ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版) 作:軍曹
「平和ね~」
「・・・そうだな」
「最近はロシアもおとなしくなったし、暫くはこんな感じかしら」
「・・・そうだな」
「スクランブルが多いのは勘弁だけど、まったく無いってのも問題よね。練度の維持に苦労するから」
「・・・そうだな」
「―――んもうっ! ヒデちゃん、さっきからずっと“そうだな”しか言っていないじゃない!」
「あのなぁ・・・」
洋子に話しかけられていた彼女の婚約者、秀明は呆れたようにため息をついた。
航空自衛隊小松基地の一角―――
スクランブル任務中の二人は待機室で来るべき領空侵犯機に対応すべく待機しているが、
なぜか座っている秀明の膝に洋子が座っている。
「今は任務中だぞ。さっさと降りろ」
「えー、いいじゃない。そんなに重くないでしょ?」
「そういう問題じゃないだろう・・・ 坂田三佐も笑っていないで、なにか言ってくださいよ」
何を言っても無駄だと判断した秀明は援軍を求めるが、少し離れた位置で寛いでいる坂田は二人のやり取りを見てただ苦笑しているだけ。むしろ面白がっている風に見える。洋子の僚機である少女も苦笑いを浮かべるだけで彼を助けようとしている人は誰もいなかった。
「別にいいじゃないか。任務中ならともかく、今は待機中だ。それでリラックス出来るなら僕からとやかく言う気はないよ」
「いや、自分の膝は結構きついんですけど・・・」
リラックスどころか身体的に負担、精神的に興奮状態な秀明は、押し問答のうえ、何とか洋子を膝の上から退かす事に成功する。退去させられた洋子は代わりになのか彼の隣に座り、膝枕を要求してきた。
「お前は猫か」
「使い魔は犬ですー」
「いやぁ、君達は見ていて飽きないなぁ」
ウィッチと戦闘機乗りというカップルのやり取りを眺めていた坂田は朗らかに笑う。普段はネウロイとの生死をかけた戦いに身を置く自衛官は、非常にリラックスしていた。
「―――そういえば、若葉はどうなったんだろうね?」
暫くして、秀明の膝の上に頭をのせて寛いでいた洋子がポツリと呟く。
「北条三佐か? さあ、そこは何とも・・・」
「あいつが飛べなくなったらニュースになるだろうし、それがないってことはまだみたいね」
全く、若葉は・・・と洋子はため息をつく。彼女も
「流石に浦瀬二佐もいきなりは無理じゃないか? そうでなくても今はウィッチ不足だし、自分が抜けるという問題を一番理解しているのは―――」
「それはわかっているわよ。でもあいつの魔法力はもう衰えきっている。残念だけど遅かれ早かれ飛べなくなるわ」
ただ魔法力を失って飛べなくなるだけなら問題はない。だが実際はシールドが使えないにも拘らず、最前線でネウロイと戦う実戦部隊の指揮官なのだ。万が一撃墜されて戦死してしまったら、その影響はどれだけ広がるか―――
「
「あとはまぁ・・・浦瀬二佐が奥手だとか?」
「それが一番ありそうね」
婚約者の冗談に、洋子は苦笑を浮かべた。
―――突如鳴り響く警報音。それまで待機室に漂っていた弛緩した空気は一瞬で無くなり、一斉に部屋から飛び出す。
「全く! 相変わらずいきなりで心臓に悪いわね!」
「文句は領空侵犯機に言え!」
「わかっているわよ、まったくもうっ!」
文句をつきながらも全力疾走で格納庫に向かう。
―――彼女達は知らなかった。
今まさに、世界の平穏が崩れたことを。そして人類の危機が迫っているということを―――
十一月も半ば、年末まで後二ヶ月を切った頃、九〇一空の面々は太平洋上の船上にいた。
前回と同じく護衛艦「いずも」に乗り込んでの洋上訓練。アラビア海での多国間演習前に行われたものと異なる点として、周囲を護衛する艦が少ないことだろうか?
だがそれ以上に異なることが、今まさに搭乗員待機室で巻き起こっていた。
「―――以上でデブリーディングを終了するが、何か質問はあるか?」
訓練終了後、直人は各隊員への指摘を行い、今まさにそれも終わりを迎えるところ。だがその表情はどこか固く、無意識に有無を言わさぬ威圧感を出している。
郁、智代、アリスと視線を移し、最後に若葉へ視線を向けると、口を開いた。
「北条三佐、何かご指摘はあるだろうか?」
「いえ、何もありません。
感情の抑制された声色に、思わず身を縮こまらせる郁達。幸いその様子を指摘されることはなかった。
「―――以上でデブリーディングを終了する。明日に備えてゆっくり休むように」
そう言うと直人が、続いて若葉が続いて部屋を出ていった。―――お互い別々の方向に。
「―――はぁ、怖かった・・・」
暫くして、部屋に残っていた三人はようやく安堵の息を吐く。部屋に漂っていた張り詰めた空気が、ようやく弛緩した。
「まだ仲直りしていないなんて・・・本当に何があったのかな?」
「さぁ・・・私もさっぱり」
智代もアリスも、もちろん郁も二人が仲違いしている原因を知らず、隊長と副官の不仲な様子をただ黙って見ている事しか出来ていない。業務や訓練に支障をきたしているわけではないのが幸いだが、それまで仲が良い―――というより最早長年連れ添った夫婦と言っても過言ではないほど息の合った様子から一変した状況に、彼女達は困惑していたのだった。
「この状況、どれくらい続くんだろう? 出来れば早く仲直りして欲しいんだけど」
「原因さえわかれば、私達で仲裁出来るんだけどね」
「いや、私達がかかわると余計に拗れるかも。しばらくは静観するしかないと思う」
「それしかないかぁ・・・」
訓練が終わり、自分達の部屋に戻るべく艦内を歩く三人。すると丁度見知った顔と通路で出会う。
「お。どうも、有村二尉」
「あ、田所二曹」
直人の同期であり親友の祐次である彼は「いずも」の乗組員であり、以前の洋上訓練で知り合って以来、乗艦するたびに何かとお世話になっている一人である。丁度彼も非番になったということで郁は予定を変更し、一同食堂で集まることになった。
「―――早速で悪いんだけど・・・直人のやつどうしたんだ? あんなピリピリしているの初めてなんだけど」
食堂に到着し、席に座るや否や祐次は口を開く。話題はもちろん親友のことについてだ。
「いや、それが私達も何が何だか・・・」
「ある日突然若葉さんとあんな感じになって、以来ずっとあの状態なんです」
「北条さんも、ってことはどっちかが悪いわけじゃなく、何かしら譲れないことがあったんだろうが―――なんなんだ一体?」
「譲れないこと?」
「おう。北条さんのことはあまり知らないけど、恐らく二人とも自分が悪ければしっかりと謝ることが出来ると俺は思っている。その二人が喧嘩しているわけだから、多分そういうことなんだろうさ」
「譲れないこと、か」
「う~ん・・・」
「あくまで俺の推測に過ぎないんだけどな。―――それにしても、久しぶりに会えるから直接会って伝えようと思っていたんだが・・・」
「? なにかあったんですか?」
「ああ。―――俺、来年結婚することになったんだ」
気恥ずかし気に頬を掻きながらそう告げる祐次の表情は、幸せに満ち溢れている。
「おお、結婚!」
「わぁ、おめでとうございます!」
「ありがとう。―――数年前から付き合っていた彼女にようやくプロポーズしてな。こんなご時世だし、いつ何が起こるかわからないけど、それでも一緒にいたいと思って勇気を出したんだ」
「そうですか・・・」
それを聞いた郁は改めて思う。十年前の“ゲート”出現以後、人々は常にネウロイの脅威にさらされ続けている。近年は世界的に民間への被害が各段に減ったが、まったくなくなったわけではなく、軍隊等に至っては定期的に被害が出続けている状況。今年もアラビア海でアメリカ海軍大きな被害を受けたのは記憶に新しい。
自衛隊もこの十年で少なくない被害を受けており、
「結婚かぁ・・・」
「私達にはまだ早いよね」
「まあね。そもそも相手がいないし」
「というか、そもそも結婚出来る年齢じゃないでしょうが・・・」
郁は今年度中に十六歳を迎えるものの、現在法的に結婚できる年齢に達していない。そもそも相手もいなければ、今の所結婚願望すらなかった。
「はははっ。 ―――ま、そういうわけで、直人には結婚式でスピーチしてもらいたいなぁと思っているんだが・・・流石に現状ではな」
「あー・・・確かに」
原因は不明だが、若葉と険悪な関係になっている現状、この話を持っていくのは非常に難しい。しばらく様子を見て落ち着いてから改めて話すのが良いだろう。
「あいつにはあまり隠し事をしたくないし、早く仲直りしてくれねえかなぁ・・・」
そう言うと祐次は頬杖をつき、ため息を付いた。
「―――結局、原因不明のまま・・・か」
「なにか言ったか?」
「いえ、何でもありません」
振り返った直人にそう答える郁。二人共ユニットを装着してエンジンを起動させており、周囲は騒音に包まれていたが、声が聞こえたようだ。
「ならいいが・・・あまり余計な事を考えるなよ。ネウロイを倒す事だけに集中すればいい」
まるで自分に言い聞かせているような言葉だが、郁は何も言わずただ頷く。
(そう。今は余計なことを考える余裕なんてない―――)
先日、日本近海にネウロイが出現し、航空自衛隊がその対処に当たった。
それだけならば、今の日本ではよくある話の一つに過ぎない。だが問題はその数で、超大型だけでも十以上。それも北は北海道から南は沖縄まで、まるで日本を包囲するかのように出現したのだ。おまけに今日も同じようにネウロイが出現し、現在空自が迎撃に出ている。これまでとは明らかに異なる出現パターンを取り始めたネウロイの動きに防衛省は、数日は同じようにネウロイが出現すると予想。連日の出撃で空自の稼働戦力が低下する恐れがあることから、洋上訓練中だった九〇一空を本土へ呼び戻すことにしたのだった。
「突然出現パターンが変更したとなると・・・大規模な攻勢の前触れでしょうか?」
「わからん。話によると、日本だけでなく世界中でネウロイが活発的に動いているようだが―――」
日本だけでなく、世界各地でもネウロイが出現しているため、各国は大幅に警戒レベルを上げている。旅客機はおろか船舶も運航を停止しているほどだ。経済的には非常に痛いが、安全には変えられないだろう。
「―――あるいは、陽動って可能性も」
「? 今なんて?」
「いや、なんでもない。急いで戻るぞ」
硫黄島のさらに南を航行していた護衛艦隊から戻るとなると、一度小笠原諸島のどこかで降りる必要がある。燃料はともかく、魔法力は休息でしか回復しないため、どんなに早くても厚木へ戻るのは明日となる。
「もしかしたら道中で戦闘になる可能性もあるな。・・・本当は艦隊を丸腰にしたくはなかったが」
直人は沈痛な面持ちで目を伏せるが、それも一瞬の事。すぐに気持ちを切り替えた。
「よし、じゃあ―――」
『発艦中止! 繰り返す、発艦中止!』
「!?」
突如スピーカーから聞こえてきた放送に、発艦準備をしていた全員が驚きの表情を浮かべる。
「発艦中止だと!? このタイミングでか!?」
「どういうこと?」
「流石に私も・・・」
整備員はもちろんの事、智代やアリスも困惑している。経験豊富な若葉ですら同じ表情を浮かべていることから、余程の出来事なのだろう。
『九〇一空は直ちに搭乗員待機室に集合せよ。繰り返す、九〇一空は―――』
「一体、なにが・・・?」
続けて聞こえて来た放送は、郁は底知れぬ不安を抱かせるのだった。
「―――突然済まない。だが緊急事態だったのでな」
搭乗員待機室には郁達九〇一空のウィッチに整備班長、そしてスクリーンの前に立つ宮城司令の姿があった。
部屋は明かりが消され、光源はスクリーンに映されている青い画面のみ。皆が黙っている中、彼はスクリーンを操作して一枚の写真を映した。
「これはつい数時間前、NASAが撮影した画像だ」
「黒い・・・丸?」
そこに映っていたのは、中央に黒丸があり、その周囲が青い以外全てが真っ白な写真。見ただけでは何もわからないそれに、智代が思わず首を傾げる。
「場所は南極点。本来ならアムンゼン・スコット基地がある地点だ」
「もしかして―――ネウロイ?」
「その通り。幸い基地自体はたまたま無人だったため人的被害は皆無だが、推定で直径十キロという巨大なネウロイのドームがこの地点に作られた。恐らくネウロイの巣と思われる」
「直径十キロ・・・」
アリスは途方もない大きさを聞いて、思わず呟いた。
「―――あの、確かにネウロイの巣が出来たのは大きな問題ですけど、そこまで緊急事態ではないような気がするのですが」
「確かに。南極点ってどの国からも遠いし、喫緊の課題ってわけじゃー――」
「それは二枚目を見てもらえばわかる」
郁と智代の疑問を聞いて、宮城は写真を切り替えた。そこには先ほどと同じ黒い丸が映っているが、よく見るとその周囲の青色が広くなっている。
「さっきとあまり変わらないような―――?」
「まあ、これでは少しわかりにくいだろう。今度は赤外線での画像だ」
そう言うなり切り替えられた写真。今度は中央が白く、離れるにしたがって赤、黄色、緑、青、黒と色が変化していた。
ガタッ―――!
その写真を見た瞬間、直人が驚愕した表情を浮かべながら立ち上がった。見れば若葉立ち上がってこそいないが、同じような表情を浮かべている。
「司令。まさかネウロイは―――」
「ああ。―――ネウロイは南極の氷を溶かすつもりだ」
南極―――
地球で五番目に大きな大陸で、その殆どが厚い氷に閉ざされている極寒の大地である。人類が生存出来る環境ではなく、ごく少数名が研究のため滞在することがあったが、近年はその数を大幅に減らしていた。本来南極点にあるアムンゼン・スコット基地が無人だったのも、その影響がなかったとは言い切れず、ネウロイの発見が遅れたのだ。
「このネウロイが出現したのは恐らく数日前と推測され、以来この地点を動かず、自身を熱を用いて周囲の氷を溶かしている。その速度は加速的に増えており、恐らく二、三ヶ月程度で取り返しのつかない事態―――つまり溶けた水が海に流れ込み、海面上昇が起きるというのが専門家の見解だそうだ」
「・・・その海面上昇って、どれくらいですか?」
「推定で約五〇メートル。最大で七〇メートルは上がるとの見込みだ」
「七〇・・・」
七〇メートルとはおよそ二十三階建てのビルに相当する高さである。おまけにそれだけの量の水や氷が一気に流れ込めば、間違いなく津波が発生する。その高さはその倍以上になるだろう。世界の主要都市は間違いなく海の底に沈むか、津波の直撃を受けることは間違いなかった。
「米軍は―――アメリカ軍は動かないんですか?」
直人はそう質問するが、すぐに表情を歪める。現在世界各地でネウロイが出現しており、それは北米大陸も例外ではない。ただでさえウィッチが不足しており、空軍が海軍のウィッチ隊を吸収したほどだ。余裕なんてあるはずない。
「残念ながら現状は自国防衛で手一杯だそうだ。弾道ミサイル攻撃も検討されたが、核弾頭では南極の氷を溶かしてしまい、火に油を注ぐ結果になるし、通常弾頭では命中率が期待出来ず、例え命中してもネウロイの巣を破壊するだけの破壊力を得られないとのことだ。―――それに、これを見て欲しい」
次に見せたのは、さらに広域を撮影した衛星写真で、南極点を中心に黒い雲が台風のように渦巻いていた。
「ネウロイの巣を中心に周囲五百キロ程度は晴れているものの、そこから半径二千キロは現在厚い雲に覆われ、暴風が吹き荒れている。航空機では容易に近づけず、ネウロイが気象操作を行っている可能性が高いため、解消される見通しはない。今のところこのドーム型ネウロイ以外存在しないみたいだが、そんなのは慰めにもならないな」
「そんな・・・」
郁は絶望感に苛まれる。こうしている間にもネウロイは刻一刻と南極の氷を溶かし続け、人類滅亡とまでは言わずとも,間違いなく文明は大きく後退する危機が迫っているにもかかわらず、人類はそれに対処する術がないのだ。無力感に襲われるのも無理はない。
「―――それで、我々は何をすれば良いのですか?」
いつの間にか椅子に座りなおしていた直人が、その空気をかき消すように大きめの声で呟いた。
「・・・手があるんですか?」
「でなければ、わざわざ厚木に戻る直前だった俺達を呼び止めるわけがない」
「だろうな。こう言っちゃあなんだが、俺達は現状、暇を持て余している唯一のウィッチ隊だろうよ」
その言葉に同意するように、班長も呟いた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「そうだ。確かに状況は最悪である。だが手がないわけではない」
宮城は力強く頷くと、スクリーンを切り替えた。
「これは・・・?」
「南極観測船「しらせ」だよ。一応自衛隊に所属している」
「一応?」
「文部科学省の予算で建造されて、運用は自衛隊で行われているんだよ」
スクリーンに映る船を見て首を傾げたアリスに、智代が説明する。
「現在「しらせ」は第六四次南極地域観測航海のため日本を出港し、現在本艦隊近くを航行中だ。第九〇一飛行隊は総員「しらせ」と合流後同船に移乗、南極の昭和基地に向かう。その後同基地に配備されている雪上車複数台に分かれて乗車し、ストライカーユニットの出撃可能地点まで進出。そこから出撃し、南極点に鎮座するネウロイの巣を破壊する。作戦は以上だ」
「・・・無茶苦茶ですね」
宮城の説明を聞き、若葉は苦い表情を浮かべる。確かに空路が使えない以上、海路と陸路しか方法はない。だが昭和基地まではともかく、そこからの陸路は無茶を通り越して無謀に近い。いくら極地用に開発された雪上車といえど、南極点までの往復約四千キロを走行した経験はないうえ、ネウロイの襲来もありえなくはない。たとえそれがなくても、常に悪天候で暴風が吹き荒れる中を進むのは、本来想定していなかった。
「―――無茶を言っていることは承知している。だが我々にはこれしか方法がない」
もしかしたら状況が良くなって、これよりもっと良い方法が後に出てくるかもしれない。だが現状ではこれ以上の方法がないのも事実。世界中で今、南極へ行ける戦力は
「既に内閣総理大臣の承認を得て、本作戦は発動された。―――申し訳ないが、拒否権はない。「しらせ」との合流は明朝〇九〇〇、それまでに準備を済ませておくように」
宮城は表情を強張らせながらも、毅然とした態度でそう告げた。
砕氷艦「しらせ」―――
海上自衛隊の所属ではあるものの、文部科学省の予算によって建造された本艦は、南極地域観測隊の輸送・観測任務のために生まれ、年に一度の間隔で南極にある昭和基地と日本を往復している。近年ネウロイの出現によって予算は縮小傾向にあるものの、打ち切られることはなく細々と活動は続いていた。
今回の航海も例年と同じく、東京晴海埠頭を出港して一路昭和基地を目指していた最中。少し前までは、途中でオーストラリアに寄港していたのだが、近年は直接昭和基地まで向かうことが多くなり、よって民間人である南極観測隊も既に同乗していたのだった。
「ようこそ「しらせ」へ、宮城司令」
「よろしく頼む。氷川艦長」
「しらせ」のブリッジで、宮城と「しらせ」艦長の氷川一佐が敬礼を交わす。左舷側には宮城が乗艦していた「いずも」が停船しており、ヘリコプター等を用いての物資移送が行われ、周囲には他の護衛艦が警戒するように航行していた。
「しかし、南極にネウロイとは・・・ 奴らは寒いのが苦手だったのでは?」
「確かに彼らは水と寒さに弱い。だが“向こう側”からの情報によると、中には気象操作を行うものや、氷を纏って偽装した個体も確認されているそうだ。今回の敵もそういったイレギュラーなのだろう」
「なんとまぁ」
氷川は渋い表情をしながらかぶりを振る。そのうち水すら克服し、海中から船舶を襲う可能性も考えられると、彼は暗い未来を予感した。
「失礼します。あと二時間ほどで物資移送が完了する予定です」
「了解した。ユニットの予備等も含めて積み残しがないように」
「はっ!」
報告にやってきた尉官は敬礼し、その場を後にする。その後姿を目で追いつつ、二人の視線は自然と作業に追われている後部ヘリ甲板へと移った。
「あの子達が九〇一空ですか」
「ええ。海上自衛隊唯一の機械化航空歩兵隊にして、最後の希望です」
「最後の希望、ね」
少々表情が固いものの、作業に没頭する少女達を眺めていた氷川は、そのまま顔を上げてマストに視線を向ける。そこには指揮官たる海将が乗り込んでいることを示す海将旗と、本来は“曳航を求む”、あるいは“現在投網中”を意味する信号旗が掲げられていた。
「まさかその作戦に護衛艦ではなく、本艦が選ばれるとは思いませんでした」
「南極の流氷海域を進めるのは、「しらせ」しかなかったからね」
「今の話を聞いていたら、文部科学省が来年度の予算獲得のネタにするかもしれませんよ」
「ありえる話だ」
(来年があれば、な―――)
艦長の冗談に苦笑した宮城は、内心そう呟く。こうしている間にもネウロイは南極の氷を溶かし続けているのだ。
(人類に残された時間は少ない。そしてそれに対応出来るのは九〇一空のみ――― 後世の人々は我々を外道と呼ぶかもしれないが、構うものか)
この作戦が失敗すれば海面は大きく上昇し、多くの人命が失われる。下手をすれば人類そのものが滅ぶ可能性だってあるのだ。
(―――だから、誰でもいい。神でも悪魔でも。どうか彼に、彼女達に力を貸してくれ)
そう願う宮城の視線の先には、Z旗が力強くはためいていた。
人類ノ興廃此ノ一戦ニ有リ、各員一層奮励努力セヨ
―――作戦が、開始された。
いよいよ物語も最終章に入りました。
・・・今年中に終わらせたかったなぁ