ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版)   作:軍曹

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第十三話「それぞれの決意」

「お疲れさまでした。こちらへどうぞ」

 

「ここが・・・」

 

 有村香織は案内役に従って車を降り、それを見上げた。

 

 東京都新宿区市谷本村町五番一号―――今は亡き夫と、ウィッチとして日々任務に勤しむ娘が所属する組織の総本山、防衛省である。

 

 石川県小松市に住む彼女がここへ来たのは、突然制服姿の海上自衛官が訪問してきたからである。緊急の要件ということで身支度もそこそこに、自衛官に連れられて電車に揺られること数時間。ネウロイの出現により国内外の航空便が軒並み欠航していることから、事態はあまり良くないことを漠然と感じていた彼女だったが、こうしてわざわざ防衛省に呼ばれた理由を、未だ推察出来ていなかった。

 

(郁が大怪我をした、あるいは―――でも、それなら防衛省まで来る必要はないし、何かしら大きな作戦が? でもそれを家族に伝えることは―――)

 

「こちらの部屋でお待ちください」

 

「あ、はい。どうもありがとうございます」

 

 色々考えているうちに到着したらしく、香織はそのまま部屋に入る。

 

 ―――想像するより少々狭い、会議室と思われる部屋には既に人がいた。

 

 立派な着物を着た初老らしき夫婦、アメリカ海軍の制服を着た白人男性とその妻と思われる女性、技術畑らしい眼鏡をかけた男性とその妻らしき女性。三組の男女は彼女が入るなり、視線を向けてくる。軽く頭を下げた後、香織は空いていた席に座った。

 

「もしかして、有村さんのお母さんですか?」

 

 一息つくと、隣に座っている女性が小さく声をかけて来た。眼鏡をかけた男性と一緒にいる女性である。

 

「はい、そうです。ええと・・・」

 

「いつも有村さんがお世話になっている智代の母です」

 

「父です。娘からは良くお世話になっていると聞いておりました」

 

「いえ、こちらこそ色々助けて頂いているみたいで。―――ということは」

 

「ええ、他の方も」

 

 ここに集まったのは、九〇一空に所属する隊員達の親族であった。今の所四組(・・)しかいないが、これで問題はない。ほぼ間違いなく後で来ることは香織も理解していた。

 

「あちらがベイカー二尉のご両親、そして奥の方が北条三佐のご両親です」

 

「どうも、いつも娘がお世話になっています」

 

 香織が挨拶すると、二組の夫婦はそれぞれ軽く頭を下げるが、その表情は硬い。非友好的というわけではないが、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 

「―――あの、ここに集まったということは、娘になにかあったということなんでしょうか?」

 

「いえ、私達も突然呼ばれましたので・・・普通なら例え大きな作戦前でもこうして呼ばれることはないですし」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、少なくとも扶桑では。私も元ウィッチですから―――と、始まるみたいですね」

 

 説明役と思われる海上自衛官が入ってきたため、香織は慌てて居住まいを正す。そして海上自衛隊のトップ―――海上幕僚長の肩章を付けた男性が前に出て、挨拶をした。

 

「皆様はじめまして。日本国海上自衛隊の幕僚長を務めさせて頂いております、浦瀬(・・)直文です。本日は皆様への重大なご報告と、お願いがありまして集まって頂きました。なお本件は防衛機密に属するため、申し訳ございませんが作戦終了までの間、こちらの手配したホテルに泊まって頂くことになります。有村様、木佐貫様方はもちろんの事、ベイカー中佐方、北条様方も既にアメリカ合衆国政府、扶桑皇国政府に了承を頂いています」

 

(それは・・・)

 

 その話を聞いて、香織はとてつもない事態にないっていることを確信した。扶桑、アメリカ政府をも動かした一大作戦。それは同時に現在の情勢が非常に危機的であることを暗に示している。

 

(一体、なにが起きているの・・・? 郁―――)

 

 香織は悪寒に苛まれながらも、どこにいるかも分からない娘の安否を心配していた。

 

 

 

 

 

(―――眠れない)

 

 揺れる車内に仮設された二段ベッドの下側で、郁はずっと横になっているものの、一睡も出来ていなかった。

 

 車内が揺れているとか時差ということもあるが、それ以上に今回の作戦にかかる重責が原因だと彼女も理解している。おまけにここ一週間はほぼずっと車内待機で暇だったため、睡眠だけはしっかり取れていたのだ。眠気が無ければ眠れるはずもない。

 

 このまま目を閉じていても意味がないと思った郁は少しだけ上体を起こし、遮光カーテンを僅かにずらし、外の景色を眺める。

 

「・・・風が、弱まってる」

 

 空は黒い雲で覆われ、薄暗い大地は一面の雪景色―――

 

 郁達は南極点に向けて、南極大陸の大地を進んでいた。

 

 ―――九〇一空の乗る「しらせ」は、そのまま途中まで艦隊の護衛を受けつつ南下し、流氷地帯を抜けて無事に昭和基地へと到着した。その後、雪上車等各種設備の整備を行うため同基地に数日滞在し、準備が整ったため出発したのが約十日前。空は暗く、暴風が吹き荒れる中の強行軍だったが、そのおかげかネウロイの襲撃を受けることもなく、奇跡と言っても過言ではないほど順調に進んでいた。

 

 今回の作戦では九〇一空を中心とした海上自衛官だけではなく、昭和基地にいた第六三次南極観測隊やその交代要員として「しらせ」に乗艦していた第六四次南極観測隊のメンバーも参加している。ほぼ全員が初めての南極となる自衛官達のサポートを行うために政府から要請を受けた古強者ばかりであり、ここまで来られたのは間違いなく彼らのおかげだろう。

 

 郁達の乗る雪上車は簡易的ながら仕切りが設けられ、直人を除いた九〇一空専用のスペースが確保された。元々ストレス低減のため女性専用車となっていたが、気心の知れた仲間だけのスペースがあることは、彼女達の心労を確実に和らげている。

 

 とはいえ、狭い車内ではあまり体を動かせず、常に暴風が吹き荒れていたため外出は最低限。そして何より失敗すれば人類の危機という重大な作戦前という事実は大きく重くのしかかっていた。

 

「郁も眠れないの?」

 

 郁が暫く外の景色を眺めていたら、突然声を掛けられた。振り返ると通路を挟んだ反対側の二段ベッド下側で寝ていたはずのアリスが、こちらに顔を向けている。

 

「あまり体を動かせていないからね。体を休めるのも仕事のうちっていうけど」

 

「ずっと風が吹き荒れていたからね。出撃前にはしっかり体を動かしておかないと」

 

 二人は小さな声で会話する。若葉は運転席の方へ行っているが、アリス側のベッド上段には智代がいるからだ。声に反応しないことから、恐らく寝ているのだろう。

 

「―――ねぇ、郁はお母さんとどんなお話をしたの?」

 

 

「どうしたの? いきなり」

 

 アリスが尋ねたのは、昭和基地に到着する前の「しらせ」乗艦時のこと。特例ということで短時間ながら家族とのテレビ電話が許可され、衛星を介してそれぞれ家族と対面した件についてだろう。

 

「ちょっと聞いてみたくて。眠れないし、どうせなら他の家族はどうだったのかなぁって思って」

 

「―――まあ、体に気を付けてとか無事に帰ってきてほしいとか、あと最後に武運を祈るみたいな」

 

「その・・・郁のお父さんとかの話はあった?」

 

 少し迷った様子を見せながら、それでも聞いてきたアリスに、郁は安心させるように笑みを浮かべながら答える。

 

「私からね。お父さんはどんな気持ちで戦ったのかなって聞いてみたけど、流石にわからないってお母さんは困った表情を浮かべてた。ただ、間違いなく私のことは考えていたと思うって」

 

「そっか・・・」

 

「何かあったの?」

 

 目を伏せたアリスの様子が気になり、郁尋ねる。

 

「―――私、ここにいていいのかな?」

 

「え――――――」

 

 虚を突かれた郁に、アリスは悲しげな笑みを見せながら続ける。

 

「お父さんは、お前は“合衆国の誇りだ”って言っていたんだ。私はアメリカ人で、合衆国海軍軍人で――― でも、今は色々あって日本の海上自衛官。私は一体何なんだろうね?」

 

「アリスはアリスだよ。私達の仲間」

 

「本当に?」

 

 郁はなぜ彼女がそう尋ねてくるのか、分からなかった。

 

「なんで・・・そんなこと聞くの?」

 

「浦瀬二佐には未来予知、北条三佐には治癒魔法、郁には空間把握、智代には超加速――― 私には何もない」

 

「そんなことない! 指揮能力も、状況判断力も、火力だって私より・・・!」

 

「それは誰でも代替え出来るものだよ。指揮能力や状況判断力は訓練でいくらでも伸ばせるし、火力に至っては持っている武器の違いだけ。接近したら郁の刀の方が高いくらい。私じゃなくても替えは十分効く。私だけ皆と違うから―――」

 

「そんなことはないよ」

 

 突然聞こえて来た智代の声。見るとアリスの上段ベッドで寝ていた智代は顔を出して見下ろしていた。

 

「智代、起きていたんだ」

 

「まあね。 ―――アリス。アリスだけ皆と違うってことはないよ」

 

「そんなこと―――」

 

「私と有村さんは似ているけど、扶桑系日本人と日本人でそもそも住む世界が違っていたし、北条さんは現役の扶桑軍人でアリスと同じ出向組、隊長に至っては性別が違うでしょ? ほら、皆バラバラじゃん」

 

「確かに」

 

 言われてみれば、確かに九〇一空の隊員達は皆違っている。同じ肌をしてよく似た文化を持つため見分けがつきにくいが、細かいところは日本と扶桑でだいぶ変わるのだ。

 

「で、でも! 私には固有魔法が・・・」

 

「固有魔法って、そもそも持つ人の方が少ないんだよ。たまたま固有魔法持ちのウィッチが集まっていただけ。それに―――有村さんは洋子さんに勝てる?」

 

「無理。あの人に勝てるとは思えない」

 

 洋子には固有魔法がないが、“空間把握”を持つ郁でも敵うとは思えず、“未来予知”の直人相手でも互角に戦えるのだ。固有魔法の有無が勝敗を決定づけるというわけではない。

 

「固有魔法は便利だけど、結局のところ使い方次第なんだよ。固有魔法がないから仲間外れってことはない。アリスには固有魔法がないからこそ出来る戦い方があるはずだから、それを極めていけばいいんだよ」

 

「固有魔法のない、戦い方・・・」

 

 ぽつりとつぶやくアリスの表情には、先ほどまでの悲壮感はない。その様子を見て満足そうに笑みを浮かべた智代は、いったん顔を引っ込めると、一冊の本を彼女に手渡した。

 

「これ、貸してあげる。時間はまだあるから全部読めると思うよ」

 

「これって・・・」

 

 受け取ったのは、一冊の古びた本。しかし大切にされていたのか、しっかりとしている。

 

「“魔女達の航跡”?」

 

「“向こう側”で半世紀前にあった、第二次ネウロイ大戦で従軍したウィッチ達の活躍がまとめられた本だよ。私達“向こう側”のウィッチなら誰もが読んだことがあると思う」

 

 第二次ネウロイ大戦―――約半世紀前、“向こう側”で起きたネウロイとの戦いは、それまで怪異と呼ばれていた頃と異なり、多くの国土を、人命を奪った。

 

 一時は欧州大陸の大半がネウロイの支配下になるも、一九四四年のガリア奪還を切掛けに、東部方面の反攻、ヴェネチア、ベルリン等、最終的に人類は全ての地域を奪還する。それらの戦いの中心には、常にウィッチの存在があった。

 

「第五〇一統合戦闘航空団を筆頭に、世界各国の精鋭が集められた統合戦闘航空団や各国の部隊、世界各地で戦ったウィッチ達の記録や自伝が纏められているんだけど、その中で私が一番好きな言葉があるんだ」

 

「好きな言葉?」

 

「うん。―――“わたしにできること”」

 

「わたしに、できること・・・」

 

 日本語でたった九文字しかないその言葉は、不思議とアリスの心に響く。

 

「その本には苦しかったことも、悲しかったことも書いてある。だけど、最後まで読めば必ず勇気を貰えるよ」

 

「・・・ありがとう。これ、暫く借りるね」

 

「うん!」

 

 少し弱いものの、ようやく笑みを浮かべたアリス。その表情を見て智代は屈託のない笑みを浮かべた。

 

「早苗、私も後で借りていい?」

 

「もちろん、是非読んで!」

 

「あ、じゃあ一緒に読まない? 軽く見ただけで見たことがない漢字が書いてあるみたいで・・・」

 

「あ、そういえばそれ扶桑語訳だから、日本語で言う旧字体とかがいっぱい使われていたんだった」

 

 日本語と扶桑語はほぼ同じものといっても過言ではないが、歩んできた歴史が異なるためか、言葉の意味や漢字の書き方等微妙な違いがある。基本的な日常生活が送れる程度日本語を習得しているアリスでは、読むのは少々難しいものだった。

 

「わかった。じゃあ一緒に読もう」

 

 郁はそう言ってほほ笑えみ、アリスのベッドへ行こうと体を起こす。すると丁度同じタイミングで雪上車が停止した。

 

「あ、止まった」

 

「休憩・・・かな?」

 

 不思議そうに顔を上げる智代達。窓の外を見ると、他の雪上車も停止しており、何人かの隊員達が降りている。

 

「あ―――」

 

 ふと、この車両へ近づく人影が見えた。別の車両に乗っている直人である。そしてこの車両から運転席の方にいた若葉が降りていくのが見えた。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、浦瀬二佐。何かありましたか?」

 

 雪上で対面した二人は敬礼をする。相変わらず和解していない二人だったが、ここ数週間の怒涛の展開により、当初のような冷え切った関係はだいぶ緩和されていた。

 

「二点程良くない知らせがある。今の我々には殆ど関係のない話だが、北条三佐には知っておいたほうが良いと、司令の判断だ」

 

 憮然とした表情で、直人は続ける。

 

「一点目は、アメリカ軍が南極点のネウロイを撃破する作戦を実施したらしい」

 

「失敗、ですか」

 

 結果は言わずともわかると言わんばかりに、若葉は平静に呟く。仮に成功していれば自分達がこんな所にいる意味はなくなるため引き返すだろうし、状況が悪化したならば最初の前置きと話が違うことになる。ただの連絡事項、というところだろう。

 

「空軍さんが独自に立案し、なけなしの戦力をかき集めて行ったそうだ。全土から精鋭のウィッチを抽出し、試作中だった輸送機改造の空中空母―――この言い方合っているのか?―――に乗せて南極点へ送り込む。ま、結果は分かり切ったことだが」

 

「凄まじい嵐でしたからね。本当、よく誰も欠けることなく無事に通過出来たものです」

 

 現在南極大陸はネウロイが気象操作を行っているらしく、南極点を中心とした一部を除き、ほぼ全域に暴風が吹き荒れている。彼女達も数日前までその暴風圏の中を通っており、十メートル先も見えないほど天候が荒れていた。全員が無事に通過出来たのは能力以上に運があったからだろう。

 

「幸い、機体に損傷こそあれど、全員無事に帰還出来たそうだ。―――と、こっちはただの連絡事項といったところだ」

 

「それで、もう一つの方は?」

 

「―――南極にいるネウロイの存在が世間に露見した。その目的も含めて」

 

「―――っ!?」

 

 若葉は思わず目を見開いた。直人は嘆息して話を続ける。

 

「NASAに勤める一人の職員が漏らしたそうだ。こんな重大な情報を隠蔽するわけにはいかない、ということらしい」

 

「そんな・・・どれだけ世界が混乱するか―――」

 

「既に暴動が発生している地域もあるらしい。幸い日本はまだ落ち着いているらしいが、それもいつまで持つのやら」

 

 今回の作戦はその重大さを鑑みて、秘密裏に作戦が進められていた。だが現在は混乱を最小限に抑えるため、南極点にいるネウロイの撃滅作戦が行われている事が公表されている。参加する部隊名―――九〇一空という事もその中に含まれていた。

 

「今や我々は、全世界から注目される存在になったらしい。―――まあ、今は特段気にすることはないな」

 

「・・・有村さん達には言わない方が良いですね」

 

「変に意識されても困るからな。とりあえず連絡事項は以上だ」

 

 連絡事項を全て伝え終えた直人は、しかしその場から動かない。顔は背けているものの、時折若葉を気にするように視線を動かしている。なにか言おうとして思いとどまる。その動きは若葉も同じ。

 

 ―――南極に来てから、二人は仲直りの切っ掛けを作ろうとしていた。

 

 お互い、嫌いになったわけではない。直人は彼女が自分を思って言ったことであると理解しているし、若葉も彼が現役を続ける理由を理解している。今回の作戦が発動し、待機時間が多くなったことで二人は冷静さを取り戻していた。

 

 後は仲直りをするだけ―――しかしここまで中々タイミングが掴めず、顔を合わせる機会が少なかったこともあり、今日まで先延ばしになっている。

 

 そして、ようやく訪れた機会。お互いどう切り出すか暫く躊躇していたが、先に動いたのは若葉だった。

 

「あの・・・」

 

「な、なに?」

 

 一瞬躊躇するも、若葉は思い切って尋ねる。

 

「―――お父様と連絡を取らなかったというのは、本当ですか?」

 

「―――どうしてそんなことを」

 

 直人の顔から、表情が消える。その様子を見て若葉は困惑しながら続ける。

 

「偶然聞いたんです。お父様ではなく、田所さんと連絡を取ったと」

 

「―――あいつが結婚することを聞いたからな。今のうちにおめでとうって言いたかったんだ。昔から色々助けてもらっていたし・・・」

 

 顔を背けながらそう淡々と呟く直人、だがばつの悪い表情を浮かべていることから、それだけが理由ではないことがわかる。

 

 若葉はこの際だと、勇気を出して尋ねてみることにした。これまで触れないようにしていたパンドラの箱を。

 

「お父様のこと―――嫌いなんですか?」

 

「――――――」

 

「お父様の話題になると、いつも顔が強張っていましたし、顔を合わせても大体仕事の話で、私的なことは一切ありませんでしたし、その・・・なにがあったんですか?」

 

 その問いに、直人は暫く押し黙っていたものの、やがて観念するようにため息をつき、口を開いた。

 

「父さんは立派な自衛官だと思っている。今も昔も、ずっと変わらず俺の目指すべき立派な自衛官だ」

 

 彼の口から出た言葉は、まぎれもない本心。だがそれが全てではないことは彼の寂しそうな表情から伺える。

 

「だけど“父親”ではない。家にいても、仕事がなくても父さんはずっと“自衛官”だったんだよ」

 

 ―――父、直文は直人にとって、幼い頃からの憧れだった。威厳、佇まい、決断。多くの部下からも慕われ、現場を第一に考えるその姿は、仕事で殆ど家にいなかったものの、彼の誇りであり、憧れだった。早々に自衛官の道を目指すことになるのは必然だったといっても過言ではない。

 

「父さんが仕事で殆ど家にいないから、必然的に母さんが父親代わりにもなって―――でも、俺はそれが当たり前だと思っていた。そう、当たり前だと思っていたんだよ・・・」

 

 直人は突然若葉に顔を向け、確認するように尋ねる。

 

「俺の母さんの事は知っているよね?」

 

「はい、確か十年以上前に亡くなられたと・・・」

 

 突然話を振られたことと、あまり話題にすべきではない内容に、思わず言い淀むも答える。若葉は扶桑海軍時代、出向で直人が部下になった際に家族構成を調べたからだ。

 

「俺が中学生の時、それまで普通に元気だったのに、突然倒れてね。数日もしないうちにそのまま・・・ そして、父さんは死に目に会えなかった」

 

「―――っ!」

 

「当時は護衛艦の艦長で、遠洋航海中だったんだ。帰ってこられたのは葬式も終わった後。母さん、死ぬ間際までずっと父さんの心配をしていたのにね。 ―――その時に俺は自衛官の道を諦めた。大切な人が出来て、その人がそばにいて欲しい時に傍にいることが出来ない仕事なんて出来ないと。母さんの遺影の前で父さんに叫んだ。「俺は父さんみたいな自衛官にならないっ!」って」

 

直人は寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「馬鹿だよな、当時の俺って。それが理想論でしかないのに」

 

「・・・いえ、そんなことはありません」

 

 若葉は直人の気持ちが痛いほどよく分かった。理想とは言え、大切な人が辛いときに一緒にいたいという気持ちを。それが出来ない時の悲しみを。そして、ふと気付いた。

 

「―――あれ? でもそれじゃあ、なぜあの時自衛官候補生だったんですか?」

 

出会った時の彼の肩書は自衛官候補生。目指していた姿とは異なるとはいえ、自衛官であることには変わりない。

 

「情けない話さ。自衛官になる夢を諦めたものの、高校三年間で他の道を見つけられなくてね。このまま大学に行って四年間過ごすより、一度社会に出て見るのがいいんじゃないかってことで、任期まで務めればまとまった資金が出来る自衛官候補生を受けたんだよ」

 

 父親を知る人は多く、奇異な目で見る者も少なくなかったが、三年間務め上げてまとまった資金を作り、その間に自分がやりたいことを見つける―――そう思っていた彼の筋書きは、“異世界への扉(ゲート)”の出現によって脆くも崩れ去った。

 

「祐次が自衛官になったのも、俺が誘ったからなんだ。どうせなら一度社会に出てまとまった資金を集めてから考えようぜってね。あいつも自分の進路に悩んでいたから、渡りに船だったらしいが・・・あいつには悪いことをした」

 

 当時は色々きな臭い状況になってはいたものの、まだ有事になることはないと思っていたからこその誘いだったのだが、今や人類滅亡の危機を迎えるほど危険になった時代。親友をその最前線に連れてきてしまったことを、直人は後悔していた。

 

「と、まああいつが結婚することの祝福と、この道に連れてきてしまったことを謝ろうと思ったわけさ。最も、あいつの口から出たのは感謝の言葉だったわけだが」

 

 テレビ電話越しの祐次は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらも、彼への感謝と無事を祈ることを告げていた。その姿を思い出しながら、直人は自分にはもったいないくらいの素晴らしい親友だと苦笑する。

 

「話が逸れたな。 ―――父さんは今でも尊敬している。ただ、今更会わす顔がないんだ。自衛官にならないって言ったのに自衛官になって、いつの間にか英雄扱いされて・・・世間じゃ親子鷹とか呼ばれていたりするけど、正直父さんには申し訳ないと思っている。 ―――だから、せめて俺は父さんに認められる自衛官にならないといけないんだ」

 

(そういうこと、だったんですね・・・)

 

 若葉はようやく理解した。これまで露骨に父親とのかかわりを持とうとしなかった理由を。彼は父親の事が嫌いなのではなく、過去の行いによる後ろめたさで避けていただけだったのだ。

 

 若葉は安堵が入り混じった苦笑を浮かべる。

 

「・・・全く、不器用ですねぇ」

 

「ぶ、不器用?」

 

「はい。不器用で意地っ張りで、頑固な人です」

 

 不満そうな表情を浮かべる直人に、若葉はほほ笑む。

 

「直人さんがお父様を目指す必要なんてないんです。直人さんは直人さんなりの自衛官を目指せばいいんですよ」

 

「でも、それで父さんが認めるか・・・」

 

「大丈夫」

 

 若葉は久しぶりに直人の目を見て、しっかりと告げた。

 

「直人さんはもう、立派な自衛官ですから」

 

「・・・・・・!」

 

 この言葉を聞いて目を丸くした直人は、暫くして気恥ずかしさを覚えたのか、目を逸らす。だがその表情にはもう憂いはない。

 

「―――帰ったら、父さんと話してみるか」

 

「そうですね。それがいいと思います」

 

「どういう結果になるかは分からないけど、一歩踏み出してみるか。ありがとう、北条さん」

 

 素直な気持ちで直人は感謝の言葉を告げるが、若葉はなぜか途端に不満げな表情を浮かべた。

 

「・・・北条さん?」

 

「前から思っていたんですけど、なんで私の事、いつも名字で呼ぶんですか? 私の方が年下なんですけど」

 

「えっ、いや、最初からそうだったんだけど・・・」

 

 二人が出会った当初、年下の若葉が上官だったこともあり、また新参者且つ異性が名前で呼ぶのはあまりに慣れ慣れすぎると思い、直人は名字で呼んでいた。それを上司と部下の関係が逆転した後も変えていなかっただけの話である。特に最近はコンプライアンス等五月蝿いため、アリス以外は私用でも全員名字呼びをしている。

 

「直人さん」

 

「はい」

 

「私はあの時、非常に傷つきました」

 

「・・・その節は、誠に申し訳御座いませんでした」

 

「罰として、これからは名前で呼んでください」

 

「―――それは、暫く待ってほしい」

 

「どうしてですか?」

 

 若葉の機嫌はさらに悪くなるが、直人は一息し、神妙な表情を浮かべる。

 

「この作戦が終わったら、伝えたいことがあるから」

 

「それって・・・」

 

 何か言おうとして、突然二人に声が掛けられた。休憩が終わり、間もなく出発することが伝えられる。

 

「フラグになりそうだから、言いたくなかったんだけどなぁ」

 

「や、やめてください! そんな縁起でもないことを!」

 

 苦笑する直人と、恥ずかし気に慌てる若葉。わだかまりは溶け、普段の関係がそこに戻っていた。

 

「―――全員、生きて帰るよ」

 

「もちろん。絶対です」

 

 二人は、しっかりと頷く。その目には、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 2022年12月31日―――

 

 今年最後の大晦日。例年は新年に向けた準備で忙しいこの日。九○一空一行は攻撃可能地点に到達した。

 

「おー・・・」

 

「凄い・・・」

 

「空が・・・青い」

 

 智代と郁、アリスは出撃準備をする整備員達を尻目に、目の前の光景を目に焼き付けている。三人は丁度よいサイズがなかったため、大きめのオレンジ色の防寒着を身に纏っている。

 

 一面のまっ平らな銀世界に、雲ひとつない透き通った青い空。風が一切吹いておらず、気温こそ氷点下を下回っていたが、太陽の光のお陰で寒さはほとんど感じない。これまで見たことがない風景に、ただひたすら圧倒されていた。

 

「南極に来ることなんて、大人でもよほどのことがない限りないからな。お前達の歳でここに来るのは恐らく初めてなんじゃないか?」

 

 声を掛けられて三人が振り返ると、同じ防寒着を纏った直人と若葉の姿があった。

 

「体調は?」

 

「問題ありません」

 

「覚悟は?」

 

「大丈夫です!」

 

「心残りは?」

 

「―――沢山あります」

 

 それぞれに問いかけ、郁は一息置いてから答える。

 

「美味しいものを食べたり、皆とお出かけしたり、お母さんともっとお話したり、もっと自由に空を飛んだり―――まだまだやりたいことは沢山あります」

 

 それは、他人から見ればささやかな事かもしれない。だが郁にとっては、間違いなく大切な事だ。

 

「だから―――私は戦います。それが今の自分に出来ることだから」

 

「―――ああ、そうだな」

 

 怪訝な表情を浮かべていた直人は、破顔する。

 

「俺も帰ったら色々やりたいことがあるからな。こんな所で死ぬわけには行かないさ」

 

「私もあります! 取り敢えず帰ったら焼肉食べたい!」

 

「私はお父さん、お母さんとお出かけしたいです」

 

「私は行きたい所が沢山あります。大切な人と」

 

 それぞれが帰ってからの目標を宣言する。どれもささやかで、だが今はなによりも一番大切なものだった。

 

 一抹の不安も消え、笑みを浮かべる一同に、整備員の一人が近づいて告げる。

 

「出撃準備が出来ました!」

 

「ああ、ありがとう」

 

懸架装置は展開され、ストライカーユニットが固定されていた。既に整備は完璧に仕上げられ、各種兵装もフル装備状態。いつでも出撃可能な状態となっている。

 

横一列に並んだそれらの前には宮城の姿があった。彼は防寒着を来ているが、その下は第一種礼装冬服を着ている。

 

九○一空の面々が彼の前に並ぶと、ゆっくりと口を開いた。

 

「―――まずは謝らせてほしい。すまない」

 

 誰もが直立して静まり返った世界に、宮城の声が響く。

 

「敵の戦力もわからず、味方の支援もなしに、たった五人を敵地に送り込む―――この人類の危機にも関わらず、我々は力になることが出来なかった。自衛官として、一人の大人として情けないと思う」

 

 自殺行為と言っても過言ではないこの作戦に、二十歳にも満たない少女達を送り込む―――この世界が変わる前、まだ人類同士で争っていた頃から自衛官だった彼は良心の呵責に苛まれていた。

 

「―――本作戦は非常に困難を極める。だが勝ってほしい。勝って、全員無事に帰還することを願う」

 

 宮城は一呼吸を置き、声を張り上げた。

 

「目標は南極点上の敵ネウロイの破壊、殲滅! 総員任務を遂行し、無事に帰還せよ!」

 

「了解!」

 

 その場にいる全員が、敬礼をする。自衛官は元より、本作戦に従事する南極観測隊の隊員も、ぎこちないながらも精一杯の思いを込めて。

 

「総員、出撃準備!」

 

 直人の号令一下、郁達は防寒着を脱ぎ捨てる。いつもの慣れた出撃時の服装が現れた。

 

「ユニット起動用意!」

 

「最終チェック! どんな小さな異常も見逃すな!」

 

 整備員達が慌ただしく動く中、郁は自身のユニットに足を滑らせる。魔法力を込めると同時に頭とお尻から鳥の羽根が生え、魔導エンジンが起動する。整備員達のお陰で、この極限の環境下でもユニットは快調に動いていた。

 

「調子はどうだい?」

 

「いつもと変わらず完璧です」

 

 声を掛けてきた整備班長にそう答えると、彼は珍しく申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「すまない。俺達に出来ることはここまでだ。あとはお前達に任せるしかない」

 

「任されました。ちょっと人類を救ってきます」

 

 笑みを浮かべ、冗談っぽく敬礼をする郁。虚をつかれた整備班長は、だが次の瞬間愉快そうに笑みを浮かべて彼女の肩を叩いた。

 

「こちらドルフィン1、発進準備完了」

 

「ドルフィン2、発進準備完了しました」

 

「ドルフィン3、発進準備完了」

 

「ドルフィン4、発進準備完了です!」

 

「ドルフィン5、発進準備完了。いつでもいけます」

 

 全員の準備が整い、魔導エンジンの騒音が激しくなる。前方には隊員達が総出で整地をした即席の滑走路が伸びている。ストライカーユニットであれば十分以上の長さだろう。

 

「総員、帽振れ!」

 

 手隙の隊員達が、一斉に帽子を振り始めた。旧海軍時代から続く見送りの挨拶である。彼らに見送られながらまず直人が、そして若葉が飛び立った。

 

「ドルフィン3、発進」

 

 ユニットが懸架装置から開放され、一気に加速する。そして僅かな滑走の後、郁は南極の空へ飛び立った―――

 




次回、最終決戦
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