ただの凡夫が英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:たぬえもん

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何故か予想以上に好評を頂いたので、皆様の期待に応えて連載することにしました。
沢山のお気に入り、評価、感想ありがとうございます。これからも自分なりのペースで頑張っていきます。





第2話

「ロキ・ファミリアを抜けます」

 

 言った。言ってしまった。これでもう後戻りは出来なくなってしまった。

 冒険者になってからいつの間にか数年が経ち、来る日も来る日もダンジョンに潜ってモンスターと戦いを繰り広げた日々が、今日終わりを告げるのだ。

 

「……理由を聞かせてくれ。どうして急にファミリアを抜けようと思ったんだ?」

 

 少しの間俺が渡した退団届けの紙を団長は見つめていたが、視線を退団届けから俺へと移すと、真剣な表情をしながら静かな声でそう聞いてきた。

 その声色と表情から、言外に『嘘は許さない』と告げているのを察し、俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。

 

 昨日の酒場でアキにしたようにはぐらかしたりはしないが、それでも憧れの人物でありこれまで沢山お世話になってきた団長に対して自分の情けない心情をさらけ出すというのはとても申し訳なくて、苦しい気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 団長はこんな俺なんかを沢山助けてくれて、沢山強くなる方法を教えてくれて、次期団長候補とまで期待してくれていたのに、その期待に俺は応えることが出来なかった。

 

 全ては……俺に力が無かったせいだ。

 

「団長……自分はずっと、それこそ子供の頃から団長達みたいな『英雄』に憧れていました」

「…………」

 

 唐突に語り始めた俺の言葉を、団長は何も言わずにただ静かに聞き入れる。

 

「団長も知ってるっすか? 悪い魔法使いや悪い竜を倒す英雄の童話。自分はそういった童話が大好きで、ずっと物語に出てくる主人公(えいゆう)みたいになりたいと思ってました。自分が冒険者になったのもそれが切っ掛けっす」

 

 英雄になりたかった。そのために力を求めて冒険者になった。

 神の恩恵(ファルナ)を手に入れれば、俺でも英雄になれると本気で信じていた。

 

 ……けれど、それは幻でしかなかったのだ。

 

「冒険者になってすぐに現実を知ったっす。神の恩恵(ファルナ)を手に入れようと誰もが英雄になれる訳じゃない。英雄になれるのは極1部の強い者だけだった」

 

 モンスターとの戦いで何人もの仲間が死んでいくのを目の前で見てきた。

 先輩も、同期も、後輩も関係ない。力のない者は死に、力のある者は生き残る。そんな弱肉強食の世界において、英雄と呼ばれるには並外れた力が必要だった。

 

「英雄になるには力が要る。神の恩恵(ファルナ)だけではまだ足りない。それ以上に匹敵する『何か』を手に入れる必要があった」

 

 団長ならば冷静な判断力と奇抜な発想力。アイズさんなら風の魔法と剣技。ベートさんなら力強い肉体と体術。そういった何かしらの力が無ければ英雄にはなれない。

 だから、俺は努力してそれらを手に入れようとした。全部と言わずとも、1個でも己の物になればと思い死に物狂いで努力し続けた。

 

 ……だが、ダメだった。

 

「その『何か』は才能が無ければ手に入れることの出来ない特別な物だったっす。努力で手に入るのは、どれだけ頑張っても二流止まりの偽物でしかなかった」

 

 俺にはそういった才能が一切無かった。何でもある程度は出来るようになっても、極めた一流には絶対になることが出来なかった。

 

「どれだけ頑張っても一流にはなれない。それを認めることが出来なくて、これまで意地を張って努力を続けてきました」

 

 才能が無ければ英雄にはなれない。夢を叶えるためにはその現実を受け入れることが出来なかったから、俺は現実から目を逸らし続けてきたんだ。

 けれど、あぁけれど。

 

「遠征の時にベートさんに言われたっす。力のねぇ雑魚の分際で、戦場(ココ)に立つんじゃねぇって」

 

 他人から言われてようやく理解したんだ。俺はどれだけ努力しても弱いままなんだって。

 

「笑えるっすよね。ベートさんよりも俺の方が先にロキ・ファミリアに入ってたのに、後から入ってきたベートさんよりも弱いんだから」

 

 聞くところによると、ベートさんは元々所属していたファミリアと喧嘩別れした形でロキ・ファミリアへと入ってきたらしい。

 ロキ・ファミリアに入った時には既にLv.3だったようだが、俺はベートさんが入ってくる数年前からロキ・ファミリアに入っており、Lv自体もその時は同じだった。

 だが、ベートさんはあっという間にLv.5まで上がったのに対し、俺はつい最近ようやくLv.4になったばっかりだ。

 ベートさんと同じぐらい、もしくはそれ以上に努力しているにも関わらず、だ。

 

「ティオネさんやティオナさん、あとはレフィーヤさんもそうっす。3人とも自分より後から入ってきたのに、今ではティオネさんとティオナさんの2人ともLv.5で、レフィーヤさんはこの前の遠征でLv.4に昇格できるようになったって話を聞いたっす」

 

 才能を持っている者は老若男女関係なく少しの努力であっという間に強くなるのに、凡才の自分ではどれだけ努力を重ねても少しずつしか強くなれない。

 こっちが必死になって1歩踏み出す間に、英雄になれる才能を持つ者達は涼し気な顔をしながら10歩も100歩も先を歩いていくのだ。

 

「それで昨日、酒場でのベートさんの言葉を聞いてようやく自覚したっす。俺では英雄にはなれないって」

 

 俺には英雄になれる才能が何1つとして無い。どれだけ努力しても、俺は主人公(えいゆう)ではなくただの脇役(モブ)にしかなれなかったのだ。

 今を生きる英雄達の活躍を間近で見るだけならそれでも満足出来た。だが、俺がなりたかったのは脇役なんかじゃ断じてない。

 ならばこそ、夢を叶えることが出来ないのであれば……これ以上団長達に迷惑をかける訳にはいかない。

 

「……すみません、団長。団長にはこれまで沢山お世話になってきたのに、恩を返す力が俺にはありませんでした」

 

 憧れの人から貰った恩を無為にしてしまった。そのことに対して余りにも自分の力の無さが不甲斐なく思い、自然と溢れ出てきた涙で視界が歪む。

 

「すみません、団長……」

 

 情けない。恥ずかしい。悔しい。悲しい。それらの思いで顔が歪み、そんな顔を団長に見せたくなくて、俺は頭を深く下げた。

 

「すみません……っ!」

 

 嗚咽混じりの謝罪の言葉を、俺は何度も口にする。

 

「……ラウル」

 

 静寂に包まれた団長室に俺の嗚咽が暫く続くと、団長の声が静かに俺の名を呼んだ。

 団長は今、どんな顔をしているのだろう。俺に対して失望しているのか、それとも哀れに思っているのだろうか。

 団長の顔を見るのが怖くて、頭がまるで石にでもなったかのように重く感じた。

 

「ラウル、頭を上げてくれ」

 

 団長からそう言われては頭を上げるしかない。先程とは違い今度は優しい声色で告げられた言葉に従い、俺は右腕の服で顔をぐしぐしと拭いてからゆっくりと頭を上げると───

 

「すまなかった」

 

 そう言って俺に向かって頭を深く下げる団長の姿がそこにあった。

 

「な、団長!? 何してるっすか!?」

 

 目の前の光景に心の底から驚きのあまり思わず声を上げてしまった。

 謝るのはむしろ俺の方であり、団長から俺に謝ることなんて何一つ無いのに、どうして頭を下げて謝罪しているのか分からず慌ててしまう。

 

「いや、君がそこまで思い詰めていたのに、僕は何も気付こうとしなかった。君が抱えていた悩みを少しも受け持つことが出来ず、1人で苦しませてしまった。団員の管理は団長の責務だというのに、その責務を怠ってしまった」

 

 だからすまない、と。真摯に頭を下げ続ける団長に、俺は言葉を無くすしか無かった。

 恨み言を言われる覚悟はしていたが、謝られるのは完全に予想外だった。

 

「頭をあげて欲しいっす……自分は、団長に頭を下げられるような人間なんかじゃないっすから」

「そんなことはない。君はロキ・ファミリアにとって居なくてはならない重要な人物の1人となっているのだから」

「え……?」

 

 今、団長はなんて言った? 俺がロキ・ファミリアにとって居なくてはならない重要な人物? こんな俺が? 

 団長から告げられた嘘のような言葉に俺が驚いていると、団長はゆっくりと頭を上げる。

 そこには俺に対する侮蔑や失望といった感情は無く、ただただ優しげな笑みが浮かんでいた。

 

「ラウル、君は自分で思っているよりも凄い冒険者なんだ。剣も、槍も、斧も、弓も、どんな武器でも扱いこなし、戦場に応じて戦い方を変えれる冒険者なんて君の他にはまず居ない。その上、何十人からなる冒険者の隊の指揮も出来て咄嗟の機転も効くし、何より仲間達からの信頼が厚い。そんなLv.4の冒険者はこのオラリオには君を置いて他に居ないだろう」

「団長……」

 

 あの団長が自分をベタ褒めしてくれている。そのことに少しの恥ずかしさと、それを遥かに上回る嬉しさが胸の奥底から込み上げ、不意にまた涙が溢れそうになった。

 

「ラウル、君はもっと自分を知るべきだ。君は弱くなんかない。君はロキ・ファミリアの誇り高い冒険者の1人なんだ」

「だ、だけど! 俺には才能が……!」

「才能がなんだって言うんだ。確かに君の言う通り、一流と呼ばれる冒険者達は何かしらの才能を持っていることが多いだろう。だが、才能が無いと英雄になれないだなんて誰が決めた?」

 

 そう言ってから席を立ち、こちらへと近付いてきた団長は俺の胸の真ん中に拳を当てた。

 

「いいか、ラウル。冒険者(ぼくら)にとって何よりも大事なのは(ココ)だ。弱くてもいい、才能なんて無くてもいい、ただひたすらに前を見て絶対に諦めない勇気。それがあれば英雄になんて誰でも簡単になれるんだ」

 

 ただ、と。団長は少し困ったような表情をしながら言葉を続ける。

 

「実はその勇気を常に持ち続けられる人間はまず居ない。人は弱いから、自分が今見つめている『前』が本当に正しい道なのか悩み、疑い、自然と足が止まってしまう時が必ず来る。かく言う僕も何度も何度も自分の持つ勇気を疑って、その度に足を止めてきたんだ」

「え!?」

 

 その発言は衝撃だった。勇者とまで呼ばれ、常にファミリアの先頭に立って俺達を率いてきた団長がそんなことを思っていただなんて。

 

「大半の人は足を止めると、ずっと足を止めた状態で停滞するか、もしくは自分の信じる『前』を信じることが出来なくなり歩んだ道のりを引き返そうとしてしまう。だが、英雄と呼ばれる1部の者達は再び『前』を信じて歩き出すことが出来る。それが何故だか分かるかい?」

「それは……」

 

 まるで授業をする講師のように問い掛けてきた団長の言葉に、俺は思考を巡らせるが暫くしても答えが分からず、首を横に振るしかなかった。

 

「答えは仲間が居るからだ」

「仲間が……」

「そうだ。自分と志を共にする仲間が居るからこそ、僕達は『前』を見て歩くことが出来る。例え足が止まってしまっても、進むべき道を見失っても、仲間が引っ張って支えてくれるんだ。ほら、童話にもよく英雄の仲間達が出てきただろう?」

 

 そう問われ、古い記憶を思い返してみれば確かにどんな童話にも英雄の仲間達というのは登場していた。

 

「英雄とは1人でなれるものじゃない。仲間が居て初めてなれるものなんだ。仲間の居ない英雄なんて、そんなのは英雄じゃない。ただ自分の力を慢心し思いがっているだけの愚物だ」

 

 真の英雄とは何か。それを語る団長の瞳には熱が篭っており、俺はその瞳から目を逸らすことが出来なかった。

 今の時代を生きる英雄の1人であるからこそ、団長の言葉には重みがあり、俺の胸に置かれた団長の拳からは熱く迸る『何か』を感じ取ることが出来た。

 

「思い出せ。君の周りには誰も居なかったか? ダンジョンでモンスターに囲まれた時、闇派閥の冒険者と対峙した時、酒場で祝勝会を開いた時、君の隣には誰も居なかったか?」

「…………」

 

 団長の言葉を俺は口を閉ざしたまま首を横に振る。

 いつだって俺の周りにはココが、シャロンが、シフォンが……何より、アキがずっと傍に居てくれた。

 

「ラウル、君は今足を止めてしまっている。進むべき『前』を信じることが出来なくなり、仲間達を置いて道を引き返そうとしている。それが悪いことだとは言わないが、君は本当にそれでいいのかい?」

「────」

 

 団長からのその問いに、俺は答えることが出来ず息を飲む。

 本音で語るとすれば、夢を諦めるのは嫌だ。出来ることなら叶えたいと切に思う。

 けれど、現実は優しくない。俺の実力では夢を叶えるのは到底不可能だった。

 

「じ、自分は……」

 

 馬鹿の一つ覚えで死ぬまで理想を追いかけて走り続けるか、現実と折り合いをつけて賢く生きるべきか。

 俺にはどちらが正しいかだなんて分からない。ただ、どちらを選ぶにしても選ぶ勇気が今の俺には無かった。

 

「……気持ちが揺れ動くということはまだ悩んでいる証拠だ。気持ちがしっかりと定まってからファミリアを抜けるかどうか決めた方が君の為にもなる。後悔する選択をしたくはないだろう?」

「……ハイっす」

 

 自分がどうしたいのか。それをもう一度見つめ直す必要があることを自覚した俺は団長の話を受け入れ、団長は満足そうに頷いてから拳を離した。

 

「……まぁそれは別にしても、ラウルには悪いけど今すぐファミリアを抜けるということは許可できないんだけどね」

「な、ど、どうしてっすか!?」

 

 困った表情を浮かべる団長に俺は慌てて詰め寄る。

 諸事情などにより冒険者を続けられない場合、退団届けを出せばファミリアをすぐにでも抜けることが出来る。

 それは団長達がこのファミリアを作った時に決めたという幾つかのルールの中の1つであり、これまで実際にファミリアを抜けた仲間達もこのルールに則って退団届けを出してからすぐにファミリアを抜けている。

 なのにどうして俺はダメなのか。その理由を団長はすぐに教えてくれた。

 

「理由は大きく分けて2つ。まず1つ目に、君が自分をどう思っているのであれ、君は今やロキ・ファミリアの指揮官の1人だ。アイズ達と折り合いをつけながら、他の団員達とも連携して指揮を執れるのは現状だと僕以外には君しか居ない。君はもはやただの冒険者ではなく、ロキ・ファミリアにおいて要とも言える人物の1人なんだ。そんな重要な人物が抜けるとあっては、最悪ファミリアが崩壊しかねない」

「そんな……」

 

 俺が抜けたぐらいでロキ・ファミリアが崩壊するなんて大袈裟すぎてありえないとしか思えなかったが、団長の血気迫る表情を見てそれが本当のことだと理解した。

 

「だから、退団するにしても代わりが居る。しかし、代わりの者を用意するにしても恐らく……最低でも1年ぐらいはかかるだろう」

「待ってくださいっす!」

 

 団長の言葉を聞き、俺は思わず声を張り上げてしまった。

 俺の代わりぐらいこなせる人物はロキ・ファミリアに何人も居るというのに、それでも1年かかるとはどういうことだろうか。

 

「いくらなんでもそれは流石に冗談っすよね? リヴェリア様やガレスさん達も居るし、ベートさんやアイズさん、それこそアキでも俺の代わりぐらい……」

「ダメだ」

 

 何人か思い当たる人物の名前を挙げてみると、団長はにべもなく拒否した。

 

「ガレスやリヴェリアは既に自分の部隊を持っている。それに加えて全体の指揮までとなると流石に手が回らなくなる。ダンジョンで不測の事態が起きた時に手遅れとなる可能性が高くなる以上、任せる訳にはいかない」

 

 団長と共にロキ・ファミリアの最古参として数多の戦場を駆けてきたリヴェリア様とガレスさんは確かに魔導士部隊と前衛部隊を率いる身だ。

 ロキ・ファミリアの司令系統が全体指揮の団長を筆頭に後衛組のリヴェリア様と前衛組のガレスさんでバランスよく分かれている以上、変にバランスを崩すのは確かによくなかった。

 

「ベートやアイズ達は本人の性格と能力からして指揮官に不向きだ。彼らは誰よりも勇敢に敵と戦う覚悟はあるが、自分より弱い者達を率いて戦うということが致命的に合っていない。もし任せようものなら必ず部隊の足並みが崩れるだろう。彼らが率いるにしても出来るのはある程度実力のある者達からなる少数精鋭が限界だ。大隊の指揮は出来ない」

 

 アイズさんやベートさん達は一級の冒険者。その化け物じみた実力は間近で見てきたからこそよく理解している。

 モンスターよりもモンスターな彼らの力では確かにファミリアの下級冒険者やサポーター達を置き去りにしてしまうことだろう。

 

「アナキティに関してもそうだ。彼女は確かに君のように指揮を執ることは出来るだろうが、彼女の本質は率いる者ではなく率いられる者だ。与えられた任務に対しては忠実にこなそうとするが、自分で何かをしようという意志が無い。ダンジョンではなにが起こるか分からない以上、必要となるのは咄嗟の機転を思いつく発想力と判断力、そしてそれを実行に移せる行動力が必要となる。それらが伴わない彼女では仲間を死なせてしまうだろう」

「っ……!」

 

 違う、そんなことはない。彼女ならば俺よりももっと上手く指揮を執るに違いない。

 アナキティ……アキの評価を団長から聞き、俺は咄嗟にそれを否定しようとしたが、団長の人を見る目は確かだ。ならば、アキに下された評価は相応なものなのだろう。

 

「認めるんだ、ラウル。君の代わりはロキ・ファミリアには居ない。今君が務めている仕事は他の誰でもない、君にしか任せることの出来ない重要な役割なんだ」

「団長……団長からそう言われるのはとても光栄ですけど……自分はアイズさんやベートさんより弱いっす。いくら指揮を執ろうとしても、弱い指揮官に着いていこうと思う人は誰もいない筈っす」

 

 人は誰しも自分では敵わない強い者には付き従う。それは誰にでも適用されることだ。

 例えば、団長の命令ならば誰でも言うことを聞くが、俺の命令では言うことを聞かない者が出てくる。実際にそれは今回の遠征でミノタウロスを狩ろうとした時に実証されている。

 俺より強いベートさんやティオネさん達は俺の言うことを聞かない。それでは他の団員から指揮官としての能力を疑われ、やがて誰も俺の言うことを聞かなくなるのは目に見えている。

 今は団長のおかげで最小限になっているが、それでもこのまま俺が指揮を執るようになれば必ず隊は崩壊することだろう。

 

「それに関しては問題無い。アイズ達の個性を尊重して今は実力を伸ばすためにある程度は好きにさせているけど、暫くしたら下された命令に絶対遵守するよう教育していくつもりだから、君の言うことは必ず聞くようになる。というか聞かさせる」

「ひぇっ……」

 

 優しそうにニッコリと微笑んでいる筈なのに、団長から黒いオーラみたいな物が溢れ出ていると錯覚してしまう程の威圧感を感じ取り、俺は思わず変な悲鳴を上げてしまった。

 本来笑顔とは攻撃的な物と誰かが言っていたが、正しくその通りだと俺は内心でヒッソリとそう思った。

 

「以上までが1つ目の理由。で、次に2つ目の理由なんだけど……時にラウル、君は今彼女は居るかな?」

「……はい?」

 

 どうしてそこでそんな言葉が出てくるのだろうか。ファミリアとは何も関係無いだろうに。

 

「いえ、特には居ないっすけど……?」

「では、今は付き合っている恋人とかは居ない訳だな?」

「えぇ、まぁ……」

 

 いったい何だというのだろうか。団長の真剣な表情からはからかっているという様子は一切なく、極めて真面目な様子で聞いてくるから俺も真面目に答えているが……。

 

「それがどうしたって言うんですか?」

「いや、えっと、そうだな、何というか……」

 

 これまで俺の質問には即答してきた団長が、初めて口ごもった。

 何をそんなに言い辛そうにしているのか理由を察することが出来ず、軽く首を傾げているとそんな俺を見て団長は何故かため息を吐いた。

 

「ラウル……さては気付いていないのか?」

「え、何をっすか?」

 

 なんのことやらさっぱり検討もつかず、俺がそう答えると団長は痛みを抑えるかのように頭を抱えてしまった。

 

「朴念仁め……」

「え?」

 

 聞き取ることが出来ないぐらいに団長は物凄く小さな声で何かを呟いた後、誤魔化すようにして1度咳払いしてから俺へと視線を戻した。

 

「すまないが、そういうことなら2つ目の理由については僕の口から直接言うことは出来ない。僕もまだ自分の命は惜しいんでね」

「どういうことっすか!?」

 

 いきなり殺伐とした話へと変化したことに驚いてしまう。なんで俺の退団話から団長の生死を分ける話へと変化しているのかこれが分からない。

 

「強いて言うなら……そうだな、君はもっと周りから向けられる気持ちを感じ取れるように気を付けた方がいいんじゃないかな」

「は、はいっす……?」

 

 結局団長が何を伝えたかったのかよく分からなかったが、気を付けろと言うのならば気を付けた方がいいのだろう。

 ……周りから向けられる気持ちを感じ取ることにどう気を付ければいいのかは別として。

 

「まぁとにかく、今すぐ君をファミリアから脱退させるにしても前述した通り、君の代わりを任せられる者が居ない。かと言ってこのままロキ・ファミリアに居続けても君のことだ、周りからの視線に重圧と罪悪感を感じるようになって鬱になりかねない」

 

 そこでだ、と。団長は俺から離れると執務机の方へと向かい、引き出しを開けて1枚の紙を取り出した。

 

「ラウル。新人発掘してみる気はないかい?」

「……はい?」

 

 茶目っ気を込めた笑顔を浮かべながら、団長が俺へと手渡してきた紙には【冒険者講習会】という文字が書かれていた。

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