝かせている。風もなく絶好の出航日和だろう。予定時間の十一時までは、まだ間がある。【吹雪】は【間宮】に入って食事をすることにした。おそらく第三艦隊の何人かはいるはずだ。長距離の移動になるので腹ごしらえは重要だ。

 

「大鳳さん」

「吹雪、ずいぶん早起きね」

「そうですか?」

「そこに座って」

 

 第三艦隊旗艦【大鳳】が山盛りカツカレーを食べていた。【吹雪】は、彼女の(すす)めに従い正面に座った。

 

「すごい量ですね」

「大和さんほどじゃあないけど……空母は大喰(おおぐ)らいだからね」

「赤城さんでよく知っています」

「ああ……あの人は凄いわよね」

 

 【大鳳】は駆逐艦並みに小柄だった。そんな彼女でも長距離航海では大量の食事を必要とするのだ。ただ、【赤城】や【大和】のように美味しそうに食べるのではなく、なにか機械的にスプーンを口に運んでいるように見えた。

 

 【間宮】が【吹雪】の前にお茶を置いた。

 

「吹雪ちゃんはなににする? 大鳳ちゃんと同じものでいい?」

「そんな! 無理です。私は……おうどんでお願いします」

「特盛り?」

「普通盛りにしてください」

「もっといっぱい食べなきゃだめよ」

 

 気を使ってくれるのはありがたいが、【間宮】の特盛りは駆逐艦が食べきれる量ではない。

 

「私、少し緊張しているのよ。分かる?」

 

 【大鳳】が目を合わせずに言った。彼女はミッドウェーで若干の実戦経験はあるが、今回は第三艦隊旗艦を任されている。いうなれば初実戦のようなものだ。

 

「出陣前はだれでもそうですよ」

「あなたも?」

「もちろんです。もう、怖くて泣きそうになります」

 

 【大鳳】食べるのを中断して【吹雪】と目を合わせる。

 

「無事に帰ってきてください」

「ありがとう。少し楽になったわ」

「よかった」

 

 【大鳳】が笑っている。カレーを食べる表情も変った。【吹雪】は美味しそうにものを食べる艦娘が大好きだった。

 

 ガラガラと【間宮】の扉が開けられ、高尾型の四人が入ってきた。

 

「あら、吹雪ちゃんは夏じゃあなかったかしら」

「ああ、愛宕さん。今日は、皆さんの見送りで早起きしました」

「それじゃあ、私たちも見送ってくれるの?」

「もちろんですよ高尾さん」

 

 席を探している【高尾】に【大鳳】が声をかける。

 

「よかったら一緒に食べましょう」

 

 【大鳳】の呼び掛けに四人が応じる。それにしても全艦スタイルがいい。小柄な【吹雪】や【大鳳】にとってはうらやましいかぎりだ。

 【高尾】と【愛宕】は青色のきちっとした制服だが、【摩耶】と【鳥海】は露出度の高い制服を着ている。

 

「摩耶は対空お化けになったと聞いてるよ」

 

 【大鳳】が興味津々(きょうみしんしん)に質問をした。その話は【吹雪】も聞いている。主砲を一基除去し、高角砲、ボ式、機銃を多数搭載し、防空巡洋艦に変貌しているという。

 

「あんた……小さいのによくそんなに食えるな」

「うるさいわね」

「対空お化けとは失礼だぜ。まあ、私たちは第二艦隊だからな。護衛はトラックまでだよ」

「最上たちに守ってもらうから結構よ」

 

【大鳳】は、【大淀】や【島風】のように姉妹艦がいない艦娘だ。そのため、口調がちょっときつくなる。とはいえ、艦娘ならだれでも知っていることなので、腹を立てたりするものはいない。

 

「対空お化けってのは間違いないよ。姉さんたちは三式40mm連装砲を追加されただけだけど、僕はずっとドックに入っていたからね」

「それで? どうなったの?」

 

 好奇心旺盛な【大鳳】が目を輝かせている。【摩耶】は面倒くさそうにそれに答えた。

 

「あんたも装備している長10cm高角砲は秋月に回すから予備が無いって言うんだよ」

「それでそれで」

「だから阿賀野型で余った長8cm高角砲を山積みされた」

 

 【大鳳】が大笑いしている。そこに盗み聞ぎしていたと思われる【矢矧】が現れた。

 

「長8cm砲は最高の対空砲だ。射程は10cm砲より短いが、発射速度は2倍以上、その弾幕は凄まじいものだ」

「あんたは実戦経験がないだろう?」

「阿賀野姉さんから聞いた話だ」

「阿賀野さんねえ……」

「摩耶、姉さんを侮辱(ぶじょく)すると許さないぞ」

 

 これは【摩耶】の失言だなと思った。実戦経験がないのは【矢矧】のコンプレックスであり、姉妹艦への揶揄(やゆ)にも敏感だ。

 

「でも本当に摩耶姉さんの弾幕は凄かった。矢矧さん、どうして私たちには装備されないの?」

 

 高尾型にも機転が利くものがいる。【鳥海】が完璧に近いフォローをする。

 

「すまない。長8cm高角砲は改松型と改択捉型が最優先だ。鳥海たちには。いずれ長10cm高角砲を装備予定だ」

 

 頭の切れる【矢矧】なので、いなされているのは分かっているはずだ。しかし、それを拒否しないのはさすが秘書艦というところだ。ここは、自分がもう一押ししよう。

 

「矢矧さんも一緒に食べませんか?」

「そうだな」

 

 と言って。【矢矧】が【摩耶】に目を向ける。

 

「もう頼んだのか?」

「そういえば……まだ、なにも頼んでないな」

「好きなものを頼め。ここの支払いは私が持つ」

「……高いものでもいいのか?」

「いいよ」

 

 絶妙のタイミングで【間宮】が【吹雪】の頼んだうどんを持ってきた。そこからは大騒ぎで、はめを外した高尾型四人が、フルコースに近い注文をしている。

 

「私と大鳳さんもですか?」

「大鳳は認めるが、吹雪、おまえはだめだ」

「……どうしてですか」

「これは出航祝いだからな。おまえはちがうだろう」

 

 これは面白くなってきた。【矢矧】をからかえるチャンスは滅多にない。【吹雪】はわざと怒ったようにして立ち上がる。

 

「どこにいく」

「外に出て第三艦隊の人を全員呼んできます。矢矧さんが(おご)ってくれると言って」

「待て!」

 

 慌てる【矢矧】の顔を見るのは久しぶりだ。本当は笑いたいのだが、【吹雪】は演技を続けた。

 

「さっきのは……冗談だよ」

 

 一番最初に笑ったのは【大鳳】だった。そして高尾型に伝染し、最期に【吹雪】だ。【矢矧】が真っ赤な顔をして怒っている。それが全員の更なる笑いを誘い、【間宮】は笑い声に包まれた。

 

 

 1943年2月13日 9:30

 呉鎮守府 波止場【吹雪】

 

 出航時間も近くなり、艤装をつけた艦娘たちもちらほら見える。知らない艦娘は一人もいない。【吹雪】は全員に声を掛け、無事に帰ってくるように念をおした。

 

「吹雪さん」

 

 ようやく【時雨】を見つけることができた。彼女は【吹雪】が最も会いたかった艦娘だ。

 なぜならば、昨年、12月の横須賀旅行で【時雨】の心の葛藤(かっとう)を知ってしまったからだ。彼女には幸運艦と呼ばれることへの抵抗があった。なぜ幸運艦と呼ばれているのかを考えるとその気持ちはよく分かった。

 多数の犠牲が伴う部隊で【時雨】はほぼ無傷で帰還した。それが何度か続き、彼女は幸運艦と呼ばれた。逆に言えば、彼女以外の艦娘は不幸に見舞われるということだ。

 それが【時雨】の心のしこりになっていた。自分がいることで仲間に迷惑をかけてしまうのではないか? そう考えてしまい、自暴自棄(じぼうじき)な戦闘をすることもあったという。 

 

「時雨ちゃん……まだ艤装をつけていないんだ」

「ユキを待っています。お腹が痛いとかで、いまトイレに」

「ゆき? ……雪風ちゃんのこと?」

「はい、比叡さんを二人で曳航(えいこう)してから仲が良くなりました」

「しぐれ――」

 

  ――【吹雪】はあえて幸運艦について話をしようとした。しかし、それを(さえぎ)るように【時雨】が話を切り出す。

 

「僕もユキも……多くの仲間が傷つき、沈むのを見てきました」

「……」

「だから、見届けることが……僕たちに与えられた使命なのかなって」

「時雨ちゃん……」

「僕じゃないですよ。ユキがそう言うんです。だから……僕は、もう幸運艦と呼ばれることを嫌がりません」

「うん。佐世保の時雨、呉の雪風……みんなをよろしくね。見届けて……決して忘れないこと。私からもお願いするよ」

「吹雪さん……」

 

 大好きな友人であった【睦月】の最期を見届けられなかった無念さが、【吹雪】の感情を揺さぶった。【時雨】の言ったとおりだ。だれかが覚えてさえいれば、たとえ沈んだとしても、その艦娘の魂は永遠だ。

 

(睦月ちゃん……ごめんね。でも、あなたのことは決して忘れない)

 

 同じ考えをもつ艦娘が二人もいる。その嬉しさが、【吹雪】に涙を流させた。

 

「時雨ちゃん……必ず戻ってきてよ」

「約束します。だって、僕は幸運艦ですから」

 

 陰が取れた屈託のない【時雨】の笑顔。【吹雪】も思った。自分も、この【時雨】の笑顔を絶対に忘れないと。

 

「あれ……吹雪さんを見たらお腹が治った」

 

 【雪風】が腹をさすりながら近付いてくる。

 

「ユキ、もう大丈夫?」

「本当に治った……なんでだろう?」

「吹雪さんに運をもらったんだよ」

「そ、そんなことないよ。だって、私、扶桑さんにお茶会に誘われたことあるし……」

 

 【雪風】がゲラゲラ笑っている。その純粋無垢な笑顔にはだれも勝てないだろう。

 

「そういえば、さっき阿賀野さんに『もう抜錨(ばつびょう)だよー』って言われたんだ。時雨、急ごう」

「うん、それじゃあ吹雪さん」

「またねー」

 

 (あわ)ただしく幸運艦二人が去っていく。大丈夫だ。彼女たちなら必ず帰ってくる。

 

 

 ――定刻(11時00分)になり、第三艦隊と、第二艦隊の一部がゆっくりと動き始めた。

 【吹雪】は【矢矧】【新月】【霜月】とともに、それを見送っている。

 

「全員無事だといいな……」

 

 【矢矧】が姉である【阿賀野】に手を振りながら言った。

 

「信じましょう」

「信じるか……そうだな」

 

 第三艦隊の最後として第六十一駆逐隊が目の前を通過していった。【新月】と【霜月】が「お姉ちゃーん」と声をかけると、四人が揃って手を振っている。

 

「矢矧さん」

「なんだ」

「どうして二十七駆(時雨の所属)を四水戦から外したんですか?」

「提督が決めたことだ」

「そうですか」

 

 その【時雨】が所属する第二艦隊移動組が【吹雪】たちに敬礼して通過する。こちらも返礼し、彼女たちが通過しきるまでそれを解かない。

 

「第三艦隊の運用は博奕(ばくち)みたいなものだ」

「……」

「だから提督も、雪風と時雨の幸運に頼りたかったのかもな」

「幸運ですか……」

 

 最後尾の【時雨】が小さく手を振る。【吹雪】も敬礼を解いて大きく手を振り返す。艦隊は徐々に速度を上げていき、【時雨】たちは水面の輝きのシルエットとなった。

 

(時雨ちゃん……幸運は幻想にすぎない。強い意志で闘いわないと、深海棲艦を倒すことはできないんだよ)

 

 それは【時雨】に遮られて伝えられなかったメッセージだった。【吹雪】は、【時雨】と【雪風】の笑顔を思い浮かべる。

 

(どうか……もう一度、あの二人の笑顔が見られますように)




次話:始動、MO2作戦
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