ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版) 作:軍曹
「通った!?」
「正確には数日中に通る予定です。最も、否決される可能性は殆どないそうですが」
洋上訓練から暫くして。終業後に田中から呼び出された直人は、夜の公園で彼から伝えられた情報に、驚きの声を上げた。
「い、いや、待ってくれ。確かにアメリカ本土を守るにはウィッチが不足していることはわかるけど、だからといって海軍から引き抜くほどではなかったんじゃ・・・」
「ええ、少なくともあなた方が洋上にいた頃まではそうでした。ですが―――」
田中曰く、直人達がネウロイとの戦闘を行っていた頃、アメリカ本土にもネウロイが出現したとの事。これだけならばよくある話のひとつなのだが、いかんせん出現した場所が悪かったのだという。
「ネウロイの出現した場所が、本来ならばウィッチがカバー出来ていない区域で、丁度アメリカ空軍が海軍所属のウィッチを配置しようと計画していた場所だったんですよ」
偶然、付近を飛行中だった空軍所属のウィッチが駆けつけたおかげで、被害もなくネウロイを無事撃破したのだが、そのことを空軍が盛んに宣伝したため、国民の多くが彼らの主張に賛同するようになったのだ。
「実際、空軍の計画が通れば、一応アメリカ本土全域がウィッチのエアカバーに覆われますからね。国民としても貴重なウィッチを海外に派遣しないで、まずは自国の防衛を万全にして欲しいと思うでしょう」
「それはまあ、そうだけど・・・」
実際、その動きは日本でもあった話である。第九○一飛行隊が発足された当初はまだ空自ウィッチ隊の数も少なく、艦隊防空を主任務とする海自ウィッチ隊に回せる余裕など全くないため、一時的にでも海自ウィッチ隊を空自に編入すべきという意見もあった。しかし、海自上層部は漸く手に入れた自前の航空戦力を手放そうとはせず、妥協に妥協を重ねた結果、一時的にアラート任務に就くことで、なんとか存続を許された経緯がある。直人としては別に空自へ移籍しても良かったのだが、先の理由に加え、“英雄”をむざむざと別組織に奪われるのは、海自として許せなかったのだろう。
「―――というわけで、近日中にアメリカ合衆国海軍航空ウィッチ隊は解隊され、アメリカ合衆国空軍へと編入されることとなります。暫くは機材等そのまま流用するらしいですが、将来的には空軍の物に統一されるでしょうね」
「それはそれは・・・ しかしそうなると、今度の多国間演習は中止ですか」
「いえ、そちらは予定通り行うようです。当然アメリカ海軍ウィッチ隊は参加しませんが」
「じゃあなんでこの話を? はっきり言って、今聞かされてもうちの部隊になにか影響があるわけじゃ―――」
「いえいえ。本題はこれからですよ」
田中は薄笑いを浮かべると、懐から大きめの茶封筒を取り出す。
「なんだこれ? ―――経歴書?」
茶封筒を受け取り、中を確認する直人。入っていたのは顔写真付きの経歴書で、そこにはまだ幼さが残る少女が写っていた。
「ええ。―――アメリカ合衆国海軍所属のウィッチにして、今度貴方の部隊に配属される新しいお仲間です」
「―――アリス・ベイカー中尉、十四歳。固有魔法はないものの、既に何度も実戦経験がある将来有望なウィッチで、自衛隊との連携を深めるために出向―――本当に来るんですか? この時期に」
九〇一空の部署で資料を読んでいた若葉は、怪訝な表情を浮かべて直人に尋ねる。彼女の両隣で郁と智代が覗き込んでいるそれは、数日前に上から正式に渡された書類で、以前に直人が田中から受け取ったものと、ほぼ同じ内容が書かれていた。
「そうなんだって。ほら、昨日のアメリカ海軍ウィッチ隊が解隊されるってニュースは見たでしょ?」
「はい。正直海軍所属としては、色々思う所はありますけど・・・」
国家が違うとはいえ、長年海軍軍人として働いている若葉からしてみればあまり愉快ではない話だが、国防を考えれば仕方がないと、複雑な感情が湧いてくる。
「あっちの大統領はずっと海軍の味方だったけど、この前のネウロイ出現がトドメになったらしくてね。民主主義国家として、流石に民意には逆らえないでしょ?」
「せめて、一時的な編入程度に収めれば良かったのでは? 正直言って、短いながらも今まで培ってきた技術を捨てたようなものですよ?」
軍隊は技術屋集団であり、特に海軍の場合は空母への発着艦や洋上での航法等、専門的な技術や知識が多い。これらを会得するには時間が掛かり、事実アメリカ海軍も四苦八苦しながら、どうにか物に出来始めたばかりであった。今回の決定は、それらを全て捨て去る所業である。例え復活させたとしても、同じくらいの技量になるまでには、相当な年月がかかるのは明白だった。
「個人的には少々短絡的だとは思うけど、全員が全員、軍事に詳しいわけじゃないし、仕方がないさ」
「もしくは、アメリカ空軍では空中空母が開発中って聞きましたから、それを代替にするつもりなのではないでしょうか?」
「空中空母?」
書類から目を離して尋ねた郁に、智代が質問する。
「複数のウィッチを発進、収納出来るように改造した大型輸送機の事。日本でもC-2輸送機を改造して試作しているって雑誌で見たことがあるの」
「あ、それお父さんが関わっている仕事だ。なんでも輸送機にウィッチを搭載することで、世界中どこでも迅速に展開が出来るんだって」
智代の父親は扶桑皇国でウィッチ用装備の開発、研究を行っていた優秀な技術者で、現在は日本に帰化し、大手防衛産業で働いている。しかし家に帰れば子煩悩な―――否、親バカな父親で、いくら自衛官の娘とはいえ、請われれば色々機密を漏らしてしまう困った男であった。
「“向こう側”でも空軍が採用している物ですね。確かにあれは第一陣の迅速な派遣という意味では非常に優秀ですけど・・・」
「近海でどっしりと構えて戦う空母とは、運用方法が全然違うからな。二、三回の作戦で補給が尽きるんじゃ、空母の代替にはならんよ」
直人は椅子に深く身を沈める。
「恐らくだけど、一時的にせよアメリカは海外への軍事力行使を諦めたんじゃないかな? はっきり言って、今のアメリカに海外展開する余裕はないだろうし」
八年前の北米紛争で威信が低下したアメリカは経済が大きく落ち込み、軍事力も大きく削減されている。十年前は十二隻あった超大型空母も、何とか稼働しているのを含めても八隻しかなく、その他の艦艇も二割近くが岸壁に繋がれたまま。空軍も可動機が大きく落ち込み、陸軍や海兵隊も戦力の削減が深刻化していた。
「神出鬼没のネウロイがいる以上、どこも迂闊に動けないだろうしね。まずは自国防衛を第一に考えるのも無理はないさ」
「それじゃあ、海外展開を考えている
「いや、海外展開は建前で、本音は自前の航空戦力保持だよ。ぶっちゃけ、空自が艦隊防空をしてくれるなんて、上は誰も思っていないだろうし」
「ええぇ・・・」
郁と智代は呆れた表情を浮かべ、若葉も苦笑している。
「有事になれば空自も空自で、忙しくなるだろうからね。こっちに回してくれる余裕なんてないと思うのも、無理はないさ」
「それは、まあそうでしょうけど・・・」
「―――と、話が大幅にずれたな。要するに、アメリカ海軍ウィッチ隊が解隊されることになったんだけど、北条さんの言う通り、ノウハウは一朝一夕で得られるものじゃない。だから同盟国である
「なるほど。ここで復活させるための実績を上げさせると」
「そういうこと。 ―――と、どうやら来たみたいだ」
ドアをノックする音が聞こえてくる。失礼します、と流暢な日本語と共に、一人の少女が部屋に入って来た。
「本日付で日本国海上自衛隊第九〇一飛行隊に配属となりました、アリス・ベイカーちゅ・・・いえ、二等海尉です! よろしくお願いします!」
「―――へぇ、アリスのお父さんも、海軍軍人なんだ」
「うん。昔は戦闘機のパイロットで、今は空母の副長なんだ」
「パイロット・・・」
「郁、どうしたの?」
「―――ううん、なんでもない」
郁と智代、アリスの三人は、基地内を歩いている。配属されたばかりで基地の地理に疎いアリスを案内するためだ。
アリスは郁より一つ年下だが、身長は僅かに高く、年相応の身体つきをしている。長い金髪を後ろでまとめ上げ、海自の第三種夏服を着た姿は、どこかあどけなさを残しつつも堂々とした雰囲気を醸し出していた。
「それより、アリスは日本語が上手だね。どこで習ったの?」
郁は誤魔化すように、ぎこちない笑みを浮かべながら尋ねる。自己紹介の時は名字で呼んでいたが、年も近く同階級ということもあり、本人の希望で今は下の名前で呼んでいる。
「昔パパの仕事で、家族揃って日本に数年間暮らしていたことがあるの。以来ずっと勉強していてね」
「凄いね。私なんてブリタニア語・・・じゃなかった、英語は全然で」
「私も読み書きなら何とか出来るけど、会話となると難しいかな」
「ブリタニア―――あ、そっか。智代は“向こう側”出身なんだっけ」
「一応ね。小学生になる前に“こちら側”に来たから、そろそろ日本で暮らした時間の方が長くなるけど」
ブリタニアは“向こう側”にある国の一つで、“こちら側”におけるイギリスと似ており、呼び方こそ異なるものの、英語とブリタニア語はほぼ一緒の言語といって差し支えない。面白いことに二つの世界では地形や呼び方こそ異なるものの、似たような風土の国家が形成されているのだ。
「異世界かぁ・・・いつか行ってみたいなぁ」
アリスは遠くに視線を向ける。ここからは見えないが、その先には相模湾沖にある“ゲート”がある。十年前に突如出現し、異世界との交流するきっかけとなったそれは、しかし誰もが気軽に利用出来るものではなく、限られた許可された者のみしか通れない。軍人であれば軍事交流等で異世界に行く可能性はあるかもしれないが、“こちら側”のウィッチが少ない現状、少なくとも今は彼女が異世界に行ける可能性は殆どなかった。
「―――っと、着いたよ。ここが格納庫」
そうこうしているうちに、三人は格納庫へとやって来た。中に入ると、整備員達がストライカーユニットの整備をしており、その監督をしていた整備班長が郁達の存在に気付く。
「お、お嬢ちゃんが例の」
「はい! 初めまして、アリス・ベイカー二尉です! よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな。―――ああ、丁度お嬢ちゃんの装備が届いて、これから開封作業に入るところだよ」
「装備?」
「班長。アリスも「蒼莱」を使用するのでは?」
「ユニットはうちのを使ってもらうが、武器は馴染んだものが良いってことで送られてきたんだ。まあちょっと待ってろ。それまではこれから使うユニットを拝んでおくといい」
そう言うと、班長はその場を離れていく。後に残された三人だったが、おもむろにアリスが綺麗に磨かれたユニットの前まで歩み寄る。
「これが、「蒼莱」―――」
「アメリカ海軍では、F-14Dだっけ?」
「うん。これの原形にして改良型の。パパが昔乗っていた戦闘機と同じ名前だって喜んでいたんだ」
アメリカ海軍ウィッチ隊は“向こう側”のリベリオン合衆国からF-14D「トムキャット」艦上戦闘脚を導入して運用していた。どちらも改良内容こそ異なるものの、同じF-14Aから派生したため、機体の特性が似通っている。アリスは「蒼莱」を使用したことがないが、すぐに慣れるだろう。
日の丸のついた洋上迷彩の機体に手を当てながら、アリスは寂しそうな笑みを浮かべる。
「―――つい数日前までは、アメリカ国籍をつけて飛んでいたんだけどなぁ」
(・・・そっか。本来はここに来ること自体が、あり得ないことだもんね)
小さな呟きが耳に入った郁は、アリスの置かれた状況に改めて気付く。一時的とはいえ、アメリカを離れて日本の自衛隊に所属することなど、本来はありえない事態であるということに。
仲間と離れ、言語も文化も異なる異国の地で暮らすのは、大の大人でも中々難しい。ましてや、彼女は日本でいう中学生くらいの歳頃。肉体的にも精神的にも大きな負担であることは明白だった。
(私だったら、耐えられるんだろうか・・・)
郁が黙ってアリスの後姿を眺めていると、格納庫に数人で抱えられた大きな箱が運び込まれてきた。
「よーし、開けるぞ!」
若い整備員が箱を開けると、そこには六つの銃身がついた大きな銃器が入っている。
「うわっ、凄い!」
「M134か―――こりゃあ整備が大変だ」
智代と整備班長が見ているのはアメリカ軍で開発されたM134ミニガンで、海軍型はMk25 mod0と呼ばれる多銃身機関銃である。毎分2000発以上の発射速度があるため制圧射撃に向いており、本来はヘリや車両に搭載して使用するものだが、大火力を継続してネウロイに叩き込めることが好まれ、アメリカではウィッチ用装備として採用されている。日本でも空自が試験的に運用しているが、機動力で翻弄する戦法が好まれるため殆ど普及していない。これは日本が扶桑から、アメリカがリベリオンからそれぞれ上がりを迎えたウィッチを教官として招いていることも、大いに関係していた。
「すみません。でも、戦うならこれがいいと思って」
「使い慣れたのが一番だからな。まあ心配するな」
申し訳なさそうなアリスに、整備班長は不敵な笑みを見せた。
「―――有村」
アリスとの会話を終えて離れた整備班長は、誰にも聞こえないように小声で郁に話しかける。
「わかっていると思うが、ありゃあだいぶ参っているぞ」
「はい。でも・・・」
寂しそうな笑みを浮かべながら、愛用する火器を撫でるアリス。内心不安でいっぱいな彼女をどう励まそうか考えているが、良い案が思いつかないのだ。
「私に、何が出来るんでしょうか?」
「おいおい、俺でもすぐに思いついたぜ」
「えっ?」
整備班長の言葉に、郁は虚をつかれた表情を浮かべる。
「なに、こういうときは腹いっぱい飯を食うのが一番だろ。―――お国の料理って奴をな」
―――厚木基地は海上自衛隊だけでなく、在日米軍も利用する共用基地である。
年々在日米軍の規模は縮小しており、厚木基地もその流れに逆らえないでいるが、それでもいまだ多くのアメリカ軍関係者が在籍しており、基地内で生活する彼らのための施設がある。郁達がやってきたのはそんな施設の一つ、日本でも有名なハンバーガーチェーンのお店だった。
「えっと・・・」
「厚木基地って日米共用基地だから、こういったお店が基地内にあるの。普段はこういうところで食べないんだけど、たまには良いかなって」
「リベリアン―――じゃなかった、アメリカンな雰囲気を手軽に感じられるんだよね、ここ」
店員こそ日本人が多いが、利用する人の殆どは米軍関係者で、彼女達ウィッチは、周りから珍しそうに見られている。智代はともかく、郁はあまり注目されるのが苦手なのであまり利用したことがないが、今回は特別だった。
「それにしても、まさか全部奢ってくれるとは思わなかったね」
「うん、まあなんとなく予想はしていたけど・・・」
ウィッチというだけで、他の隊員や兵士から差し入れや奢ってもらったりすることが多く、郁達も何度か経験がしたことがある。先程も店内に入るな否や、店内にいるアメリカ軍人達に話しかけられ、あれよあれよという間にハンバーガーセットを手渡されたのだ。おかげで、お金も時間もかからずに三人は着席している。
「アリス。アメリカでもこんな感じだったの?」
「あ、うん。売店とかに行くと、いつもこんな感じかな? だから人がいない隙を見計らって買い物をしていたよ」
「そっか。自衛隊では一応ウィッチへの贈与は禁止されているから、あんまりないんだよね」
「そうなんだ」
「なんだかんだ、黙認されている感はあるけどね」
智代の言う通り、自衛隊ではウィッチへの差し入れ等が禁じられているが、あまり守られているわけではなく、それを取り締まる警務隊もあまり実害がないため、余程のことがない限り黙認しているのが現状だった。
三人は早速ハンバーガーに齧り付く。日本では販売されていないアメリカ限定のメニューのそれは、やはり日本のものとは違っている。
「うん、美味しい」
「これぞハンバーガーって感じだね。流石本国直輸入」
「直輸入? ということは、わざわざアメリカから?」
「そうらしいよ。だからか、やっぱり日本のとは味が違うね」
「アメリカの・・・」
アリスは食べかけのバーガーをじっと見つめ、次いで周囲を見渡す。白人や黒人、アジア系等、人種は異なるが同じ旗を仰ぐ軍人達は、彼女と目があうと会釈したり、小さく手を振ったりしている。その雰囲気は間違いなく、アメリカのそれだった。
「どう? アリス」
郁は彼女に声をかける。
「ここはアリスのいた国じゃないけど、あなたと同じ国の人達はいっぱいいる。流石に艦に乗ったらそうではなくなるけど、この
「―――うん。そうだね」
確かにここはアメリカではなく日本である。しかし少々異なっているが、たしかに祖国の空気を感じられるのは確かだ。それに―――
(私には、仲間がいる―――)
まだ出会ったばかりだが、こうして同じ卓で食事を囲み、心配してくれる仲間がいる。部隊がなくなり、仲間と離れ離れになって遠い日本にやってきた時は、ただ部隊を復活させるという義務感だけしかなかったが、今は違った。
(パパ・・・私、この部隊ならうまくやっていけそう)
アリスは日本に来て、初めてとなる朗らかな笑みを浮かべる。
「郁、智代。これからよろしくね」
ようやく見せた彼女の笑顔に、二人の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
最終話までのプロットはあっても、それを文章にするのはやはり難しいですね。そろそろ不定期投稿になりそうですが、気長に待っていて頂ければ幸いです。