ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版)   作:軍曹

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投稿が遅れて申し訳ございません。
転職やそれに伴う引越し等リアルで色々あったため、執筆に時間がかかりました。


第十一話「変わりゆく日常」

―――都内にある、とあるホテル。

 

 部屋の前に置かれた看板に“扶桑撫子の会”と達筆な字で書かれている会場には、多くの女性が集まっていた。

 

 彼女達は全員扶桑皇国出身のウィッチまたは元ウィッチで、自衛隊に所属するウィッチの教育係や各種ウィッチ用装備のテスト要員、またごく少数ながら出向という扱いで自衛隊の実戦部隊に所属する者もいる。

 

 年に一度この時期に開催される集まりは、年々その人数を減らしつつも異国で―――否、異世界で活動する同胞が一度に顔を合わせるとあって、非常に盛り上がっていた。

 

「やっほー、若葉」

 

 知り合いとの再会を喜び、昔話に花開かせていた若葉は一旦その場を離れ、乾いたのどをワインで潤していると、聞きなれた声で呼びかけられた。

 

「あら洋子、遅かったですね」

 

「電車が遅れていたのよ。東京駅までは順調だったんだけどね」

 

 石川県小松市から新幹線でやってきた洋子はそう言いながら、近くにいたウェイターからワイングラスを受け取る。

 

「先日はお疲れ様。色々大変だったわね」

 

「ありがとう。困ったときはお互い様よ」

 

 乾杯する二人の話題は、先日空自の「旋風」飛行停止に伴う九〇一空のスクランブル任務についてである。洋子の所属する三五一空は「旋風」を運用する部隊だったため、あの時は空を飛ぶことが出来なかったのだ。

 

「あの時は退屈だったわ。ユニットが使えないから空を飛べず、ずっと座学か地上での訓練で・・・あの時ほど空が恋しいと思ったことはなかったわ」

 

「確かに、空を飛べなくなるのは辛いものがありますね」

 

 そう言うなり、若葉の表情が曇る。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、先ほど扶桑海軍で隊長を務めていた頃の部下と再会したんですけど―――」

 

 その部下は既に二十歳を超えてシールドが張れなくなっていたが、ユニットを起動するだけの魔法力があったため、日本で訓練教官を務めていた。しかしその魔法力も時が経つにつれ衰えていき、ついにはユニットの起動すら出来なくなったのだという。

 

「残念ながら、今年度いっぱいで扶桑に戻ることになったそうです」

 

「本当に“上がり”を迎えたというわけね」

 

 ウィッチは純潔を失うか、二十歳を過ぎると大きく魔法力が衰え、特にネウロイのビームすら防ぐことが出来るシールドは、ほぼ確実に使えなくなる。だがユニットを履いての飛行自体は可能で、そのまま飛べなくなるまで後進の育成をする者が多い。若葉の部下であった彼女も二十歳を過ぎてもユニットを起動出来るだけの魔法力があったため、日本で後進の育成に励んでいたのだった。

 

「ちなみに、その子は今いくつ?」

 

「私の二個下なので、二十五ですね。先月誕生日だったんですけど、そのあたりでガクッと魔法力が衰えたそうです」

 

「二十も半ばまで軍に残って飛べるなら良い方ね。―――まあ、中には三十近くになっても第一線で戦っているバカ(・・)もいるけど」

 

「洋子」

 

「客観的に考えてそうじゃない。いくら“未来予知”があるとはいえ、シールドがまともに張れないにも拘らず、刀一本でネウロイに突撃出来るのよ」

 

「それは、まあ・・・」

 

 眉間に皺を寄せていた若葉の表情が曇る。

 

「―――ま、多分それも今年一杯まででしょうけど」

 

「どういうこと?」

 

「春先の模擬空戦で戦った時、あいつは私の攻撃を防ぐだけで精一杯だったわ。おまけにあの後の戦闘でネウロイに止めを刺せず、艦隊を危険にさらした。――― “未来予知”で先読み出来る時間が確実に短くなっているのよ」

 

「・・・・・・」

 

 若葉もわかっていた。直人の魔法力が衰えていることに。洋上訓練の時もそうだが、アラビア海での戦闘でも彼は自爆型ネウロイの攻撃によって負傷している。シールドが張れず、“未来予知”も役に立たない中出撃するのは、自殺行為といっても過言ではなかった。

 

「はっきり言って、もう地上勤務にさせるべきね。本当は(海自上層部)が命令すればいいんでしょうけど、一人でもウィッチが欲しい現状、なかなか言い出せないわよねぇ」

 

 そう呟きつつ、洋子は肩をすくめる。他にも理由は様々あるが、あえてこの場では黙っていた。

 

「―――と、いうわけであいつへの引導は貴方が渡してあげなさい」

 

「わ、私が!?」

 

「一番あいつと一緒にいた時間が長いんだし、おまけに貴方は部隊運営の助言のために出向して来ているんでしょ? これも仕事のうちよ」

 

「で、でも、もし首を縦に振らなかったら・・・」

 

「ふむ、確かにあいつは頑固なところもあるから・・・その場合―――」

 

 洋子は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「“既成事実”を作って飛べなくしちゃいなさい。それが一番手っ取り早いわ」

 

 

 

 

 

「どういう風の吹き回しですか? あなたからこうして飲みに誘うなんて」

 

 若葉が洋子と話している頃、直人は田中に誘われて基地近くの居酒屋に来ていた。

 

 大勢の客がいるため店内は騒がしいが、二人がいるのは個室であるため、普通に話せば十分に聞こえる環境である。

 

「実は今年いっぱいで本国に戻ることになりまして。一度くらい“北米紛争の英雄”殿と飲んでみたいと思っていたので、この機会にと」

 

「それはまた急に・・・」

 

「“裏”の仕事はこういうものです。ま、昇進ということなので、心配しないでください」

 

 寂しそうな表情を浮かべる直人に、田中は不敵な笑みを浮かべる。仕事柄、恐らく二度と会うことはないだろうが、こういう業界に生きる彼は、特段寂しいといった感傷的な感情を感じていなかった。

 

「―――そうそう、先日はお疲れさまでした。何とかロシアとは決着がついたようで」

 

「ああ、そっちはあまり関わっていませんけどね。せいぜい函館空港周辺の警戒に駆り出されて休暇が延びたくらいですし」

 

 先日日本海上空で発生したネウロイとの戦闘において、自衛隊の被害はF-15戦闘機一機が損傷する被害を負ったものの、人的被害はなしと被害を極限まで抑えることに成功した。だが一方で、ネウロイの攻撃によって損傷したロシア空軍所属のTu-95爆撃機が、緊急事態ということで函館空港に着陸したのだ。

 

 領空侵犯しただけでなく、気付かなかったとはいえネウロイを連れてきた挙句、自衛隊機損傷の原因を作ってしまったロシアは珍しいことにその非をほぼ全面的に認め、少ないながらも補償すらしたことで日本も矛を収めて無事に問題は解決したのだが、その間九〇一空は爆撃機が着陸した函館空港周辺の警戒に駆り出されていた。

 

「―――しかしまあ、あの国は相変わらずですな。一応今回の一件は謝罪したとはいえ、舌の根も乾かぬうちに飛行機を日本に向けて飛ばし始めましたからねぇ」

 

「ロシアらしい動きだと思いますけどね。むしろ今回の事件で謝罪したことの方が驚きでしたよ。てっきり今回もうやむやにするかと思っていましたから」

 

「よほど信頼(・・)されているようで。―――オラーシャ帝国では今回の事態を重く見ていて、予定していたロシアへのストライカーユニットライセンス生産の許可を白紙に戻すと決めたようです。このまま彼らにユニットを与えたら、なにをしでかすかわからない―――と」

 

「それはまた・・・」

 

 “こちら側”と“向こう側”、それぞれの世界は地形的に似通っている所が多く、文化や国民の性格も非常に酷似している。しかし政治体制では異なることが多く、文化的には変わらないにも関わらず国家間の関係が希薄な所も多い。

 

「現在のロシアは一応民主主義国家ではありますが、その前は共産主義という机上の空論を国是とする実質的な独裁国家でしたからねぇ。今もなお国民から支持されている帝室の残るオラーシャにとっては、あまりお付き合いしたくない相手でしょう」

 

「確かに、歴史的経緯から考えても仲良く出来そうにありませんね」

 

「一応擁護させて頂くと、“こちら側”における彼らは排除されても仕方がない情勢であったと理解出来ます。ただ理性ではそう判断しても、感情的に納得出来るかは―――」

 

「そこは仕方がないですね」

 

 直人も似たような経験をしたことがある。扶桑に留学していた際、“向こう側”の歴史を学んでいたのだが、面白いことに“こちら側”にも存在していた同姓同名の人物が時代ごとに教科書に載り、中には全く正反対の評価をされていることも少なくなかったのだ。

 

「我々の世界では最悪の独裁者と呼ばれる人が、そちらでは偉大な政治家と評価されていたと知ったときは思わず吹きましたよ。実績を見ればそう評価されてもおかしくはないんですけどね」

 

「ああ、カールスラントの」

 

 田中は写真として残るちょび髭の男性を思い浮かべて苦笑する。“ゲート”が出現して十年が経過する中、ドイツとカールスラントでは彼に対する評価のせいで関係が希薄となっているのだ。

 

「―――そう考えると、我が国はなんだかんだ“向こう側”各国と仲良くやれている方ですね。ストライカーユニットの共同開発にも嚙ませてもらっていますし」

 

「扶桑と日本は“ゲート”を挟んだお隣ですし、あなた方から攻め入る可能性が殆どありませんからね。“向こう側”からネウロイが侵攻してくるなんて事態にはなってほしくないですから」

 

 現在日本は二つのストライカーユニット開発計画に参加しており、一つは日本でも導入した「烈風」戦闘攻撃脚の代替えとなる扶桑の次期新型戦闘攻撃脚開発、そしてもう一つはアメリカやイギリス等も参加している国際共同戦闘機開発である。前者は元々こちら側”でいうF-2に相当する予定だったユニット、後者はF-35に相当するユニットで、単純な年代ベースとはいえ二〇年程進んでいる“こちら側”の技術が流入した結果、どちらも性能向上と取得開始時期の短縮が見込まれている。

 

「既に「心神」は正式採用が決定され、来年の初めには日本にも何組か導入される予定です」

 

「それは良かった。これで空自も悲願だった三機種体制が整います」

 

「ええ、万が一今回のように一機種が飛行停止となっても、ほかの二機種でカバーすることが出来ます。数年後には「烈風」もF-35「雷電」と入れ替わる予定ですから、日本の防空体制はひとまず完成することになりますね」

 

「後数年か。それまでは頑張らないと・・・」

 

「―――まだ降りる気はないと?」

 

 直人の呟きが耳に入り、田中は思わず眉を顰める。

 

「ええ。流石にその時期まで飛べるとは思いませんが、少しでも長く飛んでいたいと思っています」

 

「・・・この際だからはっきり言わせていただきますが、あなたはもう降りるべきだ。魔法力の減衰だけではない。この国の―――いえ、この世界のウィッチ達にとって、必要不可欠な存在だ」

 

 自衛隊にウィッチ隊が発足されてから早五年。扶桑皇国を筆頭とした“向こう側”の惜しみない支援や、何より“小松事件”で見せつけられたネウロイの脅威によりそれなりに部隊運用はうまくいっているが、だからと言ってまったく問題がないわけではなかった。

 

「ウィッチ隊発足時の初期隊員達は間もなく“あがり”を迎え、中にはそのまま自衛隊に残る者もいるでしょう。しかしそんな彼女達をどう受け入れるのか模索状態なのが現状ですし、他にも他部隊との連携や部隊内での細かなトラブル対応等、多くの問題が待っています。いくらそれらに対処するための専門チームを作っているとはいえ、実際に現場を経験した者でなければ解決するのは難しく、そしてそれら諸問題を解決するためには上層部へ働きかけられる人材が必要です」

 

 一旦ここで口を止めるも、ここはあえて言うべきと判断した田中はジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し、続ける。

 

「―――世界で唯一の男性ウィッチにして“北米紛争の英雄”、そして海自航空ウィッチ隊の基礎を作ったあなたの言葉なら誰もが親の七光り(・・・・・)だと思わず、真剣に耳を傾けますよ」

 

「――――――」

 

「そんな怖い顔で睨みつけないでください。私は事実を言ったまでです」

 

「―――自分は、まだ“あがり”を迎えるわけにはいきません」

 

 しばらく睨みつけていた直人は、ひょうひょうとした彼の様子を見てため息をつき、ぽつりと呟く。

 

「九〇一空に所属するウィッチは五名。しかし扶桑海軍とアメリカ海軍から一名ずつ出向して来ているため、実際に海上自衛官なのは三名と、部隊としてはあまりにも少人数。ここからさらに一名―――それもこれまで部隊が存続出来ていた大きな理由であるあなたが抜ければ、海自ウィッチ隊廃止論が再燃してもおかしくはないでしょうねぇ。ああ、すみません、ビールお代わり」

 

 海自上層部も、本音は世界的にも知られた英雄たる彼を失うわけにはいかないと、早く一線を引いてほしいと思っている。だが海自ウィッチ隊の立場は未だ低く、海外派遣や長期の洋上生活が多いこともあり、なかなか新人ウィッチの確保に苦労しているのが現状だ。

 

 そもそも海自ウィッチ隊が発足出来たのも直人が海上自衛官だったからで、その理由たる彼がいなくなれば、指揮の一本化という名目で航空ウィッチは全員空自に編入という事態になってもおかしくはなかった。

 

「―――確かに、現状を考えれば国内の防空体制を整えるために、航空ウィッチ隊の運用を一本化するっていうのは間違ってはいません。ですが将来海自独自の航空ウィッチ隊は必ず必要になります。既に何度も実戦経験をしていますし、今ここで解隊することの方が国益に反するかと」

 

「難しいところですねぇ。実際“小松事件”以降、空自の奮戦のおかげで国内の被害はありませんが、それでも自転車操業状態であるのは変わらず。しかし九〇一空も十分以上の成果を上げ、国外からの評価も高い――― あなたが現役だから何とか解隊という意見を封じ込めているといったところでしょうか?」

 

「少なくとも、自分はまだ盤石ではないと思います」

 

 弱冠二八歳ながら二等海佐という地位につく直人は、しかし元々は任期制隊員である一般自衛官候補生として自衛隊の門を叩いた男。だが“ゲート”の出現と魔法力の“発現”という異常事態(イレギュラー)によって人生は大きく変わり、今では将来の統合幕僚長候補と称されるまでになっている。

 

 当然そんな経歴であるため隊内にも敵は多く、ネウロイという明確な脅威が存在しているため表沙汰になっていないものの、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言わんばかりに、ウィッチそのものを排除したがる動きが海自内にあった。

 

「今後ウィッチは自衛隊、そして日本にとって必要な存在だと確信しています。そんな彼女達をサポートしていくために、自分は動かなければいけません」

 

「それが、現役を続ける理由ですか」

 

「あいつらはまだまだひよっ子ですよ。教えなければいけないことがたくさんある。―――北条三佐もいつ扶桑に戻るかわかりませんし・・・」

 

 アルコールによって顔が赤い直人は、苦い表情を浮かべていた。

 

「・・・確かに、その危惧は当たっていますね」

 

「えっ―――」

 

 直人が虚を突かれる中、田中は届いたお代わりのビールをあおり、一息つくと彼に告げた。

 

「―――扶桑海軍は今年度を持って北条少佐の出向を終了とし、帰国させるそうです」

 

「っ―――!?」

 

 直人の目が見開く。口を開き、何か言おうとするが、うまく声が出ない。

 

「彼女も出向して既に五年ですからねぇ。それに、海自航空ウィッチ隊は今年アラビア海での戦闘に従事し、見事戦果を挙げたという実績もあります。人数こそまだ少ないですが、十分鍛えられたとうえ(扶桑)は考えたようですよ」

 

「そう―――ですか・・・」

 

 何とか声を絞り出すが、それ以上何も言えずに俯く直人。田中は残っていたビールを一気に飲み干すと、立ち上がった。

 

「申し訳ありませんが、そろそろ私は失礼しますよ。 ―――浦瀬二佐。残された時間はあまり多くありません。早めに決着(・・)をつけることをお勧めします」

 

 では、と意味ありげに笑みを浮かべる田中は、その場を後にする。

 

「―――決着、か・・・」

 

 一人残された直人は、苦しそうに呟いた。

 

 

 

 

 

「全く、洋子ったら・・・」

 

 扶桑撫子の会が終わり、厚木基地の最寄り駅まで戻ってきた若葉。人の流れに沿って改札を抜けた彼女は、少々頬を赤らめながら先程まで会っていた親友に対し、愚痴をこぼしていた。

 

“既成事実”を作って飛べなくしちゃいなさい―――

 

(既成事実って・・・確かにそれなら直人さんも飛べなくなりますけど)

 

 ウィッチは一般的に二十歳を過ぎるか純潔(・・)を失うと魔法力が衰える。無論若葉や洋子のように例外もあるが、既にシールドが役に立たない程度に魔法力が衰えている直人なら、間違いなく飛ぶことが出来なくなるだろう。

 

 ―――しかし、それは若葉に大きな選択を迫られることを意味する。

 

 現在は出向中の身とはいえ、彼女は扶桑皇国海軍軍人で、当然扶桑に忠誠を誓っている。一方直人は日本国海上自衛官であり、それぞれ仰ぐ旗が異なる。二人が結ばれるには、どちらかが生まれた国を捨てなければならなかった。

 

(日本人になる、か―――)

 

 “ゲート”が出現して早十年。日本の滞在履歴が最も長い扶桑人の一人である若葉は、周囲を見渡す。どこか未来的に感じる街並み、どこかリベリオン人っぽさがある国民、そして似ているものの、決定的に異なる空気(・・)―――故郷とよく似通っているからこそ猛烈に感じる違和感は、大分緩和されたとはいえ未だ慣れることが出来なかった。

 

(・・・やっぱり、私は扶桑人なんだなぁ)

 

 当たり前のことを改めて感じ、小さくため息をついた若葉。すると突然後ろから何かがぶつかってきた。

 

「きゃっ!?」

 

「うぉっ!?」

 

 人が少なくなかったとはいえ、駅前の通路で立ち尽くしていた若葉は思わずよろめく。どうやら前方不注意だった人がぶつかってきたようだ。

 

「失礼」

 

「い、いえ、こちらこそ立ち尽くしていたので―――って、直人さん?」

 

「えっ?」

 

 彼女の声を聴いて顔を向けたのは、顔を赤らめ、アルコールの匂いを漂わせている直人。彼もこんなところで会うと思っていなかったのか、呆けた表情を浮かべている。―――一瞬顔をゆがめていたように見えたのは気のせいだろうか?

 

「どうしたんですか? だいぶお酒を飲まれたようですけど」

 

「さっきまで近くで知り合いと飲んでいたんだよ。そっちはあの会の帰り?」

 

「はい、久しぶりに故郷の人達と語り合うことが出来ました」

 

「そっか。それは良かった」

 

 そのまま二人は、お互い帰る方向が同じということもあって、自然と並んで歩きだす。その間交わす会話は他愛のないものだったり、お互い共通点のある話題だったり。

 

「そうか。洋子のやつ、ついに結婚か。鷹見さんも大変だなぁ」

 

「大変って・・・」

 

「だって洋子だぞ。間違いなく尻に敷かれること間違いないだろう」

 

「それは・・・」

 

 若葉は容易に想像出来るその場面を思い浮かべ、思わず苦笑した。

 

「―――しかし、結婚か」

 

「なにかあったんですか?」

 

「いや、ただ現役を退いた後は、面倒なことになりそうだなぁと思って」

 

 来年の三月に二九歳となる直人には政治家の娘やら大会社の令嬢らや、少なくない数の縁談が舞い込んでいる。現在は任務に集中したいということでそういう話を一切無視しているが、“あがり”を迎えた瞬間、その動きは再燃すること間違いなかった。

 

「北条さんも、扶桑(本国)でそういった話はあるんじゃないの?」

 

「えっ? ああ、まあそうですね」

 

 彼女もまた扶桑皇国でも有数の名家出身であり、二十歳を過ぎてからはあらゆる方面から縁談の話が来ている。直人と同じように任務に集中するためと称して今まで無視して来ていたが、二十代後半になってからはその動きがさらに加速して来ていた。

 

「―――やっぱり、結婚したら退役するの?」

 

「そうですね・・・身体的負荷に耐えられなくなるまでは飛んでいたいと思っていますけど、結婚したら退役ってことになると思います」

 

「そっか・・・」

 

「そういう意味では、何もしがらみがない洋子がうらやましいですね。結婚してもまだまだ飛ぶ気みたいですから」

 

「・・・あいつ、下手したら自分の子供と一緒に飛ぶ気かもな」

 

「ありえそうですね。親子で現役ウィッチ、とか」

 

 冗談を言いながら笑みを浮かべた若葉は、しかし一度目を瞑り、真剣な眼差しで直人に向き直る。

 

「―――直人さんは、いつまで飛ぶつもりですか?」

 

「―――唐突にどうしたの?」

 

 直人の声色が変わった。しかし若葉は続ける

 

「この前のアラビア海で、直人さんはネウロイの攻撃を受けて負傷しました。確かにあの攻撃は予測不可能だったと思いますが、それでもシールドさえ張れていれば防げるものだったと思います。それに、その前の洋上訓練の時だって―――」

 

「攻撃を外したし、洋子の猛攻を防ぐので精一杯だった、と。あいつがそんなことを言っていたって所かな」

 

「洋子は言っていました。―――多分今年一杯までだと」

 

「今年一杯か・・・」

 

 大きくため息をつき、目を細めて夜空を見上げる直人。彼女の言っていることは恐らく正しい。自身の魔法力が今年に入ってから大きく衰え始めているのは自覚しており、来年三月の誕生日前後でさらに衰えるのは必須。空戦どころか飛行すらままならなくなる可能性が高いだろう。

 

「今の状態で戦闘に参加するのは非常に危険です。―――もう、降りて頂けないでしょうか」

 

 懇願する若葉は間違いなく彼を慮っていることはわかっている。今まで適切な助言をしてきた彼女の言は、今回も正しい物だと理解もしている。だが―――

 

「・・・いや、まだ駄目だ」

 

 直人は目を瞑り、静かに横に首を振る。

 

「どうして―――」

 

「まだ有村も木佐貫もひよっ子だ。戦闘技能はだいぶ良くなったが、それでもまだまだ未熟だし、他部隊や上層部との折衝等に至っては実績も経験もなさすぎる。まだ暫くは俺がいなければ部隊が回らなくなる」

 

「私なら出来ます。直人さんほどではないですが、上にも十分顔が利きますし、戦闘経験だって十分―――」

 

「君は扶桑皇国軍人だろう!!」

 

 直人は声を荒げた。若葉に向かって初めて。

 

「これは海上自衛隊の問題だ! 君が献身的に部隊を支えてくれていたことは感謝している。だがこれ以上扶桑皇国の支援を受ける必要はない。既にそういう段階は終わったんだ」

 

「―――っ」

 

 若葉は直人が初めて声を荒げたこと、そして拒絶と言っても過言ではない発言に衝撃を受けた。

 

「・・・私はもう必要ないってことですか?」

 

「俺は海上自衛官であり、君は扶桑皇国軍人―――お互い仰ぐ旗が異なるということだ」

 

「―――お先に失礼します」

 

 若葉は目を伏せ、早足に去っていく。彼女の頬からは一筋の涙が流れていることに、直人は気付いた。

 

(残された時間はあまり多くありません。早めに決着をつけることをお勧めします)

 

 脳裏には、先ほど田中が自分に向けて告げた言葉が響く。

 

「―――ええ、決着はつけましたよ」

 

 誰もいない夜道で一人、直人は両手の拳を強く握りしめた。

 




次回からようやくクライマックスに向けて物語が動き出します。

・・・年内に完結できたら御の字かなぁ
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