「ねえねえ伊黒くん」
話しかけられて、伊黒はスマホをタップする手を止めた。ギラギラと輝くカードをそのままに顔を向けると、顔見知り程度の女子が、同じようにスマホを片手に立っていた。校則で禁止されているはずのラメ入りリップを乗せた唇が弧を描いている。
「富岡さんのライン知ってたら教えてくれない?」
「……何故それを俺に聞く」
富岡義勇は確かに伊黒のクラスメイトではあるが、別段仲が良いわけではない。それどころか、むしろ嫌っているくらいだ。普段から会話も避けているというのに、連絡先など知るわけもないのだが。
「伊黒くんなら知ってると思って」
だから、何故そう思ったんだ。お前の目は節穴か。伊黒は心外に思った。無視してやろうかと思ったが、それではいつまでも居座られそうだったので、渋々ながら答えてやった。
「悪いが知らない。本人に聞いてくれ」
「えー、富岡さん無口で怖いんだもん」
知るか。そしてそれはつまり、俺は舐められているということか。伊黒はやや機嫌を損ねたが、幸か不幸か常人より感情が表に出ない性質であったため、気づかれることはなかった。
ねえ本当に知らないの電話番号くらい知ってるでしょねえねえ、としばらく煩く纏わりつかれたが、知らないわからない本人に聞け、と繰り返すとやがて諦めたようで、彼女は背後で待機していた友人らに戦果がないことを報告しに去っていった。伊黒はそっと溜息を吐く。
何となしに目を向けた窓の外では、体操服姿の生徒の群れが昇降口からぞろぞろと校庭に吐き出されていた。彼らの羽織るジャージのストライプ、その色をみて、は、と気づく。今日の三限、二年生は体育ではないか。迂闊だった。伊黒はすぐさま、群れの中へ視線を走らせつ。
──いた。
伊黒がその姿を見つけるまで、三秒とかからなかった。まだ肌寒い頃合だというのに、半袖と短パンからすらりと白い手足を伸ばす、いとけない姿。
伊黒はチャットアプリを立ち上げて、『甘露寺』のトークルームを開く。彼女に向けてメッセージを入力した。体育お疲れさま。今日は寒いから、風邪には気をつけるように。彼女は真面目だから、授業中に携帯を開くような真似はしない。このメッセージを見るのは、次の休憩時間のはずだ。
始業のチャイムが鳴ったので、伊黒はスマホの画面を落とした。教師の挨拶を聞き流し、頬杖をついて外を眺め、彼女の姿を追いかけた。
長い三つ編みを揺らして、春色の猫がグラウンドを駆けていく。