私の前で、口元の覆いをほんのすこしだけ緩めて、伊黒さんがご飯を食べている。
小ぶりの丼によそわれた素うどんを啜る。柱の中でも小食の伊黒さんは、私よりずっと少ない量を、じっくりと時間をかけて食べるのだ。私が三玉のうどんを平らげるころ、伊黒さんはまた一玉の半分を丁寧に食べている。私は大食らいだから、伊黒さんの前でこんなにたくさんのご飯を食べることが、なんだか恥ずかしくなってしまうこともあるのだけど。
「……甘露寺。どうかしたか?」
「えっ」
伊黒さんと視線が合って、私は慌ててしまった。そうよね。食事しているところを、まじまじと見つめるのは失礼よね。
「ごめんなさい、なんでもないの」
「そうか?」
伊黒さんの気遣わしげな眼差しが心苦しい。どうしよう。このまま誤魔化したら、余計に心配をかけてしまうかも。恥ずかしいけれど、隠したらもっと失礼になってしまう。私は正直に伝えて、謝ることにした。
「本当になんでもないの。伊黒さんは、丁寧にごはんを食べるのねって思って……見つめてしまって、ごめんなさい」
気分を悪くしたかしら。おそるおそる伊黒さんをうかがう。
「蛇は」
伊黒さんは、切れ長の瞳をほんのわずかに彷徨わせてから、ぽつん、と呟くように言った。
「消化に時間がかかるんだ」
それがあんまり儚げな様子だったから、私の胸はきゅんと高鳴った。
伊黒さんの首元で、鏑丸がちろちろと舌を出す。
「だからゆっくり食べる。食材を味わっていると、心なしか腹持ちも良い」
「そうだったのね」
丁寧に、時間をかけて、ひとつひとつの味を噛み締めるようにして、大切に。
「伊黒さんは、いのちを食べているのね」
なんて誠実な食べ方だろう、と思った。私は、どうしても空腹が先に立ってしまって、もちろん味わっていないわけではないし、美味しくいただいているけれど、伊黒さんのようにゆっくり食べることはできない。それを恥じらうと同時に、とくんとくんと胸がときめく。
伊黒さんは、面食らったように目を瞠って、それからなんだかすこし、狼狽えたようだった。鏑丸と顔を見合わせて、焦ったみたいにお茶を啜って、それから。
「冗談だ」
と言ってから、店員さんに声をかけた。団子を五十本。
「甘露寺は、もっと食べるだろう」
伊黒さんの視線が、私の前に積み重なる、空っぽの丼たちを見た。
私ってば。恥ずかしくて、顔が熱くなる。
頼んでいたご飯を、もうぜんぶ平らげていたことに、いまようやく気がついた。