艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク   作:Mt.モロー

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2.巨砲の宴

 11月13日

 01時20分 サボ島 南東三(カイリ)

 

 【大和】たちは、リコリス飛行場への艦砲射撃を終え、挺身攻撃隊(ていしんこうげきたい)と第二水雷戦隊との合流に向かっていた。戦場となったアイアン・ボトム・サウンドは、大混乱の状態だと聞いていたが、戦闘はすでに終了しているらしく、砲撃音や射撃音は皆無だった。

 遠方ルンガ泊地の方向に、炎と煙を上げて撤退中の深海棲艦のシルエットが見えた。だが、追撃は許可されていない。【長門】からの指令は、速やかに【霧島】と合流し、臨時の水上打撃戦隊を編成して、敵戦艦部隊を殲滅(せんめつ)せよとのことで、それ以外の戦闘は厳禁とされていた。

 

「神通がいない……」

 

 最も夜目が利く【川内】が、混乱から立ち直りつつある挺身攻撃隊と第二水雷戦隊を発見した。特徴的な三本マストを持つ【神通】は、【川内】の姉なのだ。その存在の有無を見間違えるはずがない。

 

「急ぎましょう」

 

 【大和】は嫌な予感がしていた。ほぼ最大戦速での接近を五人の艦娘に指示する。

 

「……」

 

 それは絶句してしまうほどの惨状だった。無傷の艦娘は見当たらず、どの艦もそこかしこに傷を負っていた。【雷】は【電】と【五月雨】の肩に(かつ)がれ、【長良】はしゃがみ込んでいる。

 【川内】が言ったとおり【神通】と【暁】が見当たらない。

 

 比較的軽微な損傷の【霧島】と【天津風】が近づいてきた。

 

「大和さん……」

 

 状況を説明しようとした【霧島】であったが、一旦言葉を区切った。【大和】の隣で【川内】が(わら)にもすがる思いで、姉の姿を探していたからだ。

 

「神通ちゃんと暁ちゃんは?」

 

 【川内】がその質問をできるわけがない。だから、【大和】が代理で聞いた。【霧島】は沈んだ表情で【大和】から目を逸らす。

 

「私たちは待ち伏せ攻撃を受け大混乱になりました……敵も味方も分からない状態で戦闘が始まりました」

「……」

「神通さんは……それで……探照灯(たんしょうとう)を……」

 

 【天津風】が涙声で説明を続けた。夜戦ではよくあることだ。味方識別には工夫をしてあるが、遭遇戦だと効果は限定的だ。その場合、最も有効な手段は探照灯を使用すること。ただ、当然、その艦娘は、敵集中砲火の的になる。

 

「暁ちゃんも?」

 

 聞いたのは【陸奥】だ。第六駆逐隊四人組の賑やかさは“艦隊”の癒し的な存在だ。そのムードメーカーである【暁】が沈んだなど認めたくない。

 

「二人とも……沈みました」

 

 多くの艦娘と深海棲艦が眠るアイアン・ボトム・サウンド。そこに【神通】と【暁】が加わった。そのやるせなさに【大和】たちはうつむき、見えるはずのない海底に、【神通】と【暁】の幻影を探した。

 

「そうですか」

 

 辺りは暗闇で、その表情ははっきりしないが、【川内】の声はしっかりとしていた。艦娘は姉妹愛が強い。それは、いつ永別するかも分からないからだ。

 そして、自分たち艦娘は、常にそれを覚悟している。

 

(川内ちゃん……あなたは強い。おそらく……私には無理)

 

 竣工が遅れている【武蔵】、空母改造が取りやめになった【信濃】。【大和】にも二人の妹がいた。もしも、彼女たちが沈んだら、自分は【川内】のように振舞えるだろうかと考える。おそらくは不可能だろう。

 

 

 ――悲痛な空気が漂う中、【大和】は現状を再確認する。戦いはこれで終わりではない。むしろ、これからこそが本番なのだ。

 

「比叡さんは?」

 

 【大和】が話しかけた【霧島】も、よく見ると傷だらけだった。左舷(さげん)よりの砲撃が激しかったようで、腕や肩から血が出ている。

 

「雪風と時雨が曳航中です。現在五ノットでトラックに向かっています」

 

 戦闘時なので気が張っているのか、【霧島】は痛がる様子も見せずに答える。

 

「五ノットですか……」

 

 ()うような速度だ。もしも、自分たちが敗北したら、あっという間に捕捉撃沈されてしまう。

 

「撤収部隊は?」

「順調です。作業は完了し、ショートランドに向かっています。ただし、速度は比叡と似たようなものです。八ノットしか出せません」

 

 否が応でも戦わなければならないようだ。形勢不利であろうが罠であろうが出撃し、敵を疲弊(ひへい)させる。それ以外に生き残る道はない。

 

「ルンガ泊地の残存部隊は?」

「戦闘可能なのは軽巡と駆逐艦が数隻だと思います」

 

 戦艦部隊に呼応して戦いに加わるはずだ。実に悩ましい存在だが、今はそれを無視するしかない。

 

「……霧島さん。敵の編成は聞いていますか?」

「戦艦六……内、二隻は新型」

「おそらくは噂のレ級でしょう。高速戦艦で、主砲も装甲もタ級とは桁違いと聞いています」

 

 元秘書艦参謀の【陸奥】が説明する。存在は確認されていたが、実戦への参加はこれが初めてだ。シルエットが重巡のネ級に似ているので、哨戒(しょうかい)も見間違えたのだろう。

 

「比叡がいれば……」

 

 【霧島】が悔しそうにつぶやく。戦艦だけの比率ならば一対二で極めて劣勢だ。もしも、【比叡】がいれば二対三で、【大和】の砲撃力と【鳥海】存在を加味すると、若干不利のレベルに抑えられる。しかし、【比叡】は戦闘不能なのだ。ない(そで)は振れない。ここは覚悟を決めるしかない。

 

(私の頑丈さを利用するしかない)

 

 【大和】は、この圧倒的に不利な状況で勝利するには、すべての攻撃を自分に集中させ、接近戦を挑むしかないと考えていた。

 遠距離砲撃でダメージを累積させる戦法は選べない。そもそもの戦闘力が劣勢で、撃てる弾数も半分以下だろう、良い結果はもたらさない。ならば、突撃も範疇(はんちゅう)に入れた超接近戦を仕かけるしかなかった。なにしろ自分は、46cm砲にも耐えられる装甲を持っているのだ。

 【大和】は、その無謀すぎる戦術を伝える。

 

「私たち戦艦三隻で、敵戦艦六隻に突撃し、撃破します」

 

 【陸奥】と【霧島】が頷く。反論や意見はなかった。理由は簡単であった。二人も正攻法では勝てないと思っているからだ。だとしたら、奇策を用いるしかない。要はそういうことだ。

 

 

 01時50分 トラック泊地 艦隊司令部

 

 【長門】は椅子に座って、刻々と戦況の変わる海図を眺めている。

 戦闘が始まってから、すっと立ちっぱなしであったが、【明石】が椅子を持ってきて座れと言うので、それに従っていた。

 

「【霧島】よりルンガ沖夜戦の結果報告と、【大和】より臨時戦隊編成の報告が届いています」

 

 【大淀】が書類を片手に(そば)に立ち、報告する。ここは時系列に沿った情報が欲しい。

 

「霧島の方から聞かせてくれ」

「ルンガ沖夜戦発生時刻00時09分。敵重巡四隻の比叡への集中砲火で始まった。実質的な戦闘時間は30分に満たず、戦闘可能艦がなくなり戦闘は自然終了。戦果は敵重巡ニ隻を撃沈、二隻中破。駆逐艦二撃沈、大破一、中破二ほか、すべての深海棲艦に損害を与えた模様」

「凄いな。こちらの被害は?」

「中破した比叡は、危機的な状態を回避しました。現在、雪風、時雨がトラックに曳航中(えいこうちゅう)。ただし、速力は五ノット」

 

 【大淀】はそこで言葉を切った。多分言いにくい報告があるのだろう。

 

「続けてくれ」

「神通、暁が沈みました。そのほかにも、雷が大破。電、五月雨が中破。長良、天津風、霧島は損傷が激しいながらも、小破の申告です」

「二隻も沈んだか……」

「……はい」

 

 艦娘とは不思議なものだ。何十隻といるのに、知らない艦娘など存在しなかった。【神通】【暁】、名前を聞いただけで顔が思い浮かぶ。

 

(また……永遠に会えない艦娘が増えたか)

 

 撃沈された艦娘に対して、【長門】も【吹雪】と同じ結論に至っていた。一度沈んだ艦娘とは、永遠に会えない。そう考えていた。悲しい話だが、【長門】には、それに耐えることが要求されている。

 

「大和の報告は?」

 

 【長門】は、感情を押し殺して次の情報を求めた。【大淀】は耐えられなかったようで、一度鼻をすすってから口を開いた。

 

「第二挺身攻撃隊と第二水雷戦隊の臨時編成報告です。第二挺身攻撃隊、旗艦大和。以下、陸奥、霧島、鳥海。第二水雷戦隊、旗艦代理 川内。以下、長良、天津風、綾波、敷波」

「雷は?」

「比較的損傷の軽い村雨が護衛して、電、五月雨とともにショートランドに撤退」

「だめだ」

「え?」

「雷たちにもトラックに向かうように言え。油が足りないのなら船を出す」

「しかし、護衛が……」

 

 そこまで言って、【大淀】がなにかに気がついた。

 

(そうだ、護衛艦ならいるではないか。私とお前で、給油艦を護衛したらいい)

 

 【大淀】が、通信機の前で暗号を紙に書き、【明石】に渡した。

 

「これを大和さんに」

「了解しました」

 

 この海域での打てる手は打った。撤収の輸送艦には第三水雷戦隊が健在だ。魚雷艇やカ級潜水艦なら、難無く処理できるだろう。ラバウルよりの長距離上空援護の一部を決戦場に向かわせ、偽の【飛鷹】航空隊も作り上げた。

 ただ、そのためにはサンタクルーズ沖にいる第四航空戦隊が敵航空部隊に発見されていなければならない。【長門】は、彼女たちに無謀とも思える夜間雷撃を命じていた。

 

(吹雪……また迷惑をかける)

 

 敵軽空母戦力もこの戦いには参加できない。リコリスも壊滅状態で航空機など飛ばせない。

 

(残るは……)

 

 【長門】は、敵戦艦部隊の駒をいじる。【大淀】もそれを見ている。

 

「こいつの現在位置は?」

「大艇の接触が15分前に切れましたので推測になりますが……」

「それでいい」 

「敵戦艦部隊の現在位置……第二挺身攻撃隊よりの方位二一〇、距離五五浬と推測」

 

 敵味方とも、急速に距離を縮めている。あと1時間もしないうちに、戦闘は開始される。

 

(大和……すべては、お前にかかっている)

 

 もしも、【大和】たちが敵戦艦の撃破に失敗したら、3時間以内に全部隊が撃沈される。そうなったらすべてが終わりだ。今後はジリ貧の闘いを継続することになり、我々は敗北する。そして、時間は、また元に戻ってしまう。

 

(提督……吹雪……私は……正しい選択をしているのだろうか?)

 

 答えは返ってこない。しかし、【長門】は問い続ける。なぜならば、その選択により更に多くの艦娘が沈む可能性があるからだ。もう【長門】には、その悲しみに耐えることができないだろう。

 

 

 02時30分 ガダルカナル島 西南西十二浬

 

「陸奥三番機より報告。方位一九〇、距離二十八浬に敵前衛艦隊を発見。軽巡ツ級一、ト級一、駆逐ニ級四」

 

 【大和】たちは、南西方向に向けて水上偵察機を扇状に展開していた。その内の【陸奥】三番機が、行方が分からなかった戦艦部隊の前衛艦隊を発見した。予想どおり、対空に特化した編成だった。少なくともツ級だけは沈めなければ、【長門】が考えている【飛鷹】の幻影は効果を発揮できない。

 

「第二水雷戦隊は急行し、敵を捕捉撃滅せよ」

「了解しました」

 

 第二水雷戦隊が速度を上げ前衛艦隊に向けて舵を切った。

 

(川内ちゃん……冷静にね)

 

 姉である【神通】の弔い合戦として【川内】が無茶をするのではないかと思ってしまう。戦力的には五対六のやや不利の状態だが、【長良】と【天津風】は小破の状態で、主兵装である魚雷も撃ち()くしており、実質【川内】【綾波】【敷波】だけで戦わねばならなかった。そうなると、とれる戦法は限られる。

 

(それは私も同じか……)

 

 【大和】たちは、距離25000メートルで敵戦艦部隊を電探で捉え、向かい合うような針路で急速に距離を縮めている。まもなく20000メートルを切る。電探射撃を得意とする深海棲艦たちならば、とっくに砲弾が飛んできてもおかしくはなかった。しかし、彼女たちは、艦艇数、砲弾の数、電探精度、あらゆる部分で自分たちが優勢と判断したのか、確実に仕留められる距離を得ようとしていた。

 

「敵、回頭の動き有。丁字戦法(ていじせんぽう)を採るようです」

 

 電探の扱いも先輩である【陸奥】にはかなわない。彼女からの報告により、いよいよ戦いの時がきたと【大和】は知った。

 

「わが艦隊は直進。回頭のタイミングは7000とします。陸奥さん以下は旗艦との距離を1500としてください」

「集中砲火を受けますよ?」

「だからなるべく早く距離を詰めます。全艦、最大戦速。経路変更一六〇」

 

 距離7000mまでに敵は6から7斉射は撃てるはずだ。【大和】は46cm砲直撃にも耐えられる設計だが、それは20000m以上離れた場合だ。これからの近距離戦では16in(インチ)(約41cm)砲でも致命傷になりうる。

 

(果たして何発もらうことになるのかしら?)

 

 そして自分はそれに耐えられるのだろうか? いや、耐えるしかないのだ。

 敵は、先頭を走る巨艦である自分に攻撃を集中するはずだ。それに耐えて耐えまくり、初弾でレ級の二隻を脱落させ、以後は個別撃破する。圧倒的不利な状況では、この捨身(すてみ)の戦法で勝負するしかない。

 

 敵が完全な丁字を作り上げる頃には、彼我(ひが)の距離は20000メートルを切っていた。だが、目視ではまだ確認できない。見えるのは電探の目だけだ。

 いや、もっと直感的なものが見えていた。天空に見える赤い光。それは、灼熱化(しゃくねつか)した砲弾の輝きだった。

 

「着弾! 旗艦を夾叉(きょうさ)

 

 【陸奥】からの悲鳴のような報告だ。言われなくとも分かっている。自分の前後左右には16in砲の巨大な水柱が立っている。数えきれない本数から初弾で斉射し夾叉弾を得た様子だ。恐るべき射撃精度だった。次は確実に何発か命中する。

 

「大和ちゃん、少し速度を下げては?」

「速度はこのまま。鳥海さん、7000の連絡をお願いします」

「分かりました」

 

 水柱の波紋などものともせずに【大和】は直進する。ボロボロになるのは承知の上だ。いかに【陸奥】【霧島】【鳥海】のコンディションを維持したまま同航戦に持ち込めるかが鍵だった。

 

(早い……)

 

 1分にも満たない時間。再びあの鈍く輝く赤い光が見えてきた。その修正された何発かは、逸れることなく自分に近づいてくる。

 

「!」

 

 驚くべき激痛が【大和】を襲った。肩や背中に命中弾があった。4発、いや5発だろうか。しかし、まだ問題はない。対空砲は滅茶苦茶にされたが、主砲も副砲も健在だ。だが、この間隔で砲撃を受けると、7000メートルにたどり着く頃にはとんでもないことになりそうだ。

 

「鳥海さん! 距離は?」

「18000!」

 

 敵は、よほど先頭の巨艦が気になるか、次弾も全て【大和】に集中した。いいぞ、それでいい。それでいいのだ。

 

(う!)

 

 次弾が降り注いだ。命中弾は6発だった。今度は腕や足の装甲が破られ出血を伴った。しかし、まだ機関部にはなんの影響もない。このまま直進する。

 

「大和ちゃん、速度を落として」

「最大戦速……そのままで」

 

 敵艦が目視できるようになった。【大和】の進行方向に対してやや右側に位置しており、絵に描いたような丁字戦法だ。そして彼女たちがチカチカと輝いた。

 

(くる)

 

 それは5秒ほどで【大和】に到着した。深刻なダメージを受けたのは副砲への直撃弾で、狙ったように二基の副砲が使用不可能になった。バイダルパートである胸や腹への命中もあったが、破られることはなかった。しかし、その衝撃で【大和】の口内に血が(あふ)れた。

 

(私は……なんて頑丈なの……まだ、こんなに動ける)

 

 【大和】は口から流れる血を拭いながら、主砲三基を動かしてみる。異常はない。当たった弾もすべてはじき返した。外装はボロボロだが、まだ全速力を出せる。いける、いけるぞ。

 ただ、敵の装填速度も上がっていた。もう狙いを修正する必要がないのか、50秒間隔での斉射になっている。

 【大和】は、その後の4度の斉射を受け、更に14発の直撃弾を浴びた。数発が機関部にダメージを与え、速度が20ノットまで低下してしまった。

 

「まずい!」

 

 敵は、一向に沈まない【大和】にしびれを切らしたのか、次の斉射で【陸奥】や【霧島】を狙い始めた。彼女たちの周囲に水柱が立ちあがった。

 

「陸奥さん!」

「陸奥、霧島、鳥海とも命中弾なし! すべて近弾!」

 

 【大和】はホッと胸をなでおろす。とはいえ、もう直線射撃に近い距離だ。いつまでも幸運が続くとは限らない。

 

「鳥海さん! 距離は!」

「8500!」

「射撃準備! 旗艦は敵一番艦。陸奥、霧島、鳥海は敵二番艦に集中せよ」

「了解」

 

 あと2回耐えれば良いのだ。大丈夫きっと耐えられる。

 しかし、それは甘い考えであった。先頭の二隻のレ級から放たれた16in砲5発が【大和】の装甲を突き破った。

 

「ああ!」

 

 腕や足、腹部の肉が削がれ大量の出血が発生している。その激痛は、頑丈な【大和】がうめき声を発してしまうレベルだ。

 【陸奥】が心配そうに声をかける。

 

「大和ちゃん!」

「大丈夫です……陸奥さんたちは被弾しましたか?」

「こっちはかすり傷程度よ、それよりも……」

「……あと1回です。射撃準備お願いします」

「……」

 

 【大和】は血だらけの顔に笑みを浮かべた。強がりにもほどがある、本当は怖いくせに、逃げたいくせに、意地になって前に進む自分の姿がやけに可笑(おか)しかった。

 レ級の砲口が輝いた。その瞬間、【大和】の顔に恐怖が貼りついた。

 

「……」

 

 新たな命中弾により、速度が更に低下した。一番砲塔も動きが怪しくなってきた。さすがの【大和】も自分の限界を感じ始めていた。

 

(もう……ダメかも)

 

 その弱気な心を、【鳥海】の声が打ち破った。

 

「大和さん! 距離7000です!」

 

 そうだ、なんのためにここまで頑張ってきたのだ。

 すべてはこのため、この時のため。

 

 【大和】は口の中の血を吐き出し、命令を告げる。

 

「全艦回頭! 同航戦! 敵艦隊を壊滅せよ!」

「了解!」

 

 戦闘マシーンとしての自分が動き始めた。きっと【陸奥】たちも同様だろう。艦娘とは。深海棲艦を沈めるために生まれてきたのだ。その本能が自らの(ほこ)である主砲を回転させる。

 【大和】たちの変針によりレ級も砲塔修正を行っている。実に素早い回転速度だった。さすがに新鋭艦は違うなと思った。

 だがしかし、その修正は間に合わないだろう。なぜならば、我々はすでに射撃準備を完了しているからだ。

 

「全艦斉射!」

 

 その掛け声とともに、【大和】の巨砲から9発の46cm砲弾が射出された。7000メートルを切っており、外しようのない距離から放たれた9発は、そのすべてが先頭のレ級に命中した。途端(とたん)、レ級は目もくらむような閃光を発し、大爆発を起こした。

 

(これが……私の力)

 

 数秒の後、爆風が収まると、そこにいたはずのレ級が巨大な波紋を残して消えていた。【大和】は、自分の巨砲の破壊力に驚愕していた。わずか一撃で、敵の最新鋭艦を沈めてしまった。

 

「敵二番艦、停止中! 旗艦! 指示を!」

 

 レ級の二番艦には、【陸奥】らの41cm砲8発、36cm砲8発、20cm砲10発が放たれ、その半数以上が命中した。【陸奥】の砲弾が、レ級のバイダルパートを突破し、機関部を滅茶苦茶にしてしまったため、レ級二番艦は洋上に停止し、戦闘不能の状態になっている。後続の深海棲艦は南方に避けるように針路を変更した。

 

「鳥海さん。魚雷で(とど)めを!」

「任せてください」

「陸奥、霧島は旗艦と敵を追撃!」

「了解」

 

 【大和】のダメージでこちらは18ノットしか速度は出せないが、敵も変針したせいで速度が落ちている。【大和】たちは再び同航戦に持ち込んだ。とはいうものの、敵はまだ無傷のタ級4隻に対し、こちらは中破といって差し支えない【大和】と、小破の【霧島】がいる。まだまだ不利な状況であることは(いな)めない。

 そして、戦艦七隻による巨砲の(うたげ)が始まった。ほぼ同時に巨弾が行き交い、双方が至近距離砲弾による大ダメージを受けた。

 先頭のタ級には【大和】の46cm砲が艦尾部に5発命中し、速度を落としながら喫水線を下げている。あと数分で彼女も沈むだろう。その報復として【大和】も4発の直撃弾を受けた。第一砲塔が完全に動かなくなり、【大和】の戦闘力は三分の二に減少した。

 

「艦橋直撃! 視界……ゼロ」

 

 【陸奥】からの報告だ。冷静を装ってはいるが、目がまったく見えないようで、【陸奥】は迷走を始めた。

 

「鳥海さん! 陸奥さんを連れて海域から離脱してください」

「大丈夫! このまま私を放置して」

「ダメです! 旗艦の命令に従ってください!」

「……了解」

「霧島さん、私のあとに続いてください」

「霧島、旗艦に追従します!」

 

 【陸奥】の離脱を見て、敵深海棲艦三隻は単縦陣に隊列を整え、【大和】たちの頭を抑えにきた。思うように速度の出せない【大和】は、それを甘んじて受けるしかなかった。

 

「霧島さん……どうですか」

「四番砲塔をやられました」

「そう……私も一番がダメ」

「まあいいですよ、これで想定どおりです」

「え?」

「比叡がいた場合、戦力差は二対三の想定でした。今がまさにそうじゃないですか」

「私たちは、こんなにボロボロなのに?」

「そんな抗議は受け付けませんよ」

 

 なぜかは分からなかったが、【大和】も【霧島】も、恐怖を感じていなかった。艦娘としての戦闘本能だけが二人を動かしていた。

 

 やや前方を進む深海棲艦三隻の砲塔が停止した。まもなく次の砲撃がやってくる。【大和】と【霧島】は、まだ諸元を入力中だ。今回は敵に先手を打たれてしまう。

 

「交代で殴りあう拳闘(ボクシング)ですよ」

 

 【霧島】が言った。なるほど、どこかの国では、互いに一発ずつ殴り合い、立てなくなった方が負けというボクシングがあると言う。

 

「先手は向こうね」

「はい…でも、立てばいいんです」

 

 そのパンチが飛んできた。ただし、一発ではなかった無数のパンチが【大和】と【霧島】を殴りつけた。重く固い(こぶし)に、二人はうずくまり、激痛に顔を歪めた。

 

「立てますか……」

「……はい」

 

 よろめきながらも二人は立ち上がった。そして、反撃の拳を振るうべく体勢を整える。深海棲艦の恐怖が見えるようだ。彼女たちの陣形が乱れる。

 

「撃てー!」

「おう!」

 

 ――5度ほど殴り合いが継続され、その勝敗は決した。【大和】と【霧島】はまだ立っていた。しかし、二人とも動かせる砲塔は一基のみで、機関部も動くのが信じられないレベルだ。全身も血まみれで立っているのがやっとだった。

 深海棲艦は、一隻が海中に沈み、残る二艦の内、一艦は機関が完全停止し瀕死(ひんし)の状態だ。かろうじて動ける一艦が、彼女を(かば)うように寄り添っている。そして、動かなくなった砲塔をこちらに向けようともがいていた。

 

「大和さん……」

「楽にしてあげましょう」

「……はい」

 

 それは同情でもなければ、哀れみでもなかった。死力を尽くして戦った者にしか分からぬ尊敬の心であった。

 【大和】と【霧島】は二艦に砲塔を向け、斉射した。

 

「……」

「……」

 

 憎しみで二人を睨んでいた深海棲艦の顔が和いでいく。もう戦う必要はない。ゆっくりと、静かに休むことができる。その安らぎの表情に、【大和】と【霧島】は羨望(せんぼう)の念を抱いた。

 その二艦が沈んだことで、この海域での戦闘は終了した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「動けますか?」

「なんとか」

 

 【大和】と【霧島】はゆっくりと動き出した。通信設備も電探も使用不可能になっているので羅針盤を頼りに【鳥海】たちと合流するしかないのだ。

 

 

 ――およそ1時間後、【大和】たちは【鳥海】【陸奥】と合流し、第二水雷戦隊とも合流した。彼女たちは見るも悲惨な姿であった。全員が中破、【川内】にいたっては浮かんでいるのが不思議なぐらいの破口が左舷に開いており、喫水線が甲板ギリギリになっていた。

 

「軽巡二隻は沈めました……駆逐艦は撤退。その内半分は、途中で沈むはずです」

「そう……お疲れさまです」

 

 腕と足が血まみれの【敷波】が【大和】によろよろと近づいてきた。

 

「綾波が……沈みました」

「そうね……」

 

 【吹雪】を慕い、【吹雪】のようになりたいと言っていた【綾波】は、その運命に抗うことができなかった。つい数時間前の彼女の姿を思い浮かべると【大和】の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「大和さん……泣かないでください。綾波は……精一杯戦いました」

「……」

「まるで……まるで綾波は……鬼神のようでした」

 

 この海戦は、勝ったのか負けたのかと問われたら、勝ったと答えることができる。しかし、【大和】たちは、それを喜ぶことができなかった。あまりにも多くのものを失ってしまったからだ。そして、あの深海棲艦の最期を見てしまった。

 

(提督……吹雪ちゃん……私たちは……)

 

 このまま戦い続けても良いのか? 【大和】はそう問いたかった。そして、その答えも分かり切っていた。

 艦娘は闘うために生まれたのだ。故に、自分は戦い続けなければならない。

 

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