ただの凡夫が英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:たぬえもん

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村正を引いてからモチベーションがどうにも上がらないので、もう1つの小説とは別に小説を上げることにしました。
筆が乗ればもう1つの小説も書き上げていくつもりなので、皆様どうか長い目で応援して頂けると幸いです。





第1話

 子供の頃からずっと物語に出てくるような英雄に憧れていた。

 

 英雄達が悪い竜や魔法使いをやっつけて、人々を救ってハッピーエンド。

 ありきたりで古典的。人によってはつまらないとさえ感じてしまう物語が俺はずっと好きだった。

 

 自分を主人公に置き換えて、物語に沿って立ち塞がる強敵達や数々の試練を乗り越えていく姿を想像する。たったそれだけのことでとにかく心が踊った。

 どんなに辛くても、どんなに苦しくても、ただ前を向いてしっかりと自分の両足で立って進んでいく主人公(えいゆう)。そんなカッコイイ人物になりたいとずっと夢見ていた。

 

 俺もいつか必ず英雄と呼ばれる男になりたい。その夢を叶えるために子供の頃から強くなる努力を続けてきた。

 英雄は基本的に強い。心だけじゃなく、戦うために身体を極限まで鍛え上げている。

 弱い英雄なんてそんなのは英雄とは呼ばない。そう思ったからこそ俺は努力して、努力して、努力して……身も心も擦り切れそうになる程に努力した。

 

 ───けれど、そんな俺を嘲笑うかのように現実はとても非情だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウルッ!!」

 

 怒鳴りつけるかのように俺の名を呼ぶ誰かの声。それを耳にした直後、世界が大きく回転した。

 ドンッと強い衝撃が右からやってきたかと思えば、俺の身体はいつの間にか宙を舞っており俺がさっきまで居た所には山羊のようにねじれ曲がった二本の大角が生え、首から上には膨れ上がった馬面とでもいうべき醜悪な顔面をした怪物───『フォモール』が立っていた。

 

 あぁ、俺はアイツにぶっ飛ばされたのか。他人事のようにそう感じていると、俺の身体は背中から地面へとぶつかった。

 再びの衝撃と共にグルグルと回っていた世界はようやく収まったが、このまま地面に倒れていては危険だと告げてくる本能の警鐘に従って俺は急いで立ち上がろうとする……が。

 

「あ、があぁああああああああああああああああ!!??」

 

 右半身から伝わる激痛。まるで熱した鉄で炙られているかのような激しい痛みに思わず絶叫する。

 見れば右腕は完全にあらぬ方向へと折れ曲がっており、足は一見無事そうに見えるが恐らく骨にヒビが入っていることだろう。

 肋骨も折れ、身動き1つどころか呼吸するだけでさえ激痛が走るこんな状態では動くことなんてまともに不可能だ。

 下手に動けば骨が内蔵に突き刺さって死ぬ確率が高くなる。だが、それでも動かねばならない。

 

『グオオオオオオオオオオオ────!!』

「チィッ!?」

 

 霞む視界の隅にこちらへと向かって雄叫びを上げながら突進してくるフォモールの姿を捉え、俺は強く舌打ちをしながら激痛の走る身体に鞭を打って左手で腰にぶら下げていたポーチから回復薬(ポーション)を取り出そうとしたが……中には割れた瓶と漏れた液体しか入っていなかった。

 

「はは、嘘でしょ……?」

 

 さっきぶっ飛ばされた時か、それとも地面にぶつかった時に割れたのかは分からないが、回復する手立てが無い事実に思わずそんな台詞が口から出た。

 移動は困難。回復手段は皆無。このクソッタレな状況にこっちが軽く絶望してようがフォモールにとっては絶好のチャンス。

 真っ赤に染った瞳をギラギラと輝かせて、確実に俺を殺そうと迫りつつある。

 

「マジっすか……!!」

 

 このままでは間違いなく死ぬ。そう確信が持てるからこそ、俺は少しでも生を手繰り寄せるべく身体になけなしの力を込める。

 

「ぐっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 痛みはより大きくなり、少しでも気を抜けば気絶してしまいそうだ。

 けれど、今ここで気を失ってしまえば待っているのは死だ。だからこそ俺は生きるために意識を手繰り寄せ、身体中を駆け巡る激痛を気合いで押さえ込んで立ち上がった。

 

「武器は……!?」

 

 周囲を見渡すが使えそうな武器はすぐ近くには何も無い。あるとしても石ころぐらいだ。

 

「無いよりはマシっす……!」

 

 足元に転がっていた大きめの石ころを拾い、フォモールへと向き構える。

 モンスターを相手に石ころなんて何の役にも立たないのは目に見えているが、素手で挑むよりかは遥かにマシだった。

 

「はぁ……はぁ……すぅ……ふぅ……」

 

 荒くなった呼吸を整え、意識を眼前へと集中する。

 刻一刻と迫りつつある死の気配を感じ取り、身体が恐怖で震え、逃げたくなる心が無意識の内に足を動かそうとするのを奥歯を強く噛み締めて押さえつける。

 こんな身体では逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。ただでさえ少ない体力を無駄に使うなんて論外。ならば活路は後ろではなく前にある。

 

 それに何より、ここで恐怖に屈して逃げ出したら英雄になるなんて夢のまた夢だから───

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおお────ー!!」

 

 痛む身体に気合いの喝を入れ、俺はフォモールへと突貫する。

 

 地面を1歩踏みしめる度に激痛が俺の身体を蝕むが、それでも前へとがむしゃらに突き進む。

 フォモールとの距離があっという間に縮み、近くなったことで見えたフォモールの顔には残虐な笑みが浮かんでいた。

『弱った獲物が自ら死にに飛び込んできた』と、フォモールの心境を察するならば恐らくこんなことを考えているのだろう。

 だが、侮るなよ化け物。俺には自殺願望なんて毛頭ないし、こんな所で死ぬつもりも無い。

 

『グルアアアアアアアアアアアアアアア────!!』

「あああああああああああああああああ────!!」

 

 フォモールが腕を振りかぶり、俺は石ころを持った左手を前へと突き出す。

 狙うはモンスターの急所。『魔石』のある心臓部分を穿つべく、届けと祈りながら渾身の力を込め───

 

「ラウルッ!!」

 

 再び聞こえてきた俺の名を呼ぶ声。それが誰の声かと理解するよりも早く、目の前に居たフォモールの頭部が水風船のように弾け飛んだ。

 

「な……!?」

 

 頭部を失ったフォモールは身体を1度ビクンと震わすと、姿を魔石へと変化させた。

 俺の攻撃がフォモールを倒した訳じゃない。そもそも俺が攻撃する前に突然フォモールが死んだのだから、俺は何が起きたのか全く理解することが出来ず、コロンと地面に転がった魔石を呆然と見つめるしかなかった。

 

「オイ」

 

 すぐ近くから声が聞こえ、咄嗟に声の聞こえてきた方へと目を向ければ、そこには不機嫌そうな表情をした灰色の毛並みの狼人の男性───ベート・ローガがいつの間にか立っていた。

 

「ベート、さん」

「あんなクソ雑魚を相手に死にかけてんじゃねェよ」

 

 鋭い目付きで俺を睨み、今にも殺すと言わんばかりに殺気立っているベートさんに、俺は先程のフォモールよりも恐怖を強く感じた。

 あんな化け物よりも1人の人物の方が怖いというのはおかしい話かもしれないが、その人物が化け物を超える化け物だったら話は別だ。

 なにせベートさんはLv.5の冒険者。姿は普通の狼人と変わらなくとも、その中身は素手で大岩を砕ける程の怪物なのだから。

 

「ラウル!!」

 

 ベートさんの立っている奥の方から、黒髪の猫人の女性──── 同期のアキが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫!? まだ意識ある!?」

「あぁ……なんとかっすけどね」

 

 本当はすぐにでも意識が飛びかけているけれど、彼女の前では見栄を張りたくて俺は無事な左手で親指を上に向けてサムズアップするが、情けないことに力が入らなくて中途半端な形になってしまった。

 

「死にかけてる時にそんな見栄張ってるんじゃないわよ!? 待ってて、今回復薬(ポーション)を───」

「オイ、ラウル。口開け」

「もがっ!?」

 

 怒鳴りつつも自分のポーチから回復薬(ポーション)を取り出そうとするアキを押し退け、ベートさんはいつの間にか持っていた回復薬(ポーション)の瓶を俺の口に押し当て、強引に中身を流し込んできた。

 

「んぐっ、げほっ! ごほっ!」

「これで少しはマシに動けるようになっただろ」

 

 回復薬(ポーション)を飲み終え瓶から口を離して噎せる俺を他所に、俺の身体はベートさんの言う通り痛みが少しは引いたことでなんとか動かしても問題無い程度にはなった。

 

「ネコ女、コイツを連れて本陣まで下がれ。雑魚のクセにこんな所に居られたら戦いの邪魔だ」

「ネコおッ……!?」

 

 名前ではなくネコ女と呼ばれたことに対してアキは一瞬顔を顰めたが、状況が状況なだけにすぐに意識を切り替えてベートさんの指示を受け入れた。

 

「待ってくださいっす! 自分はまだ……!!」

 

 自分はまだ戦える。そう告げようとして、ベートさんは俺を見て鼻で笑った。

 

「いいからスっこんでろ。力のねぇ雑魚の分際で、戦場(ココ)に立つんじゃねぇ」

「っ……!」

 

 ベートさんのその言葉に、俺は何も言い返せなかった。その通りだと思ってしまったからだ。

 俺はベートさんに比べて確かに弱い。Lvの差やステイタスの差は勿論だが、何より彼は一流の冒険者(・・・・・・)だ。俺のような二流よりも遥かな高みに立っている。

 そんな実力者からすれば、俺のようなやつが戦場に立っていること自体おかしいのだろう。だが、それでも……!! 

 

「自分は……いや、俺は!!」

「ラウル!」

 

 ベートさんに食い下がろうとする俺を呼び止め、アキは俺の左手をそっと掴んだ。

 

「戻りましょう? あなたの気持ちは痛いほど分かるけど、そんな身体じゃ戦えないわ」

「アキ……だけど!」

「いい加減にして! 死んだらそこで終わりなのよ!?」

「────」

 

 アキの言葉に思わず息を飲み、ハッとさせられた。

 死んだらそこで終わり。俺はついさっきそのことを身をもって体験したというのに、頭の片隅で自分は『違う』と思っていた。

 

 ───こんな所では死ねない。死なない(・・・・)。俺は必ず生き残る。だってそうじゃなきゃ夢を叶えることが出来ないから。

 

 無意識の内にそう思っていた自分の思考に対し、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。

 死を恐れないのと死を知らないのでは意味が違う。その認識の違いは戦いにおいて最も重要な要素となる。

 俺は無意識の内に死を軽く見ていたのだろう。死を軽く見た人物ほど早く死ぬというのに、俺はすっかりそのことを忘れてしまっていた。

 

「……分かったっす。本陣に戻るっすよ」

「えぇ、手を貸すわ」

 

 このままここに居てもベートさんの邪魔になるだけ。傷も深い以上、すぐに治療をしないと手遅れになる可能性もある。

 現状を理解し、戦場に残るのは得策ではないと理性で受け入れた俺はアキの手を借りて本陣へと戻ることにした。

 

 ……だが、感情は別だ。

 

「ちくしょう……!」

 

 俺に力があればもっと戦えるのに……自分の力の無さに激しい悔しさを感じ、俺は隣に居るアキには聞こえないように小さく呟いた。

 

「…………」

 

 本陣へと戻っていく俺達の後ろ姿を、ずっと無言のままベートさんは見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンジョン遠征みんなごくろうさん!! 今日は宴や! たらふく飲めぇ!!」

 

 乾杯────!! と、何処からも聞こえてくる賑やかな声に釣られ、俺も持っていた杯を大きく持ち上げた。

 

「いやぁ、今回の遠征でラウルさんってば気付いたら重傷を負ってたんだからめっちゃビックリしましたよ」

「ほんとよねー! 万能薬(エリクサー)のおかげで何とかなったからいいものの、あのままだったら死んでもおかしくなかったんだからね!?」

「本当、ラウルってばたまにやらかすよな。この前の換金ちょろまかし事件とかさ」

「反省してるのでもう勘弁してほしいっす……!!」

 

 仲間達から詰められ、立つ瀬が無い俺は身を縮こませるしかなかった。

 長かったダンジョン遠征が終わり、地上へと戻ってきた俺達は手に入れたドロップ品やアイテムを換金して身体を休めた後、豊穣の女主人という酒場に来ていた。

 これは遠征が終わった後のロキ・ファミリアの恒例行事であり、主神であるロキと留守番を任せていた人達を含めて皆で酒や飯をたらふく食べるのだ。

 

「というか、最近のラウルってばなんか危なくない? この前の遠征の時も1人で複数のモンスターと戦ってなかった?」

「あの時は何人かが怪我をして、陣を整えるためにラウルさんが1人で囮になったんだよな。まぁ、指揮官が自ら囮になるなんて聞いたことないけどさ」

「次期団長候補様はそこんところしっかり理解してるのかぁ〜?」

「あはは……あ、おかわりもらってくるっす!」

 

 酒が入ったせいでテンションが上がり始めてきた仲間達の追求から逃れるべく、俺は空になった杯を持ってこの場を離れようとする。

 だが、いざ俺が立ち上がろうとした瞬間、肩に誰かの手が置かれ、立ち上がろうにも肩から先がビクともしないぐらいに力強く押さえつけられていた。

 

「ア、アキ……?」

 

 視線を上へと向けてみれば、そこに立っていたのはアキだった。

 ただ様子がおかしく、いつもなら太陽のようなハツラツとした笑みを浮かべたりしているのだが、今のアキはずっと無表情のままでしかも無言なのだ。

 何かヤバい。何か分からないがこのままこの場に居ると確実にヤバいことが起きる。

 そう確信した俺はこの場を離れる為にアキに声をかけようとするが、それよりも早くアキが小さく何かを呟いた。

 

「え? ごめんアキ、よく聞こえなかったっす。もう1度大きな声で───」

「ラウルは何も分かってない!!」

 

 先程とは打って変わり、今度はかなり大きな声をすぐ近くから出されたことで、耳の中でアキの声がキーンと鳴り響き一瞬俺は耳が潰れたのかと錯覚してしまった。

 

「1人でモンスターと戦うとかバカじゃないの!? 団長に稽古をつけてもらって強くなったつもり!? 自惚れてんじゃないわよ!! あなたは英雄なんかじゃないでしょ!? 私達の指揮官なんだからしっかりしなさい!! それに、もし仮にラウルが死んだら私達の指揮を執るのは誰がやるのよ!? あなたの行動1つ1つに私達の命までかかってんのちゃんと分かってるの!? 分かってるなら返事!!」

「は、はいっす!!」

「返事だけは一丁前にしてんじゃないわよ!! そもそも───」

 

 突然始まった説教に、さっきまで詰め寄っていた仲間達は素知らぬ顔をしながらこの場から離れていき、アキの大声に何事かとこちらを見ていた者達は『またか』と言わんばかりに呆れた目をこちらへと向けてきた。

 

「あーあ、また始まったなアキの説教。アイツ酒飲ますと急に説教し出すからなァ」

「しかもそれで酔いも回りやすい体質だからな。少し飲ませただけですぐにあの様子だ」

「まぁ、ラウルが居る時はアイツが囮になってくれるから安心出来るし、あの夫婦漫才を見れるからガンガン飲ませるんだがな」

「「ちげーねぇや! ハハハ!!」」

 

 アキに酒を飲ませたであろう主犯達の声を聞き、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ている数人を見つけ、後で必ず仕返しすることを決意する。

 だが、それはあくまで後だ。今はそれよりもアキをどうにかしなければ。

 

「アキ、そろそろ水を飲んで落ち着くっす。そんなに叫んでたら喉を痛めちゃうっすよ?」

「誰のせいだと思ってんのよ!!」

「あはは……」

 

 そう言いつつも俺が注いだ水の入ったコップを奪い取るようにして持つと、アキは一気に口へと運び中身を飲み干した。

 

「大体、なんでラウルってばそんなに1人で戦おうとするの?」

「なんでって……」

 

 唐突なアキのその質問に、俺はどう返すべきか言葉を迷う。

 ここで正直に『英雄になりたいから』と返したところで、聞き耳を立てている周りの連中に笑われるのは目に見えている。

 それはどことなく恥ずかしく思えたし、夢をバカにされるのも嫌だったから。

 

「うーん……なんとなく、かな?」

「はぁ?」

 

 はぐらかすように答えると、アキは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべ、目を鋭くして俺を睨みつけてきた。

 

「なんとなくってどういうことよ?」

「なんとなくは、なんとなくっす」

 

 俺にまともに答える気が無いと察したのだろう。目をさらに鋭く尖らせたアキの眼光はさながらライガーファングのようだ。

 

「……どうしても言うつもりは無いってことね?」

「…………」

 

 まるでモンスターを前にした時のような緊張感が俺の身を包みこむ。

 正直に言って今のアキはフォモールよりも威圧感を感じたが、それでも俺は無言を貫く。

 無言で見つめ合う俺とアキ。周囲も固唾を飲んで見守っている中、先に折れたのはアキだった。

 

「はぁ……いいわ。聞かないでおいてあげる。こういう時のあなたは絶対に自分の意志を曲げないものね」

「いやぁ〜、ありがとうっす」

「褒めてないわよバカ」

 

 深くため息を吐きながら苦笑を浮かべるアキの様子はいつものものへと戻っており、俺は安堵の息を吐いた。

 

「酒ばっかり飲んでお腹が空いてるから、何か美味しい物が食べたいわ」

「了解、取ってくるっすよ!」

 

 食べ物を取ってくる代わりにもう聞かないということだろう。俺は言外に含められた言葉を察し、席を立つ。

 

「あ、ラウルさん! ついでに私達のもお願いしまーす!!」

「こっちは酒もー!!」

「なるはやで頼みまーす!!」

「う、うっす……」

 

 ここぞとばかりに俺に注文を投げつけてくる仲間達を恨めしく思うも、ここで断ってしまえばアキにあることないこと吹き込んで再び説教をさせようとしてくるのが目に見えていたので、俺は渋々従うしか無かった。

 そして、暫くの間俺は仲間達と一緒に酒を飲み飯を食べながら時にこれまで行ってきた冒険を思い返し、時に給仕代わりとして馬車馬の如く働かされ、時に酒を飲まされ再び説教マシンと化したアキに詰め寄られ……兎にも角にも面白おかしく宴を楽しんでいた時だった。

 

「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 騒がしい酒場の中でおいてもなお、大きく響き渡ったその声にこの場に居た全員が目と耳を向けた。

 全員の視界の中心に居たのはベートさんだ。そして彼のその目の前には人形のように美しい顔立ちをした金髪の少女───アイズ・ヴァレンシュタインが座っていた。

 

「……何の話ですか?」

「あれだって! 帰る途中で逃がしたミノタウロス、最後の1匹お前が5層で始末しただろ!? そんでほれ、あん時居たトマト野郎の!」

 

 明らかに酔っ払った様子で突っかかってくるベートさんにアイズさんは微かに眉をひそめて嫌そうな表情を浮かべていたが、皆それよりもベートさんの話の方に興味を持っていた。

 

「ミノタウロスって17層で返り討ちにしたら逃げたやつ?」

「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよ。オレ達が泡食って追いかけていったやつ!」

 

 此度の遠征で起きたアクシデントの1つであるミノタウロス逃走事件。

 まさかモンスターが冒険者を前にして逃げ出すとは思ってもおらず、ロキ・ファミリアはメンバー総出でミノタウロスを狩り尽くしたが、遠征帰りの疲れた状態での狩りは非常にキツかった。

 その時のことをみんな思い出したのだろう。俺を含めた何人かの仲間達が疲れた表情を浮かべていた。

 

「それでよ、居たんだよ。いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が! 兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震え上がっちまってやんの!!」

 

 ベートさんの話を聞き、思わずその場面を想像する。

 駆け出しで第5層に居たとなると恐らくLvは1。ミノタウロスを相手にするなら最低でもLvは2必要。

 Lv.1でミノタウロスに挑むなんてハッキリ言って自殺行為でしかない。罠やら武器やら使ってもいいならやりようはあるが、駆け出しの冒険者がそんなのを持っている筈が無い。

 結論として、身一つでミノタウロスと遭遇してしまったその駆け出し冒険者は非常に運がなかったと言えた。

 

「ふむぅ? それでその冒険者どうなったん? 助かったん?」

「アイズが間一髪でミノタウロスを細切れにしてやったんだけどよぉ、そいつ……あのくっせー牛の血を全身に浴びて真っ赤なトマトになっちまったんだよ!!」

 

 卓をバンバンと叩き、腹を抱えて笑うベートさんに俺は眉を顰める。

 見れば何人かは面白そうに笑っているが、俺には全く面白く思えず笑えなかった。

 だって、それは1人の冒険者に対して俺達が迷惑をかけてしまったことを赤裸々に、しかも大声で告白してるようなものだと思えたから。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぷくくっ! うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんのおっ!!」

 

 ベートさんのその言葉で、酒場は笑いに包まれた。

 誰も彼もが面白そうに笑っており、あのアキでさえクスクスと微かに笑っていた。

 冒険者になってもう何年と経つが、未だにこういったノリにだけは着いていけない。

 まるで弱い者いじめみたいでダサく思えたから、俺はベートさんの話から興味を逸らし酒を飲むことにした。

 ベートさんもみんなも酒のせいで普段は言わないようなことを言ってしまっているだけだ。少しすれば元に戻るだろう。

 そう思ったからこそ、俺はベートさんの話を聞き流しながら酒を飲みチビチビと美味い料理を食べていたのだが。

 

「あのガキとオレ、番にするならどっちがいい?」

 

 聞こえてきたその言葉に、俺は飲んでいた酒を吹き漏らしかけた。

 まさかあのベートさんがアイズさんにそんなことを言うとは。普段からアイズさんの興味を引こうとあの手この手を使うも、全部遠回しすぎて全くアイズさんに通用せず、その度に落ち込むぐらいにアイズさんのことが大好きなあのベートさんが!! 

 

「ほらアイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちにめちゃくちゃにされてぇんだ?」

 

 げに恐ろしきは酒の魔力か、それともアイズさんへの好意を拗らせたベートさんのヘタレ具合か。

 ともかく、好きな相手に対して下ネタを含めた話をぶっ込んでしまえば、女性からしたら不快以外の何ものでもなく。

 

「私はそんなことを言うベートさんとだけはごめんです」

 

 キッパリとアイズさんに当然の如く断られ、ベートさんは一瞬ポカンと口を開き呆然とした表情を浮かべた。

 その表情の方が先程の話よりも何倍も面白く、俺は漏れそうになる笑い声を押さえつけるのに苦心する。

 今ここで笑ったら確実に後でベートさんにボコボコにされる。その予感があったからこそ、何とか笑わないように必死だった。

 

「じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの抜かされたら受け入れるってのか?」

 

 そこでやめておけばいいものを、さらに地雷原へと突っ込んでいくベートさんには呆れを通り越してもはや尊敬の念さえ感じてしまう。

 冒険者としての実力ならずっと前から尊敬していたが、こんなことで尊敬したくはなかった瞬間である。

 このままでは確実に腹が笑い死ぬ。どうにかして落ち着くために、俺は水を飲もうとして───

 

「そんな筈ねぇよなぁ。気持ちだけが空回りしてる軟弱野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねぇ」

 

 続くその言葉に、俺の笑いは一瞬で引っ込んだ。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの名は『剣姫』の二つ名と共にこのオラリオにおいて広く知られている。

 その容姿は然ることながら、冒険者の中でも上位にランクインすることから、彼女は新しい英雄として皆から期待されている。

 そんな彼女の隣に弱者が立つなど確かに想像出来ないことだ。何かの間違いだと疑われることだろう。

 だが、言い換えればそれは即ち、彼女やその先達に生きる英雄達の隣に肩を並べて立つには強者であることが必須であり───

 

「雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

『弱いお前では英雄に釣り合わない』と、そう言われたも同然の言葉に、俺は暫く呆然とするしかなかった。

 知らない少年が店を飛び出し、アイズさんがその後を追いかけて飛び出して行き、場の空気が白けたことで宴が解散となっていくのを見ていたが、そんなことはどうでもよかった。

 

『力のねぇ雑魚の分際で、戦場(ココ)に立つんじゃねぇ』

 

 遠征中に言われたベートさんの言葉を思い出す。

 

『自惚れてんじゃないわよ!! あなたは英雄なんかじゃないでしょ!?』

 

 説教されていた時に言われたアキの言葉を思い出す。

 

 そして───

 

凡才弱者の自分(ラウル・ノールド)では英雄にはなれない』

 

 心の内から聞こえた自分のその言葉に……ポキリと。何かが折れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、空いてるよ」

「失礼します!」

 

 遠征から帰ってきた後日、俺は拠点(ホーム)である《黄昏の館》の団長室へと来ていた。

 

「珍しいね。いつも遠征から帰ってきたら一日中グーダラ寝てるラウルがここに来るなんて」

「うっ……そ、それは英気を養うためっす!」

「ははは! 冗談だよ。冒険者(ぼくたち)にとって休養も重要だからね」

 

 そう言って茶目っ気のある笑顔を浮かべるロキ・ファミリアの団長ことフィン・ディムナ。

 小人族でありながら『勇者』の二つ名を持つ彼は間違いなくこの時代を生きる英雄の1人であり、俺が最も尊敬する人物だ。

 

「それで、今日はどうしたんだい? また魔石の換金をちょろまかしたりでもしたのかい?」

「ち、違うっすよ!? というか、そんなことはもうしないっす!!」

 

 団長にからかわれ、緩んでいた空気を整えるべく俺は深く息を吐き、顔を引き締めて手に持っていた物を団長へと手渡す。

 

「団長……これを」

「ん? なんだいこれ……!?」

 

 不思議そうな顔をしながら【それ】を受け取った団長だったが、次の瞬間浮かべていた笑みを引っ込めて真剣な表情で俺を見る。

 

「ラウル……本気かい?」

「はい、団長。自分は───」

 

 団長の手に握れた物。それは折り畳まれた1枚の紙であり、そこには大きく───

 

「ロキ・ファミリアを抜けます」

 

【退団届け】と書かれていた。

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