甘露寺は、鬼殺隊の個性豊かな面々の中にあってさえ、いささか異端な存在だ。伊黒は彼女の笑い声を聞き、花の綻んだような笑顔を見るたびに、ぼんやりとそのようなことを思う。夜に生き鬼を殺す、ただそれだけのために存在する鬼狩りの生き方は、決して穏当なものではない。誰も彼もが陰鬱な怨念を身の内に抱き、どろどろと渦巻く鬼への憎悪に命を捧げる。伊黒らが守るべき一般人より、狂人と糾弾されたとて、まあ、否定はできないだろう、と伊黒は思っている。それは単なる事実である。憎しみは力となり力は身体に満ち満ちて鬼を滅する。我らはそのような生き物であると、伊黒は鬼を殺すようになってからずっと、当たり前のように考えていた。
しかし彼女ばかりは違う。彼女は鬼殺隊に身を置き夜に生きる身でありながら、どこまでも朗らかなのであった。
「私ね、添い遂げるべき殿方を見つけるために鬼殺隊に入ったの」
そう語る彼女のきらきらとした瞳、ふっくらと色づいた頬、弾けんばかりの笑顔に、伊黒は眩暈さえ感じたのだ。あまりに愛らしい。あまりに眩しい。あまりに、あまりに──あたたかい。彼女の声はさながら春の陽だまりのごとく伊黒を包み、心の臓を鷲掴みにした。手のひらに食い込んだ鏑丸の牙の痛みすら忘れ去るような衝撃だった。
甘露寺のやわらかくしなる刀が、月の光を反射して煌めく。複数の鬼の頸がひとときの間に離れ、やがて塵と化していくのを、伊黒は木の影より見つめていた。助けが必要であるならばすぐさま飛び出すことができるよう、周囲を把握するよう努めていたが、あの様子を見る限りでは、今宵、伊黒の出番はなさそうである。
柱たる伊黒がこの場にいるのは、甘露寺の実力をこの目で見極めるためであった。彼女は現在、引退のために空いた柱のひと席に座すべき存在であると見做されている。彼女の実力は申し分ない。積み重ねた功績によって階級は問題なく、鬼の討伐数も条件を満たしている。しかし柱になるにはそれだけでは足りないと、お館様は懸念しておられる。その意味を、伊黒は痛いほど、知っている。
柱になるということは、修羅の道を歩むことと同義である。柱となれば、その命はもはや己のものではなく、すべて鬼を狩るために費やされる。ただ、ただ、鬼を殺す、鬼を滅する、そのためだけに生きる、そうした覚悟がなければ、柱は到底務まらぬ。
それは果たして彼女に課して良いさだめであるのか。
甘露寺が実力をつけるに従い、伊黒の心にはそうした不安が常に付き纏うようになっていった。そして伊黒の心境など、お館様はすべてお見通しであったのだろう。ゆえにお館様は、他ならぬ伊黒にこの任務を命じた。誰よりも蜜璃のことを大切に思っているきみにこそ頼みたいと、お館様は慈愛に満ちた声で告げた。
伊黒は深々と
桜色のおさげが夜風に揺れる。ときどき聞こえる甘露寺の悲鳴に身構えるが、彼女が悲鳴をあげたときには既に鬼の首は飛んでいる。あざやかで、しなやかな、ねこのように、彼女は夜を跳ねまわる。
──彼女を、守ってやりたいと思う心が、伊黒にはある。柱になどならないでほしい。なんなら隊を辞めたっていいとすら思っている。彼女の陽だまりのような笑顔を失いたくない、修羅の道など歩ませたくないと、胸の隅では望んでいる。
けれども、それはまったく身勝手な自我であるので、これまでも、これからも、間違っても口にすることはない。
ないのだ。
甘露寺が鬼を討つ。塵が舞う。鋭い爪を身を仰け反らせて躱し、返す刃で鬼を斬る。判断が甘いところは多々見受けられはするが、ああ、柱として遜色のない動きであると、伊黒は判断する。お館様にはそのように進言しよう。鏑丸が伊黒の顔を覗き込み、ちろり、と舌を出した。
「ああっ」
甘露寺が、歓声をあげた。悲鳴を上げる鬼はもういなかった。彼女が見上げた空は気づけばすっかり白んでおり、東より出ずる太陽が、雲をまばゆく彩って輝いている。
「朝だわ!」
大きく腕を広げ、黎明を迎える甘露寺は、朝焼けよりもずっと美しく、伊黒の目に映った。