ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版) 作:軍曹
「賽は投げられた―――か」
日本国の中枢である首相官邸の一室。現内閣の閣僚を中心に様々な担当者が集まる中、内閣総理大臣は目の前に映るモニターを眺めながら呟いた。
モニターに映るのは南極大陸の地図と、その隣に映る数分前に更新されたばかりの衛星写真。残念ながらリアルタイムでの映像は望めず、ここでは定期的に送られてくる衛星写真でしか戦況を確認することが出来ない。
「あのドームを破壊するのにたった五人だけ・・・もっと人員を送ることは出来なかったのかね?」
「こんな世界の危機だというのに、我が国単独だというのは・・・」
「アメリカ軍や近くのオーストラリア軍等、各国と協力すれば・・・」
「残念ながら、どこも余裕はありません」
一人の閣僚が呟いたことを切掛けに、室内の中心に並ぶ席についている閣僚達が次々と口を開くが、それを防衛大臣が一言で鎮める。
「ネウロイは現在も各地域で攻勢を強めており、一部では国土の侵入を許してしまった事例も出始めています。現在ウィッチが一番多い我が国でさえ、航空ウィッチの稼働率は五割を切っています。国土へ侵入を許すのも時間の問題です」
ネウロイが世界各地で攻勢を始めてから既に一ヶ月以上。各国の航空ウィッチは連日の戦闘により消耗し、オーバーワークを強いられていた。ネウロイの迎撃に失敗し、陸戦ウィッチ達の奮戦により何とか凌いだ事例も少なくなく、四方を海に囲まれた日本でも、万が一に備えて陸自の陸戦ウィッチ隊が迎撃準備に入っている状況だった。
「それに加えて、戦力を投入する手段もありません。二度と使用出来なくなるのを覚悟すれば、昭和基地までなら輸送艦で戦力を運べますが、それから先の南極点まではほぼ不可能でしょう。最新鋭の戦車といえど、あの過酷な環境下での長距離進軍は出来ませんから」
「文字通り彼らは、彼女達は最後の希望というわけか・・・」
防衛大臣の後ろにある席に座る統合幕僚長の補足に、閣僚の一人がため息を付く。その空気は他の閣僚たちにも伝染し、室内は重苦しい空気に包まれる。
「―――心配はいらない」
そんな空気を吹き飛ばすかのように、総理は力強く告げる。
「第九○一飛行隊はアラビア海での戦闘だけでなく、先日の領空侵犯機事件でも活躍した我が国精鋭中の精鋭だ。おまけに指揮を執るのは、あの“北米紛争の英雄”である浦瀬二等海佐だ。必ずネウロイを倒してくれる。そうだな、海上幕僚長?」
「はい、問題ありません」
総理の問いに、統合幕僚長の隣に座る直史は表情を崩さずに答える。本来なら防衛省にいるはずの彼は、特別に入室を許可されていた。
「海上幕僚長がそう言うのであれば・・・」
「そうだ。あの“北米紛争の英雄”ならきっと・・・!」
行けるかもしれない――― そんな希望が室内に広がっていく。励まし合うかのように各々が会話する中、総理はこっそりと直史を呼び出した。
「どうかされましたか?」
「お互い出来ることはなにもないが、かといって外にいるとなにかと面倒なことになる立場だからね。丁度良い機会だし、少し話をしようじゃないか」
「それは、構いませんが」
総理の言葉に、直史はわずかに眉が動く。現在南極点に向かっている直人の父親ということで世間から注目されている彼は関係者達の好意により、国内で一番早く南極の戦況情報が手に入るこの場にいる。だが現地の発進地点に残る部隊とは連絡こそ取れるものの、基本的に定時連絡のみであり、現在南極点に向かっている九○一空にいたってはいわずもがな。出来ることは何もなく、他の閣僚達と同じくマスコミ等から逃げるためここにいる状態となっていた。
「―――実際の所、この作戦の成功率はどれくらいなのかね?」
総理は直史だけに聞こえるよう小さな声で尋ねる。
「成功する確率が恐らくある、としか言いようがありません。敵の戦力は不明、ドーム内の構造も不明、コアの位置も不明、おまけにあの極限の環境下―――常識的に考えれば、犬死してこいと言っているようなものです」
オペレーション・サザンクロスと便宜上名付けられているものの、
「そうか・・・」
総理は手に顎を乗せて大きく息をつく。その姿は弱々しく、一国の首脳が見せて良い姿ではない。幸い他の閣僚は気付いておらず、彼の秘書も見て見ぬ振りをしている。
「―――政治家として、正しいことをしたと思っている。 ・・・だが、同じくらいの息子を持つ父親として謝らせてほしい」
「いえ・・・自分に謝罪される資格はありません」
それまで殆ど表情を変えることがなかった直史は、自嘲するように暗い笑みを浮かべる。
「・・・自分は父親らしいことを何もしていません。家のことを全て妻に任せ、自分は国も守ることが家族のためだと信じて働いてきて―――その結果、妻の死に目に会えず、息子とはほぼ絶縁状態となりました。自分は父親失格です」
直史は後悔していた。最愛の妻はこの世におらず、息子とも疎遠になり、プライベートな会話は殆どしたことがない。関係を改善したいとは思っても、直人のことを何も知らないため、どのような会話をすれば良いかもわからない。その結果、何度も機会があったにもかかわらず、二人の関係は冷え切ったままだった。
「父親らしいことは何一つ出来ず、自衛官として犬死に等しい命令を下した以上、自分は父親を名乗る資格はありません。 ―――ですが」
直史は顔を上げ、目の前のモニターを力強く見つめる。
「無事に帰ってきてほしい―――自分が言えることは、ただそれだけです」
「―――そうか」
静かに、しかしはっきりとした声に、総理は静かに頷いた。
発進してからしばらくの間、郁達は雪に覆われた白い大地の空を飛び続けていた。
透き通った青い空にネウロイの存在はなく、風も穏やか。五人はただひたすらに南極点に向けて飛ぶのみ。ネウロイの妨害電波により無線は使えず、当初は雑談していた面々も次第に退屈し始めた頃、突然景色に変化が訪れた。
「あれ?」
白い大地に突然現れた群青色。所々大小さまざまの白色が浮かんでおり、その姿はまるで海に浮かぶ流氷のようである。
「隊長、もしかして道を間違えたんじゃ・・・」
「いや、しっかりと南に向かっている。―――そろそろ見えてくるぞ」
そういうや否や、前方に黒い半球上の大きな物体が見えて来た。
「あれが・・・」
「今回の元凶、ですね」
智代が海と間違えたそれは、ネウロイによって溶かされた氷によって形成された湖で、その中心には巨大なネウロイのドームが鎮座している。
「あれが今回の目標だ。あれを破壊すれば氷の融解を止められ、長い年月が必要になるが元通り氷の大地へと戻る」
「あれを破壊出来れば人類は救われる、というわけですね」
「そういうことだ。 ―――さて、何をするにしても、まずは状況把握だ。有村、頼んだ」
「了解」
ネウロイからの攻撃はなく、ドームの直上へ簡単に侵入出来た郁は、さっそく“空間把握”を発動させた。
「―――ドームは半球状で、内部は空洞。中心には管状のものが立っていて、水面下まで―――いえ、地面? なぜか地面が突き出ていて、そこに刺さっているようです」
「支え、ということか?」
「いえ、恐らくそこから熱を伝達させているのだと思います。ネウロイは水を苦手とするのは変わりないはずですから」
「つまり、熱を伝達させる棒状の周りに土をコーティングして、直接水に触れないようにしているということ?」
「わざわざそんな面倒なこと・・・」
智代は呆れるが、実際に周囲の氷は解け、このままいけば多くの街を水の底に沈めることが出来るのだ。効率は非常に良いと言ってもいいだろう。
「―――よし、まずは外殻を破壊出来るか試そう。全機、爆撃用意」
今回の出撃では、「蒼莱」に爆弾を搭載していた。衛星写真からネウロイがドーム状になっている事がわかっていたため、対地攻撃能力が必要と判断したためだ。一応空対空誘導弾も搭載しているが、その数は少ない。
「投下!」
号令と共に、ストライカーユニットに取り付けられていた爆弾が切り離され、自由落下していく。サイズは片手で持ち運べるほど小さく軽いが、その威力は2000lb爆弾と変わらない。ドームの壁に直撃するや否や、次々と爆発した。
「全弾命中。―――効果なし」
「まあ、予想通りか」
爆弾が直撃したにもかかわらず、ドームには傷一つついていなかった。
「どうしますか?」
「う~ん―――いや待て。有村はなぜドームの内部構造が分かったんだ?」
ふと直人は気付き、郁に問いかける。本来“空間把握”は密閉された内部の様子が分からないにも拘らず、内部構造が分かったからだ。つまりどこかに隙間があるという事である。
「それは、ドームと水面の間に五〇センチ程の隙間があるからです」
恐らく水と接触しないようにするための隙間で、水に潜るか、下が地面であれば這って通れる隙間だが、ストライカーユニットで通るのはほぼ不可能と言ってもよい。
「五〇センチ・・・」
「それはちょっと・・・」
「―――いえ、そのくらいなら行けます」
「「えっ?」」
若葉の発言に、郁達は思わず声を上げた。
「―――大丈夫か? 有村達はやったことないし、俺に至ってはそもそもシールドを張れないぞ」
「全員私に捕まってくれれば問題ありません。壁を破壊出来ない以上、それしか方法はないかと」
「―――そうだな。それで行こう」
直人は少し悩んでいたものの、最終的に頷く。
「あの~、一体何をするんですか?」
智代が代表として、恐る恐る尋ねる。ああ、そういえば木佐貫達は知らなかったか、と直人は呟き、不敵な笑みを浮かべた。
「なに、ちょっとサーフィンをするだけさ」
「本当に大丈夫なんですかっ!?」
「バランスを崩すので、あまり動かないでください!」
思わず叫ぶアリスに、珍しく若葉が叱咤する。
高度〇メートル。本来なら水面に接触してもおかしくない高さだが、傾けて展開された若葉のシールドのおかげで水を被ることなく突き進んでいる。
“ゼロ・サーファー”
“向こう側”の扶桑皇国で考案された、ウィッチによる対艦攻撃機動。
海上からの超低空侵入を行うために考案されたもので、航空自衛隊においても七七式戦闘攻撃脚「烈風」を運用する飛行隊で使用されており、ネウロイとの戦闘の傍ら、日々猛訓練に明け暮れている。
シールドをほど良い角度に傾けたまま水面に接触させて高速飛行するというそれは、慣れれば長時間レーダー波に捉えにくくなる超低空飛行を可能とするが、その反面少しでもシールドの角度、力のかけ具合を間違えば水面に叩きつけられる非常に危険な飛行技術だった。
九〇一空で“ゼロ・サーファー”を会得しているのは若葉のみで、郁や智代、アリスはもちろん、直人もシールドを展開出来ないため使えない。そのため全員若葉を中心にスクラムを組む形で飛行している。
「有村さん! 今の高度で大丈夫ですか?」
「後十センチ低く! このままだと尾翼が接触します!」
若葉と直接肩を組む郁は“空間把握”で取得出来る正確な位置関係を伝え、サポートしている。高度は下がり、ついには目線より上に水面が来る状態になった。
「後五〇〇―――」
チャンスは一度きり。失敗すれば水面に叩きつけられるか、壁に衝突する。高度を下げるためには速度が必要だが、あまりにも近すぎる水面に、恐怖を覚えない者はいない。ましてや制御を若葉に預けているものの、いざとなれば直ぐに逃げだすことも可能なのだ。
それでも、誰一人として逃げ出す者はいない。若葉を―――否、仲間を信じているからだ。
「二〇〇」
郁とは反対側で直接肩を組んでいた直人が、僅かに力を込める。それを感じ取った若葉は口元から笑みがこぼれた。
「通過―――今!!」
水面とドームの間にある僅か五〇センチの隙間を潜り抜けた。接触まで後三センチというギリギリの所だったが、全員が無事にドーム内へ侵入する。
「戦闘用意!!」
急減速しつつ、上昇しながら散開する。ある程度内部の事がわかっているとはいえ、直接見たわけではなく、どんな攻撃をしてくるのかもわからない。―――ここからが本番なのだ。
「敵は・・・いない?」
「ドームの中なのに明るいし・・・」
「暖かい?」
人類で初めて侵入を果たしたドームの内部。薄暗いのではと思っていたものの、予想に反して明るく、そして南極とは思えないほど暖かい。ウィッチは魔法力のおかげでどのような環境下でもある程度対応出来るものの、魔法力を多く消耗するため、人間にとっては適温とも呼べるこの環境はむしろ有利と言えた。
「ネウロイは元々水と寒さに弱いから、ある程度克服したとはいえ、自身の活動しやすい環境を作っているんだろうな」
「直人さん、あそこに」
「―――と、考えるのはあれを破壊してからだ」
若葉が指さした先―――事前に判明していた中央にそびえたつ細長い塔の先端に、ネウロイの巨大なコアがゆっくり回転しながら浮かんでいた。
「あれを破壊すればドームも消滅するはずだ。全機攻撃よう―――っ!? 回避っ!!」
全員がほぼ反射的に動いた瞬間、コアから赤いビームが放たれた。
直人に向かって放たれたそれは、あっさりと回避される。だが攻撃はそれで終わりではなかった。
「なっ―――!?」
ドームの内壁に当たったビームはそのまま反射し、襲い掛かる。
「は、反射した!?」
「急いで固まってください!」
コアだけでなく塔の赤い個所からも次々と放たれるビームは直人だけではなく、郁達にも襲い掛かる。若葉は直ぐに皆を集め、全員で全周をカバーしようと試みたものの、最初に散開したことが仇となり、郁と直人は三人と合流することが出来ない。
「直人さん! 有村さん!」
「くっ・・・!」
直人は何とか郁と合流出来たものの、自身はシールドを張れないため、この状況下では連携がうまく取れない。何とかして若葉達と合流する方法を考えるが、それよりも先に郁が提案をした。
「隊長、このまま破壊しに行きましょう」
「―――わかった。そうしよう」
直人は少し逡巡するも、このまま逃げ回るよりも攻勢に出るべきと判断する。幸い郁とは元々ペアであり、彼女も十分動きについて行ける。
「行くぞ!」
「はいっ!」
直人と郁は、コアに向かって突撃を開始した。無線は妨害されているため使用出来ないが、二人の動きを見て若葉はその意図を察する。
「二人の援護を! こっちに注意を引きつけます!」
「了解!」
若葉達三人は塔に向かってそれぞれ射撃を開始する。被弾するたびに白い破片が巻き上がるが、再生能力が高く、すぐに元通りになる。それでも脅威と判断したのか、攻撃の何割かは彼女達に向けられた。
「しっかりついてこい!」
「はいっ!」
(やっぱり凄い。ついていくだけで精一杯・・・!)
直人達は直接向けられたものだけでなく、ドームの内壁で反射されたビームもかいくぐりながらコアに接近していく。“空間把握”ですらコアへの道筋を見つけることが出来ないが、“未来予知”を持つ直人の後をついていくことで、着実に近づいていた。
「今だ、撃てぇ!」
コアからの攻撃が止んだ瞬間、郁は直人と共に八九式小銃の引き金を引く。フルオートで放たれたそれは最初の数発こそ耐えられたものの、次第にひびを入れ、そして破壊した。
「やった・・・?」
コアが白く弾け、同時に黒い塔も崩壊していく。攻撃こそ激しかったものの、あっさりと倒せたことに、郁は実感が持てないでいる。それは皆も同じ思いだったようで、誰もが困惑した表情を浮かべていた。
「えっと、ネウロイを撃破・・・したんだよね?」
「ええ。そうみたいですけど・・・」
「なんというか、ずいぶんあっさり・・・」
智代と若葉、アリスが困惑する中、直人は周囲を見回しながら呟いた。
「―――ドームが崩れていない。まだコアが残っている」
確かに黒い塔は崩壊を続けているにもかかわらず、外殻には何も変化がない。
「二つのコアで構成されていたという事ですか? ですが、そうなるともう一体どこに・・・?」
「天頂部か、あるいは外壁内を移動しているのか―――“魔眼”持ちがいたらすぐわかるんだが」
「残念ながら―――」
―――郁が言葉を紡ごうとした時だった。
「―――!? 直下っ!!」
「!?」
直人が叫んだとほぼ同時に、郁も気付いた。黒い塔が完全に崩壊すると、その跡地には大きな穴が現れ、無数の小型ネウロイが湧き出ている。今まで穴は黒い塔で完全に塞がっていたため、“空間把握”でも確認出来なかったのだ。
小型ネウロイは穴から飛び出すなり、次々とビームを放ってくる。最初に標的になったのは、ドームの中央部付近にいた郁達だった。
「散開!」
二人は咄嗟に回避機動を取り、ビームを避けて反撃を試みる。だが次から次へと複数のネウロイからビームが放たれ、おまけに先ほどと同じくビームが内壁に当たると反射するるため、四方八方から襲い掛かる攻撃を回避するだけで精一杯。
「二人の援護を!」
「「りょ、了解!」」
内壁の側にいた若葉達は郁達の援護をするが、撃破する以上にネウロイが増えていき、次第に自身を守るだけで手一杯になった。
(まずい、このままじゃ・・・!)
周囲を囲まれ、次第に回避だけでは間に合わなくなっている。弾をばら撒いて撃破したり、シールドを展開することでなんとか防いでいるが、それも長くは続かない。
(何とかこの状況を打開しないと―――っ!?)
郁が銃を撃ち切り、弾倉を交換しようとする一瞬の隙に、二体のネウロイが彼女を挟み込むように攻撃態勢に入った。
回避は不可能。反撃は出来ず、シールドで防げるのは片方だけ。もはや打つ手なしと悟った瞬間、郁は突き飛ばされた。
「なっ―――」
彼女を突き飛ばした直人に、二条のビームが襲い掛かった。
「隊長!」
「まだ、まだぁっ!!」
直撃こそ避けられたものの、ビームは頭部と腹部を掠めるように命中し、その個所を赤く染める。だが痛みと被弾時の衝撃のおかげか意識はしっかりしており、そのまま反撃に移る。攻撃してきた小型ネウロイは彼の攻撃によって、あっさりと白く爆ぜた。
「有村、合流するぞ!」
「は、はい!」
有無を言わさない迫力に思わず反射的に返事をした郁は、そのまま若葉達と合流するべく移動を開始する。既に周囲は小型ネウロイに囲まれていたが、直人の“未来予知”のおかげもあり、シールドを展開せず回避機動だけでその間をすり抜けていく。
やがて、二人は若葉達の近くまで接近する。ここまで来ると三人からの援護を受けられることもあり、回避機動を取ることも少なくなる。仲間と合流出来ることで一息つけると安堵した郁は、前を飛んでいた直人が突然体勢を崩したことで、声を上げた。
「隊長!?」
「ぐぅ・・・!」
咄嗟に加速して直人を抱える郁。彼は意識こそあったものの出血がひどく、飛んでいたことが奇跡と言える状態だった。
「直人さん!」
「隊長!」
「北条さん、お願いします!」
三人と合流を果たした郁は直人を若葉に託し、智代達と共に接近してくるネウロイを迎撃する。
三人のウィッチにより、そこは短時間ながら安全な空間が形成された。
「大丈夫ですか! 直人さん!」
「大丈夫・・・掠っただけだ・・・」
郁達が迎撃する中、直人は若葉の“治癒魔法”を受けていた。
意識こそはっきりしているものの顔半分は赤く染まり、脇腹からも少なくない量の血が溢れている。幸い内臓へのダメージはないが、今更ながらに感じ始めた激痛に抗っている。
若葉の治癒により、少しずつ出血は止まり、痛みも鈍くなっていく。同時に少しずつ周囲に目を向ける余裕が出てきた。
「状況は・・・?」
「他に被弾した人はいません。現在は外周内壁付近で防戦中。今は何とかなっていますが、このままでは弾薬が尽きます」
厳しい戦いになることを見越して全員多めに弾薬を持ってきていたものの、このまま消費し続ければすぐに無くなってしまう量しか携行していない。早急に何かしら行動する必要があった。
「撤退は可能か?」
「現状では・・・」
直人の問いに、若葉の表情が曇る。一度撤退するにはもう一度ドームと水面の隙間を通らなければならないが、今度は攻撃を避けながら、という条件が追加される。一人だけならともかく、全員一斉となると非常に厳しいだろう。
「なら、俺が敵を引き付けている間に―――」
「出来ません!」
若葉は遮るように大きな声を上げた。
「もう二度と・・・直人さんを戦場に置いてはいけません」
「―――すまん」
今にも泣きだしそうな彼女の顔を見た直人は、小さく呟く。十年前の北米紛争で当時彼女の部下だった彼は、味方の撤退を援護するため単身戦場に留まり、未帰還となった。あの時は幸い不時着地点に撤退中だった友軍がいたため何とか生還出来たものの、今回はそれを望めない。確実に死を迎える策を、若葉が二度も了承するわけがなかった。
(どうする? 撤退はほぼ不可能。敵のコアの位置不明。弾薬も早晩尽きる)
鈍い痛みに耐えながら、直人は足掻く。
(なにか・・・なにか手は―――)
刹那。
「きゃぁっ!?」
悲鳴が、聞こえて来た。
時間は少し遡る。
直人を抱えながら三人と合流を果たした郁は、彼の治療をする若葉を守るように智代、アリスと協力して迫りくるネウロイを迎撃していた。
「数が多い!」
「マガジン交換! 援護お願い!」
「わかった!」
本来は狙撃銃を愛用する智代も、直人と若葉から小銃を借りて戦うほどネウロイから受ける圧力が大きいが、見事な連携と壁際に陣取ったおかげで攻撃を受ける範囲がほぼ一方で済んでいる事もあり、三人は効率的に近づくネウロイを排除し続けている。
その中でも、特に活躍していたのがアリスだった。
彼女の使用するM134ミニガンは短時間で大量の弾丸をばら撒くことが出来るため、無数のネウロイを一度に相手するにはうってつけの装備である。一度に装填している弾薬も多いため、頻繁にマガジン交換する必要のある小銃を使用する郁と智代の穴を埋めるには非常に有効だった。
(とはいえ、ここまで長く続くと―――)
確かに装填している弾薬量は多いものの、それ以上に消費が激しいのがこの銃の特徴である。特別に取り付けられた切り替えスイッチで意図的に連射速度を落として長期戦に備えているが、それでも次第に残弾が不安になる。終わりの見えない戦いに、アリスの心は折れそうになる。
(ううん、不安になっちゃダメ! 絶対に勝つんだ!)
脳裏に浮かぶ家族の笑顔。この作戦に失敗すれば多くの人が命を落とす。その中に彼らがいないという確証はない。
「私が守るんだ! 家族を、皆を!!」
不安を塗りつぶすように叫んだ。その時―――
「―――っ!?」
ミニガンから、火を噴かなくなった。砲身だけが、空しく空回りする。
「弾切れっ!? まずっ―――」
慌ててベルト交換を試みるも、その隙は大きかった。
アリスに向けて無数のネウロイが突撃してくる。郁と智代が迎撃するが、その数はあまりに多く、一機が抜けてアリスに迫る。
「アリスっ!」
「っ―――!?」
ネウロイはベルト交換で目を離していたアリスの隙をつき、そのまま衝突した。
「アリス!!」
「アリスさん!!」
吹き飛ばされたアリスは、壁に叩きつけられる。
「ぐっ・・・!」
「北条さん、急いで治療を・・・!」
「だ、大丈夫です・・・」
直人の発言を遮るように、アリスは目を瞑り、弱弱しくもはっきりとした声で告げた。
ネウロイの体当たりを受けたアリスは、しかし直前にシールドの展開が間に合ったことで直撃を避けられていた。勢いを完全に殺すことが出来なかったため吹き飛ばされたものの、身体へのダメージはほぼなしと言ってもよい。ただ壁にぶつかった衝撃でM134を手放してしまい、スリングも切れてしまったため落としてしまったのが一番の被害だろう。
「先に肘が当たったので頭へのダメージはあまり―――あれ?」
痛む肘をさすりながら薄く目を開けたアリスは、自身の視界がおかしいことに気付いた。
「どうした? どこか痛むのか?」
「赤く―――光ってる?」
「え?」
アリス自身の異変。それはまるで赤外線映像を見ているかのように視界が暗くなっている事だった。首を動かしてもそれは変わらず、僅かに首を下に傾けた時、中心に見える赤い光が煌々と輝いている。
「―――視界は全体的に暗いんですけど、この先、ずっと奥で何かが赤く輝いているんです」
「赤く輝いている・・・?」
「・・・まさか!」
直人と若葉はアリスの目が赤く輝いている事の気付き、目を見開いた。
「―――あっはっはっはっはっ!!」
「!?」
「な、なにっ!?」
突然笑い出した直人の声に、郁と智代が思わず体を震わす。ネウロイの迎撃は続けているが、後ろの状況が気になって振り返りたい衝動に駆られる。
「え、えっと・・・」
「お手柄です、アリスさん!」
「これで突破口が見えた。いけるぞ」
なおも混乱するアリスの肩に、二人は手を置いて労いつつ振り返る。視線の先にあるのはドームの中央部に空いた、今もなお無数のネウロイを吐き出している巨大な穴。
「あれが入口でしょうね」
「ああ、恐らくな。―――有村、あの穴の奥はどうなっている?」
「えっ? ―――あの中は下に向かって伸びています! その先までは長すぎてわかりません!」
唐突に尋ねられた郁は一瞬呆けるも、すぐに“空間把握”で確認出来た範囲で答える。
「一体どうしたんですか!」
「―――あの穴の先に、コアがある」
「「――――――!!」」
直人の言葉に、若葉が続ける。
「アリスさんの固有魔法は“接触魔眼”といって、通常の“魔眼”に比べると精度が良い代わりに接触した対象物に触れなければならないんですよ」
“接触魔眼”―――
対ネウロイ戦においては主に弱点となるコアの位置を調べるのに利用される固有魔法で、一般的に知られる“魔眼”と同じく非常に重宝される固有魔法である。しかし対象物に触れなければ発動せず、現代の航空戦では下手すると相手を視認せずに決着がつく時代。メリット以上にリスクが大きいため、航空ウィッチで“接触魔眼”と確認されることはほぼなく、本人ですら自覚することがないものだった。
「接触魔眼―――それが私の固有魔法・・・」
「ああ、俺達の窮地を救った、お前の立派な力だ」
「―――はい!」
自身の手のひらを見つめていたアリスは、その手を握りしめて、力強く頷いた。
「それで、これからどうしますか? あの穴の奥のコアがあるといっても、あそこから今も無数のネウロイが湧いているので、近づくのも困難です」
郁の言う通り、穴からは無数のネウロイが出現しており、今も迎撃を続けている。残弾も危険水準に入っており、一部の銃は完全に弾切れを起こしている。
そんな彼女の疑問に答えたのは、丁度借りていた小銃が弾切れになったため、放り捨てた智代だった。
「大丈夫。コアがあるってわかっているなら、その道を突き進むだけだよ!」
智代は背負っていた銃剣付きM82A1対物狙撃銃に持ち替え、加速する。ネウロイの攻撃を回避しつつ、ドームの天頂部までやってきた彼女は、そのまま銃を槍のように突き出しながら穴に向かって突撃を開始した。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「総員、木佐貫に続け!」
「了解!」
銃剣とシールドに速力を加えて突撃を開始した智代は、無数のネウロイを蹴散らしながら穴に潜る。その後を郁達は追いかける。
穴の中は所々にある赤い斑点模様のおかげでほのかに明るい。ネウロイは次々と奥から湧き出してくるが、それらは全て智代によって撃破されるため、後続は悠々とついて行けている。
どれくらい潜ったのだろうか。少なくとも海面高度でマイナスに差し掛かったと思われる頃、郁は“空間把握”で広い空間に出ることに気付いた。
「! 間もなく広い空間に出る!」
「わかった!」
先行していた智代は一気に減速しつつ、他の四人と合流すると同時に広間へと突入する。と、直人の“未来予知”が危険を察知した。
「! 回避!」
すぐに反応した郁達は回避―――ではなくシールドを展開して防ぐことを選択する。先ほどは各個に回避したため分断された記憶が残っていたためである。数瞬後、無数のビームが襲い掛かったが、全てシールドで防ぐ。
五人はそのまま広間の端に移動する。その間無数のビームが襲い掛かったが、見事な連携により耐えきった。
「あれが・・・ネウロイの本体」
距離を取ったことで攻撃がひと段落したため、周囲に目を向ける余裕が出来た郁はあたりを見渡す。先ほどのドームより小さい楕円体状の広間には無数の小型ネウロイが存在し、中心部には赤く輝く巨大なコアが鎮座している。その大きさは黒い塔の上にあったものより大きい。
「ええ、今度こそあれを破壊すればドームを破壊出来るはずです」
「いよいよ最終決戦・・・」
「絶対勝つんだ!」
直人は黙って頷き、全員が気合を入れなおす。
「各員、装備状況を知らせ」
「ドルフィン5、メインウエポン紛失、サブウエポンの短機関銃はマガジン三つだけです」
「ドルフィン4、ライフルの残弾は残り十発。後は銃剣で戦います!」
「ドルフィン3、小銃の残弾なし。刀は無事です」
「ドルフィン2、小銃の残弾ゼロ、あとは護身用の拳銃に十五発だけです」
「まさに満身創痍だな、皆」
直人は破顔する。彼も小銃の残弾はなく、武器は刀のみ。一応全員近接空対空誘導弾は残っているものの、この状況下では使用が難しく、実質的に使用不可能。残された武器は非常に少ない。だが直人の言葉に、皆は笑みを浮かべる。士気はこれ以上にないほど高かった。
彼は刀を抜き、切っ先をコアに向ける。
「目標、中央の大型コア。総員、攻撃開始!」
号令と共に全員が近接空対空誘導弾を切り離し、攻撃を開始した。
「智代、行っきまーすっ!!」
先頭に躍り出たのは智代で、銃剣を突き出して突撃する。魔法力を消耗してシールドの耐久力に不安が残るため、攻撃をかいくぐりながらの突撃だが、それでも突破口を切り開くべく突き進む。
「木佐貫さんを援護、近づく敵を優先して排除してください!」
「了解!」
若葉とアリスは拳銃と短機関銃を使って智代の進路上にいある小型ネウロイを排除する。弾数が少ないため一発一発狙って撃っているが、その弾は全て目標に命中している。
二人の援護を受けてコアに近づく智代。だがそれでもネウロイからの攻撃を全て回避することは出来ず、コアに接近するにつれてシールドへの被弾は飛躍的に多くなる。
「くぅっ・・・! 隊長、後はお願いします!」
「任せろ!」
限界を感じた智代は素直に引き、今まで彼女の後ろについていた直人が前に躍り出た。
彼は“未来予知”を駆使して、無数のネウロイから放たれるビームを回避しながらコアに接近する。その機動は全盛期と変わらず―――否、それ以上と言っても過言ではない。
(これで魔法力が尽きても構わない。皆が作ってくれた最後のチャンス・・・ここで決める!)
ここで全ての力を使い切るかの如く、自身の魔法力を刀に込める。
コアまで、後少し。
「邪魔だぁっ!!」
本体を守るかのように、一体の小型ネウロイが直人の前に飛び出した。道をこじ開けるべく刀を振るい―――
「えっ――――――」
刀が、折れた。
小型ネウロイを両断したと同時に、愛用していた刀はまるで役目を終えたかのように折れたのだった。
(――――――終わった)
攻撃手段はなし。コアは近づく
「隊長!」
「隊長!」
「直人さん!!」
仲間からの声と共に、次第にスローモーションになる世界が赤い光に包まれようとする―――
「まだです!!」
「!!」
そんな世界の直人の目の前に躍り出た人影。それは刀を手にする郁の姿。彼女はこの戦いの局面において、彼のバックアップを務めるべくずっと後ろをついていた。三年間、彼の二番機として飛んでいたからこそ出来た芸当だった。
コアから赤いビームが放たれる。郁はそれを避けようとはせず、ありったけの魔法力を刀に込めて迎え撃つ。
「絶対に負けない―――皆のために!!」
放たれた赤いビームを、刀を突き出して真正面で受け止めて突き進む。
「うぉぉぉぉぉ―――っ!!」
ビームを切り裂く郁は、そのまま最大出力で加速してコアに衝突する。
刹那、地下の空間全体が、白い光に包まれた――――――
「―――通信、未だ応答ありません」
「わかった。引き続き呼びかけ続けるように」
先ほどと変わらない報告を受け、宮城は同じように変わらない言葉を返した。
―――約一時間前、衛星写真によって南極点にあるドームが消滅したことが確認された。
日本からその情報が送られ、歓喜に湧いた宮城達は早速無線にて九○一空の面々に向けて通信を試みる。ネウロイが消滅したことにより、無線妨害が解除されたためだ。
だが、五人全員との連絡は今も取れずにいる。
隊員は次第に大きくなっていく不安を押し殺し、繋がらない無線に対して必死に呼びかけていた。
「司令、・・・まもなく燃料が限界を迎えます」
多くの隊員達と同じように南の空に目を向けた宮城に、一人の自衛官が報告する。
「―――そうか」
「・・・その、五人全員の無線機が故障することは―――」
「必ず帰ってくる」
沈痛な表情を浮かべる隊員に、宮城は断言する。
「あの子達は必ず帰ってくる。だから我々はそれを信じて待つんだ」
「はい・・・」
(そうだ。絶対帰ってくる。だから我々は待ち続けるんだ。たとえ何日でも―――)
不安になりそうな心を奮い立たせるように、彼は目を瞑って大きく息を吐いた。
「―――! 何か見えます!!」
双眼鏡を覗いていた一人の隊員が叫び、全員が南の空を注視する。
「どこだ!」
「方位一八○。黒点が二つ、詳細は遠くてわかりませんが、それほど大きくはないようです」
「二つ・・・」
声を上げた隊員に近づいた宮城は、その報告を聞いて表情を固くした。
(まずい。もしネウロイだったら―――)
南極点のドームが破壊されたことは確認されているものの、ネウロイが完全消滅したかどうかまではわかっていない。発進地点で待機する部隊はほぼ無防備状態といっても過言ではなく、ネウロイに襲われた場合は為す術もなく全滅する恐れがあった。
(いや、ドームという親を失った以上、子機は全滅しているはずだ。だが―――)
仮にネウロイではなかったとしても、見えているのは二つの影のみ。少なくとも三人は―――と隊員達は覚悟する。
刹那、別の隊員―――双眼鏡を覗いていた、視力の良い隊員が絶叫した。
「―――いえ、五つです! 五人全員を確認! こちらに手を振っています!!」
「か、帰ってきた・・・!」
「良かった~・・・」
郁達五人は、ボロボロだった。
銃火器類は全て喪失。ストライカーユニットは全員損傷しており、直人は右ユニットの、郁に至っては両方のエンジンが完全に停止している。大小擦り傷、打ち身は当たり前、傷こそ塞がっているものの、制服を赤い血で汚している者もいた。
だが、全員無事に、元気に帰還した。ここまで帰ってきたのだった。
「全員、無事に帰ってこられたな」
「無事、というには少々語弊がありそうですけどね」
直人の言葉に、肩を貸して飛行する若葉は苦笑する。
「見て! 皆手を振ってる!」
「帰ってきた、帰ってきたんだ・・・!」
郁の両脇を抱える智代とアリスは嬉しそうに、または感極まりながらそう呟く。
「―――只今、帰りました」
小さく呟く郁は、晴々とした表情を浮かべていた。
二○二二年十二月三十一日―――
海上自衛隊第九○一飛行隊は、南極点上のネウロイを撃破した。
―――人類は、救われたのだった。