艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク 作:Mt.モロー
1943年3月14日 9:40
ソロモン海 第三航空戦隊【大鳳】
「大鳳、四航戦航空隊から報告。『艦攻の燃料ごくわずか、優先着艦されたし』」
「艦戦は? 瑞鳳まで持つ?」
「五二型なんで持つはずです」
「瑞鳳はもう五五浬(約100km)は離れてるはずよ、すぐに向かうように言って」
「了解」
【熊野】からの報告だ。南方の脅威であった機動部隊を壊滅させた第四航空戦隊飛行隊がまもなく着艦する。【大鳳】は風上に進路を向け、速力を二十ノットに固定する。この間は、進路も速度も変更できなくなり、非常に危険な状態だ。
四航戦の編隊が目視で確認可能な距離になった。白煙をあげている機体もちらほら見え、その機から着艦へのアプローチに入っていた。
最悪のタイミングで、【大鳳】の左サイドを走る【最上】からの緊急報告が入った。
「大鳳! まずいぞ! 護衛の零戦隊が敵戦闘機と交戦中。機数は二十以上」
輪形陣の前方にいる零戦五四型三〇機が、不意を突かれた様子で、敵戦闘機と交戦中とのことだ。低く垂れ込めた雲の不安が的中したようだ。
(もう護衛戦闘機には期待できない。秋月たちに賭けるしかないわね)
ヲ級の搭載機は【赤城】以上と推測されている。その気になれば九十機以上の運用が可能だという。彼女が全力出撃したのなら、どこかに六十機前後の攻撃機がいるはずだ。
「秋月より! 電探に感あり、方位〇四〇、高度4000!」
「恐らく……半分は雷撃機だよ」
「全部落として」
「……はい?」
「最上! あなたたちと秋月で全部落としなさい!」
「無茶言うなよ! 一旦回避して収容はそれからで――」
【大鳳】は、【最上】を睨みつけた。自分でも分かっている。きっと、とんでもない顔をしているのだろう。あの【最上】がたじろいでいる。しかし、これだけは譲れない。九七式艦攻は航続距離が短い。着艦のやり直しなど不可能だ。
「旗艦は四航戦収容を継続! 最上、対空指揮はあなたが取りなさい!」
「……了解。でも、必ずあんたが狙われるからね」
「分かっているわよ」
【最上】は矢継ぎ早に指示を出し、輪形陣を狭める。最外周にいる【秋月】たちが対空射撃を開始した。ただし、雲の上への電探射撃なのでその効果は不明だ。
一機目の艦攻が着艦した。全体的な被害は軽かったとはいえ、個々の機体は別問題だ。多数の銃痕があり、主翼もボロボロで飛べるのが不思議な有様だ。
「ご苦労様……」
残りは四〇機以上。最短でも三〇分はかかる。事故だって起きる可能性もある。ギリギリの燃料で飛んでいる艦載機たちには一刻の
(想定されたシチュエーション。私は、戦場の前線基地なのよ)
甲板に五〇番(500kg爆弾)の直撃でも発着艦機能を失わない。それが【大鳳】を装甲空母と呼ぶ
(プロペラが動いていない……)
三機目の艦攻は、すでにプロペラが停止し滑空飛行していた。しかも、左側の着陸脚が出ていない。
『ワレ、チャッカンフノウ。カイジョウフジチャクス』
「却下する! 大鳳に着艦せよ! 甲板員は落下防止ネットを準備!」
意を決したのか、片足の艦攻がフラフラしながらもアプローチに入った。いいぞ、左に傾いてはいるが、それでいい。どのみち着艦フックは引っかからないだろう。機体と甲板の摩擦とネットで減速するしかない。火災をおこすかもしれないので消火要員をスタンバイさせた。
右脚がややバウンドしながら着地した。同時に左の翼が火花を上げなら甲板に接触した。その勢いで艦攻は一回転して左右の翼や尾翼がちぎれ飛び、胴体だけで前進し、落下防止ネットに引っかかる。幸い出火はしていない。
「搭乗員を救出せよ! 機体は速やかに海上投棄!」
日頃の訓練の
「着艦を再開せよ!」
【最上】が呆れた顔で見ている。
「あんまり無茶しないでよ」
「私に与えられた役割よ。決して無茶ではない」
「……まったく」
「最上、直掩機は何機いる?」
「八割がたは交戦中なんで、十機ぐらいかな」
「すべて後方に回して着陸機の援護をさせて」
「バカ言わないでよ。それじゃあここの守りはどうするの?」
「同じことを何度も言わせないで」
「……」
【最上】が眉を八の字にして立ち去った。最上型三隻と秋月型四隻だけでは、対空防御に不安が残るのも確かだ。零戦五四型による強固な上空援護があってこそ、防空システムは完璧になる。しかし、それは完全に崩されているではないか。だったら、今できる最善を実行すべきだ。
「姉さん! 秋月が何機か突破されたって。くるよ!」
左舷を守っている【鈴谷】からの報告だ。雲の上を飛行している敵爆撃機は、【秋月】たちでも捉えきれないようだ。
「最上、あと五分なんとかしなさい」
「大鳳! 三時方向急降下! 避けるんだ!」
ほとんど直上と言ってもよい位置に三機の爆撃機が雲の隙間から現れた。なるほど、良い位置取りだ。自分が同じ速度、方向で移動するのなら爆弾を喰らう可能性は大いにある。
「熊野、鈴谷。全部落とすよ!」
最上型は航空巡洋艦として徹底改造されていた。後甲板の主砲を全て撤去し、十一機もの水上機を運用できるようした。それだけではない。四基の魚雷発射管も撤去して、そこに三式40mm連装砲と25mm三連装機銃を山積みして、【摩耶】に匹敵する対空性能を有していた。とはいえ、この距離で有効なオプションは機銃のみだ。
「電探感あり! 十二時、六時、三方向夾叉爆撃だよ!」
【熊野】が絶叫した。それは【大鳳】の電探でも捉えていた。
「高度1000、距離5000。敵雷撃機約二〇、接近中」
その距離なら二分ほどで攻撃範囲に入る。【秋月】たちでも全機撃墜は難しい数量だ。しかし、魚雷は1500mほどで投下されるはずだ。だとすると、目前の危機である急降下爆撃さえ避けられたら、魚雷を受けるまで五分の猶予はありそうだ。
「あと五分で艦攻隊の収容は完了する。それまで、旗艦は針路速度とも変更せず」
【最上】たちからは返信がなかった。それぞれ担当している敵艦爆の撃墜に忙しいようだ。発見が早かった【最上】が狙っている三時方向の三機は爆弾投下前に全機撃墜した。
「熊野!」
【熊野】が担当していた六時方向の敵は五機と機数も多く、しかも、そのうち一機が【熊野】に向けて爆弾を投下した。
「なまくら玉が当たるわけありませんわ」
熊野が回避行動を取る。大丈夫だ。彼女に爆弾は命中しない。だが、その隙に残り四機が輪形陣の中に入った【最上】がフォローしているが、落とせたのは一機のみで、三機が【大鳳】に五〇番らしき爆弾を投下した。左右への変針を考慮しての散布域だった。二発は外れるだろうが一発は当たるかもしれないコースだ。
「大鳳! 回避しろ」
「旗艦は直進!」
着艦を待つ艦攻は残り五機。時間にして三分ほどだ。それまではなにがなんでも針路は変えられない。
(間に合うか……)
できるのは、若干の減速のみだ。爆弾がやや縦長の楕円に変形するが、外れるとは限らない。【大鳳】冷や汗をかきながらその行方を見守る。
爆弾は【大鳳】前方30mに落下し海中爆発した。その衝撃でバルバス・バウが破損した。これで最大速度の三十三ノットはだせなくなった。ただ、母艦機能には何の影響もなく、装甲空母の面目は保たれた。
「鈴谷は!」
「一機取り逃がした。大鳳さん!」
「了解! 最上、私に続きなさい」
「……」
【大鳳】自体も対空性能が高かった。長10cm連装砲を六基搭載し、25mm機銃は70挺以上ある。左舷の機銃を狂ったように連射する。【最上】のものと合わせて100挺の機銃から放たれた銃弾が爆撃機を粉みじんにした。
ほっとしたのも束の間。新たなる脅威が【秋月】より告げられる。
「若月に魚雷命中大破炎上中! すみません雷撃機十機以上に突破されました」
「若月は大丈夫なの?!」
「初月が付き添い、退避中。そのため、こちらの防御力は半減です」
「了解。最上、零戦隊は?」
「形勢有利なれども今だ交戦中!」
艦攻隊はあと三機。二分あれば収納できる。艦爆隊は若干燃料に余裕がある。零戦隊の防護下で戦闘が終わるまで待機してもらう。
「最上……あと二分よ」
「……なんとかするよ」
【最上】【熊野】【鈴谷】が【大鳳】の壁になり、右舷より来襲する雷撃機を迎え撃っている。機銃の銃身は灼熱化し、三人が陽炎のように揺らめいている。そこまでしても、高度100mほどを飛行する雷撃機は落としきれない。半数は撃墜できたが、五機に魚雷投下を許してしまった。
「大鳳!」
【最上】が叫んだ。分かっている。このままコースを変えなければ二本は命中する航跡だ。幸い、敵機は投擲後に回避したようで、機銃掃射の心配はない。あとは、この体が二本の魚雷に耐えられるかだ。
「爆弾の一発や二発、魚雷の一本は耐えるって言ってたよね……」
「……そうね」
「じゃあ、一本は耐えてよ」
「最上?」
【最上】が艦尾部に当たりそうな魚雷に向かって舵を切る。馬鹿なことを、最上型は元々軽巡洋艦として設計された艦娘だ。対水雷防御力は高くはない。一本の魚雷でも致命傷になりうる。
「最上! やめなさい!」
水柱が上がり、二基あった【最上】のカタパルトが吹き飛んだ。火災と浸水が発生しているらしく、【最上】はコントロールを失い迷走している。
「最上、大丈夫なの?」
「僕のことより自分の心配をするんだ! 一本そっちへ行くよ!」
向かってくる雷跡は、実際には四本だ。しかし、三本は確実に外れる。問題は艦首部に命中するはずの一本だった。
(あと一機……コースは変えられない)
最後の艦攻が着艦した。【大鳳】は搭乗員の収容と甲板員の退避という矛盾した命令を出した。
そして――
「本艦はまもなく被雷する! 衝撃に備えよ!」
その一秒後、【大鳳】は、経験したことのない衝撃を味わった。気を失いそうなほどの打撃だった。痛い、痛くないというレベルを通り越していた。命中箇所の破孔から海水が侵入し、【大鳳】を右に五度ほど傾斜させた。
(大丈夫……私は装甲空母なのよ)
左舷側のバラストタンクに海水を注入し、艦を水平にする。【大鳳】は衝撃から立ち直り、艦爆隊の収容を再開しようとした。
「残りの爆撃機がきますわ!」
悲鳴に似た【熊野】の報告だ。確かに、自力航行できない【最上】、対空防御の要である秋月型は【秋月】と【涼月】だけだ。絶望する気持ちはよく分かる。
「零戦隊は?」
「追いかけてるけど間に合わないって」
「そう」
「どうするの? 大鳳」
「熊野、あなたは最上を曳航して退避しなさい」
背中の艤装から煙を上げ、右肩から背中に大きな傷を負った【最上】が抗議をした。
「僕は大丈夫だよ!」
「あなた轟沈するわよ! 私は提督に一杯も失わないと約束したの」
「あんたが沈んだら元も子もないんだよ!」
「絶対に沈まない。さっきあなたが言ったでしょ。あと二発の爆弾は受けられる」
「大鳳……あんた、バカだよ」
「承知してます」
【大鳳】の電探でも敵編隊の波形をキャッチした。この大きさだと十五機ぐらいだろうか?
【大鳳】は自虐的な笑みを浮かべた。
(二発では済まないかもしれないわね)
ただ可能な限りの抵抗はするつもりだ。【大鳳】は残された相棒である【鈴谷】を鼓舞する。
「鈴谷! すべて落とすつもりで――」
「大鳳! あれ!」
【鈴谷】が笑顔で七時方向を指さしている。そこにはフロートをつけた水上機の編隊が見えた。
「あの子たち……間に合った」
【鈴谷】が『あの子たち』と呼んだのは、晴空援護のために【鈴谷】たちが送り出した強風改だ。その編隊は、【大鳳】に襲い掛かろうとしていた爆撃機に突入していった。急降下爆撃は規定ラインを崩されると、一からのやり直しとなる。ただでさえ鈍足な爆撃機が、機動性に優れた強風改の餌食になるのは目に見えている。五分もしないうちに、すべての爆撃機が撃墜されていた。
【大鳳】は、「ほう」と大きな息を吐いた。
「助かったね……」
電探には、もう航空機の反応はない。危機は去ったと判断したのか、【最上】が【熊野】に担がれてやってきた。
「あの子たちは?」
「強風改は結構飛べるからね、もう少し先で拾うよ」
「そう、それじゃあ、あなたと熊野は瑞鳳と合流して。若月たちも一緒にね」
「……まさか?」
「なにがまさかなの? 艦爆隊も、上の直掩機だって着艦させないと」
「大鳳……」
「なによ」
「あんたが旗艦なら……第三艦隊は永遠だよ」
次話:第五戦隊 追撃