「けど意外ねえー」
「何がですか?」
今日はツェリスカと二人で狩りをしていた。俺の目的はレベリング、彼女の目的は・・・・・・本人は否定しているが恐らくはストレスの発散だろう。たまに「クソ上司・・・・・・」と小声が漏れ聞こえるが、そっとしておくべきだろう。
シャロはツェリスカのアファシスであるデイジーと共にツェリスカの部屋で勉強をしてる。シャロ曰く「マスターをサポートするアファシスとしてのイロハをビシッと学んでくるのです!」とのことだ。
一通り周囲のエネミーを蹴散らすと、彼女が頬に手を当てながらきいてきたのだ。
「だってあなた、VR世界での実験とかあまり乗り気になりなさそうですものー」
「まあ、赤の他人の頼みなら聞くつもりはなかったんですけどね。リアルでお世話になっている人の紹介らしくって。まあ、それなら仕方ないかと。それに・・・・・・」
そこまで言ったところで俯いた彼女は小声で「まったく、あの人は何を考えているのかしら」と呟く。しかし、すぐにこちらに向き直ると誤魔化すように頭と手を振る。
「あー、ううん。なんでもないのよ。それで? 他にも理由があるの?」
「ええ。まあ。俺の友人の知り合いでもあったらしいんですけど。まあ、ただの知り合いってわけではなさそうなので、受けてみようかと」
「なるほどねー。ふーん」
何故かニヤニヤとするツェリスカ。
「そういうツェリスカは出ないんですか? イベント」
なんとなく居心地の悪さを感じた俺はなんとか話題を変えようとする。
「ええ。私は遠慮しておくわー。本当は気になることがあるから、できれば参加したいのだけれど、色々とねー」
「気になること?」
「ええ。実は・・・・・・」
※
「死銃を継ぐ者・・・・・・?」
桐ヶ谷和人は目の前に座る男、菊岡誠二郎に思わず訊き返す。
和人はまた例の如く、菊岡に喫茶店へと呼び出されていた。彼らの前には値段を聞くのも恐ろしい高級ケーキが二つ並んでいた。和人はそのケーキに手をつけることすら忘れ、菊岡の方をじっと見つめる。
「まあ、落ち着いて。そうと言ってもあくまでネットの書き込みだけだ。死銃事件の時のように誰か被害者がいるわけじゃない」
「じゃあ、なんでわざわざこんなところまで呼び出したんだ?」
「念には念をってところかな。一応、容疑者は一人まだ逃亡中だからね」
《死銃事件》のあと、容疑者の一人である《ジョニー・ブラック》こと金本敦は未だ逃亡中だ。確かにあの男がまた何かを仕掛けてくる可能性はゼロではない。だが・・・・・・。
「いくらなんでもリスクが高すぎないか? 他に新たな協力者がいたとしても、俺に直接ちょっかいをかけてくるならともかく、ネット名の書き込みだなんて・・・・・・ちなみにどんな内容だったんだ?」
「内容はこうだよ『私はまもなく、あの銃と硝煙の香る世界に降り立つ。そしてそこで私の認める《真の強者》と再開するだろう。そしてその時こそ、本当の物語が始まるのだ。私は死銃を継ぐ者。共に踊ろう。It's show time!』。まあ、この《真の強者》っていうのは十中八九君のことだろうけどね。キリト君」
「そうとは限らないだろ。俺はそんな大層な呼び方される覚えはないし、強いプレイヤーなら他にもいくらでもいる」
「もちろんそうけど、それでもラフコフのメンバーにそんな風に目をつけられるのなんて、君くらいなものだろう?」
「・・・・・・」
――確かにラフコフ、ジョニー・ブラックに目をつけられるとすれば俺くらいか・・・・・・
和人はコーヒーに少し口をつけると考え込む。和人はジョニー・ブラック、金本敦について詳しいわけではない。しかし文面からして金本本人が書いたものとはなんとなく思えなかった。それは単なる勘でしかないが、これは違うと本能が告げていた。
だとすればやはりただの愉快犯か、あるいは金本に新たな共犯者ができてそいつが書き込んだのか。ならばその共犯者の正体は・・・・・・。
「そこで君にお願いがあるんだ」
菊岡の言葉に、思考の渦へと飲み込まれていた和人の心は現実へと引き戻される。
「また前みたいにBoBに出ろって言うのか?」
「いや、BoBじゃない。が、似たようなイベントに出てほしい。このイベントなんだけどね」
菊岡がそう言って見せてきたタブレットの画面には、GGOのホームページが映っていた。そこには以前、ガイアが連れてきたセブンという少女が協力を求めてきたイベントだった。
「このイベントのことなら知ってるよ。前に誘われて断った。けどこれ、集団戦だろ? 言っておくが、俺の仲間たちを巻き込むつもりはないぞ」
「わかってるよ。その点については心配しなくていい。第一回のBoBである自衛隊のチームが訓練として参加したことがある。彼らと組んで参加してほしい。もちろんダイブするのは前の時と同じ病院でしてもらう」
「は!? 自衛隊のチーム⁉︎ 嫌だよそんなの! 俺は基本ソロなんだぞ!」
和人は思わず立ち上がってしまう。すると近くの席のご婦人の咳払いが聞こえてくる。すぐに頭を下げて席に座る。
「もちろんそのことだって承知済みだ。だからあくまで組むのはイベントに参加するためで、イベントが始まれば君には別行動をとってもらって構わない。どうだい? 協力してくれるかい?」
ただのネットの書き込み。だが和人にはただの悪戯だとは思えなかった。きっとまた、大きな事件が起きる。だが、そこに自分は行くべきなのかという疑問も同時に湧いてきた。
けれども和人は覚悟を決めて答えた。
「わかった。引き受けるよ」
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