ストライクウィッチーズ2022 変わりゆく世界(改訂版) 作:軍曹
アリスが九○一空に来てから早一ヶ月が経過し、猛訓練に次ぐ猛訓練によって十分連携が取れるようになってきた頃。彼女達は日本から遠く離れたアラビア海上空を飛行していた。
「凄い光景・・・」
薄い雲が伸びる青空の下、郁は眼下を航行中の艦隊を見て呟く。
先頭を進むのはアメリカ海軍が誇る世界最大の原子力空母「エイブラハム・リンカーン」で、その後ろにはフランス海軍の原子力空母「シャルル・ド・ゴール」、イギリス海軍の空母「クイーン・エリザベス」、インド海軍の空母「ヴィクラマーディティヤ」、イタリア海軍の「カヴール」、そして護衛艦「いずも」が続いている。これら六隻を中心に、周囲には五十隻を超える艦艇が見事な隊列を組んで、モンスーンの吹く海を進んでいた。
上空にはF/A-18Eスーパーホーネット、ダッソーラファールM、F-35B、Mig29K等、各国の艦載機が編隊を組んで飛行しているが、九〇一空以外にウィッチはいない。
この演習に参加している主要各国は、様々な問題を抱えながらもなんとかウィッチ隊を運用しているが、少し前に海軍ウィッチ隊を解隊したアメリカのように、本土の防衛を優先するため全員が空軍に所属している。そのため、現在“こちら側”の海軍的組織の中でウィッチ隊を運用しているのは、海上自衛隊以外に存在していなかった。
(ああ、また来た・・・)
郁と並ぶように、一機の戦闘機が近づいてくる。芸術の国と呼ばれるだけあってか、機首周りが優美な曲線を描くラファールMには、フランス海軍所属であることを示す国籍マークが描かれている。
「・・・どうも」
コックピットにいるパイロットの表情は見えないが、こちらに向かって手を振っている。ぎこちない笑みを浮かべながら手を振り返すと、彼は唇あたりに手を当ててからこちらに向けて飛ばす行為―――要するに投げキッスをしてから離れていった。
「なるほど、流石
郁が呆れている間にも、別の機体が近づいてくる。今度は今回参加している戦闘機の中で唯一のステルス戦闘機であるF-35Bである。アメリカが中心となって開発された、航空自衛隊でも導入予定の最新鋭戦闘機だが、現在この海域に存在しているのは全てイギリス空軍機である。そのうちの一機もまた先程のフランス海軍機ほどではないが、こちらの気を引こうとなにかアプローチをしている。
「無線の周波数、公開しなくて正解だった。―――本当に」
演習開始前、直人の上申によって九〇一空の使用する無線周波数は非公開とされ、戦闘機部隊との通信は出来ないようにしていた。当初は連携が取れないため危険ではないかと郁は思ったが、今では英断だったと前を飛ぶ彼に心底感謝している。
その当の本人の周囲にも戦闘機が近づいているが、彼だけは唯一各国戦闘機部隊との通信回線を開いており、漏れ聞こえてくる会話から隊長機同士による比較的真面目なやり取りをしているようである。少し離れたところを飛ぶ若葉と智代も、郁と同じような感じであるため、彼だけ対応が異なっていた。
(ああ、そういえばアリスもだっけ)
ふと、郁は後ろに目を向ける。少々遅れて飛んでいるのは、アメリカアカオオカミの耳と尻尾を生やし、アメリカ海軍の海洋迷彩服にカモキャップを被ったアリス。下にスパッツを履いている彼女の両脇にはアメリカ海軍のF/A-18Eが固めており、他国戦闘機を一切近づけさせまいと警戒している。
古巣から護衛されている彼女は時折笑みを浮かべており、恐らくパイロット達と無線越しに会話しているらしい。九○一空のものを使用している形跡がないため、アメリカ海軍時代の周波数を使っているのだろう。
今回参加しているアメリカ海軍の戦闘機部隊は、共にネウロイとの戦闘を経験したこともある仲間だと、この演習前に彼女が語っていた。海軍ウィッチ隊の解隊に伴って離れ離れになってしまったが、一緒に空を飛んだ絆は今も健在であった。
『各機、そろそろ記念撮影を行うそうだ。一旦編隊を組むように』
無線越しに直人の声が聞こえてくる。周囲を見渡すと、郁達を囲んでいた戦闘機達はいったん離れ、それぞれ国ごとに編隊を組み始めている。前方斜め上空には一機、撮影役と思われる航空機が飛んでいる。
少し遅れていたアリスが増速して編隊を組みなおし、九〇一空所属の五人は綺麗なV字を描く。他の戦闘機隊も同様に並び、配置が完了する。
(いよいよ、始まるんだ―――)
若干の不安と大きな期待を胸に、アラビア海での多国間演習は始まった。
―――今回の演習における主役は、郁達ウィッチである。
現状は各国の空軍のみで運用されている航空ウィッチ隊だが、今回の演習に参加する各国海軍では将来的に自軍でウィッチ隊を編成し、運用することを計画している所が大半だ。
かつて海の覇者であった戦艦が技術の進歩によって衰退し、それに代わって君臨したのが多数の航空機を搭載し、遥か遠くへの攻撃手段を得た航空母艦である。だがこの艦単体では脆弱な存在であり、搭載する航空機は勿論の事、それを守るための護衛艦艇を複数必要で、運用するだけでも非常に莫大なコストがかかる金食い虫である。
当然運用出来る国は限られており、空母を運用している国ですら非常に重い負担となっている。複数の空母機動部隊を運用出来ているのは、実質アメリカ海軍だけであった。
そんな中、十年前の“ゲート”出現に伴って現れたウィッチという存在に、各国海軍は新たな可能性を感じていた。
通常の戦闘機十機分に匹敵する戦力言われ、技量さえあれば垂直離着陸が可能というウィッチは制限こそあるものの、後部にヘリ甲板を持つ艦艇ならほぼそのまま運用可能で、「いずも」やそれより小型の「ひゅうが」型―――否、更に前の「はるな」、「しらね」型護衛艦クラスでも、後部ヘリ甲板を改装すればその能力を十分発揮することが出来る。
ウィッチ―――それも魔導ジェットエンジンを始動出来るだけの魔法力を持つ者は少なく、現役期間も非常に短いという問題こそあるものの、空母を保有することなど夢のまた夢だった中小国家海軍でも、強力な航空戦力を保有することが出来る可能性が出てきたのだ。期待しない方がおかしいだろう。
現在はまず自国の防衛が第一であり、空軍が優先される雌伏の時ではあるが、将来的にはごく少数でもウィッチ隊を編成して艦隊のエアカバーを行いたいと考えている各国海軍は、今回の演習でウィッチの運用データ取得することを目的として参加していた。
「おお! おっきいねぇ!」
感嘆の声を上げる智代が見ているのは、眼下を航行するアメリカ海軍の原子力空母「エイブラハム・リンカーン」の艦影。世界最大の軍艦と言われるだけあって、彼女達が母艦とする「いずも」より何回りも大きい。
「まずはあれに着艦だな。―――アリス、まずは手本を見せて貰えるか?」
「私ですか?」
「少し前まで、あれがアリスの母艦だったんだろう? 「いずも」とは着艦の感覚が違うから、有村と木佐貫に見せてあげて欲しいんだ」
直人の言う通り、アリスの所属していた部隊が洋上で活動する際は、「エイブラハム・リンカーン」を母艦にしていたため、彼女にとってみれば慣れ親しんだ艦なのだ。
「わかりました。じゃあ郁、智代。しっかり見ていてね」
アリスはそう言うと、身体を翻して「エイブラハム・リンカーン」に向って降下していった。
「隊長、着艦方法が「いずも」とは違うんですか?」
「うん、まあ見ていたらわかるさ」
郁が質問するが、直人ははぐらかすのみ。見れば若葉も智代も知っている様子で、知らないのは彼女だけのようだ。
そうしている間にも、アリスは既に着艦体制に入っている。上体を起こしてユニットからランディング・ギヤを下ろしているが、速度がついたままで進入しようとしており、「いずも」であれば止まりきれないだろう。最初はなにか失敗したためやり直すのかと思った郁は、しかし彼女が飛行甲板に接地した直後に急減速したことで、目を丸くした。
「あれは―――」
「魔導発着艦システム。“向こう側”で開発された、ウィッチ専用の発着艦補助システムですよ」
“向こう側”で航空母艦が誕生した当初から、ウィッチ達は垂直離着陸ないしそれに近い方法で降りるか、艦上機用のアレスティング・ワイヤーを手でつかんで急減速する方法がしばらくの間続いていた。しかしストライカーユニットの高速化、そしてジェットストライカーの登場によって、従来の方法では非常に危険極まりなく、確実性に欠けるという問題が出てきたのだ。
そこで開発されたのが魔導発着艦システムと呼ばれる、ウィッチ専用の慣性制御装置である。
技術の発達により、僅かながら機械によって魔法力を生み出すことに成功したことで誕生したこの装置は、ユニットに搭載された特殊な発信機を検知することで、そのユニットの使用者―――つまりウィッチに減速、あるいは加速の力を与えることが出来る。この装置の誕生によって、ウィッチはより確実かつ完全に空母への着艦が可能となったのだ。
「「蒼莱」も艦上戦闘脚なので、その発信機を搭載しているんです。だからその恩恵を受けられるんですよ」
「何それ凄い」
若葉の解説を受けて、郁は表情こそあまり変わっていないが、内心驚愕している。魔導発着艦システムという言葉自体は聞いたことがあったが、まさか魔法力を持つ者限定とはいえ、半世紀近く前から“向こう側”にある慣性制御装置だとは思わなかったからだ。驚かない方がおかしいだろう。
「まあ、色々欠点も多いんだけどね。あの装置って」
「装置自体が大型で、導入するにも多額の予算が必要だし、動かすのに莫大な電力が必要と、中々運用が難しいんだよな」
海上自衛隊でも一時期導入を検討したことがある装置だが、既存艦艇に搭載するには一度船体を切断し、多くの区画を潰す必要がある。新型艦の新造も検討されたが、現状でも「いずも」型や「ひゅうが」型で十分運用可能と判断されたことで、導入を見送っている。
「エイブラハム・リンカーン」は数年前まで艦内の炉心交換を行う
改装された「エイブラハム・リンカーン」は、艦内に大型の魔導発着艦システムを搭載した影響で艦載機用の燃料庫や弾薬庫が幾つも潰され、他の姉妹艦に比べると継戦能力は大幅に低下している。しかしウィッチの運用能力は格段に向上し、建造が遅れている「ジェネラル・R・フォード」級原子力空母に貴重なデータを提供していた。もしアメリカ海軍ウィッチ隊が解隊されていなければ、今もそれは続いていただろう。
「それじゃあ、俺達も降りるとするか。まずは有村、行ってみるか」
「了解」
「エイブラハム・リンカーン」からの着艦許可が下り、郁は降下を開始する。
「いずも」と違い、「エイブラハム・リンカーン」の飛行甲板は斜めに伸びているため、進入角度がこれまでと異なる。とはいえそれは些細なことであり、むしろ安定させるのが難しい空中静止をしなくて良い事の方が、彼女に大きな安心感を与えている。
(そろそろ、このくらいかな)
ある程度速度が乗ったまま上体を起こし、陸上の滑走路と同じ手順で飛行甲板に侵入する。そしてランディング・ギヤが甲板に接地したかと思うと、彼女の体全体が急激に減速した。
「おー・・・」
少々つんのめるような感覚があったものの、僅かな距離で停止したことで思わず声が漏れる。「いずも」とは全く異なる着艦方法だが、陸上の滑走路と同じ要領で降りられたことに、郁は感動を覚えていた。
「これ、うちにも欲しい・・・」
「Hey Girl!」
一発でこの装置の虜になった郁は、しかし声を掛けられたことで現実に引き戻される。
「Welcom to our Ship! hahaha!」
「あ、えーと、センキュー?」
陽気な甲板作業員が近づいてきて、ユニットごと郁を手押しで動かす。その間色々話しかけてきているが、早口かつ訛りがあるため、殆ど聞き取れなかった。
「郁!」
先に降りて近くにいる兵士と会話していたアリスが、郁に向かって手を振っていた。彼女の傍には懸架装置が五台並んでおり、そのうちの一つには既に彼女のユニットが固定されている。その隣にある懸架装置にユニットが固定され、郁もユニットから足を抜く。
「どうだった? この艦の着艦装置は」
「凄いね。「いずも」にこれがあったら、もっと楽に降りられるのに」
ユニット背面部にある膨らみから取り出した靴下と上履きを履きながら、郁はそう答える。色々問題が多いという話は先程聞いていたが、それでも言わずにはいられなかった。
「ホバリングで降りるのは大変だもんね。まあ海軍ウィッチとしてはほぼ必須といってもいい技術だけど」
「普通の艦に降りる時に必要だからね」
郁とアリスが話している間に智代が、続いて若葉が降りてくる。そのたびに手空きの甲板作業員達が歓声を上げていた。
「なんか皆、凄く喜んでいるような・・・?」
「久し振りにウィッチが降りてきたからね。つい数ヶ月前までは当たり前だった光景がまた見られたんだもん」
「ああ、そっか」
この艦に降りた時、乗組員達の見る目が好奇心等ではなく、どこか懐かしさを含んだものである事に気付き、不思議に思っていた郁だったが、その理由がようやく理解出来た。
「海軍ウィッチ隊が解隊されて、せっかく改装されたこの艦が微妙な扱いになっちゃったからね。なかなか士気を維持するのに苦労していたみたいだよ」
「自分達の役割が突然なくなるのって、辛いもんね」
「うん。本当に・・・」
「Alice!」
懐かしそうにこの光景を眺めていたアリスは、突然呼びかけられる。
郁が声のする方に顔を向けると、艦橋から大柄な男性が近づいてきていた。
「Daddy!」
「Hahaha!」
突然走り出したアリスはそのまま彼に抱きつく。そしてお互い抱きしめながら、英語でなにか話し始めた。
(Daddyってたしかお父さんって意味だから・・・ああ、なるほど)
アリスが厚木基地来た時、彼女の父親が空母の副長をしていると言っていたことを思い出した郁。
「あの人が、アリスのお父さん?」
「あ、うん。多分」
いつの間にかユニットから降りていた智代が、郁に話しかける。その後ろには若葉の姿もある。
アリスと同じ迷彩服を来たガタイの良い男性は郁達の存在に気付き、二言三言アリスと会話するとこちらに近づき、そして日本語で話しかけてきた。
「すみません。久し振りに娘と再会したもので」
「大丈夫です。こちらは気にしていませんから」
「そう言っていただけると幸いです。―――ああ失礼、本艦の副長を務めています、ビル・ベイカー中佐です。いつも娘がお世話になっています」
「日本国海上自衛隊第九○一飛行隊所属、北条若葉三佐です。こちらこそ彼女の働きに感謝しています」
ビルと若葉が敬礼すると同時に、郁と智代も敬礼する。その姿を見てビルは表情を緩めると、若葉に尋ねた。
「そういえば浦瀬二佐はどちらに?」
「ええ、今丁度降りてきているところです」
そう言うなり、魔導ジェットエンジンの音が聞こえてくる。見ればまだ空に上がっていた直人が、飛行甲板上空で静止していた。
「あれ、隊長はなんでホバリングを?」
「なお―――浦瀬二佐はいつものように降りるって言っていました。あれに慣れると後が怖いから、だそうです」
「そっか。確かに気を付けないと、「いずも」でも同じように降りちゃいそう」
「飛行甲板が長いからね。私も気を付けないと」
郁達が見守る中、直人はゆっくりと高度を下げ、そして着艦する。すると一際大きい歓声が、あちこちから上がった。
「・・・なんか、私達の時より嬉しそうなんだけど」
「はははっ! 仕方がないさ。なんたって彼は“北米紛争の英雄”だからね」
「あー、そういえばそうでしたね」
九○一空の隊長である直人は、 “こちら側”で初めて確認された日本人“ウィッチ”である。本来は “ウィザード”と呼ぶのが正しいのだろうが、機械化陸戦歩兵または機械化航空歩兵を“ウィッチ”と呼称し、また魔法力が発現する男性自体が非常に稀であるため、ひとくくりにされている。
そんな彼は、八年前に起きた北米紛争で活躍し、今もなお最前線で戦い続けているエースウィッチの一人である。二十歳を当に過ぎているため魔法力は衰え、シールドも張れなくなっているにも関わらずネウロイと戦う姿は、世界中―――特にアメリカでは生きた伝説となっていた。
「なんというか・・・」
「いや、隊長も十分頑張っているけど・・・」
直人の姿に興奮している兵士達の姿を冷めた目で眺めている郁と智代。二人共彼に対して別に何か不満があるわけではなく、むしろなんだかんだ面倒見の良い上官だとは思っているが、テレビや新聞、ネットニュース等で出てくる直人についての内容を目にする度に、実際に見る姿とのギャップに苦笑を浮かべている。なにせニュースでは完全無欠の完璧超人的な扱いを受けているが、実際には部隊のトップとして及第点くらいの能力しかなく、若葉のおかげで部隊運用が出来ているのが現状だからだ。
おまけに最近は書類仕事と多方面からの無茶振りによって胃潰瘍になり、危うく入院しかけたほどで、幸い若葉の治癒魔法のおかげですぐに完治したが、そんな姿を間近で見ていたため、郁達は直人のことが英雄ではなく、ストレスを抱えた悲哀な中間管理職にしか見えなくなっていたのだ。
「世間はもう少し、隊長を労ってあげて欲しいよね」
「隊長が倒れたら、部隊の一大事だしね」
「二人共、何の話をしているんだい?」
「いえ。なんでもありませんから」
「ちょっと色々あっただけだから。ダディは心配しなくていいよ」
郁と智代の様子がおかしい事に気付いて心配するビルに、直人とは長い付き合いの若葉と、僅か一ヶ月程度だが人となりを理解したアリスは苦笑しながらそう告げる。そんな彼女達から離れた場所では、歓喜に湧くアメリカ軍人達に囲まれた直人が、胃の痛みに苦しみながらも、笑顔を浮かべて応対していた。
この作品を書いている時の楽しみは、ワールドウィッチーズの世界が魔法によってどのような技術的進化を遂げているのか考えることです。ただあまり突拍子もないものにしたくはないので、その塩梅が難しい・・・(RtBでラーテが出た? 気にするな)