艦隊これくしょん ~永遠の終わり~ リメイク 作:Mt.モロー
06時15分 トラック泊地 第二艦隊司令部 【長門】
【長門】は、部屋の一角にある通信器の前で、第三航空戦隊からの報告を待っていた。ガダルカナル撤収作戦の戦闘は、3時間前に敵航空部隊①が兵力の温存を図り南方退避した時点で概ね終了している。その近海で攻撃に備えていた第三航空戦隊に、【長門】は【北上】と【大井】の捜索を命令していた。
(奇跡を信じるしかない……)
【北上】と【大井】が生存している可能性は限りなく低い。それこそ生きていたら奇跡だ。しかし、【長門】はそれを信じようと努力していた。
入電を知らせるブザーが鳴った。ともに待機していた【大淀】が、繰り返されるモールスの暗号解読を始める。途端に【大淀】の表情が曇った。
「第三航空戦隊からです」
「それで?」
「指定海域に二艦を発見できず」
「……そうか」
「帰還を命じますか?」
「そうだな……精々
「……」
【大淀】が【長門】を恨めしそうな目で見つめている。
「北上さんは……天才と呼んで差し支えない技量を持っていました。大井さんも同じです」
「そうだったな。だから私は、二人を重雷装艦にすることを提督に進言した」
「単艦で艦隊を全滅させるほどの攻撃力……その代償としての
「水雷魂は、私よりもお前のほうが理解しているはずだ」
「……」
「恨んでくれて構わない。すべては私の責任だ」
「……第三航空戦隊に帰還を指示します」
「頼む」
九三式酸素魚雷の開発が成功し、その破壊力を最大限に活用するコンセプトで重雷装艦が設定された。【長門】も提督も、被弾時の弱点は周知していた。だからこそ、水雷最高の技量を持つ【北上】と【大井】を選出したのだ。だが、彼女たちでもその弱点はカバーしきれなかった。
(そうだ……私の責任だ。私が北上と大井を沈めた)
奇跡は起きなかったのだ。【長門】は、その無念さを心に奥底に沈めた。まだ作戦は終ってはいない。責任をとるということは、この作戦を
【長門】は、中央のテーブルに移動し、広げられている作戦の海図を眺めた。
ソロモン諸島を
ソロモンの北方には大艦隊戦を終えた挺身攻撃隊、第二水雷戦隊は二つのグループに分かれて北上中だ。気がかりなのは【雪風】と【時雨】に曳航されている【比叡】のグループだ。リコリスは【大和】たちの艦砲射撃で飛べる機体は残っていないだろうが、敵航空部隊①の進路によっては、まもなく攻撃範囲に入ってしまう。
(リコリス再建のための航空機輸送……第三航空戦隊との空母戦を避けたのはそれが理由だろう)
【大淀】がヘッドセットを付けたまま近づいてきて、【長門】の心を見透かすかのように航空部隊①の位置を南方に変えた。
「
「そうか……大艇ももう戻してやれ。飛びっぱなしだからな」
「しかし……」
「大丈夫だ。①が向かう先はバツアヌだ」
「エスピリトゥサントですか」
「①に積まれている機体は、リコリスのために必要だからね」
【大淀】は、その上方にある第三航空戦隊の駒をトラック方面に少し移動した。
「隼鷹からも連絡がありました」
「うん」
「航空機を収容し、五十鈴、海風、夕立と合流してトラックに帰還します」
「そうか」
【大淀】が第四航空戦隊と書かれた駒を移動する。
「第四航空戦隊は、この辺だと思います。心配なら連絡しますが?」
「いやいい。『便り無きは良き便り』だよ」
第四航空戦隊の【吹雪】と【夕立】は大破の状態だという。自力では航行できずに、完全な修復が難しい状態が大破判定だ。補助する艦娘がいなければとっくに沈んでいただろう。
「大淀、現時点での戦果と損害を教えてくれ」
「時系列で構いませんか?」
「ああ」
【大淀】は一度通信機に戻り、バインダーと指示棒を抱えて【長門】の前に立った。そして、指示棒の先端がアイアン・ボトム・サウンドを差した。
「本作戦の戦闘は、本日0時00分。砲撃挺身艦隊のリコリス航空基地への艦砲射撃から始まりました」
「続けてくれ」
1.リコリス夜間砲撃戦
発生日:11月13日
発生時間:0時00分
攻撃目標:リコリス航空基地
実行艦隊:砲撃挺身艦隊【大和】【陸奥】【鳥海】【川内】【綾波】【敷波】
深海棲艦:リコリス飛行場姫
戦果:リコリス航空基地壊滅、沈没 PT小鬼十二
損害:無し
2.第二次サボ島沖夜戦
発生日:11月13日
発生時間:0時05分
攻撃目標:ルンガ泊地強襲
実行艦隊:挺身攻撃隊【霧島】【比叡】【長良】【天津風】【雪風】【時雨】
第二水雷戦隊【神通】【村雨】【五月雨】【暁】【雷】【電】
深海戦艦:ルンガ泊地残存艦隊 重巡ハ級四、軽巡へ級四、駆逐艦八
戦果:沈没 重巡ハ級二、駆逐艦二、大破 軽巡ヘ級一、中破 駆逐艦二、その他、全艦艇に損害を与えた模様
損害:沈没【神通】【暁】、大破【雷】、中破【比叡】【電】【五月雨】、小破【霧島】【長良】【天津風】
3.サンタクルーズ沖夜戦
発生日:11月13日
発生時間:2時10分
攻撃目標:敵航空部隊の北方誘致
実行艦隊:第四航空戦隊【利根】【筑摩】【北上】【大井】【吹雪】【夕立】
深海戦艦:航空部隊② 軽空母ヌ級二、軽巡ツ級二、駆逐艦二
戦果:沈没 軽空母ヌ級二、軽巡ツ級二、駆逐艦二
損害:沈没【北上】【大井】、大破【吹雪】【夕立】、小破【筑摩】
4.第三次ソロモン海戦
発生日:11月13日
発生時間:2時40分
攻撃目標:敵主力艦隊及びその前衛艦隊の撃滅
実行艦隊:挺身攻撃隊(再編成)【大和】【陸奥】【霧島】【鳥海】
第二水雷戦隊(再編成)【川内】【長良】【天津風】【綾波】【敷波】
深海戦艦:主力艦隊 戦艦レ級二、戦艦タ級四
前衛艦隊 軽巡ツ級二、駆逐艦四
戦果:沈没 戦艦レ級二、戦艦タ級四、軽巡ツ級二、大破 駆逐艦二
損害:沈没【綾波】、中破(実質大破)【大和】【霧島】、中破【陸奥】【川内】【敷波】【長良】【天津風】
「撃墜機数や損失機数はまだ曖昧で集計できていません」
「分かった」
深海棲艦を三か月は行動不能にするだけの損害は与えた。しかし、それはこちらも同じだった。五隻の艦娘が沈み、その他も大なり小なりの損傷を負っている。
(提督……これからが地獄ですよ)
【長門】は、背筋を伸ばして大きく深呼吸した。【大淀】が奇妙そうに見ている。
「これから傷ついた艦娘たちが帰ってくる。その大半は、明石が応急処置をして鎮守府移動となり、大規模改装に入る」
「大規模とは……どのような?」
「武蔵の竣工が遅れているは知っているか?」
「はい。今年は無理だとか」
「今年どころではない。来年も無理だ」
「え?」
【長門】は、あえてその疑問には答えなかった。そして、【大淀】にとって最も重要な事柄である“提督からの辞令”を伝えることにした。
「大淀、お前は彼女たちと一緒に鎮守府に戻って第一艦隊に復帰だ」
「嫌です」
「拒否はできない。これは提督からの命令だ」
「……」
「私は秘書艦を降りて第二艦隊の指揮に集中する。今後はお前が秘書艦として提督を助けろ」
「それは正式な辞令ですか?」
「そうだよ。この作戦が始まる前から決まっていたことだ。ここ(トラック泊地)は、これから最前線になる。
立っていることに疲労を覚えた【長門】は、そばにあった椅子を引き寄せて座った。
「お前も座ってくれ。長話はできないが、これからのことを話す」
「はい」
【大淀】が海図を広げてあるテーブルの対面に座った。【長門】は彼女から指示棒を借りて、マーシャル諸島とサンタクルーズ諸島を示した
「ここもガダルカナルと同じだ。最低限の守備隊と電探を残して撤収する」
「なぜですか? トラックは後方基地だからこそ価値があると思います」
「最前線でも価値があるさ。深海戦艦にしてみたら、ここを落とさなければ先に進めないからね」
「あえてトラックを攻めさせると?」
「そうだよ。第二艦隊の目的は、ここを一年半守りきることだ」
「一年半ですか……大和さんたちとなにか関係が?」
さすがに頭が切れる。これならば提督も安心だ。そう思うと【長門】の頬も緩む。
「大和の改造終了と、武蔵、信濃の竣工は1944年6月だ。この三艦が我々の切り札になる」
「まさか……」
恐れ入った。わずかここまでの情報で提督の計画が見抜けるとは思わなかった。【長門】は興味津々に質問する。
「その「まさか」の先を聞かせてくれ」
「提督は【アトランタ】をとても興味深いとおっしゃっていました」
「ほう」
「軽巡なのに積んでいる砲は12.7mmの対空砲(両用砲)。しかも八基十六門も。それにすべて電探制御されている」
「信管のことは?」
「VT信管でしょうか?」
「そうだ。彼女たちはマジックヒューズと呼んでいたがね」
「……」
なかなか
「仮に、【アトランタ】級で輪形陣を組んだら、急降下爆撃や接近しての航空雷撃は自殺行為だと聞いたことがあります。それがヒントでしょうか?」
【長門】は、答えを言わないことにした。この頭の良い新しい秘書艦には、もう少し考えさせたほうが良さそうだ。しかし、追加のヒントは必要だろう。
「大和型は、超高速戦艦となる。そのために武蔵の竣工も延期された」
「……」
「三十三ノット以上、46cm砲も50口径に換装。副砲は廃止されてすべて両用砲に置き替えられ、機銃もボ式(ボフォース40mm機関砲)が追加装備される」
「そんな改造が一年半で可能でしょうか?」
「姉妹艦の建造と同時に大和の改造部材も準備されている。間に合わなければ我々は負ける。だからやるしかない」
【大淀】が首を傾げる。どうやら【長門】と同じ疑問を持った様子だ。
「どんなに艦娘のスキルを上げても、物量の差は
「深海棲艦の物量にも限界がある。このガダルカナルの消耗戦でそれが見えた」
「……航空兵力ですか?」
「そうだ。だから彼女たちには攻勢限界までここで消耗してもらう」
「……いったい、提督はなにをしようとしているのですか?」
【長門】は指示棒で鎮守府(呉)を示した。
「提督に直接聞いたほうがいい。お前が鎮守府に到着した時点で、秘書艦はお前になる」
「……分かりました。ただ、ひとつだけはっきりさせてください」
「……」
「この戦いに勝てますか?」
「ふふ……」
含み笑いをした【長門】を、不快そうに【大淀】が見ている。
「すまない。笑ったのには理由がある」
「理由?」
「そう、その答えを私は知っている。ただ、それを教えてくれたのは提督ではない」
「だれですか?」
「吹雪だよ」
「吹雪ちゃんですか?」
思い出すと己の馬鹿さ加減に呆れてしまう、それが笑ってしまった理由だ。
「私もお前と同じ質問をした。そうしたらな、吹雪はこう答えたのだ」
「……」
「それは聞くものではない。信じるものだってね」