5月も半ば、桜もすっかり散り、葉桜の綺麗な深緑が窓の外に見えた。夕日に照らされたそれは、とても美しく、改めて自分が現実の世界にいるのだということを実感させた。
机の上に置かれたワインレッドのシンプルな置時計にふと視線をやると、時刻はもうすぐ18時になろうとしているところだった。
「そろそろ時間か……」
開いた窓から入るまだ少し肌寒い風を頬に感じながら、少年は呟いた。
幼なじみ―高峰紅葉から連絡が来たのはつい先日のことだった。
『ねぇ、GGOって知ってる?』
数年振りの幼馴染との会話に花を咲かせ、懐かしいやり取りをいくらかしたあと、彼女はそのようなことを聞いてきた。そして一通り聞いたあと、彼女は少年を銃のバーチャルゲーム、GGOの世界へと誘ったのだ。
本音を言えば、VRの世界には二度と足を踏み入れたくなかった。単純にVR世界だけでなく、ほんの少し前まで流行っていたAR機能を使ったゲーム、オーディナル・スケールにすら、ほとんど触れることはなかった。
それでも再びVR世界へと足を踏み入れる覚悟を決めたのは、他でもない幼なじみのためであり、何より自分自身がその幼なじみに会いたかったからである。
「紅葉……」
勉強机の上に置いてある写真立てを手に取り、ベッドの上に座った。写真には、幼い頃に一緒に夏祭りに行った時に撮った二人の姿があった。二人ともそれぞれ親に着付けてもらった浴衣を着て、屋台で買ったりんご飴や綿菓子、光るおもちゃなどを持ち、頭の横にはそれぞれお面をつけていた。この写真を見るだけで、懐かしい記憶が機能のように思い浮かんでくる。
もう、何年も会っていない幼なじみ。彼女は変わってしまっただろうか、それとも昔と変わらないままの彼女でいるのだろうか。
そして何より、自分は変わらず彼女と接することができるだろうか。
「行くか……」
期待と不安が入り交じるなか、少年は無機質なヘルメット型のそれを手にした。もう二度と使うことはないだろうと思っていたそれは、初めて持った時よりもずっと重く感じた。本当ならば回収されるはずだったところを、少年は無理を承知で頼み込んで、どうにか手元に置いておくことができた。それは決して思い出の品だとかそういったきれいな理由ではない。少年にとってこれは、ある種の自戒のようなものだ。あの世界で起きたこと、であった人、そして何よりも、自分のしてきたことを忘れないための……。
少年はゆっくりとそれを頭にかぶり、ベッドへと横たわった。
すぅ……と少年はゆっくりと息を吸う。
そして……
「リンク・スタート!」
少年はGGOの世界へとダイブした。